第2節 構造調整の現状と経済活性化の課題

第3章 日本経済を活性化するための課題

第2節 構造調整の現状と経済活性化の課題

 労働生産性上昇率の低下の背後に潜む要因

日本経済の構造問題を端的に示しているのは、マクロ的な労働生産性の推移である。日本経済のマクロ的な労働生産性の上昇率を、80年代と90年代とに分けてみると、80年代には平均3.7%であったものが、90年代には平均2.0%へと、1.7%ポイントの低下を示している(第3-2-1図(12)

このような低下の理由をみるために労働生産性の上昇率への寄与のうち、資本装備率の上昇率による部分と、全要素生産性の上昇率による部分とをみてみよう(13)。資本装備率は、労働投入1単位当たりの資本ストック量を表しており、機械化の進展によりこれが高まれば労働生産性も高まると考えられる。また、全要素生産性上昇率は、経済成長にとって最も基本的な生産要素である労働力と資本の双方によってもたらされる生産性の上昇の寄与分である。全要素生産性の上昇は、(i)規制改革等による経済全体の効率化に伴う生産性の上昇と、(ii)技術進歩の進展に伴う生産性の上昇、によってもたらされる。その意味で、全要素生産性の上昇は、経済成長の要因として最も基本的なものである。そこで、この2つの要因による寄与をみてみると、資本装備率の上昇率はむしろ労働生産性を高める方向に寄与しており、労働生産性上昇率の低下の理由はもっぱら全要素生産性の上昇率が80年代の1.6%から、90年代の0.2%に1.4%ポイント低下していることによっている。

次に90年代における動向をみるために90年代を前半と後半に分けてみると、労働生産性上昇率は前半の2.1%から後半の1.9%へ0.2%ポイント低下している(第3-2-2図(14)。このことは、アメリカが90年代後半において労働生産性上昇率を高めたことと対照的である。アメリカは、同様の時期に、1.4%から2.6%へと労働生産性上昇率を高めている(15)。また、この結果、労働生産性上昇率の日米逆転も起きており、アメリカが日本を上回ることにもなっている。90年代後半の日本経済におけるこのような労働生産性上昇率の鈍化も、資本装備率の影響は稼働率の影響を調整するとほぼ横ばいであることから、基本的には全要素生産性の上昇率が前半の0.4%から後半の0.1%へ0.3%ポイント低下したことに由来していることが分かる。この点も、アメリカと大きく異なるところである。アメリカでは、全要素生産性上昇率がそれまでの0.4%から90年代後半には1.4%へと高まっている。

さらに、全要素生産性上昇率の動きを、産業別でみてみよう(第3-2-3図)。産業別の全要素生産性上昇率をみると、90年代を通じて、製造業はプラスであったのに対して、非製造業はマイナスであったことが分かる(16)。それぞれの内訳をみると、製造業では、90年代前半に高いプラスとなっていた繊維、窯業・土石製品、輸送用機械が90年度後半には伸びを落とし、これに対して電気機械がもともと高かった伸びをさらに高めているほか、精密機械も伸びを高めている。他方、非製造業では、90年代前半は大半がマイナスであり、プラスであったのは卸売・小売業と運輸・通信業であったが、このうち卸売・小売業は90年代後半にはマイナスになっている。90年代後半にプラスなのは、運輸・通信業のほか、金融・保険業、電気・ガス・水道業、サービス業であるが、いずれもそれほど高い伸びとはなっていない。

このように、我が国の労働生産性上昇率は大きく低下しているが、その主因は全要素生産性上昇率が大きく下方屈折していることにある。特に、産業別にみると、全要素生産性上昇率が大きく低下し、マイナスになった産業があることが注目される。経済活性化は、産業の全要素生産性上昇率を、経済全体の効率化や技術進歩によって高めることに寄与しなければならない。そのためには、これまでの経済システムを見直し、新しい経済システムを構築することが必要となる。

この課題への取り組み方としては、大きく3つの方向がある。

第1に、個々の企業の経営を効率化することである。このような観点からみると、日本企業の経営は、資産収益率の低さに象徴されるように、必ずしも効率的ではない。このことの背景には、日本型コーポレート・ガバナンスの限界があることと同時に、開業率や廃業率の低さが示すように企業の新陳代謝が活発でないことがある。

第2に、生産要素を生産性の低い部門から高い部門に速やかに移動させることである。基本的な生産要素である労働と資本についてその産業別配分をみると、全要素生産性が低い産業への配分が多くみられるなど、非効率性が目立つ。全要素生産性が低い産業は、多くの場合、不良債権が多く存在する産業でもある。

第3に、各産業において技術進歩を促進することである。我が国の研究開発費の水準は決して低くない。また、80年代までは、それなりの成果も生んできた。しかし、90年代に入ると、研究開発が全要素生産性をもたらす力が弱まっている。アメリカで労働生産性上昇率の加速をもたらした情報技術(IT)の潜在力も十分に利用し尽くされていない。

以下では、このような方向性を念頭に、検討課題を、(i)企業経営の効率性、(ii)労働力配分の効率性、(iii)資本配分の効率性、(iv)研究開発の効率性、に分け、それぞれについて構造調整の現状と経済活性化の課題を明らかにしよう。

1 企業経営の効率化

日本企業の非効率性の現れとして、しばしば収益性の低さが指摘されている。例えばROA(総資産利益率)を日米で比較すると、日本はアメリカを大きく下回っており、日本はアメリカに比べて十分効率的な投資を行ってこなかったことを示している(第3-2-4図)。この理由として様々な要因が考えられるが、以下では、日本型コーポレート・ガバナンスの行き詰まりと、開業・廃業の不活発さに着目して検討を進めることにしよう。

(1)コーポレート・ガバナンスの在り方

企業の生産活動において生産要素をどのように利用するかは、企業経営における意思決定の核心をなすものである。生産要素がどのように利用されるかは、生産の技術的な関係を前提にしながら、企業が経営上の目標をどこに置き、その実現に向けて企業がどのように行動するのかによって基本的に決定される。

このような企業経営の在り方に関連して、最近クローズアップされているのは、コーポレート・ガバナンス(企業統治)である。コーポレート・ガバナンスとは、企業経営の効率性を高める上で、株主、経営者、従業員、債権者等の利害関係者(ステークホルダー)の間の利害調整がどのように行われているのかということを表す言葉である。その重要な要素は、(i)経営上の意思決定がどのように行われるのか、(ii)経営者の行う意思決定に対して株主はどのようにコントロールしているのか、(iii)経営目標の実現に向けて、利害関係者の行動にはどのような誘因(インセンティブ)が与えられているか、という点である。

こうした観点からみると、90年代に入って企業経営のパフォーマンスが低下した背景には、日本企業のこれまでのコーポレート・ガバナンスの在り方が有効に機能しなくなったことがあるのではないかとの見方ができる。以下では、日本型コーポレート・ガバナンスとその限界について考えてみよう。

 コーポレート・ガバナンスによるパフォーマンスの違い

それでは、コーポレート・ガバナンスによって経営パフォーマンスがどれだけ影響を受けるのか。ここでは、外資系企業のコーポレート・ガバナンスに資本効率を重視するコーポレート・ガバナンスが体化されているものとして、外資系企業と我が国企業との比較を行うこととしよう。経済産業省「外資系企業の動向」における外資系企業と、財務省「法人企業統計年報」における外資系企業を含む全企業とを用いて、業種別に諸指標の比較を行おう(17)

両者の比較から、以下のような特徴が指摘できる。

第1に、配当性向(=配当/収益)をみると、外資系企業では、配当性向が安定しているのに対し、全企業では、収益動向に応じて配当性向が変化していることが分かる(付注3-3(1))。外資系企業は、収益に応じた株主への利益還元を重視していることの反映と考えられる。

第2に、ROAをみると、電気機械や卸小売では外資系企業の方が高い(第3-2-5図)。しかし、石油では、全企業と外資系企業とでほぼ同水準となっており、輸送用機械では外資系企業の方が低い。輸送用機械については特殊要因(18)が影響している可能性を考慮すると、外資系企業は、日本企業に比べ少なくとも同等かそれ以上の資産収益率を上げていると考えられる。

第3に、資産収益率を高めることは、付加価値生産を高めることにもなっていることである。資産収益率の高い電気機械や卸小売をみると、生産された付加価値の資産に対する比率も高くなっている(付注3-3(2))。同程度の付加価値生産であっても、資本分配率を高めることによって資産収益率を高めることもできる。確かに、外資系企業はそうすることによって資産収益率を引き上げている面がある。しかし、それと同時に生産資源を効率的に使用して相対的に多くの付加価値生産を行うことによっても資産収益率を高めている。企業の資本効率を高める努力をすることは、マクロの経済成長を高めることにつながることを示している。

第4に、付加価値生産を高めるために、労働生産性を高めていることである。外資系企業が高い付加価値生産を実現している電気機械や卸小売では、労働生産性も高くなっている(付注3-3(3))。このことは、資産収益率を重視するだけではなく、労働力が効率的に使用されるための取組が重要であることを示している。

 従来の日本のコーポレート・ガバナンス

ここで、従来の日本におけるコーポレート・ガバナンスを振り返ってみよう。それは、次のような特徴を持っていたといわれている。

第1に、経営上の意思決定に対する株主のコントロールが弱かったことである。経営上の意思決定が、業務執行機関と同一化していた取締役会によって行われていた。そのため、株主の立場から業務執行を監督するという機能は働いていなかった。そのようなことが可能となった背景としては、企業系列の下での株式持ち合いや、そうした株主が安定株主として多数を占めることによる株主総会の形骸化といったことが挙げられる。

第2に、経営目標の実現に向けたインセンティブが長期的相互依存関係の上に成り立っていたことである。終身雇用制、年功序列型賃金体系、企業別組合制の下で、従業員は企業への忠誠と献身を求められる代わりに、長期間の雇用保障を得ていたのである。また、メインバンク制の下で、銀行は、長期的な資金供給を行うとともに、企業の経営状態を継続的にモニターし、企業が経営困難に直面した場合には救済に乗り出したのである。それは株主としての系列企業の利害を代表した行動でもあった。

 従来型コーポレート・ガバナンスの行き詰まり

以上にみた日本のコーポレート・ガバナンスは、80年代までは、大きな問題は生じてこなかった。むしろ、アメリカ型を含む他の在り方に比べて、長期的観点を重視する経営姿勢であるという点で、優れているという評価も与えられてきた。しかし、バブル経済の中で、過剰設備、過剰雇用、過剰債務の積み上がりをチェックできなかったばかりでなく、バブル崩壊後において、そうした問題の処理を先送りし、問題解決を遅らせてしまうなど、十分有効な役割を果たすことはできなかったことが明らかになった(19)(20)。もちろん、このことは日本企業にも良好な経営パフォーマンスを維持している企業があることを否定するものではない。エクセレント・カンパニー(21)と呼ばれる一部の企業は、高い利益率を確保している。しかし、問題なのは、こうした企業が存在していながら、全体としての日本企業はROAの低下に代表されるように非効率なことである。日本型コーポレート・ガバナンスは、見直しを迫られている。

今後、グローバリゼーションが一層進展し、競争圧力が強まるとともに、直接金融の比重が上昇し、株主の利害を重視する必要性が高まるなかで、日本型コーポレート・ガバナンスの問題点として指摘されるのは、資産の有効利用が行われていないという点である。資産の有効利用の指標としてROAをとると、日本企業は極めて低い水準にとどまっていることは既にみたとおりである。

その反省から、企業において、資本効率を高めることを目指す動きが強まっている。例えば内閣府が実施した「平成14年企業行動に関するアンケート調査」によれば、従来の経営目標として「資本利益率や資本効率性を重視」を挙げる企業の割合はわずか6.8%と、「売上高や利益の絶対額を重視する」を挙げる企業の71.2%を大きく下回ったが、今後については、「資本利益率や資本効率性を重視する」が36.5%に上昇し、「売上高や利益の絶対額を重視する」の29.3%を上回っている。このような傾向は、資本金規模が大きい企業ほど顕著である。資本効率の向上を目指す経営への転換が読み取れる。

 コーポレート・ガバナンスの改革

日本型コーポレート・ガバナンスが行き詰まるなか、その改革も進んでいる。

第1に、経営上の意思決定において株主の立場が強まっている。CEOを任命し、取締役会と業務執行機関とを分離するとともに、取締役会に社外取締役の参加を求める動きが広がっている。株主による経営の監督が強まっている。他方、企業系列を超えた合併や提携が活発化しており、株式持ち合いの解消も広がっている。

第2に、長期的相互依存関係も崩れ始めている。雇用面では、正社員の削減が迫られている一方で、非正規社員を増加させる動きが進展している。賃金体系の面でも、成果・業績主義が広がっている。また、大企業が直接金融への依存を高め、銀行が貸出を減少させているなかで、メインバンク制も弱まっている。

第3に、企業会計制度や情報開示も、国際的な水準に向け、改善されつつある。連結会計、キャッシュフロー会計、時価会計、減損会計への取組が行われているとともに、投資家向けのIR(投資家情報)等情報開示の充実も図られている。

以上のようなコーポレート・ガバナンスの改革の向かう方向は、これまでアメリカ型のコーポレート・ガバナンスといわれてきたものと一致するところが多い。しかし、アメリカ型のコーポレート・ガバナンスが万全であるとは言い得ないことは、昨年末来のアメリカにおける企業会計を巡る混乱が明らかにしたとおりである。アメリカ型コーポレート・ガバナンスの問題点として指摘されているのは、次のような点である。

  • (i)監査法人による監査が、財務諸表の問題点を見抜けなかったこと。
  • (ii)監査法人がコンサルタント業務も行ったり、アナリストが監査顧客と利害関係を持つなど、利益相反する行為がみられたこと。
  • (iii)特別目的会社(SPC)を利用して多額の簿外取引が行なわれ、財務諸表が経営実態を表していなかったこと。
  • (iv)ストックオプションによる報酬が増加したため、短期的な利益を追求するインセンティブが高まるとともに、ストックオプションが費用計上されないことから企業収益が過大評価されたこと。

日本型やアメリカ型コーポレート・ガバナンスの「隆盛」や「没落」が示しているのは、絶対的なコーポレート・ガバナンスの在り方が存在するのではなく、最適なコーポレート・ガバナンスは、その時代、経済環境、業種等によって大きく異なってくるということである。このことを踏まえると、コーポレート・ガバナンスの改革の方向も、日本型コーポレート・ガバナンスを何か別のものに置き換えるのではなく、各企業がそれぞれの産業の特性や市場環境を考慮して、多様な選択肢の中から最もふさわしいコーポレート・ガバナンスが選択できるような環境を作ることである。

 コーポレート・ガバナンス強化のための課題

先にみたように、企業経営の効率化は、資源配分の効率化、研究開発の効率化と並んで、労働生産性向上の一端を担うことが期待される。これらの課題に対して、今までの経済構造を変革することによって応えていく試みが構造改革である。構造改革の方針や具体的事項については、2002年6月に閣議決定した「基本方針2002」等において示されている。改革を進めるなかでは、例えば、資金の効率的配分を狙った改革が、実際には企業経営の効率化にも同時に資するように、ある分野における改革の進展が、幾つかの課題に同時にポジティブに作用する面がある。この点にも留意した上で、以下では、それぞれの課題をめぐる基本的な考え方について簡単に整理する。

 多様な選択が可能な制度

コーポレート・ガバナンスの強化については、2002年の商法改正によって、経営管理と執行の分離、構成員の過半数を社外取締役とする委員会制度等が導入できるようになり、経営改革のための法整備が進められつつある。企業はこうした新しい枠組みを利用して、積極的な経営改革に取り組むことが期待される。

また、個々の企業においては、それぞれに最適な経営を実行できるように、企業制度についても、環境変化や製造、製品の特性に応じて、企業再編、海外生産、ダウンサイジング等経営体制の在り方を変えていく必要がある。

 直接金融市場の活性化

コーポレート・ガバナンスの強化は、直接金融市場の活性化と密接に関連している。直接金融市場を通じた資金調達の度合いが高まるに伴って、経営パフォーマンスに関する市場を通じたチェック(コーポレート・コントロール)が強くなり、経営もこれを意識し、企業経営刷新力の拡大が期待される。

直接金融市場の活性化のために、情報開示ルールを整備し、企業情報の透明性を高めることは、投資対象の企業の信頼性向上に資するものであり、資金の流入を促すことが期待される。具体的には、四半期開示の推進や、証券市場の退出基準を厳格化するなどの環境整備を行うなどがある。

 グローバル化、対日投資

コーポレート・ガバナンスの強化は、企業活動のグローバル化によってももたらされる。日本企業の海外進出とそれに伴う海外の直接金融市場によって、規律付けが強まることが期待できる。また、外国企業による対内直接投資の増大は、雇用の創出、競争促進等を通じた経済の活性化に加え、経営ノウハウの拡散効果をもたらす。対日投資を促進し、頭脳流入を拡大することは、経営効率の向上の観点からも重要である。

(2)開業の活発化

全要素生産性伸び率の高い産業の成長が確保されるためには、全要素生産性伸び率の高い産業に生産要素が速やかに移動し、効率的に利用されることによって生産に寄与することが必要である。そのためには、開業・廃業が行われることによって経済の新陳代謝が進み、効率的企業の参入、非効率的企業の退出が図られることが必要である。しかし、日本の開業・廃業は極めて低水準である。

 開業・廃業の現状

開業・廃業は生産性の向上にとって重要な役割を果たす。具体的には、(i)経営資源の速やかな移動につながる、(ii)競争圧力の強化となる、(iii)開業により高生産性部門が増加し廃業により低生産性部門が縮小すれば、全体の生産性が上昇する、などの面がある。特に、最近世界的に興隆しているIT関連産業のように装置型ではない産業では、ベンチャー企業が大きな役割を果たすというのがアメリカの経験でもある。このため、開業・廃業を高めるための方策をとることは重要である。OECDによると、開業とGDP成長率との間に正の相関がある(第3-2-6図)。

そこで総務省「事業所・企業統計調査」から、開・廃業率を求めると、開業率は96~99年で4.1%となっている。他方、廃業率は5.9%となっており、廃業率が開業率を上回っている状態が続いている。また、2000年度の動向を厚生労働省「雇用保険事業所統計」でみると、開業率は4.9%、廃業率は4.0%となっている(22)。このような水準は、アメリカでは、雇用保険ベースで、開業率が97年で14.3%、廃業率が12.0%となっているのに比べて著しく低い。

 開業・廃業の産業別動向

次に、日本における開業・廃業の現状を産業別にみると、開業率は概して製造業より非製造業の方が高いが、廃業率はほぼ同程度である。この結果、非製造業の企業数は増加している。産業構造が製造業から非製造業にシフトしていることに対応しているものと考えられる。

そこで開業・廃業と全要素生産性の伸びとの関係をみると、全体では開業率と全要素生産性伸び率との関係は必ずしも見い出せないが、製造業の各業種でみるとある程度の正の相関がみられる(第3-2-7図)。これは、生産性の高い成長分野に開業が集中していることを表すとともに、そのような開業による競争圧力によって生産性の上昇がもたらされることも反映しているのではないかと考えられる。また、非製造業の場合には、公益事業の割合が大きいため、これまでは、生産性の伸びとは関係なく、開業も廃業も容易でなかったことがうかがわれる。他方、廃業率は全産業あるいは、製造業でみても、弱い正の相関が認められる。これは廃業率が高く、新陳代謝が良いほど生産性が高いことを意味している。以上のことは、全般的に開業率及び廃業率を活発化させることが重要であることを示していることはもちろんであるが、特に非製造業の開業率をより活発化することが重要であることを示唆している。

 ベンチャー・キャピタル

開業を活発化するための重要なカギの一つは、ベンチャー・キャピタルの活発化である。新しい技術やビジネスモデルを開発・実用化する企業は、一般に高い生産性が期待されるものであり、90年代に鈍化した生産性上昇率を回復していく上で重要な分野と考えられる。

未公開株式に投資を行うファンドをプライベート・エクイティ・ファンドというが、そのうち創生期の企業(アイディア段階にある企業)に投資するためのファンドをベンチャー・キャピタルという。ベンチャー・キャピタルは、新技術を持った創業段階にある企業への投資を行い、その発展を助けることによって、リターンを得ることを目的にしている。通常は無限責任投資家と、それが募る有限責任投資家とからなる。日本でも、中小企業等投資事業有限組合法(98年)によって、ベンチャー投資が活発なアメリカでみられる形での設立が可能となった。

我が国のベンチャー・キャピタルの特徴をアメリカとの対比でみてみよう。まず、ベンチャー・キャピタル全体の規模について、投資額のここ数年の動きを概観すると、日本はアメリカの10分の1を顕著に下回る水準にとどまっている。また、資金調達面をみると、アメリカでは、年金基金、事業法人、大学・財団等の基金、個人投資家がその役割を果たしている。ただし、個人投資家は、ベンチャー企業への直接投資が多く、その規模は、ベンチャー・キャピタルによるものを上回っている。これに対して、日本では、事業法人、金融機関が多く、ベンチャー・キャピタル自身が銀行系、証券系が多い。個人投資家によるベンチャー企業への直接投資はほとんどみられない。

また、アメリカでは、一回当たりの平均投資額が日本の10倍程度で、経営参加、役員派遣を行うなど、起業支援、経営支援の面が強いとされている。これに対し、日本のベンチャー・キャピタルの特徴は、「小規模・分散型」で、「経営参加しない」といわれている。また、90年代後半までは投資の形態として融資も多くみられ、開業の初期段階より、後期段階への投資が多いことも特徴である。

このように、日本におけるベンチャー・キャピタルは、全体の規模の観点等からみて、その機能を発揮する余地が残っているというのが現状である。

なお、 ベンチャーの起業の活性化については、ベンチャー・キャピタル等の資金の出し手側だけではなく、ベンチャーとなる技術者等の受け手側の活性化、産学連携等の両者の橋渡しも重要である。これらについては、「4.研究開発の効率化」において検討する。

 開業を高めるための課題

日本の開業率は上にみたように低いが、開業希望を持つ人は少なくない。総務省「就業構造基本調査」によると、70年代後半以降毎年100万人を上回る人が開業を希望している。しかし、実際に開業をする人は、希望者の約30~40%にあたる30~40万人台に過ぎない。このように、問題はそれが実際の開業に結びつかないことである。これを解決する課題として、構造改革を進めるなかでの、規制改革、チャレンジを支援する環境の整備、資金の確保等が重要と考えられる。

 規制改革の推進

規制産業においては、そもそも参入や退出が規制されていることが多く、そのため競争原理が有効に働かず、効率性が低いものにとどまっている。こうした産業では、規制改革を進め、開業や廃業を可能にすることが重要である。この観点から、「構造改革特区」の導入が注目される。これは地域を限定して規制改革を進めることで、構造改革に向けたモメンタムを高め、全国的な構造改革へと波及させることを狙いとしている(コラム3-3参照)。

コラム3-3

構造改革特区について

規制改革を通じた経済活性化が急務となっているにもかかわらず、様々な事情により、規制改革の早急な実現が妨げられている場合が多い。そこで現在、規制改革の早期実施を通じて経済を活性化するためのひとつの方策として「構造改革特区」の導入が推進されている。

「特区」とは、地域が自発性を持って構造改革を進められるよう、地方公共団体等の自発的な立案等をふまえ、地域の特性に応じて規制緩和等を行う特定の区域であり、言い換えれば、これまで全国一律としてきた規制について、ある特定地域に限って先行的に改革を行い、その成果を全国大での制度設計に活かしていく取り組みともいえる。

(特区)の効果として考えられるのは、第1に、集積の効果である。特区という特定の地域に関連分野の投資が集中的に行なわれることによって、相乗効果(シナジー効果)が生み出されることが期待される。加えて、その活性化の過程では大きな雇用吸収効果も見込まれる。さらに、そのような地域経済活性化と並行して地域特性が顕在化する。すなわち、「特区」の内容を地方公共団体及び民間の創意によるものとすることで、地域特性に合った産業が集積し、さらに、産業の集積によって産まれる新たな技術は、独自性の強い新規産業の創出につながるものと考えられる。

第2に、「特区」における成功事例が他地域に波及する「ショーウィンドー効果」である。これは、「特区」で先行的に行われている革新的な取り組みが、隣接地域、ひいては我が国全体における革新の意欲を刺激し、我が国産業の生産性を向上させる効果である。情報技術(IT)の発達によって、新たな技術や知識は急速に伝播するため、今後さらにIT環境の整備が進むにつれ、この効果は大きなものとなることが考えられる。

第3に、以上のような効果が目に見えてくることによって、構造改革の気運が高まり、構造改革の取組みに対するインセンティブが生み出されることである。

現段階における「特区」の構想例としては、ITやバイオ等の研究開発関連の特区や、リサイクル産業や新エネルギーの実用化を図る環境・新エネルギー関連の特区など、関連する規制を緩和すること等により、上記メリット発現による地域的特色ある活性化を狙うものがある。

 起業や再生の円滑化

起業の活発化にとっては、税制を含む諸制度の在り方を検討していくことが重要である。起業に伴うコストを低くするという観点から、例えば、最低資本金規制の見直し等による起業コストの引き下げや、企業組合を創業に活用しやすい制度とするなど、起業手続の円滑化が必要である。

一方、事業が失敗した場合の手続も、重要な観点である。事業失敗の際には、倒産後の資産の劣化を最小限にし、可能な場合の企業の再生を円滑にするため、速い対応が必要である。また、必要に応じて経営者が存続できることが、倒産企業の資源を有効に再活用できる場合がある。こうした観点から、民事再生法の活用や、倒産法制の整備により、廃業の障害を除去する観点が重要である。

 資金の確保

資金の確保については、開業というリスクのある試みに対して供給されるものであり、リスクマネーの円滑な供給という観点が重要である。開業は一般に既存の企業にはない優位性を見越して行われるものであり、先取のメリットから比較的高いリターンが期待される。後にみるように、リスクとリターンが見合った形で、資金の効率的配分を図るなかで、開業資金供給が図られることが期待される。

上にみたように、新技術を持つようなベンチャーに対しては、ベンチャー・キャピタルをも通じた、リスクマネー供給の拡大が期待される。これについて、例えば私募市場の活性化等が期待される。同時に、経営能力等、経営力に関する人的資源の充実が求められる。技術があっても、それが実際の企業活動にうまく結びつかないことは社会的な損失である。個々の企業に関する情報開示を充実させることや、必要に応じてベンチャー・キャピタルの経営参加を受け入れるなど、コーポレート・ガバナンスを強化しながら、資金の提供を受けることが必要である。

 挑戦を受け入れやすい環境

企業風土については、日本のビジネス環境は失敗者に冷たいとの指摘がある。失敗のペナルティが厳しすぎて、再び経営を行うことが難しいとか、生活水準が極めて低くなるなどといった場合、経営者として起業の動機を弱めてしまう。また、一度廃業した経営者が失敗の経験についても、再挑戦によって生かせるように、経済全体の観点からむしろポジティブに考えることが望ましい。起業の促進、廃業における障害の除去という観点から、例えば、債務不履行の場合の取立て範囲や、個人保証の在り方などにおいて、失敗のペナルティとして厳しすぎないようにすることが重要である。

2 労働力配分の効率化

日本経済の生産性が低下している背景には、生産要素が効率的に配分されていないことがある。生産性の高い産業が拡大することは、経済全体の全要素生産性を高める効果を有する。しかし、そのような産業が拡大することができるためには、拡大に伴って生産要素が円滑に移動し、拡大を支え得ることが必要である。過剰雇用、過剰設備などは、生産資源がそのように配分されていなかったことを意味する。

ここでは、まず労働力について、どの程度それが可能となっているかをみてみよう。具体的には、高生産性部門で雇用が増加しているか、低生産性部門に雇用がとどまっているかを検討する。資本については、次項でみることにする。

 産業別の労働力配分の変化

産業別にみると、近年、就業者数の変動が大きくなっている。80年代には、製造業と非製造業ともに増加していたが、90年代になると、製造業は減少している一方、非製造業は増加している。また、90年代を96年までと97年以降に分けてみると、製造業は、どの業種も90年代を通じて減少している。非製造業は、96年まではいずれも増加を示しているが、97年以降になるとサービス業、卸売・小売業、運輸・通信業は増加しているものの、それ以外は減少に転じている。

このことは、労働力の配分に変化がみられていることを意味している。そこで、労働力の配分がどのような分野に多くされているのかをみることにしよう。そのために、産業別の全要素生産性上昇率と就業者数の増減率との関係をみたのが第3-2-8図である。

これによれば、次のようなことが分かる。

第1に、製造業では、生産性上昇と就業者数の減少が同時にみられている。これは、生産の効率化や積極的な研究開発投資が行われたこと、人件費の削減のための雇用調整などコスト削減努力が重ねられたことなどから、製造業で全般的に労働生産性が上昇したためである。この関係は、製造業のうちのほとんどの業種でみられている。一方、非製造業では、全体として生産性の伸びがほぼみられなかったが、就業者の増加がみられている。製造業で減少した分、非製造業で雇用する形がみられている。

第2に、雇用を吸収した非製造業の業種別の動向をみてみよう。生産性上昇がみられた運輸・通信業では、就業者が増加している。第2節でみたように、技術進歩と規制緩和による通信サービスの事業拡大を反映している。一方、建設業、不動産業、電気・ガス・水道業では、90年代前半には生産性が低下したにもかかわらず、就業者が増加している。また、サービス業は生産性上昇がほとんどみられないが、就業者が最も拡大しており、需要増加を反映して産業規模が拡大していることを示している。

第3に、90年代前半(90~96年)と90年代後半(97~2000年)の状況を比較すると、生産性が低下している業種では、雇用削減を図る対応がみられている。ただし、卸売・小売業は、生産性が低下に転じたにもかかわらず、就業者は増加を続けた。また、前半に生産性が低下し、雇用の削減を行った金融・保険業では、後半に生産性が伸びている。

以上のようなことを前提にすると、産業別の全要素生産性上昇率と就業者数の増減率との関係について、概念的に次の4つのパターンにわけることができる。すなわち、(i)生産性の上昇がみられ、就業者が増加した業種(成長段階にある業種)、(ii)生産性の上昇がみられたが、就業者の増加がみられなかった業種(リストラを進めた業種)、(iii)生産性の低下がみられたが、就業者が増加した業種(構造調整が遅れている業種)、(iv)生産性が低下し、就業者も減少した業種(衰退段階にある業種)、である(23)

日本経済の成長力を高めるためには、全要素生産性伸び率の低い産業が縮小し、全要素生産性伸び率の高い産業が成長していくことが必要である。そのためには、必要な労働力が確保できることが重要である。なお、失業率が高い現状にあっては雇用の受け皿としての役割も期待されるが、中長期的に考えると、労働力が不足する社会の到来が予測できるので、全要素生産性伸び率が高いことを重視すべきであろう。

 労働力のストック調整と再配分のための3つのチャネル

労働力のストックを調整し、再配分を行うためのチャネルとしては、外部労働市場においては、(i)未就業入職者数の調整、(ii)離職者数の調整、(iii)転職入職者数の調整、の3つがある(24)

上記3つのチャネルを通じた調整の様子は、厚生労働省「雇用動向調査」によってみることができる(第3-2-9図(25)。これによると、91年~93年には、入職者が未就業者、転職者ともに減少しているため、総数としても減少している。この時期には、採用者数を抑制することで調整を進めようとしたことがうかがえる。他方、離職者は、入職者数を上回る減少を示した。この結果、この時期に常用労働者数は増加している。これに対して、94年~2001年には、入職者が未就業者、転職者ともに増加したため、総数でも増加した。他方、離職者数はこれを上回る増加を示している。この時期には、必要な人材を確保しながら、退職者数を調整することによって調整を進めていたことがうかがえる。

そこで入職者のうち未就業者の動向をみると、94年まで減少し、その後は基本的に2001年まで増加を続けている。それでも2001年は91年より1割程度下回っており、常用労働者数の5.8%にとどまっている。この時期における新規学卒者の採用は減少していると考えられる。それは、少子高齢化で新規学卒者数が減少しているにもかかわらず、新卒の就職率は、90年から2002年にかけて、大卒が81.3%から56.9%に、短大卒が87%から60.3%にそれぞれ低下していることに対応している。したがって、93年以降の未就業入職者数の増加は、もっぱらパートタイマーを中心とした増加によるものと考えられる。

次に離職者のうち転職しなかった者の動向をみると、91年以降は基本的に増加基調にあり、2001年には91年より100万人以上多い約316万人となっている。このうち定年に達した者を中心に非労働力化した者が多いが(コラム3-4参照)、その他の者は失業者として労働市場に残っていると考えられる。

最後に入職者のうちの転職者の動向をみると、94年まで減少した後、増加を続けている。その結果、転職入職者は2001年には約385万人、常用労働者に対する割合で9.3%に達している。離職の状況を、新規学卒の在職期間別でみると、3年以内に離職する社員の割合は次第に上昇しており、98年には、中学卒の場合には70.8%、高卒の場合は46.8%、大学卒の場合には32.0%に達している。これは、若いうちに別の会社に転職する者が増加していることに対応していると考えられる(26)

転職が増加した理由としては、労働者側、企業側双方の要因が挙げられる。

第1に、転職を希望する労働者が増加している。総務省「労働力調査」では、在職中から転職を希望している人の割合をみているが、それによれば、転職希望率(=転職希望者/就業者)は、95年の約8%から2001年の10.5%へと上昇している。この内訳は、技術系の方が事務系より多く、専門技能職の需要増加に対応するものと思われる。また、企業の事業再構築の過程で、非自発的な失業が増加したことも、転職市場における労働供給を増加させた一因と考えられる。

第2に、企業側でも中途採用者を積極的に活用している。厚生労働省の「雇用管理調査」によって中途採用の実施理由別企業割合をみると、管理職の場合には「即戦力として活用するため」や「多様な経験者の活用で組織の活性化を図るため」が多く、事務職の場合には「退職者の補充のため」や「即戦力として活用するため」が、また技術・研究職の場合には「即戦力として活用するため」や「退職者の補充のため」が多い。これをみると、「新規事業、新規分野進出のため」や「既存の事業拡大のため」といった前向きのものが少ないが、企業規模1,000人以上ではこうしたものの割合が多くなってくる。

コラム3-4

非労働力化について

非労働力化とは、具体的には、就業者が離職したとき、失業者とならず(=求職せず)に、労働市場を退出して非労働力人口になることや、失業者が求職意欲を喪失して、非労働力人口になることなどをいう。非労働力化が進むと、労働力率(=労働力人口/15歳以上人口)は低下する。

非労働力人口は、中長期的に増加し続けているが、この原因としては、(i)高齢化により、もともと非労働力人口の割合の高い高年齢者層が増加していること、(ii)自営業主・家族従業者で、廃業を期に引退している高齢者が増加していること、などが考えられている。

最近の非労働力化の動向について、年齢階級別にみると、2001年は、男性の15~24歳層、55歳以上層で特に非労働力人口が増加した。これは、労働情勢の悪化により、仕事をあきらめた人が多かったためと考えられる。また、女性の25~54歳層では逆に労働力率の増加がみられたが、家計を支えるためにパートに出た主婦が多かった可能性が考えられる。

非労働力人口の年齢階級別の推移

 雇用形態の多様化

雇用形態には、大別して、正社員、非正社員(パート等)、外部社員(派遣等)がある。最近特徴的なのは、非正社員と外部社員といった非正規社員が増加していることである。

第1に、パートが増加している。これを厚生労働省の「毎月勤労統計」の常用雇用指数でみると、90年代後半ほぼ横ばいの中にあって、一般労働者が98年以降減少する一方で、パートタイム労働者は増加を続けており、その結果、パートタイム労働者比率は20%を上回るところまで高まっている(27)。また、総務省の「労働力調査」で常雇と、契約期間が1年未満の臨時雇、日雇とを比べても、常雇が減少しているのに対して、臨時雇、日雇は増加しており、臨時雇、日雇の比率は13%に達しようとしている(28)

パートが増加している背景には、女性の社会参加が高まっているなかで、企業にとってパートの比重を増加させることにメリットがあるからである。東京都が2001年10月に実施した「パートタイマーに関する実態調査」によると、パートタイマーを雇用する理由として挙げられたのは、「賃金コストが安くてすむから」、「簡単な仕事だから」、「日または季節的繁忙に対応するため」が多い。

第2に、派遣労働者も増加している。派遣労働者については、労働者派遣法が改正され、95年の約60万人から2000年は約140万人となっている(29)。2001年についても、業界統計によれば、さらに増加している。

派遣労働者が増加している理由を厚生労働省が2001年1月に実施した「労働者派遣事業実態調査」によると、企業が派遣労働者を受け入れているのは、「欠員補充等必要な人員を迅速に確保」が多く、「人件費が割安」、「通常業務の一時的な補充」、「特別な知識・技術を必要」等が続く(30)。また、パート等ではなく、派遣労働者を受け入れる理由としては、「必要な人員を迅速に確保」のほか、「特別な知識・技術を必要」、「雇用管理の負担が軽減」等が挙げられている。派遣労働者に対しては、高度な知識・技術を必要とする仕事に対して、即戦力としての期待が高いことがうかがわれる。

こうした非正規社員は、これまでは、景気が悪化する際にはバッファーとなり、大きく減少するのが普通であった。しかし、今回の景気後退局面においては、むしろ増加している。これは、こうした非正規社員の市場が拡大しているという構造変化(すなわち需要も、供給も増加したこと)を反映している。この背景には、労働者側の要因として、女性の社会参画の高まりや、余暇の重視など人々の就業に関する考え方の変化がある。また、正社員での就業を望んでいるにもかかわらず、厳しい雇用情勢を受けてパートタイマーなどの非正規社員として働かざるを得ない者が存在していることも考えられる(31)。企業側の要因としては、人件費削減や、リスクへの対応などが考えられる(32)(33)

 雇用のミスマッチの拡大

このように、転職が増加するなど、労働力の流動化が進んでいるが、雇用のミスマッチがみられるために、必ずしも円滑に進んでいるとは言い切れない。

雇用のミスマッチは、マクロ的に労働需要と労働供給が均衡していても、適当な求職者が見つからないために、求人が充足されず、欠員と失業が同時に起こってしまう現象のことである。

雇用のミスマッチが存在することは、UV曲線が右上方にシフトしていることによっても確認される(第3-2-10図)。UV曲線は、雇用失業率と欠員率(企業側の人手不足度合いの増加)との関係を示したものである。構造的な変化がないときはこの図の左上の方向か、右下の方向に沿って動く。これに対して、構造的な変化があると、右上や左下への動きとなる。この図によれば、90年代後半以降、構造的な変化があったようにみえる。

この背景には、求人側の要望と求職側の要望が、職種、技能、年齢、賃金、あるいは契約期間、就労期間等の面で合致しないケースが増加していることがあると考えられる。例えば、雇用過剰感や不足感を業種別にみると、製造業、建設業、卸小売業では雇用過剰感があり、運輸・通信、サービス業では人手不足感がある。また、職種別にみると、管理・事務職は雇用過剰感、専門・技能職では雇用不足感がみられている。

この背景には、次のような変化があると考えられる。

第1に、技術進歩が急速に展開していることである。これによって、身に付けた技能や知識がすぐ陳腐化してしまうことになる。

第2に、企業部門の事業の見直し・再構築によって大量の中高年齢層が労働市場に入ってきたことも影響しているであろう。再就職が困難な中高年齢層を中心として、総じて、転職は同一産業内にとどまることが多く、また、他産業に転職する場合には、失業期間が長くなるものと考えられる。

第3に、パートなど契約期間や就労時間の面で多様な雇用形態を求める労働者が増加していることである。

UV曲線が右上にシフトすることによって表される構造的失業がどの程度になっているかを試算してみると、構造的失業の水準は最近傾向的に上昇しており、現在は4%程度に増加している。現在の高い失業率の大きな部分は、構造的な失業率によることが分かる。

雇用のミスマッチが存在することは、潜在的な雇用機会が活かされていないことを意味する。また、ミスマッチを放置しておくことは、需要不足が長期化することとあいまって、失業の長期化をもたらす要因になるが、このことは既に習得している技能を陳腐化させ、再雇用の可能性を低下させてしまう(34)。雇用のミスマッチを解消するための努力を強化する必要がある。

 労働力配分の効率化のために

現在みられている転職(中途採用)の拡大を、構造調整に十分に活用していくためには、労働市場が十全に機能し、ミスマッチが早期に解消すること、流動化を妨げないような環境を整備することの視点から検討できる。

 労働市場の機能強化

労働市場において、労働移動が円滑に行われれば、既存企業や新規開業する企業が新しいビジネスを始める際に必要な人材を迅速に集められ、労働者は、希望する就職への過程で失業期間を短縮することができるようになる。しかし、労働者と使用者の間で、(i)仕事の内容や労働者の能力・勤労意欲などの情報量が低い場合、(ii)契約期間や就労時間など勤務条件が合わない場合、(iii)職業能力が合わない場合、等にミスマッチが起こり、円滑な移動が阻害される。

これらに対しては、情報の問題については職業紹介機能の充実、条件の問題については制度の見直し、職業能力の問題については知識・技能の形成、職業訓練の充実という観点から検討することが必要である。

情報の問題については、民営の職業紹介の導入やインターネットを用いた情報流通など、民間部門が領域を拡大しているが、官民の連携を含め、民間活力の一層の活用が期待できる。

勤務条件の問題については、例えば、多様な働き方を選択できるよう、有期労働契約や裁量労働制の見直しなどが課題である。

能力開発の充実については、産業構造の技術・知識集約化を背景に、専門・技能を持つ労働者に対する需要が相対的に増加しているなかで、既に増加がみられている社会人大学院の役割が今後とも大きくなっていくものと考えられる。こうした動きを支援するため、奨学金の充実等が求められる。

このほかに、労働市場の機能強化という点では、派遣労働法制における対象範囲拡大などの制度の見直しが重要である。

さらに、雇用潜在力の維持・向上も重要である。失業が長期化する場合、再雇用の可能性は低くなることが考えられる。多様な働き方が選択できるよう現在推進されているワークシェアリングは、就業能力維持にも資すると考えられる。

 流動化が不利にならない規制改革

労働の流動化を確保するためにもう1つ重要な視点は、転職が不利にならない環境である。具体的には、年金や退職金といった、退職後の資金の取扱いが終身雇用に有利となっていれば、転職を阻害することとなる。

年金のポータビリティの確保については、企業年金について、確定拠出年金の制度が2001年に制定された。これは、退職後の受取保険金ではなく、就労期の支払い保険料が決まっているもので、転職にとっては中立となる。転職の増加に合わせて、企業側の転職者に不利とならない環境への関心もみられており、今後広がっていくことが期待される。

また、いわゆる正規社員だけでなく、パートや派遣社員などの非正規社員にみられるような多様な働き方が期待されている。このような動きを支えるためには、非正規社員の労働条件を適切に見直すとともに、社会保険の扱いを拡大することも重要である。

3 資金配分の効率化

生産性上昇率が低下した背景には、労働と並ぶ主要な生産要素である資本ストックの配分が効率的に行われていないこともある。この背景には、企業に対して資金を供給する役割を担っている金融市場、特にこれまでの資金循環において主流であった銀行による貸出しが、マクロ経済的な観点からみた場合、効率的に行われていなかった、ということがある(35)。また、より広い視野でみた場合、間接金融中心の資金循環そのものが非効率となっているということもある。以下では、資金の配分をめぐるこの二つの問題について検討する。

 非効率な銀行貸出の配分とその是正に向けた動き

まず、マクロ経済的な観点から、生産性の高い分野に銀行貸出が行われていたかどうかをみるために、企業の資金調達において主流であった銀行貸出と全要素生産性の関係を検証しよう。ここでは、銀行貸出と全要素生産性の伸びを産業別に示した第3-2-11図でみることにする。

これによって94年から97年までの銀行貸出残高についてみると、大部分の業種に対して貸出しが横ばいないし減少しているなか、特に全要素生産性が低下していた建設、不動産業に対する貸出しが堅調に推移したことが分かる。両業種は高い債務を抱え、また金融機関側からみた不良債権が多い業種でもある。それにもかかわらず貸出しが伸び続けていたのは、この時期において、いわゆる「追い貸し」が行われていた可能性を示すものである。このように、94年から97年にかけての時期においては、全要素生産性上昇率の低い産業に多くの貸出しが行われていたなど、非効率的な面が認められる。銀行貸出は、貸出しがほぼ横ばいとなるなかで、配分の内容においても非効率になっていたといえる。

もっとも、このような非効率性については、90年代末になって修正の動きが始まっている。98年以降になると、不動産業と建設業に対する貸出しが減少し、これとは対称的に、電気機械への貸出は、98年以降、シェアを高めている。貸出しは全体として全要素生産性の上昇に寄与するような方向に変化しているといえる。ただし、貸出しが減少している産業は、不良債権処理により貸出資産計上が減少した部分も反映しており、生産性の低い部門への貸出しが縮小したという点では効率化の第一歩と考えられる一方、一概に銀行貸出の効率性が高まったとはいえない面もあることには留意が必要である。

 資金循環の構造変化

上にみたように、銀行貸出を通じた資金の配分が効率的に行われない面があった。しかし、非効率性は銀行貸出にとどまらない。銀行貸出を含む資金循環全体をみても、大きな構造変化がみられ、金融システムが経済の変化に十分対応できていないことが分かる。

我が国の90年代前半までの資金循環を主体別にみると、家計が唯一の安定した資金余剰主体であって、その家計が供給する貯蓄を、資金不足主体である非金融法人及び一般政府が投資のために利用するとともに、海外部門の資金不足(国際収支でいう経常収支黒字にほぼ相当)にあてられるという構図であった(第3-2-12図(36)。金融機関も、家計の貯蓄を非金融法人の投資に結び付ける役割を果たすものとして、金融仲介機能を果たしてきた(37)

しかし、90年代後半以降になると、この構図が大きく崩れることになった。企業が資金余剰主体となったのである。この背景には、過剰設備と過剰債務を抱える企業が、設備投資や土地の保有を減少させるとともに、債務の返済にあてるという行動があったと考えられる。それは、構造調整を進めなければなければならない企業部門にとって、やむを得ないことであった。しかし、このため、家計の貯蓄を利用していた非金融法人が貯蓄超過部門になると同時に、金融機関はそれまで果たしてきた家計と企業の間の資金のやりとりを十分に仲介できなくなった。金融機関は転機を迎えることになったのである。

以上のような変化を、以下、家計部門、企業部門、銀行部門のそれぞれについて少し詳しくみてみよう。

 家計部門の金融資産保有

まず家計部門の金融資産保有状況をみると、安全資産に偏っており、リスク資産の比率は極めて低い。家計の保有する金融資産の総額は約1,400兆円となっている(2001年度末)が、その内訳をみると、現金・預金等の安全資産の構成比が上昇しており、2001年度末で54.4%を占めている(第3-2-13図)。これに対して、市場リスクにさらされる債券、株式や投資信託などリスク資産の構成比は13.2%にまで低下している。このリスク資産の構成比は、55.5%と金融資産の大宗を占めているアメリカや、ドイツと比較すると低い。かつては日本と同様に低かったドイツは、株式浸透策等の効果もあり、90年代後半に上昇し、37.1%となっている(38)

このように家計部門の資産構成が、リスク資産の割合が低いリスク回避的な状態となっている理由としては、

  • (i)株式投資単位が大きく、小額の投資がしにくかったことや、決済機能が伴うような利便性の高い投資商品がなかったことなど、株式投資の利便性に関わる問題、
  • (ii)高齢者に老人マル優のような預貯金優遇制度が存在すること、
  • (iii)投資情報の不足などを背景とする、リスク資産の商品性に対する理解不足、
  • (iv)一般的に低リスク資産を選好すると考えられる高齢者の割合が高まっていること、のほか、特に最近の動向については、
  • (v)株価下落によって株価のリスクに対する認識が高まっていること、
  • (vi)景気や社会保障制度の先行きについて不透明感が強まっており、予備的な貯蓄が増加していること、

などの要因が挙げられる。

上記(iv)で挙げた、高齢者世帯の割合が高まっていることの影響についてみておこう。総務省「貯蓄動向調査」によれば、世帯主の年齢が60才以上である家計が所有している金融資産のシェアが上昇してきており、2000年には54%となっている。これは60歳以上の世帯が増加していることに加え、この世帯の保有金融資産が相対的に多いことによる。世帯主の世代別にみた世帯の貯蓄額をみると、30歳未満の432万円から50歳代の1,798万円まで次第に増加しているが、60歳以上はさらに多く2,641万円となっている。しかも、高齢世代の保有する金融資産の内訳をみると、預貯金等の安全資産が大宗を占めており、株式等のリスク資産は少ない(39)

このように、家計部門の金融資産保有状態が安全資産に偏った状態にあるということは、家計が資金の供給主体であるという観点からみれば、家計は、リスクマネーの供給を直接的には行っていないことを意味する。このような状況は、次にみるような大企業を中心とした資金調達面における直接金融の比重の高まりという変化と必ずしもマッチしていない。

 間接金融に依存した企業部門の資金調達

企業部門に目を転じると、その資金調達が間接金融に大きく依存していることが分かる。企業部門(非金融法人企業)の負債残高(資金調達)をみると、総額は、2001年度に1,258兆円となっている。その内訳をみると、借入の比率は38.7%と高いのに対して株式・出資金及び債券等の比率が40.8%と低く、間接金融への依存度が強い(第3-2-14図)。これを他の先進国と比べると、アメリカでは借入が14.1%であるのに対して株式・出資金及び債券等が65.8%、日本と似た産業・金融システムを持つといわれているドイツでもそれぞれ37.6%、50.2%であり、日本の直接金融の割合は低く、間接金融の割合は高い。

もっとも、借入は95年にピークに達した後、不良債権処理や企業や金融機関の不良債権問題のため減少傾向をたどり2001年度末には総負債の38.7%に相当する487兆円となっている(40)。他方、株式及び出資金は、89年以降減少基調で推移してきており、2001年末には総負債の31.1%に相当する392兆円となっている。

また、企業規模別の資金調達状況をみると、大企業は直接金融の比重を高めつつあるが、中小企業は依然として間接金融依存を続けている。資金調達状況を規模別でみてみよう。財務省「法人企業統計」によると、大企業においては、90年代を通じて有利子負債は次第に減少している(付注3-4)。他方、大企業では社債による資金調達が負債の10%程度の割合を占めているが、中小企業では社債による資金調達がほとんど行われておらず、もっぱら借入に依存している。

このように大企業は、銀行を通じた間接金融から株式・社債等の発行を通じた直接金融の比重を高めつつある。その理由としては、(i)自らの成長力、収益力を基に資金調達コストを低くできる、(ii)資金調達手段を多様化することにより、リスクの分散が図れる、(iii)株式等の発行については担保を差し出す必要がないので、実物資産が少なくても資金調達できる、といったことが挙げられる。

他方、中小企業が直接金融をほとんど利用していない理由としては、(i)企業の業績の評価が困難であるため、直接金融市場での評価が難しい、(ii)直接金融を利用するための情報開示コストが大きな負担となる、(iii)間接金融で十分な資金調達ができていると考える企業が多い、(iv)取引金融機関との良好な関係を維持したい、(v)現状の経営権・経営体制を維持したいといったことが挙げられる。

 低下する金融仲介機能

上にみたように、家計からの資金が預金として銀行に供給が続く一方、企業が資金余剰主体となっている。その背景には、企業の資金需要が景気の低迷や債務返済などにより減少したこと、金融機関については株安や不良債権処理などによりリスクテイク能力が低下したことなどから、金融仲介機能が低下したことが考えられる。

国内銀行のバランスシート構成の推移を資金循環統計によってみると、総負債は90年代初めに比べて、2001年度は減少している。その中で、預金等は増加を示し、負債に占める割合も上昇している。

他方、同期間中に資産総額も減少しているが、その内訳をみると、貸出しは、90年代初めにみられた高い伸びが次第に鈍化し減少に転じたため、その総資産に占める割合も90年代半ばまで上昇した後、低下している(41)第3-2-15図)。株式・出資金の占める割合も90年代後半以降、低下している。これに対して、国債、政府短期証券、地方債などの占める割合が90年代半ば以降上昇している。

業種別の資産内訳をみるために、貸出資金吸収動向で業態別比較をすると、国内銀行の貸出残高はこのところ4~5%の減少で推移している。特に都市銀行は、80年代後半に貸出しを大幅に増加させた反動などのため、90年代以降は、他の業態に比べて貸出しの伸びが鈍化した後、減少に転じており、2002年3月には前年比4.5%減となっている。他方で、都銀は、90年代後半に金融機関の債券保有割合が全体として上昇するなか、急速に債券保有割合を上昇させている。

このように銀行は、家計と企業の間の金融仲介が縮小しているなかで、家計の貯蓄を公債の購入という形で一般政府に仲介する役割を拡大しつつあるのが現状である。

 金融システムの改革

銀行を介して家計の貯蓄を企業の投資に結び付けるという間接金融方式は、高成長と安定の下にある経済では有効に機能してきた。しかし、バブルが崩壊し、企業や金融機関のバランスシート調整が進むなかで、企業の資金需要が減少する一方、銀行の金融仲介が低下してしまった。低成長の時代になり、様々なリスクにさらされる経済にあっては、間接金融だけに依存するのでは資金配分が硬直化し、効率性が低下するという問題を抱え、今後の経済成長を制約する可能性がある。このため、不確実性の高まりに対応し得る、間接金融と直接金融のバランスのとれた金融システムへの移行は喫緊の課題となっている。それに向けて取り組むにあたっての課題としては、以下のような点が挙げられる。

 銀行の金融仲介機能の回復

銀行の金融仲介機能を回復するためには、不良債権処理を進めることが重要である(42)。しかし、不良債権処理のための原資としての業務純益が低水準であると、不良債権処理によって自己資本の減少がもたらされることになる。したがって、不良債権処理のためにも、銀行が貸出先のリスクに見合った利ざやをとれるようにするなど、収益性を高めるための努力をする必要がある。銀行が収益性を上げるためには、利ざやの拡大に加えて、経営の合理化によるコスト削減、投資銀行業務など高付加価値ビジネスの拡大などが考えられる。

当面は、銀行の審査能力を高めるとともに、個々の債権のリスクに見合った金利設定を行い、全体としては利ざやを引き上げる方向で収益の改善を図ることが必要であろう。しかし、一方、利ざやの改善は、借り手としての債務者の負担増となって現れる。このことの影響は無視できず、特に中小企業では大きく、貸出条件の厳格化に対する「貸し渋り」批判が起こり易い。こうした批判の背景には、企業の実情に応じた貸出条件についての客観的基準が少ないことがあると考えられることから、貸出対象企業のデータベース化やその統計処理を行い、利ざやを引き上げる際の説明材料として活用することなどが重要である。また、預金者に対しても銀行の経営合理化の状況や、収益確保に向けた取組みの説明を行うことが必要であろう。

このような銀行自身の収益性を確保するための取組みに加え、間接金融の効率性の向上に向けて、公的金融機関のあり方を早急に見直すことや、異業種からの参入促進など、金融仲介機能の多様化、専門化、分化への取組みも重要である。

 直接金融の機能向上

これまで直接金融は間接金融に比べると発達が遅れた。しかし、バランスの取れた金融システムの発展のためには、直接金融の機能向上を図ることが必要である。そのためには、リスクとリターンの関係に基づいた市場を媒介とする資金フローのチャネルの拡充と整備を行い、不確実性の高い経済環境下において、資金フローの効率性を高めることが重要である。このうち、証券市場は、97年に始まったいわゆる日本版金融ビッグバンの流れのなかで整備・拡充が進んでいるが、投資家層の厚みが薄いといった課題の解決に向けて、ディスクロージャーの一層の向上による透明性の確保や市場監視機能の充実などが必要である。

一方、資金調達側の直接金融市場へのアクセスに関しては幾つかの課題が残されている。特に問題なのは、資金調達者としての中小企業やベンチャー企業の直接金融市場へのアクセスをどう改善するかという課題である。一部の優良中小企業に関しては、IPO(株式新規公開)市場の活発化や、VC(ベンチャー・キャピタル)を利用したファイナンス支援などの動きもみられる(コラム3-5参照)。一方、中小企業にも、直接金融への潜在的なニーズがあるものと考えられるが、ディスクロージャーの負担や制度的要件など、実質的な負担の増加のために、実際の利用は限られており、少人数の私募債発行の円滑化や、流動化・証券化の進展が期待される(43)

コラム3-5

株式新規公開(IPO)市場をめぐる最近の動き

1963年に創設された株式の店頭登録制度は、過去、中小企業を主要な対象とした日本で唯一のIPO市場であり、取引所市場の補完的役割として位置付けられ、ある程度の成熟期にさしかかった企業が安定成長を続けるための資金調達の場としての役割を期待されてきた。しかし、大企業との比較において中小企業が有するとされる高い雇用創出力、ハイリスクの研究活動による新技術や、新ビジネスモデルへの取組み、地域経済振興の担い手など、中小企業に期待される役割も拡大しつつある。こうした状況の下で、中小企業を対象とするIPO市場にも、急速な成長を遂げようとする未成熟企業が資金調達を行う場としての機能が求められるようになってきた。このため、97年に始まったいわゆる日本版金融ビッグバンの流れの中で、98年12月に証券取引法が改正され、店頭登録制度は、取引所市場と並立するものと定義され、「ジャスダック市場」として機能強化が進められるとともに、「東証マザーズ」、「ナスダックジャパン」といった新IPO市場が創設された。

ジャスダック市場も含めたこれら新IPO市場は、(i)成長の初期段階(アーリーステージ)にある企業群に株式公開機会を与える、(ii)多様な業種・企業への投資機会を与える、(iii)企業内容の開示を強化し、多様な投資家を取り込む、などの特徴を有し、また、店頭登録制度に比べ、流動性確保のためのマーケットメイク制度を強化し、形式公開基準の緩和を進める一方で、ディスクローズ基準の強化を義務付けるなどの工夫を行っている。

新規公開企業の業種についてみると、サービス業を中心に新業態の企業が多数公開し、また、公開所要年数の分布についてみると、2002年には95年の約半分に短縮するなど、これまで進められてきたIPO市場の整備は、外形的には中小企業のIPOを活性化させてきている。株式新規公開企業数は、2000年には157社、2001年には148社と過去最高水準での推移が続き、ナスダックジャパン、マザーズの創設が新規公開企業の増加にも大きく寄与してきたと考えられる。

ただし、公開環境の悪化などから2002年の新規株式公開企業数は落ち込む見込みである。また、ナスダックジャパンが日本から撤退を表明するなど、IPO市場の整備は、一定の成果をみた後、更なる発展に向けての重要な時期にあるといえるだろう。

新規公開企業数の推移(IPO3市場)

 リスクマネーの供給

直接金融の拡大に併せて、リスクマネーの供給を確保することが重要である。現在、安全資産に偏った資産構成となっている家計がリスクマネーの供給を増加するためには、リスクに対するリターンが引き上げられるか、リスク分散の手段がこれまでより供給されるようになることである。また、投資に要する専門的知識の高まりを背景とする資金運用の機関化現象の進展を考慮して、資金供給者→市場といった直接的な経路だけではなく、資金供給者→機関投資家→市場といった間接的な経路の拡充が期待される。

そのためには、預貯金優遇制度や金融税制を見直すほか、新しい金融商品や多様な販売チャネルの開発・提供、確定拠出型年金の普及や投資アドバイス業務の育成が重要である。

以上のような取組みを通じて間接金融と直接金融のバランスのとれた発展が進み、経済成長にとって必要な資金供給が効率的に行われることが必要である。

4 研究開発の効率化

 技術進歩の重要性

全要素生産性の上昇は、資本投入や労働投入の増加とは独立にもたらされる生産性の上昇である。その要因として最も基本的なのは、研究開発投資などを通じてもたらされる技術進歩である(44)。経済のグローバル化が進展し、東アジア諸国の競争力が高まるなか、我が国経済が競争力を維持していくためには、技術革新を通じて経済の生産性を高めてゆくことが不可欠である。また、今後、我が国は、他国に例を見ないような速さで少子・高齢化が進展することが見込まれており、労働力や資本の面における供給制約が顕在化するとの懸念があることから、研究開発を通じた技術革新の促進は、中長期的な経済成長を維持する上でも重要な課題であるといえる。

しかし、OECDの分析によると、我が国の研究開発投資は全要素生産性に有効に結びついていない可能性が示唆されている。つまり、OECD諸国における研究開発投資比率(研究開発投資支出/GDP)と全要素生産性の関係(80年代平均から90年代平均への変化)をみると、全体としては、研究開発投資比率の伸びが高い国ほど、全要素生産性の伸びも高いという傾向がある。しかし、80年代から90年代にかけて、我が国において研究開発投資比率が高まっているにもかかわらず、全要素生産性の伸びは低下しており、傾向線から下方に外れている(第3-2-16図)。これは、我が国においては、研究開発投資の伸びの割には、生産性の上昇に結びついていないことを示している(45)

以下においては、我が国における研究開発投資の問題を整理するとともに、研究開発投資を有効に生産性の上昇に結び付けるにはどうするべきかについて検討しよう。

 研究開発投資の現状

研究開発投資と技術進歩の関係を検討するための前提として、ここでは我が国における研究開発投資の現状をみてみよう。我が国の研究開発投資の特徴としては、(i)規模が大きい、(ii)民間企業が中心である、(iii)応用・開発研究が中心である、という点が挙げられる。

まず、総務省「科学技術研究調査報告」によって、2000年度における我が国の研究開発費支出をみてみよう。これによると、名目総額は16兆2,893億円であり、10年前の90年度と比べて約1.25倍の規模となっている。90年度を基準とした実質総額でみても、10年前と比べて約1.22倍の規模となっている。その結果、研究開発支出の対GDP比率は90年度の2.90%から2000年度には3.18%にまで上昇し、主要国中最高となっている(第3-2-17図)。

次に、主体別に研究開発投資の使用の割合をみると、産業が国全体の研究開発費支出の66.7%と過半を占めているのに対して、大学が19.7%、政府が9.3%、民間研究機関が4.3%となっている。なお、政府は国全体の研究開発費の21.7%を負担しているが、その割合は他の主要国と比べやや低い水準にある(46)。また、その内訳についても、国・公営の研究機関、先導的・基礎的な研究開発を行う特殊法人の研究機関及び国・公立大学といった公的組織の内部で大部分が使用されており、会社等産業界に対する研究助成は他の主要国と比べて少ない。

産業別の支出の状況をみると、電気機械工業、化学工業、輸送機械工業における研究開発費が大きく、これら3業種だけで全体の64.4%を占めている。他方、その相対的な大きさを把握するために研究開発費の売上高に対する比率をみると、電気(5.65%)、精密(6.34%)などの機械工業や化学(5.36%)、ソフトウェア業(5.79%)等の比率が高い。

さらに、研究開発の性格をみてみよう。一般に、研究開発投資は、(i)基礎研究、(ii)応用研究、(iii)開発研究に分けられるが、2000年度における企業の研究開発投資の内訳は、基礎研究が5.8%、応用研究が21.3%、開発研究が73.0%と、応用・開発研究が占める割合が高くなっている。本来基礎研究を担うべき公的部門の研究開発が相対的に小さいことから、国全体としても他の主要国に比べて基礎研究の割合が小さくなっており、応用・開発研究に傾斜しているといえる。

このように、日本の研究開発投資は、諸外国と比べてもトップクラスの規模であるが、その内容は、企業の開発・応用研究が主流であり、基礎研究や政府の支出の占める割合は少なくなっている。

 研究開発投資と全要素生産性の関係

以上のような研究開発投資は、どのようにして全要素生産性の上昇に結びつくのであろうか。ここでは、我が国の研究開発投資の大宗を占める企業部門における研究開発投資に着目して検討してみよう。

企業における研究開発投資支出は、支出した時点から一定の懐妊期間をおいて技術・知識として結実し、実際の生産性上昇効果をもつ。一方、それは時間の経過とともに、より新しい技術・知識の登場で、徐々にその価値が低下(陳腐化)する。これらを考慮して、研究開発投資に一定のタイムラグを考慮したものを「技術・知識フロー」、一定の陳腐化率を前提として技術・知識フローを累積したものを、「技術・知識ストック」として試算してみよう(47)

試算された技術・知識フローをみると、これはバブル崩壊後の景気の低迷による研究開発支出の減少を受けて94年度から96年度にかけて減少しているが、97年度以降再び増加に転じている。一方、技術・知識ストックは94年度以降それまでの伸びが鈍化し、その後も低い伸びが続いている。これは、バブル崩壊以降の厳しい経済情勢を受けて、企業の研究開発支出の伸びが鈍化したことや、近年の技術革新の速度が高まり、商品のライフサイクルの短縮化が進むなか、既存の技術・知識ストックの陳腐化が高まっていることの影響であると考えられる(第3-2-18図)。

次に、このような技術・知識ストックの蓄積が実際の生産性の上昇に貢献したかどうかをみるために、技術・知識ストックと全要素生産性の関係を産業別でみてみよう。これをみると、業種によってばらつきはみられるものの、両者の間には緩やかな正の相関関係が認められる。研究開発投資が大きく、知識・技術ストックの伸びが大きい産業ほど、生産性の伸びも高いという関係にある(第3-2-19図)。

さらに、技術・知識ストックを明示的に考慮した生産関数を推計して技術・知識ストックの増加が、これまでの経済成長にどの程度寄与していたかをみてみよう(48)。これをみると、技術・知識ストックは経済成長に対し有意に寄与しており、研究開発を通じた技術・知識のストックは技術進歩を高める要因となっていることが分かる(第3-2-20図)。

ただし、90年代においては、技術・知識ストックの伸びが鈍化していたことを背景として、その寄与が小さくなっている。さらに、この生産関数を80年代(81~90年)と90年代(91~2000年)の2つの期間に分けて推計し、技術・知識ストックの付加価値に対する弾力性を比較すると、80年代では技術・知識ストックの弾力性が0.43と上昇するのに対し、90年代では0.13へ低下しており、90年代においては技術・知識ストックの伸びが生産性の上昇に結びつきにくくなっている。前出のOECDの各国比較において示される、我が国において80年代から90年代にかけて研究開発投資が伸びたにもかかわらず生産性の上昇に結びついていないという事実の背景には、これらの要因が関連していたと考えられる。

 我が国の研究開発の問題点

以上のように、研究開発投資と生産性の間には密接な関係が認められるが、90年代以降、研究開発投資が生産性の上昇に結びつきにくくなっていることも明らかになった。この背景には、バブル崩壊後、不良債権問題等の構造問題の影響により、我が国経済の低迷が続いたことがあり、これを全て研究開発の問題に帰することはできない。しかし、我が国の研究開発はその高い支出水準にもかかわらず、研究開発の質や成果の効果的な利用に問題があることから、生産性の上昇に結びつかないとの指摘があるのも事実である。以下では、(i)研究開発の質と(ii)研究開発の成果の利用の2つの観点から、我が国における研究開発の問題点を検討してみよう。

 研究開発の質

我が国の研究開発については、支出に対して十分な成果が伴っていないことがよく指摘される。具体的には、(i)論文の被引用度が低いこと、(ii)特許の被引用度や知識集約度が低いこと、(iii)技術貿易は黒字化しているが、戦略的に重要な分野では赤字となっていること、といった点が問題とされている。

第1に、研究開発の成果としての論文の質が高ければ、その被引用件数も多くなると考えられる。アメリカのSCI(Science Citation Index:科学技術文献データベース)によると、94~99年の6年間のSCIデータベースでの国別収録論文は、アメリカが圧倒的に多く、日本はこれに続いている。しかし、論文生産の質的側面を示す論文の相対的被引用度(49)は、一貫して国際的な平均である1を下回っており、しかも、他の主要国の値が上昇傾向にあるなかで、日本の値は横ばいとなっている(第3-2-21図)。また、研究分野別にみても、全ての分野において1を下回っているが、特にIT技術と関連の深い「計算機科学」では0.39と一際低い数値となっている。

第2に、同様な傾向は特許でもみられる。米国特許に関するデータによりみると、日本のシェアは、アジア諸国がシェアを高めてきていることを背景として90年代初以降低下傾向にあるものの、アメリカに次いで第2位の地位にある。しかし、米国特許における日本の相対的被引用度(50)はこのところ上昇傾向にあり、2001年には1を上回ったものの、90年代を通じて国際的平均である1を下回ってきた。さらに、特許と科学論文との関係の強さ(すなわち特許の知識集約度の高さ)を示すサイエンス・リンケージ(51)を各国別にみると、日本は主要5カ国(日米英独仏)の中で最も低く、しかも、他の国との差も拡大している。また、分野別にみると、特にバイオテクノロジー関連などで、他の主要国と比べサイエンス・リンケージの値が低くなっている。

第3に、技術貿易(特許権、実用新案権等の国際取引)である。総務省「科学技術研究調査報告」により日本の技術貿易の動向をみると、90年代に入ってからの技術輸出額の増加が著しく、93年度以降、輸出超過となった(52)。これを、主要業種の技術貿易収支比(輸出額/輸入額)でみると、その値は自動車工業を中心に年々上昇してきているが、IT関連(通信・電子・電気計測器工業)や非製造業全体では依然1を下回っている。特に、アメリカに対しては、自動車などの成熟産業では黒字となっているものの、通信・電子・電気計測器やソフトウェアなど、先端技術分野に関連の深い分野において赤字となっている。

このように、我が国における高い研究開発支出を反映し、その成果は論文、特許の高いシェアや技術貿易の黒字として結実しているものの、応用・開発研究重視で基礎研究への支出が低いことなどを反映して、論文や特許の影響力や知識集約度が低いほか、IT関連等、基礎的・先端的研究との関連が深い分野において、我が国の技術水準は他の主要国より低い傾向にあることが分かる。90年代に我が国がIT化の面で他の主要国に遅れをとったことに象徴されるように、以上のような研究開発の質の低さや戦略的に重要な分野において技術水準が低い傾向にあることは、我が国経済の生産性を向上する上で一定の制約となった可能性がある。

 研究成果の利用

研究開発の成果は有効に実用化されることを通じて生産性の上昇に結びつくことが期待されるが、我が国においては研究開発によって生み出された成果が大学や企業の研究室内に埋もれていて、有効に利用されていないケースが多いとの指摘がある。特に、大学や研究機関などは、応用・開発研究を主とする企業の研究開発では生まれにくい基礎的・先端的分野における成果を経済社会に提供する役割が期待されているが、これらの機関における成果を権利化し、社会に還元するための制度が未発達であった。90年代末における法整備の後、大学や研究機関で生み出された研究成果を企業に円滑に移転するための機関である技術移転機関(TLO)が設立され、大学や研究機関の特許取得や産業界への技術移転が進みつつある。しかし、設立からまだ間もないこともあり、2000年度における我が国における技術移転実績は98件と、アメリカの3,306件に比べるとはるかに少なくなっている(53)。また、このような技術移転により設立された大学発ベンチャーについても、アメリカでは2000年度までで延べ2,624社であるのに対し、我が国では2001年末時点で263社にとどまっている(54)

また、民間企業においても、事業の「選択と集中」が進む中で、有望な技術であるにもかかわらず、研究開発成果が事業化されず、企業内に埋もれたままになっているとの指摘がある。民間企業へのアンケート調査結果によると、76%の企業が事業化に至らなかった研究テーマがあるとしており、それら事業化に至らなかった研究テーマの処置としては、「他の事業者への売却・譲渡」の15%を大きく上回る68%の企業が社内に眠らせていると回答している(55)

このような例にみられるように、我が国においては、研究開発投資の成果の有効利用を促進する取組みが緒についたばかりという状況があり、これもこれまでの高い研究開発投資が生産性の上昇に結びついてこなかった一因であると考えられる。

 研究開発の有効性を高めるために

それでは、高水準にある我が国の技術・知識ストックを効果的に生産性上昇に結び付けていくためには、どのようにすればよいのだろうか。以下では、(i)基礎研究の強化、(ii)サービス業における研究開発の充実、(iii)大学と政府の役割、(iv)産学官連携の推進、(v)国際連携の強化、(vi)知的財産権の確立、(vii)企業におけるナレッジ・マネッジメントの強化という観点から検討する。

 製造業におけるプロダクト・イノベーションを志向した基礎研究の強化

技術進歩は、画期的な新技術、新製品を生み出す「プロダクト・イノベーション」と、生産プロセスの改良により製品の品質の向上や価格の低下を図る「プロセス・イノベーション」に分けられる。一般に、プロダクト・イノベーションは、多額の資金を要する、リスクの大きな活動である。しかし、いったんこのような技術革新が起こると、その汎用性から効果は経済全般に及ぶものである。

日本はこれまで欧米諸国で開発された基礎技術を導入し、それに改良を重ねた応用・開発研究を基にするプロセス・イノベーションを通して、生産性の向上を図ってきた。しかし、技術水準が欧米諸国にキャッチアップするなかで、欧米の技術・知識の導入による生産性向上の余地は少なくなってきている。また、今後の技術革新の基盤として重要視されている、バイオテクノロジー、情報通信など最先端の技術分野は、基礎研究の基盤が重要といわれているが、「研究開発の質」に関連して指摘したとおり、これらの分野における我が国の技術水準は他の先進諸国に遅れをとっている。

こうしたことから、日本においてもプロダクト・イノベーションを喚起する、基礎研究の充実を図る必要がある。

 サービス業における研究開発の拡充

サービス化が進行するなかで、サービス業の生産物の多様性という特性を踏まえて、サービス業においても研究開発が必要である。実際、米英では、金融業、保険業、コンピュータ・サービス業、研究開発業などでは、研究開発支出が増加している。日本でも、今後、サービス業において技術・知識集約度の拡充を図る余地は十分にあると考えられる。

 大学と政府の役割

プロダクト・イノベーションに重要な基礎研究は、汎用性が高いため、開発者利益が還元されにくい面がある。すなわち、コピーが可能であったり、技術スピルオーバーがあるため、民間の投資が十分に行われにくい。また、経済の長期低迷の中、企業の研究開発支出の伸びは鈍化しており、その中でも実用化までの道が遠い基礎研究は後回しにされがちである。

こうした中では、基礎研究を担う大学の役割や、政府等公的部門の果たす役割が重要である。このため、我が国の大学が活力に富み、国際競争力のあるものとなるよう、例えば国立大学については、再編・統合の推進、法人化による自主性・自律性の向上及び非公務員化を含めた民間的発想の経営手法の導入等の施策が進められている。また、国際的競争力のある大学への変革を図る上では、政府による公的支援について、第三者評価による競争原理を導入しつつ、支援措置の重点化を図っていく必要がある。

さらに、企業における研究開発投資の活性化を図るためには、研究開発促進税制(コラム3-6参照)の見直しを検討するほか、日本版SBIR(中小企業技術革新制度)(56)等、民間企業に対する支援措置を積極的に講じていく必要がある。

コラム3-6 研究開発促進税制

企業が行う研究開発については、多くの国でそれを促進するための税制上の措置が取られてきている。その理由としては、研究開発が有する次のような性質、すなわち、

(i)研究開発投資により実施主体が得る私的収益率よりも社会収益率の方が高い水準となること、

(ii)研究開発の成果の実現には不確実性が伴うこと、

(iii)研究開発費の固定費的性格により、小規模企業等は十分な研究開発を行いにくいこと、

等のため、社会的に望ましい水準の研究開発投資が行われない傾向があるからである。特に、(i)については、研究開発によって得られる知識・技術は、公共財的な性質を兼ね備えており、その他の企業に対して、大きな外部経済効果(スピルオーバー効果)をもたらすことが多くの実証研究によって指摘されている。

こうしたことから、我が国では、過去に、増加試験研究費税額控除制度(1967~98年度)、特別試験研究費税額控除制度(93~98年度)、事業革新法の特例による税額控除制度(95~98年度)、基盤技術研究開発促進税制(ハイテク税制)(85~98年度)、特定試験研究会社株式取得特例(88~98年度)を通じて、政策支援が行われてきた。

現在、これらの措置を廃止、吸収した上で、新たな増加試験研究費税額控除制度が導入されている。その内容は、2003年3月31日までに開始される事業年度を適用期限とし、当該年度の試験研究費の額が過去5年のうち上位3年の平均額(比較試験研究費)よりも増加した場合、増加分の15%相当額を税額控除するものである。ただし、当該年度の試験研究費が前年度及び前々年度の試験研究費(基準試験研究費)を下回らないことを要件とする。また、税額控除限度額は、原則として法人税額の12%としている。

海外諸国においても、研究開発促進税が設けられている。OECD(2001)によれば、99年時点でOECD諸国が実施している研究開発税制のうち、10カ国が税額控除(日本を含む)を、6カ国が引当金を採用している。このうちアメリカにおいては、試験研究費の基準額からの増加分の20%を税額控除する試験研究費税額控除(Research and Experimentation(R&E) Tax Credit)と、売上に対する試験研究費の割合に応じた税額控除を行う代替増額分税額控除(Alternative Incremental Research Credit: AIRC)の選択制となっている。ちなみに、OECD諸国で行われた研究成果によると、我が国の研究開発税制は研究開発インセンティブあるいはコストの面で、中立あるいは緩やかなものであると分類されている。

日本の増加分ベース控除方式に対して、アメリカはこの方式と総額ベース控除方式との選択制となっている。こうしたアメリカの税額控除制度のR&D誘発効果については、1ドルの控除が1ドル以上のR&D支出を誘発する効果を有するとの実証研究もある。また、総額ベース方式は税収の減少は大きいが、R&D支出を誘発する効果は大きい。これに対して増加分ベース方式は、基準の設定方法などによっては、費用対効果が高いといわれている。

 産学官連携の推進

大学等における研究の結果生まれた技術・知識は、円滑な実用化を通じ、新商品・新市場開拓につなげていくことが重要であるが、既に触れたとおり、我が国においてはこのような事業化のプロセスが十分に機能してきたとは言い難い。他方、厳しい経済環境が続くなか、民間企業は研究開発費を抑制せざるを得なくなってきており、また、先端分野においては、企業がこれまで保有してきた人材、技術、ノウハウだけでは対応に限界がでていることから、企業における産学官連携への潜在的な期待は高いと考えられる。大学等における最先端の成果を実用化するため、基礎研究と応用研究の橋渡しをする仕組みの整備・促進(TLO等)、民間企業との間の共同研究の促進や国・大学から民間企業への技術促進に資する環境整備(日本版バイ・ドールの適用拡大等(57))など産学官の連携強化、活用されないまま埋もれている研究開発成果の事業化の支援、新しい技術を活かして事業を起こそうとするベンチャー・ビジネス等の支援などが重要である(58)

 国際連携の強化

技術革新の速度が速まり、新しい技術革新をもたらすために要する研究開発コストが莫大なものとなるなか、一国のみでは必要かつ効果的な研究開発を行うことが難しくなってきており、研究開発における内外連携の強化が重要な課題となっている。このようななか、世界的に国境を越えた研究開発活動が活発化しており、80年代から90年代にかけて世界における企業の国際的な戦略的技術提携の件数は大幅に増加しているが、この間、我が国企業の国際的な技術提携件数は減少しており、国際的なトレンドとはかい離した動きとなっている(59)。現在、各研究分野においては、ITにおけるシリコンバレーといったように、世界的な研究拠点を中核としたネットワークを通じて新たな技術創出が行われるような体制となっており、このネットワークから孤立することは、技術革新の世界的なトレンドから大きく取り残されることを意味する。国際的な共同研究や研究者の交流の促進、技術提携等を通じ、世界の各国の研究機関との連携を強化することが重要である。

 知的財産権の確立

以上のような企業、政府、大学を連携する研究開発においても、技術・知識生産活動を支えるインフラとして、知的財産権政策は非常に重要である。その整備が遅れると、技術・知識のコピー可能性から、研究開発投資へのインセンティブを低めてしまう。研究開発の成果に対しては、特許によってある程度の独占権を与える必要がある。我が国においても特許制度を強化する方向での改革が進んでいるが、これをさらに進めるべきである。なお、特許による独占が過度なものになると、技術波及の停滞など社会的なコストが大きくなることから、研究開発促進という社会的な便益と独占付与による社会的コストを比較考慮しつつ、適切な制度設計を行う必要がある。また、我が国の特許制度については、審査に要する期間が長い、現在の損害賠償の在り方では特許権侵害に対する抑止力に乏しいなどの指摘もあり、特許審査の迅速化や司法制度における改善点の検討を進める必要がある。

 企業におけるナレッジ・マネジメントの強化

また、研究開発そのものの問題ではないが、近年、企業経営において研究開発の成果として生み出された特許やノウハウなどといった知的財産の重要性が高まってきており、知的財産が競争優位と企業価値の源泉であるとの見方が一般的となってきているにもかかわらず、我が国企業は欧米企業に比べて、知的財産の取得や管理に関して戦略性に欠けているとの指摘もある。今後、知的財産を巡る国際的な競争に対応していくためにも、収益向上と事業戦略の観点から知的財産の「選択と集中」を進めることが必要である。

また、我が国企業では、企業の知的財産に関する情報開示が不十分なため、投資家が知的財産に基づき企業の収益性や企業価値を評価することができない状況にある。企業が知的財産の価値を評価するための情報を十分に開示し、その評価が企業の収益性や企業価値の判断材料の重要な構成要素となれば、企業の知的財産戦略が確立されるとともに、資金調達力の増加や企業の体質強化にもつながる。特許・著作権やブランドなど知的財産の明示的な評価を試みる「知財会計」や「知財報告書」の導入などを通じて、企業の知的財産の開示を進め、知的財産を軸に経営戦略が展開されるような環境を整備していくことが必要である。

コラム3-7 人的資本と経済成長

経済成長や生産性の向上を図る上では「人的資本」の質的な向上も重要な課題である。ここでいう人的資本とは、学校教育や職業に従事すること等を通じて労働者が習得した知識、技術、ノウハウ等のストックを総称したものである。資源に乏しい我が国においては、人的資本こそが中核的な資源であり、今後、急速な少子・高齢化や経済社会の知識化が進むことから、その一層の向上が求められている。しかし、近年、我が国においては、大きく以下のような要因により、人的資本の蓄積が滞っているのではないか、それにより将来の経済成長の基盤に揺らぎが生じているのではないか、との懸念が投げかけられている。

第1に、新たな成長分野を切り拓くためには、最先端分野における技術革新を担う人材が必要とされているにもかかわらず、他の主要国と比べその養成が疎かになっているのではないかとの懸念である。これを、理工学系の博士号取得者の数を例にみてみると、我が国は5,476人(98年)(1)と、欧米主要国と比べて少なくなっており、また、博士号を取得したものは主として大学での研究・教育に従事し、産業界で活躍するものは少ない。また、我が国の大学における教育や研究活動に対しては、国際競争力の観点から改善を図るべき点が多いとの指摘がなされている。

第2に、ITをはじめとする技術革新の急速な進展や経済社会の知識化により業務の高度化・多様化が進んでいたり、企業の倒産やリストラ等により労働者のキャリアが断絶しているために、これまで蓄積されてきた人的資本の陳腐化の速度が速まってきているのにもかかわらず、社会人に対する教育投資や職業訓練が十分ではないのではないかとの懸念である。実際、我が国における職業能力開発のための教育訓練は他の主要国と比較して不活発である。例えば、企業内における従業員一人当たりの研修費用は、約4万7千円と、欧米主要国の約半分であるほか(2)、大学・大学院といった高度なレベルでの社会人等に対する実践的な教育の展開は不十分であり、その結果、米国等におけるビジネススクールやロースクールのような機関で専門的な教育を受けた経営幹部候補層や法律家等の養成も遅れている。

第3に、近年、若年無業者・失業者やいわゆるフリーターが増加していることが、初等・中等教育における基礎学力が低下しているとの懸念とあいまって、将来の経済社会の担い手である若年層における人的資本の蓄積を妨げるのではないかとの懸念である。現に、2002年3月に高校、大学を卒業したもののうち、それぞれ10.5%、21.7%がいわゆる無業者等となっているほか(3)、2002年8月時点における若年層(15~24歳)の失業率は10.2%と、他の年代と比較して一際高くなっている(4)。

第1の問題については、高度な技術を生み出す人材の育成を進める観点から、博士号取得者の増加を図るとともに、企業等においても積極的に博士号取得者の採用をすることが必要となると考えられる。また、大学側においても社会が必要とする質の高い人材や研究・教育成果を提供できるようにするため、人材・設備等の体制を整備するとともに、競争原理の一層の導入や第三者による評価制度の導入等を通じ、活力に富み国際競争力のある大学作りを行っていく必要がある。

第2の問題については、社会人の能力開発のトレンドは、従来からの企業主導による教育投資から、労働者個人の主体性を重視する選択型の能力開発や自己啓発活動を中心とする方向に進みつつあることから、企業外における社会人教育機能が質・量ともに充実していくことが必要である。我が国においても、専門大学院の制度化等、高度な専門職業教育実施のための体制整備が進められているが(5)、今後、これらが社会人教育の柱として本格的に機能していくためには、アメリカ等のロースクールやビジネススクールのようにその社会的評価を確立すると共に、大学・大学院におけるカリキュラムの質の確保や教育体制の整備等が不可欠である。また、専門的・実用的職業訓練については、現在は職業訓練機関等が主に担っているが、欧米におけるコミュニティー・カレッジが実践的な職業教育やリカレント教育等、幅広い講座を提供していることなども参考に、その内容や運営方針を見直していくほか、今後はむしろ民間教育機関を中心とした、経済社会の変化に対応し、効率的で質の高い職業訓練が提供される体制を整備する必要がある。

なお、教育訓練を受けるに当たって時間面・資金面での制約が障害とならないよう、残業の免除や長期教育訓練休暇の付与等による教育訓練を受けやすい環境の整備、働きながら受講できるようなフレキシブルな履修形態の準備、奨学金制度の充実等が求められる。

第3の問題については、学校教育において、社会人としての職業能力や継続的な学習の基礎となる基礎学力や規律等を習得させると共に、より実践的な教育や体験学習、インターンシップの実施等を通じて、早期から職業意識を涵養することが重要である。また、就学と就業を状況に応じて柔軟に切り替えられるよう、多様な働き方を可能とする柔軟な労働市場を整備するとともに、労働者が自主的に追加的な教育や職業訓練、キャリア・コンサルティング等が受けられるような環境を整備することが必要であろう。

今後、さらに技術革新が進展し、必要となる知識・技術が益々高度化・多様化することへの対応が迫られる。あらゆる人々が生涯に渡って学習を続けるよう適切な動機付けを行うとともに、それを可能とする環境の整備を行うことが重要な課題であるといえよう。

(1) 文部科学省「教育指標の国際比較(平成14年版)」。アメリカ、イギリス及びドイツの理工学系博士号取得者は、それぞれ17,779人(97年)、6,200人(99年)、9,505人(98年)。

(2) 産能大学 第2回「人的資源開発における戦略的投資と効果測定」に関する報告書(2000年2月)

(3) 文部科学省「平成14年度 学校基本調査速報」。「無業者等」の中には、高校卒業者については、家事手伝いの者、外国の大学等に入学した者、臨時的な仕事に就いた者が含まれ、大学卒業者については、研究生として学校に残っている者、専修学校及び各種学校、外国の学校、職業能力開発学校等への入学者、家事手伝いの者が含まれる。

(4) 総務省「労働力調査」

(5) 大学・大学院における社会人の受け入れについては、社会人特別選抜制度や授業形態の多様化により近年増加してきている。また、平成11年度には高度専門職業人の養成に特化した専門大学院制度を創設し、いわゆるビジネス・スクール等の整備が行われてきている。