第1節 「産業空洞化」懸念をどう捉えるか

第3章 日本経済を活性化するための課題

第1節 「産業空洞化」懸念をどう捉えるか

最近、日本の「産業空洞化」への懸念がしばしば指摘される。具体的には、「我が国の製造業の国際競争力が失われているのではないか」との認識を背景に、「製造業が中国からの輸入急増の打撃を受けて縮小し、貿易・サービス収支が赤字化してしまうのではないか」、「製造業が縮小することにより、雇用の受け皿がなくなってしまうのではないか」、「これまで経済成長を牽引してきた製造業が縮小することによって、今後の経済成長の基盤が失われてしまうのではないか」といった懸念である。

こうした懸念を検討するため、本節では、1.で貿易構造にどのような変化が見られるのかを、また、2.で産業構造にどのような変化がみられるのかについて検討し、その上で3.で「産業空洞化」を我々としてどのように捉えるべきかについて論じる。検討を通じて、「産業空洞化」への懸念の背景にあるのは、これまでもみられてきた国際分業構造の変化であること、それが否定的に捉えられてしまうのは、日本が構造問題を抱えており、構造調整が遅れているからであることが明らかにされる。

1 貿易構造における変化

「産業空洞化」への懸念の一つは、「製造業が中国からの輸入増加の影響を受けて縮小してしまうのではないか」というものである。ここでは、指摘されている中国からの輸入の急増について分析し、この事実をどう捉えるかを考察する。

近年、確かに中国からの輸入は急増しており、それは労働集約的財のみならず、これまで知識・技術集約的な財と考えられてきた電気機械でも増加している。しかし、中国からの輸入の内訳をみると、モジュ-ル化と呼ばれる現象(後述)と中国への直接投資の増加を背景にして、電気機械のなかでも労働集約的な財の輸入が増加しており、日本からは中国に対して電気機械のなかでも知識・技術集約的な財を輸出する関係にある。したがって、中国とのこれまでの貿易関係は決して特異なものではなく、これまで日本がアジア諸国との貿易関係で経験してきたものと同様、比較優位の原則に則したものであると考えられる。

しかし、中国の経済発展は急速なものであり、国際分業構造も大きく変化しつつある。このため、日本がこの比較優位構造の変化に速やかに対応できるような経済構造を確立することが必要である。そのためには、経済活性化とそれを通じた構造調整を進めることが重要である。

 産業空洞化の懸念―中国からの輸入の急増

日本の輸出入について最近の動きをみると、輸出は、99年1-3月期以降、増加を続けていたが、アメリカにおける「ITバブル」崩壊に起因する世界同時不況の影響で2000年後半以降は減少に転じた(第3-1-1図)。輸出が持ち直してくるのは、ようやく2002年に入ってからである。他方、輸入も、98年4-6月期以降増加していたが、2000年末以降は、内需の低迷等を背景に減少傾向で推移した。2002年に入っても、輸入は生産の持ち直し等から増加に転じたが、緩やかなものにとどまっている。

このような動向を示すなかで、輸出入に対する品目別・地域別の寄与をみると、大きな構造変化が進行していることが分かる。品目別では、半導体等電子部品、パソコン等が大きく伸びており、IT関連財(1)の寄与が大きくなっている。IT関連財の貿易シェアは、輸出に関しては、90年から2000年にかけて2.8%ポイント増加して20.8%となっている一方、輸入面では90年の5.1%から2000年は15.4%へと増加している。また、地域別では、IT関連財を中心として、アジアとの貿易の寄与が高まっている。特に、中国の寄与は輸出入の両面で大きくなっている。2001年でみると、輸出金額全体が前年比5.2%減であったのに対して中国向けの輸出金額は同14.9%増、輸入金額全体が同3.6%増だったのに対して、中国からの輸入は同18.3%増となっている。この結果、中国のシェアも、輸出では7.7%、輸入では16.6%に上昇している。特に輸入のシェアはアメリカに迫るところまで上昇しており、我が国の貿易における中国のプレゼンスが急速に高まっている。最近の「産業空洞化」の懸念の背景には、このような中国からの輸入の急増があると考えられる。

 輸入の増加と国内生産の関係

中国からの輸入増加は、我が国の国内生産にどのような影響を及ぼしているのであろうか。ここでは、二つの指標からその影響を検討してみよう。

第1に、輸入浸透度である。これは国内の総供給(国産と輸入の和)のうちどの程度を輸入に依存しているかを表すものである。これによると、鉱工業全体の輸入浸透度は80年代後半以降、緩やかな上昇傾向にあり、90年は6.8%、2002年4-6月期において13.1%となっている。業種別の動きをみると、繊維工業と電気機械において、90年代以降、輸入浸透度が急上昇している。繊維工業では90年の8.3%から2002年4-6月期には31.9%に、電気機械では3.4%から17.4%に、それぞれ上昇している。これらの業種においては、特に中国からの輸入が多いことから、中国からの輸入が輸入浸透度上昇に大きなインパクトを与えている。

第2に、輸入と生産の関係である。特にここでは、精密機械、繊維工業、電気機械について、それぞれの輸入と国内生産とがどのような関係にあるかをみてみよう(第3-1-2図)。これによると、精密機械と繊維工業では、輸入が増加しているなかで生産が減少している。これらの業種では、中国の低い労働コストを背景に、中国からの輸入が増加していることがうかがえる。これに対して、同じ輸入が増加している業種でも、電気機械では、輸入が増加しているなかで生産も増加している。これらの業種では国内需要全体が増加するなかで、中国からの輸入が増加していることが分かる。

以上のことから推察されるのは、中国からの輸入が増加しているが、それは必ずしも国内生産を駆逐するものばかりではないということである。

 比較優位があるとされてきた財で日本の貿易特化係数が低下

以上を念頭に、貿易構造の変化について、さらに詳しく分析してみよう。

ある国が、どの財を輸出し、どの財を輸入するかはどのように決まってくるのであろうか。貿易に関する比較優位の考え方に則して考えれば、ある国は、相対的に労働生産性の高い財(比較優位のある財)を輸出し、相対的に労働生産性の低い財(比較優位のない財)を輸入するということである。しかし、労働生産性を直接比較することは困難である。そこで、ここでは、労働生産性の伸びの高い財は結果的に比較優位のある財であり、逆に、労働生産性の伸びの低い財は、比較優位のない財であると考えることにしよう。

そこで、我が国の貿易財を労働生産性の90年代前半から後半への伸び率によって分類し、これらの貿易の変化をみることにしよう(付注3-1)。労働生産性の伸びが最も高い財のグループを「優位財」と呼ぶことにすると、これには電気機械が含まれる。労働生産性の伸びが最も低い財のグループを「劣位財」と呼ぶことにすると、これには繊維、食料品、一般機械が含まれる。また、この両者の中間に位置する財のグループを「中位財」と呼ぶことにすると、これには化学製品、一次金属、精密機械、金属同製品、輸送機械が含まれる。ところで、労働生産性の伸びが高いか低いかは、全要素生産性の伸びが高いか低いかということと高い相関がある。したがって、「優位財」は「知識・技術集約財」と言い換えることもできる(2)

この財グループを利用して貿易構造の変化を捉えてみよう。そのために、財グループごとに貿易特化係数を試算して、その動きをみてみよう。貿易特化係数は、財ごとの貿易収支を貿易額に対する比率で表したものであり、数値は-1(その財は全て輸入している)から+1(その財は全て輸出している)の間の値をとる。この数値が+1に近いほど、その財については、国際競争力があると考えられる(3)

財グループ別の貿易特化係数を試算した結果が第3-1-3図である。これをみると、優位財と中位財は90年代を通じてプラス、劣位財はマイナスとなっている。これは、基本的には、比較優位の考え方に沿った動きといえる。しかし、より詳しくみると、最も輸出に特化するはずの優位財は次第に低下しており、98年以降、中位財の水準を下回るに至っている。我が国の貿易財の国際競争力が低下しているのではないかという議論は、このように、本来ならば輸出に特化するはずの財で輸入が増加しているという事実が背景にあると考えられる。

財グループ別の動きを詳しく分析するために、品目別に貿易特化係数を試算したのが第3-1-4図である。ここでも、劣位財に含まれる繊維製品や食料品でマイナスとなっていることが確認できる。また、中位財に含まれる自動車も、変動はあるものの、プラスを維持している。これに対して、電気機械、精密機械は大幅な低下を示している。電気機器は90年の0.68から2001年の0.28に、また精密機械は同期間中に0.64から0.35に低下している。さらにそれぞれのなかでは、事務用機器が0.60から0.01に、また半導体等電子部品が0.60から0.31に低下しているなど、IT関連財で大幅な低下がみられている。

 IT関連財で対中国貿易の貿易特化係数がマイナスに

このような背景には、対中国貿易における構造変化がある。この点を確認するために、地域別に貿易特化係数を試算してみると、対中国貿易について特徴的な動きとして、(i)輸入全体が減少しているにもかかわらず、中国からの輸入が急増していること、(ii)中国がNIEsやASEANを飛び越えて知識集約的な財を輸出していることである。

中国からの輸入の急増が目につくのは繊維、食料品、IT関連財である。対中国貿易に限定した貿易特化係数をみると(第3-1-5図)、繊維、食料品で大幅なマイナスとなっているばかりでなく、IT関連財でもマイナスとなっている。NIEsやASEANについてはまだプラスにとどまっていることから考えると、このことは注目すべきである。経済発展の段階からみると、中国は、NIEs、ASEANに遅れており、世界経済に参入したのも遅かった。したがって、雁行形態的経済発展の考え方(4)が有効であれば、中国は、NIEsやASEANの後を追い、これらの地域がマイナスになった後にマイナスになるはずである。ところが、実際には、中国はNIEsやASEANに先んじてマイナスに転じている。このことは中国が、あたかもカエル跳びをしたかのように、NIEsやASEANを飛び越えて、経済発展を成し遂げたように見える。

我が国は、これまでにも発展途上国の競争圧力を経験してきた。80年代におけるNIEsやASEANからの競争圧力がそれである。したがって、発展途上国の競争圧力はそれほど目新しいことではない。にもかかわらず、中国からの競争圧力が強調される背景には、中国の経済発展ぶりに以上のような特殊性がみられたからであると考えられる。

しかし、中国が、実際に発展段階上の跳躍をしたかというと、必ずしもそうではないと考えられる。このことを次に検討しよう。

 産業内貿易の進展による説明

それでは、以上でみたように、優位財での貿易特化係数が低下していることや、IT関連財での対中国貿易の貿易特化係数がマイナスになっていることは、どのように理解すべきであろうか。以下では、この点を産業内貿易の進展という観点から検討することにしよう。

最近の貿易面で見られる特徴に産業内貿易の進展がある。同じ財について、輸出と輸入の両方が同時にみられる現象のことである。比較優位の考え方では、ある財について、輸出か輸入か、いずれかに特化することによって、各国の利益の最大化を図ることが基本である。しかし、現実には、同じ財が輸出も輸入もされるという現象がみられる。ここでは、これまで我が国が比較優位を有していたといわれるIT関連財の輸入が増えている背景を、産業内貿易という考え方を用いて検証してみよう。ここでは、産業内貿易に関する指標として産業内貿易指数を算出した。これは、ゼロから100の値をとるが、100に近いほど産業内貿易の割合が高いことを示す(5)。試算した結果を示す第3-1-6図によれば、対中国貿易の貿易特化係数においてマイナスとなっていた半導体等電子部品及び事務用機器の産業内貿易指数がかなり高いことが分かる。

産業内貿易のうち、先進国間の産業内貿易は、主として高付加価値製品において見られる現象で、消費者の需要の多様化を背景に、製品間で細かい差別化をして取引する結果みられる水平的分業関係のことである。乗用車のように、機能や性能において差異はないが、ブランドやデザインによって差別化され、相互に取引されるのが一例である。

他方、発展途上国との間の産業内貿易は、同じ財であっても高級品を先進国が、低級品を発展途上国が輸出したり、知識・技術集約財の工程を分割し、労働集約的工程を発展途上国、技術集約的工程を先進国が分担するという垂直的分業関係でのことである。例えば、パソコンであれば、アジア向けにその部品である半導体等のうち知識・技術集約的なものを輸出し、現地でそれを他の部品と合わせて組み立てたパソコンを中国から輸入するという関係である。

このような分業の背景には、次のような事情があったと考えられる。

第1に、製品をそれぞれが付加価値の高い部品に分解することが可能で、それぞれの製造過程と、全体の組み立てを分離可能にした最近の技術発展がある。いわゆるモジュール化の影響である。

第2は、対外直接投資による海外生産拠点の設立である。中国に対しては、90年代後半に増加した。中国の地場企業の競争力はまだ限られており、日本への輸入元は基本的に外資系企業であり、対日貿易の場合には日系企業の割合が高いといわれている。

以下では、このような点について詳しくみてみよう。

 モジュール化と工程間分業

「モジュール化」とは、複雑な製品を、より小さな単位(モジュール)に分解し、それぞれ独立的に設計・生産するとともに、そのインターフェイスを規格化することにより、これら部品を比較的簡単に組み立て、製造を行えるようになることである。「モジュール化」は、記憶容量や演算処理スピードが飛躍的に上昇し、著しく複雑化したコンピュータ産業において積極的に進められ、それぞれの企業は集積回路やディスプレイ等特定のモジュールに特化することにより、高い対応力が確保できることになった(6)。各モジュールは、それぞれ最も適した国の最も適した企業で生産されることになる。したがって、貿易面では、労働集約的なモジュールが発展途上国で行なわれ、技術集約的なモジュールを先進国が分担することを意味する。中国との双方向貿易も、このような結果見られるようになった現象であると考えられる。

この点を確認するために、IT関連財を「日本貿易概況」の9桁コードレベルまで下りて、貿易構造をみてみよう。ここでは、部品である集積回路(実装していないもの)と完成品であるパソコン(デスクトップ型)とを取り上げる。これを図示したのが第3-1-7図である。これによると、部品である集積回路(実装していないもの)については、対アメリカ、対EUでは輸入超過、対アジアでは逆に輸出超過となっている。これに対して、完成品であるデスクトップ・パソコンは対アメリカ、対EUで輸出超過、対アジアで輸入超過となっている。このように、IT関連財というある程度大きなくくりでみると、産業内貿易の進展などによって輸出と輸入の双方向で貿易が増加しているものの、その中身をみると、アジアは、我が国から部品などの財を輸入し、その部品などを用いて組み立てた完成品を輸出していることがわかる。その動きは特にASEANや中国において、顕著にみることができる。

 海外への生産シフトの進展

中国において知識・技術集約的財の生産が可能になってきた要因の1つとして、80年代後半以降、電機機械などでのアジアを中心とした積極的な海外進出の流れの上で理解できる。海外進出先との間での輸出入が増加しているからである。

財務省「対内及び対外直接投資状況」をみると、アジア向けの対外直接投資は、94年以降増加していたが、アジア危機前の97年をピークに縮小傾向にあった(第3-1-8図)。しかし、2001年度にはアジア向けは増加に転じており、アジア向け国別では中国向けが最大となっている。

中国向けの直接投資を件数ベースでみると、90年代前半においては繊維工業向けが多くを占めていた。その後、中国向けの対外直接投資は、95年度をピークに99年までの4年間減少が続いていた。しかし、2000年度、2001年度をみると電気機械向けを中心に増加に転じている。アジア向け対外直接投資における中国向けのシェアを金額ベースでみても、2000年度16.8%、2001年度には23.3%となっている。

このような海外直接投資は、生産の海外シフトを反映したものである。経済産業省の「海外事業活動基本調査概要」により、国内企業の海外生産比率の変化をみてみよう。海外生産比率は、海外に現地法人を有する国内法人について、国内法人売上高に占める現地法人売上高の割合のことである。これによると、製造業全体では、90年度は6.4%であったが、93年以降は増加傾向にあり、2000年度において13.4%となっている。業種別で高いのは、輸送用機器の31.1%や電気機械の21.9%である。

このような生産の海外シフトは、日本経済に対して幾つかの重要な影響を与える。国内経済面での影響で重要なのは、設備投資への影響であろう。対外直接投資が増加すると国内設備投資が減少するのではないかとの懸念がしばしば聞かれるが、両者は必ずしも単純な代替関係にはなく、足元ではむしろ海外直接投資が減少するなかで、国内設備投資も減少するという状況にある(コラム3-1参照)。他方、本章の主題との関係で重要なのは、貿易への影響である。特に、産業内貿易との関係では、輸出誘発効果と逆輸入効果である(7)

輸出誘発効果は、現地法人や現地生産拠点設立に伴って、必要な資本財(機械等)や中間財(半製品等)の輸出が増えるというものである。全地域における製造業現地法人の日本からの中間財調達状況を日本のGDPに対する比率でみると、90年度の1.3%から、95年度2.1%、2000年度2.8%と、その規模は増加傾向にある。

また、逆輸入効果は、現地法人や現地生産拠点で生産された製品が、我が国に輸入されるという効果である。逆輸入効果の大きさを、我が国の輸入総額に占めるウェイトでみると、90年以降、趨勢的に高まっており、2000年度においては14.8%になっている。特に、アジアからの逆輸入額は、全体の8割強を占めている。また、業種別では電気機械が全体の約6割を占めている。

 新しい国際分業への対応

以上のことを踏まえ、中国が飛躍的に発展を遂げ、日本の輸出シェアの高いIT関連財のような分野で中国が競合しているのではないかという懸念に対する考え方をここでまとめておこう。

第1に、我が国がこれまで輸出特化してきたIT関連財において中国からの輸入が増加しているが、少なくともこれまではモジュール化を背景にした工程間分業に基づくもので、中国が行っているのは相対的に労働集約的な工程である。しかもそのための中間財や資本財は我が国からの輸出によるところが多い。すなわち、中国からの輸入が増加するに伴って、我が国からの輸出も増加する関係にある。

第2に、中国から我が国に製品を輸出している企業は、多くの場合、我が国の企業が直接投資によって設立した現地法人や海外生産拠点である。このことは、中国との貿易の増加は、新しい国際分業関係への我が国の対応の結果でもあるということである。

こうしたことは、過去にも見られた比較優位の変化に基づく国際分業構造の変化として捉えることができる。貿易は当事者双方に利益をもたらすものであることを踏まえれば、日本にはこうした変化に積極的に対応することが求められているといえよう。

しかし、90年代半ば以降、中国から日本へのIT関連財輸出が急速に増加してきたことからも分かるように、中国の経済発展は急速であり、国際分業構造も大きく変化しつつある。したがって、日本がこのような変化に速やかに対応できる経済構造を早急に確立しないと、調整コストが大きなものにならざるを得ない。この点からも、経済活性化とそれを通じた構造調整を進めることが重要である。

コラム3-1

対外直接投資と国内設備投資の関係

対外直接投資は、国内設備投資を代替し、国内における生産基盤の縮小をもたらすとの連想から、しばしば産業空洞化の象徴のように受け取られるが、実際に対外直接投資と国内設備投資の間にはどのような関係があるのだろうか。

日本企業の対外直接投資の動向を財務省「対内及び対外直接投資状況」でみると(1)、80年代後半、プラザ合意後の急速な円高や日米貿易摩擦に対応するために製造業が欧米や東アジアに進出したこと、国内での業績拡大を背景に金融・保険業、不動産業、サービス業での直接投資が進んだことから大幅に増加したが、バブルの崩壊を受け、89年度をピークに93年度まで大幅に減少した。その後、97年度にかけて東アジア向けを中心に、コスト削減や市場開拓を目的とした製造業による直接投資が増加したが、97年後半からの東アジア経済危機による影響から、98年度においては減少、以降、世界的な業界再編等を背景とする大口案件による増加もみられたが、最近では2000年度、2001年度と2年連続で減少している。

このように、対外直接投資の動向は、為替レートのほか、国内外の景気の動きに連動する傾向がある。実際に、対外直接投資を縦軸に、国内設備投資を横軸にとってみると、一部大型案件による不規則な動きがあるものの、国内設備投資が増加するときには対外直接投資も増加し、国内設備投資が減少するときには対外直接投資も減少するという大まかな関係が見て取れ、両者が単純な代替関係にあるわけではないことが分かる(第1図)。

ところで、以上では、日本の親会社による直接投資のみをみたが、直接投資先の海外子会社は、親会社からの直接投資以外にも、現地での借入れや現地での収益からの投資(いわゆる再投資)等によっても設備投資を行っている。直接投資先と国内における設備投資の関係をみる上では、借入れや再投資を含んだベースのものも検討する必要がある。経済産業省の「海外事業活動基本調査」により、対外直接投資先の自己調達資金を原資とするものも含めた設備投資と、国内設備投資(法人企業統計ベース)の相対的な規模(海外設備投資比率)の変化を、同統計が比較的よくカバーしている製造業についてみてみると、両者の比率は緩やかな増加傾向にある(第2図)。つまり、直接投資先企業は、自らの内部留保や調達資金による設備投資を通じて自律的に規模を拡大しており、これが日本企業の海外現地生産比率拡大の一端ともなっている。

注(1) 対外直接投資は、「ある国の居住者(直接投資家)が、他の国の企業(直接投資先)に対して永続的権益の取得を目的として行う投資」と定義され、統計上は10%以上の株式持分があるかどうか等の基準により判断される。従って、対外直接投資の数値には、我が国企業の海外現地法人だけでなく、出資割合に応じてより広い範囲の企業間取引を含んでいることに留意する必要がある。また、財務省「対内及び対外直接投資状況」における対外直接投資実績を解釈するに当たっては、(i)原則として1億円相当額以下の取引は計上されないことから、小規模案件が含まれていないこと、(ii)投資を行う際に提出された届出等を基にグロス・ベースで集計した統計であることから、投資の回収にかかる部分や届出後に実施を中止した部分が差し引かれていないこと等に留意する必要がある。

 サービス貿易における競争力強化の必要性

国際分業構造が変化していく中で、日本の比較優位は、知識・技術集約的な財だけでなく、サービスにも求めていかざるを得ないであろう。しかし、他の先進国に比べると、サービス貿易は我が国が大きく遅れをとっている分野である。ここでは、その現状についてみておこう。

サービス貿易は、旅行、輸送のほか、通信、金融等のサービス取引から構成されている。元来、サービスの多くは貿易できないものとみなされることが多かったが、近年における企業活動のグローバル化、交通・輸送手段や情報・通信技術の発達、経済成長に伴う産業構造のサービス化などを背景に、世界におけるサービス貿易は91年から2000年の年平均で5.6%という高い伸びで成長しており、規模でみても2000年で1兆4,762億ドルと、財輸出の23.4%に相当する水準となっている。

サービス貿易の輸出の担い手は、経済のサービス化がより進み、高い技術水準を持った先進諸国であり、IMFの定義による先進国23カ国で全体の71.7%、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、日本の上位5カ国だけでみても全体の42.5%を占める。なかでも、アメリカのサービス輸出の規模は群を抜いて大きく、全体の20%を占めている。

我が国のサービス輸出は2000年で692億ドルと世界第5位の規模であるが、1位のアメリカからは大きく引き離されている。一方、我が国のサービス輸入は1,169億ドルとアメリカ、ドイツに次いで多く、その結果、サービス収支は476億ドルの赤字となっている。我が国は、財貿易においては世界最大の黒字国であるにもかかわらず、サービス貿易においてはドイツに次いで世界第2位の赤字国となっている。

我が国におけるサービス収支赤字の内訳を2000年についてみると、「旅行」のウェイトが最も高く全体の60%を占めており、ついで「輸送」が19.9%を占めている。これは、出国者数が1,782万人と入国者数の527万人を大きく上回っていること、日本人旅行者の海外における平均消費額(19.8万円)が外国人旅行者の日本における平均消費額(7.6万円)を上回っていること等によるものであり(いずれも運賃を含まず)、我が国の高い所得水準を反映したものであるといえる。しかし、魅力的な観光施設やサービスの提供、積極的なPR等を通じて外国人入国者数を増加させることは重要な課題である。

また、近年、世界のサービス貿易拡大に大きく寄与している「その他サービス」に含まれる項目(通信、建設、保険、金融、情報、特許等使用料、その他営利業務、文化・興行等)における我が国の競争力は総じて低く、「建設」及び「金融」を除く全ての項目において収支が赤字となっている。顕示比較優位指数(8)により各項目の比較優位度をみると、我が国は、金融、保険、情報、通信等多くの項目において、指数が1を下回っている(第3-1-9図)。建設と特許等使用料において指数は1を上回っているが、特許等使用料ではアメリカに圧倒的に引き離されている。これは、金融や特許といった先端分野や文化・興行などにおいて高い比較優位性を持ち、サービス貿易で大きな黒字を計上しているアメリカやイギリスと対照的な状況であるといえる。

今後、アジア諸国の追い上げ等により、我が国が比較優位を保つことができる分野は、財貿易の分野では限られてくると考えられることから、サービス貿易において比較優位を高めていくという視点も重要である。サービスの分野は知識集約的であるとともに、我が国においては公的規制等によって競争が抑制されている分野を含んでいる。研究開発の促進による技術力向上や規制緩和による競争促進等により、サービス産業の生産性を高め、サービス貿易の競争力を高めていくことが必要である。

 産業空洞化の懸念―貿易・サービス収支黒字の縮小

「産業空洞化」の懸念のなかには、「貿易・サービス収支が赤字になるのではないか」というものもある。貿易・サービス収支の黒字幅は、98年度をピークに減少に転じ、2001年6月には季節調整値で1,153億円にまで減少したが、このことが「日本の輸出競争力が失われているのではないか」との懸念を生んだのである。ここでは、貿易・サービス収支の黒字幅縮小という現象をどのように捉えるべきかを検討する。

この時期の貿易動向をみると、輸入金額は確かに2001年1-3月期まで増加していた。しかし、4-6月期には減少に転じ、10-12月期まで減少を続けている。他方、輸出金額は2001年1-3月期から減少をはじめ、10-12月期まで減少を続けている。しかも、輸出の減少は、輸入の減少を上回る減少であった。

この時期に貿易・サービス収支の黒字幅が減少したのは、主として世界経済の同時減速に伴う一時的な輸出の減少であった。事実、アメリカを中心とした世界経済の悪化に歯止めがかかり、回復に向かった2001年後半から輸出は下げ止まり、貿易収支の黒字幅も増加に転じた(9)

したがって、今回の貿易・サービス収支の黒字幅縮小をもって我が国の輸出競争力が失われたとみることはできない。

 経常収支における構造変化

貿易・サービス収支黒字の縮小自体は必ずしも産業空洞化と同義ではないとしても、貿易・サービス収支やこれに所得収支と経常移転収支を加えた経常収支の黒字基調が今後とも続くのかどうかは、それ自体検討を要する問題である。

まず貿易・サービス収支の黒字幅は、短期的には、前述したように世界経済の動向の影響を受けるほか、国内の景気循環の影響も受ける。景気拡張局面においては、個人消費や設備投資等の内需が強いため、輸入が増加し、貿易・サービス収支の黒字幅は減少する。逆に、景気後退局面においては、内需が弱まるために、輸入が減少し、貿易・サービス収支の黒字幅は増加する傾向がある。事実、これまでの貿易・サービス収支の動向をみると、内需の伸びとの間に負の相関が見出せる(第3-1-10図)。今後、世界経済の減速によって輸出が大幅に減少することがあったり、内需の大幅な増加がみられることがあると、短期的に貿易・サービス収支が赤字になる可能性がある。また、石油ショックのような外的なショックが生じた場合にも、貿易・サービス収支の赤字化がみられることがあろう。

しかし、このことは、必ずしも経常収支が赤字になることを意味するわけではない。所得収支の黒字幅が大幅に増加しているからである。2001年における所得収支の黒字幅をみると、8.4兆円を記録し、貿易収支の黒字幅の8.5兆円にほぼ匹敵する規模となっている。我が国の経常収支が長期にわたり大幅な黒字で推移してきたことを反映して、我が国の対外純資産は拡大傾向にあり(2001年末で179兆2,570億円と10年前の約3.5倍)、これらの資産から得られる利子・配当の受取の増加が所得収支の黒字幅の拡大につながっている。このような動きは趨勢的なものと考えられ、今後、我が国の経常収支の黒字は、貿易・サービス収支の黒字が内外の景気動向等により変動するなか、所得収支の大幅な黒字によって嵩上げされるという側面が強くなっていくものと考えられる。このように所得収支の動向が大きな比重を占めるようになったという意味では、我が国の経常収支の構造は、国際収支発展段階説における「未成熟の債権国」から「成熟した債権国」に向けた変化が起こりつつあるといえる。

なお、中長期的な経常収支の動向は貯蓄・投資バランスで決定されると考えられるが、そうした分析からは我が国の経常収支が赤字化する可能性も指摘されている(コラム3-2参照)。

コラム3-2

経常収支の中長期的な展望

経常収支の黒字は今後とも維持されるのだろうか。マクロ経済的な観点からは、経常収支は国内の貯蓄と投資の差額(ISバランス)にほぼ一致する。国内において超過貯蓄があれば海外に投資され、これは経常収支に恒等的に等しくなる(1)。このことが示しているのは、経常収支の変化の背景には、それに対応するマクロ経済的な貯蓄と投資の変化(民間の貯蓄・投資差額及び政府部門の財政収支)があるということである。したがって、経常収支は、短期的には為替レートや国内外の景気動向を反映して変動するが、その趨勢的な変化を見通す上では、中長期における国内貯蓄と国内投資の動向を検討する必要がある。

日本のISバランスは、全体としてみれば、家計部門が貯蓄超過、法人部門や政府部門は投資超過で推移してきたが、家計の貯蓄率が際立って高かったことを反映した国内貯蓄超過と、それに対応した大幅な経常収支の黒字が続いてきた。また、90年代以降については、第2節でみるように、非金融法人企業と金融機関を併せた法人部門の投資超過幅が縮小・貯蓄超過に転じたことを背景として、民間部門のISバランスは貯蓄超過幅が大幅に拡大、政府部門は財政赤字を反映して投資超過幅が拡大傾向となった。この結果、90年代以降の平均で、名目GDP比で2%強の貯蓄超過が生じており、引き続き経常収支は黒字となっている。現在までも、実際のGDPが潜在GDPを大きく下回る等、経済活動は総じて低い水準にあり、国全体としてはなお大幅な貯蓄超過が生じていることから、当面は、経常収支の黒字基調は続くものと考えられる。

それでは、より長期的な我が国の経常収支の水準はどうか。一般には、我が国の経常収支の黒字は、少子・高齢化の進展による家計貯蓄率の減少や人口減少の影響等から、縮小していくと見込まれている。家計貯蓄率(93SNAベース)は、91年から2000年の10年間でも14.8%から10.3%まで低下しているが、今後労働力人口の中核であったいわゆる「団塊の世代」が年金受給者となる2010年から2015年以降、民間貯蓄率が急激に低下し、その影響から経常収支は赤字に転じる可能性が指摘されている(2)。

貯蓄や投資の基となる国民所得は、他の条件が一定であれば、少子・高齢化に伴い労働力人口が減少するなかで縮小していかざるを得ない。しかし、構造改革や技術革新の進展等により生産性の上昇が高まれば、これらのマイナス面を相殺する効果が見られる可能性があり、その結果として、ISバランスについても貯蓄超過が持続する可能性がある。

さらに、政府部門の貯蓄・投資の動向(財政赤字の動向)も今後の経常収支の変化を考える上で重要な要素である。現在、政府は、財政構造改革を推進することにより、歳出の質を改善するとともに、歳出を抑制することにより、一般政府の支出規模のGDP比を現在の水準を上回らない程度とすることを目指している。本年1月に閣議決定された「改革と展望」においては、このような財政構造改革と民間需要主導の着実な経済成長の結果、国と地方を合わせたプライマリー・バランスの赤字は縮小し、そのGDP比は2006年度前後には、現状(2000年度4.3%)の半分程度に低下すると見込まれているほか、さらにそれ以降についても、それまでと同程度の財政収支改善努力が続けられ、民間需要主導の着実な経済成長が継続するとすれば、2010年代初頭にプライマリー・バランスは黒字化すると見込まれている。

今後の我が国の貯蓄・投資バランス、そして経常収支の動向は、以上のような要因が今後どのように推移するかによって決まってくる(3)。経常収支の赤字は、それが長期間継続した場合、対外資産の取り崩しや外国に対する配当や利払いによる所得の流失をもたらすことから、回避すべき事象であると一般的には考えられがちである。しかし、経常収支が赤字になることがあったとしても、それが経済の活性化による内需の拡大によってもたらされているのであれば、日本経済に対する内外からの信認が高まり、安定的な投資資金の流入を維持することは可能である。逆に、経常収支が黒字であったとしても、それが経済の長期低迷による内需の減少によってもたらされているのであれば、むしろ望ましいものとはいえない。ここで重要なのは、我が国が持続的な経済成長を達成することであり、そのためにも構造改革を通じて我が国経済の生産性を高めていくことである。経常収支は、その結果として決まってくるという視点を持つことが必要である。

(1) すなわち、(国内貯蓄-国内投資=対外純投資=経常収支)が成り立つ。また、これはさらに、(民間貯蓄・投資差額+政府財政収支=経常収支)と表される。

(2) なお、当然こうした見方には、(i)人々には自らの子供に遺産を残すために貯蓄をする側面があり、退職後にも貯蓄を取り崩すとは限らない、(ii)今後、高齢者や女性の就業率が高まれば、たとえ高齢化が進んだとしても、貯蓄率の低下はそれほど急激なものとはならない、(iii)人口減少により労働/資本比率が低下することから、国内の設備投資率も低下し、貯蓄・投資差額に大きな変化が生じない可能性もある、といった指摘もあり、少子・高齢化の進展は家計貯蓄率を低下させる方向に作用することは間違いないにせよ、それがどの程度貯蓄超過幅の低下につながるかについては必ずしも明確な合意はなされていないことにも留意する必要がある。

(3) なお、「改革と展望」審議のための参考として内閣府が試算したマクロ経済の姿によれば、2010年度における我が国の貯蓄超過額は対GDP比で2.4%となっており、少なくとも2000年代においては経常収支が赤字となることは見込まれていない。

2 産業構造における変化

「産業空洞化」懸念のなかには、「製造業が縮小している」との認識を前提にして、製造業が縮小すると「雇用の受け皿がなくなってしまうのではないか」、「今後の経済成長の基盤が失われてしまうのではないか」といったこともある。このような認識は果たして正しいのであろうか。製造業は本当に縮小しているのであろうか。また、縮小しているとすれば、それはどのように考えればいいのだろうか。

確かに、製造業は、名目GDPや就業者数でみる限り、そのシェアは低下している。これは、製造業の労働生産性が趨勢的に上昇していることによる。他方、非製造業は労働生産性の伸びは低いが雇用の場としてはますます重要になっている。しかし、非製造業の労働生産性が低いままにとどまることは好ましくない。マクロ経済全体の生産性が伸び悩み、国民生活の向上もそれだけ妨げられるからである。また、非製造業の労働生産性上昇率が高まらないと、非製造業の価格が高止まりし、製造業の競争力にも影響を及ぼしてしまうからである。今後は、製造業のみならず、非製造業の労働生産性を高めることが重要である。

 産業空洞化の懸念―製造業の縮小

まず、製造業が縮小しているか否かを確認しよう。内閣府「国民経済計算」によれば、名目GDPの生産に占める産業別の内訳をみると、製造業は70年代に30%台あったものが、90年には30%を割り込み、2000年には20%台前半にまで低下している(第3-1-11図)。製造業の内訳をみても、比較的堅調な電気機械でさえ90年代を通じて4%台で推移するのにとどまっており、他の業種では低下傾向にある。他方、非製造業はシェアを高めており、なかでもサービス業は70年の10%台から2000年には20%弱にまで上昇している。

次に、就業者に占める産業別の内訳をみてみよう(第3-1-12図)。これによると、製造業は70年代に約27%あったものが次第に低下しており、90年には約24%、2000年には約20%となっている。製造業の内訳をみると、鉄鋼、化学、繊維等の業種で縮小がみられる。他方、サービス業は、70年代の約15%から2000年には約28%にシェアを高めている。

このように、名目GDPや就業者に占めるシェアをみる限り、製造業が縮小し、それに代わってサービス産業(10)が拡大するという傾向が読み取れる。いわゆる「サービス化」である。このような変化が、産業空洞化懸念が生じる背景になっていると考えられる。

 製造業で顕著な労働生産性の上昇

しかし、実質GDPの生産における産業別のシェアをみると、別の側面が見えてくる(第3-1-13図)。実質GDPに対するシェアは、製造業は70年代から現在にかけて若干低下しているものの、名目GDPベースに比べればわずかな低下となっている。特に、電気機械はシェアをむしろ上昇させている。これに対して、非製造業、特にサービス産業は、名目GDPベースに比べれば緩やかな拡大にとどまっている。これをみると、「産業空洞化」懸念が前提としていることとは逆に、製造業は引き続き生産に大きな寄与をしているということになる。

もちろん、製造業においては、輸入浸透度が上昇している業種が多い。したがって、その影響が出てくるはずであると考えることもできる。しかし、輸入浸透度が高まっても、そのことが必ずしも国内生産の縮小をもたらすわけではないことは、既に貿易構造の変化に関連して述べたとおりである(前掲第3-1-2図)。確かに、繊維産業のように、比較優位が失われた労働集約的な産業では、輸出に比べて輸入が大幅に上回り、国内生産は縮小している。しかし、電気機械産業のように産業内貿易が進展しているために、輸入と同時に輸出も行なわれているような産業では、国内生産はむしろ拡大している。

 製造業における高い労働生産性の伸び

名目GDPの生産や就業者における製造業のシェアの低下と、実質GDPの生産における製造業のシェアの維持との差は、製造業における労働生産性の伸びが他産業に比べて高いことによって説明できる。製造業の労働生産性が高いことは、2つの効果を持っていたと考えられる。

第1に、製造業の製品の相対価格が低下したということである。このため、産業別の名目GDPから産業別の実質GDPを求める際に使う物価指数(デフレーター)が製造業においては他の産業に比べて上昇が小さくなり、名目GDPでみたときより実質GDPでみたときのシェアを高めることになった。

第2に、労働生産性の伸びが高かったために、より少ない就業者で実質GDPを生産できることになるので、就業者におけるシェアに比べ実質GDPにおけるシェアが高くなったことである。

このように、名目GDPベースや就業者ベースでの製造業の縮小という現象も、実は製造業のパフォーマンスのよさを反映していると考えることができる。

それでは、製造業の労働生産性の伸びが高い要因は何であろうか。直接的な要因としては、(i)資本装備率が上昇していること、(ii)全要素生産性が上昇していること、が挙げられる。製造業は、設備投資を積極的に行い、労働者一人当たりの資本ストックを増加させることによって、労働生産性を引き上げた。また、生産の効率化や積極的な研究開発投資によって全要素生産性の伸びも高かった。この両面から、製造業の労働生産性の伸びは高かったものと考えられる。ただし、製造業のなかでも業種によって差はあり、電気機械における伸びが最も顕著であった。

しかし、製造業において労働生産性を高めることができた背景には、国内に多くの競争企業が存在するだけでなく、貿易を通じても競争圧力が加わっており、効率性を高めるインセンティブがあったことが挙げられる。このため、(i)人件費の削減のための雇用調整、(ii)一般管理費の削減のための間接部門のアウトソーシング、(iii)技術進歩の進展、等を含むコスト削減努力が重ねられた(11)

他方、サービス産業においては、(i)労働集約的な産業であること、(ii)電力産業のように、在庫ができないために、需要の時間的・季節的変動に対して、ピーク時に対応した設備を保持することで対応せざるを得ない産業があること、(iii)政府規制の対象となっている産業も多く含まれていたこと等から、労働生産性は低くとどまってきたと考えられる。

 需要が高まる非製造業

ただし、非製造業は、製造業に比べて労働生産性の伸びが低いという理由だけで名目GDPに対するシェアを上昇させたわけではない。この時期を通して、サービス産業に対する需要が増加していたことも事実である。

第1に、国民の所得水準が上昇していることや高齢化が進展していることは、サービスに対する需要を高めるからである。家計消費支出(実質及び名目GDPベース)の構成をみると、90年以降、サービス支出の割合が大きくなっている(第3-1-14図)。このことの背景には、耐久財を中心とした商品の価格低下ばかりでなく、サービスに対する実質需要の増加があると考えられる。

第2に、規制改革の結果、新規に様々な財やサービスを供給することが可能となり、消費者にとってより選択の幅が広がるとともに、需要の増加がみられるからである。

第3に、企業部門のコスト削減努力の一環として、アウトソーシングが増加しているからである。アウトソーシングされた結果として伸びる産業は、リース業、人材派遣業、情報サービス業等、サービス部門に属するものが多い。産業連関表をみても、製造業の生産が1単位増加したときの生産の増加分は、対事業所サービスにおいて趨勢的に増加している。

第4に、女性の社会進出に並行して、これまで家計のなかで行なわれてきたサービスを外部で調達する動きが強まっているからである。その例としては、外食、コンビニエンスストア、派遣清掃等が挙げられよう。

 全要素生産性の引上げが重要

製造業の労働生産性上昇率は高く、付加価値生産において重要性は変わっていない。他方、非製造業の雇用機会を提供する役割は今後とも高まるであろう。しかし、そうであれば、非製造業の労働生産性が低いままにとどまることは好ましくない。なぜなら、それによってマクロ経済全体の生産性が伸び悩み、国民生活の向上もそれだけ妨げられるからである。また、非製造業の労働生産性上昇率が高まらないと、貿易財と非貿易財の生産性格差がますます拡大し、内外価格差の解消を困難にする。さらに、相対的に上昇率が高くなる非貿易財価格が貿易財の価格に影響し、その価格競争力を低下させる。この意味で、製造業、すなわち貿易財の競争力に影響してしまうことにもなる。

製造業の労働生産性が上昇するだけでなく、非製造業の労働生産性が上昇することがますます重要となってくる。

3 国際分業構造の変化への対応

「産業空洞化」論が叫ばれる背景には、世界経済の発展や技術革新の進展のなかで、我が国を取り巻く国際分業構造が変化し、我が国の貿易や産業に構造変化が求められていることがある。それは、比較優位を失った労働集約的産業を縮小させ、知識・技術集約的な産業を拡大させるような構造変化である。このような構造変化それ自体は、少ない資源でより多くの財・サービスを生産し、国民生活をより豊かなものにすることにつながるので、望ましいことである。しかし、「産業空洞化」が問題にしているのは、構造変化がもたらすマイナス面についての懸念である。より具体的には、(i)短期的な調整に要するコストへの懸念と、(ii)長期的な成長基盤が失われる可能性についての懸念である。それぞれについて、以下でみていこう。

 短期的な調整コスト

短期的な調整コストとして挙げられるのは、失業の増加である。製造業の雇用吸収力は全体として次第に減少していることは既にみたとおりである。したがって、この部分に対応する雇用は他の産業で見出されなければならない。最近の傾向はサービス産業の雇用者が増加していることである。製造業が抱えられなくなった雇用者が、製造業から非製造業に速やかに移動できれば問題はない。しかし、雇用者の移動が速やかに行なわれなければ、失業の増加として顕在化する可能性がある。

ここで、都道府県別の製造業比率(県民所得に占める製造業の付加価値生産の比率)と失業率の関係をみてみよう(第3-1-15図)。これによると、製造業比率が高いほど失業率が低いことが分かる。このことは、製造業の雇用シェアが傾向的に低下しているなかで、地域における雇用の場としては製造業が重要であることを示している。それと同時に、縮小する製造業に代わる業種が十分に雇用の場を提供すること、また製造業からそうした業種に労働力が移動することができなければ、失業の増加が地域経済にとって大きな問題となることも示している。

構造変化にあたっては、新たな雇用機会を提供し得る産業の成長とともに、労働力等の生産要素が速やかに移動できることが重要である。

 長期的な成長基盤

最近の傾向から、今後、拡大していくと考えられる産業は、製造業でいえば知識・技術集約的な産業であり、サービス産業を中心とした非製造業である。「産業空洞化」論が懸念しているもう1つの点は、資源配分の中心がこれまで生産性の伸びが高かった製造業から、相対的に低い非製造業に移ることによって、日本経済の成長力が低下してしまうのではないかということである。このようなことにならないためには、今後、(i)産業のなかでも全要素生産性が高い産業に生産要素がより多く配分されるように障害を取り除くとともに、(ii)いずれの産業においても、生産性をさらに引き上げる努力をすることが必要であり、これによって初めて、日本経済全体の成長力を引き上げることが可能になる。

日本経済が直面するこのような課題への対応を構造調整と名づけるとすれば、構造調整は、政府及び民間経済主体が日本経済を活性化するための取組ということもできる。

 過去に経験した構造調整との比較

このような構造調整は、日本経済にとって未知のものではない。

70年代に石油ショックを経験した日本経済は、石油価格が約4倍に跳ね上がるなかで、大きな困難に直面することになった。しかし、これに対して企業は、減量経営と省エネルギー努力によって対応した。この結果、石油ショック後の日本経済はしばらく低成長を余儀なくされたが、低迷を脱し、78年には実質経済成長率が5%台に回復、労働生産性が上昇するとともに、エネルギー消費効率も80年までには約13%向上し、世界的にエネルギー効率の高い経済構造を実現した。

また、80年代半ばの円高ショックの際には、円レートがほぼ2倍に増価し、輸出企業の競争力に大きな影響が及んだ。輸入が増加し、直接投資による生産拠点の海外移転が盛んになり、「産業空洞化」が初めて叫ばれたのもこの時期である。このときも、円高の交易条件改善効果を背景としながら、コスト削減や合理化努力・省力化を進め、事業の多角化によって内需を掘り起こすとともに、アジア地域との間に新しい国際分業関係を築きあげた。

このような構造調整を成し遂げてきたという経験は、日本経済が現在直面する構造調整への取組に際しても、大きな自信となるものである。しかし、今回の構造調整は、過去の構造調整ではみられなかった環境の中で進められなければならないことも事実である。

第1に、今回の構造調整は、デフレ下で進められなければならないことである。過去の構造調整はいずれも物価が上昇している環境のもとで進められたことからすると、これは大きな相違点である。もちろん、構造調整を進め、日本経済が活性化することは、デフレの解消にとっても必要なことである。しかし、デフレは、第1章でもみたように、景気に対して下押し圧力となっているものでもある。したがって、このようななかで構造調整を進めることは様々な困難を伴う。また、デフレは、特に物価下落率が不安定な状況のもとでは、不確実性を高め、家計や企業の消費や投資活動を慎重化させる。これも、構造調整が順調に進むことを困難にする可能性がある。

第2に、今回の構造調整は、日本経済がこれまで前提としてきたメインバンク制や日本的雇用慣行等からなる経済システムそのものを改革することでもあるということである。過去の構造調整は、いずれも経済システムそのものの改革を必要とするものではなかった。むしろ、それを前提にした上で、新しい対外環境にいかに対応していくかということが課題であった。したがって、ある意味で、「量的」な調整ではあっても、「質的」な調整ではなかった。しかし、今回は、日本にとって特徴的で、日本経済のむしろ強みであったといわれてきた日本型雇用システム等様々なシステムを変えることが求められている。今回の構造調整は、その意味でも大きな挑戦である。