第1節 個人所得課税の負担構造
第2章 活力回復のための税制改革に向けて
第1節 個人所得課税の負担構造
個人所得課税(国税:所得税、地方税:個人住民税)については、80年代以降、何度か税制改正が行われた。しかし、依然として、税負担にゆがみが生じているのではないかという指摘がなされ、根強い「不公平感」が国民の間に存在しているといった印象はぬぐい切れない。そこで、本節では、どの世代、どの所得階層に個人所得課税が負担されているのかを、データ上の制約を考慮して、主として給与所得を中心に具体的に明らかにしていくこととする。
1 主要国における所得税制の動向
1980年代からの主要国の所得税制の動向をふかんすると、各国とも総じて税率構造の簡素化・累進緩和を行ってきているものの、累進強化や最高税率の引上げ等の動きもみられ、その時々の政権・経済情勢・社会的価値観に基づき見直しが行われていることが分かる(第2-1-1図)。
アメリカの所得税の累進構造は、レーガンが登場するまで、14%から70%の15段階であったが、81年レーガン税制改正により、11%から50%の14段階に、また86年改正により、各種控除の廃止等による課税ベースの拡大と併せて15%、28%の2段階に緩和された。しかしながら90年には最高税率31%が付け加えられ、93年には更に15%から39.6%の5段階へと累進構造が強化されるとともに、両年とも課税ベースの拡大が図られた(なお、2002年ブッシュ減税法により2006年までに段階的に累進構造を10%から35%までの6段階にすることが予定されている)。
イギリスでは、79年に誕生したサッチャー政権において、付加価値税率の8%から15%(その後17.5%)への引上げ等の改革が行われた一方、所得税の税率構造の簡素化・累進緩和が2度にわたって行われた。現在の所得税の最高税率は40%、税率構造は3段階となっている。
ドイツでは、90年代後半から徐々に税率を引下げる傾向にある(2005年までに最高税率を42.0%、最低税率を15.0%とすることが予定されている)。
フランスでは、80年代を通じ12段階以上であった累進税率構造を、93年に6段階(12~56.4%)にまで簡素化した。最高税率は82年以降徐々に引き下げられてきている。
そして我が国でも、80年代及び90年代に一貫して最高税率の引下げと税率構造の簡素化が行われ、80年の所得税の累進構造は10%から75%の19段階だったのが、現在は10%から37%の4段階となっており、最低・最高税率ともに主要国に比して低い水準にある。
一般に、望ましい税制の基準として挙げられるのは、「公平・中立・簡素」の3つであるが、「基本方針2002」において、「今回の税制改革ではこれを『公正・活力・簡素』と理解する。」とされている。「中立」の基準とは、税制ができるだけ個人や企業が行う経済活動をゆがめないようにするという意味である(4)。一方、「活力」とは、市場の配分機能のパフォーマンスを可能な限り損なわず、資源配分の効率性が最大限発揮されることと捉えることができる。また、政府の役割が見直され、市場の機能を発揮することによる資源配分が従来以上に重視されるようになってきており、個人や企業の潜在能力を最大限に引き出して経済社会の活力を促すという観点から、「中立」の原則は一層重要なものとなっていくものと考えられる。
この三つの基準(公平・中立・簡素)の関係は、常にすべてが同時に満たされるものではなく、一つの原則を重視すれば他の原則をある程度損なうことにならざるを得ないというトレード・オフの関係に立つ場合もある。いずれにしても、税制を考えていく上では、税制全体として、公平・中立・簡素の基本原則に即しているかどうかということが重要である。
納税者の重税感、税制に対する不公平感の高まりなどを背景として実施された87、88年の抜本的税制改革においては、消費税の創設とともに、個人所得課税については、税率構造の緩和、人的控除の拡充など大幅な所得税・住民税減税が行われるとともに、マル優制度等の原則廃止及び利子所得の源泉分離課税化、株式等譲渡益の原則課税化など資産性所得に対する課税が強化された。その後、94年の税制改革をはじめとして、税率構造の見直しや、個人所得課税の負担軽減などが行われ、99年度からは、景気に最大限配慮して、最高税率の引下げ、20%の定率減税などが実施されている。
2 80年代以降の負担構造
現在の個人所得課税の姿は、87、88年に行われた抜本的な税制改革に依拠するところが大きい。そこで、我が国の個人所得課税の実効税率(夫婦2人の給与所得者)の推移を主な税制改正後で比較してみよう(第2-1-2図)。この図をみると、87年9月の抜本改革前には、大きく立っていた実効税率のカーブも、その後の度重なる改正による累進構造の緩和や課税最低限の引上げなどにより、中堅所得者層を中心に税負担が大幅に軽減された結果、傾きが緩やかになっており、所得課税による負担は相当程度軽減されていることが分かる。
先進各国の個人所得課税の実効税率を比較したのが、第2-1-3図であるが、これをみると、我が国の個人所得課税の負担は、全体的に他の先進国と比べて飛びぬけて低いことが分かる。このようなユニークなカーブを描く要因としては、(i)我が国の課税最低限が高いため、実効税率のカーブの起点が異なること、(ii)課税最低限を超えて最初に適用される最低税率が異なること(国税についてみると我が国では10%(定率減税後では、8%)であるのに対して、アメリカでは10%で始まるものの直ちに15%と、イギリスでは10%で始まるものの直ちに23%となる)が考えられる(5)(第2-1-3図)。
以下では、80年代以降行われた税制改正の結果として、我が国の所得課税の負担の現状がどのようになっているのかについて、定量的に分析を行うこととする。
(1)負担構造の推移
● 実質実効税率が低下
税負担といっても、現在の所得と過去の所得は、例え同額ではあっても、物価変動を考慮すると、実質価値は異なってくる。また、税負担は、世帯類型の違いによっても、異なってくる。したがって、税負担を比較するためには、こうした要因を考慮する必要がある。
そこで、給与収入に対する所得税の実効税率の推移を給与収入別にみたのが、第2-1-4図である。ここでは、95年を基準として給与収入を消費者物価指数により実質化したうえで、各年度の税制に当てはめた場合の実効税率を求めている(実質実効税率)。また、世帯類型による差を考慮して、「単身者」、「専業主婦+子供二人」、「勤労主婦+子供二人」の3つのケースの世帯主について示している(6)。
基本的な傾向は、どのケースでみても大きな相違はないので、「専業主婦+子供二人」のケースでみてみよう。70年代において、74年に急速なインフレの進行などを背景に、大型減税を実施したことにより、実質実効税率は大幅に低下した。その後は、物価上昇率の影響もあり、実質実効税率は徐々に上昇した。これに対し、80年代においては、87年、88年、89年の相次ぐ税率引下げを含む税率構造の見直しなどにより、実質実効税率は低下した。90年代は、94年の特別減税及び94年11月の抜本改正、98年の特別減税、99年の定率減税等により、90年代を通じて、傾向的に大きく低下した。こうした動きは、80年代後半以降の税率引下げを含む税率構造の見直しなどの減税を反映したものである。
● 低下する個人所得課税の再分配機能
租税の最も基本的な機能は、公的サービスの財源を調達するという財源調達機能であるが、それと同時に累進構造等を通じて、所得や資産の再分配を図るという再分配機能も有している(7)。
個人所得課税の負担の累進性をみるために、給与収入と所得税額の分布を給与収入階層別にみてみよう(第2-1-5図)。給与収入の構成を、90年、95年、2000年で比べると、最近になるにしたがって、500万円以下の給与収入階層の比率が低下する一方で800万円超の給与収入階層の比率が上昇しており、全体として給与収入の増加がみられたことが分かる。他方、税負担の構成比では、800万円以下の給与収入階層で低下している一方、800万円超の給与収入階層ではその比率が概して増加している。この両者の構成比の比率(所得税額構成比/給与収入構成比)を個人所得課税負担の累進性に関する一つの尺度として検証してみよう。累進性が高ければ、この比率は高所得者層ほど大きくなるはずである。第2-1-5図をみる限り、累進性はある。
90年代における個人所得課税の再分配機能の推移を、厚生労働省の「国民生活基礎調査」の個票データを利用した内閣府試算でみてみよう。所得分配の不平等度を表す指標としてジニ係数があり、この値が0に近いほど分配が平等であり、1に近いほど不平等であることを示す。再分配係数は、課税前と課税後におけるジニ係数の変化率を表す指標で、これにより再分配機能の強さが示される(8)。
90年代のジニ係数の推移をみると、課税前のジニ係数はやや上昇傾向にあった(不平等度が拡大した)ことが分かる(第2-1-6図)。また、再分配係数の推移をみると、90年代前半は0.06~0.07で推移していた係数が、所得分布や税制改正の影響等を受けて、0.05台にまで低下したことが分かる(9)。
なお、所得再分配には社会保障政策が重要な役割を果たしてきたことにも留意すべきである。厚生労働省の「所得再分配調査」でみると、80年代以降ジニ係数が上昇傾向にあるなかで、税による再分配は低下している一方で、社会保障による再分配は強化されている。この結果、両者を合わせた再分配機能は、80年代以降、一貫して高まっている(第2-1-7図)。
● 歴史的・世界的に低い税負担
我が国の個人所得課税は、国税の3割、地方税の4分の1を占めるなど、基幹税としての役割を長年果たしてきた。ところが、80年代後半以降、度重なる減税が行われた結果、所得税の税収は85年の水準まで落ち込んでしまっている(第2-1-8図)。
先進各国の国税収入に占める個人所得課税の割合を比較すると、我が国が32.4%であるのに対し、アメリカ74.5%、イギリス36.6%、ドイツ38.0%、フランス32.7%となっており、間接税が深く組み込まれているヨーロッパ諸国の税体系と比べても、個人所得課税の比重が小さくなっている。
先進各国の個人所得課税の国民所得比をみると、我が国が6.8%であるのに対し、アメリカ14.2%、イギリス13.9%、ドイツ12.8%、フランス11.2%となっており、我が国の個人所得課税の負担は他の先進諸国の半分程度となっている(第2-1-9図)。
このように、我が国の個人所得課税の負担は、歴史的にも、世界的にも低い水準となっている。
(2)個人所得課税の負担構造の現状
80年代後半以降の税率の累進構造緩和等を内容とする累次の税制改正により、我が国の個人所得課税の税負担は相当程度の軽減が図られた。
● 世帯類型別にみた個人所得課税の限界税率
これまで、給与収入全体に占める個人所得課税の割合を示す「実効税率」で税の負担構造をみてきた。ここでは、給与収入が1単位増加したときに、所得税額及び住民税額がどの程度増えるかを示す「限界税率」で個人所得課税の負担構造をみてみよう(10)。
限界税率を世帯類型別にみたのが、第2-1-10図である。最初に、専業主婦+子供2人のケースをみると、給与収入700万円までは10%程度で推移し、900万円で20%台、1,200万円台で30%台、1,400万円台で40%程度となった後、ほぼ横ばいとなっている。このように、限界税率は給与収入(所得金額)の増加とともに、(i)所得税と住民税の適用税率が上昇することや、(ii)給与所得控除の控除率が変わることにより上昇する。
なお、課税所得金額に対する限界税率は世帯類型に関わらず同じであるが、「単身者」や「専業主婦子供無し」など世帯類型が異なる場合には、配偶者控除、扶養控除等の人的控除などの適否により給与収入に対する限界税率は異なることになる(11)。
● 最低税率ブラケット適用者の多さ
所得税の税率ブラケットごとの割合をみてみよう。99年に行われた恒久的減税等の結果、現在、所得税の税率構造は10%から37%までの4段階となっており、我が国の所得税の最高税率は、主要国に比して低い水準にある(第2-1-11図)(12)。しかも、10%が適用される所得区分に全体の8割の給与所得者が入っており、これに20%が適用される所得区分に入る者を加えると全体の96%程度に達している(13)。これに対して、イギリスの場合は、税率10%が適用される所得区分には納税者全体の1割しかいない一方で、22%の所得区分には8割の納税者が分布している(第2-1-12図)。給与水準別の所得税額の構成比をみると、700万円以下の層は39.1%を占めるに過ぎず、年収1,000万円超の給与所得者層は全体の6.4%に過ぎないにもかかわらず、税収全体の41.3%を負担している(第2-1-13図)。
● 非納税者の多さ
給与所得者における非納税者の割合の推移をみると、80年代末までは15%台前後でほぼ横ばいで推移したものの、2000年度は18.9%と2割近くに達している。98年度に非納税者の割合が一時的に25%まで上昇したが、これは、この年度限りで所得税について総額2.8兆円の特別減税(所得税 本人3.8万円、扶養1.9万円)が実施されたためである(第2-1-14図)。
給与階級別にみると、給与収入が低いほど非納税者数の割合が高くなっているのは当然であるが、近年、中所得者階層でも非納税者の割合が高まっているのが特徴的である(第2-1-15図)。このように、我が国においては、給与所得者の5人に1人が所得税の非納税者となっている(14)。
非納税者が多い背景には、課税最低限の高さがある。課税最低限の金額は、独身者の場合は年収114.4万円、専業主婦+子供2人の場合は年収384.2万円となるなど、世帯の状況等を反映して異なる。これを主要5カ国(日米独英仏)で比較すると、我が国の水準は高く設定されており(15)、ドイツに近いことが分かる(第2-1-16図)。
課税最低限は、一定の基本的な控除の控除額を積み上げた結果定まるものであり、この水準を超えると課税が始まる給与収入の水準を示す指標である。課税最低限は、納税者の大半を占める給与所得者について、給与所得控除、基礎的な人的控除(基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除)、社会保険料控除を合計した金額で求められる(第2-1-17図)。
現在のように、課税最低限が国際的にみても高い水準になったのは、80年代以降における一連の税制改正において、各種控除の引上げが繰り返し行われた結果である。消費者物価で実質化した実質課税最低限の推移を世帯属性別にみると、70年代には、74年の減税で諸控除が引き上げられた結果、課税最低限が大幅に上昇したが、その後、物価が上昇したことなどにより、低下している(第2-1-18図)。その後、87年の配偶者特別控除の創設や89年の各種控除の拡充により、特に専業主婦世帯の課税最低限が大きく引き上げられた。95年には、各種控除の一層の拡充が課税最低限をさらに高めている。98年に課税最低限が一時的に跳ね上がっているのは、定額減税が実施されたためである。なお、「単身者」と「専業主婦+子供二人」、「勤労主婦+子供二人」で課税最低限に差が生じているのは、配偶者控除や扶養控除等の適否によるものである(第2-1-19図)。
3 世代別・ライフサイクルを通じた税負担に関するシミュレーション
前述したように、望ましい税制の基準の一つとして、「公平」がある。少子・高齢化が急速に進展している現在では、「世代間の公平」や「ライフサイクルを通じた税負担の平準化」といった視点が重要になっている。
ここでは、年齢階層別の平均収入に関するデータ(コーホート・データという)を用いて、一定のライフサイクルを仮定した場合の特定世代の負う個人所得課税の実効税率を年度ごとにシミュレーションした(16)。
● 個人所得課税の実効税率の計測
分析の手法は以下の通りである。まず、「家計調査年報」各年版から、世帯主の年齢5歳階級別の勤め先収入(退職金等除く)を抽出し、隣接階級の加重平均により1歳階級のデータに加工した。ライフサイクルの仮定は、「人口動態統計」より対象期間の婚姻、出生の平均値を算出した。具体的には、厚生年金・健康保険組合・雇用保険加入の給与所得者、妻は専業主婦と仮定し、27歳で結婚(妻25歳)、29歳で第1子誕生(51歳で独立)、31歳で第2子誕生(53歳で独立)としている。その上で、各年の税制に合わせた個人所得課税の実効税率を年度ごとにシミュレーションした。
● 若年世代ほど低下する個人所得課税の実効税率
上記の前提の下、世代別にみた個人所得課税の負担の推移はどの程度異なるのであろうか。所得税と住民税を合わせた実効税率の時系列推移を世代別のライフサイクルでみてみよう。第2-1-20図をみると、1945年生まれのグループは次世代の55年生まれのグループに比べ、30歳までの若年代では低い負担であったが、それ以降はむしろ高い負担となっており、実効税率が5~7%台の水準でほぼ推移していることが分かる。なお、50歳台になって実効税率が上昇しているのはライフサイクルで仮定した2人の子供が独立し、(特定)扶養控除の適用外となることによる(第2-1-20図)。65年生まれのグループは、30歳までの時期ではほぼ45年生まれのグループと同様の実効税率であったが、30代になって負担は前の世代に比べかなり軽減されている。
このように、80年代半ば以降の減税による個人所得課税の実効税率の低下を反映し、ライフサイクル上の同時期においては基本的に、若年世代ほど実効税率は低くなっている。
● 年齢階層別平均税率
次に、個人所得課税の平均税率(=平均税額/平均給与収入)について年齢階層別にみてみよう。国民生活基礎調査(平成11年)の個票データを用い、給与収入のある者について内閣府で平均税率を試算した。第2-1-21図の実線がこれを示しているが、年齢階層が上がっていくにしたがって、給与収入(所得金額)が上昇することから、結果として年齢階層別の平均税率も年齢階層が上がるごとに上昇している。一方、同図中の点線は、基礎的な人的控除(基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除、特定扶養控除)の控除額を年齢階層別に示したものであり、これらの控除は、世帯の属性や就業状況等に応じて適用されることを反映し、35~44歳の中年層で約100万円とピークに達し、その後緩やかに低下しているのが分かる(第2-1-21図)。
● 負担構造の推移及び現状
以上、個人所得課税の負担の推移及び現状についてみてきた。
第1に、我が国の個人所得課税負担の推移を、実効税率でみると80年代以降の税率引下げを含む税率構造の見直しなどの減税を反映して低下しており、諸外国と比較しても相当程度低いことが分かる。また、個人所得課税による所得再分配機能も低下している。さらに、所得税の税収全体に占める割合も低下し、個人所得課税の国民所得比でみても、我が国の税負担は、他の先進諸国の半分程度となっている。
第2に、個人所得課税の負担の現状をみると、(i)所得税の最低税率ブラケットに給与所得者の8割が入っている。(ii)給与所得者の5人に1人が所得税の非納税者になっている。
第3に、世代別・ライフサイクルを通じた個人所得課税の負担をみると、(i)80年代半ば以降の減税によりライフサイクル上の同時期においては基本的に若年世代ほど実効税率が低くなっている。(ii)給与収入(所得金額)が上昇することから、結果として平均税率も年齢階層が上がるごとに上昇している。
4 控除の実態をめぐる論点と分析
これまでの分析により、個人所得課税の負担に対して、控除が様々な影響を与えていることが分かった。ここでは、諸控除が負担にどのような影響を与えているのか、具体的に検証してみることにしよう。
● 控除制度が課税ベースに及ぼす影響
最初に、各種控除が所得課税の課税ベースをどの程度縮小させているのかを、マクロ的に明らかにしてみよう(第2-1-22図)。これは、各年度予算ベースの数値を基に作成したものであるが、94年度までは、課税所得が給与総額に占める割合が徐々に高まり、94年度には46.6%になったものの、その後は、低下傾向にあり、2002年度では43.5%にまで低下していることが分かる。こうした課税ベースの縮小と税率の引下げがあいまって、給与総額に対する税収の比率は、85年度の6.4%から2002年度には4.5%へと低下している。
次に、給与所得控除や基礎的な人的控除等が給与総額に占める割合の推移をみたのが第2-1-23図である。これによって、85年度と2002年度を比べると、いずれの場合にも、給与所得控除が給与総額の3割近くを占めており、課税ベースを縮小させている最大の項目であることに変わりはないが、その割合は若干小さくなっている。基礎控除や扶養控除も同様に、給与総額に占める割合は小さくなっている。配偶者特別控除が87年に創設されたこともあり、配偶者と配偶者特別控除の合計の占める割合は、85年時より高まっている。こうしたなかで、給与所得に占める割合が上昇しているのは、社会保険料控除、生命保険料控除等の「その他の控除」であり、85年度の8.0%から2002年度の11.3%へと上昇している(第2-1-23図)。
また、諸控除の合計額が給与に占める割合を給与水準別に内閣府で試算したデータでみてみると、1,000万円の所得階級まで、控除率はほぼ50%以上であり、控除が課税ベースを大きく縮小していることが分かる(第2-1-24図)。
最後に、各種控除が我が国の所得税の課税ベースをどの程度縮小しているのかに関して、日米の国際比較を分析した研究(17)によれば、我が国の「家計部門の受取り」に対する「課税ベース(課税所得)」の割合は、27.4%(97年度)であるのに対して、アメリカは53.2%(96年)となっており、キャピタルゲインが除かれているなどの限界もあり単純に比較はできないが、我が国の所得税の課税ベースは米国のほぼ半分程度と試算されている(18)。日米で大きな差異が生じている要因は、社会保障給付等の「課税ベースに含まれない社会保障」の差異と「所得控除」の差異、の2つに大きく分けられる(第2-1-25図)。このうち、「課税ベースに含まれない社会保障」は、我が国には、一般的にアメリカにはない「社会保険料控除」があるためである。これは更に年金に関連するものと医療費等に関連するものとに分かれる(19)。今後の我が国の高齢化の進展を考えると、社会保険料の増加に伴う課税ベースの縮小はますます大きくなっていくものと見込まれる(第2-1-26図)。
これまでの分析により、個人所得課税の負担に対して、控除が様々な影響を与えていることが分かった。ここでは、諸控除が負担にどのような影響を与えているのか、具体的に検証してみることにしよう。
● 人的控除の実態
個人所得課税においては、家族構成など個々人の生活上の事情を納税者の担税力の減殺要因とみて、基礎控除や配偶者控除、扶養控除など様々な人的控除が設けられている(第2-1-27図)。現行所得税の人的控除を個別にみていくと、特定扶養控除や同居特別障害者加算、同居老親等加算をはじめとした各種控除が多く存在していることが分かる。
主な人的控除額の推移を消費者物価で実質化させた実質控除額の推移でみると、いずれの控除額も、80年代前半までは低下している。80年代後半以降は、物価水準がほぼ安定的に推移してきたこともあり、実質控除額もほぼ横ばいで推移しているが、そのなかで、89年に創設された特定扶養控除額が近年大幅に上昇していることが際立っている(第2-1-28図)。
前述した日米比較研究の結果をみると、「人的控除」にあたる基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除合計で課税ベースの12.7%が縮小しているのに対して、アメリカでは人的控除(Personal
Exemption)1本で8.1%が縮小している(第2-1-29図)。
仮にこれら諸控除を廃止した場合の影響を内閣府で試算してみると、例えば、扶養控除の場合は、夫婦子2人(子のうち1人は特定扶養親族に該当)の年収500万円の給与所得者の所得税負担額の増加は10万円程度にとどまるが、年収2,500万円では37万円程度になる(20)(第2-1-30図)。
最後に、人的控除が財政に与える影響を2002年度予算ベースでみてみよう。課税ベースが縮小することにより、所得税収は、財務省の公表資料によれば、基礎控除によって2.1兆円程度、配偶者控除及び配偶者特別控除によって1.2兆円程度、扶養控除についても1.8兆円程度減少する見込みである(第2-1-31図)。
以上が人的控除による減収見込み額であるが、この他、仮にこれら諸控除を廃止すると、これらの積み上げである課税最低限の水準が低下することになる。それに伴って、これまで課税最低限の水準以下の所得しかないため所得税を納付しなかった人(非納税者)のうちから、納税者に移るものが出てくるが、その割合を内閣府で試算したところ以下のようになった(第2-1-32図)。例えば、扶養控除を廃止すると、同控除を受けていた非納税者のうち47.5%が新たに所得税を支払うことになる。同様に、配偶者控除等を廃止すると、同控除を受けていた非納税者のうち59.2%が新たに所得税を支払うことになる。この結果、所得税収は増加することになる。
コラム2-1
配偶者控除等の及ぼす影響
女性の社会進出、家族形態や就業形態の変化等、女性のライフスタイルの多様化が進展している。こうしたなかで、ほとんどの女性が期間の長短はあるものの何らかの就業経験を有するようになってきている。しかも、一人の女性が専業主婦になり、働く主婦になり、あるいは子供をかかえた単身世帯主になったりする。こういう時代には、就労・結婚などについて女性の選択を妨げないことが重要である。こうした男女共同参画社会の観点からは、男女の社会における活動の選択に対し中立でないという指摘なども踏まえた配偶者控除等の見直しが議論されている。「基本方針2002」でも、「就労などの選択にゆがみを与えないよう、配偶者に関する控除等に関し検討する。」とされている。以下では、特に配偶者控除及び配偶者特別控除の及ぼす影響について分析・検討することにする。
我が国では、高度成長期に「サラリーマン+専業主婦」という家族が一般化した。このため、様々な分野で専業主婦を対象にした制度が存在している(1)。2000年において、配偶者控除の適用を受けている者は、民間の給与所得者のうち年末調整を行った者で1,279万人、申告納税を行った者で227万人である。一方、配偶者特別控除の適用を受けている者は、民間の給与所得者のうち年末調整を行った者で1,151万人、申告納税を行った者で205万人である。
次に、妻の収入が増加したときに、世帯の可処分所得がどのように変化するのか、前述の内閣府の税制シミュレーションモデルでシミュレーションしてみよう(図1)。ここでは、夫婦のみ世帯を前提とし、所得は給与所得のみとする(2)。夫の給与(ここでは30~39歳平均の給与所得436万円を仮定)を所与として妻の収入が増加した場合の世帯の可処分所得がどのように変化するかを示している。グラフAは課税前の世帯の合計収入(給与収入+配偶者手当)を示しているが、一般に妻の収入が103万円を超えると企業からの配偶者手当が受けられなくなるため、グラフが屈折している。グラフBは、世帯の可処分所得を示している。もし、仮に、配偶者控除及び配偶者特別控除が撤廃されると、このうちの妻の収入が141万円以下の部分が下方シフトすることとなる。
最後に、上記と同様の前提の下、配偶者控除等の廃止による家計の税負担の増加額がどれくらいになるかみてみよう(図2)。これをみると、妻の収入が少ない場合、夫の収入が200万円では、配偶者控除及び配偶者特別控除を廃止した場合の世帯の課税した後の手取り収入への影響は9.5万円であるが、夫の収入が1,000万円の世帯では、21.8万円となる。
注
(1) この他にも、専業主婦を対象にした制度としては、(i)社会保険制度における130万円基準、(ii)企業の福利厚生制度(いわゆる配偶者手当)がある。
(2) 夫の年齢は30歳で、厚生年金保険・政府管掌健康保険、雇用保険に加入し、人口5万人~50万人の地域に居住しているとする。
● 高齢者に関する控除の実態
我が国経済の構造的な問題の一つとして、少子高齢化が急速に進展するなかで、「世代間の不公平」が拡大していることがある(21)。高齢者の平均的な資産・所得の状況をみると、1,400兆円余りといわれる個人金融資産の半分を高齢者が保有していることからも分かるように、現役世代と比較して、必ずしも全ての高齢者が貧しいというわけではないが、我が国では、高齢者に対して、様々な特例措置が講じられている。それに対して、現役中高年世代は、扶養家族を抱えながら、税及び社会保険料の負担に悩まされている印象が一般的であろう。
(21) この点については、「平成13年度年次経済財政報告」第3章の中で、世代会計の概念を用いて、定量的に分析している。
例えば、国民年金や厚生年金などの公的年金に係る税制の現状をみると、年金の拠出では、公的年金の支払保険料の全額が、社会保険料控除により所得から控除されており、年金を受給する段階においても、公的年金等控除や老年者控除等が控除され、実質的に課税対象から除かれている(22)(第2-1-33図)。また、65歳以上の公的年金受給者(夫婦世帯(23))の課税最低限は、339.9万円となり、現役の給与所得者(夫婦世帯)の課税最低限である220万円の1.5倍となっている。このため、年収500万円の夫婦の場合を例にとると、勤労者世帯は、所得税・個人住民税併せて23万円程度負担するのに対して、年金受給者は15万円程度の負担にとどまっており、所得の潜在的な稼得能力に差異があるとしても、同一の所得水準の下で、勤労者と高齢者の間で著しい税負担のかい離が生じている(「世代間の不公平」)(第2-1-34図)。
なお、年金給付による所得が給与所得とは別のもの(雑所得)と認識されており、他に給与所得があれば、給与所得控除と公的年金控除が同時に認められるため、年金所得以外にも所得のある高齢者の税負担を大層低いものとするという点も指摘されている(24)。
このため、マクロベースでみると、公的年金等支払金額32.7兆円のうち、源泉徴収の対象となっている部分は全体のわずか7%弱に過ぎない。また、高齢者に関連する減収見込額は、所得税及び個人住民税で合わせて、合計で約1.9兆円となっている(第2-1-35図)。