第2節 法人所得課税の負担

第2章 活力回復のための税制改革に向けて

第2節 法人所得課税の負担

我が国には、2000年現在で約254万社にも及ぶ法人が存在している。これらの法人には何種類もの税金がかかるが、その中心となるのは、企業の活動によって生じた所得に課される法人税(国税)、法人事業税(地方税)、法人住民税法人税割(地方税)の3つ(いわゆる「法人3税」)である(第2-2-1図)。

法人所得課税は、個人所得税等その他の税目に比べて景気変動に感応的であり、企業収益の変化の影響を受けやすい。法人税の税収は、バブル景気の89年度には19.0兆円にまで達したものの、その後大きく低下し、2001年度には10.3兆円とピーク時の半分近くにまで落ち込んでいる。この結果、累次にわたる税率の引下げもあり、法人税収の一般会計税収に占める割合も89年度の34.6%から2001年度には21.4%にまで低下している(第2-2-2図)。また、地方税についても、累次にわたる税率引下げもあって、法人事業税の税収は91年度の6.5兆円から2000年度には3.9兆円にまで落ち込むとともに、法人住民税法人税割の税収も89年度の4.2兆円から2000年度には2.4兆円にまで落ち込んでいる。この結果、法人事業税及び法人住民税法人税割の税収の地方税収に占める割合は、89年度の33%から、2000年度には18%にまで低下している。本節では、企業の法人所得課税負担の実態について検討していくこととする。

1 主要国における法人所得課税の動向

1980年代からの主要国の法人所得課税の動向を概観すると、84年のイギリスのサッチャー税制改革に端を発し、各国とも総じて課税ベースの拡大とともに実効税率の引下げを行っていることが分かる(第2-2-3図)。

アメリカの法人実効税率は、レーガンが登場するまでに、50%強の水準であったが、その後、各種優遇措置の見直しによる課税ベースの拡大とともに、税率の引下げが実施され、現在では40%強の水準となっている。

イギリスでは、1980年代前半における法人実効税率が50%台の水準であったが、その後、租税特別措置の見直しと税負担の軽減による企業収益の向上を目的として、課税ベースの拡大と税率の引き下げを段階的に行い、90年代以降、主要国で最も実効税率の低い国となっている。

ドイツでは、1980年代から一貫して法人実効税率が主要国において最高水準にあったが、93年にEC域内の統合が実施されたため、94年に法人税率を引き下げ、企業の競争力の確保、投資の促進、雇用の確保、旧東ドイツ地域の復興が意図された。その後、2000年の48.55%から2001年には38.47%に引き下げられた。

フランスでは、1980年には50%であった法人実効税率を、累次の引下げにより1990年代には30%台まで低下させた。その後法人税付加税の大幅な引上げにより一時上昇したものの、近年では付加税の引下げにより再び低下に転じている。

そして我が国の法人実効税率も、1998年度及び99年度の2度にわたり大幅な引下げが実施され、現在40.87%となっている。

大手会計事務所が年に1回実施している調査(対象国68カ国)によれば(25)、経済の構造変化を背景に、経済活動の誘致や法人課税全般の見直しの一環として、法人所得課税に係る税率は90年代後半以降すう勢的に低下しており、2001年12月ないし翌1月時点で、OECD諸国平均で31%、EU諸国平均で33%となっている(26)第2-2-4図)。また、この1年間に法人実効税率を引き下げた国は、実に16カ国にのぼり、中でも、近年、法人所得課税に係る税率を引き下げる傾向にあるのは、我が国企業の有力な国際競争相手となっているアジア諸国である。こうした国々と比較すると、イギリスやフランスにおける法人所得課税に係る実効税率が30~34%程度となる一方で、我が国の法人所得課税に係る実効税率は、アメリカ並みの40.87%となっており、また、主なアジア諸国の税率は25~30%程度となっている(第2-2-5図)。なお、税率の国際比較の際には、その国の規模や経済・社会構造の違い、当該法人の受ける公的サービスの内容や水準等も勘案する必要がある。更に、アジア諸国をはじめ、法人が負担すべき税負担には、この他にも所得を課税標準としないフランチャイズ税や事業税等(地方税)があることにも留意が必要である。

コラム2-2

表面税率と「実効税率」

法人所得税は、法人の利益(所得)に対する税であり、国税として法人税、地方税として法人事業税と法人住民税(法人税割)がある。税率は、国税(法人税)が30%、地方税(法人事業税+法人住民税法人税割)が14.79%である。しかし、通常、法人課税の税率として議論されるのは、両者の税率(表面税率)を単純に足し合わせたもの(現在は、44.79%)ではない。なぜなら、法人税と法人事業税の所得を計算する際に前年度の法人事業税額が損金算入されることになっているためである。したがって、法人の税負担を議論する際にしばしば用いられるのは、この点を調整した「実効税率」と呼ばれるものであり、現在は、40.87%である(注)。

しかし、法定実効税率は企業の税負担の軽重を表す一つの指標ではあるが、国際比較等を行う場合には、「課税ベース」と「税率」の双方について留意する必要がある。このことが、法人所得課税負担の議論を複雑にしている。

これについては、3.でいくつかの取組みを紹介することにする。

「実効税率」の具体的な計算方法は以下のとおりである。

実効税率=(法人税率×(1+住民税率)+事業税率)/(1+事業税率)

コラム2-3

法人事業税への外形標準課税の導入

法人事業税への外形標準課税の導入が政策課題にのぼっている。そこで、この問題について簡単に議論の整理をしてみよう。

課税にあたっては、税額算出の基礎となる課税標準として何を用いるかということが重要であるが、法人課税については、課税標準について所得を基準とする方式と、課税標準を所得以外の何らかの基準(例えば資本金であるとか、会社の従業員数)に求める方式(これを「外形標準課税」という。)とに大別され、現在、法人税、法人事業税等は、原則、所得を基準として課税しているものである。

法人事業税は、法人が行う事業そのものに課される税であり、法人がその事業活動を行うに当たって地方公共団体の各種の行政サービスの提供を受けていることから、これに必要な経費を分担すべきであるという考え方に基づいている。このため、シャウプ勧告においても、事業税の課税標準は、「原料等、他の事業から購入したものの価値に、その企業が附加したところの額」、つまり「附加価値」とすべきであるとの改革案が提案されており、外形標準課税の議論は長い歴史を持つ(1)。また、外形標準課税の課税標準としては、政府税制調査会において具体的な検討が積み重ねられてきたところであり、その結果、(1)事業活動価値(付加価値)、(ii)給与総額、(iii)物的基準と人的基準の組み合わせ、(iv)資本等の金額の4つが望ましい外形基準として示されているところである。

なお、4つの外形基準の中で、「理論的に最も優れている」とされた事業活動価値(付加価値)は、法人の各事業年度における利潤に、給与総額、支払利子及び賃借料を加えた所得型付加価値であるが、付加価値の捉え方には、図1のようにいくつかの方法がある(2)。

法人事業税への外形標準課税の導入は、地方分権を支える安定的な地方税源の確保に資すること、応益課税としての税の性格の明確化につながるとともに、地方の行政サービスによって受益を受けている法人が薄く広く税を負担することをつうじて、税負担の公平化につながること、さらに、所得に係る税負担を相対的に緩和することとなり、より多くの利益をあげることを目指した事業活動を促し、経済の活性化、経済構造改革の促進に資するなどの重要な意義を有する改革であると考えられている。

一方、法人事業税への外形標準課税の導入に際しての主な課題としては、外形標準課税の導入に伴う税負担の変動、中小法人の取扱い、雇用への配慮等があると考えられている。

平成14年1月に閣議決定された「構造改革と経済財政の中期展望」において「外形標準課税については、今後、各方面の意見を聞きながら検討を深め、具体案を得たうえで、景気の状況等も勘案しつつ、平成15年度税制改正を目途にその導入を図る」こととされている。

最後に諸外国の外形標準課税の例をみてみよう(図2)

(1) 法人事業税の歴史は古く、1878(明治11)年の営業税の創設までさかのぼることができる。当初は産業ごとに異なる定額税として導入されたものの、1896(明治29)年に地方税から国税に移管されるとともに、資本金額等の外形基準によって課されるようになった。その後、1926(大正15)年には、営業税が廃止され、純益を課税標準とする営業収益税が創設されるなどした。戦後、シャウプ勧告を受けて、1950年の地方税法の成立とともに、附加価値税が制定されたものの、当時の社会経済事情の推移や世論の動向などが容易にその実施を許さない状況にあったため、実施されることなく、1954年に廃止された。

(2) 現行の法人事業税でも、電気供給業、ガス供給業、生命保険業、損害保険業については、所得ではなく収入金額を課税標準にとっている。その他の法人については、課税標準として、所得以外のものを用いることができることを地方税法で規定している。2000年に東京都が導入した「銀行業等に対する外形標準課税」もこの規定に基づくものである。

2 企業からみた法人所得課税の負担感の現状

法人所得課税をめぐって常に議論になるのが、「我が国の法人所得課税の負担は重いのか軽いのか」というものである。そこで、3.でみるように、これまでの累次の税制改正により、企業の税負担が相当程度軽減されてきた現状において、法人所得課税に係る企業の負担感等について、多面的に検証を行った。

 税効果会計適用後の法人所得課税に係る税負担率

企業からみた法人所得課税の負担感をいかに把握するかというのは非常に難しい問題である。ここでは、負担感をとらえる1つの試みとして、当期利益が負担する税コストの比率を示している「税効果会計適用後の法人税等負担率」に着目することにした(27)

企業が毎期「納付する税金」は、法人税法等の規定によって計算された「課税所得金額」に「法定実効税率」を掛けて計算された「納税額」であるため、当該期の「税引前当期純利益」が負担すべき「税金コスト」ではないものも含まれている。このため、これまでの会計制度の下では、税引前純利益と法人税等の額の差となる税引後利益が企業の業績を表すのに適当な数値ではないという問題が指摘されていた。

これに対して、近年こうした指摘を踏まえて導入された税効果会計は、「会計上の損益」と「税務上の損益」の認識のズレを修正する会計手法であり、国際会計基準に則ったグローバル・スタンダードである(28)第2-2-6図は、税効果会計を適用した場合についての税引前当期利益、法人税等、法人税等調整額、税効果会計適用後の法人税等、税引後当期純利益及び課税所得の関係を図示したものである。税効果会計では、法人税等調整額によって、法人税等のうち、税の前払い分が「繰延税金資産」として、税の後払い分が「繰延税金負債」として計上されることになる。税効果会計適用後の法人税等を算出してはじめて、企業は、当期の税引前純利益に対応する税金のコストを把握することが可能となる(第2-2-6図)。

財務省の調査(2001)によれば、税効果会計を2000年度までに導入した企業数は、77,631社と全体の3.0%である。資本階級別にみると、資本金10億円以上の企業では、98.0%の企業(5,361社)、1~10億円の企業では60.8%の企業が既に導入している。同年度末の繰延税金資産(前払い税金)をみると19兆4,086億円、繰延税金負債(後払い税金)をみると3兆8,991億円となっている。この結果、2000年度に納付する税金(27.8兆円)に比べて、当期の税金コストである「税効果会計適用後の税負担額」は12.3兆円と、15.5兆円少なくなる。したがって、税引後当期純利益は逆に15.5兆円増加することになる。

ここでは、税効果会計適用後の法人税等を税引前当期利益で除した「税効果会計適用後の法人税等負担率(以下、「税効果会計適用後法人税等負担率」という。)」を集計することによって、企業からみた法人所得課税の負担感が実際にはどの程度であるのかをみてみることにしよう(29)(30)第2-2-7図は、「税効果会計適用後法人税等負担率(A)」と「法定実効税率(B)」とのかい離幅をみたものであるが、286社のうち、「税効果会計適用後法人税等負担率」が「法定実効税率」を上回っている企業は、78社(調査対象の約3割)あり、「税効果会計適用後法人税等負担率」が「法定実効税率」を下回っている企業は、65社(調査対象の2割強)あるなど、「税効果会計適用後法人税等負担率」でみた企業の税負担感には、相当程度のバラツキがあることが分かる。また、当期損失計上企業は49社、「税効果会計適用後法人税等負担率」がマイナスの企業は11社あった。分布の形状をみると、ほぼ正規分布に近いものの、かい離がプラス・マイナス15%ポイント以上ある企業が48社と調査対象の1/6以上を占めるなど、かい離幅の大きい企業が相当数占めている。かい離幅の大きい企業のうちプラスのケースをみると、交際費等永久に損金に算入されない項目や各種引当金の繰入限度の超過額が多額に計上されている場合が見受けられる。逆に、マイナスのケースをみると、受取配当等の永久に益金に算入されない項目や外国税額控除等が多額に計上されている場合が見受けられる(第2-2-7図)。

これを業種別にみたのが、第2-2-8図であるが、総じてみれば、水産・鉱業・建設業(33社中16社)といった産業において実際の負担税率が相対的に重く、逆に、機械・電気機器(45社中16社)といった産業において実際の負担税率が相対的に軽いことが分かる。なお、税効果会計による税額調整によって、実際の負担税率がマイナスとなっている企業が15社あった。

このように、同一の法人所得課税に係る税率を課せられていても、税効果会計適用後法人税等負担率には、企業によって、相当程度のバラツキがあることが分かる。

3 企業の法人所得課税負担の現状(国際比較)

(1)マクロデータでみた企業の税負担

企業の実際の税負担は、実効税率だけで測ることはできないことは既に述べたところである(31)。なぜならば、税額計算にあたっては、算出税額に対して税額控除や加算分等の課税ベースに係る調整措置があるからである(第2-2-9図)。そこで、実際の税負担率をみるために、企業全体を網羅したマクロ的な税務統計(「税務統計からみた法人企業の実態」等)を用いて「法人所得課税に係る税負担率」(以下、「税負担率」という。)を算出し、国際比較及び企業規模別比較を試みることにする(32)

 税負担率の国際比較

我が国企業の法人所得課税に係る税負担率の推移をみてみよう(第2-2-10図)。これをみると、80年代では税負担率が法定実効税率を3~5%程度上回って推移していたが、90年代に入るとその差は、0~2%程度まで縮小した。

次に、各種統計による試算を用いて我が国の法人所得課税に係る税負担率を欧米主要国と比較してみよう(第2-2-11図)。この図をみると、税負担率は80年代以降各国とも低下傾向にあることが分かる。ただし、マクロデータでみた我が国の法人所得課税に係る税負担率(45%程度)は、欧米主要国(40%以下)に比べ高い水準にとどまっている(33)

 法人税負担率の企業規模別比較

資本金階級別に企業の法人税負担率を推計し、アメリカと比較してみよう(34)第2-2-12図)。この図をみると、我が国ではいずれの資本階級においても25%前後から33%であるのに対して、アメリカでは、資本階級100万ドル~500万ドルまでの資本階級までは19%程度からなだらかに上昇しており、資本金規模による税負担の格差は、我が国よりもアメリカの方が大きいことが分かる(35)

コラム2-4

マクロデータでみた法人税負担の偏り

法人税の課税対象は、企業の所得であるため、所得のない赤字法人(欠損法人)は、原則として法人税の納税義務はない(注)。

我が国の法人企業に占める欠損法人の割合は、好景気にあった80年代後半でも5割に上がっており、資本金1億円以上の大企業でも3割の法人が法人税負担をしていなかったことが分かる。さらに、90年代に入ってから急速に上昇し、現在、全法人(250万社)の約7割に達している(図1)

この結果、法人数で全体の0.8%に過ぎない資本金1億円以上の法人(約1.9万社)で法人税額の約7割を負担している。中でも741社しかない資本金100億円以上の法人が法人税の約3割を負担する構図となっており、法人税負担が一部の企業に集中していることがわかる(図2)

注 赤字法人に対しては、欠損金の繰越控除や繰戻還付金等の特例措置が認められている。

(2)ミクロデータでみた企業の税負担

次に、個別企業の実態に即したミクロデータによって、諸外国における法人所得課税負担を比較してみよう(36)。ここでは、我が国のある企業が仮に他の国で同じ事業活動を行った場合に、法人所得に係る税金をどの程度支払うことになるか試算を行った。なお、算出する税額は法人所得に課される国税と地方税の合計額である(37)

 具体的な計算方法

まず、試算の対象とするモデル企業を次の手順で設定することにした。

エレクトロニクス、鉄鋼、自動車、情報サービス、小売の5業種について、それぞれ売上高上位5社を抽出した。製造業については、代表的産業として自動車産業を、重厚長大型産業として鉄鋼業を、研究開発のウェイトの大きい産業としてエレクトロニクス産業を選び、サービス業については、代表的産業として小売業を、先端的分野として情報サービス業を選定した。各産業分野で抽出した売上高上位5社について、1999年度及び2000年度の財務諸表や事業報告書等を単純平均することにより、あるモデル企業の財務諸表を作成した(38)

そして、このモデル企業が同じ事業内容、同じ財務諸表で、アメリカ、イギリス、フランスで事業活動を行った場合について、各国税制の適用等について一定の仮定を置くなどいくつかの前提を置いた上で、税負担の試算を行った(39)(40)

なお、前提条件の置き方によっては、諸外国の税負担は変わり得ることから、試算結果については、ある程度の幅をもって解釈する必要がある。

 法人所得課税に係る税負担率

業種別に計算された各国の法人所得課税に係る税負担率をみてみよう(第2-2-13図)。ここでいう税負担率は、「課税所得」に対する「税額(税額控除等の調整後)」の割合を意味する(41)。したがって、法人所得課税に係る税負担率は、「実効税率」(我が国の場合には40.87%)ではなく、表面税率(我が国の場合には44.79%)ベースで比べたものである。

この図をみると、全ての業種において、このモデル企業の我が国における法人所得課税に係る税負担率が高くなっている。例えば、エレクトロニクス産業では、我が国が29%であるのに対し、アメリカは6%、イギリスは14%、フランスは21%となっている。また、他の産業においては、我が国とアメリカは比較的負担率が近いものの、イギリスやフランスとは5~25%程度差があることとなっている。

 税負担額水準の国際比較

上記推計では、課税所得に対する税負担額の比率で負担率を比較してきたが、これだけでは、課税所得の広狭まで含めた法人税制の相違が判然としない。そこで、課税ベースまで含めた税負担の比較を行うために、税引前利益に対する税負担額をみることにしよう。本推計では、同一利益をあげる同一企業が各国の税制のもとに置かれるという前提であるため、この比較は、単純に税負担額を比較することによって行うことができる。

第2-2-14図は、我が国における税負担額を100とした時の各国における負担額を示しているが、例えば、エレクトロニクス産業では、アメリカは19、イギリスは49、フランスは31となっている。自動車産業では、アメリカは88、イギリスは73、フランスは78と、各国間の差が比較的小さいものの、我が国における税負担額が大きい。このことから、課税ベースを可能な限り調整した比較においても、このモデル企業のわが国における税負担額が大きくなっている。

これらの推計によって、我が国における法人所得税の負担は、「実効税率」で示された差以上に、他の欧米諸国と差があるという結果が得られた。このような結果となった主な要因としては、課税所得を算定する過程での益金・損金の設定や課税所得に税率を掛けて税額を算定した後の各種税額控除・加算等の調整が挙げられよう。

コラム2-5

業種別税務統計でみた法人税(国税)に係る税負担率の日米比較

日米両国の税務統計を用いて、業種別にみた平均的な法人税(国税)負担率の日米比較を行ってみよう。ここでいう法人税負担率は、業種ごとの「課税所得」に対する「実際の法人税額」の割合を示している(1)。なお、算出に使用される税率は法人所得に課される国税(法人税率)に係るものである。

その結果として、本試算により業種別に計算された日米両国の法人税に係る税負担率をみると、日米の法人税の基本税率の差異(日本:30%、米国35%)を反映して、総じて日本における法人税(国税)の負担の方が小さなものとなっており、具体的には、日本は平均で30.2%、アメリカは平均で33.0%となっている。なお、各種税額控除のために、アメリカにおける法人税負担率の方が業種別の格差が大きなものとなっている(2)。

日米の業種別法人税負担率の試算(国税)

(1) 「法人税負担率」の具体的な計算方法は以下のとおりである。

法人税負担率=(法人税額(外国税額控除・所得税額控除前))/(課税所得)

法人税額(外国税額控除・所得課税控除前)とは、両国統計における「法人税額」に、外国税額控除と所得税額控除を足し戻している。業種分類は、日米の「標準産業分類(大分類)」の順による。

(2) 法人税負担率の業種間格差を変動係数でみると、日本は0.032、アメリカは0.053となっている。

コラム2-6

課税ベースをめぐる議論

法人税の課税ベースは、当該事業年度の総収益(益金)から同年度の総費用(損金)を控除した額として算出される。課税ベースに影響を与える中で、わが国において特徴的なのは、引当金や準備金の存在であった(2000年度現在、貸倒引当金・賞与引当金・退職給与引当金の3引当金で合計36.5兆円)。こうした各種引当金や準備金の利用割合をみると、資本金規模が大きくなるにしたがって高くなっている他、産業によって利用度が異なるため、課税ベースの広狭を通じて、産業・企業間で実質的な税負担が異なる要因となっている。こうした引当金や準備金は、高度成長期には我が国の企業の内部資金の充実を促し、それをもとに、企業は設備投資を活発に行う要因のひとつとなった。ところが、80年代後半になると、資金調達が容易になったため、引当金や準備金の役割は小さくなり、むしろ税率軽減による直接的な減税により、利潤を確保し、国際競争力を高める必要性が増してきた。そこで、98年度の税制改正において、「広く薄く」の観点から、課税ベースの大幅な見直しと基本税率の引下げが実施され、各種引当金の廃止及び縮小が決定された。「基本方針2002」においても、実効税率の引下げと課税ベースの拡大を検討することが示されている。

課税ベースの議論において、現在特に見直しが必要とされているのは、数多くの租税特別措置である。これは、法人税率の引下げのように、納税企業全体に適用される措置とは異なり、特定の政策目標の達成に寄与すると考えられる納税主体に対して、集中的な優遇措置をとることができるメリットがある一方で、法人税収を侵食することに加え、市場による効率的な資源配分をゆがめ、税制の中立性を阻害するおそれがある。このため、企業関係の租税特別措置についてはこれまでも整理・見直しが図られており、同措置に伴う減収額は、91年度の6,300億円をピークに、2002年度には4,340億円まで減少しており、これに伴い、法人税収額に対する減収額の割合も徐々に小さくなっている。

このような理由から、租税特別措置を講じる場合には、新産業や技術革新の創出等を目指し、研究開発等真に有効な分野に重点化・集中化を図るべきとの主張もなされている。

4 応用一般均衡モデルを用いた法人所得課税の影響のシミュレーション

法人所得課税のあり方は、単に生産要素の相対価格を変化させるだけでなく、産業部門間の生産要素の移動と、それに伴う各部門における生産量の変化をもたらす。このため、法人所得課税の影響は課税される当該主体にとどまらず、資源配分への影響等を通じて経済の広い分野に及ぶ可能性があることが、これまでの先行研究から明らかになっている。したがって、法人所得課税の変更の影響の全体像をとらえるためには、法人所得課税を変更したことによるマクロ的な影響を見極める必要がある。

そこで、ここでは、法人所得課税の変更による資本コストの変化を、一定の仮定の下に応用一般均衡モデルに当てはめた場合の影響についてシミュレーションを行うこととする(42)

 分析に用いるモデル

応用一般均衡モデルによる分析は、経済の一般均衡構造を考慮した数値シミュレーションを行うものである。モデルは、家計や企業が効用最大化や利潤最大化(費用最小化)に基き市場で取引を行うこと、財・サービスや生産要素(資本、労働、土地)の各市場においては価格変動を通じた需給調整を想定し、複数市場の均衡が同時に成立すること(ワルラスの法則)を仮定している。現実の経済で重要な役割を果たしている家計、企業などの経済主体の行動を構造的に捉えているため、モデル分析を通して、経済政策の変更が、そういった行動の変化を通して、資源配分、経済厚生などに及ぼす効果を分析評価することができる。また、産業構造や経済構造の変化を探ることもできる。このため、応用一般均衡分析を用いて、税制改革がマクロ経済に与える影響を分析することが、これまでもアメリカを中心に盛んに行われてきた。

そこで、ここでは、応用一般均衡モデルの1つであるGTAPモデルを用いて、法人所得課税の変更による資本コストの変化の影響についてシミュレーションを行うこととする(GTAPモデルについては付注2-4参照)。

シミュレーションにあたっては、これまでの先行研究の成果を踏まえ、(i)資本の総量が固定され、資源配分への影響のみを捉えた場合(ケース1)と、(ii)資源配分への影響に加え、資本蓄積の影響をも捉えた場合(43)(ケース2)についてシミュレーションを行った。

ただし、シミュレーションの解釈にあたっては、モデル自身が完全競争や完全情報等の下における経済主体の最適化行動を前提としていることに加え、本シミュレーションが、(i)当初の均衡点と新たな均衡点との比較に過ぎないので、実際の政策変更に伴う産業構造の変化や労働力の移動、資本蓄積などの移行過程を描写するものではないこと、(ii)上記で述べた産業構造の変化や労働力の移動、資本蓄積には相当の移行期間が必要と考えられること、(iii)本シミュレーションの基準年である1997年の世界経済の構造は、現在と大きく異なっている可能性があること、(iv)政府部門については、家計同様に消費者という側面のみをとらえているため、政府部門の財政収支に及ぼす影響については捉えていないこと、(v)以上の結果から、シミュレーションの結果は将来予測ではないこと、にも留意する必要がある。

さらに、当該分析に用いたGTAPモデルには、法人所得課税が変数として組み込まれていないことから、その引下げの影響について、直接的にシミュレーションを行うことはできない点について留意する必要がある。

 法人所得課税の変更による資本コストへの影響

法人所得課税の変更による資本コストへの影響を分析するため、法人所得課税を10%ポイント引き下げた場合の試算を行うことにした。

法人所得課税の変更は資本コストを変化させるものと考えられる。ここではGTAPモデルの外で資本コストの変化を試算した(第2-2-15図(44)

一般に、資本コストの低下幅が大きい産業ほど、法人所得課税の変更のメリットを受ける産業ということになる。算出結果をみると、その影響は産業部門によって異なる。運輸業の低下率が1%台であるほか、電力・ガス・水道業、通信業、電気機械等も2%台前半と比較的小さい一方、繊維・衣服等における低下率が3%台半ばと比較的大きくなっている。他の産業における低下率は、3%前後の水準である。このように、産業によって資本コストの低下幅に差異が生じるのは、(i)産業によって設備の償却年数が異なる、(ii)産業によって借入金利の水準が異なるためである。(i)について言えば、輸送機械や電気機械のように設備の償却年数が短い産業では、償却額の現在価値が高くなるため、他の産業に比べて資本コストの低下は小さくなる。(ii)について言えば、運輸業や電力・ガス・水道業のように借入金利の水準が高い産業では、他の産業に比べて資本コストの低下は小さくなる。

 資本コストの変化のGTAPモデルへの組み込み

このようにして求められた産業毎の資本コストの変化を、GTAPモデルに当てはめた。具体的には、先に算出した資本コストの低下率と同程度だけGTAPモデル上の資本の要素価格が低下すると仮定し、シミュレーションを行った(45)

ただし、資本コストの変化の影響をこのような方法でモデルに組み込むことについては、(i)モデルの外で計算した資本コストの変化率とGTAPモデル上の資本の要素価格の変化率を本来同一視できないこと、(ii)資本コストを求めるにあたって利用したデータとモデルのデータとは一致していないこと、等の要因によって必ずしも整合性がとれていない可能性があることに留意する必要がある。

シミュレーションは、ケース1とケース2に分けて行い、それぞれについて産業別の生産量変化やマクロの実質GDPの変化率等についてシミュレーションを行った。

 資源配分への影響のみを捉えた場合:ケース1

資源配分への影響のみを捉えるケース1では、資本など各生産要素の総量は一定と仮定している。このため、資本の要素価格が変化すると、資本の投入量が変化するが、ある産業で資本の投入量が増えると、資本の投入量が減少する産業が必ず生じる。

このことを前提にすると、資本の要素価格の低下が、マクロ経済に影響を及ぼす経路としては、次の二つが考えられる。第1は、資本の要素価格の低下により、資本を投入することが相対的に有利になるために、代替効果を通じて投入量が増加するという経路である。第2は、資本の総量が一定であるため、資本集約的な産業では生産の有利性が高まり、資本の投入が増加するのに対し、労働集約的な産業では有利性が低下するので資本投入が減少するという経路である。このような資源配分の変化を通じて、各産業の生産量も変化することになる。この結果として得られる、当初の均衡点からの変化は、「資源配分の効果」と考えることができる。

シミュレーションの結果をみると、資本の要素価格の低下は産業別の資本と労働の投入量の変化をもたらすが、その程度は産業により異なる(第2-2-16図)。また、産業別の生産量の変化の幅はプラス・マイナス0.3%程度である。この限りにおいては、資本の要素価格の変化が生産量に与える資源配分上の影響は限定的であるといえよう(第2-2-17図)。

産業別の財価格に与える影響をみると、大部分の産業部門の財価格は低下することが分かる。特に、その他サービス業、繊維・衣服の下落幅が大きいが、これは投入要素である資本の要素価格の低下が相対的に大幅であったことが製品の販売価格の低下に結びついたものと考えられる(第2-2-18図)。

さらに、貿易構造に与える影響をみると、生産量が減少している産業(その他の設備機械、輸送機械等)を中心に、輸出が減少する一方で、輸入は増加しており、貿易収支は悪化している。逆に、生産量が増加している産業(その他サービス業、繊維・衣服等)では輸出が増加する一方で、輸入は減少しているため、貿易収支は改善している(第2-2-19図)。

最後に、経済成長及び経済厚生に与える影響についてみてみよう。当初の均衡点に比べ、実質GDPはほぼ不変である(第2-2-20図)。これは、資本を含め生産要素の総量が固定されているため、ある産業の生産量の増加は、他の産業の生産量の減少によって相殺されるためである。また、経済厚生水準もほぼ不変である(46)

 資本蓄積の影響を考慮した場合:ケース2-A

ケース1では、資本など各生産要素の総量が固定されているため、それらが産業間で再配分される影響のみを捉えている。そこでは、それらの総量自身の変化は考慮されていない。しかし、現実の経済社会では、投資行動を通じて、資本蓄積が行われている。

そこで、ケース2では、資本蓄積が行われる場合について考えることとする。資本蓄積は貯蓄の増加によって行なわれるが、貯蓄の源泉としては、まず国内貯蓄が考えられる。他方、わが国のように資本移動が自由化された国では、外国貯蓄も我が国の資本蓄積の源泉になる。こうしたことを踏まえ、ケース2では2つのサブケースについてシミュレーションを行うことにする。ケース2-Aは、国内貯蓄が国内における資本収益率の変化などに反応して増加し、それが資本蓄積をもたらす場合である。ケース2-Bは、外国の貯蓄が国際間の資本収益率の変化などに反応して流入し、資本蓄積をもたらす場合である。

まず、ケース2-Aの結果を、ケース1の結果と比較しながら特徴点を中心にみてみよう。まず、産業構造に及ぼす影響をみると、資本蓄積を考慮することにより、全ての産業で、生産量が大幅に増加していることが分かる(前掲第2-2-17図)。特に、建設業、金属、電気機械等の生産量の伸びが大きくなっている。これは、資本蓄積に伴い、投資財を中心に需要が増加していることを反映していると考えられる。

また、産業別にみた財価格に与える影響をみると、ケース1と同様に、鉱業と政府部門を除く全ての産業で財価格が低下している。また、財価格の低下率は、ケース1の場合と比較して大幅となっている(前掲第2-2-18図)。

さらに、貿易構造に与える影響をみると、輸送機械、電気機械など大部分の産業では、輸出と輸入がともに増加している。この結果、輸送機械では貿易収支が改善しているが、鉱業、その他製造業等では悪化している(前掲第2-2-19図)。

実質GDPに与える影響についてみてみると、当初の均衡点に比べ、生産量の増加に対応して実質GDPは2.8%増加している。また、経済厚生水準も改善している(前掲第2-2-20図)。

なお、この実質GDPの増加率は、当初の均衡点と新たな均衡点における実質GDPのかい離幅であり、毎年度の実質GDPの成長率ではない。均衡点から均衡点への到達に必要とされる産業構造の変化や労働力の移動、資本蓄積が実現するには、相当の期間を要する可能性がある。また、モデル上、政府部門の財政収支が勘案されていないことから、法人所得課税の変更による財政赤字拡大が経済に及ぼす影響が考慮されていない点についても留意が必要である。

 資本蓄積の影響を考慮した場合:ケース2-B

次に、海外貯蓄が国際間の資本収益率などに反応するケース2-Bについてみてみよう。生産量をみると、輸送機械を除く全ての産業で増加しているが、増加率はケース2-Aより小さい。産業別にみた財価格は、その他サービス業、電力・ガス・水道業、化学・石油等で低下しているが、それを除く産業では上昇している。貿易面では、ほぼ全ての産業において輸出は悪化、輸入は増加しており、その結果貿易収支は悪化している。外国貯蓄が流入する場合、貿易収支が悪化することによって均衡が保たれることになるため、生産量がケース2-Aと比べて小幅な増加にとどまっている。

最後に、当初の均衡点と比べ、実質GDPは2.1%増加となっており、経済厚生水準も改善している。いずれも、ケース2-Aよりは小さいとはいえ、資本蓄積の効果が大きいことを示している。

 まとめ

以上のシミュレーションの結果をまとめると以下のとおりである。

第1に、法人所得課税の変更による資本コストの変化は、資源配分への影響等を通じて、経済の広い分野に影響を及ぼす。

第2に、資本量が一定である場合には、産業間の資源の再配分を促すだけにとどまり、生産量全体に与える影響はほとんどない。

第3に、資本蓄積のメカニズムを加味すると、所得の増加が貯蓄・投資の増加をもたらすことによって資本ストックが増加し、生産量全体や実質GDPに与える影響は大きくなる。ただし、ケース2-Aとケース2-Bでは国内の貯蓄だけが増加するか、海外から資本が流入するかという資本蓄積のメカニズムが異なるため、2つのケースで貿易収支への影響は異なる。