第2節 デフレ下の企業・銀行・家計の行動

第1章 景気回復力の展望

第2節 デフレ下の企業・銀行・家計の行動

デフレによる景気下押し圧力を引き続き伴いながら、2001年は景気が悪化した。企業部門は、景気の悪化に対応して、様々な分野で調整を行うことになった。企業収益が大幅な減少を示したが、在庫調整を進めたことは、循環的な景気底入れのための条件を整えることとなった。しかし、他方、バランスシート調整、資本ストック調整、賃金・雇用調整を進めたことは、景気を下押しする要因となった。バランスシート等の調整は、中長期的な成長基盤を強化するのに必要であるが、デフレが調整を困難にしているなかで、将来における展望がみえにくい状況にある。

銀行部門は、借手企業の業績や財務内容の悪化等に対応して、不良債権処理の一層の加速を迫られ、大幅な赤字決算を余儀なくされた。不良債権残高は依然として高水準にあり、金融仲介機能を低下させ、実体経済への重しになっている。

家計部門は、厳しい企業部門の雇用・賃金両面における調整を受けて雇用者所得が減少するとともに、雇用や賃金の先行きに対する不安が広がった。このため、個人消費と住宅建設は低迷を続けることになった。

本節は、こうした企業・銀行・家計の行動について、詳しくみることにしよう。

1 企業部門における調整

(1)企業収益は大幅に減少

企業活動の基盤となる企業収益は、2001年度に大幅な減少を示した。財務省「法人企業統計季報」によれば、全産業で経常利益は、前年度比19.6%減となった。業種別内訳をみると、製造業が同42.5%減となったのに対して、非製造業は同1.3%減であった(24)。経常利益の落ち込みは主に製造業におけるものであった。

 製造業の経常利益は大幅減少

製造業における経常利益の減少をもたらした要因をみてみよう。第1-2-1図上図では、経常利益の前年同期比を売上数量要因、売上価格要因、交易条件要因(販売価格と仕入価格の比)、人件費要因、その他固定費要因等に要因分解している。

これによると、2001年度中は、交易条件要因と人件費要因がプラスに寄与していたことが分かる。交易条件要因がプラスに寄与したのは、円安の進行により産出価格の下落が小幅にとどまる一方、原油価格の低下もあって投入価格の下落幅が産出価格の下落幅を上回ったからである。また、人件費要因は、企業が雇用・賃金調整を実施したことにより、収益に対しプラスに寄与した。にもかかわらず経常利益が大幅な減少となったのは、売上数量要因が大きくマイナスに寄与したからである。この時期の売上高の減少を業種別にみると、電気機械と一般機械の売上高が大中堅企業を中心に減少したことが大きく寄与している。アメリカにおけるITバブルの崩壊を受けてIT関連財の需要が大きく落ち込んだことが製造業の収益に大きな影響を及ぼしたといえよう。

このように、製造業では、(i)原油価格の低下や円安によって売上価格下落の影響は吸収できたものの、(ii)IT関連財を中心に売上数量が大きく減少したことから、経常利益が大幅に減少したものと考えることができる。

 非製造業の経常利益も減少

非製造業の経常利益の減少は製造業に比べて小幅であった。この時期には、非製造業においては売上高の減少や売上高に対する販管費比率の上昇といった要因がみられた。また、人件費要因もマイナスに寄与することが多かった。しかし、2001年度における非製造業の売上高は前年度比1.9%減(25)と製造業に比べマイナス幅が小幅にとどまっているため、経常利益の落ち込みも小幅にとどまっている。

それでは、価格面の影響はどうであったか。その点をみるために、小売業(外食を含む)を例にとって、経常利益の要因分解を行ってみよう(26)第1-2-1図下図によれば、小売業の場合は、2001年度は売上数量要因がプラスの寄与をしている(27)。他方、交易条件要因は大きなマイナスの寄与となっている。小売業の場合、製造業のように原油価格の低下や円安の恩恵を直接享受することができないので、販売価格低下の影響がそのまま現れている。また、小売業以外を含む非製造業の売上高について、売上価格及び売上数量要因に分解してみても、価格要因のマイナス寄与は概して大きい(第1-2-2図)。

2001年度の非製造業の経常利益は、IT関連財を中心にした売上高の落ち込みの影響を受けることは少なかったものの、価格下落の影響を相対的に大きく受けたということができる。

 当期利益は経常利益以上に悪化

2001年度の経常利益は大幅な減益となったが、90年代以降を通じてみると、上場企業(同一社数ベース)で過去2回(28)のボトムとほぼ同水準ないし若干高い水準にある。しかしながら、当期利益において、2001年度は、経常利益が減少した上に、大幅な特別損失が計上されたため、全体で赤字となり、過去2回の景気後退期と比較しても、非常に厳しい結果となった(第1-2-3図)。

特別損失については、90年代後半以降、大幅な増加傾向にあり、特に2000年度においては多額に上った。これは、2000年4月以降開始する事業年度から退職給付会計制度が導入され、退職給付金の積立不足を解消するための特別損失を計上したからである(29)

2001年度の特別損失は2000年度ほどではなかった。しかし、退職給付関連を除けば2000年度を上回っており、依然として大幅なものとなった。この背景には、次のような事情がある。

第1に、リストラ費用が増加したことである。人員削減のために早期退職優遇制度が活用された企業においては、特別退職加算金が増加した。また、非効率な工場や設備の売却または廃棄を実施した企業においては、固定資産の売却損や除却損が計上された。

第2に、株価の大幅な下落を受けて、多額の株式の売却・償却損が発生したことである。なお、時価会計の対象が、2002年3月期(30)より持ち合い株のようなその他有価証券に拡大したことで、株式の売却・償却損が発生しない場合でも、株価の下落により直接バランスシートにマイナスの影響を及ぼすようになっている。

第3に、減損会計(2005年度にも導入される可能性)を先取りして、バランスシート健全化を企図した固定資産の評価損を計上する企業もあった。また、2002年3月期までを期限とする土地再評価法を用いて、事業用土地の再評価を行い、バランスシート上で含み損と含み益を表面化させる動きもみられた。

経常利益が大幅な減益となった上に、多額の特別損失が計上されたため、上場企業の当期利益段階では、赤字決算となり、90年代以降でも最も厳しいものとなった。このような大幅なリストラを伴う厳しい企業業績は、企業の設備投資行動を抑制し、雇用や賃金にもマイナスの影響を与えた。ただし、リストラの進展は、そもそも将来的な収益力向上に資することを忘れるべきではない。

(2)テンポが速かった生産調整

アメリカの景気が減速をはじめ、輸出が減少するとともに、鉱工業の出荷は急速に減少した。出荷の動向をみると、2001年1-3月期から同10-12月期まで前期比で3%台の減少を続け、2001年度の前年度比は9.7%減となった。このため、在庫も2000年度後半以降に積み上がり、経済は、在庫調整局面に入った。鉱工業生産は2000年8月をピークに減少をはじめ、2001年を通じて減少基調を続けた。

今回の生産の減少局面を過去と比べると、生産調整のテンポが、急速かつ大幅であった。詳しくみると、2001年度の生産の減少幅は前年度比10.2%減となり、53年の統計開始以来最大の減少率となっている。また、2001年11月には生産のボトムを付けているが、このときの水準は、87年11月(90.1)以来の水準となっている。この結果、生産能力は削減されたものの、稼働率は11月に87.2となり、統計開始以来の最低の水準となった。

生産調整は、IT関連部門に集中しており、IT関連以外の部門の減少は相対的に小幅にとどまった(31)。生産の減少を業種別にみると、アメリカ経済の減速により世界的なIT需要が冷え込み、輸出の減少が大幅であったIT関連部門の減少が顕著であった(第1-2-4図)。一方、IT関連以外の製造業は、減少傾向を続けたものの、IT関連の製造業に比べ落ち込みは小幅にとどまった(32)

大幅な生産調整の結果、在庫調整の進展も比較的速かった。IT関連を中心とする大幅な生産調整の結果、在庫は2001年5月をピークに減少局面に入った。2001年度末には、在庫残高は、前年度末比で7.9%減となった。在庫循環図をみると(第1-2-5図)、2001年1-3月期に45度線を越えて在庫積み上がり局面に入った在庫循環は、前回の循環図に比べ在庫の増加が抑えられるなかで在庫調整局面を経過し、2002年1-3月期にはおおむね45度線に到達し、4-6月期には大きく45度線を超えるに至っている(33)。在庫循環図でみる限り、在庫調整局面は終了したと判断される。また、日銀短観の在庫判断D.I.をみても(第1-2-6図)、2002年に入って、比較的早く在庫過剰感が減少してきており、在庫調整の進展が確認できる。

コラム1-1

地域別景気動向に影響を与えた鉱工業生産の動き

各地域の景況を内閣府「地域経済動向」でみると、2001年中は全国的に悪化傾向がみられたが、2002年入り後、徐々に上方修正され、夏頃には持ち直しの動きが広がりつつある。景況判断の上方修正の主な要因は、全国同様各地域における生産の持ち直しにある。

地域別の生産動向をみると、(i)今回の減少局面(2000年10-12月→2001年10-12月)では前回局面(97年7-9月→98年10-12月)に比べ、全体の減少率が大幅となった上に、地域別のかい離が大きくなっていること、(ii)総じて今回の減少局面で落ち込みが大きかった地域ほどその後の持ち直し幅も今のところ大きくなっていることが特徴である。具体的には、前回減少した局面の地域ごとの減少率が-6.1%から-13.0%にとどまったのに対し、今回は-6.6%から-22.4%と広がっており、また、減少率の大きかった東北、北陸、九州といった地域では、持ち直し局面における生産の増加率は、平均よりも大きくなっている。

こうした特徴の背景には、今回の局面において、全国の生産における落ち込みとその後の持ち直しが急になっており、特にIT関連を中心とする電気機械の寄与が大きくなっていることがあると考えられる。すなわち、電気機械のウェイトが大きい東北、九州と、電気機械の生産の変動率が大きい北陸において、生産全体の変動率は大きくなっている。なお、沖縄については、電気機械を含む機械のウェイトが小さく、生産の減少率が小さかったが、金属製品などの寄与からその後の増加率は大きくなっている。

生産持ち直しの影響から、有効求人倍率が徐々に上向いている地域がみられるなど、生産からの波及効果がみられ始めている。今後、全国同様各地域においても、生産持ち直しの動きが、景気全体の持ち直しにつながっていくことが期待される(注)。

地域別生産動向

(注)各地域の詳細な経済動向については、内閣府「地域経済動向」、「地域経済レポート」を参照。

(3)バランスシート調整

企業部門は、バブル崩壊後、過剰債務問題を抱えてきた。企業部門、特に不動産、建設、卸小売といった3業種においては、バブル期において、多額の借入等負債によって資金調達を行い、土地を購入した。しかし、その後、地価を始めとする資産価格の大幅な下落によって、資産価値は減少を続けた。これに対して、負債の価値は基本的に名目値で固定されているため、バランスシートの正味資産価値が毀損されることになった。しかも、一般物価の下落が続いていることから、実質の債務負担が重くなっている。企業部門は、バランスシートを改善するための調整が必要とされている。

この点を業種別にみたのが第1-2-7図である。ここでは債務額を、返済能力を表す付加価値額に対する比率でみている。これによると、製造業においては、もともと債務比率の上昇幅は小さく、現在の水準も特に高いというわけではない。一方、非製造業においては、不動産、建設、卸小売の3業種の債務比率は、バブル期からバブル崩壊後の90年代後半まで上昇を続けた後、最近はやや減少傾向にはあるものの、なおかなり高い水準にある。3業種を除く非製造業においては、債務比率がバブル期前に比べ、やや高いが、3業種に比べると低くなっている。

また、固定資産を時価評価した上で、自己資本比率を求めてみると、3業種の比率は、資産価格の下落が進行するなかで、大きく低下していることが分かる(第1-2-8図)。3業種におけるバランスシート調整の圧力は依然として大きい。また、規模別には、中小非製造業において、実質バランスシートの改善が遅れていることがみてとれる。

企業の過剰債務問題、バランスシート調整圧力は、設備投資抑制等を通じて、景気に対してまだしばらく下押し圧力として作用し続けるであろう。

(4)資本ストック調整

景気の悪化に伴って、企業は設備投資の調整も開始した。2001年度には、設備投資は大幅な減少を示すことになった。ここでは、資本ストック調整の要因を製造業と非製造業に分けて検討することにしよう。

 製造業は大幅な減少

まず製造業についてみてみよう。製造業における設備投資の動向を考えるにあたっては、収益の動向の他に、(i)遊休設備能力の大きさ、(ii)業界需要の期待成長率の高さが重要である。2001年度は、いずれも製造業の設備投資を大きく減少させる要因となった。

(i)遊休設備能力の大きさ

遊休生産設備があると、それを稼動させることが優先され、設備投資意欲は小さくなると考えられる。そこで、どれだけ遊休生産能力があるかを示す指標として稼働率の動向をみると、売上が減少し、在庫の積み上がりから生産調整に入るなかで、設備の稼働率も低下した(第1-2-9図)。特にIT関連の大幅な生産調整を背景に電気機械においては稼働率が大幅に低下した。2002年入り後は、生産が下げ止まりから持ち直しに転じているため、稼働率は幾分上昇しているが、水準は低い。

日銀短観により企業の設備過剰感をみると、99年4-6月期以降2000年末まで低下が続いたが、2001年3月調査以降製造業を中心に悪化した。ここでも、電気機械における設備過剰感の上昇が目立っている(第1-2-10図)。2002年に入って過剰感は低下傾向にあるが、なおかなりの過剰超となっている。

(ii)業界需要の期待成長率の高さ

次に企業が期待する将来の需要成長率をみると、バブル崩壊後低下傾向にあり、最近さらに低下している。内閣府「企業行動に関するアンケート調査(2002年1月調査)」によれば、製造業に属する企業の業界需要の実質成長率見通し(製造業、今後5年間)は、90年前後で4%程度あったが、90年代前半から低下傾向をたどり、99年に1.4%まで低下した。2001年にかけて1.7%までやや高まったが、2002年には1.1%まで低下した。業種別にみても、大方の業種で、今後、低成長ないしマイナスの成長を見込んでいる。

この結果、企業は将来の需要の成長見通しに見合うよう資本ストックの伸びを調整することになった。この点を製造業における資本ストック循環図で確認しよう(第1-2-11図上図)。2000年1-3月期に始まったストック積み上げ期間はわずか1年半(~2001年4-6月期)で終了し、2001年7-9月期にストック調整局面入りした。

短期間でストック調整局面入りした理由を期待成長率との関係でみるため、設備投資増加率を縦軸に、「設備投資/資本ストック」比率を横軸にとった曲線をみてみよう(第1-2-11図下図)。この図では、期待成長率の水準に対応した双曲線が描け(34)、左方にあればあるほど低い期待成長率に対応している。90年代後半以降、企業の期待成長率はゼロ%前後の低い水準が続いており、2000年から2001年にかけても期待成長率の高まりがほとんどみられないまま、短期間で調整局面入りしてしまったことがみてとれる。他方、同時期のストックの伸び率が低位にとどまっており、現状の調整圧力はそれ程強くないと考えることもできる。期待成長率の一段の落ち込みがなければ、短期間で調整を終えることができるとみられるが、先行き期待成長率が低下した状態のままでは、今後の設備投資の回復力は前回の景気回復期よりもさらに弱いものになると考えられる。

なお、生産能力指数でみると(第1-2-12図)、電気機械では設備投資の増加を受けて99~2000年にかけて上昇した後、やや低下している。輸送機械では、積極的に生産拠点の集約化を進めており、生産能力指数は大きく低下している。この結果、製造業の生産能力は大幅に低下している。これは、設備の廃棄が大幅に行われていることを示しており、ストック調整を早める効果がある。

 非製造業の投資停滞は続く

次に非製造業における設備投資についてみてみよう。非製造業の設備投資も、前述のとおり収益が悪化する中で、低迷状態が続いている。しかし、2001年については、非製造業の設備投資は、IT関連の減少が著しい製造業に比べ、減少幅は小幅であった。

非製造業については、製造業のような資本ストック循環が明確にはみられない。日銀短観の設備判断D.I.をみても、製造業に比べて非製造業における設備過剰感の変動幅は小さくなっている(35)(前掲第1-2-10図)。これは循環要因以外の要因の影響も大きいからである。2001年度をみても、(i)個人消費が弱いことを受けて個人向けサービス業や小売業で減少していること、(ii)電力業では電力の卸・小売販売の自由化のために減少していること、(iii)通信業では移動体通信の分野で増加しているものの、規制改革による電話料金の低下や携帯電話への需要代替に伴って固定電話の分野で減少していること、(iv)小売業では大店法廃止前後にみられた投資の増加の反動もあって減少していること、等といった事情があった。

また、3業種(不動産、建設、卸小売)等においてバランスシート調整が遅れていることは、設備投資の増加に対する制約要因になっていると考えられる。なぜなら債務返済が優先されて設備投資が先送りされることになるし、担保価値の低下によって銀行からの融資を含めた資金調達を困難にするからである。その点を確認するために時価ベースの土地資産を債務で割った比率を説明変数に入れて設備投資関数を推計すると(付注1-5)、中小企業や非製造業大企業において特に設備投資を抑制していることが示される。また、日銀短観の貸出態度判断D.I.が中小企業や非製造業で厳しくなっているのは、担保価値の低下やバランスシートの悪化といった事情も反映していると考えられる。

(5)雇用・賃金調整の強まり

今回の景気後退局面において、企業は人件費を抑制するために賃金と雇用の両面で厳しい調整を行った。その特徴をあらかじめ整理しておくと、(i)賃金面ではボーナスや残業手当を中心に減少がみられたこと、(ii)雇用の削減は製造業や大企業において大幅に行われ、これを反映して非自発的失業者を中心に失業者が増加したこと、(iii)パート化が進展し、賃金の抑制や雇用の柔軟性を高めたことである。

 賃金は減少

まず賃金面での調整についてみよう。一人当たり賃金の動向をみると、2001年度においては大幅な調整が行われた98年度並みの低下幅となっている。現金給与総額(ボーナス、残業代等を含む一人当たり税引前給与の合計額、名目)の前年比でみると、98年度1.7%減、99年度0.8%減と、2年続けて減少が続いた後、2000年度は0.5%増と増加に転じたが、2001年度は再び1.6%減となった(36)。物価変動分を除いた実質ベースでみても、2000年度は1.2%増、2001年度は0.3%減となった。

賃金の抑制方法としては、(i)特別給与(ボーナス等)の削減、(ii)所定外給与(残業手当等)の抑制、(iii)所定内給与の抑制、(iv)パートや日雇いの活用、が挙げられる。現金給与総額の変動要因をみると(第1-2-13図)、2001年度はボーナスの減少分が最も大きい。企業にとって、収益状況に連動させてボーナスを削減することが賃金調整の最も重要な手段になっていることが分かる。また、残業手当の減少も寄与している。これは生産が減少していることに伴って自動的に調整ができることを反映している。さらに、これまではあまり変化がみられなかった所定内給与も減少している。この背景には、ベアが抑制されている他、就業形態の変化が賃金水準に影響を及ぼしていることが考えられる。

就業形態については、近年、パート化現象がみられる。雇用者数全体が減少するなかで、常用雇用の減少幅が拡大する一方、パートや日雇いの雇用者が増加を続けているという現象である。これは、企業にとって雇用の柔軟性が高まるとともに、人件費を抑制できるというメリットがある。賃金変化の要因分解をみると(付注1-6)、一般労働者が減少し、パートが増加するという雇用者数変化要因による平均賃金押し下げ効果が、一般労働者とパートのそれぞれにおける賃金変化による引き下げ効果とほぼ同程度のものとなっている。

賃金の動向を業種別にみると、建設業、製造業、卸小売業、サービス業などで平均賃金が低下している(前掲付注1-6)。最近の雇用者数が増加しているサービス業でパートの比率が高くなっているほか、製造業や、卸小売業といった業種では一般労働者を中心に人員削減を進めていることが平均賃金下落率を大きくしている。また、規模別には、相対的に賃金の高い大企業がマイナスに寄与していると考えられる。大手ITメーカーなどの大手企業による雇用調整が大きいことも平均賃金を押し下げているとみられる(37)(38)

以上、一人当たり賃金が減少していることを確認した。賃金は、雇用者の所得について分析するためには重要な指標である。しかし、企業にとっての費用という観点からみるためには、労働生産性との関係でみる必要がある。一人当たり賃金が減少していても、一人当たりの実質生産量(労働生産性)の減少が大きければ、実質生産量当たりの賃金コスト(ユニット・レーバー・コスト)は上昇してしまうからである。産業全体におけるユニット・レーバー・コストの動向をみるために、名目雇用者報酬を実質国内総生産で除したものを求めてみると、減少を続けている(第1-2-14図)。ただし、製造業だけをみると、2001年を通じてユニット・レーバー・コストは上昇した。景気後退局面においては生産が減少するので、ユニット・レーバー・コストが上昇する傾向は確かにあるが、今回の景気後退局面にあっては、製造業においてその上昇が著しいことが特徴である。製造業で、大幅な生産減少による労働生産性低下を背景にユニット・レーバー・コストが上昇したことは、雇用者数を削減する動きを大きくしたと考えられる。

次に雇用面での調整についてみてみよう。

 雇用者数は減少

雇用者数をみると、季節調整済み前期比で2001年入り後減少に転じ、7-9月期及び10-12月期には特に大幅な減少となった。業種別にみると、サービス業の雇用者数は比較的堅調な伸びを続けているが、製造業や建設業での減少が目立つ。規模別には大企業の雇用削減幅が大きい。新規求人数をみても、製造業と建設業の減少寄与が大きい(第1-2-15図)。人員削減を内容としたリストラが、需要の大きく落ち込んだ製造業や建設業において特に大幅に行われたことが分かる(39)。また、製造業の場合、ユニット・レーバー・コストが上昇したことも大きく影響したと考えられる。

2002年入り後は、生産が下げ止まりから持ち直しに転じているなかで、製造業大企業を中心に雇用調整が比較的早く進んだため、日銀短観でみて製造業の雇用過剰感が大企業を中心にこれまでより早く改善し始めている(第1-2-16図)。

 失業率は5%台に上昇

雇用面での調整が進展するに伴い、失業率は急上昇した(第1-2-17図)。98年以降4%台後半で推移してきた失業率は、2001年7月に5%台に乗せた後も上昇を続け、2001年12月には5.5%の既往最高を記録した。2002年入り後は、5%台の高水準で推移している。

失業率の上昇は、人員削減を中心としてリストラが強化されたことの影響が大きい。失業者増加の内容をみても、2001年前半は自発的離職者が非自発的離職者を上回っていたが、2001年後半以降非自発的離職者が大幅に増加し、2001年11月には非自発的離職者が自発的離職者を上回るに至っている。年齢別でみても、自発的離職者が大宗を占めていた時期には若年層が中心であったが、非自発的離職者が多くなると中高年層にまで拡大している。

失業率の動きを構造的失業率と循環的失業率にわけてみると(前掲第1-2-17図(40)、循環的失業率が上昇したばかりでなく、構造的失業率も上昇していることが分かる。

循環的失業率は、99年4-6月に1.2%といったんピークをつけた後、景気回復を背景に2000年にかけて減少傾向をたどったものの、景気の悪化を受けて再び2001年1-3月の0.9%から2001年10-12月は1.3%まで上昇した。

一方、構造的失業率は、90年代後半以降一段と上昇した後、2001年にかけても上昇を続けており、2001年10-12月で4.1%となった。構造的失業率の上昇は、景気が好転しても雇用されない失業者の増加に対応している。その理由としては、求人と求職の間に職種や技能の面でミスマッチが拡大していることが挙げられる(41)。特にこのような現象が顕著なのは、サービス業や専門性の高い分野である。

2002年入り後の失業率は、前述のような雇用調整の進展を背景に上昇は一服している。しかし、失業率の8割方が構造的なものとなっており、雇用のミスマッチが縮小し、構造的な失業率が減少していくには時間を要すると考えられることから、失業率はしばらく高止まりする可能性が高いと考えられる。

2 銀行部門における動向

(1)銀行の不良債権・収益・経営体力の動向

我が国の銀行部門は、バブル崩壊後、深刻な不良債権問題を抱えるに至っており、その結果、十分な金融仲介機能を果たせないでいる。我が国の不良債権問題の特徴としては、(i)新規の不良債権の発生が続き、不良債権残高が増加していること、(ii)不良債権処理が銀行の収益を大きく圧迫していること、(iii)不良債権が、不動産、建設、卸小売などの特定の産業に集中していること、が挙げられる(42)。こうしたことは、金融仲介機能の低下等による実体経済の押し下げを通じてデフレをもたらす要因ともなった。

他方、資産価格デフレは、銀行経営を大きく圧迫する要因となっている。すなわち、(i)地価を中心とする資産価格デフレによって貸出先の資産内容が悪化したうえ、長期の景気低迷などから貸出先の業績も悪化し、銀行の不良債権の増大や貸出資産内容の劣化がもたらされている(43)。また、(ii)資産価格デフレ(主要行においては特に株価)が銀行自身の資産価値を縮小させている。国民経済計算によって、民間金融機関のバランスシート(時価ベース)をみても、貸出資産の不良化に伴う損失や地価・株価下落等に伴い、総資産負債比率は上昇を続けている(第1-2-18図)。

2001年から2002年にかけて、銀行における経営統合等再編の動き(44)や積極的な不良債権処理のスタンス等がみられるが、借手企業の業績悪化に加え、地価の下落による担保価値下落が続いたことから、不良債権問題は、引き続き銀行経営に厳しい状況を強いている。

 不良債権残高及び不良債権処理費は増大

全国銀行の不良債権(リスク管理債権)の推移をみると、毎年多額の処理を行っているが、多額の新規発生も続いている。そのため、不良債権残高もバブル崩壊後増加傾向を続けている。2002年3月期でみると、42.0兆円と一段と増加し、既往最高となった(第1-2-19図)。金融再生法開示債権(45)でみても、43.2兆円と大幅に増加している。また、不良債権比率(リスク管理債権/貸出金)も、8.9%にまで上昇した。不良債権残高の増大は、不良債権の最終処理額以上である多額の新規発生を意味している(46)

2002年3月期の不良債権の増加は、景気悪化などによる貸出先の業績悪化に加えて、特別検査の実施(2001年秋~2002年春)を踏まえて市場のシグナルをタイムリーに反映した資産査定が進んだことや、貸出条件緩和債権の判定基準の厳格化による要管理債権が増加したことによる。特別検査は、政府として、主要行に対し、株価や外部格付などに著しい変化が生じている等の大口債務者について、適正な債務者区分及び償却・引当の確保を図るなど、金融システム強化のための施策を進めるものであった。この結果、多くの債務者が破綻懸念先などと区分された。具体的には、検証した債務者数149先、与信額12.9兆円に対して、債務者区分が下がった債務者数71先、与信額7.5兆円、うち破綻懸念先とされた債務者数34先、与信額3.7兆円に上った。

貸出資産の不良債権化に伴って、2002年3月期は多額の不良債権処理費が発生した。全国銀行の2002年3月期決算によると、不良債権処理費は、特別検査を受けた償却・引当増もあって9.7兆円にのぼり、本業の収益である業務純益(不良債権処理費用(47)は除く)の5.9兆円を大幅に超えるものであった(48)

 株価下落もあって収益が悪化、経営体力も低下

以上のような不良債権処理費の負担に加え、株価が下落していることもあって、銀行の収益は悪化している。2002年3月期も、不良債権処理費に加え、株価下落による株式の償却及び売却損が多額にのぼったこともあって、全国銀行の当期利益は4.9兆円の大幅な赤字となった(49)

このような収益悪化や、株式含み益が株価の下落や益出しによって減少していることもあって、銀行の経営体力は低下している。主要行で経営体力(自己資本及び含み益の合計)の推移をみると、バブル崩壊以降低下傾向をたどった後、99年3月期には公的資本注入によりかなり資本を回復させたが、その後は低下している(第1-2-20図)。2002年3月期の自己資本比率も、主要行平均で10.8%となっているが、公的資金が含まれるほか、税効果会計に伴う繰延税金資産も大きな割合を占めている。

 銀行の金融仲介機能の低下(50)

銀行の融資姿勢は、低リスクの貸出先に対しては積極的であるが、不良債権の処理に追われていることもあって、他の融資先については、引き続き総じて慎重な姿勢にある。

日銀短観によると、中小企業を中心に貸出態度は依然厳しい。これは、企業の財務内容の悪化や金融機関によるリスクに応じた金利水準の設定の動きを反映した面も考えられるが、多額の不良債権処理などにより収益が圧迫されている金融機関の金融仲介機能が低下していることを反映している面もあるといえよう。低リスクの貸出先に対する融資競争は、企業の資金需要の低迷のみならず銀行のリスクテイク能力の低下が反映している面もあるといえる。また、金融機関の資金供給が生産性の低い分野に滞留しており(51)、生産性・成長性の高い分野への資金供給を通じて経済全体の成長率を高めていく役割を十分果たせていない。さらに、景気の低迷が続いているとはいえ、多額の不良債権の新規発生等から、不良債権処理費が当初見通しを大幅に上回る状態が続いている状況では(第1-2-21図)、銀行への市場の見方は厳しくならざるを得ず(52)、顧客等の信頼を勝ち得ているとは言い難い。自己資本は、現行の基準を上回っているが、税効果会計による部分については、近い将来の収益獲得を前提としたものであり、さらなる収益の悪化は自己資本を一層低下させる懸念がある。

こうした状況を脱却するためには、銀行を始め金融機関は、企業再生に向けた取組を促進し、良い事業と清算すべき事業を見極めるとともに、不良債権の迅速な処理を行い(53)、できるだけ早く収益力を回復、向上させることが重要である。最近の相次ぐ企業の経営破綻に加え、企業の再建計画の策定は、企業、銀行双方にとって、損失拡大を抑え、将来の収益力を高めるものとなれば、将来の過剰債務・不良債権の減少と経済全体の生産性向上に資するものとなる。そのために、RCC(整理回収機構)などへの債権売却等政府が取り組んできた不良債権処理の枠組み等が活用される必要がある(54)。また、銀行としては、不良債権の早期の抜本的な処理と同時に、将来性のある企業への実需掘り起こしとリスクに見合った金利設定などにより、成長性の高い分野への貸出ウェイトを高めていくことが期待される。

なお、最近の海外における成功事例として、韓国での迅速な不良債権処理と景気V字回復の経験をコラム1-2で紹介する。

コラム1-2

韓国における不良債権処理について

韓国では、アジア通貨危機を受け、98年に為替レートが5割減価、失業率が2.6%から6.8%に上昇、経済成長率が-6.7%となるなど深刻な不況を経験し、危機への対応策として様々な構造改革が実施された。

金融部門では、(i)金融機関の再編、(ii)韓国資産管理公社(KAMCO)による不良債権の集中的な買い取りと市場での迅速な処理、これらを進めるための(iii)公的資金投入、が行われた。具体的な内容は以下の通り(1)。

(i)金融機関の再編

金融機関の数は97年末から2001年6月末にかけて減少(銀行数33→22)(2)。また、2001年3月時点で存在している一般銀行17行中、筆頭株主が外資である銀行は5行、政府・預金保険公社である銀行は4行となった。

(ii)不良債権の処理

韓国資産管理公社(KAMCO)による積極的な不良債権買い取り、売却が行われている(2001年12月現在)。買入価格ベースで約39兆ウォン、簿価ベースで約101兆ウォンの不良債権買い入れを実施。買入価格ベースで約24.2兆ウォン,簿価ベースで約58.5兆ウォンの不良債権を処理し、約2.7兆ウォンの売却益を獲得。そのうち約8割を競売、ABS発行などの市中売却により処理している。

(iii)公的資金の投入

公的資金の投入額は2001年12月までの累計で155.3兆ウォン。うち金融機関への出資60.2兆ウォン、不良債権買い入れに対するもの38.7兆ウォンなど。

これら金融部門の構造改革が進むなかで、銀行部門の貸出残高伸び率は増加基調(2001年9月末、年率換算で約3.6%増)、不良債権比率は減少基調(同、約5%)となっている。

こうした金融面での対応に加え、企業・財閥、金融、労働市場及び公共部門の改革を柱とする構造改革が進められた。なお、企業部門では、財閥の合理化に加え、ベンチャー企業における支援政策などの奏功により創業社数が大幅に増加していることも注目される(3)。また、財政黒字、高い貯蓄率、過剰設備を有していた輸出部門が対外環境条件の改善により収益を好転させたことなどマクロ経済の要因もあり、99年、2000年の実質経済成長率は10.9%、8.8%、失業率は6.3%、4.1%とV字型の経済成長を成し遂げている。

コラム1-2図

(1) 韓国のGDPは約517兆ウォン、日本のGDPは約501兆円であるため、対GDP比ではウォン表示をそのまま我が国の円ベースで読み替えると感覚的に妥当。因みに、為替レートは約10ウォン=1円。

(2) 2001年12月には、合併により20行となっている。

(3) 中小企業総合事業団(2001)参照。

3 家計部門における対応

企業部門において雇用・賃金調整が進行するということは、家計にとっては厳しい環境であることを意味する。このような中で、家計は、個人消費の水準を引き下げるとともに、住宅建設についても慎重となった。ここでは、家計がどのような対応をしたかについてみてみよう。

(1)消費は引き続き低迷

個人消費は国内総支出の6割弱を占める重要な需要項目である。その動向が経済全体の動向を大きく左右する。

個人消費の動向を把握するための統計として代表的なのは、需要側の統計である家計調査と、供給側の統計である商業販売統計の小売業販売額である(55)。家計調査の実質消費支出によれば、2001年1-3月期から4-6月期にかけて大幅に減少した後、7-9月期は若干の減少となった(第1-2-22図)。小売業販売額も、同期間中は減少を続けた。個人消費は、2001年4-6月期に減少した後、2001年7-9期までは弱含みで推移したといえる。

これに対して、2001年10-12月以降は、家計調査の実質消費支出は持ち直しを示しているのに対して、小売業販売額は引き続き減少しており、両指標の間にかい離がみられる。このことは、個人消費の基調についての判断を難しくしているが、家計調査については、この時期強めの値が示されていた可能性を考慮すると、個人消費は全体として、横ばいの範囲内で推移しているものと考えられる(コラム1-3参照)。

2001年中、個人消費が総じて低迷を続けた要因としては、(i)家計の可処分所得が減少していること、(ii)住宅ローン等の支払い負担が増加していること、(iii)消費者マインドも悪化していること、(iv)株価下落により株式保有額が減少していること、が考えられる。また、2002年入り後は、一部に底固さもみられたが、これは、消費者マインドがやや改善したためと考えられる。これらの要因について順次みていこう。

 消費低迷の背景

まず、家計の可処分所得についてみてみよう。前述のように企業が賃金と雇用の両面で調整を進めていることは、雇用者報酬が減少することを意味している。国民経済計算における名目雇用者報酬は、2001年度に1.5%減となっている。また、実質雇用者報酬でみても、2001年度に前年度比0.6%増と微増にとどまっている。家計の可処分所得は、雇用者報酬に税、財産所得、年金等(56)の影響を加味したものであり、近年は、雇用者報酬以外の影響も大きくなっているものの、基本的な動向は雇用者報酬によって決まると考えられる(第1-2-23図(57)

次に、住宅ローンの影響をみると、家計の支払い負担は増加している。家計調査によれば、勤労者世帯に占める住宅ローン返済世帯の割合は約3分の1を占めるまでとなっており、住宅ローン返済世帯では、その返済額の可処分所得に占める割合も2割程度まで上昇してきている(58)第1-2-24図)。

さらに、消費者マインドの動向をみてみよう。多くの家計は現在の所得だけでなく、将来の所得がどうなるかも考えながら、現在の消費を行っている。したがって、現在の所得に変化がなくとも、将来所得の予想が変化すれば、現在の消費にも影響を及ぼす。2001年中は、将来不安が消費を抑制する方向に働いていたと考えられる。消費者マインドをみるための指標として、内閣府の「消費動向調査」による消費者態度指数をみてみよう。消費者態度指数は、収入の増え方や雇用環境等が今後半年間に今よりも良くなるか否かを聞いたものである(第1-2-25図)。これによると、97年央以降の景気後退局面においては、雇用環境の先行き見通しが急速に悪化して家計の将来不安が増し、収入の先行き見通しも後退して、家計の消費を下押しした。その後、雇用環境や収入の見通しは98年央~末頃から2000年秋にかけて持ち直したものの、2001年中は再び急速に悪化した。消費者マインドの悪化は消費低迷の一因になったと考えられる。

コラム1-3

家計調査と商業販売統計のかい離について

2001年10-12月以降、家計調査(実質消費支出)は持ち直しを示している一方で、商業販売統計(小売業販売額)は減少を続け、2002年1-3月期に漸く底入れの兆しをみせたところである。両者のかい離は、前者が反映していない世帯数の伸び等を調整した消費総合指数と、消費者物価指数(財)で調整した小売業販売額(実質)とを比較しても、依然として存在する。このかい離については、次のような要因が可能性として考えられる。

第1に、家計調査の収入動向と毎月勤労統計調査の賃金動向との違いが考えられる。家計調査の収入の伸びをみると、世帯主の定期収入と配偶者の収入はともに、毎月勤労統計でみた賃金動向よりも2001年夏頃までは低くなっていたが、秋以降は高めに推移していることがわかる。したがって、家計調査の調査結果は、2001年夏頃までと比べて相対的に所得の伸びが高い家計の消費動向が反映されているため強めの値が示されたものと考えられる。

第2に、商業販売統計はその調査対象に、家計調査では捉えているサービス(外食、旅行等)の売上を含んでおらず、消費財の売上の推移と比較してサービスの売上が相対的に高く推移していれば、家計調査とのかい離の説明要因となり得る。しかし、この時期の家計調査においては、サービス支出は強い値を示していない。

第3に、商業販売統計においては法人需要と個人需要が区別されていないということも考えられる。収益構造の見直しにより企業体力の強化を図る企業部門が、徹底したコスト削減活動を遂行するなかで支出を抑えているため、家計部門の消費支出に持ち直しの動きがあったとしても、それが小売業販売額の動向には現れてこないという可能性があると考えられる。

家計収入の推移

注:消費総合指数の作成方法:総務省「家計調査」から、「仕送り金」、「修繕費」や、振れが大きい高額消費である「自動車等購入」などを除外した後、世帯数を乗ずるなどしてマクロの消費ベースにする。これに、自動車、家賃、医療費について別途供給側の統計を用いて計算したものを加える。詳細は、ディスカッションペーパーを参照。

また、日本銀行「生活意識に関するアンケート調査(2002年3月調査、半期調査)」によると、消費が1年前と比べ「少なくなった」と答えた家計は約4割に達するが、その理由として、「将来の仕事や収入に不安があるから」を挙げる人が多くなっており、仕事や所得についての将来不安の増大が、現在の消費を抑制している可能性を示唆している。さらに、将来の年金等社会保険給付の引き下げや税、社会保障負担引き上げへの不安から、消費を減らしているとする人も多い。

しかし、2002年入り後は、消費者マインドに改善の動きがみられる。先にみた消費者態度指数も、景気の底入れを背景に、幾分改善の動きをみせている。

また、消費者マインドについて供給側に従事する人々が得た感触を表している内閣府の「景気ウォッチャー調査」の景気の現状判断D.I.(家計動向関連)でみてみよう。3か月前と比較して景気の現状が良くなっているか否かを聞いたものであるが、これによると、2000年3月の53.3をピークに低下を続け2001年10月に29.0を記録し、その後やや持ちなおしたものの2002年2月まで40を下回る低水準で推移した。その後、依然として横ばいを示す50を下回っているものの、2002年春頃は大幅に持ち直す動きを見せている。

最後に、株価下落が家計の金融資産に与えた影響を日本銀行「資金循環統計」でみてみよう。99年中の家計の純金融資産額は92.5兆円増加(933兆円→1,025兆円)したが、そのうち42.4兆円が株式の評価額上昇によるものであった。2000年、2001年については一転して、株価下落からそれぞれ14.2兆円、10.1兆円の株式評価額減が発生したこともあって、純金融資産額全体はほぼ横ばいとなった。

以上のことを総合すると、家計可処分所得が減少したことや、将来の雇用や収入に関する不安が、消費低迷の基本的な要因となっていたと考えられる(59)。 また、2002年入り後は、厳しい雇用・所得情勢が続いているため、個人消費の低迷基調は脱していないが、消費者マインドがやや改善していることから、一部に底固さもみられる。

 一部にみられる下支え要因

消費全体が低迷基調を続けるなかで、一部に下支え要因も見られる。

第1に、世帯数の増加が挙げられる。世帯数(住民基本台帳ベース)は、2001年度で前年比1.3%増加した。世帯数の増加は、住宅着工(なかでも貸家着工、住宅建設の項参照)のほか、住居関連費などの消費水準も下支えしていると考えられる。

第2に、高齢者の個人消費が堅調な動きを示していることである。60歳以上の高齢無職世帯の消費性向は、上昇傾向を辿っている(第1-2-26図)。また、高齢者世帯は全世帯に占めるウェイトがかなり上昇してきており、消費全体に与える影響も強まってきていると考えられる。高齢者の個人消費が底固いのは、(ii)ローン負担や将来不安等が比較的小さいこと、(i)消費者物価下落が続く中で、名目の年金給付額は維持され、実質可処分所得が下支えされていること(60)、が寄与していると考えられる(61)

第3に、個人消費のなかでもサービス消費の一部が堅調に推移していると考えられることである。サービス消費の動向について、国民経済計算でみると、2000年度までは増加傾向にあることがわかる。最近の動きについては、全体を包括した統計は存在しないが、サービス業の就業者数の動向をみると、サービス業のうち対家計サービスに相当する業種(サービス業から対企業サービスに相当するソフトウェアや労働者派遣等事業所向けを除いたもの)は、2001年中は一段と増加していることが分かる(62)第1-2-27図)。内訳をみると、専門サービス業(医療業等を含む)、対個人サービス業、娯楽業、その他サービス業(社会福祉等を含む)のいずれにおいても2001年は前年を上回った。さらに細分化してみることが可能な2002年入り後についてみても、医療や社会福祉が全体の増加にかなり寄与していることがみてとれる。医療や社会福祉については、介護保険の定着や規制緩和の効果もあったとみられる(63)

この他にも、2002年入り後は、基礎的な支出が底固い動きを示している。家計調査では、2002年初以降、選択的な支出が引き続き総じて前年を下回っている一方で、食料品を中心とした基礎的な支出が前年を上回って推移している。

このような特定分野における底固さは、個人消費が全体として低迷するなかで、一定の下支え効果を有したものと考えられる。

(2)住宅建設は横ばい

雇用・所得環境が厳しいなかで、家計は住宅建設にも慎重な行動をとった。新設住宅着工戸数(年率換算)の中期的な推移をみると、96年に160万戸を上回った後、97年に139万戸、98年に120万戸と大きく減少し、99~2000年は120万戸強となった。2001年に入ってからは、1-3月期に117万戸に減少した後、おおむね115~120万戸の範囲内で、横ばいで推移してきた(第1-2-28図)。利用関係別に見ると、持家系(持家と分譲住宅の合計)、貸家系(貸家と給与住宅の合計)とも、96年に比べ大きく減少している。2001年以降についてみると、貸家系はやや持ち直しているのに対し、持家系は減少している。持家系のうち、分譲住宅はおおむね横ばいとなっているのに対し、持家の減少が目立つ。

住宅建設に対する潜在的な需要は、根強いものがあるものと考えられる。にもかかわらず、家計が住宅建設に慎重な態度をとるようになったのは、将来に対する雇用不安の高まりが大きいと考えられる。

 ストック調整は進展

まず住宅建設に対する潜在的な需要についてみてみよう。住宅建設は、必要とされる住宅ストックの影響を大きく受け、中長期的には、世帯数に対応して形成されると考えることができる。そこで、世帯数の動向についてみてみると、出生率の低下から人口の伸びも減少してきているが、一世帯当たり人員の減少から、世帯数は底固く推移している(第1-2-29図)。国勢調査で95~2000年にかけてどのような世帯が増加しているかを見ると、世帯主の年齢別には、第2次ベビーブーマーと高齢者世代の世帯数が伸びており、中でも単身世帯数の増加寄与が大きい。こうした傾向はしばらく続くと考えられることから、当面、世帯数は比較的底固く推移するとみられる。

ただし、常に世帯数と住宅ストックが比例して推移しているわけではない。実際、住宅ストック戸数と世帯数の差である空室数を住宅ストック戸数で除した空室率でみると、長期的に上昇トレンドを持ちながら、トレンドを上回る空室率の上昇がみられるとその後に住宅着工が抑制されるという関係(ストック調整)が働いてきた(第1-2-30図)。最近の動向をみると、消費税率引き上げ前の駆け込み着工などから96年度にかけて住宅ストックが積み上がったが、その後の住宅着工戸数の減少を受けて、ストック調整が進展していることがうかがわれる(64)

 持家取得能力は高いが、先行き不安が下押し要因

住宅のストック調整が進展していることから、潜在的には住宅着工が回復してもおかしくはない(65)。それが実際に顕在化するか否かは、(i)現在の住宅取得能力、(ii)所得や住宅価格などの先行きに対する見方に依存している。

住宅取得能力指数は、現在の貯蓄、所得、金利を前提とする資金調達可能額と住宅購入価格の比率である。持家系着工戸数と持家取得能力指数は、97年頃まではおおむねパラレルに動いてきた(第1-2-31図)。しかし、98年以降は、高い取得能力指数にもかかわらず、持家系着工は低迷を続けている。家計は、住宅を購入する際、現在の取得能力のみではなく、将来の返済能力のリスクを考慮して、購入の可否を決定するとみられる。98年以降、持家系が低迷しているのは、世帯主の失業率上昇からうかがわれるように先行きに対する雇用・所得環境の見通しが悪化し、返済能力に不安が生じたためと考えられる(前掲第1-2-31図(66)

このように、厳しい雇用・所得環境に対応するために、家計は、消費だけではなく、住宅建設についても慎重な態度をとった。家計にとっては、当然の行動であったが、マクロ的には厳しい景気情勢を緩和する力が働かなかったことを意味した。

以上、デフレ下における企業・銀行・家計部門の動向をみてきた。ここでの分析により、デフレと実体経済の低迷が相互作用して悪循環に陥っており、過剰債務・不良債権問題などの構造的な下押し圧力が残存する中で、力強い持続的な成長を実現できないでいることを明らかにした。すなわち、一般物価のデフレが、企業収益や賃金を下押しし、実質債務負担を重くさせているのに加え、資産価格におけるバブル期の大幅上昇とその後のデフレが過剰債務問題や、不良債権問題による金融仲介機能の低下の一因となっており、先行きへの企業や家計の悲観的な見方も加わって、現在の支出行動を抑制する要因となっていること、これらがさらに一般物価や資産価格のデフレの要因となっていることが示された。

こうした悪循環から脱するには、基本的には、経済活性化によって、企業と消費者が将来展望を開けない状態を解消する必要がある。この点については、第3章で詳しく検討する。