第1章 第6節 国際通貨・金融システムの強化
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第6節 国際通貨・金融システムの強化
1997年後半から始まったアジア諸国における通貨・金融危機は、ロシア、中南米にも波及し、国際通貨・金融システムの脆弱性を明らかにした。本節では危機の予防・解決の視点から国際通貨・金融システムの強化ついて述べる。
(国際通貨・金融危機と群集行動・伝播効果)
情報通信をはじめとするハード面に加え、デリバティブ取引をはじめとするソフト面における技術革新の急速な進展により、国際通貨・金融システムは大きな変貌を遂げてきた。具体的には、a)国際通貨・金融問題の国内及び各国間の波及速度が高まったこと、b)投資家による時差に絡む取引の比重が増加したこと[注1]、c)外貨準備に比して外貨による短期債務の比率が高まったことなどが挙げられよう。
こうしたなかで群集行動と伝播効果が大きな問題として浮上してきた。投資家は通常、経済や市場の基礎的条件(ファンダメンタルズ)の判断に基づいて行動すると考えられているが、実際のところは、むしろ他の投資家が全体としてどう判断しているかによって動きがちである。こうしたことの背景には、ケインズの「美人投票の理論」にあるように、「よい投資かどうか」よりも「他の多くの人がよい投資と思うかどうか」を基準として投資をした方が有利なことがある。こうした行動は群集行動(herd behavior)と呼ばれ、ある国の対外短期債務残高/外貨準備が高い場合、その国の資本市場は投資家の突然の群集行動に対して無防備であるばかりか、そのような群集行動を誘発しやすいといえる。
一方、アジア通貨・金融危機を振り返っても明らかなとおり、危機が大きなものとなるか否かは伝播効果(contagion effect)が鍵を握っている。もし、ある国の資本市場が投機筋の攻撃などによって危機的な状況に陥ったとしても、後述するような国際通貨・金融システムが有効に機能して金融危機が他国に伝播しなければ、危機は局地的なもので済む。では、どのような場合に伝播効果は現われるのであろうか。たとえば次のような2つのケースが考えられよう。第一に、経済構造や経済状況が似ているような国が、共通のショックに対して、同じような通貨・株価の反応をする場合。アジア通貨危機はこのタイプに該当する。タイ、インドネシア、韓国などは、それまで高い経済成長を遂げていただけではなく、a)実質的なドル・ペッグ、b)脆弱な銀行・金融システム、c)過大な短期対外債務などの点で、金融市場を巡る状況に多くの共通点を持っていた。第二に、投資家がある一つの国で損をしたために、他の国で資産を売って損失を埋め合わせようとする行動にでる場合である。
いずれにしても、群集行動および伝播効果による通貨・金融危機は、ますますグローバル化した金融市場の本質的な特徴となってきており、危機の予防と解決のために国際通貨・金融システムを強化することが喫緊の課題となっている。
(新興市場国における通貨・金融危機から得た教訓)
90年代の国際通貨・金融危機はラテンアメリカ型とアジア型の二つに大別される(第1-6-1表)。前者は、メキシコ(1994年)やブラジル(1998年)でみられたように、政府が財政赤字を垂れ流し、それを中央銀行が国債買い入れによって支えたことで市場の信頼を失ったことを主因とするものである。後者は、97年後半以降のアジア通貨・金融危機でみられたように、主として民間の借入の増大による過剰投資によって引き起こされたものである。いずれにしても、ヘッジファンド等の機関投資家が動員できる資金の規模が、自国の市場の規模に比較して極めて大きい新興市場国の場合、健全なマクロ政策を運営していくこと、金融機関の健全性規制(prudential rules)の徹底を図り、金融監督体制をより強固にしていくことがまず重要である。すなわち、国際通貨・金融システムの在り方を議論する以前の問題として、各国が国内経済政策を的確に運営していくことこそが、危機回避のための前提条件になる。国際通貨・金融システムの在り方そのものの議論に関しては、ここでは特にa)資本取引の自由化の進め方、b)為替相場制度の在り方、c)危機に対応した資本規制の在り方について焦点を当てたい。
まず、資本取引の自由化の進め方については、順序良く(well-sequenced)、条件が整っているかどうかを見極めながら進めていくべきであるというのが、国際的なコンセンサスとなっている。自由化の前提としては、a)市場経済システムの確立、b)貿易の自由化の進展、c)経済成熟化と世界市場への統合、d)強固な金融セクターや高い能力を有する監督システムなどの諸条件が満たされている必要がある。また自由化に際しては、安定的な長期の直接投資の自由化を短期資本の自由化より先行させるという視点が重要であろう。
固定為替相場制、変動為替相場制、そしてその中間ともいえる複数国の為替バスケットに対する固定為替相場制など、これまで各国において様々な為替相場制度が適用されてきているが、どの国にもどの時代にも適用可能な最適な為替相場制度というものは存在しない。それはその時々の各国の経済状況によって異なって当然だからである。具体的には、a)その国の経済規模や貿易相手国の構成、b)貿易の主要品目の構成、c)貿易・資本自由化の度合い、d)過去におけるインフレーションの経験などが制度の在り方を左右する。一般的にいえば、例えば、貿易や資本の自由化の進展やインフレなき持続的な経済成長など、経済ファンダメンタルズがしっかりしている小国においては、変動為替相場制のメリットが相対的に大きいといえる。しかし一方で、例えば、貿易・資本自由化が進んだ小国でも過去に高いインフレーションに悩まされた経験のあるような場合には、相対的には固定相場制を採用することのメリットが大きいと考えられる。その場合、単一通貨への固定為替相場制度には大きなリスクがつきものであることは留意されるべきであろう。なぜなら、アジア通貨・金融危機で明らかになったように、そうした制度の下では、しばしば国際的な投資家と国内の借り手双方が為替リスクを軽視するようになり、為替相場の経済ファンダメンタルズからの乖離が継続することにもなりがちだからである。また、単一通貨への固定為替相場制度の場合、ペッグの対象となっている通貨と他の貿易相手国通貨との間の為替相場が変動して、競争条件が大きく影響を受けることもある。このようなことが、資金の過剰な流入、経済活動の過熱や競争力の低下を招き、資金の流入から流出への逆転、ついには通貨・金融危機につながる恐れがある。したがって、新興市場国が他国通貨への固定為替相場制度を採用する際には、その通貨と最も緊密な貿易・投資関係を有するいくつかの先進国通貨のバスケットにペッグし、あるいはこれを目安としながら為替相場の安定を図り、為替制度と整合的な適切なマクロ経済政策を遂行することが重要である。しかしながら既に述べたとおり、どの国にも共通してあてはまる最適な為替相場制度というものは存在せず、どんな制度をとるべきかは実際には国によって、また時代によって変わってこよう。
資本規制については流出規制と流入規制の二つに分けて議論する必要がある。まず、一般論としては、資本流出規制は当該国に対する投資に長期的に悪影響を及ぼすことが避けられない。なぜなら、海外から当該国への自由な投資資金は、当該国からの資本流出が自由であるからこそ流入してきたわけであり、資本流出規制の下ではそうした自由な資本移動は起こりにくくなるからである。しかし、例えば当該国の政策自体は基本的に適切であるにもかかわらず他国の危機からの伝播効果により資金の大量流出に直面している時などにおいては、資本流出規制が正当化される場合もあり得よう。もちろん、こうした規制が標準とされてはならず、あくまでも例外的な措置にとどまるべきである。次に、資本流入規制についてであるが、特に新興市場国においては規制以前の段階として、資本流入の規模や内容を適切にモニターしていく必要がある。短期資金の流入は、a)突然流出に転化する可能性があること、b)外貨建て債務は大きな為替リスクを孕んでいることなどを認識することは不可欠である。資本流入規制を課する場合には、a)市場原則を歪めない形で非居住者からの預金受入れに高い準備率を課す、b)居住者(特に金融機関)の非居住者からの借入や非居住者への証券発行に対しより厳格な健全性規制を求める、といった市場メカニズムに則した形で行われることが望ましい。 いずれにせよ、資本規制については、新興市場国のそれぞれの実情に応じて、危機管理の手法として、コストとベネフィットを勘案しつつ、どのような場合にこうした手法をとることが正当化されるのか、現実的な立場から検討を進めていくべきであろう。
(国際通貨・金融危機の予防システムの構築)
国際通貨・金融危機の回避のためには、その予防こそが最重要の課題である。ここでは、このことについて国際通貨・金融システムの強化という視点から、「G7蔵相からケルン経済サミットへの報告」(99年6月)に基づいて検討する。なお、以下の議論とこれまでの議論を含めた国際通貨・金融システム強化のためのポイントは第1-6-2表にまとめてある。同報告では、a)国際金融機関および国際的政策調整(アレンジメント)の強化・改革、b)国際金融市場における透明性の強化、c)先進国における金融規制の強化、d)新興市場国のマクロ経済政策および金融システムの強化、e)危機の予防・管理の改善および民間セクターの関与などについて取り上げられているが、これらのうち、d)については既に詳述したので、ここではa)b)c)について述べる。なお、e)については、危機解決に関する論点として後にふれる。
国際金融機関および国際的政策調整の強化・改革については、金融市場の監督およびサーベイランスの分野に関する国際的な協力・協調の強化に加え、IMFの説明責任(accountability)を強化するとともに、IMFの政策の有効性について内部・外部双方による体系的な評価を引き続き行うことが重要である。
国際金融市場における透明性の強化については、国際金融機関、各国金融政策当局、民間セクターなどの情報開示の一層の促進が求められる。これにより市場参加者が適切な意思決定を行うために必要な情報を正確かつタイムリーに入手できるようになることが重要である。こうした情報は、政策立案者に対し健全な経済政策を遂行するための大きなインセンティブを与え、市場が経済動向に円滑に対応することで、危機の伝播を最小化し、変動を抑制することが期待される。特に高レバレッジ機関[注2](HLIs : High Leverage Institutions)自身による情報開示の質及び適時性を改善することが望まれる。
先進国における金融規制の強化については、債権者や投資家をより規律に従って行動させる(融資及び投資決定において適切にリスクを分析し評価させる)ことがとりわけ重要である。そのためには、過度のレバレッジを回避させ、また、新興市場に対する貸出しに伴うリスクをより慎重に評価させるべきである。具体的には特に次の三分野が重要である。第一に、債権者と投資家にリスク評価及びリスク管理の改善をさせることである。先進国における債権者と投資家に一層規律に従って行動させることによって、投資家が好況時にリスクを過小評価し、経済が悪い状況の際にはリスクを過大評価する傾向を和らげることができる。第二に、過度のレバレッジが過度のリスクの集中を伴わないように、監督当局および規制当局が高レバレッジ機関の動向をモニターすることである。第三に、オフショア金融センターが国際的な基準を遵守するよう促すことである。
(国際通貨・金融危機解決における民間関与の原則と手段)
アジア通貨・金融危機は、債権者も債務者も民間セクターが主体という状況で資金の大量の流入が生じ、それが維持不可能になったところで危機に至ったという特徴を有している。したがって、民間債権者・投資家が高いリターンを求めてリスクは承知しながら新興市場国などへ投資を行ったことを鑑みれば、そうした資金の引上げを助けるためにIMFなどの公的資金が使われることでモラル・ハザードが発生する可能性を注視する必要がある。したがって、国際通貨・金融システムの中において、危機解決における民間関与の原則および手段の一般的なフレームワークを事前に設定することは極めて重要な問題である。ここでも、先にふれた「G7蔵相からケルン経済サミットへの報告」に基づいて議論を進める。
まず、危機解決における民間セクター関与のための原則として、a)債務全額を満期までに返済するという債務者の義務は不変である、b)債権者は自らとったリスクの結果を受け入れる(モラルハザードを防ぐべきである)、などが挙げられる。a)が満たされない場合は、当該国への民間投資が悪影響を受け、さらに伝播効果により危機が他国に及ぶリスクが増加することになる。また、b)が遵守されない場合、市場規律が乱され、市場メカニズムが正常に機能しなくなってしまう。換言するならば、こうした原則が遵守されるならば、民間セクターの関与による危機解決がより円滑に行われることになる。
以上のような原則に基づいて、国際通貨・金融システムが危機解決における民間関与を促進する手段として、a)国際金融機関による支援を、当該国と海外の債権者との対話の促進や、債権者による自発的な支援などにつなげる、b)当該国が支払い困難に関して海外の債権者との協調的な解決策を求めている場合には、例外的な場合として、IMFによるそうした国に対する貸付も容認されうる、c)例外的には債務支払いの停止または凍結の一環としての資本取引規制または為替取引規制を導入することもあり得る、等が考えられる。国際通貨・金融システムがこうした民間関与を促進するための幅広い手段を持つことで、将来起こり得る様々な金融危機に対して効果的に対応することが可能となるに違いない。
(公共財としての国際通貨・金融システムと市場)
IMFのカムドシュ専務理事は、「被援助国の不均衡を是正するだけではなく、国際通貨・金融システムという公共財を発展させていくことは、IMFの金融援助の明確な目的である」[注3]と言っている。世界中で急速な展開を見せる自由な資本移動は、新興市場国等の資本受入国における経済発展を助け、投資家にもより高いリターンをもたらしてきた。しかし、市場(特に金融市場)に任せてさえおけば資源の最適配分がなされるという保証はない。市場が最適配分をもたらすためには、市場参加者の有する情報に非対称性がないこと、外部経済効果が存在しないこと、取引対象が公共財の性格をもっていないことなどが前提となる。ところが、金融市場においては、市場参加者の間で情報が偏在しているなど情報の非対称性が一般に見られるし、通貨・金融システムはある程度公共財の性格を有していると考えられる。したがって、これまで述べてきたような国際通貨・金融システムの絶えざる強化が必要であるが、その際、以下に述べるように市場と政府の関係をもう一度見直すことが重要であろう。
金融市場が閉鎖的であった時代には、いつ外国為替市場に介入するべきか、どの水準に為替レートをもっていくべきか、自国の通貨・金融システムはどんなシステムに従うべきかといった問題に対して、政府は市場を考慮せずに対応してきた。政府と市場の距離は大きなものであった。しかしながら、金融市場のグローバル化の進展により、政府と市場はますます密接不可分の関係になった。また、金融市場においては、市場参加者から自然発生的に形成されるチェック・メカニズムともいうべきものが働いている。政府はもはや市場の動きを軽視して効果的な政策を実施することはできない。いまや市場規律は良い政策を促す働きをするし、逆に良い政策は市場の働きを健全化するために向けられるべきものとなっている。米国連邦制度準備理事会のグリーンスパン議長は、民間の市場参加者の中から形成される規制をprivate market regulationと呼び、その重要性を指摘している[注4]。このことは国際金融市場と国際金融システムとの関係についても基本的に当てはまるといえよう。
既に述べたとおり、金融市場のグローバル化の進展は、政策と市場を密接不可分の関係にした。したがって、国際金融市場においてデリバティブ取引などを生み出した金融技術革新がたとえ国際金融システムへの悪影響を及ぼす危険性があったとしても、金融・資本規制などの政策の力によってその悪影響だけを予め遮断することは到底できないし、敢えてそうしようとすると、金融技術革新そのものを抑圧する危険も大きくなる。したがって、国際金融市場の中から自律的・内生的に生まれる規制の機能を最大限にまで引き出すとともに、その限界を補完するための政府ならびに国際通貨・金融システムの在り方が問われ続けることになろう。
- 注1 東京-ロンドン-ニューヨークなどを考えると明らかなとおり、国際通貨・金融市場は24時間稼動している。したがって、投資家は各市場を個別にみるだけではなく、各市場間の連関をみながら行動を起こしているのである。たとえば、ロンドン市場における取引は、数時間後に開かれるニューヨーク市場の動向を踏まえながら行われている。こうして時差は投資家行動の重要な決定要因の一つになっている。
- 注2 ここで「レバレッジ」とは、通常は自己資本に対して借入を行い、これをてこ(lever)として自己資本への収益率の増大を図る(一方、リスクは高まる)戦略を意味するが、たとえば、自己資本比率8%の金融機関のレバレッジが12.5倍という使われ方もする。
- 注3 IMF,“IMF SURVEY,”June 21, 1999
- 注4 Greenspan, Alan,“Remarks,”at the Spring Meeting of the Institute of International Finance, April 29, 1997
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