第1章 第4節 総じて回復の動きがみられるアジア・大洋州
第1章 世界経済の現況 | 第2章 アメリカ経済の長期拡大の要因と課題 | 第3章 物価安定下の世界経済 | |||||||||||
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第1節 | 第2節 | 第3節 | 第4節 | 第5節 | 第6節 | 第1節 | 第2節 | 第3節 | 第4節 | 第1節 | 第2節 | 第3節 | 第4節 |
概観 | アメリカ | 欧州 | アジア | 金融・商品 | 通貨・金融システム | 特徴 | 要因 | 生産性 | 課題 | 現状 | 要因 | 特徴 | 金融政策 |
第4節 総じて回復の動きがみられるアジア・大洋州
1 アジア:景気回復局面に入った東アジア
アジア通貨・金融危機は当初予想された以上の深まりをみせ、1998年は多くの東アジア各国・地域で景気が大きく後退した。しかし、通貨・金融危機の発生から2年以上経過し、東アジア経済には回復の動きが広がってきている。東アジア各国・地域の実質GDP成長率は99年に入ってプラスに転じており、これを受けて99年の経済成長率見通しは多くの国で上方修正されている。
通貨・金融危機後大幅に落ち込んでいた鉱工業生産は、98年末から99年にかけて増加に転じ、その後も増加が続いている。個人消費にも回復の動きが見られるが、設備投資は総じてなお停滞が続いている。物価上昇率は98年後半から低下しており、一部の国ではマイナスとなっている(第1-4-1表)。雇用情勢は依然として厳しいものの、失業率はやや低下している。
貿易動向(ドル建て)をみると、輸出は98年初から総じて減少が続いていたが、一部の国を除き増加に転じている。98年に大幅に減少した輸入も増加に転じている(第1-4-2図)。 各国の通貨は総じて落ち着きをみせており、短期金利は多くの国で通貨危機前の水準よりも低下している。株価は99年3月頃から上昇基調を強め、通貨危機前の水準まで回復したが、7月から8月にかけてやや下落した。 このように東アジア経済には回復の動きがみられるが、中国では景気が減速傾向にあり、物価の下落が続いている。(景気回復の要因)
東アジア諸国では、98年末頃から生産面を中心に回復の動きがみられる。四半期ごとの実質GDP成長率を前年同期比でみると、韓国、シンガポール、タイ、フィリピンで99年1~3月期に、インドネシア、マレイシア、香港では4~6月期にプラス成長に転じ、年初における大方の予想を上回る改善がみられる(第1-4-3図)。
通貨・金融危機後の景気回復の要因は以下のように整理することができる。第一の要因は、経済の自動調整メカニズムが働いたことである。信用収縮を伴う内需の大幅な縮小によって輸入が激減し、経常収支の黒字が拡大した。これによる外貨準備高の増加もあって各国の通貨は落ち着きをみせた。これによって低金利政策を採る余地が生じ、98年半ば頃から金融政策スタンスは低金利政策へと変化した。為替レートの落ち着きや内需の急減などによるインフレの鎮静化によって、金利引下げの余地は更に広がった。金利は98年半ば頃から低下を続け、通貨危機前の水準を下回るほどになった(第1-4-4図)。急速な金利の低下は、株価上昇の要因ともなった。
また、為替レートの大幅な下落による輸出の増加、輸入の減少によって外需が増加した。ドル建ての輸出価格の大幅な下落などから、98年のドル建て名目輸出額は多くの国で前年に比べ減少したが、輸出数量は増加しており、生産の回復に寄与した。
第二の要因は、財政・金融両面において、緊縮策から景気浮揚策へと政策転換されたことである。通貨危機に陥った直後、各国において財政面では公共事業削減や補助金の廃止などの措置が採られ、金融面では通貨防衛やインフレ抑制のために高金利政策や通貨供給量の削減が行われた。しかし、消費や投資の落ち込みが深刻なものとなり、雇用情勢も悪化したことなどから、98年半ば頃から財政支出の拡大、金融緩和などの景気刺激策へと政策が転換された。公共投資の拡大、減税、公共料金の引下げ、失業対策などにより景気を下支えした。IMFの支援を受けている韓国、タイ、インドネシアの財政収支目標の変遷をみると、当初の若干の黒字から次第に赤字許容幅が大きくなっており、99年度は5~6%程度の赤字が見込まれている。また、韓国、タイ、マレイシアなどでは短期金利が通貨危機前の水準を下回るまでに金融緩和が進められている(第1-4-4図)。こうした財政・金融両面からの景気浮揚策の効果が浸透し、生産や消費が回復し始めた。
第三の要因は、金融機関への資本注入等によって金融危機の克服に一応の目途がついたことである。各国政府は金融機関の再編整理、公的資金の注入などを行い、不良債権処理に取り組み始めた。不良債権問題の解決には時間がかかり、貸渋りは未だ解消されていないものの、通貨の安定、金利の低下、株価の回復といった金融市場の安定に加え、金融システムの破綻が回避されたことにより、投資マインド、消費マインドの悪化に歯止めがかかった。
第四に、インドネシアやフィリピンなどでは好天候による農業生産の回復も景気回復に貢献した。農業生産の回復は食糧価格の低下を通じてインフレの抑制にも寄与した。
第五に、いくつかの海外要因が挙げられる。98年秋におけるアメリカの三度にわたる金利引下げなど欧米諸国の金融緩和により、国際的に流動性が拡大し、そのことがアジアへの資金の再流入に寄与した。また、IMF、世銀、アジア開発銀行等の国際機関や我が国の「新宮澤構想」などによる国際的な支援体制の強化は、各国の財政出動の余地を拡大し、金融部門再建に必要な資金の確保に寄与している。ロシアや南米における通貨・金融危機が当初懸念されたほど深刻化しなかったことも幸いであった。
さらに、アメリカ経済が拡大を続けていること、半導体やパーソナル・コンピュータ等の需要が回復したこと、円高等により日本への輸出が増加し始めたこと[注1]などから、99年に入ってエレクトロニクス製品等の輸出が回復し始め、輸出指向型産業を中心に生産が拡大したことも景気回復に寄与した。東アジアでは域内の貿易・投資の相互依存関係が強く、近年域内貿易のウエイトが高まっており、通貨危機後アジア市場の需要が縮小したことから、域内貿易も大幅に減少した。現在では逆に、生産が回復するにつれて原材料及び部品の相互補完などの相乗効果を持ちながら、域内貿易も回復しつつある(第1-4-5図)。
(景気の回復力に格差)
以上のように東アジア経済は総じて回復に向かっているが、そのスピードには格差がみられる。先にみたように、各国・地域の実質GDP成長率は、韓国、シンガポールでは99年1~3月期にプラス成長に転じ、4~6月期はそれぞれ9.8%,6.7%とかなり高い伸びを示している。台湾では1~3月期4.3%の後、4~6月期は6.5%と伸びを高めた(前掲第1-4-3図)。99年4~6月期におけるアジアNIEs3か国の実質GDPの水準は、通貨危機前の97年4~6月期の水準を上回っている。各国政府による99年の経済成長率見通しをみても、韓国6~7%、シンガポール4~5%、台湾5.5%と98年に比べ大幅に改善する見込みである。主力の輸出品であるエレクトロニクス製品に対する先進国の需要が堅調に推移しており、輸出の拡大にけん引される形で生産が増加し、製造業生産は危機前の水準を上回った。小売売上高が持ち直すなど個人消費にも回復の兆しがみられる。台湾やシンガポールでは、金融システムが比較的健全で危機の影響が小さかったこと、また韓国では構造改革に果敢に取り組み、投資家の信認が高まっていることに加え、世界的に需要が回復している半導体、情報・通信機器等を主力産業として擁しており、景気の回復に底堅さがみられる(第1-4-6図)。
ASEAN諸国でも4~6月期の実質GDP成長率はマレイシア4.1%、フィリピン3.6%、タイ3.5%、インドネシア1.8%とプラスであるが、アジアNIEsと比較すると回復力は弱い。99年4~6月期の各国の実質GDP水準は、フィリピンを除き2年前を下回っている。マレイシアでは実質実効為替レートの減価もあって、電子製品を中心に輸出が伸びている。タイ、インドネシアの鉱工業生産指数は、前年同期比ではプラスに転じているものの、その水準は通貨危機前を下回っている。また、各国の99年の経済成長率見通しも1~4%台となっている。タイでは生産面を中心に回復の動きがみられ、実質GDP成長率は1~3月期に2年振りにプラスに転じたが、消費の回復は弱く、設備投資も低調である。金融システムの再建や企業債務の処理等はあまり進展しておらず、金融機関の不良債権比率は依然として5割近い水準にとどまっている。インドネシアでは経済の悪化に歯止めがかかったが、金融システムは未だ正常な機能を回復していない(第1-4-7図)。6月の総選挙は平穏に終了したものの、東ティモールの独立問題や11月の大統領選挙の行方などによっては、経済活動が再び停滞するおそれもある。
(本格的な景気回復への道筋)
東アジア諸国では、多くの国で通貨・金融市場は落ち着きを取り戻し、実体経済にも回復の動きがみられるが、本格的な景気回復への道筋は必ずしも平坦なものではない。これまでのところ東アジア諸国の経済を支えてきたのは、公的需要と外需であった。本格的な景気回復のためには、国内民間需要の回復が必要である。
回復の兆しがみえ始めた個人消費も、雇用情勢が依然として厳しいことなどから大幅な増加は期待できない。失業率は低下傾向にあるが、通貨危機前に比べるとその水準はまだかなり高い。設備投資は一部の国を除き依然として低迷している。生産設備の過剰や金融機関の慎重な貸出態度は続いており、実質金利が上昇している国もあることから、設備投資が上向くにはしばらく時間がかかるものとみられる(前掲第1-4-7図、第1-4-8図)。ただし、東アジア各国において在庫調整はかなり進展しているとみられ、今後は在庫を積み増す可能性もあることから、生産の増加傾向は持続するとみられる。
99年に入って広がってきた回復の動きを本格的な回復につなげるためには、現在行われている金融部門を始めとする構造改革を着実に進展させることが必要である。構造改革は二重の意味で重要である。第一に、金融面での構造改革の直接的な効果によって金融仲介機能が改善し、銀行からの貸出しが増加するからであり、また企業部門の構造改革により企業の競争力が強化されるからである。第二に、構造改革全般の効果によって、投資家の各国経済への信認が高まり、海外からの直接投資を始めとする内外からの資金が集まって、経済活動を支えるからである。
例えば、韓国では金融機関の自己資本強化や不良債権買取などのために、64兆ウォン(97年のGDPの約14%)の公的資本投入や、整理、合併、外資導入などによる金融機関の再編が進行中で、金融業界の従業員数の3割強が職場を離れたといわれている。金融部門の構造改革におけるこうした果敢な取組が、投資家の信認を高め、資本の再流入を促し、韓国をいち早く景気回復軌道に乗せた一因と考えられる。
東アジア各国では、現在までのところ年初の大方の予想より早いペースで景気の回復がみられるが、ここで構造改革への取組を緩めてはならない。構造改革が中途半端に終了すれば、効率的な資源配分が妨げられ、生産性が低下して、持続的な経済成長が困難となるからである。
(1)中国(香港を含む):デフレ的様相深まる
中国では、国有企業改革の進展に伴う雇用不安などから消費の伸びが鈍化している。金融緩和と財政支出により内需拡大策が採られているが、景気は減速傾向にある。特に小売物価は97年10月以降、消費者物価は98年4月以降下落が続いており、デフレ的様相が深まっている。
香港では、金融情勢は安定してきており、4~6月期の実質GDP成長率が6四半期ぶりにプラスに転じたものの、厳しい雇用情勢を背景に消費の低迷が続き、実質金利の高さなどから投資も落ち込んでいる。消費者物価は98年10月以降下落が続いている。
(中国:景気が減速し、デフレ傾向に直面)
中国経済は、1978年の改革・開放後の20年間で例を見ないデフレ傾向に直面している。小売物価上昇率は、97年10月以降24か月連続でマイナスを続けている(第1-4-9図)。景気が減速し、物価の下落幅が拡大傾向にあった98年半ば以降、中国政府は公共投資の拡大等により98年の目標であった実質GDP8%成長の達成を図った。政府の政策が功を奏し、98年の実質GDP成長率は7.8%となり、99年1~3月期には8.3%(前年同期比)に達した(第1-4-10図)。しかし、これらの高い成長率は、公共投資に支えられたものであり、GDPの6割を占める消費の低迷と物価の下落は依然として収束の兆しをみせていない。実質GDP成長率は、4~6月には7.1%、7~9月には7.0%と更に鈍化している。
中国の場合、デフレ傾向の基本的な要因としては、所得の伸びの鈍化と先行き不安に伴う貯蓄率上昇による個人消費の低迷、企業の過剰設備と過剰在庫、輸出低迷と輸入増加等が挙げられる。さらに、このようなデフレ傾向により、企業による設備投資の減少や雇用者所得の低下が更に進み、また、政府の積極財政政策が民需の拡大に結びついていない。他方、国有企業改革に伴う失業の増大や金融制度改革における膨大な不良債権の表面化といった構造問題が背後に存在し、景気の減速と物価下落は単なる循環的問題を越えた問題である。以下では、デフレ傾向の要因を需要面、供給面に分け、需要面は更に内需と外需に分けて整理する。また、国有企業改革等をめぐる諸問題がデフレ傾向の間接的要因となっていることを示す。最後に、最近特に注目されている人民元切下げについて、仮に切下げが行われた場合の各国経済への影響を考察することとする。
(内需(1):所得の伸びが鈍化し、消費性向は低下)
消費低迷と物価下落の第1の要因は、所得の伸びの鈍化である。所得を都市、農村別にみると、都市部の一人当たり実質収入は、92年の9.7%をピークに上昇率が低下傾向にあり、96年、97年と3%台に落ち込んでいる(第1-4-11図)。実質収入は長期にわたって伸び悩んでいるだけではなく、この間の実質GDP成長率をも大幅に下回っている。96年以降の実質収入の急速な伸び悩みは国有企業改革に伴う失業者(あるいは潜在失業者)の顕在化が影響している。97年には雇用労働者の実質賃金は1.1%の伸びにとどまった。過去には、実質賃金伸び率の低下は専らインフレ率の上昇によって生じていたが、近年は名目の伸び率そのものが低下している。97年の名目伸び率4.2%は、改革・開放以来最低水準を記録した。他方、農村部の所得も近年伸び率が大きく低下している。農村世帯の実質所得は、改革・開放初期(70年代末~80年代半ば)に、都市世帯の2倍程度の年率約15%の伸びを示したが、90年代半ば以降は平均して5%程度にとどまっている。農村世帯の所得は農業所得と郷鎮企業[注2]からの収入が大きな割合を占める。農業所得の伸びが鈍化した主な要因は、95年以降の豊作による農産物価格の大幅な値崩れである。また、企業業績の悪化により郷鎮企業からの収入も鈍化している。資金力、技術力、ブランド知名度で劣る郷鎮企業は、市場競争の激化により業績が悪化し、95~97年には13万9,000社が倒産した。また生産の伸びも、国有企業の生産の伸びを下回るというこれまでにない現象がみられている。
消費低迷の第2の要因は、消費性向の低下である。都市の貯蓄率は、95年には17.4%であったが、97年、98年にはそれぞれ18.9%、20.1%と上昇している(第1-4-12表)。農村の貯蓄率も、90~96年には10%台で推移していたが、97年には22.6%まで上昇した(98年26.5%)。一時帰休の増加等雇用の不安定化や、福利・住宅制度の廃止、医療費の自己負担等の社会保障改革の下で、家計は将来に大きな不安を抱えている。また、耐久消費財をはじめとする財の価格は、少し待てば更に低下するとの心理から、現在の消費を抑える傾向が強い。さらに、都市における消費性向の低下には消費市場の飽和といった消費構造の問題が関係している。都市の主要な支出項目である食品、衣料、家庭用品向け支出の実質伸び率をみると、いずれも90~93年をピークとして、伸び率が低下してきている(第1-4-13表)。耐久消費財の普及率をみても、カラーテレビのように90年代後半の急速な普及を通じて既に100%を超えているケース、洗濯機のように一定の普及率に達した後、伸びが鈍化しているケースなど、市場の量的拡大が曲がり角に来ていることが見てとれる(第1-4-14表)。他方、都市部の今後の需要拡大品目として注目されているのが、住宅と自動車である。サンプル調査によれば、都市の持ち家率は32%にとどまり、61%は勤務先の提供する賃貸住宅に居住している[注3]。問題は、住宅・乗用車のいずれも一般耐久消費財価格の数十倍を越える高額な商品であり、購買力を持つ世帯が限られていることである。政府は、住宅市場と自動車市場を刺激するため、住宅ローン、自動車ローン制度の普及を促進している。
他方農村における消費性向の低下は、a)政府の農産物買上げ価格の下落や、b)郷鎮企業の主要マーケットであり、かつ農村部労働者の出稼ぎ先でもある都市部の景気減速などから生じる先行き不安といった心理的要因が挙げられる。なお、農村の消費水準を主要消費財の普及率でみると、都市世帯に十~十数年程度遅れているとみられる(前掲第1-4-14表)。農村の消費水準の遅れは、上述の所得の伸びの鈍化や消費性向の低下のほか、電化製品の普及の遅れの一因となっている電力容量の不足、高い電力料金等に起因する。
(内需(2):投資需要も不振)
全社会固定資産投資(公共投資と民間設備投資、民間住宅投資等)の伸びをみると、92~94年の30~60%増から、97年には8.8%増まで低下した。98年には前年比14.1%に回復したものの、これは公共投資の拡大に因るところが大きい。 投資不振の第1の要因は、企業経営の悪化である。赤字国有企業は、90年代前半は国有企業全体の30%程度であったが、96年に37.5%に拡大、97年には43.9%まで上昇している。第2の要因は、過去の過剰投資による設備余剰及び供給過剰である。95年を対象に実施された第3次鉱工業センサスをみると、消費財産業の稼働率の低さが目立つほか、生産財でも一部の品目は稼働率が60%を下回っており、全般的な設備余剰を裏付けている(後掲第1-4-16表)。第3の要因は、銀行の不良債権の増大等による貸渋りである。市場経済の浸透に伴い、企業は損益自己負担を、銀行は経営体質の改善・強化を迫られることになった。この結果、銀行は不良債権化しかねない企業には簡単に融資をしなくなり、貸し渋り現象が強まっていると言われている。また、企業も上述したように経営が悪化したことにより、借入れに慎重になっていると考えられる。このため、増大する貯蓄が貸出に結びつかない構造となっている。
(外需:アジア諸国の需要の低迷等により、輸出が減少)
97年末からの輸出低迷の主な要因は、主要輸出先、特にアジア途上国及び日本の景気の後退である。98年の地域別輸出(ドル建て)の伸び率をみると、アメリカ、EUはそれぞれ16.2%、16.9%増と堅調に推移しているのに対し、香港、日本、NIEs、ASEAN向けはそれぞれ11.5%減、6.7%減、16.4%減、17.9%減と大幅に減少している[注4]。99年に入ると、韓国をはじめとするアジア諸国の景気が回復し始め、これら諸国への輸出はプラスに転じ、日本向けも99年第1~3月期に5四半期ぶりにプラスに転じた(第1-4-15図)。
なお、人民元の相対的な増価による輸出への影響は、輸出の際の増値税(付加価値税)還付率引上げや、輸出企業に対する融資拡大等の施策を講じたこともあり、それ程大きくなかったと考えられる。香港を除くNIEs及びASEAN諸国通貨の下落による人民元の相対的増価に対処するために、中国政府は98年1月以降、輸出企業への増値税の還付率引上げを相次いで実施している。まず、1月に中国の主力輸出製品である繊維製品について還付率を9%から11%に引き上げた。さらに6月には石炭,鋼材、セメント、船舶等について数パーセントの引上げを実施し、その後7月、8月にも実施している。こうしたこともあって、上述のようにアメリカ、EU向けの輸出の伸びはプラスを維持しているだけでなく、アメリカ市場に占める中国の輸出品割合も、98年には通貨が減価したASEAN、NIEsを抑えてむしろ拡大している。
輸出低迷を企業形態別にみてみると、国有企業部門の不振が顕著となっている。96年と98年の輸出総額に占める企業形態別割合を比較すると、国有企業が57.0%から52.7%に低下する一方、外資系企業が40.7%から44.1%に上昇している。
(供給面:供給過剰が表面化)
過剰設備と過剰在庫の存在も物価下落の大きな要因となっている。中国は、景気が過熱した92~94年にかけてこぞって生産能力の増強を図った。これを受け、95年頃からエネルギー、素材、耐久消費財等の生産設備が相次いで立ち上がった。その結果、生産能力が需要を大幅に上回り、供給過剰品目が数多く出始めた。現在でも需給を無視した生産が耐久消費財等にみられ、市場経済の浸透が遅れていることを示している。以下、製造業製品及び食糧の供給過剰の状況について個別にみてみよう。
製造業では既に80年代から、消費財を中心とする一部の業種で供給過剰が深刻化していた。80年代末と92~93年の投資過熱を経て、90年代後半には過剰の範囲はほとんど全業種に広がっている。国内貿易部(現国家国内貿易局)では82年以来、600~700品目程度の消費財をサンプルとする需給調査を行っているが、これをみると、供給不足品目は88年42.9%、93年10.2%、97年下半期1.6%へと低下し、他方供給過剰品目は88年13.3%、93年35.1%、97年下半期31.8%へと拡大しており、90年代に入って商品の供給不足が急速に解消し、97年には供給不足が極めて少数となっていることがわかる[注5]。供給過剰は稼働率の著しい低下を招いている。95年を対象に実施された第3次鉱工業センサスをみると、消費財産業の稼働率の低さが目立つほか、鋼材や機械等生産財でも一部の品目は稼動率が60%を下回っており、全般的な生産能力過剰を裏付けている(第1-4-16表)。特に素材分野では、アジア諸国の需要の減少に加え、通貨が下落した周辺諸国から安価な素材が流入していることも供給過剰に拍車をかけている。また、企業が純利益ではなく売上を重視した経営を行っていることや、需給を無視した生産、過剰な在庫投資を行っていることなども供給過剰の要因となっている。なお、中国政府は、供給過剰がもたらす値崩れや企業収益悪化等の問題を懸念し、鉄鋼、セメント、板ガラス等の分野で減産を指示し、実施している。
食糧も供給過剰が続いている。中国の小売物価指数は、食品が約50%を占めているため、農産物、特に食糧価格(穀類、豆類、いも類)に大きく左右される性質を持つ。食糧価格の変動は他の農産物、加工食品、ひいては賃金を通じて工業製品やサービス等広範な財の価格に波及する。小売物価上昇率は、94年に21.7%とピークに達したが、95年からの4年連続の豊作が影響したこともあり、食糧小売物価上昇率は97年▲7.9%、98年▲3.1%とマイナスに転じ、小売物価上昇率も98年には▲2.6%とマイナスとなった。
(国有企業改革)
国有企業の赤字や非効率性といった問題がもはや無視できないところまできており、98年3月に就任した朱鎔基首相は、国有企業改革を3大改革の一つに位置付け、3年間で赤字脱出を達成することを公約した。朱鎔基首相の国有企業改革は、一つの目標と二つの重点に概括することができる。一つの目標とは、国有工業企業98,600社(97年現在)のうちの赤字大中工業企業約8,000社、特に重点2,300社を赤字から脱出させることである。二つの重点とは、赤字額、赤字企業数、関係従業員数ともに全業種のなかで最大である紡織業界の赤字の脱出と再就職プロジェクトの実施である。再就職プロジェクトとは、国、企業、失業保険により設立された再就職サービスセンターを通じて、国有企業からレイオフ[注6]された人々に基本生活費の給付等を行うほか、職業訓練や再就職の斡旋等を行い、同時に非国有セクターとサービス業等の第3次産業の発展を促進することにより国有企業の余剰人員を吸収させることを狙いとしている[注7]。
改革の1年目である98年の実績をみると、第一に、大中規模の赤字国有企業(約8,000社)の約3分の1が基本的に赤字を脱出した[注8]。第二に、2,300社の赤字脱出重点企業の約4分の1強が基本的に赤字を脱出した[注9]。第三に、国有企業改革の突破口とされた紡織業において、紡織機の廃棄、66万人の余剰人員をリストラした後の再就職、約25億元の赤字削減を実行した。このように、98年の改革対象企業の赤字脱出は一定の成果を上げたと言える。また、99年も98年に続き大中規模の赤字企業(約8,000社)の3分の1、特に重点2,300社の赤字脱出や紡織業界における紡織機の廃棄、リストラ、再就職等の目標が設定され、実行に移されているが、国有企業制度の非効率性が根本的には解決されていないのみならず、97年末で既に8.1%[注10]に達していると言われる高失業率や福利厚生制度の縮小による問題が表面化している。国有企業改革に伴う失業の増大と福利厚生制度の縮小は、先行き不安に伴う防衛的貯蓄を増加させた。また、過去のバブル的投資により余剰設備を抱えている国有企業は、改革により構造調整が図られているもののその効果はまだ見えていない。さらに、銀行の融資条件が厳しくなったことにより国有企業は貸渋りに直面していることもあり、本格的な投資の拡大にはまだ時間がかかるであろう。以上のような構造が昨今のデフレ傾向の間接的要因となっている。
なお、99年9月の中国共産党第15期中央委員会第4回全体会議(四中全会)の国有企業改革に関する決定では、1998年から2000年にかけての当初の3年間の目標は重視されているものの、経済の減速傾向や、企業倒産、失業者の増加等にみられる改革の痛みを踏まえて、より経済社会の安定を重視した、2010年までの長期的な目標が掲げられている。この決定には、国家の命脈となる重要産業における企業以外の企業、特に中小規模企業を株式制度や混合所有形態の推進等により活性化し、中国経済に占める国有企業セクターの割合を低下させることが示されたほか、国有商業銀行の不良債権処理と連携して、国有企業の債務削減と資産のリストラを促進することが打ち出されている。
(金融システム改革)
アジア通貨・金融危機の一つの要因が、金融システムの脆弱性にあったことが明らかになると、中国政府は金融システム改革に本格的に着手した。特に、98年後半には二つの大きな動きがみられた。国有商業銀行の不良債権問題の深刻化と広東国際信託投資公司(GITIC:Guangdong International Trust and Investment Corporation)の破綻である。
98年末の全金融機関の総貸出残高は9兆4,420億人民元で、そのうち4大国有商業銀行が6兆7,825億元(総貸出残高の72%)を占める[注11]。これらの貸出は、現行では正常、期限経過貸出、延滞貸出、貸倒れの四つに分類されるが、このうち期限経過貸出以下の三つに対応する不良債権の残高は、9,442億元(同10%)~2兆3,605億元(同25%)と推計されている。また、貸倒れに対応する回収不能債権は2,738億元(同2.9%)~7,553億元(同8%)と推計されている。こうした不良債権は、市場経済体制へ移行する過程で発生したものであるが、不良債権の大部分が、90年代初期の不動産バブルの崩壊によるものと、長年にわたって蓄積された国有企業への貸出債権の不良債権化によるものとに分けられる。国有商業銀行4行が貸出総額の9割を国有企業に貸し付けていることを考えると、不動産バブルによる不良債権問題より、国有企業への貸出債権の不良債権化の方が深刻であると考えられる。中国の不動産バブルによる不良債権の性格はアジア諸国のそれと変わらないが、国有企業への膨大な貸出債権の不良債権化は、地方政府からの国有企業への融資継続圧力や、国有企業の返済意識の欠如等を背景とした中国の独特の現象であると言える。
98年10月に起きた国際信託投資公司(ITIC:International Trust and Investment Corporation)の一つであるGITICの破綻は、中国の金融システムの不備を一気に表面化させ、外国金融機関等の中国に対する信頼を揺るがすものとなった。中国では改革・開放が始まった78年から経済が急速に発展し、資金需要が高まった。しかし地方政府は予算法によって独自に資金借り入れを行うことが禁止されている。そこで地方政府は資金調達機関として信託投資公司(TIC:Trust and Investment Corporation)を設立した。特に沿海部を中心に発展したITICは、海外での債券発行等を通じて外貨を調達し、得られた資金をインフラ整備等の地域政策的プロジェクトに供給する役割を担っていた。このような信託投資公司は92年には1,000社にまで膨らんだが、その後、人民銀行による整理、統合等によって97年末時点では244社にまで減少していた(うちITICは約100社)。TICは、既存の金融システムが対応できない部分をカバーするなどのプラス面の役割も果たしたが、銀行法によって規制を受ける銀行より規制が緩やかであったため、本来の信託業務から離れ、不動産投資や株式投資等幅広い業務を手掛けた。しかし90年代後半になって不動産バブルがはじけ、株式市況が低迷すると、負債が膨らみ財務内容が悪化していった。人民銀行は、GITICの長期にわたる無計画な借入れ・投資と、満期を迎えた債務を返済できなくなったことを理由にその閉鎖を決定し、さらに、当初の約束に反し、GITICの負う債務の返済については外資に対して優先的な返済を行うことはしない方針を明らかにした。金融当局は現在約240社あるTICを最終的には40社程度に削減することを表明しており、今後もこのような金融機関の整理・統合は続くとみられる。こうした金融機関の整理、統合による影響としては、中国への資金流入の減少、資金引揚げの加速等が既にみられ、一部の優良な企業についても資金繰りが逼迫するなどの問題が生じている。また、直接投資にも影響を与えることが懸念されている。
上述のように、不良債権拡大の結果、資金引揚げや資金繰りの逼迫といった問題が生じ、投資・消費需要に対し悪影響を与えている。他方、国有企業改革の進展は、失業の増大と先行き不安による貯蓄増加等を招き、消費拡大の足かせとなっている。こうした国有企業改革及び金融制度改革をめぐる構造的要因が複層的に現在の景気の減速と物価の下落の要因となっていると考えられる。
<コラム1-1>人民元切下げの影響
97年7月に始まったアジア通貨・金融危機以降、香港を除くアジアNIEs、ASEAN諸国の通貨が大幅に減価するなか、人民元は相対的増価が続いている。98年以降中国の成長率が鈍化し、輸出が低迷するにつれ、人民元が切り下げられるのではないかとの憶測が強まった。さらに最近では、切下げが実施されるかどうかのみならず、いつ、どの程度切り下げられるのかといった議論も盛んに行われている。他方、中国政府は再三にわたり切下げは実施しないと言ってきた経緯もあり、人民元切下げの見通しは不透明と言えよう。ここでは、人民元が仮に切り下げられた場合の中国経済及び世界経済への影響について考察する。
中国経済にとり人民元切下げのメリットとして挙げられるのは輸出の増加であるが、その効果は限定的である。中国の輸出の約50%は海外から原料を輸入して加工する加工貿易であり、その分通貨切下げの効果は減殺される。また、既にみたように、98年の輸出の低迷は、主要輸出先であるアジアの需要減退による面が大きい。他方、人民元切下げのデメリットとしては、a)輸入財価格が上昇する、b)98年末で1460億ドルにのぼる対外債務の返済負担が増す、c)市場の信認を失い、海外からの直接投資を含めた資金調達に大きな支障を生じる恐れがある、d)対米貿易黒字(98年末569億ドル)が更に膨らみ、アメリカとの貿易摩擦が激化する、などが挙げられる。
次に人民元切下げの香港への影響については、理論面から見れば、人民元は実需に基づく経常取引交換性しか保証されておらず、他方香港ドルは完全交換性を有しており、二つの通貨は連動しているわけではないため、人民元が切り下げられたからといって、必ずしも香港ドルが米ドル・ペッグ制を放棄することにはならないとも言える。実際、人民元は、83年10月の香港ドル・ペッグ制(カレンシー・ボード制)導入以来5回にわたって対米ドルで約70%切り下げられたが、香港ドルの為替レートは維持されている。しかしながら、特にここ数年、香港と中国本土との経済一体化が益々深まるなか、両通貨は連動しているとする心理的作用が働き、人民元の切下げが香港ドル・ペッグ制の維持に大きなダメージを与え、ペッグ制の放棄あるいは見直しを招き、これが外国資本の香港からの引揚げをもたらし、香港経済が混乱に陥るとともに、中国経済に悪影響を与えるという懸念がある。
人民元の切下げがその他のアジア経済に与える影響としては、ASEAN諸国等が自国の輸出競争力の維持のために通貨切下げを行う可能性が高まることがまず挙げられる。しかし東アジアの経済はこのところ相当改善してきており、人民元切下げによってASEAN諸国が回復軌道から大きくはずれる可能性は低いものと考えられる。
最後に先進国経済に与える影響をみると、貿易面における結びつきの強さ等を反映して、日本に対する影響は欧米先進国に対する影響よりも大きいものと考えられる。OECDの試算によると、人民元と香港ドルが99年半ばに20%切り下げられた場合、2001年のアメリカ、EUのGDP成長率はそれぞれ0.2%ポイント、0.1%ポイント押し下げられるのに対し、日本は0.3%ポイント押し下げられる。また、経常収支はアメリカ、EUはそれぞれ39億ドル、28億ドル減少するのに対し、日本は48億ドル減少する。さらに、人民元と香港ドルの20%切下げにより、他のダイナミックアジア経済地域(DAE)諸国(注)と韓国の通貨も10%下落した場合も、同様に日本へのマイナスの影響はアメリカ、EUに比べ大きくなっている。他方、DAE諸国の経常収支は、214億ドル増加すると予測されている。こうして日本への影響が相対的に大きくなるのは、日本の輸出入額に占める中国の割合が高いためである(98年輸出5.2%、輸入13.2%)。特に日本の輸入拡大を通じて日本経済に一定の影響が及ぶ可能性は否定できない。また、輸出品目の構成をみると、中国は素材関連、衣類等軽工業品の比率が高い一方、日本は自動車や産業用機械等の比率が高いため、第三国市場において、日本の輸出品が価格競争力を高めた中国製品と競合し、日本の第三国向け輸出が減少する可能性は低いと考えられる。
(香港:消費の低迷が続き、デフレ傾向に)
香港経済は、97年の通貨危機後、米ドルペッグ制を維持するための金利上昇等による株価、不動産価格の下落、外国人観光客の減少、新空港関連投資の収束などから消費や投資が大幅に減少し、98年の実質GDP成長率は▲5.1%と、61年の統計開始以来初めてのマイナス成長となった。政府は景気後退に対処するため、98年5月及び6月に経済対策を発表し、99年度予算では、所得税、法人税等の還付や、福祉関係予算の増額等により、365億香港ドルの財政赤字(GDP比▲2.8%)を計上している。
98年後半から金利が低下し、98年8月の香港金融管理局による株式市場介入後は株価も上昇傾向となるなど、金融情勢は安定してきたが、雇用環境の厳しさ、実質金利の高さなどから、消費や投資の低迷は続いている。99年1~3月期の実質GDP成長率は前年同期比▲3.2%と5四半期連続のマイナス成長となったが、4~6月期は外需の寄与などから同0.7%とプラス成長となった。
消費者物価上昇率は97年10~12月期から低下が続き、97年5.7%の後、98年は2.7%となった。98年10~12月期以降は前年同期比で下落が続いており、99年4~6月期▲3.5%、7~9月期▲5.0%と下落幅が拡大している。
失業率は98年に入って急速に悪化し、98年平均では前年の2.2%から4.7%へと高まった。99年に入っても上昇が続き、2~4月に史上最悪の6.3%に達したが、7~9月は6.1%とやや低下している。
貿易収支は90年代に入って赤字幅が拡大していたが、98年は輸入の大幅な減少から赤字幅が縮小し、106億ドルの赤字となった。99年に入っても輸出入ともに前年同期比で減少が続いたが、減少幅は次第に縮小し、7月は輸出入ともに増加に転じた。
(2) アジアNIEs(韓国、台湾、シンガポール):景気は回復軌道に
香港を除くアジアNIEsでは、半導体、コンピュータ関連等のエレクトロニクス製品を中心に輸出が増加し、個人消費にも回復がみられることから、製造業の生産が拡大しており、景気は回復軌道をたどっている。深刻な経済危機に陥った韓国では、財政・金融政策が緩和姿勢へ転換されたことや、経済構造改革への果敢な取組が評価されて資本の再流入が促進されたことなどから、景気は急速に回復している。今後は財閥の構造改革が進展するかが注目される。台湾,シンガポールでは、通貨危機の影響は当初は比較的軽微であったが、98年には周辺諸国の景気低迷の影響が輸出などに顕在化した。しかし、金融部門の健全性が比較的保たれていたことや、政府の経済対策の効果もあって、99年に入り景気は回復している。
(韓国:景気は急速に回復へ)
通貨・金融危機の影響により97年に減速し始めた韓国経済は、98年には消費や投資などの内需の極度の不振を主因に大きく後退した。しかし、98年半ばに為替レートが落ち着きを取り戻し始めると、中央銀行である韓国銀行は次第に金融緩和政策に転じ、韓国政府も財政面において、98年度(98年1~12月)第二次補正予算に種々の景気刺激策を盛り込むなど、通貨・金融危機の克服に向けた様々な景気対策を実施した。99年に入ると好調な半導体や自動車生産にけん引され、生産全体に底入れの兆しがみられ始め、その後民間消費や設備投資などの内需がプラスに転じたことに加え、輸出も好調に推移するなど、景気は急速に回復している。実質GDP成長率は、97年5.0%、98年▲5.8%の後、99年1~3月期は前年同期比4.6%、4~6月期同9.8%となった。
消費者物価上昇率は、95年から97年にかけて4%台で安定して推移していたものの、98年には通貨減価の影響などから7.5%と、91年に9.3%を記録して以来の高水準となった。しかし、通貨が増価傾向を示し始めた98年半ば以降は騰勢が徐々に鈍化し、99年4~6月期前年同期比0.6%、7~9月期同0.7%と落ち着きを取り戻している。
雇用情勢をみると、中小企業などで大量のレイオフが実施されたことや、不況による倒産の増加などの影響により、失業率は99年2月に8.6%と過去最悪を記録したが、その後は景気の回復とともに緩やかに低下し、9月には4.8%となった。失業者数も、99年2月の178万1千人がピークで、9月には106万9千人まで減少している。
経常収支は、輸入の激減により貿易収支が大幅な黒字を計上したことから、98年に405.6億ドル(GDP比12.6%)の黒字に転じたが、99年に入り景気の回復を反映して輸入が増加基調で推移していることから、黒字幅はやや縮小している。なお、日本からの輸入品目を事実上制限していた「輸入先多角化制度」が99年6月末に全廃されたことを受け、日本からの輸入は自動車部品や家電製品を中心に増加しており、7~9月期前年同期比56.2%増となった。
韓国への直接投資(韓国財政経済部統計、認可ベース)は、外国人投資制限の撤廃によるM&A方式の新規投資の増加などから98年は堅調に推移し、前年比27.0%増の88.5億ドルとなった後、99年に入ってからもEUからの投資が好調さを保ったことを主因に、上半期は前年同期比81.4%増の44億6,400万ドルとなった。
金融面の動向をみると、マネーサプライ(M1)増加率は、97年後半から前年同月比でマイナスとなっていたが、長期、短期の金利がいずれも低水準で推移し、民間消費が持ち直しの兆しをみせ始めた99年前半には、前年同月比でプラスに転じている。韓国の長期金利動向を示す指標である社債の平均利回り(会社債収益率:3年物)は、IMFの指導による高金利政策の影響もあり97年末から98年前半にかけ急上昇したが、韓国銀行が低金利政策へ転換したため、98年央より低下し始め、98年末からは通貨・金融危機以前の水準を下回っている。
<コラム1-2>韓国経済を揺るがす大宇財閥問題
韓国経済が急速な回復をみせるなかで、今後の持続的な成長を達成するためには財閥改革を始めとした様々な構造改革を実施することが不可欠であると言われている。しかし、既得権益に固執する五大財閥の改革は容易でなく、とりわけ大宇財閥の改革の遅れが景気減速の懸念材料として浮上している。
韓国の五大財閥について、政府が財閥改革の目玉として掲げた負債比率((固定負債+流動負債)/自己資本)削減の進捗状況をみると、98年末から99年6月末にかけては、大宇財閥だけが負債比率がむしろ上昇している(図a)。大宇は、99年7月に海外の格付け機関が相次いで格付けを引き下げたことなどにより、資金繰りが行き詰まったため、債権銀行団に対し金宇中会長の個人保有資産を含めた担保を提供し、何とか短期融資の返済繰り延べや新規融資の追加引き出し合意にこぎつけるなど、借入依存体質は深刻化していた。こうした大宇財閥の破綻懸念を受け、通貨・金融危機後、景気回復期待を主因に積極的に株式市場に参入していた外国人投資家などの資金流出が7月下旬から目立ち始め、株価も一時の勢いを失っている。
大宇財閥は、既に99年4月に造船部門などの売却を含めたリストラ策を発表していたが、政府が目標として掲げた「99年末までに負債比率の200%以下への削減」を達成するためには、もう一段の抜本的なリストラを進めることが不可欠であった。政府は、これまで不透明であった大宇財閥の外貨借入額の公表に踏み切ったり、緊急会議を開いて再建策を検討するなど、大宇問題の金融市場への波及を防ぐのに躍起になっている。大宇財閥も、8月に系列企業数を現在の25社から自動車関連中心の6社に減らす大胆なスリム化計画について債権銀行団と合意し(図b)、さらにGMとの提携を急ぐなど懸念払拭に努めてはいるが、この問題への対応を誤ると、これまで順調に回復してきた景気に悪影響を及ぼす可能性があるとの指摘もある。
債権銀行団は、債務の返済を一時的に凍結し、自らイニシアティブをとりつつ再建策を進める構えをみせているが、今後は、このリストラ・スキームの進捗状況を十分注視していく必要があろう。
(台湾:アジア向けを中心に輸出が回復)
台湾経済は、他の多くの東アジア諸国が通貨・金融危機の影響を被り景気後退となるなか、個人消費等の内需が堅調に推移し、実質GDP成長率は、96年の5.7%の後、97年は6.8%となった。しかし、98年はアジア向けを中心に輸出が大幅に減少したことなどから景気は減速し、成長率は4.8%となった。実質GDP成長率を四半期ごとにみると、98年1~3月期前年同期比5.8%から期を追って低下し、10~12月期は同3.7%となった。この間個人消費は堅調さを維持したが、設備投資の伸びは鈍化し、在庫投資や純輸出の寄与度はマイナスとなった。
政府は99年2月に、企業の輸出競争力の向上、公共工事の前倒し、金融市場の健全化等からなる総合経済対策を打ち出した。99年に入り、電子製品等の輸出が伸張し、鉱工業生産も回復している。実質GDP成長率は1~3月期前年同期比4.3%、4~6月期同6.5%となり、景気拡大のテンポが高まっている。
消費者物価上昇率は97年前年比0.9%、98年同1.7%と安定している。99年に入って食品価格の落ち着きなどから更に低下しており、4~6月期前年同期比▲0.1%、7~9月期同0.3%と87年以来の低水準となっている。また、卸売物価上昇率も輸入品価格の下落などから98年10月以降前年同月比でマイナスが続いている。
失業率は96年10~12月期以降2%台で推移していたが、景気減速により、98年7~9月期には3.0%に高まった。その後はやや低下して99年4~6月期は2.8%となったが、7~9月期は季節要因もあり3.1%とやや高まった。
国際収支についてみると、経常収支は97年76.9億ドル(GDP比2.7%)の黒字の後、98年には輸入減少を上回る輸出の減少による貿易収支黒字の縮小を主因に35.1億ドル(同1.3%)の黒字と、黒字幅が縮小した。98年の輸出はドル建てで前年比9.4%減少したが、99年に入り電子製品、情報通信機器等の輸出が日本を含むアジア向けを中心に増加している。輸入は98年に前年比で8.5%減少した後、99年前半も前年同期比で減少したが、生産の回復を反映して資本財等の輸入が増加し、7~9月期は増加に転じた。
金融面の動向をみると、98年半ばから金融緩和に転じており、公定歩合は98年9月、11月、12月、99年2月と四度にわたり、5.25%から4.5%まで引き下げられた。マネーサプライ(M2)の増加率は97年末前年末比8.0%、98年末同8.6%で、99年に入っても前年同月末比で9%前後と、中央銀行の目標レンジ(98年6~12%、99年6~11%)内で推移している。
なお、9月の大地震の被害により工業生産等に影響が出ており、当局は、99年の実質GDP成長率が0.2%ポイント程度低下するとみている。
(シンガポール:エレクトロニクス産業が景気回復をけん引)
シンガポール経済は、97年の通貨危機の直後にはその影響が少なかったが、98年に入って周辺国の内需収縮に伴う輸出の減少など影響が顕在化し、98年7~12月期はマイナス成長となった。実質GDP成長率は、97年9.0%から98年は0.3%と大幅に減速した。政府は98年6月に、ビジネスコストの削減、経済インフラの整備などを柱とする約20億シンガポール・ドル(97年GDPの1.4%)の経済対策を、また11月には労働コストの引下げなどを柱とする総額105億シンガポール・ドル(同7.4%)のビジネスコスト削減策を打ち出した。99年に入ると、東アジア地域の景気の底入れを反映して、シンガポールへの旅行訪問者数が前年同月比で増加に転じ、小売販売額も持ち直してきている。また、主力のエレクトロニクス製品を中心に輸出が増加に転じ、製造業の生産もエレクトロニクスや化学などの増加により回復し、4~6月期の製造業生産は前年同期比14.1%増となった。実質GDP成長率を四半期ごとにみると、前年同期比で98年7~9月期▲1.9%、10~12月期▲1.1%の後、99年1~3月期に0.6%とプラスに転じ、4~6月期は6.7%と伸びが高まった。政府は8月に、99年の経済成長率見通しを0.0~2.0%から4.0~5.0%へと上方修正した。
消費者物価上昇率は、一次産品価格の下落、需要の低迷などから、98年6月以降前年同月比で下落が続いていたが、99年5月に上昇に転じ、7~9月期は0.9%となった。
失業率は97年1.8%の後、エレクトロニクス産業におけるレイオフの増大などから98年に急速に高まり、年後半には4.4%となった。99年に入って1~3月期3.9%、4~6月期3.3%と低下している。
国際収支をみると、98年は輸出の減少を大幅に上回る輸入の減少によって、赤字基調であった貿易収支が黒字に転じたことから、経常収支の黒字幅は97年の148億ドル(GDP比15.8%)から175億ドル(同20.9%)へと拡大した。
金融面の動向をみると、貸出プライムレートは98年初に6.96%から7.79%に高まった後、9月以降低下し年末には5.90%となった。99年に入ってからは5.80%へと更に低下した。株価は99年に入って上昇傾向を強め、通貨・金融危機前の水準を取り戻している。
(3) ASEAN:プラス成長に転じたが不良債権問題の解決は概して進まず
97年の通貨・金融危機の影響を最も強く受けたASEAN諸国は、98年に景気が大きく後退した。政府による経済対策の効果、農業生産の回復、輸出の回復による製造業生産の増加などにより、各国経済は99年に入ってプラス成長に転じているが、消費の回復は弱く、設備投資は低調である。また、不良債権処理や金融システムの再構築などの構造改革は顕著な進展はみられず、金融機関の貸出態度は依然慎重である。
(インドネシア:総選挙を平穏に終え、景気は底入れの兆し)
東アジア諸国の中で通貨・金融危機の影響が最も深刻であったと言われるインドネシアでは、政情不安もあいまって、経済成長率は97年に4.9%と減速した後、98年には▲13.7%と大きく落ち込んだ。しかし、スハルト大統領の後を受けたハビビ新政権がIMFと合意した経済改革を迅速に進めたことや、99年6月に行われた総選挙が大過なく終了したこともあり、99年には通貨ルピアの安定、物価の鎮静化、生産の回復など、景気に底入れの兆しもみられるようになった。中央銀行の低金利政策の効果などから、停滞していた経済活動全体にも徐々に明るさが戻っており、実質GDP成長率は、99年1~3月期前年同期比▲9.4%の後、4~6月期同1.8%と6四半期振りにプラス成長を記録している。
消費者物価は、通貨減価に伴う輸入品価格の高騰を主因に、98年半ばには一時前年同月比で80%を超えるまでに上昇したものの、98年後半に通貨が安定傾向を示すと上昇率は大幅に鈍化し、99年4~6月期前年同期比30.9%、7~9月期同6.7%となった。
貿易動向をみると、97年に輸入の減少により拡大した貿易黒字は、98年も輸入が引き続き大幅な減少となったことから、一層拡大した。経常収支は、所得収支やサービス収支の赤字から97年まで恒常的に赤字傾向にあったが、98年に貿易収支の大幅な黒字を主因に、39.7億ドルの黒字に転じ、99年に入っても1~3月期に14.4億ドルと黒字基調が続いている。
金融面では、通貨・金融危機の影響や治安の悪化による対外信用不安が増大したため、98年半ばに通貨ルピアは大幅に減価した。98年後半に入ると総じて安定的に推移し、99年6月の総選挙が無事終了したこともあり、しばらくは緩やかな増価基調で推移していた。その後は、IMF融資金の不正流用懸念や東ティモールの独立問題を巡る騒乱等により、一時減価基調に転じたが、10月に入ってからはやや増価している。
99年6月の総選挙がひとまず無事終了したことにより、政情不安が徐々に解消されつつあったが、東ティモールの独立問題や宗教対立などから各地で小規模な暴動が頻発する現在の治安情勢は予断を許さず、インドネシアへの対外直接投資も、99年1~3月期前年同期比▲85.5%、4~6月期同▲65.5%と依然低迷したままである。10月20日に行われた大統領選挙によりワヒッド氏が第4代大統領に選ばれ、総選挙で最多得票数を獲得した闘争民主党のメガワティ氏が副大統領に就いたことにより、今後は政治面の安定化が期待される。
(タイ:景気は回復に向かうが、不良債権比率は高水準)
タイ経済は、通貨・金融危機後大きく景気が後退し、実質GDP成長率は97年▲1.8%、98年▲10.0%となった。IMFの指導の下に経済再建に取り組み、経常収支の改善、通貨の安定、インフレの抑制などでは成果を挙げたが、景気の落ち込みは続き、政府及び中央銀行は98年半ばより金融・財政緩和策に転換した。99年度予算(98年10月~99年9月)ではGDP比6%までの財政赤字が許容され、99年3月には雇用創出を目指した公共投資など約530億バーツの追加支出や、付加価値税の引下げ、電気料金の引下げなどからなる総額1.300億バーツ(GDP比約2.8%)規模の経済対策を打ち出した。
こうした財政支出による下支えや輸出の増加などから、99年に入って景気に回復の動きがみられる。製造業生産は99年初から前年同期比でプラスに転じ、4~6月期は10.6%増、7~9月期は15.9%増となった。個人消費にも持ち直しの動きがみられるが、設備投資は依然として低調である。実質GDP成長率は1~3月期に前年同期比0.8%と危機後初めてプラス成長となり、4~6月期は同3.5%と伸びが高まった。政府は99年の経済成長率見通しを1.0%から3.0~4.0%へ上方修正した。
物価上昇率は通貨減価の影響などから97年半ばから98年半ばまで高まりをみせたが、その後は通貨の落ち着きや内需の弱さなどから低下傾向となっている。消費者物価上昇率は98年8.1%の後、99年1~3月期は前年同期比2.7%と落ち着き、4~6月期は同▲0.4%、7~9月期同▲1.0%と下落に転じた。
国際収支をみると、98年の経常収支は、輸出の減少を大幅に上回る輸入の減少により貿易収支が黒字に転じたことから、143億ドル(GDP比12.3%)と大幅な黒字に転じた。99年に入り、生産の回復を反映して輸入が前年同期比で増加に転じ、輸出も4~6月期以降増加に転じている。
金融面の動向をみると、中央銀行は99年に入り公定歩合を三度にわたり引き下げた(12.5%→4.0%)。マネーサプライ(M2)の増加率は、97年末前年末比16.4%増から98年末には同9.5%増と伸びが低下し、99年に入り更に低下して9月末には2.2%増となっている。
金融部門の構造改革については、98年8月に金融再建策が発表され、99年に入って破産法、担保回収法等の整備が進むなどその枠組みは整えられたが、公的資金による銀行の資本増強などは目立った進展はみられない。商業銀行の総貸出に占める不良債権比率は、99年9月現在で約45%と依然として高く、金融システムの健全化にはなお時間がかかるものとみられる。
(マレイシア:資本取引規制の下、景気は回復に向かう)
マレイシア経済も、通貨・金融危機後には景気後退に見舞われ、実質GDP成長率は98年▲7.5%まで落ち込んだ。しかし、98年9月に導入した資本取引規制の下で金融市場は安定し、財政支出の拡大、輸出の増加などから、景気は回復に向かっている。四半期ごとの実質GDP成長率の推移をみると、98年7~9月期の前年同期比▲10.9%を底として、10~12月期同▲10.3%、99年1~3月期同▲1.3%とマイナス幅は縮小し、4~6月期には同4.1%と6四半期ぶりのプラスに転じた。鉱工業生産も、98年▲7.2%の後、99年1~3月期前年同期比▲2.3%、4~6月期同6.6%とプラスに転じている。
消費者物価上昇率は、通貨下落による輸入物価の高まりなどから、98年には5.3%となったが、その後99年1~3月期前年同期比4.0%、4~6月期同2.6%と低下している。
貿易は、ドル建てでみて97年半ばから輸出入とも減少が続いていたが、輸出は98年10月以降前年同月比で増加に転じており、輸入も99年に入り増加に転じている。貿易収支は、98年に輸入の減少が輸出のそれより大きかったことから大幅な黒字となり、その後も黒字を続けている。
<コラム1-3>マレイシアの資本取引規制の導入とその後
マレイシアでは、98年9月より、資本取引規制、固定相場制を導入しているが、その重要な一環として、証券売却代金の外貨への交換・国外送金を証券購入から一年の間禁じるという措置を発表した。資本規制の導入後には、外貨準備の増加や株価の上昇など金融面の落ち着きがみられ、その後、実体経済も回復に向かっている。しかし、証券売却代金の一年間送金禁止の措置について、98年8月までに購入された証券については、一律、98年9月1日を起点とするとされたため、規制が解除になる99年9月1日には、大量の資金流出が生じるのではないかという懸念があった。
マレイシア政府は、99年2月4日に送金課税制度を導入し、この一年間送金禁止措置を一部緩和した。この送金税の導入により、一年を待たなくても送金税(exit tax)を支払えば、送金が可能となった。この制度を設けたことにより、99年9月1日に起こり得る大量の資金流出をある程度平準化することも狙いとしていたとみられる。この送金課税制度は、マレイシア国内に持ち込まれた投資資金を、99年2月14日以前と2月15日以後に持ち込まれたものに分けて扱っている。前者の場合には、一年待たなくても送金できるものの、投資資金が持ち込まれた日から一年以上待てば、元本、利益ともに無税で送金できるため、依然として資金流出の可能性は残っていた。また、後者の場合には、元本についてはいつ送金しても無税だが、利益に関しては投資から一年以内に送金する場合には30%、一年以上後の場合は10%の税金が必ず課されるという内容になっており、ある意味では規制が強化されたとも言える。
この送金課税導入後には、一時的に株価急落や外貨準備の減少がみられ、若干の資金流出が生じたとも考えられるが、その後は株価、外貨準備ともに再び回復した(図a、b)。99年8月中旬、マレイシア中央銀行は、国内経済の改善や株価の上昇などから、資金流出が生じたとしても50~70億ドルにとどまるだろうとの予測を示した。また、マレイシア政府は、送金課税導入時に、ポートフォリオ資金の出入りを管理し始めたが、2月15日から8月25日現在までに40億リンギの純流入となっていると発表している。さらに、99年8月には、各国の投資家が投資方針を作成する上で用いられる代表的な指標であるMSCI指数(Morgan Stanley Capital International Index)の構成銘柄にマレイシア株が復帰することが発表され、投資家に好感されたとみられる。資本規制導入を機にマレイシア株は「安定した投資の対象外」とされ、同指数から除外されていた。こうした状況を背景に、マレイシア政府の発表によれば9月1~3日の国外流出資金は4.6億ドルにとどまり、当初懸念されていたような大規模な資金流出には至らなかった。外貨準備高をみると、8月30日の323億ドルから9月15日には316億ドルと7.8億ドル減の小幅な減少にとどまった。また、9月21日には、送金課税制度を緩和し、投資してからの期間にかかわらず一律10%の税率とすることも発表された。こうして徐々に規制は緩和されているものの、マレイシア政府は、今後も当面資本規制、固定相場制を続ける方針を示している。今回、大きな懸念材料のひとつであった資金流出の問題は乗り切ることができたものの、規制解除のタイミングや規制が長期的に続いた場合の経済への影響など、今後とも動向が注目される。
(フィリピン:農業生産が回復)
フィリピンは、短期資本へ過度に依存していなかったことや、好況のアメリカ向けの輸出割合が非常に高く、輸出が好調を維持したことなどから、通貨・金融危機の影響は比較的軽微であった。しかし、度重なる悪天候に見舞われたことや、通貨ペソの下落による内需低迷の影響もあり、98年は7年ぶりにマイナス成長を記録した(▲0.5%)。その後、天候が安定したことを主因に農業生産が回復したことや引き続き輸出が好調を保ったことから(第1-4-17図)、99年に入って経済成長率は1~3月期前年同期比1.2%、4~6月期同3.6%と回復しつつある。フィリピン政府は、8月にフィリピン中期開発計画(MTPDP:Medium-Term Philippine Development Plan)[注12]をまとめ、農業部門の近代化を重点項目に掲げるとともに、1999~2004年の平均実質GDP成長率の目標を4.7~5.3%に設定した。
消費者物価上昇率は、通貨ペソの下落に伴う輸入物価の上昇や農産物の価格が高騰したことなどから、98年半ば以降前年同月比で二桁の増加率で推移したが、99年に入り農産物価格が安定すると緩やかに低下し始め、99年4~6月期前年同期比6.8%、7~9月期同5.6%と落ち着きを取り戻している。
貿易収支は、輸出が好調を維持したことに加え、輸入が大幅に減少したことから、98年には赤字幅が縮小し、99年に入ってからは1~3月期5.5億ドル、4~6月期1.5億ドルと黒字基調で推移している。経常収支は、98年に黒字に転じ、99年以降も1~3月期13.0億ドル、4~6月期9.3億ドルと黒字を維持している。
(ベトナム:景気の減速続く)
ベトナムの実質GDP成長率は、97年8.2%、98年5.8%、99年1~6月期前年同期比4.3%と減速している。ベトナムは、貿易、投資ともアジア域内への依存度が高く、アジア通貨・金融危機後には輸出、直接投資受入の減少などの影響がみられている。鉱工業生産は、98年12.1%増から99年1~6月期前年同期比10.3%増と鈍化している。なかでも生産の約4割を占める国有企業部門が伸び悩んでいる。
消費者物価上昇率は、通貨ドンの切下げ、食料品の値上がりなどから、97年の3.6%から98年には9.2%へと高まったが、その後99年5月には4.8%まで低下している。
輸出(ドル建て)は、98年以降、それまでの二桁台の伸びから大きく鈍化しており、99年1~6月期前年同期比7.7%増となっている。直接投資の受入額(認可ベース)は、97年44.6億ドル(前年比47.5%減)と大きく減少した後、98年40.6億ドル、99年1~6月期6.0億ドルと低迷が続いている。
(4)南アジア:インドで景気回復の動き
南アジアでは、インドで景気の減速が続いていたが、農業生産の回復によって消費が持ち直し、工業生産にも回復がみられる。パキスタンでは、98年5月の核実験実施に伴う経済制裁の影響などから対外債務返済問題が深刻化し、農業生産も不振であったことから、98/99年度(98年7月~99年6月)の経済成長率は前年度の4.3%から3.1%へ鈍化した。バングラデシュでは、98年8月の洪水により繊維など輸出産業の生産が停滞し、98/99年度(98年7月~99年6月)の経済成長率は前年度の5.2%から4.8%へやや鈍化した。スリ・ランカでは、輸出の伸びが大幅に鈍化しており、98年の経済成長率は前年の6.4%から5.3%へ鈍化した。
(インド:農業生産の回復により工業生産にも回復の動き)
インド経済は、消費の不振による工業生産の鈍化などにより、97年度(97年4月~98年3月)以降景気の減速が続いていたが、農業生産の回復により消費が持ち直しており、工業生産にも回復の動きがみられる。
実質GDP成長率は、94年度から96年度まで3年連続して7%台の伸びを示した後、97年度は農業生産の落込みや工業生産の鈍化などから5.0%へ減速した。98年度は工業生産は低い伸びが続いたが、GDPの約26%を占める農業部門の生産が1.0%減から7.6%増へと回復したことから、6.0%と伸びを高めた。鉱工業生産は、98年10~12月期前年同期比3.0%増を底に、99年1~3月期同4.8%増、4~6月期同5.6%増と回復している。工業生産の回復には、農村部を中心とする耐久消費財等の消費増大が寄与しているとみられる。
物価は99年に入って落ち着きをみせている。卸売物価上昇率は、農産品価格の高騰やマネーサプライの増加などから98年半ばから高まりをみせ、7~9月期には前年同期比で8.3%となったが、農産品の価格が落ち着くにつれて低下し、99年4~6月期同3.8%、7~9月期同1.8%となった。
国際収支の動向をみると、通関ベースの貿易収支(ドル建て)は近年赤字幅が拡大しており、98年度は82億ドルの赤字となった。96年度以降、輸出の伸びが鈍化しており、98年度はアジア向けの減少などから前年度比3.8%減となった。しかし、実質実効為替レートの減価や東アジアの景気回復などから、99年度に入って輸出に回復の兆しがみられ、1~3月期前年同期比0.1%減の後、4~6月期は同2.6%増となった。経常収支は、ソフトウェア輸出の急増によるサービス収支の改善や、国際収支ベースの貿易収支赤字の縮小などから98年度は赤字幅が縮小し、40.4億ドルの赤字(GDP比▲1.0%)となった。
2 大洋州:景気拡大が続くオーストラリア経済
オーストラリアでは雇用情勢の改善、堅調な株価、低金利等を背景に、個人消費が拡大し、景気拡大が続いている。ニュー・ジーランド経済には回復の動きが見られる。
(オーストラリア:景気拡大続く)
オーストラリアでは、91/92年度(91年7月~92年6月)以降景気拡大が続いている。96/97年度には一時的に拡大テンポが鈍化したが、97/98年度には、アジア通貨・金融危機の影響が懸念されていたにもかかわらず、個人消費や民間投資全般が好調だったため、実質GDP成長率は4.8%と大幅な伸びとなった。また、98/99年度は、個人消費が前年度比4.5%増と堅調に推移し、住宅投資も同7.4%増と拡大したこと等から実質GDP成長率は4.5%となった。拡大が続いていた民間企業投資が今後は減少すると見込まれることなどから、政府は99/2000年度の経済成長率見通しを3.0%としている(第1-4-18図)。
消費者物価上昇率は97年7~9月期以降3期連続でマイナスが続いた後プラスに転じ、99年7~9月期前年同期比1.7%と安定している。失業率は95年から97年まで8%台半ばで推移していたが、徐々に改善し98年10月以降は7%台で推移しており、99年7~9月期は7.2%となった。
国際収支の動向をオーストラリア・ドル建てでみると、98/99年度の財の輸出は、前年度比3.3%減となった。EU諸国、アメリカ、ニュー・ジーランド向けなどが増加したものの、ASEAN諸国、日本、韓国向けが減少した。品目別にみると羊毛・羊皮(前年度比36%減)、金属、非貨幣用金(同16%減)等が大幅に減少した。一方財の輸入は、好調な内需を反映して、前年度比7.0%増とアジア諸国からの輸入を中心に増加した。品目別にみると通信設備(前年度比36%増)、加工財(同35%増)等が大幅に増加した。経常収支は96/97年度以降赤字幅が拡大しており、98/99年度は貿易収支赤字が大幅に拡大したことから324億オーストラリア・ドル(GDP比▲5.5%)の赤字となり、赤字幅が更に拡大した。対米ドル・レートは、金融緩和の影響などから96年末から98年9月頃まで減価が続いていたが、その後増価傾向が続いている。
(ニュー・ジーランド:回復の動き)
ニュー・ジーランドの実質GDP成長率(生産ベース)は、97年度(97年4月~98年3月)に2.0%となった後、98年度は、▲0.2%となった。これは景気が減速し始めていたところにアジア通貨・金融危機や干ばつの影響を受けたため、98年の前半に景気が悪化したことによる。98年7~9月期以降は輸出の回復や内需が堅調に推移したことなどからプラス成長に転じている。99年4~6月期は輸出の落ち込み等からややマイナスとなったものの、住宅投資が好調に推移するなど回復の動きがみられる。実質GDP成長率は99年1~3月期前期比年率3.5%の後、4~6月期同▲1.0%となった。政府は99年度の成長率を2.3%と見込んでいる(前掲第1-4-18図)。
消費者物価上昇率は、ローン金利の大幅な低下等から99年に入って下落しており、7~9月期は前年同期比▲0.3%と3期連続でマイナスとなっている。ただし、この金利変動要因を除いた消費者物価指数(クレジットサービスを除く)でみると、7~9月期同1.1%と安定している。失業率は98年10~12月期に7.7%まで上昇したが、その後徐々に改善しており99年7~9月期には6.8%となった。
経常収支赤字は、97年度54.9億ニュー・ジーランド・ドル(GDP比▲5.6%)の後、98年度は57.0億ニュー・ジーランド・ドル(同▲5.8%)と赤字幅が若干拡大した。
- 注1 日本への輸出増加に寄与した要因としては、為替レートのほかに日本の景気動向等も挙げられる。
- 注2 郷(村)、鎮(町)、農家等が経営する企業のこと。
- 注3 中国通信(98年7月30日)
- 注4 EUは、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの4か国、ASEANは、タイ、マレイシア、インドネシア、フィリピンの4か国とした。NIEsは、香港を除く。
- 注5 国家発展計画委員会宏観経済研究院編(1998年)等。
- 注6 レイオフとは、中国語で下崗といい、経営状況等の客観的な理由により3か月以上何も仕事をしていないが、企業との労働契約は解除しておらず、かつ別の職場で活動に従事していない人をいう。
- 注7 再就職センターに一度在籍してしまうと、もとの国有企業に戻ることはできない。
- 注8 国家経済貿易委員会副主任・鄭斯林氏の講話(99年3月2日付人民日報)等。
- 注9 同上
- 注10 世銀の試算値
- 注11 中国人民銀行「中国人民銀行統計季報」
- 注12 フィリピン政府が5年毎にまとめる経済政策ビジョンであり、マクロ経済指標に関する具体的な目標のみならず、治安、教育、福祉など社会的側面にも幅広く言及している。
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