平成17年度 日本経済2005 第2章 第2節 資金の流れからみた企業行動の変化とその背景

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第2節 資金の流れからみた企業行動の変化とその背景

企業の収益は、景気回復による需要拡大に加え、過去のリストラによる固定費削減の効果もあって増加が続いている。他方、こうした収益改善を背景に、企業のキャッシュフローは大きな規模に膨らんでいるが、設備投資額はキャッシュフローの伸びほどには増加していないため、結果として企業部門はネットみて貯蓄超過(資金余剰)の状態が続いている。かつては、企業部門は、設備投資資金の多くを借入れによって賄ってきたこともあり、ネットでみて投資超過(資金不足)状況にあることが常態であったことを考えると、企業部門の貯蓄超過がかなりの期間にわたって継続することは過去に例のないことである。今後の景気動向を考える上でも、企業の増加したキャッシュフローが、今後配当や設備投資にさらに向かうようになるのかといった点は大きなポイントとなる。

加えて、雇用面についても、企業の行動は、かつてとは大きく異なる面がみられる。賃金の伸びは、企業業績の改善と比べると相対的に小幅にとどまっており、また、成果主義賃金の採用によって年功賃金カーブもかつてと比べて緩やかになっている。こうした観点からは、これまで続いてきたリストラの動きが一段落する中で、企業が雇用や賃金の面で前向きな動きに転じてくるのか、またその背後で賃金・雇用制度がどう変化しているかも今後の景気動向をみる上での大きなポイントである。

そこで、本節では、企業部門の資金動向や雇用の在り方について、上記のような問題意識の下に分析を行なう。具体的には、マクロの統計によって近年の動向を概観した上で、企業レベルのミクロ・データを用いて、企業の資金管理や雇用に関する行動の特徴とその背景について調べる。

1.マクロ経済データからみた企業部門の貯蓄超過の背景とその変化

(投資超過基調だった企業部門は90年代後半以降は貯蓄超過へ)

過去の日本の国内経済の資金の流れをみると、家計部門が貯蓄を行い、その資金が金融機関の仲介によって企業部門に流れ、それをもとに企業は生産・投資活動を行なうという姿が一貫して続いてきた。しかしながら、1990年代後半以降については企業部門の資金の流れに変化が生じた。それは、これまで資金の取り手であった企業部門がネットでみて資金の出し手に転換しているという点である。

このような動きは、国全体の部門ごとの貯蓄投資差額の状況を国民経済計算でみることにより確認できる。1990年代半ば以降、財政赤字の拡大を背景に政府部門が大きな投資超過になる一方、企業部門は投資超過から貯蓄超過に転換している(第2-2-1表)。また、家計部門については、引き続き貯蓄超過の状態にはあるものの、貯蓄超過幅自体は低下している。

このうち、企業部門の貯蓄投資差額に注目すると(以下の数字は年平均のフロー額)、1990年代前半には年平均で28兆円程度の投資超過であったが、2000年代には年平均で7兆円程度の貯蓄超過に転じており、この間に35兆円程度バランスが変わったことになる。

1990年代前半から2000年代初めにかけての貯蓄投資差額の変化について、投資の変化による分と貯蓄の変化による分に分けてみると、投資の減少と貯蓄の増加の両方が作用したことが分かる。投資面での変化を見ると、グロスでみた投資は7兆円程度低下したに過ぎないが、固定資本減耗が過剰設備削減の過程で年平均で11兆円程度増えているため、ネットでみた投資は18兆円程度減少している(第2-2-2図)。これは、同じ期間に貯蓄投資差額が35兆円変化したことを考えると、その半分程度がネットの設備投資の減少によるものであることを示している。他方、貯蓄については、同じ期間に12兆円程度増加しており、貯蓄投資差額の変化額35兆円の3分の1が貯蓄の変化によるものとなっている。残りの貯蓄投資差額の変化は、土地購入が4兆円程度減少したことを反映している。

さらに、1990年代前半から2000年代にかけての企業部門の貯蓄増加の背景をみるために、企業部門の所得支出勘定をみると、所得面では営業余剰が16兆円程度減少しているものの、支出面で利払い費が30兆円減少したことが貯蓄の増加に大きく寄与している。こうした利払い費の減少は、金利が低下したことに加え、債務残高が大きく低下したことを反映している。

(金融取引面からみた企業部門の資金余剰の状況)

企業部門の貯蓄超過(資金余剰)の動向を資金循環統計を基に金融取引面に着目して分析してもほぼ同様の結論が得られる。実物取引と金融取引については、ほぼ裏表の対応関係にあり、実物面で投資や土地の購入等が行なわれた場合には、金融面ではそれに対応した資金調達が行なわれ、例えば借入れが増加したり、現預金等の資金の取り崩しが行なわれたりされる(21)。実物取引における企業部門の貯蓄投資差額(国民経済計算の貯蓄投資差額)と金融取引における非金融法人部門の資金過不足(資金循環統計の資金過不足)の動向をみると、両者とも1990年代後半に貯蓄超過(資金余剰)に転じ、その後も2003年までほぼ貯蓄超過(資金余剰)の状態を続けている(第2-2-3図)。ただし、2004年以降の動向をみると、最近では資金余剰幅がやや低下してきている様子もうかがわれる。

資金循環統計のフロー表により資金過不足の内訳を詳しくみると、1990年代後半から非金融法人部門は資金余剰に転じている。その背景としては、借入れが1990年代前半の18兆円弱の借入れ超過から2000年代には17兆円の返済超過に転じていること(ネットで35兆円弱の変化)に加え、社債等を含む株式以外の証券による資金調達もネットで11兆円程度変化していることが資金余剰の拡大に寄与している(第2-2-4図)。

こうした動きに対応して、企業のバランスシートについても、債務が大きく低下するなど内容が大きく変化している(第2-2-5図(1))。非金融法人部門は1998年から資金余剰に転じたが、1998年から2004年までの資金余剰額を累計すると165兆円となる。これに対し、同じ期間(1998年期首から2004年期末)において、企業の借入残高は170兆円低下し、また社債等が含まれる株式以外の証券による負債残高も30兆円低下したことから、企業の資金余剰の大半が借入れの返済に充てられた可能性が高いことが示唆される。また、その他金融資産が同じ期間に資産・負債の両建てで減少しているが、これは売掛(買掛)債権等の企業間・貿易信用が資産・負債両面で20兆円前後縮小したことが影響している。こうした企業間信用の縮小には、バブル崩壊以降の企業倒産の増加等を反映して企業間信用のプロセスが縮小した可能性や(22)、企業が資金効率の向上を目指して、売掛債権等を圧縮しようとしている動きがあること等が影響していると考えられる(コラム7参照)。

(企業部門は投資抑制、利払い縮小による余剰資金で債務返済を実行)

以上のようなマクロの経済統計からみた非金融法人部門の貯蓄超過(資金余剰)の特徴をまとめると、以下のようになる。

i)企業部門の貯蓄超過は、減価償却を控除したネットの設備投資の抑制と、債務残高の圧縮や金利低下に伴う利払いの減少が大きく寄与している。

ii)こうして生じた余剰資金は、かなりの部分が債務の返済に充てられた。

ただし、最近時点では、こうした企業の貯蓄超過(資金余剰)の傾向にも変化がみられている。第2-2-3図でみたように、資金循環統計でみると、企業部門の資金余剰は2003年から2004年にかけて21.5兆円低下している。その内訳をみると、企業の借入返済額が2003年の25.6兆円から2004年には5.5兆円へと20兆円縮小したことが大きく寄与している。

また、企業部門のバランスシートの最近の状況について、法人企業統計年報でみると、若干の拡大がみられる(第2-2-5図(2))。資産面では、有形固定資産は減少しているものの、企業間信用の回復による売掛金の増加や、長期保有目的の株式の増加がみられており、総資産は2003年度から2004年度にかけて8兆円程度拡大している。負債面では、有利子負債が引き続き減少する一方で、資本が増加し、負債比率が低下している。このように、ようやく最近時点では企業のバランスシートの縮小傾向にも変化がみられるようになっている。

コラム7 キャッシュフロー経営とは

多くの企業でキャッシュフローを重視した経営が採り入れられつつあるが、以下では、キャッシュフロー経営の概要とそれが企業行動に与え得る影響について簡単にまとめた。

キャッシュフロー経営とは、一般に、投資・回収・再投資というキャッシュに関する一連のフローを重視し、現在から将来にいたる投資一単位当たりのリターン=キャシュフローの現在価値の最大化を通じて、企業価値の創造を目指すものと考えられている。これは、かつて多くの日本企業が、負債と資産を両建てて増加させることで生産を拡大していく売上高最大化を重視していたこととは対照的である。

このように、キャッシュフローが重視されるようになった背景には、バブル期の過剰投資が個々のプロジェクトの収益性を楽観視した結果であったとの反省に加え、バブル崩壊以降、企業側で資金繰りに関するリスクを回避する上でも、これまで以上にキャッシュを管理する必要が生じたことや、投資家の側で、より客観的な経営指標とそれに基づいたリターンを重視するようになったことがある。具体的には、前者の要因については、取引先企業の倒産リスクがかつてと比べて増加する中で、売掛金が不良債権化した場合、損失処理が行われるまでは利益には影響しないが、キャッシュが回収されないために結果として黒字決算であるにもかかわらず企業が資金繰りに困って倒産するという状況も生じ得るようになっているということがある。また、バブル崩壊後の銀行の貸出し基準の厳格化によって、企業側が資金繰りのリスクをより強く意識するようになった面もある。後者の投資家側の要因については、バブル崩壊後、株式のキャピタルゲインが期待できなくなったことから投資家が配当政策に敏感となっていることや、M&Aが頻繁に行われるようになり、企業価値の評価基準として当該企業が将来にわたってどれだけキャッシュを生み出すことができるかという点が重視されているということがある。

キャッシュフロー経営が結果的に企業行動に与える影響としては、以下のようなことが考えられる。

(1) 投資の判断基準はキャッシュフローをどれだけ増加させるかに重点が置かれる。ただし、その場合、将来生み出されるキャッシュフローの現在価値が重要視されるので、投資収益性の裏づけがあれば必ずしも長期的な投資を阻害するとは限らない。

(2) 資金調達面では資本コストがより強く意識され、投資に使わなかったキャッシュフローは、借入金の返済や、自己株式の消却、株主への配当などに優先的に充当されるなど、財務戦略が重要視される。また、資金の有効活用を図るため、企業グループ内でキャッシュ・マネージメント・システム(CMS)を導入するといった動きもみられる。

(3) 資金効率向上の観点から、売掛債権など企業間信用もできるだけ回収期間が圧縮することが目標とされ、在庫の圧縮も重要となる。同様に、不良資産の処理については、それによって利益に短期的な負の影響があってもキャッシュフローの改善につながることから、処理を促進させる方向に働く。

2.ミクロ・データでみた企業の資金調達・利益処分の動向

以上のように、マクロ経済統計が示すところによると、現在、企業部門が貯蓄超過になっている背景には、設備投資が収益増加ほどには伸びていないことと、債務返済や金利低下に伴って利払いが減少していることがある。マクロ経済全体でみて、このように企業部門が貯蓄超過にあることは過去の実績と比較するとある意味で異常な状態とも言えるが、各企業レベルでみた場合には、こうした企業行動は経済的にみて合理的な面がある。

以下では、企業の資金調達・利益処分の行動に関する理論的な背景を概観した上で、実際に、企業レベルのミクロ・データを用いて、そうした理論でどの程度企業行動が説明できるかを詳しく分析した。

(1) 企業の資金調達・利益処分行動に関する理論的背景

(完全市場における企業の資金調達、利益処分の方法には特定の傾向はない)

一般的な企業の資金調達、利益処分についての行動に関しては、これまでに様々な観点から議論が行なわれている。主な考え方を簡単に整理すると以下のとおりである。

まず、完全市場の下では、企業の資金調達において資本と負債の間の選択は企業価値に影響を与えないとする「モジリアーニ・ミラー(MM)命題」が成り立つと考えられる。ただし、その場合でも、法人税が存在する下では、負債利子の税控除に伴うコストの低減効果があるため、最適な負債比率は上昇するほか、倒産確率が高い場合は、他の条件を一定とすれば最適な負債比率はリスク・プレミアムの上昇により低下する。また、企業の利益処分についても、MM命題によると、完全市場の下では、企業の配当は企業価値とは無関係であるため、配当に関する一定の性向は導かれない。

(不完全市場における資金調達、利益処分の方法には情報コスト等が影響を与える)

一方、完全市場であるとの仮定を緩めると、企業の資金調達・利益処分は様々な要因により左右される可能性がある。例えば、借り手と貸手の間に情報の非対称性が存在する場合等には、資金の調達方法によって資本コストの異なる階層構造(ペッキング・オーダー)が生じる可能性が指摘されている。この場合、企業は資本コストの安い順番に資金調達手段を選ぶとされている。具体的には、キャッシュフローといった内部留保が最もコストが安く、次に、銀行は一般投資家よりも企業の情報を有しているため銀行借入れのコストが安く、株式・社債等による外部市場からの調達が最もコストが高いという順番になる。

この仮説によると、企業の利益処分に関しては、利益率が高く有利子負債比率が低い企業ほど、負債との対比で内部資金を豊富に有しているため、配当や自社株消却の形で内部留保を株主に還元しやすくなる。また、設備投資についても同様に、企業は最も資本コストの安い内部資金(キャッシュフロー)から先に用いると考えられるため、投資用の資金が内部資金だけで賄えない場合には景気動向等によって流動性制約を受けることになる。その結果として内部資金量の多寡が投資に影響を与える可能性が考えられる(23)

以上のような仮説に加えて、企業の資金調達については、経営者の規律づけ(ガバナンス)も影響するとの説もある。例えば、キャッシュフローを潤沢に持つ企業では、経営者の裁量によって非効率な支出(例えば採算に合わないプロジェクトへの投資)が行なわれがちになる。それを防止するために株主が負債比率を高めさせようとする可能性があることが指摘されている(24)。また、企業の利益処分に関しても、経営者の規律づけという観点からは、キャシュフローが豊富になると経営者は非効率な支出を行いがちになるため、増えたキャシュフローを配当など株主還元策に充てるよう株主が約束させる傾向があるとの指摘もある。この場合は、内部留保の多い企業ほど配当が増えることになる。また、企業の利益処分について、創業間もない企業と比べると、成熟した企業では資本市場へのアクセスも容易になるため、内部留保を配当等の形で株主に還元させやすくなるとの説もある。

(2) 企業の資金調達行動に関する実証分析

以上のような理論的な背景を考慮にいれた上で、以下では、企業レベルのミクロ・データを用いて、企業の資金調達面及び利益処分面の動向について、どのような特徴がみられるかを検証した。その際、企業部門の貯蓄超過の背景には債務削減の動きや収益ほどには設備投資が伸びていないといったことがあることから、問題意識として、(1)なぜ企業は引き続き債務を削減しているのか、(2)銀行借入れの減少はその他の手段による資金調達に代替されているのか、(3)設備投資は投資収益率といった実物要因だけでなく資金制約等の影響も受けている可能性はあるのか、(4)企業に蓄積された内部資金は配当として還元されていくのか、といった点に注目して分析を行なった。

(低下する企業の負債比率)

マクロ的にみると、企業は有利子負債の返済を進める一方で、株式による資本調達を増やしていることから、企業の総資産に占める有利子負債の比率(以下では負債比率と略す)は低下が続いている。法人企業統計によると、企業の負債比率は、1990年代初めから1998年頃までほぼ横ばいで推移してきたが、それ以降の期間については急速に負債比率を低下させている(第2-2-6図)。製造業と非製造業に分けてみると、製造業の負債比率が1990年代初めから一貫して緩やかに低下してきているのに対し、非製造業の負債比率は1998年までやや上昇が続いた後、急速に低下しているという特徴がある。

(内部資金調達がしやすい企業ほど大きい債務比率の低下)

こうした企業の負債比率の変化が、どのような要因によって影響されているかを検証するために、東証1部上場企業のうち合併等により連続したデータがとれない企業を除いた1353社のパネル・データを用いて、負債比率に関するモデルを推計した(期間は連結ベースの財務データが入手可能な2000年から2004年度まで)(25)。モデルの設定については(26)、(1)債務返済のための内部資金調達の容易さを表す変数としてROA(総資産営業利益率)、(2)担保力を表す変数として固定資産比率、(3)企業の成長機会の代理変数として資本の時価簿価比率を用い、さらに企業の属性を調整するために企業規模(総資産残高)を含めた。また、同じ期間中に負債比率を増・減させた企業の特徴をみるために、ロジット分析も同じ説明変数を用いて推計した。

負債比率の決定要因についての推計結果によると(第2-2-7表)、ROAはマイナスで有意となっており、ペッキング・オーダー仮説が示すように、内部資金を調達しやすい企業では負債比率を低下させる傾向がみられる(27)。また、企業規模はプラスで有意となっているが、これは、規模が大きいほど倒産確率が小さくなり、結果として貸手側からみた監視費用(エージェンシー・コスト)が低く、負債を増やしやすいということを示していると考えられる。他方、資本の時価簿価比率は、理論的には正・負両方の符号をとり得るものであるが、ここではプラスで有意となっており(28)、固定資産比率は本来プラスが予想されるがここではマイナスになっている(29)

また、ロジット分析により、この数年で負債比率を低めている企業の特徴をみると、当然ながら、企業業績の回復によってROAが上昇するにつれて負債比率を減らしている企業の割合が高まっている。また、企業規模別では、負債比率が相対的に高い大企業ほど負債比率を低下させている(第2-2-8表)。

(企業収益の改善により過剰債務の解消へ)

以上の推計結果に基づいて、最近の債務比率の動向について幾つか特徴を挙げると、以下のとおりである。

第一に、景気回復によって企業収益率が改善し、キャッシュフローが豊富になっていることから、この要因が債務比率を低下させる方向に働いている一方、担保力を表す固定資産比率が債務に与える影響は限定的である。後者については、一般には、バブル期にみられたように、資産価格の上昇によって担保力が増すと企業の債務比率は上昇すると考えられるが、今回の推計結果ではそうした傾向はみられなかった。いずれにせよ、全国的にみれば地価が依然として下落傾向にあるという状況の下では、資産面から債務比率を引き上げる力は弱いものと考えられる。このため、企業の債務比率は景気回復によるキャッシュフローの蓄積とともに、今後さらに低下が続く可能性が大きいことが示唆される。

第二に、業種別の特徴をみると、負債比率は製造業の方が非製造業と比べて低い傾向がみられるが、負債比率の調整速度(前期の負債比率の係数を1から引いたもの)は、製造業よりも非製造業の方が高い。このことは、相対的に負債比率が高い非製造業において、負債比率の引き下げをより迅速に行なっていることを示している。また、規模別でみても、比較的債務比率の高い大企業の方が中小企業よりも債務比率を低下させる傾向がみられる。こうしたことは、過剰に積み上がった債務を巻き戻す動きが依然として一部の企業で続いていることを示していると考えられる。ただし、推計結果から示唆される現実の債務比率の最適債務比率からの乖離は約4%程度であり、過剰債務はかなり解消されていると考えられる(付注2-4)。

(企業の資金調達手段は間接金融から直接金融へ)

多くの企業は引き続き債務の圧縮を進めているが、最近では、企業が株式による資本調達を増やしているほか、社債による資金調達は銀行借入れほどには縮小しておらず、間接金融から直接金融へという動きがみられる。資金循環勘定を基に、資産価格変動の影響を除いて実際の企業の資金調達の実態に近づけるため、貸出、株式出資金を簿価ベース、事業債等の債券は額面ベースで取り出して資金調達の動向をみると、貸出による調達は1990年代央から2004年に至るまで減少が続いているが、株式出資金による調達はほぼ一貫して緩やかな増加基調にあり、社債による調達はほぼ横ばいで推移している(第2-2-9図)。

(内部留保率が高い企業ほど借入れを縮小、大企業は社債調達重視)

こうした企業の資金調達手段の変化を詳細に検証するため、先ほどと同じ企業のパネル・データを用いて、多項ロジット・モデルにより、借入、社債、株式による資金調達の動向を推計した(30)。具体的には、被説明変数の資金調達方法は、(1)株、社債、借入なし、(2)借入のみ、(3)社債のみ、(4)株式のみ、(5)借入と社債、(6)その他の組合せを想定した。説明変数については、先ほどの負債比率の推計と同様、ROA、企業規模(総資産額)、固定資産比率、資本の時価・簿価比率を含めた上で、さらに、幾つかの変数を加えた。具体的には、最適資本構成論からすると過剰債務を抱える企業は最適比率まで借入を抑制する傾向があると考えられることから、企業の債務比率を加えたほか、ペッキング・オーダー仮説によると企業は内部留保、銀行借入、社債発行の順に選好すると考えられることから内部留保比率を加えた。また、相対株価の変化を加えているのは、マーケット・タイミング仮説によると、自社株価が高いときに増資を行なうといった性向がみられることを反映するためである。

推計の結果についてまとめると第2-2-10図のようになるが、まず、借入のみを増やした企業(ケース1)と社債のみを増やした企業(ケース2)に着目すると、ほとんどの項目で同じような結果となっており、内部留保比率が高く、負債残高が高いほど借入・社債を減らす傾向がある一方、担保となる固定資産比率が高いほど、また倒産確率の代理変数と考えられる企業規模が大きいほど、借入・社債の調達が増える傾向がある。ただし、大きな相違点としては、大企業ほど借入よりも社債調達の確率が高いということがある。これは大企業ほど市場における情報コストが安く外部市場へのアクセスが容易なためであると考えられる。

次に、借入及び社債により調達した場合(ケース4)と株式のみを増やした場合(ケース3)を比較すると、株式のみの場合では、負債比率の係数はプラスでかつ有意でなく、また、規模については小さい企業ほど株式による調達が多く、担保力を表す固定資産比率も小さいほど株式調達が多いという結果になっており、ちょうど借入及び社債による場合と正反対の結果になっている。このうち、負債比率が高いからといって株式調達を抑制するような影響がみられないという点については、最適資本論の観点から、負債比率の高い企業では資本調達の割合を高めることで債務比率を低下させようとしている可能性が考えられる。相対株価比率については、予想どおり、株価が高いときに増資を行なう傾向があることを示唆している。

(過剰債務解消の中で進む資金調達の多様化)

以上の推計結果の特徴をまとめると、第一に、企業の借入れが低下を続けているのは、収益率の改善によって内部留保が増加していることに加えて、過剰債務をもつ企業で借入れを縮小させる動きがみられることによるものである。第二に、資金調達手段の多様化という観点からは、大企業では社債による調達を増やす傾向があることに加え、株価の回復を反映して株式による資金調達が増加傾向にある。第三に、企業は、増加したキャッシュフローを債務返済に充てるだけでなく、株式発行によっても債務比率を低下させているとみられる。

こうしたことを踏まえると、このところみられる間接金融から直接金融への流れは、大企業の銀行離れの動きや、過剰負債の調整の過程で企業が負債との見合いで資本比率を高めようとしていること等が一因となっているものと考えられる。ただし、これら以外にも、資本市場の整備といった構造的な要因も影響していると考えられるが、その点についてはさらに詳細な分析が必要となろう。

(3) 資金調達面からみた設備投資環境の改善

(投資採算性だけでなく資金調達面の要因も設備投資に影響)

一般に、企業の設備投資は、実物資産の収益性と金利コストの差である投資採算といった基礎的な要因の影響を受ける(31)。それに加えて、資金調達面についても、 借入れや社債発行といった外部資金の調達には 内部資金と比べてより大きなコストがかかるため、設備投資は内部資金量の制約による影響も受けると考えられる。また、これ以外の資金調達面からの制約としては、企業が過剰債務を抱えている場合には、財務リスクの高まりにより外部資金調達が困難になり、その分設備投資が制約される可能性があるほか、取引先銀行のバランスシートの悪化により貸出が抑制されることによって設備投資が抑制される可能性(キャピタル・クランチ)も考えられる。

以上のような点を考慮して、資金調達面での制約が設備投資に与える影響を検証することができる。ここでは、各企業の設備投資が、資本の限界生産性の代理変数であるROA、資本コスト(企業の支払利息の有利子負債残高に対する比率)といった基礎的な要因に加え、内部資金であるキャッシュフロー、債務比率(債務の総資産に対する比率)、メインバンクの健全性といった要因に影響を受けると想定して、その影響を推計した。

推計にあたっては、これまでと同じ上場企業1362社(連結ベース)の2000年から2004年までのパネル・データを用いた。推計結果をみると、投資採算性に相当する基礎的な要因については、ROAが高いほど投資が増え、資本コストが高いほど投資が抑制されるとの常識的な結果になっている。資金制約の影響については、内部資金(キャッシュフロー)が高いほど投資が増え、債務比率が高いほど投資は抑制されるという結果になっており、資金調達面も実際に設備投資に影響を与えている(第2-2-11表)。また、メインバンクの健全性の影響については、各企業のメインバンクの格付を変数として用いて推計したが、推計結果によると、メインバンクの格付が低いほど、設備投資が抑制される傾向がみられる。こうしたことを考えると、企業の設備投資は、実物面だけでなく、過剰債務や取引先の銀行の脆弱性といった資金制約によっても抑制されてきた可能性が考えられる。

(過剰債務による設備投資下押し圧力は緩和)

債務の設備投資に対する影響としては、過剰債務によって設備投資が過少となるという側面だけが強調されることが多いが、ガバナンスの観点からは債務が増えると無駄な投資が抑制されるという規律付けの側面もある。こうした観点からは、例えば債務が成長機会の豊富な企業の設備投資まで抑制するような場合には、債務が規律付けを超えた負の影響を設備投資に及ぼしていると考えられる。そこで、資産成長率でみて、プラス成長している企業と成長していない企業に分けて、負債比率が設備投資に及ぼす影響をみた(第2-2-11表ケース3)。すると、成長企業の設備投資に対する負債の影響(負債比率の係数と負債比率・成長企業ダミーの交差項の係数を合わせたもの)は、それ以外の企業と比べて負の度合いが有意に小さくなっている。このことは、現状では、成長企業については、規律づけという面では負債の制約は働いているものの、それによって過少投資を招いているという状態にはなっていない可能性を示している。先行研究では、金融危機後の1997年から2000年の期間においては、負債による投資抑制効果が成長企業もそれ以外の企業も同程度となっており、過小投資の可能性が示唆されていることから、今回の推計結果は、債務問題が解決に向かった2000年から2004年の期間においては、成長企業に対する債務の投資制約が緩和した可能性を示していると考えられる(32)

こうした推計結果に基づいて、最近の設備投資の動向をみると、2001年を底にROAはこのところ増加が続いており、設備投資にプラスに貢献しているほか、キャッシュフローも大きく増加しプラスに貢献している。また、債務比率も低下傾向にあることからそれによる投資抑制効果が縮小し、方向としてはプラスに寄与している。こうしたことを踏まえると、現在みられる設備投資の増加は、単に景気拡大によって内部資金が増加しているという影響だけでなく、これまで投資を抑制してきた過剰債務の存在が足元で低下していることも反映しているものと考えられる。

(4) 利益処分の動向

(景気循環と独立して安定して推移する配当金額)

企業の配当の動向を法人企業統計でみると、配当金額は1990年代から2000年代初めまで、景気循環にかかわらずほぼ一定額で推移してきたが、2002年度以降については、企業収益の回復とともに金額自体が明らかに増加傾向に転じている(第2-2-12図)。近年の純利益の伸びは、配当金額の伸びを上回っていることから、社内留保も増加しているが、これは最近時点だけに限ったものではなく、過去においても、日本の企業は業績にかかわりなく一定額の配当を行なう傾向があるため、不況期には配当性向が上昇し、好況期には配当性向が低下する傾向があることが見受けられる。

(収益力が高く有利子負債が少ない企業は高配当を実現)

企業が収益のうちどの程度を配当に割り当てるかについても、これまでと同様の理論が当てはまると考えられる。そこで、企業のパネル・データを用いて、配当の増・減を被説明変数として、パネル・ロジット・モデルを推計した(33)

推計結果をみると、総資産営業利益率、資本の時価簿価比率、総資産の成長率の係数がプラスで有意となっており、企業は、ペッキング・オーダー仮説が示唆するように、収益率が高くキャッシュフローが増加している場合や、将来の成長機会を豊富にもっている場合には配当を増やす可能性が高い(第2-2-13図)。また、総資産規模の係数がプラスとなっているが、これは、企業規模が大きくなると資本市場へのアクセスが改善するため、将来の資金制約に備えて内部留保を蓄える必要性が低くなり、配当が大きくなるためと考えられる。他方、有利子負債比率、相対株価比率はマイナスで有意となっているが、前者はペッキング・オーダー仮説の示唆するように、債務比率が高い企業ではなるべく配当を抑えて内部留保を積み増す傾向にあることを示唆しているものと考えられる。後者については、自社の株価が市場で過小評価されている場合には配当増や自社株償却により市場に対してアナウンスメント効果を与えようとするとの仮説に整合的である。

推計に用いた変数の動きから、2002年度から2004年度にかけて配当確率を高めている要因をみると、総資産営業利益率の増加や総資産成長率といった収益性に関する要因の影響に加えて、有利子負債比率が低下したことも大きく寄与している。 

(5) 企業統治からみた企業の資金調達、利益処分

(株主型企業と銀行依存型企業の比較)

以上で推計した企業の資金調達・利益処分の動向は、企業のガバナンスとどのような関係があるだろうか。例えば、株主型企業と銀行依存度の高い従来の日本型経営では、その資金調達・利益処分に特徴がみられるだろうか。ここでは、便宜的に日本型企業は銀行によるガバナンスの強い企業という意味で規定することとし、金融機関による持ち株比率を代理変数として用いた。他方、株主型企業については、株価に表される企業価値により大きな関心を置く企業という意味で規定することとし、外国法人持ち株比率、役員持ち株比率を代理変数として用いた。

まず、先ほどの企業の資金調達に関するロジット・モデルに、金融機関による持ち株比率、外国法人持ち株比率、役員持ち株比率を追加して影響をみた(第2-2-14表)。推計結果によると、金融機関持ち株比率については、借入れや社債による調達の確率を有意に高める効果がみられたが、株式による調達に与える影響はみられなかった。このことは、当然ながら、銀行依存度の高い企業では借入れに関する制約が緩い(借入れにかかるエージェンシー・コストが引き下げられている)可能性を示している。他方、外国法人持ち株比率の高い企業では、株式による資金調達を行う傾向が強い一方、借入れによる調達の確率は低いことが示されており、銀行依存度の高い日本型企業とは反対の結果になっている(34)

次に、企業統治の違いと企業の成長率の関係をみるために、負債比率を調整した上で、企業の総資産成長率と、金融機関による持ち株比率、外国法人持ち株比率、役員持ち株比率との関係を調べた。この点について、先行研究では、1990年代には、銀行依存度の高い企業ほど企業の資産規模の拡大とそれに伴う過剰債務がみられる傾向がある一方(35)、株主型企業においては資産成長が抑制される傾向があったことが示されている。これに対し、今回の推計では、2000年から2004年の期間においては、逆に株主型企業で資産規模の拡大に転じている一方、過去に過剰債務を経験した銀行依存型企業についてはそうした明確な傾向がみられない。これは、株主型企業において、過剰債務・過剰設備の問題が軽微であったのに対し、銀行依存型企業では過剰債務・過剰設備削減への取組が続いている可能性を示していると考えられる。

最後に、企業の配当についても、先ほどのモデルに同様のガバナンス変数を追加してその影響をみた。すると、外国法人持ち株比率と役員持ち株比率が高い場合には、配当額が増加する確率が高まる傾向がみられる一方、金融機関持ち株比率が高い企業ではそうした傾向はみられない。こうした結果については、株主型企業では、当然ながら株主への利益還元が十分に行われる傾向があることを示している一方、銀行依存型の企業の場合には、配当によって債務返済の原資となるべき内部留保が債権者に流出することを抑えている可能性等が考えられる。

(6) 企業の資金調達・利益処分に関する分析のまとめ

これまでの分析結果を総合すると、最近の企業の資金調達・利益処分の動向については以下のようなことが言える。

第一に、過剰債務という構造的な要因に着目すると、バブル崩壊後の多くの日本企業がそうであったように、過剰債務は企業の投資や配当を抑制し、企業が内部留保を蓄積するようなインセンティブをもたらす。そして、債務が過剰な状態では、当然ながら、キャッシュフローの増加は何よりもまず債務の返済に優先して充てられる傾向がみられる。また、同時に、企業はさらに債務比率を低下させるために、株式市場での資金調達を増やす傾向もみられる。1990年代後半から2000年代にかけての企業部門の貯蓄超過は、正にこうした過剰債務からの調整プロセスを反映した動きであったと考えられる。ただし、こうした企業の貯蓄超過という事態はマクロでみた場合には過去にみられなかったという点では異常なものであるが、過剰債務を与件とすれば、各企業レベルでみた場合には極めて経済合理的な行動であったと考えられる。

第二に、景気循環と企業の資金調達・利益処分の関係についてみると、景気の改善に伴って企業の収益が増加しキャッシュフローが増加する中で、企業の投資や配当を増やすという仕組みはしっかりと残っている。キャッシュフローの増加の割には、投資や配当にまわる部分が少ないとの議論があるが、それは、依然として一部の企業では高い債務比率を抱え、内部資金の蓄積を債務返済にまわしているためである。企業収益増から投資・配当へという資金の好循環は、さらに景気拡大を後押しするものであり、過剰債務の解消が進む中でその効果が顕著に現れてくると期待される。

第三に、過剰債務の問題がほぼ終了しつつある現状においては、債務による投資や配当への重石がとれつつあり、企業行動は正常化する過程にあると考えられる。また、企業の長期的な成長見込みも改善している中では、景気回復が続くにつれて、企業部門の貯蓄超過幅も徐々に縮小していくことが見込まれる状況にあると考えられる。

3.日本企業とアメリカ・欧州企業との比較分析

日本企業の資金調達や利益処分の動向については、メインバンクへの依存の大きさから、他の国と比べて借入れによる資金調達に依存する傾向が大きいのではないかといったことや、安定株主が多いことから、他の国と比べて配当等の株主還元が十分ではないのではないかといった議論がなされることが多い。そこで、ここでは、企業の資金調達・利益処分の状況について国際比較を行なうため、日本、アメリカ、EU諸国の個別企業の財務データを用いてその特徴をみた(36)

(企業の収益性・資金調達の国際比較-相対的に低い日本企業の収益性)

以下では、2000年度から2004年度までの、日米欧における上場企業約4千社(日本1382社、アメリカ1522社、EU980社)の連結ベースの財務データを集計して、それぞれの地域の収益性、資金調達、利益処分の動向を概観する(37)

まず、各地域の企業の収益性の最近の状況をみると、日米欧ともほぼ同じような動きをしており、2001年度を底に2004年度にかけてROE、ROAともに大きく改善している(第2-2-15図)。ただし、ROE及びROAの水準をみると、アメリカとEU諸国の場合は、2004年度で、ROAが7%台、ROEが22%台に達しているのに対し、日本の場合は、ROAが5%台、ROEが16%台と相対的に低い水準にとどまっている。他方、レバレッジ(総資産/株主資本)についてみると、アメリカやEUでは、多少の振れはあるものの、おおよそ3倍程度で期間中安定的に推移しているが、日本については、2000年度の3.5倍程度の水準から低下傾向で推移し、2004年度については、アメリカ・EUとほぼ同じ3倍程度まで低下してきた。なお、ここで、定義上、ROA(利益/総資産)にレバレッジ(総資産/株主資本)を乗じたものがROE(利益/株主資本)になるという関係があることを考慮すると、日米欧の3地域とも同じレバレッジとなっていることから、ROAの水準の格差がそのままROEの水準の格差になっている。

業種別にみると、日本の製造業のROAは米欧とほぼ同じ水準にあるが、ROEでみると相対的に低い水準にある。これは、日本の製造業のレバレッジが相対的に低いことを反映している。他方、日本の非製造業では、ROAはアメリカ・EUよりも低いものの、レバレッジが高いことを反映してROEではアメリカ・EU並みとなっている。したがって、レバレッジという観点からは、日本の製造業はやや慎重気味で、非製造業ではやや拡張し過ぎという対照的な姿となっているのが特徴である。

さらに、こうした日米欧の収益性の格差の背景をみるために、ROEが売上高利益率(利益/売上高)、総資本回転率(売上高/総資産)及びレバレッジ(総資産/株主資本)をそれぞれ乗じたものに分解できるとの等価関係を用いると、レバレッジは日米欧でほぼ同じなので、日本の利益率の低さは、売上高利益率、あるいは総資本回転率の低さに求められることになる。実際、日本企業の売上高利益率は2004年度で6%程度であり、アメリカ・EUが9%以上の水準にあることと比べると低い水準にとどまっている。業種別でみても、売上高利益率は、日本の製造業及び非製造業ともアメリカ・EUよりも相対的に低い水準にある。日本の総資本回転率は、アメリカ・EUよりもむしろ高い水準にあることを考えると、日本の収益率の低さは、売上高利益率の低さに表されるように、付加価値を付けて十分なマージンをとるという企業戦略がとれていないことを反映しているものと考えられる。

(企業の投資・配当の国際比較-相対的に低い日本企業の投資・配当比率)

次に、各地域の業種ごとにキャッシュフローの活用状況をみると、以下のような特徴がみられる(第2-2-16図)。営業キャッシュフローのうち投資に振り向けている割合をみると、日本企業の場合はアメリカの水準を下回って推移してきたが、アメリカ企業の投資割合が急速に低下してきたこともあり、2004年度については、ほぼアメリカと同じ水準に回復してきている(38)。なお、EUの場合は、第3世代携帯電話にかかる経費等もあってやや投資額がぶれている可能性もあり、厳密な比較は難しい面があることには留意する必要がある。

企業の配当性向(配当の純利益に対する割合)については、黒字企業に限ってみると、日本の配当性向は2割程度で、アメリカの3割強程度、EUの4割程度と比べて低い水準にある。ただし、日本企業の大きな特徴としては、配当を行なっている企業の割合が極めて高い点であり、今回のサンプルでみる限り、アメリカ・EU企業の有配企業割合を大きく上回っている。アメリカ・EU企業で無配当企業が多い背景の一つには、新興企業等で上場まだ間もない場合には配当していない企業も多いといったことがある。

(資本構成、利益処分からみて共通する日・米・欧の企業行動)

以上のような集計値でみる限りでは、日本とアメリカ・EUの企業行動の間には幾つか相違点もみられる。そこで、以下では、企業の資本構成(負債比率)と配当性向に焦点を当て、日米欧の企業の2000年度から2004年度までのパネル・データを用いた推計を行い、日本企業とアメリカ・EUの企業でどのような違いがみられるかを分析した。

まず、各地域の企業の資本構成の比較を行なうため、負債比率がどのような要因によって影響を受けているかについて分析した(39)。具体的には、先ほどと同様、各地域の負債比率を、内部資金調達の容易さを表すROA(総資産利益率)、担保力を表す固定資産比率、企業の成長機会を表す資本の時価簿価比率、企業規模で説明するモデルを想定した。なお、推計に用いる日米欧の企業データのサンプル平均をみると、企業の負債比率は各地域とも50%台半ばから60%強程度となっており、大きな違いはみられない。

推計結果をみると(第2-2-17表(a))、4つの変数のうち2つの変数の係数の符号は3地域とも同じになっており、総資産利益率が高いほど、また企業規模が大きいほど負債比率は低下する傾向がみられる。一方、時価簿価比率については、アメリカでは有意となっていないが、日本とEUではそれが高いほど負債比率は上昇する結果となっている。他方、担保力を表す固定資産比率については、アメリカでは理論どおり、固定資産比率が高いと負債比率が高まる結果となっているが、日本とEUでは逆の関係がみられている。

このように、総じてみれば、企業の資本構成やそれに影響を与える要因については、現状において日米欧とも大きな相違はないと考えられる。

企業の配当の動向についても、先ほどと同様のパネル・ロジット・モデルで、配当の増・減の状況を分析した。推計結果をみると、どの地域とも、ROAでみた企業の収益性が上昇するほど、総資産の成長率でみた成長機会が豊富なほど、総資産額でみた企業規模が大きいほど配当を増やす確率が大きくなっており、既にみたペッキング・オーダー仮説といった理論と整合的な行動をしている(第2-2-17表(b))。

(日本企業に特有な配当行動)

他方、企業の配当行動には地域ごとの特徴も幾つかみられる。

第一に、有利子負債比率の影響について、理論的には債務比率が高い企業ではなるべく配当を抑えて内部留保を積み増す可能性が考えられる。しかし推計結果から債務比率が有意に配当を抑制する方向で働いているのは日本企業だけであり、アメリカ・EU企業の場合には、配当に際して債務比率がほとんど影響を与えていないとの結果になった。既にみた債務比率の推計では、内部留保の代理変数である収益率が高いと債務比率は低下するという相関が3地域とも有意にみられていることからすると、逆に債務比率が配当に影響を与えないというのはペッキング・オーダー仮説からは説明が難しい。一つの仮説としては、アメリカ・EUの新興企業では、相対的に株式による資金調達が多く債務比率が低いにもかかわらず、創立間もない期間は配当していない企業も多いといったことが背景にある可能性も考えられる。

第二に、営業利益の変動係数が日本では有意になっていないが、アメリカ・EU企業では共に変動率が大きいと配当を抑制する方向で強く働いている。利益の変動係数は、一般に倒産確率を表すと考えられており、理論的には、変動が大きく倒産確率が高い場合には配当を抑制する方向で働くため、アメリカ・EUで有意となっている点はむしろ理論と整合的である。日本企業で営業利益の変動係数が有意となっていないのは、日本企業が利益変動とかかわりなく一定額の配当を行なう傾向があることを反映したものと考えられる。

4.企業の賃金・雇用動向の変化

(1) 企業の賃金決定行動の変化とその背景

(労働市場での需給関係とともに企業内事情が賃金に影響)

企業業績の改善がようやく賃金にも波及しつつあるが、これまで賃金を抑制させてきた要因は何か、それらの要因が変化することで、今後賃金のさらなる増加が見込まれるかについて企業レベルのミクロ・データを用いて以下で分析する。

一般に、各企業の賃金の動向は、失業率や他企業の賃金水準といった労働市場全体の需給を表す外部要因の影響を受けるのと同時に、個別企業の内部要因にも影響を受ける(40)。企業の内部で継続的な雇用契約によって既に雇用されている労働者と企業の外部にいる労働者とは完全には代替的ではないため、企業と組合との力関係や交渉の方式、企業業績や雇用者数等の内部要因も賃金に影響を与えることになる。

こうした点を踏まえて、賃金の動向を以下のモデルで考える(41)。具体的には、各企業の賃金(従業員一人当たり人件費)を、当該企業の利益、当該企業の雇用者数の増減、外部賃金(産業の平均的賃金)、失業率で説明するモデルを想定した。ここで、各企業の利益や雇用者数の増減は、企業内部で既に働いている既存の労働者(インサイダー)の影響力を表す内部要因と考えられる一方、外部賃金、失業率は労働市場全体の需給を反映する外部要因と考えられる。

推計にあたっては、上場企業1125社(単体)の1995年から2004年までのパネル・データを用い、また、モデルには、賃金の一期ラグを被説明変数として含めて推計した(42)。まず、1995年から2004年までの全期間を通した推計結果をみると、内部要因の影響については、企業の収益性が高いほど、また従業員数が増えるほど、既存の労働者の影響力によって賃金に対して上昇圧力がかかるという理論に沿った結果となっている(第2-2-18表)。外部要因については、外部賃金が高いほど各企業の賃金も高くなるという点は理論に沿ったものである。しかし失業率については、符号条件が理論の示唆するところと反対になっており、失業率が高いほど賃金も高いという関係になっている(43)。 

1995年から1999年までの期間と2000年から2004年までの期間の推計結果を比較すると、幾つか特徴がみられる。第一に、賃金の調整速度(1から前期賃金の係数を引いたもの)が2000年から2004年の期間では著しく上昇したことであり、賃金はより迅速に調整されるようになったことが示唆される。第二に、内部要因については従業員の増減の影響が2000年から2004年の期間で強くなったが、従業員数は総じて減少しているので、これは解雇の確率の上昇を通じてインサイダーの影響力を低下させ、賃金には押下げの方向で働いている(44)

(企業の過剰債務は賃金を抑制)

以上の基本モデルに、1990年代後半以降、賃金を抑制する方向に働いていると考えられる企業の債務負担と雇用のパート化の要因を追加して、それぞれの影響をみた。その背景としては、過剰債務を抱えた企業では、リストラの過程で、賃金上昇よりも企業の存続が優先される結果、内部労働者の賃金決定への影響力が弱まり、賃金がそうでない場合に比べて抑制されると考えた。また、企業の外部においてパート比率が経済全体として上昇すると、自社でもパート化の潜在的圧力が働き内部労働者の影響力が低下するとともに、離職した場合の留保賃金の水準が低下する効果があることから、経済全体のパート比率は各企業の賃金に抑制的に働くと考えた。こうしたモデルを1999年から2004年の期間で推計すると、過剰債務については、ほぼ有意水準で賃金抑制に働くことが示された(前掲第2-2-18表)。また、経済全体のパート比率については、係数は有意とならず、その影響は明示的にはみられなかった。

さらに、過剰債務と賃金の増減との関係が最近時点でもみられるかどうかを調べるため、2003年度から2004年度にかけての賃金の増減を被説明変数として、企業の収益率と債務比率がどのような影響を与えているかをプロビット・モデルで検証した。すると、全体としては、依然として債務比率の高い企業では賃金を増加させる確率が低いとの結果となった(第2-2-19図)。製造業と非製造業に分けて推計すると、製造業では既に債務比率が賃金に与える影響はみられなくなっている一方、非製造業では依然として債務比率が賃金の増減に大きな影響をもっていることが示された。

以上の推計結果からは、過剰債務の削減を行なっている企業では賃金も抑制する傾向があることが示されたが、その他の費用削減策についても人件費抑制と補完性が高い傾向がみられる。15年度企業行動に関するアンケート調査(内閣府)の結果を再集計すると、人件費圧縮を行なっている企業では、その他の費用削減策も同時にとっているケースが多く、企業は様々なリストラ手段を同時に用いて経費削減を行う傾向があることが示唆される(第2-2-20表)。

(2) 雇用・賃金体系の構造的変化とその背景

(大企業の専門的職種で進む成果主義的賃金の導入)

企業の人材マネジメントの在り方の変化に伴い、成果型賃金の導入や年功制の緩和によって、企業の賃金体系は変化してきている。そうした背景には、中途採用の増加に示されるように労働市場の流動性が高まっていることがあることも一因と考えられる。そうした企業行動の変化について、平成16年度企業行動に関するアンケート調査(内閣府)を基にその特徴を探る。

まず、成果賃金の導入状況について平成16年度企業行動に関するアンケート調査(内閣府)でみると、回答のあった1000社のうち、成果等を反映させた賃金制度を導入しているとした企業の割合は83%、導入を検討しているとした企業は13%であった(第2-2-21図)。企業規模別の導入状況については、資本金の大きい企業ほど導入が進んでいる。業種別では、製造業及び非製造業という括り方をすると、両者でそれほど大きな差はない。職種別の導入割合では、管理的職業従事者が最も高く、次いで、営業従事者、専門的・技術的職業従事者等となっており、生産工程・労務作業者への導入は他の職種に比べて相対的に低い。こうした傾向は、もともと専門技術・知識を持った労働者層を中心に、従来の年功によらない成果を反映させた賃金が導入され始めたことによるものと考えられる。

(直接の相関はない成果主義的賃金導入と企業業績)

次に、企業行動に関するアンケート調査の個票を用いて、成果主義賃金を導入している企業の特徴をプロビット・モデルで分析した(第2-2-22図)。推計の結果に基づいてその特徴を述べると、第一に、一般に成果主義的賃金採用の効果として企業業績の改善が期待されるが、そうした予想に反して、成果主義賃金と企業の業績との関係はほとんどみられない。

この点については、本来企業業績についての時系列での変化をみるべきところ、一時点のみでの評価となっていることに留意が必要であるが、この調査でみる限りでは、付注2-11のモデル3で示されているように、企業規模や中途採用の状況といった変数を含めずに推計した場合には、業況について「現状の業況が良い」、「今後業況がよくなる」と答えた企業では成果主義的賃金の採用の確率が高いという相関関係がみられる。しかし企業規模や中途採用の状況といった変数を含めると、企業の業況と成果主義的賃金採用との相関はみられなくなる(45)。これは、企業規模別の特徴として、大企業ほど成果主義的賃金の採用確率が高まる傾向がみられているためであると考えられる。このため、見かけ上は成果主義と企業の業績との間に相関があるように見える場合があっても、企業規模をコントロールすると成果主義自体が好業績と直接相関しているわけではないことが分かる。また、同じ企業行動に関するアンケート調査に基づく分析結果によると、企業の業況が良くなると中途採用が増加する確率が高まる傾向がみられることから、中途採用の増加をコントロールすると、企業業績と成果主義的賃金との関係がみられなくなるという可能性も考えられる(付表2-11)。

第二の特徴としては、中途採用が多い企業ほど成果主義的賃金を採用する確率が高いことである。これは、中途採用が多い場合には、従来の就労年数に応じて賃金が上昇していくシステムでは、既に高度な技能を有する中途採用者を処遇することができないためと考えられる。第三に、上記の点とも関連するが、企業が重視する技能として、企業特化型・汎用型技能よりも職能・事業特化型技能に重点がある場合には、成果主義的賃金を採用する確率が高いことである。これは、特殊技能を有する労働者が多い場合には、そうした労働者は企業間移動が容易であるため、年功的な賃金制度は十分な処遇が困難なためと考えられる。

(成果主義的賃金の導入により賃金格差は拡大)

また、成果主義的賃金の導入がどの程度企業内の賃金格差につながっているかについても企業行動に関するアンケート調査の結果を用いて推計した。ちなみに、企業行動に関するアンケート調査によると、成果主義的な賃金の割合が50%以上の企業では、企業内の賃金格差(最低賃金と最高賃金の割合)が、30歳台で1.91倍、40歳代で1.85倍、50歳代で1.80倍と、それぞれ成果主義的賃金の割合が50%未満の企業と比べて高く、また、1999年度から2004年度にかけて格差がさらに広がっているという内容になっている。推計では、被説明変数として、30歳代以下、40歳代、50歳代以上の各年代別に、同年代内の賃金格差(最高賃金と最低賃金の格差)を用い、様々な属性や要因をコントロールした上で、能力・成果を反映した賃金の賃金総額に占める割合との関係を調べた。推計結果によると、成果主義的賃金が総賃金に占める割合が10%増加すると、30歳代以下、40歳代、50歳代以上の同世代内賃金格差は、それぞれ約0.06倍、0.05倍、0.04倍拡大するとの関係が示唆される(第2-2-23図)。

コラム8 成果主義の評価に関する議論について

成果主義は少子高齢化が進展する中で従来の年功賃金制にかわる新たな賃金制度として期待され既に導入済みの企業も増えているが、その実績の評価については合意が形成されたとはいい難い状況にある。

これまでの日本の年功賃金制度は、若年時代に生産性よりも低い賃金に抑える代わりに後年において生産性よりも高い賃金を支払うことで、若い労働者の雇用継続と勤労意欲を高めることに貢献してきたといえる(樋口(2001))。しかし、少子高齢化によってピラミッド型の年齢構成が変化し、会社全体として高齢の労働者の割合が多くなると、生産性以上に給与を支払う必要が出てくるため年功賃金制度の維持が困難となっている。こうした中、成果主義は、年功賃金の是正による労働インセンティブの低下を防ぐため、新たなインセンティブ制度として導入されている面がある。

実際に成果主義を導入している企業の意識についてみると、労働政策研究・研修機構が2004年10月~12月に約1万社を対象に行なった調査結果(労働政策研究・研修機構(2005)『変貌する人材マネジメントとガバナンス・経営戦略』)によると、成果主義を導入した理由として、「従業員のやる気を引き出すため」が77.8%で最も多く、次いで、「評価・処遇制度の納得性を高めるため」が59.8%、「従業員個々人の目標を明確にするため」が53.6%となっている。一方、成果主義導入に関する問題点としては、実務面で業績評価が難しいということが多くの企業から指摘されている。具体的には、先ほどのアンケート調査でも、成果主義の問題についての指摘として、「評価者によって従業員の評価がばらつく」が70.1%、「管理部門などの成果の測定が困難な部署がある」が66.1%となっている。

成果主義については、実務的な面からだけでなく、理論的な面からも問題点が指摘されている。例えば、動機づけ理論の観点からは、仕事における満足度は自己決定の度合いが強まるほど高まる傾向があり(内発的動機づけ)、むしろ給与といった外的報酬がそれを阻害する可能性もあることが指摘されている(高橋(2004))。具体的には、実験の結果からは、金銭的報酬と仕事の業績が連動することによって、仕事が単なる金銭を得る手段となってしまい、むしろ内発的動機づけにマイナスに作用するとの観察結果が得られている。

以上のように、これまでのような終身雇用・年功賃金に特徴づけられる日本的雇用システムには変革が必要となっているとしても、単純な形での成果主義の導入にはまだ解決すべき問題的も多い。

5.まとめ

本節では、企業部門の資金調達、利益処分、投資、賃金決定といった基本的な行動についてその特徴をみた。マクロ面から企業部門全体をみると、1990年代後半以降、貯蓄超過(資金余剰)の状態になっている。その要因としては、設備投資の抑制と、債務残高減少及び金利低下に伴う利払い費の減少が大きく寄与している。そして、企業部門に蓄積された資金のほとんどは、さらなる債務の削減に充てられた。こうした企業行動について、個別企業のデータを用いて調べた結果、バブルの崩壊によって過剰債務を抱えた企業は、投資、配当等を抑制し内部留保を蓄積するようなインセンティブを強く持っていることが検証された。また、銀行借入れが減少し、株式といった直接金融による資金調達が増えている背景の一つとしても、企業がそれによって有利子負債比率を低下させようとするインセティブを持っていることがあるとみられる。加えて、賃金についても、過剰債務の存在は賃金を押し下げる方向に作用することが確認された。これは、過剰債務の下では、賃金確保よりも企業の存続が優先される結果、企業内部の労働者の影響力がかつてと比べて低下しているためと考えられる。このように、企業の貯蓄超過という現象は、過剰債務からの調整プロセスを反映した動きであり、過剰債務を与件とすれば、各企業レベルでみた場合には極めて経済合理的な行動であったと考えられる。

こうしたことを踏まえ、今後の動向について展望すると、過剰債務がほぼ解消しつつある中で、債務負担による投資や配当への重石がとれつつあり、企業行動は今後正常化していくものと考えられる。ただし、企業がキャッシュフロー管理を重視し資産効率を上げる努力を行なっていることや、労働市場の流動性の高まりに対応して、賃金や雇用の在り方が変化しつつあることを考えると、今後の回復の姿としては、かつての景気回復期のような一本調子での投資拡大、賃金上昇という局面を期待することは難しいかもしれない。しかしながら、企業部門の効率性がそうしたことによって保たれるならば、景気回復の持続性という面ではプラスとなろう。 

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