平成17年度 日本経済2005 第2章 第1節 金融市場の動向と日本経済

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第2章 日本経済についての個別論点の整理

第1節 金融市場の動向と日本経済

2005年の金融市場を概観すると、実体経済の緩やかな回復を反映して、市況面や金融関連の指標にも明るい動きがみられた。株価は景気の踊り場脱却を受けて上昇基調を強めた。民間銀行貸出も減少幅が縮小し、特殊要因を除くベース(1)で前年比プラスに転じた。さらに、バブル崩壊以降、持続的に下落してきた地価に下げ止まりの動きがみられる。一方、先行きの景気に対する見方が徐々に底堅さを増していく中で、長期金利(10年国債利回り)は、秋口まで低下傾向にあった。この間、為替相場(円の対ドル相場)は、内外金利差拡大の下で円安方向で推移した(第2-1-1図)。

金融市場の状況と実体経済の関係は、両者が相互に影響し合うことから双方向の影響をみていく必要がある。本節では、こうした観点から、景気が緩やかに回復する下で、金融市場にみられた特徴的な動きを分析するとともに、今後景気の着実な回復に伴って金利が上昇した場合の実体経済に与える影響を経済部門別に整理する。

1.2005年の金融市場動向

(1) 低下傾向を示した長期金利の動向

(景気が回復する中で長期金利は秋口まで低下)

2005年は緩やかな景気回復が続いたが、 年前半は景気の踊り場的な状況もあり日本の長期金利(10年国債利回り)は低下傾向を辿り、その後9月末まで、おおむね1.3~1.5%のレンジで推移した。この間、政策金利を反映する短期金利との間のスプレッド(長短金利差)は縮小傾向を辿った。一方で、株価の動きをみると、年初より上昇して推移した後、4月末にかけて下落する局面があったが、その後は持ち直し、夏場以降は上昇基調を強めた。このように、株価が景気回復を素直に反映するかたちで上昇した一方で、長期金利については景気を先取りするかたちでの明確な上昇はみられなかった。今後の金利上昇リスクを考える上でも、以下では、まず景気回復下で長期金利が低位安定した背景を整理する。

(長期金利への影響が大きい短期市場金利と米国実質長期金利)

長期金利の動きには、市場参加者による実体経済の先行きの動向を含めた幅広い見方が反映される。すなわち、長期金利の水準は、中央銀行の政策金利である短期市場金利や海外長期金利から影響を受けつつ、将来にわたっての投資収益率や期待インフレ率などに基づいて決定される。以下ではこうした理論的枠組みを踏まえ、1980年代以降直近までの日本の長期金利関数の推計を行った。ここで長期金利に影響を与える説明変数として、 (1)金融政策の代理変数として無担保コールレート翌日物、(2)過去の物価動向が期待インフレに影響を与えると考えコアCPI3年前比、(3)先行きの生産活動(実体経済動向)の方向性を示す変数として鉱工業生産指数、(4)さらに海外長期金利との金利裁定が働くことを想定して米国実質長期金利をそれぞれ採用した。結果をみると、全ての説明変数が有意との結果を得ており、特に(1)無担保コールレート翌日物と(4)米国実質長期金利の説明力が比較的高い(第2-1-2図)。

(長期金利の低位安定-量的緩和期待の継続と海外要因が背景)

上記推計も踏まえつつ、今年前半にかけて、長期金利が低下傾向を辿った背景を整理すると、第一に、第1章でみたとおり、今年前半は、緩やかな景気回復が続く中で、量的緩和継続期間に対する金利マーケットの見通しが長期化している。全体としてみれば踊り場の経済状況の下、当局の強いコミットメントにより相当程度(景気遅行的に)量的緩和期間が維持されるとの期待形成に基づき、長期金利が推移したと考えられよう。

第二に、欧米の長期金利が低下傾向をたどる中、内外の金利裁定により日本の長期金利が影響を受けたことが挙げられる。実際に欧米の長期金利の推移をみると、2004年6月に米国で政策金利が引き上げられ、各国でもそれまでの金融緩和を徐々に修正する動きがみられたにもかかわらず、日本を含む各国の実質長期金利は歴史的な低水準で収斂してきている(第2-1-3図)。

(世界的な貯蓄超過と構造的なディスインフレの下での国際資本フロー)

日本の長期金利低下は、現象面として世界的な低金利現象の下で生じているが、その背景には、(1)構造的なディスインフレと(2)世界的な貯蓄投資バランスの緩和といった要因が挙げられる(2)

「構造的なディスインフレ」は、景気拡大を背景に原油価格を始め商品市況の上昇による川上段階における物価上昇がみられる一方で、中国を始めとする新興工業国の世界市場参入で、製品の供給能力拡大とグローバルな競争激化がもたらされ、川下段階での消費者物価やインフレ予想が長期安定的に推移し、金利の低位安定に繋がったという解釈である(付図2-1)。

一方、「世界的な貯蓄投資バランスの緩和」とは、(1)97年のアジア通貨危機を経て、エマージング諸国の貯蓄率がこのところ上昇していること、(2)日本や米国を始めとする先進国の企業部門でも潤沢なキャッシュフローに対して実物投資への慎重姿勢から貯蓄超過であること(日本の企業部門の貯蓄超過の状況や投資行動に関する国際比較は第2節を参照)、(3)原油価格高騰により石油産油国の貯蓄率もこのところ上昇していることを背景としている(付図2-2)。現状では、こうした貯蓄超過部分が米国債などへの投資を通じた資金還流により、米国の経常赤字(=米国の家計部門や財政部門の赤字)を持続的にファイナンスする構造となっている。特に日本を含むアジア地域からの米国への資金流入は巨額なものとなっている(第2-1-4図第2-1-5図)。

コラム5 長期金利の謎(conundrum)

世界的な長期金利の低下傾向について、今年2月に米国連邦制度準備委員会(FRB)のグリーンスパン議長が、「長期金利の謎(conundrum)」と発言し、注目された。同議長は、幾つかの仮説を紹介している。(1)債券市場が景気の先行き不透明感を先取りしている可能性、(2)高齢化等を背景とした年金ファンドによる長期債需要の拡大、(3)外国金融当局による米国債需要の拡大、(4)グローバル市場における競争激化等を背景にしたインフレ率の低位安定傾向、といった見方である。しかし、景気については、アメリカ経済を始めとして世界経済は緩やかに拡大を続けているとの見方が大勢であり、昨今の景気認識と整合的ではない。また、他の理由については、最近10年間程度の長期金利の低下傾向を説明しているかもしれないが、米国におけるここ1年間の長期金利の低下、すなわち、利上げ局面における長期金利の低下を説明するものではないとしている。

FRB次期総裁に内定しているバーナンキCEA委員長(前FRB理事)は、ここ10年程度の間に生じている世界的貯蓄過剰(global saving glut)がアメリカの経常収支赤字の増加及び世界的な長期金利の低水準の背景にあると指摘している。その内容は、(1)世界的貯蓄過剰は、先進国における定年世代の増加に加え、1990年代半ばまで国際資本市場において資金の借り手であった発展途上国・エマージング諸国が資金の貸し手となり、世界的な資金フローが変化してきたことが大きく影響している、(2)アジア等における一連の金融危機の後、これら諸国では、経常収支の黒字化とともに外貨準備が顕著に拡大している(コラム図5参照)、その運用状況をみると、米国債等に多く投資され、アメリカの経常収支赤字をファイナンスしている、また、(3)原油価格の高騰も、エマージング諸国の経常収支黒字化につながっており、これらの国々に蓄積された余剰資金が国際資本市場に供給されていることを示唆している、さらに、(4)住宅価格の高騰を経験している先進国(日本、ドイツを除く)の多くがアメリカと同様に経常収支の赤字を拡大させてきている、等である。

さらに、同氏は、アメリカの経常収支赤字は中長期的に持続可能と考えられるが、現在のような発展途上国から先進国への大量の資金フローについては自然な姿ではないと指摘した上で、発展途上国は、投資環境を改善して国際資本市場からの資金流入を効率的な投資に向けていくために、マクロ経済環境の安定化や金融システムの透明性の向上等を図っていくことが望ましいと述べている。

(日本と海外との間の債券投資フローが活発化)

上記のような世界的な資金循環要因が存在する下で、実際に我が国における対内外債券投資の動向をみてみる(第2-1-6図)。

まず、対外債券投資(国内投資家による海外債券投資)をみると、この3年間、約15兆円超の買越し(資金流出超)を継続している(今年は9月時点で15.3兆円の買越し)。グロスの取得額は米国債が圧倒的に大きいが、ネット投資額という点では、欧州債(英・独・仏国債)に対する買越し額が増加している(3)

一方、対内債券投資(海外投資家による国内債券投資)は、2002年から2年連続で売越し(資金流出超)の後、2004年に買越し(資金流入超)に転じ、今年は9月時点で昨年の買越し額を上回る7.1兆円超まで対日債券投資が拡大している。対日債券投資先は、米国や欧州からの投資が中心であるが、ネット投資額では、欧州投資家(特に英国)の買越しが目立つ。このように日本と海外との間の債券投資フローが活発化している下で、長期金利が低下傾向をたどった。

(2) 上昇基調をたどった株価

(内需関連の株価上昇)

株価(日経平均株価)は、中国での反日デモ(4月16日)をきっかけに、11,000円割れの水準まで下落する局面があったが、景気の踊り場脱却への期待から、上昇力を増し、11月に入り2001年5月以来、約4年5か月振りの14,000円台まで上昇した(第2-1-7図)。株価上昇の基本的背景には、(1)好調な企業収益見通し、(2)需給面で最大の買手となってきた海外投資家の存在が挙げられる。

 企業収益自体は、大企業中心に大幅な増益基調(4年連続の増益見通し)をたどる一方で、株価はここ一、二年上昇力に乏しい展開を続けており、PER(株価収益率)でみた株価は国際比較でみても割高感が是正されてきた(第2-1-8図)。

また、業種別株価の年初来騰落率(11月25日迄)をみると、上昇率上位は、鉱業(+73.1%)、鉄鋼(+70.6%)、非鉄金属(+60.4%)、不動産業(+56.3%)、卸売(+54.5%)、機械(+53.5%)、銀行業(+49.5%)などとなっている。上昇率の高い業種は、素材関連や非製造業の内需株が中心である。これら業種は、企業体質の改善・強化によりバブル崩壊後最低水準まで損益分岐点比率が低下し、内外経済の好況や市況上昇による追い風を受けて、しっかりと利益を出せるようになった先とも言える(第2-1-9図)。また、今年に入って、欧米株に比べて日本株の上昇率が高い背景には、国内景気の着実な足取りを踏まえ、素材関連株のほか、内需株が好調に推移したことが挙げられよう。

(欧州からの対日株式投資が増加)

株価の動きと海外投資家の動向をみると、2000年から2002年の株価下落局面で、海外投資家の売越し傾向が目立つ一方で、株価が回復に転じる2003年後半以降、海外投資家が大幅に買越している(前掲第2-1-7図)。

また、対日株式投資先をみると、04年、05年ともに、欧州(特に英国)からの買越しが目立つことが特徴である(第2-1-10図)。こうした欧州からの投資増加については、原油価格上昇を受けて、産油国の投資資金が急増しており、英国経由で還流してきているためとも言われている。オイルマネーの流入状況を直接把握することはできないが、2005年の世界の主要株価指数の値上がり率をみると、いずれも産油国が上位を占めており(4)、産油国域内で吸収できない余剰資金が国際金融市場を通じて米国や日本に還流してきている可能性が考えられる。

(中期的に外国人保有比率が高まっている我が国の株式保有構造)

海外からの日本株買いの強まりをもう少し中期的にみてみると、銀行や事業法人による持合い解消の進捗により株式売却が進められる一方で、海外投資家の売買シェアが拡大し、その株式保有比率が足元24%(2004年末)まで上昇してきていることが分かる(第2-1-11図)。海外投資家によって購入されている(外国人の持ち株比率が高い)株式は、電気機器や精密機器などの業種である。海外投資家は、例えば、米国株価が上昇した場合、それまで投資比率を抑え気味にしていた日本株を相対的な割安感から購入する、あるいは米国株価が下落した場合、日本株を売却して損失をカバーするといった投資行動を行っているとされる。実際にこれら業種の株価推移をみると、国内指数(日経平均株価)よりも海外株式との連動性を強めている(5)。こうした投資行動の背景には、IT関連企業の業績が、その企業の所在するマクロ経済よりも、国際的な需要動向や市況により左右される傾向が強まっている点も考えられよう(第2-1-12図)。

(3) 今後の金融市場の動向における留意点

(長期金利上昇のリスク)

今後の金融市場をみる上での留意点として、これまで低位安定していた長期金利の上昇リスクが挙げられる。長期金利(10年国債利回り)の動きをみると、8月下旬にかけて1.3%台まで低下した後、景気が緩やかに回復する下で、量的緩和解除観測の高まりと米国長期金利上昇から、9月入り後上昇に転じており、11月初めの段階で、一時1.6%台まで上昇した。米国長期金利(10年国債利回り)についても、9月初めに一時4.0%台まで低下したが、その後は物価上昇によるインフレ懸念の高まりを受けて、11月初めの段階で4.5%台まで上昇してきている(第2-1-13図)。

最近の日本の長期金利上昇は、これまで低位安定化の背景としてあった(1)量的緩和継続期待と(2)米国長期金利安定という二つの要因が剥落してきている中で生じている。景気が緩やかに回復していく過程での長期金利の上昇はむしろ自然な動きとも言える。問題は市場において金利先高期待が上振れすることで景気が十分に回復しきる前に金利が過剰に上昇してしまうリスクである。

こうした長期金利上昇のリスクと密接に関連させて留意すべき点としては、第一に、原油価格高騰による世界的なインフレ懸念の高まりが挙げられる。原油価格は11月初めの段階で60ドル割れとなっているものの依然として高水準を維持している。我が国では、収益構造の改善した企業部門が所得漏出分を吸収して、これまでのところ最終段階までの大幅な価格転嫁は避けられている状況にある。しかし世界的にみた場合、原油価格の高止まりが、製品への価格転嫁や賃上げに繋がり、各国のインフレ予想の上昇と長期金利上昇を伴って、日本の長期金利に影響を与える可能性が考えられる。

第二に、世界の対外不均衡のファイナンスの持続性である。米国への資本フローが、米国の高い成長性を前提に流入していること、オイルマネーによる部分もあると思われることを踏まえると、政策金利上昇による米国経済への影響や今後の原油価格の動向によっては、安定した国際資本フローの動きにも変化が生じてくる可能性もある。

第三に、国内要因として、日銀の量的緩和解除を巡る問題がある。今後の金融政策運営に関する不確実性が高まる場合には、長期金利の安定が損なわれるリスクが高まると考えられる。

(今後の株価の動向)

一方、株価動向については、引き続き(1)好調な企業収益や(2)海外投資家による積極的な投資スタンスが継続するかがポイントである。企業収益に関しては、固定費削減などによる大幅な増益が期待できない状況下、高水準の企業収益が設備投資拡大や家計部門への所得波及を通じて、更なる企業収益増加としてフィードバックされてくる好循環が期待できるのであれば、改めて下支え要因となろう。また、引き続き世界経済が順調に拡大し、海外売上げ高増による増益が確保され、海外投資家にとっても好ましい投資環境が維持されるのであれば、プラス要因である。逆に金利上昇による企業収益悪化を通じて景気回復の腰を折ることとなれば、株価にはマイナスである。

2.金利上昇の実体経済に与える潜在的影響の評価

金利が上昇した場合、様々な経路を通じて実体経済に影響を及ぼすことが考えられる。企業や家計の利払い負担が増加して景気回復に悪影響を与える、国債の利払い負担が増加して財政赤字が拡大する、さらに債券価格が下落して金融機関が大きな含み損を抱えることなどが挙げられる。長期金利の上昇が景気回復と足並みをそろえたものであり、かつその上昇が緩やかであれば、利払い負担の増加による企業収益への影響は売上げ増加や資産価格の上昇によって吸収可能である。金融機関の債券含み損も同様に貸出金利上昇による期間収益拡大や株価の含み益によって相殺可能と言える。また、家計部門では借入れよりも預貯金が多いため、金利上昇は利子所得の増加に繋がる。但し、個々の家計への影響という点では、変動金利等による住宅ローンを利用している世帯における支払負担増加がある。 以下では、金利が上昇した場合の影響を経済部門別に整理する。

(これまでの金利低下が所得再分配に与えた影響)

利子所得変化による所得再分配に関しては、金利低下は、一般的には家計から支出性向の高い企業部門への所得移転によって、マクロの支出性向を高めると考えられる。ただし、バブル崩壊以降のバランスシート調整もあって企業の投資行動が慎重化する一方で、ゼロ金利と呼ばれる極めて金利水準が低い下で、むしろ再配分自体が社会的公正の面から問題ではないかといった点が指摘されてきた。

1995年度以降の制度部門別にみた純利子所得の動向をみると、金利低下局面における家計の利子所得の減少と企業(非金融法人企業)の利払いの減少が顕著にみられる(第2-1-14図)。このように金利低下の直接効果としては、家計から企業への所得移転があったと言える。なお、金融機関は95年度以降の累計では利子所得は若干減少しており、利子所得の増減という点では、今次金利低下は金融機関にとってプラスの効果をもたらしていない。金融機関は資金を仲介するという点では、所得面では中立的である。

(金利上昇は家計にプラスか?)

上記のとおり、家計では金利低下に伴い利子所得が減少した。そこで今後、仮に金利が1%上昇した場合に、利子支払が有利子負債の1%、利子受取が有利子資産の1%を増加させるとする単純な仮定を置いて推計すると、家計の利子支払額が2.2兆円の増加となる一方、利子受取額は7.6兆円増加する結果、純利子所得は5.4兆円の増加となる。これは、限界消費性向を53%とすると、消費支出で2.8兆円程度の規模となる(2004年度中の消費支出対比:0.96%)。(付図2-3

もっとも、本試算では、金利上昇が企業経由で家計の雇用者所得に及ぼす影響を考慮していない。また、耐久財の購入のように金利上昇が支出を抑えるルート(消費と貯蓄の代替効果)も考慮していない。さらに、実際に家計の消費行動は、それぞれの家計が抱える預金残高と負債残高の状況によって左右されるだろう。世帯別の預金・負債構造の違いを(1)世帯主の年齢階級別、(2)勤労者世帯の住居所有関係別、(3)世帯年収別にみると、(1)世帯主の年齢階級別には、高齢に近づくにつれ、預金残高から負債残高を差し引いた預金超幅が大きくなる、(2)勤労者世帯の住居所有関係別には、住宅ローン返済世帯の負債超幅が大きい一方で、借家や社宅に住む勤労者世帯の預金超幅が比較的大きい。さらに(3)世帯年収別には、年収500万円未満と1000万円以上の層で預金超幅が比較的高いことがみてとれる(第2-1-15図)。

因みに、経済産業省(2003年)のアンケート(付図2-4)によれば、金利が上昇した場合、年齢に関係なく、消費支出に「変化なし」と回答する割合が最も多いが、年齢が高いほど消費者支出を「増加させる」割合が高く、60歳以上では顕著である(60歳以上は34.2%が「増加させる」と回答)。また、年収別にみると、金利が上昇した場合、年収に関係なく、消費支出に「変化なし」とする割合が6割~7割弱を占めるものの、高所得者ほど「増加させる」割合が高い(高所得者は21.8%が消費を「増加させる」との回答)。さらに、金利が上昇した場合、貯蓄は全般的に「積み増す」傾向にあるが、その傾向は高所得者では顕著である(高所得者は60.1%が貯蓄を「積み増す」と回答)。このようなアンケート結果を見る限り、金利が上昇したとしても8割前後の人が消費は増加させない(=「変化なし」+「減少させる」)と回答している一方で、高齢者層、高所得者層を中心に消費を増加させる割合が比較的高いことがうかがえる。

以上は所得効果の観点から金利上昇が消費にプラスに働く可能性をみているが、金利変動が代替効果を通じてマクロの消費支出に影響を与えているかをみるため、実質可処分所得、実質金利、実質株価上昇率を説明変数に消費関数を推計してみた(6)。推定結果(付図2-3)をみると、いずれも有意に影響していない。また、推計期間を直近10年間にすると、所得が有意にプラスに影響しているものの、実質金利、実質株価上昇率は有意でない。米国や英国の場合、実質金利と一人当たりの実質消費成長率の関係にマイナスの影響がみられる(7)が、今回の結果をみる限り、日本では、金利上昇が代替効果を通じて消費支出にマイナスの影響を与えるという結果になっていない。

(住宅ローン借入先の金利上昇リスクに注意が必要)

住宅ローン等を抱える家計では、金利が上昇する一方で、雇用者所得に伸びが期待できない場合、注意が必要である。すなわち、住宅ローンのうち、変動金利による借入分については、将来の金利上昇リスクが内在している。ここでは、住宅金融公庫利用者の平均的ケース(平成15年度)に基づき、金利上昇が住宅ローンに与える影響を試算してみた(付注2-1)。民間金融機関からの変動金利借入れに対しては、5年間は当初設定した一定額で返済を進めると仮定する。これによれば、変動金利借入れ分は全体の借入額の2割弱にとどまる(借入額の8割強は住宅金融公庫からの固定金利借入れ分)ため、金利上昇後に当初設定した返済計画を見直した場合でも、年間返済金額の対年収比率は当初の18.1%から1%強上昇する程度(年収625万に対して約7万円の負担増)にとどまる。当該試算はあくまで、公庫利用者の平均的ケースに基づいた試算であり、実際には年収をはじめ、全体の借入金額やその金利タイプ別の借入金額などは家計によって異なる。因みに上記モデルケースの全体借入額を変えることなく、民間金融機関からの変動金利借入額を2倍(全体の借入額の4割弱)に増やした場合、当初の年収に対する年間返済額の割合は18.1%から17.8%と低下するが、金利が年1.0%ずつ上昇した場合、2.5年後に返済比率が20.1%、金利が年0.5%ずつ上昇した場合、5年後に返済比率が20.2%と、返済計画見直し時の負担はむしろ高まる。 

現在、個人向け住宅ローン残高に占める住宅金融公庫のシェアは3割までに減少しており、残りの7割は民間住宅ローンが占めている。また、民間の個人向け住宅ローンの貸付残高に占める約4割が変動金利型であり、これに加えて固定金利期間選択型3年以内までを含めると、全体の約7割を占めている(8)。このように家計の住宅ローンにおける固定金利の借入期間は比較的短いと言える。

年収対比で借入金額が大きく、変動金利による借入れの比率が高い世帯においては、金利が上げ足を早めた場合の影響について注意する必要がある(第2-1-16図)。

(1%金利上昇は企業部門全体で2.9兆円の減益)

今回の景気回復局面では、企業や金融機関はリストラを進め、収益性の向上を図ってきた。全国銀行の貸出約定平均金利と企業収益の関係をみると、90年代半ばの貸出金利の大幅な低下は、営業外費用の減少を通じて売上げ高経常利益率の改善に大きく寄与した。その後も、借入返済の動きともあいまって、低金利は企業収益に対してプラスに寄与し続けてきた。

現状、景気は緩やかに回復してきている中で、企業収益も大幅な増益を続けている。もっとも、今後、貸出金利が上昇した場合、企業収益へのマイナスの影響も懸念される。仮に既存貸出に対する約定平均金利が1%上昇した場合の影響を業種別・規模別に試算してみると、全体では2.9兆円(5.6%)の減益との試算結果になった(第2-1-17図)。

04年度の増益幅と比較では、吸収可能な減益幅であるといえよう。有利子負債の圧縮により、金利上昇の企業収益への影響は小さくなりつつある。ただ、業種別・規模別にみると、中小企業や、不動産業などの非製造業といった有利子負債負担の大きい業種への収益押下げ幅は、相対的に大きく、長期金利上昇は業種間の収益格差を拡大させる可能性がある。

さらに、限界利益(売上高-変動費)の考え方によって上記2.9兆円の減益幅を補うために必要な売上げ・費用の増減を試算してみた(付図2-5)。売上げ増によるならば、売上げ単価もしくは売上げ数量の1.2%の増加が必要であり、固定費減で補うのであれば、1.2%固定費削減が必要との試算結果となった。このような結果からは、金利上昇は少なからず、物価上昇圧力もしくは企業収益の抑制につながることが予想される。

(金利上昇は銀行の資金収益上は押上要因となるが国債評価損も発生)

フロー面で、金利変動は、預金・貸出の調達・運用を通じて、資金収益へ影響を及ぼす。これは、銀行の資金運用調達バランス(貸出・預金残高の固定・変動金利別や期間別)のほか、貸出・預金金利の設定態度にも依存する。さらに、金利上昇が景気変動に伴うものであれば、貸出債権の質の改善を受けた与信関連費用の減少なども収益に好影響を与えると考えられる。

ここで、貸出金利が上昇した場合の銀行の資金収益に与える影響を試算してみた(付注2-2)。貸出金利息収入については、総貸出に占める短期貸出の割合が3割程度あり、市場金利の上昇を早く織り込んだ収益増加が見込まれる。一方、費用である預金支払利息については、資金調達において、市場金利への追随率が低い普通預金等の流動性預金の占める割合が5割強と大きく、貸出金利ほど全体の預金金利は上昇しない。総じて、預貸金利鞘の改善が見込まれる。試算結果では、資金収益は0.6兆円のプラスとなった(9)

一方ストック面で、長期金利上昇は、銀行部門が保有している有価証券の評価損益に影響を及ぼす。例えば、金利が1.0%ポイント上昇した場合の影響について、国債金利のイールドカーブが全期間にわたりパラレルに上方シフトしたと仮定して国債価格の下落によって生じる評価損を主要4行について推計してみたところ、合計で▲2兆円程度と試算された(付注2-3)。市場に流通する国債の平均残存期間が約5年であるのに比較すると、主要4行の保有国債の平均残存期間は3.5年と中短期債中心の運用ポートフォリオのため、比較的、金利上昇への耐性があるといえよう。また、金利が上昇したとしても、株価が上昇する可能性があるため、保有株式に生じる含み益で、債券の評価損を相殺することも考えられる。さらに、評価損が生じた場合でも、バランスシートに税効果考慮後の評価損が計上されるにとどまり、期間収益には直接影響を及ぼさず、銀行収益に与える影響は国債価格下落による直接の評価損ほどは大きくない可能性が高い。

(長期金利上昇による財政リスク)

仮に景気回復に伴い、金利が大幅に上昇すれば、年々の公債発行残高が巨額に達しているなかで、利払い費の増加が景気回復による税収増を上回り、財政収支が悪化する可能性がある。

2005年度末の国及び地方の長期債務残高は774兆円程度に達する見込みであり、このうち、普通国債残高は538兆円程度である。2005年度には新規に発行される国債は34兆円程度、借り換えのために発行される国債は104兆円程度であり、合計で138兆円の国債が発行される予定となっている(財政融資特会債を除く)。仮に金利が上昇しても、既に発行された国債の利払いには影響ないが、こうした新規発行分については、金利上昇の影響を受けざるを得ない。また、既発債についても、年々かなりの部分が借り換えられるので、金利上昇が財政に与える影響は、年々大きくなっていく。財務省の「平成17年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」によると、標準ケースと比べて金利が2%から3%へ1%ポイント上昇した場合には、国債費が2006年度では1.5兆円、2008年度では4.4兆円余り増加するとの計算が示されている(第2-1-18図)。

3.銀行部門の状況

2005年3月期の主要行の不良債権比率は2.93%となり「金融再生プログラム」が目標としていた4%台への半減を達成した。資本は04年度には主要行合計で30.1兆円、自己資本比率は11.2%まで回復し、資本制約も緩和してきている。このように主要行を中心とした不良債権問題はおおむね正常化したと言える(付図2-6)。

銀行の自己資本比率が回復し、リスク許容力が増加するに従って、金融仲介機能も改善しつつある。民間銀行貸出は、貸出債権流動化などによる特殊要因を除いたベースで、プラスに転じた(2005/8月:+0.1%)(前掲第2-1-1図)。

(民間銀行貸出は住宅ローンと中小企業向けを中心に回復)

長らく減少を続けてきた民間銀行貸出は回復してきている。その中身をみると、大企業向けの貸出が減少を続けており、主に中小企業向け貸出や個人向け住宅ローンが中心である(第2-1-19図)。

個人向け住宅ローンの増加は、直接のローン業務から撤退予定にある住宅金融公庫の貸出抑制から、市場が民間銀行にシフトしていること、銀行も企業向け貸出や債券投資に比べて収益性が高いため、積極的に取り組んでいることなどが背景にある。同ローンの総貸出残高に占める割合は23%(05年6月末)まで上昇している。もっとも、各行とも優遇金利の適用により顧客取込みに注力しているほか、ノンバンクなどでも超長超の固定ローンを銀行よりも低利で提供する先がみられており、競争条件は厳しくなっている(10)

企業向け貸出をみると、大企業向けの減少幅が大きい一方、中小企業向けの減少幅が縮小してきている。大企業における設備投資計画の高い伸び(2005年計画では、製造業が2年連続2桁増、非製造業が1991年以来の高い伸び)にもかかわらず、貸出増加には繋がっていない。中小企業は97年末の金融危機以降、資金繰り面で総じて厳しい金融環境に置かれたが、最近の貸出回復は中小企業の過剰債務が低下し、不良債権問題が克服される中で、銀行の貸出態度が緩和していることが背景にある(11)付図2-7)。

また、貸出業務を巡る需給環境をみると、大企業向けの伸び悩み、中小企業向けの積極的な貸出姿勢の下で、新規の貸出金利は低下傾向を辿っている。これに加え、企業向け貸出に対する利鞘設定も弱含みで推移しており、中小企業が比較的多いと思われる下位格付け先に対する利鞘設定を「拡大する」とする銀行は減少している(第2-1-20図)。

この間、金融機関による資金仲介機能を巡る動きとして、銀行や企業が保有する資産の流動化・証券化のほか、シンジケート・ローンによる貸出など、市場インセンティブを利用した間接金融(以下、市場型間接金融)がみられ始めている。その定義は様々見られるが、(1)金利や価格などの融資条件が多数の取引主体から成る市場で形成されること、(2)資金需要者のリスクが幅広い資金供給者によって負担されることなどに特徴がある。

市場型間接金融は、上記の特徴から金融機関と企業との長期的・安定的な関係に基づき、従来、企業単位で行われてきた相対型の間接金融と対比される。

以下では、市場型間接金融に分類される資産流動化やシンジケート・ローンによる信用供与の動向をみる。

(金融機関以外への広がりをみせる資産流動化)

資金循環勘定をみると、近年、ストックベースでの債権流動化商品の残高は増加傾向にあり、2005年6月末で31.7兆円となっている。裏付けとされる資産の内訳としては、民間金融機関による貸出債権(57.6%、詳細内訳に住宅貸付、消費者信用、企業・政府向け貸出を含む)のほか、企業間・貿易信用(18.5%)、割賦債権(15.2%)、の順となっている。これは、貸出債権等の金融資産を保有する金融機関や事業会社が資金調達を行う上で、資産流動化が重要な役割を果たしつつあることを示唆している(第2-1-21図)。他方、債権流動化商品の保有主体をみると、近年では、金融機関よりも企業(非金融法人企業)のウエイトが高まりつつある。さらに、金融機関に分類される中でも、保険・年金基金といった機関投資家も一定の割合を占めている。こうしたことから、これまで銀行に集中していたリスクが様々な投資主体により分散されるとともに、同商品の購入により企業や機関投資家が銀行貸出の減少を補完する形で資金供給を行っているとみることが可能である。

(間接金融における市場化への流れ)

日本におけるシンジケート・ローンの市場規模は、05年9月末には32.9兆円近くの規模に達している(民間銀行の総貸出残高の8.4%)(第2-1-22図)。シンジケート・ローンとは、大型の資金調達ニーズに対して、複数の金融機関が協調してシンジケート団を組成し、同一の融資契約書に基づき、同一の約定条件で融資を行う信用供与の方法である。また、長期資金の提供のみならず、コミットメント・ラインのような短期融資枠の設定にも利用される。同ローンは、(1)金利等の条件が市場原理に基づいて決定されること、(2)同一契約書に基づく同一条件での融資のため、理論的には事後的な債権売買が容易なことから、「市場型間接金融」の特徴を有している。最近では、借り手に関する情報や債権管理に関して比較優位を持たない地方銀行や機関投資家(生損保、ノンバンク)などが、純粋な貸し手として参加するケースが増えている。また、借り手についても、最近では上場・公開企業よりも、社債などを発行できない低格付企業や非公開企業による利用も増加していると言われている(12)

上記のように市場型間接金融は、銀行以外の企業や機関投資家が信用供与を行っており、銀行による従来型の相対貸出を補完している。また、コミットライン形態のシンジケート・ローンを利用すれば、流動性を確保しつつ、従来の証書貸付に頼っていた部分の運転資金を節約することが可能である。こうした従来型の相対貸出が市場型間接金融に代替される動きがみられる中、景気回復下での民間銀行貸出の強さも実勢は統計の見かけ上よりも強いのではないかとの見方がある。

ただし、従来型の間接金融全体と比較すれば、市場型間接金融に分類される新たな形態による貸出は、現状では極めて限られた規模でしかない。すなわち、非銀行保有の債権流動化商品の残高は、2004年度末で約20兆円であり、同時点の国内銀行貸出残高(393兆円)に占める割合は5%である。また、貸出債権を流動化した銀行は、貸出余力が生じた分、貸出を増やすことも可能であるが最近の貸出増加は、個人向け住宅ローンが中心であり、流動化を通じた資金循環の円滑化によって新規の企業向け貸出に結びついている様子はうかがわれない。また、コミットメント・ラインの契約額(融資枠の設定額)も2000年1月末の10.6兆円から2005年9月末で22.2兆円に倍増しているが(総貸出に占める契約額の比率は5.6%)、実際の利用額は3兆円程度である(総貸出に占める利用額の比率は0.8%)。

コラム6 CMS(キャッシュ・マネジメント・システム)導入にみる企業の資金効率化の動き

企業の財務活動において、CMSの使用が増加している(コラム図6(1))。CMSとは、各グループ会社が個別に行っていた資金管理業務を、通信回線やインターネットを使用し、グループ全体で統括して効率的に行うシステムである。CMSは、財務面から連結経営における業務プロセスの効率化と借入資金の適正化を図る目的がある。具体的には、(1)プーリング機能(グループ企業の余資を一箇所の口座に集め、資金不足の会社へ貸し出す:グループの有利子負債を削減)、(2)ネッティング機能(グループ間の債権債務を相殺:振込手数料を削減)、(3)支払集中機能(外部への支払いを一括代行して行う:振込手数料を削減)、(4)資金調達機能(信用力のある親会社等が金融機関から資金をまとめて調達し、グループ企業へ貸し出す:低金利での調達が可能)などの機能がある。CMSは、グループ会社を多く持つ大企業や世界的な資金の集中管理を行うグローバル企業で採用されている。業種別にみると、化学・電機・機械・輸送用機器等の業種が多い(コラム図6(2))。 CMS導入企業では、従来は、資金が不足すると、金融機関に個別に資金の依頼していたのに対し、導入後は、親会社や金融子会社に資金の依頼をするようになる。このため、銀行貸出の需要はその分だけ下押しされる。CMSでは、資金管理の一元化に伴うメリットの一方で、グループ会社の資金繰りに対する意識低下やCMSを提供する特定の金融機関に対するシステムや資金面での依存が強まること等が言われている。

{参考文献}社団法人企業研究会 「企業価値向上に向けた連結経営のためのグローバル・グループ財務戦略CMSの導入・運用実践事例集」、
財団法人情報処理相互運用技術協会「CMSとTMSの現状と企業間データ交換の課題の調査/分析」

(家計の金融取引の多様化)

市場型間接金融への変化は、資金供給者である家計の側からもみられ始めている。2004年度末の家計の金融資産残高は1,416兆円(前年度比+5兆円)となった(第2-1-23図)。最大の運用資産である「現金・預金」は、現行統計による遡及が可能な1979年度以降で初めて減少した。一方で、「株式」、「投資信託等」、「債券」といった価格変動の影響を受ける資産が、2年連続で増加した。特に家計における「投資信託等」の金融取引の増加は、1998年12月に解禁された投資信託の銀行窓版による販売額が増加していることにもあらわれている。投資信託は、資金供給者である家計の資金をプールして、仲介業者である投資信託委託会社の指図により、株式や債券といった市場のある金融商品で運用していることから、市場型間接金融に分類される(13)。このように、これまでの預金等を中心とした家計の金融資産保有の形態が、低金利の持続やペイオフ解禁の流れの中で、変化がみられるようになってきている。

ただし、こうした家計サイドの動きも、諸外国の家計が保有する金融資産との比較でみれば、預金の割合が5割強と高く、資金の供給者である家計の側からみても、銀行の預金・貸出が依然として我が国の資金仲介機能の中心をなしている。

(今後民間銀行貸出は増加していくか?)

不良債権問題をおおむね克服し、銀行の資金仲介機能は正常化しつつある。景気が緩やかに回復するもとで、民間銀行貸出は、ようやくプラスに転じた(特殊要因を除くベース)。しかし、増加要因は個人向け住宅ローンであり、貸出金利や利鞘低下にみられるとおり、貸出の需給が改善しているとは言えない。こうしたことから、今のところは、銀行貸出にみられる企業の資金需要の強さは、慎重にみておく必要があろう。

最近の動きも踏まえつつ、今後の銀行貸出の動向を展望する上で、ここ20数年間の銀行のバランスシートをみることは有用である。80年代にかけて増加していた銀行貸出は、90年代に入って増加テンポが緩やかになり、金融危機直後の1998年から減少に転じ、2005年9月末では404.1兆円となっている。これに対して、銀行預金の方は90年代のバブル崩壊以降の不良債権問題の顕現化にもかかわらず、おおむね増加しており、2005年9月末で530.0兆円となっている(第2-1-24図)。一方、90年代後半以降、預資金のギャップが拡大するにつれて、銀行資産の中で国債保有が増加している。

この間、銀行貸出の業種別内訳をみると、製造業向け貸出は80年代半ばから一貫して減少傾向をたどっており、一方で不動産業向けや建設業向けが90年代を通じて貸出残高を増やしている。これを業種別シェアの動きでみても、製造業向けが減少する一方、反対に不動産業向けや建設業向けの比率が90年代を通じて増加している。このことは、預金が漸増傾向にある中で、製造業向け貸出の減少分が、不動産・建設業向けの貸出増加に振り向けられ、最近では国債保有の増加に繋がっていることを意味する。

今後を展望すると、景気が順調に回復過程をたどる中で、現在の預貸金のギャップを埋める形で貸出が増勢を強めていくのか、製造業を中心に潤沢なキャッシュフローの範囲内で設備投資が行われ、預貸金ギャップが縮小しないまま、貸出需給は引続き緩和傾向をたどるのかが注目される。

一方で、こうした動きとは別に、より構造的な変化として、株式の持合い比率の低下にみられるとおり、これまでのメインバンク制における銀行と企業との関係は変化しつつある。 また、株式持合い解消は、浮動株の比率を高め、最近では、企業経営の効率性を高めていく観点から、M&Aが活発化するなど、企業は従来以上に、直接金融を利用するインセンティブを持ち始めている。

従って、こうした流れに加えて、家計の金融取引の多様化の動きとともに、先にみたような市場型間接金融が徐々に広がりを見せていくこととなれば、伝統的な間接金融が後退していく可能性があり得る。この場合、景気循環に左右される形で銀行貸出が増減するというよりも、金融仲介機能における構造的な変化として、銀行のバランスシート自体が縮小していく可能性が考えられる。

4.地価と不動産関連市場の動向

(下げ止まり傾向が広がりをみせる地価-東京都区部は15年振りに上昇)

地価の動向を9月に公表された都道府県地価調査(基準地価)により概観すると、全国平均では住宅地、商業地ともに14年連続して下落しているものの、下落幅は2年連続で縮小するなど、下げ止まりの傾向がみられる(第2-1-25図)。

地域別にみると、三大都市圏では住宅地、商業地とも3年連続で下落幅が縮小している。東京圏については、東京都区部では1990年以来15年ぶりに全体で上昇となったほか、その近接地域(14)でも上昇や横ばいの地点が増加しており下げ止まりの傾向が鮮明になってきている。このような傾向は大阪圏及び名古屋圏の一部の地域でもみられ、上昇や横ばいの地点が増加している。地方圏でも住宅地は8年ぶり、商業地は2年連続で下落幅が縮小している。特に札幌市や福岡市などの地方ブロック都市や鹿児島市、松山市などの中心都市では上昇や横ばいの地点が現れ、あるいは増加している。その一方、郊外部などで需給が緩んでいる住宅地や集客力の低下した商業地では下落幅の大きい地点が依然として多い。利便性の相違や個々の地点における状況による地域間格差はやや拡大している。

こうした地価の下落幅縮小の鮮明化は、(1)景気が緩やかに回復する中で、収益型不動産に対する投資の活発化や価格の値頃感による都心回帰指向から、利便性や環境の優れた都心部地域に店舗、事務所、マンション等の需要が増加したこと、また、(2)市街地整備や鉄道などの交通基盤整備などに伴い利便性の向上や優れた住環境が顕著となった都心部以外の地域で、住宅需要が堅調であったことが挙げられる。以下では、(1)の背景として、オフィスビルを中心とした不動産市場と地価上昇の一要因とされるJ-REIT市場の動向についてみてみる。

(オフィス型の不動産-空室率は緩やかに低下、賃料はいまだ弱含み)

景気が緩やかに回復する下で、都心部を中心とした利便性の高い地域で、オフィスビルの需要は増加している。

今回15年振りに地価が上昇した東京都区部のオフィス市場の動向をみてみると、直近(05/9月末)のオフィスビル空室率は、4.4%まで低下している(第2-1-26図)。過去の推移をみると、バブル期終盤の1991年末における空室率は2%台だった。その後、バブル崩壊後の90年代前半には、10%近くまで急上昇し、90年代後半には、いったんは持ち直すものの、1999後半以降は再び悪化する。この動きを景気循環と照らし合わせてみると、両者の間に相関がみられる(付図2-8)。すなわち、バブル崩壊以降、成長率低下によって、企業活動が低調となる局面では、オフィスビルの空室率が上昇している。今次回復局面では、過去と比較して、景気回復にやや遅行しているが、空室率が着実に低下してきている。一方で、賃料の動きをみると、下げ止まりの兆しはうかがえるものの、いまだに下落が続いている。このように東京都区部のオフィス市場の動向をみると、景気回復に伴い、地価がプラスに転じ、需要も改善傾向(空室率が低下傾向)にあるものの、賃料の回復が明確化するまでには波及していない。

他の主要都市におけるオフィス市場動向をみると、大阪、名古屋、札幌、仙台、福岡といった地価の下げ止まり傾向が鮮明化している都市で、東京都区部と同様に、空室率が低下傾向にある(空室率は7%後半~10%未満の水準で東京都区部より高い)。一方、こうした地域でも、賃料は下げ止まり傾向がみられるものの、引き続き下落している。また、広島、高松、金沢といった都市では、空室率は上昇傾向からやや横ばいに変化しているものの、既往ピークの水準で推移しており、賃料も下落するなど、市況の底入れ感はうかがわれていない。(第2-1-27図付図2-9

(拡大するJ-REIT市場)

REIT(不動産投資信託)とは、多くの投資家に対し証券を発行して集めた資金や金融機関からの借入金を元に、オフィスビル、住宅、商業施設などの不動産を購入し、その賃料収入や物件の売却に伴う売却益を配当原資として投資家に還元するものである。REITは証券取引所に上場されており一般に売買することができる。また、証券を発行して投資を募るという形態から投資単位の小口化が可能であるという特徴がある。アメリカでは1960年にREITが誕生し、90年代に高成長し2005年9月末時点で上場銘柄196、時価総額は約37.5兆円に上っている(15)

日本では、2000年11月の「投資信託及び投資法人に関する法律」の施行によって、J-REIT(日本版投資信託)といわれる不動産への投資、運用等を目的とした法人が組成できるようになった。2001年9月に東証に2銘柄が上場されて以来、新規に上場する銘柄が次々に現れ、2005年10月末時点で26銘柄が上場(東証25、大証1)されており、時価総額は2.6兆円まで拡大している(第2-1-28図)。J-REITの投資家構成を2004年の売買金額のシェアでみると、金融機関(34%)、個人(28%)、外国人(24%)で約8割を占める。このうち金融機関は1,239億円の買い越しとなっている。直近(2005年4月~9月)では金融機関は引き続き495億円の買い越しとなっているが、投資信託も598億円の買い越しとなっている(16)。金融機関は法人向け貸出の伸び悩みに直面しており、REITがミドルリスク・ミドルリターンであるという特性を生かしてREITへ投資したり、REITが物件取得のために必要な資金を貸出したりしている。また、2003年7月にはREITを組み入れた投資信託(ファンド・オブ・ファンズ)の設定が可能となった。その資産規模も増加しており、一般個人投資家からの資金流入の増加に寄与している(17)

(地価底入れとJ-REITとの関係)

前述のとおり、三大都市圏の地価は3年連続で下落幅が縮小するなど、都心部の地価が底入れの様相を呈している。この間、J-REIT市場の規模が拡大しており、その資産規模は、2003年頃より急速に上昇している(第2-1-28図)。REITが保有する物件は、2005年6月末で499物件である。取得物件の所在地は、東京都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)で半分近くを占め、23区で6割以上、関東地方に8割近く(388物件)が集中している。ただし、大阪府が5.6%(28物件)、福岡県が4.1%(21物件)など関東地方以外の都市の中心部でもJ-REITによる物件取得が行われている(第2-1-29図)。取得物件の用途を資産規模ベースでみると、オフィスが62.2%と中心になっており、次いで店舗が24.4%、住宅が9.7%、ホテルその他が2.5%となっている(第2-1-29図)。2002年3月末時点ではオフィスが87.2%と集中していたことと比べると、投資対象がオフィスのみならず店舗や住宅などにも広がり多様化している。

J-REITの資産規模の拡大と軌を一にして、特定少数の投資家を対象とした非上場・私募形式の不動産投資ファンド(私募ファンド)の市場規模も拡大しており、2004年末にはJ-REITの規模を上回ったとの推計もある(18)

上場企業等が売却した不動産売買額の推移をみると、全体の売買額は2002年以降増加傾向をたどる中で、買手としてSPC(19)やJ-REITなどの投資目的法人の比率が約4割まで急上昇している(第2-1-30図)。

この間、商業地地価は、東京都区部やその近接地域での上昇地点が一層増大するとともに、大阪や福岡など東京圏以外でも上昇や横ばいに転ずる地点が多くなっている。これらの地域は、J-REITによる投資が活発に行われている地域であることから、不動産投資資金の流入が地価底入れの一要因となっていることが示唆される。逆に地価の底入れが鮮明になった都心の地域は、利便性や機能集積度が高く、高収益が期待される地域であり、これらの地域での不動産投資の活発化は、不動産が利用価値に応じて価格形成される状況になってきたことを意味していると考えることも出来る。

(J-REIT市場のみる上での今後の留意点)

REITは、単純な値上がり期待(キャピタルゲイン)のみで不動産を取得するのではなく、不動産が生み出す将来の賃料収入(インカムゲイン)の現在価値に基づき、投資を行っている。収益還元法に基づくこうした不動産価格の算定方法は、従来までの事例比較中心の価格算定方法とは異なり、透明性が高く、価格調整メカニズムが働きやすいと言える。REIT価格は、公表された取得物件の想定賃料収入に基づき収益性が評価される。金融機関を始めとする投資家は、株式や債券と同様、価格バリュエーションに基づき、高い利回りが期待できるREITを投資対象としてきた。このような価格形成面からみたREITの位置付けを踏まえると、今後の市場動向をみていく上で留意される点として、以下の点が挙げられる。

第一に、地価の動向である。仮に地価が本格的に上昇に転じた場合、利便性が高い地域にある不動産については資産価値の下落リスクが縮小していると期待できることが、REITの不動産取得にとってプラスの側面となり得る。一方、J-REITによる物件取得は、都心部を中心とした地価の押上げ要因となった可能性が高い。最近一部ではJ-REITによる旺盛な物件取得により市場が過熱し取得物件価格の高騰を招くとの懸念も聞かれる。地価上昇につれた物件取得価格の上昇は、賃料一定の下で、J-REITの収益率の低下につながることからマイナスの側面と考えられる。

第二に、オフィスビルの賃料動向である。先にみたとおり、J-REITの保有物件は、東京都区部の物件が大半である。都心部のオフィスビルの空室率は低下しているが、全体でみれば賃料はいまだに低下している。高賃料の優良物件の確保が難しくなっていく場合、REITの収益率は低下することになる。ただし、収益還元法に基づく不動産の収益価格は、現在の賃料水準だけでなく、賃料の先行き期待にも影響される。すなわち、賃料の先行き期待が下落から上昇へ転ずると、収益価格(取得価格)の上昇を通じて、利回りが低下する場合もある(20)

因みに代替資産である国債との相対的優位性を示すイールドスプレッド(J-REITの配当利回り-10年国債利回り)をみると、2002年当時には4%強あったものが、足許では2%まで低下している(第2-1-31図)。これは、REITの収益性低下という側面で捉えられる一方で、賃料の先行き期待が下落から上昇に向かいつつあることからREITの利回りを低下させた可能性も考えられる。

第三に金利上昇に伴う影響である。J-REITは、配当可能所得金額の90%超を投資家に配当する必要があり、内部留保の蓄積が限られる。このため、新規に物件を取得する場合、外部からの資金調達が必要となる。金融機関借入に依存し、レバレッジ(負債比率)の高いJ-REITほど、金利が上昇した場合、負債コストが増加し、これに見合う賃料収入を得られない場合、収益が圧迫される。実際に、今年秋口にも長期金利が上昇した局面で、J-REIT市場はいったん調整している(付図2-10)。

以上の点を踏まえると、今後は景気回復とともに不動産の再生や中長期的な有効活用といった観点から、J-REITによる投資対象が地域的にも用途別にも広がりをみせ、適切な市場評価と安定的な価格形成に基づき、金融資産としての魅力も増していくのであれば、J-REITが引続き地価や不動産市況の持ち直しに好影響を与えていくことが考えられる。

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