平成17年度 日本経済2005 第1章 第2節 デフレの動向と金融政策

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第2節 デフレの動向と金融政策

(1) デフレの現状と展望

(依然として残るデフレ状況)

各物価指数の動きからみると我が国は依然としてデフレの状態を抜け出していない。ただし2002年1月以降景気回復が3年半以上にわたり継続する中で、デフレは徐々に緩やかなものとなっている。第一に、企業物価(財)については、川下の最終財では下落が続くものの、国際商品市況、とりわけ原油価格高騰を受け、前年比・前期比ともに上昇傾向が続いている。一方、企業向けサービス価格はリースや不動産業を中心に前年比で下落が続いている。第二に、消費者物価(生鮮食品を除く総合)については、原油価格の高騰を受けたガソリンや灯油等が上昇要因となっているものの、後述するような公共料金の引下げの影響もあり、前年比ゼロ%近傍で推移している。第三に、GDPデフレーター(物価変動指数)は前年比で30四半期連続のマイナスが続いている。最近では、原油価格高騰が国内特に川下の物価に完全に波及していないという状況で輸入デフレーターの上昇が押下げ要因(24)となる中でおおむね1%程度の下落幅となっている。他方、輸入デフレーターを除く国内需要デフレーターは、これまで大きく下落寄与していた設備投資デフレーターを中心に緩やかに下落幅を縮小させている(第1-2-1図)。

デフレは持続的な物価下落という現象と定義され、実際にデフレ状況となっているかの判断は各物価指数の動きをみる必要がある。デフレにせよインフレにせよ、物価が不安定な状態は経済活動を萎縮・停滞させるという問題がある。一般的に言えば、デフレにはさらに(1)名目金利がゼロ以下とはなり得ないという制約の下での実質金利の上昇(高止まり)とそれによる総需要の抑制、(2)政府部門を含めた実質債務負担の増加(いわゆるデット・デフレーション)、(3)デフレ下では賃金の下方硬直性により賃金調整が働きにくいことによる生産・雇用面への影響といった負の側面がある。こうしたデフレの問題点については後に述べるように足元でデフレ期待が払拭されつつあること、ここ数年の企業部門のリストラの進展により過剰債務が圧縮され、賃金の調整も進められてきた(25)こと等から幾分緩和されてきたとみることもできる。しかしそうであっても、名目金利がゼロ以下とはならないという制約の下では、経済に何らかの負のショックが加わった場合には柔軟な政策対応がとれないために、景気悪化を伴うデフレが訪れる可能性も依然として残っている。こうしたことを踏まえれば、デフレからの脱却を確実なものとすることは依然として重要な課題であるということができる。

(消費者物価の今後の動向をみる上での留意点)

物価の状況をみる際には、それぞれの物価指数の特性を考慮しつつ、総合的に判断することが必要である。各種物価指標の中でも家計や企業といった経済主体が物価をみる際の実感に近く、生産・投資、労働供給・消費といった経済活動の基準となる消費者物価は最も重要な物指価標である(26)。ただし、現在公表されている消費者物価指数を利用する際には、指標作成の上での技術的な観点からの上方バイアスの存在、様々な制度要因による特殊な製品・サービス価格の動向などについて十分配慮する必要がある。

消費者物価指数は基準年で購入ウェイトを固定するラスパイレス方式を採用しているために消費の代替効果を考慮しない分上方バイアスがあるという問題がある。ただし購入ウェイトを過去時点に固定することによるバイアスは購入ウェイトを補正することで試算でき、実際にはおおよそ0.1から0.2%程度とみられる(付図1-16(27)

消費者物価(変動の大きい生鮮食品を除く総合)については、民間エコノミストの平均見通しでは、消費者物価がプラスに転じ始める時期が2005年第4四半期に前倒しされてきた。10月に発表された日本銀行「経済・物価情勢の展望」で示された政策委員大勢見通しも、2006年度は年度としての上昇率の中央値は0.5パーセントとプラスの伸びを見込んでいる(第1-2-2図)。

このような見方の背景には、景気回復が緩やかながら民需中心に持続していることに加え、いくつかの特殊要因が消費者物価に影響していることがある。具体的には、この一年程度において、(1)2004年秋以降の電力料金や電信電話料等の公共料金の引下げ(0.3%程度の押下げ寄与)、(2)不作だった2003年の反動による米価の下落、(3)このところの原油価格高騰に伴う石油製品の上昇等がそれぞれ消費者物価の前年比でみた上昇率に大きく影響している。こうした特殊要因の一部は、前年の動きを反映しているものであり、物価の現時点での変化を反映しているものではないが、前年比の動きには反映される。また、原油価格については今後横ばいで推移したとしても前年比では当面プラスに影響する。こうした消費者物価指数の前年比に影響を与える技術的要因を整理すると、2005年秋以降は前年の公共料金引下げの影響が剥落し、電力料金については燃料費調整により原油価格の上昇が反映されてくる。また、2005年の米作状況が平年並みであることから米価の動向が消費者物価に及ぼす影響は限定的なものにとどまる。こうしたことから、原油価格が高止まり傾向で推移するという前提の下では、以上のような特殊要因は2006年前半にかけて消費者物価の前年比に対してネットでプラスに寄与すると考えられる(第1-2-3図(28)

そもそも物価動向を判断する際には、消費者物価に関して変動の大きい品目を除いた上で、その基調を把握することが重要であり、諸外国でもそれぞれの基準でいわゆる「コアCPI」を作成している(付表1-17)。こうした観点から生鮮食品に加えて上記のような特殊要因を除いてみると下落幅は着実に縮小し、足元ではわずかなデフレとなっていることが分かる(第1-2-4図(29)。これに対して、アメリカのように価格変動の大きさや不規則性などを考慮して食料に加えてエネルギー(石油製品+電気・ガス)も控除したベースで考えると石油製品の押上げ効果が剥落することから足元でのデフレ幅は大きくなる。このようにアドホックに特殊要因を除く手法に対して月ごとに変動が大きい一定割合の品目を除く「刈り込み平均値」という手法もある(オーストラリアで採用)。これを試算すると我が国の場合、デフレ幅は縮小しているものの、わずかながら下落基調が続いていることが分かる。このように消費者物価の基調は、コアとなる品目の取り方により動きも様々であることから、いくつかの指標を総合的にみる必要がある。特にデフレ脱却の判断に関しては消費者物価が安定してプラスの伸びを維持するかを確認していくことが必要である。

(実体経済からみたデフレ環境)

物価の動向をみる際には、その背景となる需要面、供給面、金融面および経済主体の物価に対する期待を多面的に把握することが重要である。

まず、供給面の重要な要因として単位労働コスト(1単位の生産に必要な労働費用)の動向をみる。第1節でみたように、雇用情勢の改善が続く中で、近年企業部門のリストラの進展により低下が続いていた労働分配率は下げ止まり、ほぼ長期的な均衡水準と整合的な状態にある。労働分配率と単位労働コストの定義より、労働分配率が均衡する状態においては、物価上昇率と単位労働コストの伸びがほぼ均衡することを意味する。ここで単位労働コストの動向を生産性向上要因と賃金要因とに分けてみると、(1)生産性向上要因が押下げに働いているものの、雇用者数の増加傾向を反映してマイナス幅は縮小していること、また、(2)賃金の回復傾向を反映して賃金要因が押上げに転じていることから前年比横ばい程度で推移している(第1-2-5図)。今後も、雇用・所得環境の改善傾向が続いていけば、これまでみられたコスト面からの物価押下げ圧力は解消していくと見込まれる。しかし最終財や個人向けサービスなど川下分野の競争環境は厳しく価格上昇が容易でないこと等から、直ちに物価上昇圧力がもたらされるかは依然として不透明である。

次に需要面に関してGDPギャップをみると、2004年秋以降景気が踊り場を迎えたことによって一時的に悪化した後、2005年に入り年前半の高い成長率を反映して7-9月期には▲0.2%まで縮小している。消費者物価でみたインフレ率とGDPギャップの関係(フィリップス曲線)を推計すると、GDPギャップの1%ポイントの改善は多少のラグを伴って0.3%ポイント程度の物価上昇率の上昇と有意に関係しているとみられる(第1-2-6表)。物価上昇率とGDPギャップの関係は低インフレ、デフレの中で低くなっている可能性があるが、景気回復の継続に伴ってデフレ状況が徐々に緩和されてきているとみることができる。

金融面についてみると、マネーサプライの伸びはここ数年ほぼ横ばいの動きを続ける中で、緩やかなデフレが継続している。ここで、マネーと物価の関係について貨幣数量説を前提とし財市場の需給と貨幣市場の需給の動向から潜在的な物価水準を算出する「Pスター(P*)・モデル(30)」によりインフレ関数を推計すると、財市場の需給(GDPギャップ)のみならず、貨幣市場の需給(貨幣流通速度のトレンドからの乖離(31))が物価に与える影響についても有意な結果となり、6~8四半期程度先行した予測力を有することが分かる(第1-2-7表)。

(期待からみたデフレの行方)

実際の物価動向は、人々の期待によっても大きな影響を受ける。例えばデフレが長期間持続することでデフレ期待が定着すると、実質金利の上昇を通じて企業や家計による投資や消費の先送り等を招き、デフレがさらに悪化するという問題がある。先行研究では、デフレ期待が実質利子率を上昇させ、資金需要の停滞から貸出減少を通じて信用乗数低下の原因となり、中央銀行によるマネー、物価のコントロールを困難にしてきたとの指摘もある。したがって、経済活動を活性化し、デフレ脱却を確実なものとするためには、デフレ期待が払拭されることがとりわけ重要である。

ここで、家計や企業の期待インフレ率をカールソン・パーキン法によって試算すると、家計の期待インフレ率は2004年半ば時点でわずかながらプラスに転じている(第1-2-8図)。また、同法によって推計できない足元の動きを消費動向調査のサーベイデータから直接把握するとこのところ上昇がみられるが、これは実体経済の改善のみならず、最近の原油価格の高騰を受けたガソリン価格等の上昇やそうした情報量の大きさを多分に反映したものとみることもでき、原油価格の動向によっては期待インフレが上下に大きく振れる可能性も否定できない(付図1-19)。一方、企業の販売価格判断から推計した期待インフレ率は全般的に改善傾向にあるものの、競争環境の厳しさ等から、依然としてデフレ期待が払拭されるには至っていない。

一方、マーケットにおける期待インフレとして、固定利付国債と元金額が物価の動向に連動して増減する物価連動債の利回り格差をみる場合もある(第1-2-9図)。これによると2005年6月以降、利回り格差は低下傾向で推移し、9月には0.4%程度まで低下した。その後は0.7%程度まで上昇した後、若干低下した。ただし、我が国の物価連動債は発行が開始されてからの期間も浅く発行量も少ないことから、流動性プレミアムといった期待インフレ率以外の要因で変動している面があること(32)には留意が必要である。このように、期待インフレ率を各種の指標・側面からみれば、総じていえばデフレ期待は緩和されてきているものの、必ずしも完全に払拭されたとはいえない状況にあると考えられる。

コラム3 期待インフレをめぐる理論的整理

市場参加者のインフレ・デフレ期待は実質金利を通じて経済活動を左右することに加えて、実質賃金を通じて労働供給の決定にも影響を与える。こうした期待インフレが実体経済に与える影響を考慮しながら、金融政策はその安定を図るべく運営される。しかしインフレ期待は経済主体の「心理」に属するものであり、理論的な枠組みからこれを把握することは難しい。その中で、伝統的には、期待インフレ率は過去の実績に依存するバックワーディングな「適応的期待」(パイイーイコールパイの一期前 等)と、利用可能な情報に基づいて形成された期待インフレ率が将来のインフレ率実績値に一致する(パイのティープラスエヌ期イコールパイイープラスイプシロンのティープラスエヌ期 εはホワイトノイズ)というフォワードルッキングな「合理的期待」がその枠組みとして主に用いられてきた。先行研究によると、家計については3~4割が「適応的期待」であり、残りが「合理的期待」に沿った期待インフレを形成しているという見方がある(Roberts(1998)、中山・大島(1999))。

こうした伝統的な考え方に対し、Mankiw et al.(2003)は、アメリカのサーベイデータにみられる回答者ごとのバラつきの大きさに着目し、これを説明する一つの枠組みを考案した。それによれば常に家計や企業等の市場参加者の一部は必要な情報を収集・処理することにコストが伴うことから(限定合理性がある)、期待インフレの改定が散発的になり、経済主体間の期待の異質性が生まれるという「粘着情報(sticky information)モデル」が有効であるという説明となる。このモデルに従えば、ある時点の市場の価格(インフレ率)は過去時点に各企業が形成した当該時点の価格(インフレ率)の期待値に依存するという意味でインフレの慣性を説明することができるほか、物価に関するニュース等の情報量が大きい場合には期待形成の改定が頻繁になることが示唆される。

(物価動向の総合判断における留意点)

以上のように、消費者物価等でみたデフレの状況は以前と比べて緩やかなものとなっている。ただし、デフレ脱却を判断する際には、単に物価上昇率がゼロ以上となるということだけでは十分ではなく、緩やかかつ持続的な物価上昇という状態、つまり多少の外的なショックがあってもデフレに逆戻りすることがないということが担保される必要がある。

この観点から、例えばIMF(国際通貨基金)では、物価、需給、金融の各指標を組み合わせた「デフレ・リスク指数」を試算している。この手法を用いて現時点で評価すると、景気の回復の継続によるGDPギャップの縮小や株価の上昇等を反映して、最悪期の2001年から徐々に改善し、「高い」という状態は抜け出しているものの、依然として「中程度」にとどまっている(第1-2-10図)。また、物価と各種変数の時系列モデルを推計・外挿した上で、実績とモデルとの誤差から「ファン・チャート」(33)に類する図を描くと、あくまでも時系列関係から単純に試算されたものであるという点に留意する必要はあるが、中心予測はわずかなプラスで推移するものの、マイナスに陥るリスクもある程度存在することがみて取れる(第1-2-11図)。デフレ脱却の判断に際しては、デフレに後戻りするリスクを避けるために、消費者物価指数をはじめ各種物価統計の動向に加えて、企業や消費者のデフレ期待が確実に払拭できたか、消費者物価の上方バイアスやGDPギャップの変動も考慮した十分なインフレ・マージンが確保されているかなどといった点についても考慮する必要があろう。

(2) 金融政策の動向

(総じて安定的に推移する長短金利)

日本銀行が量的緩和政策を継続する中、金利は総じて安定的に推移している。短期金利についてみると、量的緩和政策の日銀当座預金残高目標が2004年1月以降30~35兆円に据え置かれる中、コールレート無担保オーバーナイト物はほぼゼロ金利で推移している。消費者物価指数(除く生鮮食品)が原油高騰の影響もあって2005年内に前年比プラスに転ずるという観測がなされるのにあわせて、量的緩和政策の解除の時期やその方法に関して日銀総裁をはじめ政策委員から多くの発言がなされた。こうした中にあって、短期金利に関する市場の先行きの見方を表すユーロ円3ヶ月金利先物は、量的緩和政策の出口を意識し、期先物を中心に全般的に上昇がみられた(第1-2-12図)。岩田(2005)にあるように、ユーロ円3ヶ月金利先物のイールドカーブを用い、ゼロ金利政策時の平均を上回る時点を市場が期待する金融緩和の継続期間としてみると、05年10月末時点ではゼロ金利政策までおおむね半年程度となっている(付図1-21)。

一方、長期金利について10年物国債流通利回りをみると、年前半はアメリカをはじめ世界的な低金利の影響から1.2%台の低位で推移したが、年後半にかけては景況感の改善やこれを受けた株価の上昇等から1.6%台まで高まった(金利情勢の詳しい分析については第2章第1節を参照)。イールドカーブをみると、中長期ではほぼ低位で安定し、この状況にはここ1年程度は大きな変化がみられない(第1-2-13図)。このことは量的緩和政策の時間軸効果が引き続き発現されていることを示唆している。なお、中長期国債利回りのスポットレートは各種のイベントに対して市場の期待が将来時点のどのようなタイミングで反応するのかをみるには適当ではないため、国債のイールドカーブから逆算したインプライド・フォワード・レートの動きをみる。ここでは各将来時点における1年物のフォワードレートを算出しているが、2005年半ば以降10月にかけては、景気が弱さを脱し、消費者物価の前年比プラスが先行き見通される中で、5年先までという短期から中期の金利を中心に高まっている(付図1-22)。

インプライド・フォワード・レートの動きについては金融政策のスタンス変更が与えた影響を分析する先行研究が多くみられる(34)。ここでは簡単に過去の金融政策スタンス変更前後のフォワード・カーブの変化をみると、(1)ゼロ金利政策導入や時間軸明確化の時期には、短期から中期の金利を中心にそれぞれフォワード・カーブがフラット化(ゼロ金利解除時にはスティープ化)した一方、(2)量的緩和政策導入時やその継続期間に関するコミットメント明確化時にはわずかにしかフラット化がみられず、政策変更等がある程度円滑に市場に浸透していったことがうかがえる。金利の動きは様々な要因によって規定されるため一概に判断することはできないが、後述するように現在の金融政策のフレームワークを何らかの形で変更するような場合には、こうした市場の期待チャネルを通じた効果には十分注意を払う必要があるといえる。

(緩やかな増加を続けるマネーサプライ)

マネタリーベースの推移をみると、2005年は伸びが低下し前年比で平均2%台、10月には2.8%となっている。これを日銀当座預金と日銀券・貨幣流通高に分解すると、当座預金残高は、2004年1月の目標値の引上げの後は、政策スタンスに変更がないことから均してみればほぼプラスマイナスゼロとなっている一方、伸びの大半は日銀券・貨幣流通残高によって説明される(第1-2-14図)。日銀券については、(1)景気回復の継続に伴い取引需要が拡大している側面がある一方、(2)株価上昇等による日銀券保有の機会費用の増加や、(3)金融システム不安の後退による銀行券需要の低下等が伸びを低下させているという面がある。

一方、マネーサプライ(M2+CD)は、景気回復が継続しているにもかかわらずその伸び率は2003年半ば以降、均してみればほぼ横ばいの1%台後半から2%台で推移している(第1-2-15図)。M2+CDをマネタリーベースで除した貨幣乗数は、マネタリーベースの伸びが鈍化する中で、最近ではほぼ下げ止まりの様相を呈している。これは、既に述べたように金融システム不安の後退により非金融部門の現金・預金比率要因がほぼ寄与度ゼロに収束したことに加え、量的緩和目標値の定常化により金融部門の準備・預金比率の押下げ寄与が縮小してきていること等による。また、名目GDPをM2+CDで除した貨幣の流通速度は、長期的な低下傾向にあったが、最近の動きをみると、マネーサプライの伸びの鈍化に対し、景気回復を反映して名目GDPが緩やかに増加していることから流通速度も下げ止まっている。

マネーサプライが伸びるためには、貸出の増加等により通貨発行主体である金融機関のバランスシートが拡大する必要がある。銀行等のバランスシートは1998年3月から2005年3月にかけて拡大しているものの、その内訳は国債等の増加(1998年4.9%⇒2005年14.4%)と貸出の減少(1998年66.8%⇒2005年53.6%)と大きく変化している。ここでM2+CDの動きを通貨保有主体(家計、企業)の資金調達の増減と非通貨保有主体(政府、金融機関、海外)の資金不足の増減に分解する「バランスシート・アプローチ」からみると、(1)経常収支黒字の増加(海外部門の資金不足の増加)、財政赤字の増加(政府の資金不足の増加)がマネーサプライの伸びに寄与している一方、(2)貸出金減少や負債返済と金融機関の資金余剰の増加がマイナスに寄与するという構図に大きな変化はない(第1-2-16図)。足元では、原油価格高騰に伴う貿易黒字の縮小や財政再建に伴う財政赤字要因の縮小がみられるほか、企業の株売り越しによる資金の流入、家計の郵貯から民間金融機関へのシフトという特殊要因によってM2+CDが押し上げられている要素がある。しかしながらマネーサプライが増えることと資金需要の高まりにより貸出金が増加することとは表裏一体であることが理解でき、金融仲介・信用創造機能が正常化してくれば、景気回復の持続に伴い資金需要が生じ、結果としてマネーも増加していく可能性がある。なお、民間銀行の貸出残高については債権償却や債権流動化等の特殊要因を除いたベースでは2005年8月以降前年比でプラスに転じている。こうした背景には、個人向けや中小企業向けローンの増勢等が働いていることから、資金需要の増勢を真に反映しているものであるかどうかは注意深く見る必要がある(第2章第1節で詳しくみる)。

(量的緩和解除に伴い市場の安定を確保するための金融政策の留意点)

デフレ脱却を確実なものとするためには、実体経済の需給面に加えて、デフレ期待が十分に払拭され、デフレへの後戻りのない安定的で緩やかなインフレ期待が形成されるようになることが金融政策運営上極めて重要である。

一方、市場において消費者物価指数(生鮮食品除く総合)が年内にもプラスに転化する見通しがなされる中にあっては、日本銀行の量的緩和に対するコミットメント(35)における「出口」が意識され、金融政策の先行き不透明感の高まりから長期金利が大幅に上昇するという懸念には十分に注意しなければならない。言い換えれば、量的緩和政策の解除を含めた何らかの変更が行われるという局面に際しては、市場の期待を安定化させるような、代替的な金融政策のフレームワークを示すことが不可欠である(36)

その際、金融政策には、金融市場の過度な変動を抑えることと、デフレからの脱却を確実なものにすることが求められる。先行研究では、デフレからの出口における金融政策について、(1)金利調整余地がないことを踏まえ、人々の期待に働きかけることが重要なこと、(2)デフレに戻るリスクを減らすためにはデフレ脱却後もしばらく緩和的な政策を続けることが重要なこと、等が示唆されている(コラム4参照)。ちなみに、一般的な金利設定の在り方を示すものとしてテイラー・ルールがあるが、そこで示される物価・経済安定のために必要な金利の水準は、目標とする物価上昇率いかんで変わってくることに留意が必要である。例えば、デフレ傾向に入る以前(95年末まで)のデータを用いて計算すると、金利スムージングの効果を勘案した足元の最適金利水準は、例えば目標インフレ率をゼロから1%と置いた場合にはおおむねね0.2%前後とプラスの領域に入っている(第1-2-17図)。しかし、目標インフレ率を例えば2%とした場合には、目標とする最適金利は依然としてゼロにとどまる。

コラム4 デフレ下での金融政策をめぐる議論の整理

デフレ時またはデフレからの出口における金融政策の在り方に関する議論の特徴としては、第一に、名目金利がゼロ以下にはならないとの制約のために、金融政策の手段として、いかに人々の期待に影響を与え得るかという点に重点が置かれていることである。そして、もう一つの特徴は、インフレのリスクとデフレのリスクを比較した上で、デフレに戻ることによる損失の方が大きいとの認識に立って、再デフレのリスクをいかに抑制するかといった観点が重視されることである。

前者の期待に影響を与えるとの観点からは、多くの先行研究が、政策当局が、金利であれ、物価上昇率あるいは物価水準であれ、将来の政策経路について事前に約束することが極めて重要であることを指摘している。その約束の仕方については、Krugman(1998)を代表するように、インフレ目標の設定により人々のインフレ期待を醸成するという手法や、さらに強力な約束手段として、例えばデフレ以前のある時点の物価水準に戻るまで緩和を続けるといった物価水準目標を設定することも提案されている(Svensson(2001、2003)、Eggertsson and Woodford(2003))。ただし、デフレからインフレに転じた後には、こうした目標は逆に過度のインフレ期待の加速を抑える役割を果たすと考えられる。

後者の再デフレのリスクを避けるとの観点からは、これまでデフレの下で名目金利がゼロ以下にはならないといった制約があったために、十分な金利引下げができなかったことを考慮して、その分、デフレの出口においても低金利を一定期間続けるといったことを事前に約束することや、過去のデフレによって物価水準が低下し、最適な物価経路から乖離していることを考慮して、一定の物価水準に戻すことを目標とすることで、それが達成されるまでは目標よりもやや高いインフレ率を許容するといったこと(物価水準目標)も提案されている。

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