第2章
第1節 労働力の確保に向けた課題
本節では、労働が経済成長に果たす役割を概観した後、雇用者数の現状と先行きについて検討する。具体的には、雇用者数に影響を与える要因として、労働参加と失業率を取り上げる。労働参加については、属性別の労働力率の動向や、最近、労働参加が拡大している背景を考察する。失業率については、構造失業率からみた最近の失業率の評価、ミスマッチの動向の点検の後、完全失業者以外の労働力の未活用の状況も確認することなどによって、多面的な労働需給の評価を試みる。
1 労働参加の動向
2012年末以降の景気回復局面においては、雇用者数がはっきりと増加してきた。ここでは、こうした雇用者数の増加の要因を、労働参加と失業率の要因に分解することで、それぞれの影響を確認する。その後、労働参加をめぐる循環的・構造的な背景を確認し、先行きの展望を考察する。
(経済成長を高めるためには、就業者数の増加と労働生産性の上昇が重要)
最初に、経済成長において労働がどのような役割を果たすのか、成長会計を用いて概観しておこう。
我が国の長期的な潜在成長率の動向をみると、1990年代前半の2%超から、2000年代後半以降は1%未満へと低下してきた(第2-1-1図(1))。潜在成長率を要因分解すると、資本投入や全要素生産性(TFP)の伸びが低下傾向であることに加えて、特に2000年代以降は、就業者数の減少による下押し寄与が大きくなっている。この背景として生産年齢人口(15~64歳)が既に1996年から減少に転じていることが挙げられる(第2-1-1図(2))。先行きについても、長期にわたって生産年齢人口の減少が続くことが、就業者数の減少を通じて潜在成長率を下押ししていくことが見込まれる。このため、我が国の潜在成長率を高めていくためには、人口の減少ペースを緩やかにする取組1のほか、構造的な労働参加の拡大や失業率の低下を促していくことによって、長期的な就業者数の減少を抑制していくことが求められる。この点は、主に第1節で検討していく。
他方、国民一人一人の生活水準を向上させるという観点からは、一人当たりGDP成長率を高めていくことも重要である2。そこで、一人当たりGDP成長率を要因分解してみると、これまで一人当たりGDP成長率の上昇に決定的な影響を及ぼしてきたのは労働生産性の寄与であるが、その伸びは長い目でみると縮小傾向にあることが分かる(第2-1-1図(3))。労働生産性には、TFPのほか、労働の質などが影響を与える。技術革新や企業の新陳代謝、労働者の熟練の蓄積などを進めていくことによって、労働生産性を引き上げていくことの重要性が示唆される。労働生産性の向上については、本章の第2節で検討していく。
なお、その他の要因の動きも確認してみると、少子高齢化の進展による生産年齢人口比率の低下によるマイナス寄与が、1990年代後半より拡大している。これは、生産活動に従事し得る人口が相対的に減少する中で、生み出された付加価値の一人当たりの分配が少なくなることを表している。一方、就業率要因は2006~12年においてはプラス寄与がかなり大きく、生産年齢人口比率要因の下押しを相当程度、相殺している。したがって、労働参加の拡大は、マクロのGDP成長率のみならず、一人当たりGDP成長率を高める上でも有効である。この間、労働時間要因は継続的にマイナスに寄与している。1990年代前半における労働時間の大幅な減少の要因としては週休二日制の導入などが挙げられるが、その後も継続してみられる労働時間の減少は、女性や高齢者を中心として短時間労働者の割合が上昇していることが影響している。短時間労働者の労働参加の拡大は、一人当たりGDP成長率の伸びを抑制する効果があるが、多様な働き方を求める中で、短時間だからこそ就業する人がいることにも留意が必要である。
(女性や高齢者の労働参加の拡大等により就業者数は増加)
前述のとおり、生産年齢人口は1996年から既に減少に転じており、我が国の労働投入に対する継続的な下押し要因となっている。しかしながら、2012年末以降の景気拡張局面においては、それまでの景気拡張期に比べても、雇用者数の増加が顕著であった3。こうした雇用者数の増加は、名目総雇用者所得の増加に大きく寄与しており、マクロでみた所得形成を支えてきた。
就業者数4の増減は、人口動態の変化とともに、労働力率5や失業率の変化によって影響を受ける。特に、既に生産年齢人口が減少している我が国においては、労働力率と失業率の改善は、就業者数が増加するために不可欠な要素である。そこで、これまでの就業者数の変化を、各要因に分解してみると(第2-1-2図(1)、(2))、以下のような特徴を指摘できる。
第一に、15~64歳については、男女共に、人口の減少(人口要因)が継続的にマイナス寄与となっている6。こうした中で、女性においては労働参加の拡大(労働力率要因)のプラス寄与が2012年頃から拡大し、人口要因のマイナス寄与を大きく上回ったことから、就業者数が増加している。一方、男性においては、労働力率要因のプラス寄与が大きくないことなどから、人口要因のマイナス寄与を相殺できず、就業者数は減少している。ただし、その減少幅は、2013年頃から、失業率の低下(失業率要因)や労働力率要因のプラス寄与の拡大により、やや縮小している。
第二に、65歳以上の高齢者では、男女共に、人口要因に加えて労働力率要因がプラスに寄与する結果、就業者数の増加幅が拡大している。
以上のように、2012年末以降の景気拡張局面における就業者数の増加の背景には、女性や高齢者の労働参加の拡大が大きく寄与していた。加えて、失業率の低下も、男性を中心に、就業者数の下支えに寄与した。
(女性の労働力率は趨勢的に上昇、男性は25~44歳の動きが鈍い)
最近の労働力率の変化が就業者数に与える影響は、性・年齢の属性別に異なることが確認された。ここで、属性別の労働力率の長期的な傾向も確認しておこう(第2-1-3図(1))。
まず、男性についてみると、年齢階層によって、労働力率の動向に違いがみられる。45~64歳、65歳以上の労働力率は、2012年末以降の景気拡張局面で上昇している。これらの階層では、雇用情勢が改善(悪化)すると、労働供給を増加(減少)させる傾向が比較的強いためとみられる。例えば、雇用情勢が改善すると、職探しを諦めている求職意欲喪失者が労働市場に参入するため、求職意欲喪失者の減少・労働力人口の増加をもたらすと考えられるが、当該階層においては過去の実績をみてもこうした関係が比較的はっきりと確認できる(付図2-1(1))7。他方、25~44歳の労働力率をみてみると、2012年末以降、高水準ながら、ほぼ横ばいで推移している。長い目でみると、25~44歳の労働力率は小幅低下しているが、これに対応して、無業者(非労働力人口のうち家事も通学もしていない者)8の比率が上昇傾向にある(第2-1-3図(2))。無業者が人口に占める割合は必ずしも高くないものの、2012年末以降の景気拡張局面においても目立った低下をみせておらず、今後の動向には留意が必要である。
次に、女性の労働力率をみると、男性に比べて低い水準にあるものの、25~44歳や45~64歳ではすう勢的にしっかりとした上昇傾向をたどっている。また、労働力人口と求職意欲喪失者との関係をみると、男性のような逆相関の関係はみられず9、求職意欲喪失者を増減させるような雇用情勢の変化以外の要因が、労働力率に大きく影響しているとみられる。例えば、すう勢的な社会進出の拡大や、家計補助を目的とした労働参加等が考えられる。
(内需の拡大等に伴い、非製造業を中心に雇用者数が増加)
特に女性や高齢者を中心に労働参加が進んできたことが、最近の就業者数の増加の一因であることをみてきた。こうした労働供給の増加に対して、需要面の裏付けがあったからこそ、失業率は悪化せず、就業者数の増加に結び付いたと考えられる。そこで、どのような産業・分野において労働需要が増加したのかをみてみよう。
まず、実際にどのような産業で雇用者数が増えたのかをみてみると、2013年から14年にかけて、医療・福祉、宿泊・飲食、卸売・小売など非製造業を中心に雇用者数が増加している(第2-1-4図(1))。特に、医療・福祉の増加の寄与が大きいが、これは高齢化による社会福祉サービス拡大の影響を強く受けていると考えられる。属性別に産業別の雇用者数の変化をみてみると、先にみた雇用者数の増加のほとんどは、女性によって実現されていることが分かる。なお、65歳以上の高齢者をみると、製造業や建設業の雇用者数も増加しているが、これは、男性・15~64歳の雇用者数の減少を相殺するかたちとなっている。前述のとおり、男性・15~64歳については、人口減少の影響を強く受けて雇用者数が伸び悩んでいる。これによる労働者の不足を高齢者の活躍によって埋め合わせているものと評価できる。
次に、労働需要の変化を、最終需要の動きから整理してみよう。平成17年産業連関表から雇用誘発係数を算出し、労働需要に与える影響(雇用誘発)を推計してみると10、民間最終消費支出や総固定資本形成を始めとする内需の強さを背景として、雇用誘発がかなり大きかったことが確認できる11(第2-1-4図(2))。産業別の雇用誘発係数をみると、民間最終消費支出では商業やサービス、総固定資本形成では建設業への影響が大きい(付図2-3(1))。先にみたような宿泊・飲食、卸売・小売での雇用者数の増加は、こうした最終需要の増加を受けたものと考えられる。一方で、建設業の雇用者数は、労働需要の増大にもかかわらず全体としては伸び悩んできたことから、他産業と比べて労働需給がひっ迫化する度合いが大きかったと考えられる12。
(建設・運輸等では女性の活用が進んでおらず、経験者も不足気味)
最終需要から推計される誘発雇用者数の増減と、実際の雇用者数の増減を主要な業種について比較することにより、供給面の問題点を考察してみよう。この2年間で、誘発雇用者数は全ての業種で増加しているが、実際の雇用者数は業種によって異なる動きをみせている13(第2-1-5図(1))。特に、建設と運輸では、雇用者数が減少しており、推計される誘発雇用者の増加とは逆の動きになっている14。この背景の一つには、女性の活用の度合いが低いことが挙げられる。女性が就業者全体に占める割合を業種別にみると、建設業と運輸業,郵便業は、全産業平均を大きく下回っている(第2-1-5図(2))。両業種では、近年の女性の労働参加の拡大の恩恵を受けるためには、女性の入職を促すような就労環境の整備等が求められる。加えて、特に建設業では、必要な経験・スキルを有する労働力の数が少なくなっている。職業別の失業率をみると、建設・採掘従事者の失業率は、ここ数年において低下の度合いが大きい(第2-1-5図(3))。ここでの失業率は、前職がその職種であった失業者を分子としているため、失業プールの中に経験者がどの程度いるのかを測る指標と解釈できる。言い換えると、失業率が低い場合には、例え賃金を上げたとしても必要な経験・スキルを有する労働力を失業プールの中から調達することが困難となるため、未経験者を採用・育成するといった取組が重要となる。中長期的な観点から人材を確保・育成していくため、息の長い取組が求められる15。
(女性や高齢者の労働参加のトレンドを更に強化する取組が重要)
我が国の労働力を中長期的に確保していくためには、労働力率の引上げ余地の大きい女性や高齢者の労働参加を引き続き促していくことが重要である。我が国では、構造的な労働参加の拡大が、就業者数を増加させる効果は大きい。例えば、女性のM字カーブの解消が図られた場合(30~40歳代の就業率が5%程度上昇)には就業者数が約95万人増加し、65歳以上の高齢者が働きたい希望年齢まで働く場合、就業者数が約96万人増加すると試算される16。これまでの女性や高齢者の労働参加拡大のトレンドを更に強化していくために、働き方に中立的な制度の構築、保育施設の整備、柔軟な働き方が認められる職場環境づくり、ワークライフバランスの向上、女性の管理職比率の引上げなど、様々な施策を着実に実施していくことが求められる。また、建設のように、一部の業種では、失業プールからの人材の採用が困難化していると考えられることから、中長期的に労働力を確保するため、若年層や女性の入職を促進するための取組を速やかに進めていくことが求められる。
短期的には、このところ景気に弱さがみられることから、求職意欲の減退によって労働力率が低下する可能性もある。加えて、女性は労働供給の弾力性(賃金が上昇したときに労働供給がどの程度増えるかを示す値)が大きいということが知られており17、賃金の動向も重要であると考えられる18。経済の好循環・デフレからの脱却を確かなものとすることで、労働需要の増加や賃金の上昇につなげていくことが重要である。
2 労働市場の需給動向
我が国の完全失業率は2014年央には3%台半ばとなり、2007年央以来の低い水準にまで低下している。労働力人口が変わらないと想定した場合に、更に就業者数を増加させるためには失業率を引き下げなければならない。そのためには構造失業率を高める一因となるミスマッチの動向を確認しておく必要がある。さらに、失業者以外の労働力の未活用の状況を検証することなどによって、労働市場の需給動向を多面的に評価していく。
(完全失業率は構造失業率並みに低下)
完全失業率の推移をみると、2009年7月をピークに低下を続け、2013年後半以降はおおむね3%台で推移している(第2-1-6図)。労働者と企業の間で情報の非対称性があることや、企業が求める技術・スキルが労働者のものと一致していないこと(ミスマッチ)を背景に、景気循環の影響を受けない構造的な失業が存在すると考えられる。構造失業率を一定の仮定の下に試算してみると、最近の完全失業率は構造失業率の水準近傍まで低下しているとみられる19。構造失業率の推移をみると、1990年代後半に緩やかに上昇した後、横ばい圏内で推移している。
(ミスマッチ指標の小幅改善は構造的失業率の上昇の抑制要因)
次に、構造失業率に影響を与えるミスマッチの動向を確認しよう。ミスマッチ指標は、求人と求職が全体の求人と求職に占めるシェアを属性別に比較することで、相対的な求人・求職の過剰感を測るものである。例えば、求人のシェアが求職のシェアに比べて大きい場合には、相対的に求人が過剰と評価される。年齢、職種、雇用形態といった、各部門におけるミスマッチ指標をみてみると20、いずれの部門においても、2012年以降は総じて緩やかに低下している(第2-1-7図(1))。ミスマッチは、本来は、構造的な要因として捉えられるべきものであるが、この指標では、循環的な要因にも左右される求人・求職のデータを用いていることから、構造的な要因だけを取り出してみることはできない。そこで、指標改善の要因を仔細に確認することで、最近の特徴点を考察しよう21。
まず年齢別ミスマッチをみてみると、65歳以上の相対的な求人の過剰感が低下しており、30~50歳台の相対的な求職の過剰感が低下している(第2-1-7図(2))。この背景には、65歳以上の求職者が増加22し、その他の年齢階層の求職者が減少する動きがある。次に、職種別ミスマッチをみると、生産工程の相対的な求職の過剰感と、専門的・技術的における相対的な求人の過剰感が共に低下している(第2-1-7図(3))。最後に、雇用形態別ミスマッチをみると、特に2014年に入ってからフルタイム労働者23の相対的な求職の過剰感が低下している(第2-1-7図(4))。これは、フルタイム労働者の求職者が減少したためである。
これらの動きを解釈してみると、リーマンショックによって、生産工程やフルタイム労働者に対する雇用調整圧力が高まり、ミスマッチ指標が悪化したが、その後は緩やかな回復が進んできたという、中期的な循環的要因の影響も大きいと考えられる。ただし、最近の年齢別ミスマッチの改善をみてみると、高齢者の増加、若年・中年の減少という、人口動態の構造的なトレンドも一部影響している。これは、従来からの労働者の主たる供給源であった若年・中年労働者の相対的な希少性を高める方向に作用するとみられる。若年・中年労働者の希少性が企業に評価されればこれらの年齢層の失業率が低下すると考えられる24が、マクロの失業率に与える影響については、企業の高齢者の活用スタンスや高齢者の労働参加にも依存するため、今後の動向を更にみていく必要があろう。こうしたミスマッチ指標の動きを踏まえると、失業率が更に低下する余地は残されているものの、大幅な低下が実現するかについては不確実性が高いと考えられる。
(失業者以外をみても、労働需給はタイト化が進む)
次に、失業者以外に、労働力の未活用がどの程度あるかを検討してみよう。前述のとおり、最近の我が国の完全失業率は、構造失業率に近い水準にまで低下してきている。もっとも、雇用形態の多様化等を背景として、様々な指標で労働力の未活用を測る動きもみられている(コラム2-1を参照)。労働力の未活用が大きければ、労働需給は、完全失業率の水準が示すほどにはひっ迫していない可能性がある。
まず、労働市場における労働力の未活用の位置付けを確認しておこう(第2-1-8図(1))。不本意型非正規は、正規や自ら望んで非正規となっている労働者に比べると、労働者自身が希望している就業条件対比でみて、活用が十分でないと考えられる。また、職探しを諦めて労働市場から退出してしまった求職意欲喪失者は、潜在的な失業者として捉えられる。
それぞれの動きをみてみると、求職意欲喪失者は男女共に減少を続けており、非労働力人口に占める割合をみてもリーマンショック前を下回る水準にまで低下している(第2-1-8図(2))。また、不本意型非正規が非正規雇用者に占める割合をみると、15~44歳の男性において、低下が顕著となっている(第2-1-8図(3))。労働需給が引き締まる中で、正規雇用の割合を引き上げ、人材を確保しようとする企業の取組があるためと考えられる。一方、女性や45歳以上では、不本意型非正規の比率は小幅の低下となっている。不本意型非正規の数自体はほぼ横ばいとなっている一方、その他の理由による非正規雇用者が増加している。柔軟な働き方を求める中で、非正規での労働供給を増やしていると考えられる25。
以上をまとめると、完全失業者以外の労働力の未活用も減少していることから、労働需給は、全体としてタイト化が進んでいるとみられる。なお、労働需給がタイト化しても、就業者数の伸びる余地が必ずしも小さくなるわけではない。実際に、2012年末以降の景気拡張局面においては、労働力率の上昇が就業者数の増加に与えた影響は大きかった(前掲第2-1-2図(1)、(2))。景気拡大による労働需要の増加にあわせて、労働供給も増加していくことが重要である。
コラム2-1 広義失業率
労働市場の需給を捉えるものとして、完全失業率は代表的な指標の一つとして利用されているが、より多様な指標で労働市場の未活用を計測しようという取組がみられている。例えば、ILO(国際労働機関)では、2014年1月、「仕事又は労働、就業、労働力の不完全活用の統計に関する決議」を採択した。この中では、未活用労働という概念が取り入れられ、それを計測する指標が提案された。これにより、賃金又は利潤のための仕事に対する充足されていないニーズをより正確に捕捉できるとされている26。決議採択の背景として、世界的にみてもパートタイム労働者や非正規雇用が増加するなど、労働市場を取り巻く環境が多様化・複雑化していることが指摘されている27。
アメリカにおいては、労働市場の回復状況の評価に当たり、様々な失業率を用いて議論が行われている。具体的には、完全失業率が低下している中にあって、長期失業率や非自発パートタイム労働者が高止まりしていることが注目されている。
我が国について、アメリカと同様の概念を用いた広義失業率を計算してみると、完全失業率とほぼパラレルな動きしている(コラム2-1図)。これは、求職意欲喪失者や不本意型非正規が、完全失業者とほぼ同様に減少していることを示すものとなっている。
(長期失業者数は高止まりしており政策的な支援が重要)
次に、失業期間別の失業率と労働需給の関係を確認しておこう。短期失業率は2009年のピークから最近にかけて大きく低下している。一方、長期失業率の改善は緩やかなものにとどまっている(第2-1-9図(1))。また、短期失業率は、建設業や卸売、小売、宿泊、飲食ではリーマンショック前の水準を下回っているのに対して、長期失業率は高止まりしている。それぞれの失業率の動き・水準の差と労働需給の関係を考察するに際しては、それらが循環的な要因にどの程度影響されているかを考える必要があろう。基本的には、短期失業率は循環的な要因に、長期失業率は構造的な要因に影響される面が強いと考えられることから、短期失業率の水準が労働需給を評価する際にはより重要となってくる28。この点を確認するために、前職の業種別にみた短期失業者と長期失業者の変動を確認してみよう(第2-1-9図(2))。短期失業者は、主に、卸売、小売、宿泊、飲食や建設業等において大きく減少しており、個人消費や建設投資の需要増加という循環的要因の影響を強く受けているものとみられる。一方、長期失業者をみると、ほぼ全ての業種でこの10年間、水準が高止まりしている。このことは、長期失業者は特定の業種における労働需要の変動よりも、業種横断的な要因が強く働いていることを示唆している。例えば、経済のサービス化など産業構造が変化している中で、産業間の労働移動が困難なことが、長期失業者の高止まりをもたらしていることが指摘されている29。
労働需給の評価という観点では、短期失業率が長い目でみても低い水準にあることから、循環的な面では需給が相応にタイトになっていると評価できる。一方で、長期失業者の高止まりからは、政策的な支援の重要性が指摘できる。例えば、職業訓練機会の充実などの支援、円滑な労働移動に向けた職業紹介機能の強化、労働市場の流動性を高めるための各種の取組によって、労働力としての活用を促していくことが重要である。
(マクロでみた非正規雇用者比率の上昇ペースは鈍化の兆し)
前述のとおり、不本意型非正規比率は低下しているが、不本意ではない非正規雇用者も含めた、マクロの非正規雇用者比率にはどのような変化があるだろうか。非正規雇用者比率全体は、前年比の上昇ペースが鈍化している(第2-1-10図(1))。年齢階層別にみると、若年層(15~34歳)及び中年層(35~64歳)ではほぼ前年並みに近づいている一方、高齢層(65歳以上)では、比較的高めの伸びが続いている。
年齢階層別の非正規雇用者比率の変化等が、非正規雇用者比率全体に与える影響を確認すると、雇用者全体に占める割合が大きい若年層・中年層での非正規雇用者比率の伸びの鈍化が、全体の伸びの鈍化に大きく寄与していることが分かる(第2-1-10図(2))。一方、高齢層は、雇用者全体に占める割合が大きくないこともあり、全体に与える影響は大きくない。この間、年齢構成変化要因が、非正規雇用者比率を一定程度押し上げている。これは、非正規雇用者比率が高い高齢層で雇用者数が増えているためであり、高齢化という人口動態の変化と、高齢者の労働参加の拡大の影響を受けている。こうした構造的な要因が、非正規雇用者比率を押し上げていることには留意が必要であるが、総じてみれば、若年層・中年層での非正規雇用者比率の上昇鈍化により、全体の非正規雇用者比率の伸びが鈍化する兆しがみられている。
(労働需給のタイト化とともに、新たな正規化の兆し)
これまで検討してきた内容をまとめてみよう。完全失業率の今後の低下余地については、ミスマッチ指標の改善が小幅にとどまっていることなどを踏まえれば、失業率が更に低下する余地は残されているものの、大幅な低下が実現するかどうかは不確実性が高い。他方、求職意欲喪失者や不本意型非正規が明確に減少していることなどは、労働需給は全体としてタイト化していることを示している。こうした労働需給のタイト化は、企業による労働力の安定的確保のための行動を背景に、正規化が進むといった動きにもつながっている。このことは、正規雇用者と非正規雇用者の賃金格差を前提とすれば、平均的な賃金の上昇を通じて、マクロの所得形成を支える要因になると考えられる。
一方で、正規化の動きの中には、これまでにない動きが含まれていることに注意する必要がある。我が国では、正規雇用者は無期契約・無限定労働30・高賃金、非正規雇用者は有期契約・限定労働・低賃金という、雇用形態の二分化が大きな特徴となってきたが、一部の企業では、勤務地や職務内容等を限定した「限定正社員」の考えを取り入れ、多様な働き方を認める動きがみられている31。こうした動きについては、これまでの我が国の雇用・賃金体系が生産性に与えてきた影響等も踏まえた上で、長期的な経済成長への影響を評価していく必要があろう。次節においては、この点も含めて、賃金や生産性についての議論を行っていく。