第2章

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第2節 持続的な賃金上昇に向けた課題

デフレからの脱却と経済の好循環を実現していくためには、物価の上昇を上回って賃金が上昇していくことが重要である。本節では、まず、前節でみた最近の労働需給の状況が賃金に与える影響を分析する。また、持続的な賃金上昇を実現するためには労働生産性の向上が重要であることから、賃金と労働生産性の関係を検討する。次に、実際の賃金決定に当たって重要となる雇用・賃金体系について、最近までの変化を確認する。最後に、多様な働き方と労働生産性等の関係を整理する。

1 マクロ的な労働需給・生産性と賃金

第1節では、労働市場の需給状況について、関連する様々な指標を用いて点検した。ここでは、まず、それらの指標と名目賃金の関係を確認する。また、中長期的に賃金上昇を持続させていく上で重要な労働生産性との関係を整理する。

(欠員率が上昇する業種では賃金も上昇)

一般的に、労働需給の引き締まりは、賃金の上昇をもたらすと考えられる。こうした関係は業種別にみても確認できるだろうか。労働需給の変化を表す指標として欠員率の変化幅を用いて、時間当たり所定内給与1別ウィンドウで開きますの変化率との関係をみると、多くの業種で、欠員率が上昇する中で賃金上昇率も高まっている(第2-2-1図別ウィンドウで開きます)。特に、宿泊業,飲食サービス業、生活関連サービス,娯楽業では、欠員率の上昇幅が大きく賃金上昇率が高い。また、製造業では、欠員率はほとんど変化していないが、賃金は上昇している。この点については、労働生産性の上昇が労働者に分配されるなど、労働需給以外の要因も影響していると考えられる。

(短期失業率と経済的理由パートタイム就業者数は賃金との関係が強い)

第1節では、完全失業率以外の様々な労働力の未活用に係る指標のほか、失業期間別の失業率の動向も確認した。これらの動向からは、労働需給のタイト化が示唆されたが、賃金との関係も確認してみよう(第2-2-2図別ウィンドウで開きます)。

まず、短期失業率と長期失業率のそれぞれについて、賃金上昇率との関係を確認してみる2別ウィンドウで開きますと、短期失業率では、失業率の水準の低下に伴って賃金の上昇幅が大きくなりやすい傾向がある一方、長期失業率ではそうした関係はみられない。このことは、長期失業者は、短期失業者に比べて、循環的な要因よりも構造的な要因によって変動するという第1節における考察と整合的である。すなわち、長期失業者は、スキルのミスマッチが大きいといった理由により失業状態からの就業確率が低いとすれば、企業にとっては、短期失業者のプールが、採用活動に当たって実際に直面している労働市場となる。したがって、短期失業者が少ないほど、企業が提示する賃金も上昇しやすくなると考えられる。

次に、経済的理由によるパートタイム就業者3別ウィンドウで開きますと賃金の関係をみると、同就業者が少なくなるほど、賃金上昇率が高まりやすい傾向がみられる。経済的理由によるパートタイム就業者は、就業状態にはあるものの、より長い時間、労働力を供給したいと考えている就業者である。したがって、経済的理由によるパートタイム就業者が少ないほど、企業が調達可能な総労働時間は減少することとなり、賃金を押し上げる方向に働くと考えられる。

最後に、求職意欲喪失者と賃金の関係をみてみると、緩やかな関係がみられた。求職意欲喪失者が低い水準になるほど、労働力人口への流入余力を小さくし、既存の労働力人口の交渉力を相対的に低下させる効果も小さくなると考えられる。

これらの結果を踏まえて、足下の労働需給が賃金に与える影響を考察してみよう。まず、我が国では、短期失業率、求職意欲喪失者数が、長期的にみても低い水準にある。一方で、長期失業率は、リーマンショック前の水準を上回っているなど、やや高めの水準にある。賃金との関係を踏まえれば、賃金との関係が明確である短期失業率等が低い水準にあることから、労働需給のタイト化による賃金への上昇圧力は、比較的しっかりしていると考えられる。

ただし、一定の留意も必要である。まず、足下では労働需給の改善にやや足踏みがみられており4別ウィンドウで開きます、賃金の上昇圧力が緩和するリスクがある。さらに、労働需給(失業率)と賃金の関係が2000年代を通じて弱まってきている5別ウィンドウで開きます。その要因としては、デフレ状況の下、労働生産性対比で実質賃金が上昇しやすく、名目賃金に下方調整圧力がかかりやすかったことが挙げられる。したがって、賃金の上昇には、景気の着実な回復が続くことのほか、再びデフレ状況に戻らないことも重要である。

(実質賃金の上昇には労働生産性や交易条件の改善が重要)

労働需給のひっ迫により賃金が上昇したとしても、長い目でみて労働生産性の上昇を伴わないのであれば、賃金上昇は持続可能ではない。デフレから脱却し、持続的な経済成長を展望する上では、名目賃金が物価上昇率を上回ること、すなわち実質賃金が上昇していくことが重要である。

賃金と労働生産性の関係を考えるに当たって、賃金としては、「一人当たり賃金」ではなく「時間当たり賃金」をみていこう。すなわち、労働生産性は、雇用者数と一人当たり労働時間を乗じた労働投入量(マンアワーベース)で評価していくため、これに対応させる実質賃金についても、時間当たりで評価していく必要がある。また、近年では、パートタイム労働者など、労働時間の短い労働者の割合が増加していることが、一人当たり賃金の押下げ要因ともなっていることから、時間当たり賃金での評価が望ましくなっている。

家計消費支出デフレーターで除した時間当たり実質賃金6別ウィンドウで開きますをみると、物価下落が続いてきた中で、おおむねプラスで推移してきた。ただし、これらを労働生産性の伸び率と比べると、2000年代では、実質賃金の伸びが労働生産性の伸びを大きく下回っている(第2-2-3図別ウィンドウで開きます(1))。家計が受け取る実質賃金は、実現されてきた労働生産性の向上に比べると、見劣りする程度にしか上昇しなかったといえる。

実質賃金が労働生産性よりも低い伸びとなっていた背景をみるために、実質賃金上昇率を労働生産性、労働分配率、交易条件等に要因分解してみよう(第2-2-3図別ウィンドウで開きます(2))。これによると、2000年代においては、交易条件等要因と労働分配率要因が大きめのマイナス要因として寄与している。交易条件等要因の動きの背景を子細にみると、特に2004~07年頃において、輸入デフレーターが大きく交易条件の下押しに寄与する(輸入価格は上昇)下で、輸出デフレーターの上昇がさほど大きくない(付図2-5別ウィンドウで開きます)。当時は、エネルギー価格が上昇していたことに加え、円安方向への動きが進む中で我が国企業が輸出価格を引き下げることで価格競争力を高め、輸出数量を増加させようとしたことが背景にある。こうした中で、労働生産性の上昇による付加価値の増加分の一部が、資源輸出国や、製品の輸出相手国に流出したと考えられる。以上のことから、持続的な賃金上昇を実現するためには、労働生産性の向上に加えて、交易条件を悪化させない取組も重要である。

2 我が国の雇用・賃金体系とその変化

前述のとおり、マクロ的にみれば、実質賃金は労働需給や労働生産性、交易条件等によって変化する。一方、実際の賃金の決定に当たっては、企業における賃金交渉や賃金体系の在り方も重要である。この点に関して、経済界、労働界、政府では、「経済の好循環実現に向けた政労使会議」を設け7別ウィンドウで開きます、2013年12月に共通認識を取りまとめるに至り8別ウィンドウで開きます、その後も取組のフォローアップと諸課題についての議論が続けられた。ここでは、我が国の雇用・賃金体系の特徴と最近の変化を確認する。また、雇用・賃金形態が生産性に与える影響を整理し、働き方が多様化する中で労働生産性を上昇させていくための課題について考察する。

(柔軟な働き方が求められる中で、個人にあわせた人事制度設計の重要性が増す)

我が国の労働力の先行きを考えると、生産年齢人口が減少していく中で、労働力率が相対的に低い女性や高齢者が一層活躍することが期待される。これまで、女性や高齢者は主に非正規の形態で労働参加を拡大させてきた。この背景として、女性や高齢者は、非正規を選択する理由として「正規の職員・従業員の仕事がないから」という消極的な理由を挙げる割合が相対的に低く、「都合のよい時間に働きたい」、「家事・育児・介護等と両立しやすい」を挙げる割合が高いなど、長時間勤務ではない柔軟な働き方を志向する傾向が強いことが挙げられる(第2-2-4図別ウィンドウで開きます(1))。また、企業の海外展開が進む中で、外国人の活用や国をまたぐ人材の移動も増加していくことが見込まれる。こうした中で、他国に比べて年功序列の特徴が際立つ我が国の賃金体系も、国際的に調和のとれたものへと見直されていく9別ウィンドウで開きますとみられる(第2-2-4図別ウィンドウで開きます(2))。

企業は、多様な人材を抱える中で、それぞれの労働者の勤労意欲を高め、生産性向上につなげていくような雇用・賃金体系の在り方を検討していく必要がある。企業が認識する人事評価制度についての考え方をみても、人材の育成や意欲向上等が競争力の向上のために必要と考えられており、従業員の能力を引き出すためには能力・成果に見合った昇給・昇進や雇用の安定の重要性が意識されている(第2-2-4図別ウィンドウで開きます(3))。

(正社員に特有の雇用・賃金体系は、総じてみれば、近年では僅かに変化)

我が国の雇用・賃金体系の大きな特徴として、男性・正規雇用者を中心とした1終身雇用、2年功序列、3長時間労働の3点が挙げられる。これらは、企業特殊的な人的資本の蓄積が重視されてきたことや、我が国の労働市場の流動性の低さとも関係が深く、さらに労働者のモニタリングコストを節約できるという点で一定の合理性も指摘されている。ただし、2000年代初めには、年功序列型の賃金体系についての見直しの機運が高まり、「成果主義」の導入がみられた。その後は、我が国企業は、女性や高齢者、非正規雇用者など多様な労働者を抱えるようになっている。こうした中で、正規雇用者の雇用・賃金体系は、近年、どのように変化してきたのだろうか。

まず、平均勤続年数の変化をみてみると、全体としてみた平均勤続年数は、2000年代初から2009年までごく緩やかに低下した後、2013年にかけてほぼ横ばいとなっている(第2-2-5図別ウィンドウで開きます(1))。ただし、これには、平均勤続年数の長い高年齢層の割合の上昇が影響している可能性もある。このため、年齢別の平均勤続年数も確認してみよう。60~64歳を除く全ての年齢階層において、2000年代以降は平均勤続年数が減少した。その後、2009年頃からは、20歳台の平均勤続年数が増加に転じたほか、他の年齢階層についても減少ペースが幾分鈍化している。60~64歳の高齢者を除いてみれば、平均勤続年数の短期化は総じて引き続き進んでいるものの、近年では、そのテンポがやや鈍化しているほか、若年層で再び平均勤続年数が長期化するという二極化の傾向もみて取れる10別ウィンドウで開きます

次に、年功序列型の賃金体系が変化しているかどうかについて、勤続年数別の賃金カーブを確認してみよう。正規の賃金水準については、勤続15年超においてやや低下しており、特に30年超は比較的大きく低下している(第2-2-5図別ウィンドウで開きます(2))。この背景として、年金支給開始年齢の引上げと、それに伴い高齢者の雇用延長が進んできたことが挙げられる11別ウィンドウで開きます。公益財団法人日本生産性本部が行ったアンケート調査によれば12別ウィンドウで開きます、高齢者の雇用延長に係る法律改正13別ウィンドウで開きますに伴い現役世代の賃金カーブの見直しを行った(又は行う予定としている)企業は、若年層も含めた賃金カーブ全体のほか、中堅層(40~50歳台)の賃金カーブを見直しの対象として挙げている。また、60歳超の高齢者は、雇用延長の際に非正規雇用(嘱託等)に切り替える事例も多いとみられ、これが賃金水準の押下げに寄与していると考えられる。このように、年功序列型の賃金カーブは、高齢者の雇用延長の影響も強く受ける中で、勤続年数15年超のゾーンを中心に、幾分フラット化している14別ウィンドウで開きます。なお、年齢別の賃金カーブをみると、大企業を中心に、30~40歳台でも賃金カーブが相応にフラット化していることがみて取れる(付図2-6別ウィンドウで開きます(2))。前述の平均勤続年数の分析と併せてみれば、30~40歳台の賃金水準の低下には、平均勤続年数の低下も影響していると考えられる。

最後に、長時間労働の慣行が変化しているかどうかを確認してみよう。毎月勤労統計におけるフルタイム雇用者の労働時間は、2000年以降、おおむね横ばいとなっている。もっとも、黒田(2013)は、フルタイム雇用者の平日1日当たりの労働時間はすう勢的に増加傾向にあると指摘しており15別ウィンドウで開きます第2-2-5図別ウィンドウで開きます(3))、この背景として休日数が増加したことを挙げている。こうした長時間労働の慣行は、女性の活躍に向けた大きな障害になっていると考えられる。

以上のことから、いわゆる日本型の雇用・賃金体系を特徴づけるそれぞれの要因は、2000年代前半にかけて変化がみられたが、近年では、高齢者の雇用延長の影響のほかには、僅かな変化がみられる程度であったと結論づけることができる。

(労働移動は不活発な状態が続く)

我が国の正規雇用者での雇用・賃金体系の特徴点は、労働市場の流動性とも密接な関係がある。例えば転職が容易ではない場合、労働者としては、終身雇用を求め、かつ後払い型の年功賃金体系を許容するインセンティブが大きくなる。また、企業としても、就労意欲が高い労働者に対して、効果的な教育訓練投資を行うことで、生産性を高めていくことができる。さらに、雇用保護(解雇規制)が強いと、新たな労働者の採用が長期的な固定費用として捉えられやすいため、そうした長期にわたるコストよりも残業に対するコストを支払うことを選択する合理性が生まれる。

転職率の動向をみると、2005年をピークに緩やかに低下し、近年は横ばいとなっている(第2-2-6図別ウィンドウで開きます(1))。また、年齢階級別にみると、こうした動きは特に20歳台の若年層において顕著である(第2-2-6図別ウィンドウで開きます(2))。

若年層における転職率の低下は、先にみたような若年層での平均勤続年数の長期化をもたらす一因になっていると考えられる。若年層での転職率の低下と平均勤続年数の長期化は、なぜ生じているのだろうか。企業側の要因として、先にみたアンケート調査において、従業員の能力を発揮させるための施策として雇用の安定化を挙げる先が多かったことから、従業員の定着率の向上に向けた取組が進められている可能性も否定できない(前掲第2-2-4図別ウィンドウで開きます(3))。一方で、労働者側の要因としては、若年層における終身雇用志向(一企業キャリア意識)の高まりが指摘できる16別ウィンドウで開きます。これまで長い期間にわたって非正規労働者の割合が増えてきたこと、特に若年層では不本意型非正規の割合が高かったこと、さらにリーマンショック後には非正規労働者に雇用調整が集中したことなど、長い目でみた若年層における労働条件の悪化が、終身雇用志向の高まりにつながった可能性がある。

こうした転職の低調さは、雇用保護の強さともあいまって、労働者の企業間移動を抑制する方向に作用する。環境変化が大きくなっている中で、労働という生産要素の移動がスムーズに行われないと、経済が非効率になり、生産性の伸びを抑制する。主体的にキャリアを選択できるような環境整備を進めることなどによって、若年層の企業間移動に対する意欲を再び向上させることは、我が国の長期的な成長力の強化にとっても重要な課題である。

(非正規雇用者の伸びが高いほど労働生産性の伸びは低い傾向)

正規雇用者の雇用・賃金体系はここ数年で僅かな変化しかみられない下で、正規雇用者と非正規雇用者の就業条件の格差は大きい状態が続いている。就業条件の格差には、賃金面での格差17別ウィンドウで開きますのほか、長期にわたる教育・訓練によって人的資本を蓄積することが困難であることも含まれる18別ウィンドウで開きます。こうした中で、長期的に非正規雇用者の割合は増加してきた。非正規雇用者を増加させることは、企業の収益や生産性にどのような影響を与えるのであろうか。

非正規雇用者の割合と企業の収益・生産性との関係についての実証研究は、海外も対象としたものも含めて数多いが、労働生産性に影響するルート(人的資本形成、庶務態度、労働力の柔軟な調整等)によって評価が分かれている19別ウィンドウで開きます。我が国企業を対象としたもののうち、森川(2010)は、売上高のボラティリティが高い企業では、非正規雇用者が多いほど全要素生産性(TFP)に正の影響を与えるとしている。特に、強い国際競争圧力の下で高いボラティリティに直面する製造業企業では、非正規雇用者をどのように活かすかが、企業のパフォーマンスに強く影響すると考察している。雇用保護の度合いが相対的に低い非正規雇用者を活用することによって、より伸縮的に労働コストの調整を実現できるためと考えられる20別ウィンドウで開きます,21別ウィンドウで開きます

10年程度の長いスパンでみた一国全体の労働生産性に与える影響はどうであろうか。非正規雇用者比率と労働生産性の中長期的な変化をG722別ウィンドウで開きますの中で比較すると、総じてみれば、非正規雇用者比率(テンポラリー雇用比率23別ウィンドウで開きます)がほとんど変化していない国(英国・アメリカ)は労働生産性の上昇率が高く、逆に非正規雇用者比率が大きく上昇した国(イタリア)は労働生産性の上昇率が低い(第2-2-7図別ウィンドウで開きます(1))。日本は、フランス、ドイツ、カナダと共に、両者の中間に位置している。先にみた実証研究の結果とは異なり、非正規雇用者比率の伸びが高いほど、労働生産性の伸びは低いという傾向がみられている。この背景として、以下の要因が考えられる。

第一に、非正規雇用者を活用することによって短期的な需要変動への対応力が高まったとしても、人的資本の蓄積の停滞による負の効果がそれを上回ってしまう可能性がある。中長期的な視点に立ち、人的資本の蓄積に向けた企業や教育・訓練機関等の取組を促していくことが求められる。

第二に、非正規雇用者の活用によって労働コストの調整が容易になったとしても、労働者全体でみた際には、効率的な移動・活用につながっていない可能性がある。非正規雇用者比率の伸びが大きい国ほど、正規雇用者(常用雇用)に対する雇用保護が強い傾向がある(第2-2-7図別ウィンドウで開きます(2))。したがって、正規雇用者の労働移動の停滞が、労働市場全体でみると、労働の効率的な配置を阻害する影響が大きい可能性がある。例えば、アメリカでは、非正規雇用者比率の伸びは小さいにもかかわらず(前掲第2-2-7図別ウィンドウで開きます(1))、雇用者全体の雇用調整速度は高い24別ウィンドウで開きます。これは非正規雇用者のみならず正規雇用者でも雇用調整が比較的頻繁に行われるためであり、こうした中で、高い労働生産性の伸びを実現している。以上を踏まえると、正規雇用者も含めて労働市場の流動性を向上させ、それを労働の効率的な配置につなげることが重要であると考えられる。

(非正規雇用者の就業意欲の向上に向けた体制づくりが重要)

非正規雇用者数の単純な多寡によって、生産性への影響を評価することはできない可能性もある。スペインの企業を対象とした実証分析25別ウィンドウで開きますでは、非正規雇用者から正規雇用者への転換確率が高い企業ほど、生産性が高いとしている。能力や成果に応じて、正規雇用者への転換や昇進・昇給の可能性が開かれていることが、労働者のモラルやモチベーションを高め、生産性を向上させることが示唆される。

我が国の非正規雇用者の正規労働者に対する待遇格差を国際的に比較してみよう。まず、正規雇用者と非正規雇用者の間の賃金格差は、諸外国の中では、最も大きい(第2-2-8図別ウィンドウで開きます(1))。さらに、非正規雇用者が正規雇用者に転換する確率は、海外に比べて低い(第2-2-8図別ウィンドウで開きます(2))。このため、我が国では、非正規雇用者が、平均的にみて、正規雇用者よりも低い賃金で働く状態が固定化しやすいと考えられる。第1節でみたとおり、非正規雇用者から正規雇用者へのシフトの動きが強まりつつあるが、企業単位でも、非正規雇用者から正規雇用者への転換を行う仕組みを明確にすることで、労働者の生産性を高めることができると考えられる。その際、業績に対する評価制度を整えることや、意欲のある労働者に対する教育支援を行うことも重要となるだろう。

(正規雇用者と非正規雇用者の二分化を弱め、労働市場を流動化する必要)

雇用形態と生産性の関係を踏まえ、今後の我が国の雇用・賃金体系の在り方を展望しよう。非正規雇用者に偏って雇用の流動性を高めることや、人的資本投資が行われづらい非正規雇用者を増やすことは、長期的には生産性の上昇を抑制する懸念がある。また、非正規雇用者の就業意欲を向上させることは、生産性を上昇させる可能性がある。こうした点を踏まえると、正規雇用者と非正規雇用者で、就業形態が大きく二分化された状態を変えていくことが重要だと考えられる。正規雇用者、非正規雇用者といった、従来の枠組みにとらわれず、多様な働き方を認めていく必要がある。こうした取組によって、労働の効率的な移動・活用が進めば、我が国の経済成長にも資するだろう。

近年では、高齢者の雇用延長による影響を除けば、従来の雇用・賃金体系に大きな変化はなかったとみられる。もっとも、足下では「限定正社員」という新しい働き方の模索もみられ始めている。我が国の労働力の活用と生産性の向上に向けて、労使間での新たな雇用ルールの構築に向けて対話を進めることのほか、政府においても制度面での後押しを行っていくことが求められる。

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