日本経済2006(全文)第4章 デフレ脱却に向けて
第4章 デフレ脱却に向けて
今回の長期の景気回復局面は物価の下落を伴う異例の姿となった。しかしながら、ようやくデフレ脱却が視野に入る状況となり、地価も持ち直しの動きを示している。デフレ脱却を確認するためには、消費者物価やGDPデフレーター関連の物価指標に加えて、経済の需給状況なども踏まえた総合判断が必要と考えられる。
消費者物価指数(CPI)は物価状況に関する情報を提供する最も重要な指標の一つとして注目されるものである。8月に行われた消費者物価指数の基準改定は、デフレ脱却へと局面が移行しつつある時期に行われたことから、その内容について市場の注目を集めることになった。本章ではまず最初に第1節で今回の基準改定についての評価を行う。続いて、第2節で物価の先行きについて展望する。これはGDPギャップや単位労働費用(ユニット・レーバー・コスト、1単位の生産に必要な労働費用)の動向を踏まえて判断することになる。これに関連して、我が国における「サービス」の物価動向と賃金の関係について国際比較を交えながら分析する。第3節では、これまで一般物価同様に実体経済に影響を及ぼしてきた資産デフレに関し、持ち直しが鮮明化している地価動向を分析する。
第1節 消費者物価指数(CPI)の基準改定の影響と評価
2002年からの景気回復が続く中で、これまで長期にわたって下落が続いていた物価状況については着実に改善がみられてきた。経済活動の川上段階に相当する国内企業物価は、国際商品市況の上昇等により上昇を続けている。GDPデフレーター(国内で生産された付加価値一単位当たりの価格に相当)は8年連続で前年割れが続いているものの、下落幅はこのところ縮小傾向にある。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、以下コアCPI)は、2005年半ばより横ばい基調となり、2006年に入ってからは前年比プラス傾向で推移している。石油製品、その他特殊要因23を除く消費者物価をみても、下落幅の縮小が続き前年比でゼロ近傍で推移している。このような状況を踏まえて、7月には政府により物価はデフレ状況にはないという判断が示された。こうした中で消費者物価の基準改定が8月に実施された。
(市場予測を上回る規模となったCPI基準改定の下方改定)
今回の基準改定は、中期的な消費構造の変化に対応するため5年に一度実施されている定例のものであった。しかしながらその結果が、市場の平均的な事前予測であった0.3ポイント程度の下方改定を上回る規模の0.5ポイントの下方改定となったことでその内容に注目が集まった。
今回の改定作業では消費構造の変化に対応するため、指数の基準年を2000年から2005年に改定するとともに、調査対象品目の追加及び整理統合、ウェイト(品目別消費支出)の改定が行われた。この結果、コアCPIの前年同月比は、06年1-6月平均で0.5ポイント程度下方に遡及改定された。同改定幅に対する影響度を要因別に整理すると、(i)~(v)のとおりである24(第4-1-1図)。
まず、(i)品目別の消費支出ウェイトの変更による影響と(ii)価格指数の水準が100にリセットすることによる影響(下方改定に対する寄与の合計:▲0.11ポイント)が挙げられる。(i)と(ii)の影響は、同物価指数が価格調査を行う品目やウェイトを基準年で固定するラスパイレス方式で算出されていることによって生じるものである。(i)の影響の例としては、基準年(今回の場合、2000年旧基準)から離れるほど価格が低下する財・サービスに需要がシフトするといった消費行動の変化が織り込まれないために、旧基準での上方バイアスが拡大していく。(ii)の影響の例としては、パソコンなどの価格下落幅の大きい品目については、これまで価格指数が低下して消費者物価全体に対する下落寄与が小さくなっていた分、上方バイアスが生じていた。例えば、2000年基準におけるパソコン(ノート型)の2005年平均の価格指数は17.4まで低下していたが、2005年基準では価格指数が100にリセットされたため、物価指数全体に対する下落寄与が約6倍に拡大した。
このほか、(iii)品目の改廃(テレビ(薄型)やDVDレコーダーの追加など)による影響(同:▲0.15ポイント)が挙げられる。この種の新製品は技術進歩により価格の下落率が大きいため、これらの品目の追加により平均的な物価上昇率は押し下げられることになる。(i)~(iii)による下方改定に対する寄与を合計すると▲0.26ポイント程度となる。これらの要因については、公表されている情報を基に事前に推計することが可能であった。しかしながら、実際の下方改定幅(▲0.5ポイント程度)はこうした市場の事前予測(▲0.3ポイント程度)を上回る結果となった。その乖離幅である▲0.3ポイント弱の寄与は以下の要因によるものである。
(事前予測が困難だったモデル式の改定による影響)
今回の基準改定の特徴として、継続品目の中で、(iv)品目ごとの価格指数を算出するモデル式の改定による影響(下方改定に対する寄与:▲0.12ポイント)が大きかったことが挙げられる。料金関係の品目は、価格の変動を的確に指数に反映させるため、業務統計などの資料を用いてモデル式により価格指数を算出している。これらの品目では、基準年の間に料金体系や世帯での利用形態等が変化したことを受けて、モデル式における料金の区分とウェイトが変更された。中でも移動電話通信料におけるモデル式の改定の影響(同:▲0.14ポイント)が最も大きい。近年、移動電話の利用が増大し一支払い当たりの金額が高い方にシフトしたため、多く利用される通話パターン(通話時間及び通信量の組合わせ)に調査価格が変更された。特に昨年11月に一部会社で通信量の多いプランで大幅な値下げがあったため、2005年基準で値下げの影響を強く受けることとなった。
最後に、継続品目の中で、(v)品目ごとの価格指数を算出する際の品目内ウェイトの変更による影響(同▲0.14ポイント)がみられた。これは、モデル式による品目以外でも、基準年の間に消費者が購入する商品の種類や市町村間の消費金額の分布が変化したため、商品の種類ごとのウェイトや全国段階の指数作成時の地域別ウェイトが変更されたことによる。カメラを例にとると、近年フィルム式からデジタル式への移行が急速に進んだことを受け、2005年基準ではデジタル式だけを調査対象とすることとした(同▲0.01ポイント)25。
(GDPデフレーターの下方改定にもつながったCPI基準改定)
なお、CPIの基準改定に伴い、GDPデフレーターも下方に遡及改定された。CPI基準改定の影響をみるために、CPI基準改定反映前の4-6月期四半期別GDP速報(2次速報)と反映後の7-9月期四半期別GDP速報(1次速報)における2006年4-6月期のGDPデフレーターを比較すると、前者では▲0.8%であったものが、後者では▲1.2%と、0.4ポイント下方改定されている。また、CPIとカバレッジが類似する家計最終消費支出デフレーターは▲0.1%から▲0.6%にCPI総合と同程度の0.5ポイントの下方改定となった。デフレーターは、連鎖パーシェ方式を採用しているため、CPIとは異なり、指数算式による下方改定の影響を受けない。しかしながら、上記でみたとおり、[1]移動電話通信料等におけるモデル式改定の影響を受けたことに加え、[2]CPIの新基準で採用されたテレビ(薄型)等、価格下落の著しい品目のウェイトが、CPI算出上のウェイトよりも大きかった26ため、下方改定の幅は結果的にCPI総合と同程度のものとなった27。
(限定的だった基準改定の物価状況の判断への影響)
今回の改定幅(総合指数で▲0.5ポイント程度)は、消費者物価が前年比でゼロを超えプラスに転じていく微妙な時期において、事前の市場予測を上回る大幅なものとして受け止められた。しかしながらデフレ状況の判断としては、石油製品、その他特殊要因を除く消費者物価の前年比の推移をみると下落幅が縮小しつつゼロ近傍にあるという状況そのものには変化がなく、基準改定前の判断を変更する必要性はないと考えられる。ただし、今回の基準改定は消費者物価指数の上方バイアスの規模の大きさについて再認識を必要とさせるものだったと言える。従来の計算方式では改定時期に近づくにつれて上方バイアスの規模が拡大するために、物価上昇率そのものに強く依存した判断をするには注意が必要となると考えられる。
消費者物価は、各種物価指標の中でも家計や企業といった経済主体が物価をみる際の実感に近く、消費や投資などの経済活動にかかる意志決定を行う上で最も重要な物価指標である。しかし近年では、価格下落の激しい品目の増加や新しい製品・サービス品目の取り込みに遅れが生じることによって、基準改定による改定幅が拡大してきた(第4-1-2図)。さらに今回の基準改定でみられたように品目内でも下落率の高い商品への消費者のシフトが急速に進んでおり、今後も品目ごとの指数変化に大きな影響を及ぼすことが考えられる。
今後の統計作成については、新品目の早期取り込みなど、消費者行動の変化をできうる限り早期に反映しうるバイアスの少ない物価指数の作成が求められる。また、補完的に物価指数をみていく観点から複数算式による集計系列の公表なども求められる。また、統計のユーザーサイドにおいても各種物価指数における算式や作成方法の特徴を踏まえた上での利用が求められる。
第2節 国内市場の需給状況からみた消費者物価の先行き展望
本節では物価を取り巻く環境をみた上で、これと消費者物価の関係を検討する。さらに、海外との比較を通じて日本の物価動向の特徴を見出し、その背景を分析する。最後に消費者物価の先行展望と留意点を提示する。
1.国内市場の需給状況と物価の関係
(実物市場における物価上昇圧力の高まり)
GDPギャップは、生産設備や労働力といった生産要素を平均的な稼働率で使用したときに達成できるGDP(潜在GDP)に対して、現実のGDPがどの程度上(下)回っているかを表したものである。GDPギャップは潜在GDPの推計方法によって数値が大きく異なることから、特にそれがゼロ近傍で推移する局面では符号を含め幅を持ってみる必要がある。2002年以降は踊り場局面を経ながらも改善を続けており、2006年第1四半期からは3四半期連続でプラスで推移している(第4-2-1図)。この指標がプラス方向に拡大している状態は、需要量が平均的な供給量を上回っていることを意味し、需給の逼迫から物価が上昇しやすい状況にあると考えられる。ただしこのところGDPギャップと物価の関係は弱まってきており、短期的な物価上昇圧力の程度については慎重に評価する必要があると考えられる。
GDPギャップ以外でも、日銀短観によれば生産設備や雇用の不足感が増してきており、需要が現実の供給力を上回るような傾向となっていることが確認できる。
(労働コストは依然として低下)
費用側すなわち労働コストの面から物価を取り巻く環境をみる。一単位の生産に必要な労働コストである単位労働費用が上昇すると、企業はこれを販売価格に転嫁し、収益への影響を避けようとする。このため物価と単位労働費用は緩やかな正の相関関係にある。単位労働費用には国民経済計算から計算する方法と、毎月勤労統計及び全産業活動指数から計算する方法がある。両者は基礎統計のカバレッジや公表頻度の違いなどで一長一短があり、相互に補完的に見ることが適当である28。
両方の単位労働費用を過去に遡ってみると、いずれもおおむね同じ動きをしている。最近の動きをみると、2004年には下落幅を大幅に縮小したものの、このところ下落幅縮小に足踏みがみられる(第4-2-2図)。これは一人当たり名目賃金の上昇を労働生産性の上昇が上回っていることによるものである。このような状況は、名目賃金の粘着性により景気回復の初期段階でよくみられることである。しかしながら、景気回復が長期化する中でもこのような状態が続いており、今後労働生産性の上昇に見合う形で名目賃金が上昇しなければ、単位労働費用が下げ幅を再び拡大することもあり得る。こうした環境では物価が上昇しにくい状況が続くことが予想される。
このように、GDPギャップや単位労働費用といった物価を取り巻く環境を見る限り、少なくともデフレが悪化するリスク要因にはなっていないとみられる。特にGDPギャップがプラスに転じ、生産設備や雇用の不足感が増してきている点は物価上昇圧力として評価できる。一方、景気回復が長期化する下でも、単位労働費用は依然低下を続けており、現時点では費用面からの物価上昇圧力の強まりはみられていない。
以下では、こうした現状認識の下で、過去との比較や他国の状況を踏まえ、改めて我が国の国内市場における需給状況と消費者物価の関係を分析する。
(消費者物価と経済の需給状況との関係の希薄化)
我が国経済はデフレ状況が長期間続いたこともあり、物価と経済ファンダメンタルズの間のつながりが希薄化しているように見受けられる。需要面のGDPギャップ、供給面の単位労働費用について、消費者物価指数との関係を見てみると、いずれも1990年代半ば以降、それまでの高い連動性が薄れてきたことがわかる。
その原因がどこにあるのかより詳しく検討するため、以下では消費者物価を「財」と「サービス」に分けて分析する。図は財・サービス別に物価と需給ギャップ(代理変数として失業率を使用)及び、単位労働費用との関係を見たものである29(第4-2-3図)。
「財」の物価と需給ギャップの間の弾力性(直線の傾き)は1990年代後半からやや低下しているものの、比較的安定している。一方、「財」の物価と単位労働費用との関係は1990年代後半から逆相関となっている。これは、この期間にアジア通貨危機やITバブルの崩壊などの外生的な要因で需給が悪化し、電気機械を中心に生産が急減するなどしたことが、物価の低下と製造業の単位労働費用の急上昇を同時にもたらしたためである。
「サービス」の物価については、需給ギャップや単位労働費用に対して弾力的に変動していたが、1990年代後半以降、これらの指標との関係がほとんどみられなくなった。これは同時期にサービスの物価上昇率がほぼ横ばいで推移するようになったためである。
このように、財・サービス双方において消費者物価と経済の需給状況との連動性が希薄化してきたことが確認できる。財の物価と単位労働費用の逆相関は海外経済の急激な変動によってもたらされたものである一方、サービス物価の硬直的な動きには国内経済に基づく何らかの原因があるものとみられる。
(諸外国の状況 ― 低い日本のサービス物価上昇率)
次に、消費者物価指数の変動を国際比較し、日本の特徴を明らかにする。図は日本、アメリカ、EUの消費者物価を財、公共料金、サービス(公共料金を除く)の寄与度に分解したものである30(第4-2-4図)。
図からみられる特徴として以下の3点が挙げられる。まず、第一に「財」の物価変動は水準に多少違いがあるものの、世界的に低位に収束してきていることが挙げられる。このことに関しては、既に多くの先行研究がなされている。例えば、IMF (2005)では、貿易量の増加で国内物価が国内市場よりも世界市場における需給環境に影響を受けやすくなっていることを、BIS (2006)では、インフレ率の低下の大半がグローバル化という共通要因によりもたらされていることなどを実証的に分析している。このような現象は先にみたとおり日本においても財の物価と需給ギャップの間の弾力性が低下していることと整合的である。
第二に、「公共料金」はアメリカ、EUで上昇傾向にあるのに対し、日本では低下していることが挙げられる。日本では1994年には公共料金に関して規制緩和の一層の推進や経営の合理化を内容とする閣議了解がなされ、以降、公共料金改革が進みつつある。例えば、過去10年程度を振り返ると、固定電話や電気代はおおむね低下傾向にあり、近年はバス運賃、鉄道運賃なども横ばいで推移している。しかし、貿易財の購買力平価に近い動きをする為替レートで評価し、諸外国との内外価格差をみると、インターネット通信料など一部については国際的にも割安であるがこれはむしろ例外で、概して割高の項目が多い31。これまでの規制緩和等の改革からは一定の成果は出ていると考えられるが、貿易財と公共料金分野の間に依然として国内での生産性格差が存在していることを表している。これは公共料金分野において更なる生産性の向上が必要であることと、それによる公共料金の水準調整が今後も続くことを示唆している。
第三に、「サービス(公共料金を除く)」については、アメリカ、EUで消費者物価上昇率の大半を占め、安定的に上昇しているのに対し、日本では寄与がほとんどないことが挙げられる。そもそもサービスは非貿易財であることや、国ごとの制度や嗜好の違いから大きな影響を受けやすい一方、サービス業は労働集約的なため労働分配率が高く、物価と賃金が連動しやすいことは世界的に共通していると考えられる。しかし、実際に各国のサービス物価とサービス業の賃金の関係をみてみると、日本は諸外国とは異なる動きをしていることがみてとれる(第4-2-5図)。
アメリカ、EUでは、サービス物価とサービス業の賃金がともに前年比3%前後で推移し、大きなギャップがみられないのに対して、日本では物価変動率がゼロ近傍にとどまる中、賃金が前年比マイナスで推移した。このような状況からは国ごとの制度や嗜好の違いだけでなく、賃金動向の違いがサービス物価に大きく影響している可能性が高い。少なくとも日本のサービス業の賃金上昇率が継続的にゼロを上回ることが、サービス物価の上昇を支える一つの要素となると考えられる。
2.デフレ下で目立つサービス物価と賃金との関係の希薄化
(デフレ状況下で下方伸縮的な賃金と下方硬直的なサービス物価)
以下では日本の消費者物価指数におけるサービス物価と賃金の関係についてより詳しく検討する。両者の関係を過去に遡って見てみると、サービス物価上昇率は賃金上昇率に半年ほど遅れてほぼ同様の動きをしていたことがわかる(第4-2-6図)。1998年半ばより賃金変動率がゼロ近傍で推移するようになると、物価変動率も1999年より同様の動きとなったが、2000年末頃より賃金変動率がマイナスに転じても、サービス物価変動率はマイナスに転じることなく、賃金の動きと乖離するようになった32。この現象はあたかも消費者物価指数のサービス物価に下方硬直性があるかのようである33。
(デフレ下でのサービス価格の下方硬直性をもたらすサービスの特性)
このようにサービス物価が低下しないことの背景を考えるため、需要面からの「サービス」の属性と供給面からの「サービス業」の特徴を整理する。
まず「サービス」の特徴として、所得弾力性が財に比べて高く、価格弾力性は財に比べて低いことが挙げられる。総務省「家計調査」における選択的消費は所得弾力性が1より大きい品目と定義されているが、一般サービスに分類されるサービスのほとんどが選択的消費に分類されており、所得弾力性の高さは明らかである。また、価格弾力性についてはサービスには在庫がない(生産と消費が同時)こと、及び多くのサービスは時間消費型であることがその背景にあると考えられる。在庫が存在しないことについては、価格が低いと思う時に買いだめしておくような時間的な移動が不可能である。また、価格が低い国のサービスを日本にいながら消費するような空間的移動ができず、地域独占に結びつきやすい。こうしたことから、消費者の選択肢が狭まりやすいと考えられる34。また、時間消費型のサービスについては、有意義な時間を過ごすためのサービスであって、価格よりも品質あるいは他との差別化が重要と考えられることや、そもそも消費に多くの時間が費やされることはおのずと需要が飽和しやすくなることを意味する。したがって、財に比べてサービスは価格が変動しても需要量があまり変化しない(価格弾力性が低い)と考えられる。このような仮説の検証として財・サービスごとに実質消費を実質可処分所得と相対物価で説明する簡単なモデルを推計すると、サービスは財に比べて所得弾力性が高く、価格弾力性が低いとの結果が得られる(第4-2-7表)。
次に、「サービス業」の特徴としては、非貿易財を扱っていることから製造業に比べて海外との競争にさらされることが少ないことが挙げられる。これに加えて、労働集約的で人件費などの固定費が高い水準にあり、損益分岐点売上高比率が高止まりしていることや、小規模経営が少なくなく生産性の向上が緩やかなことなどが、収益性を低いものにしている。サービス業の損益分岐点売上高比率は1980年代以降、90%前後の高水準にとどまり、2006年第2四半期に75%程度にまで低下した製造業とは大きく異なっている(第4-2-8図)。
以上のような「サービス」と「サービス業」に関する特徴から、サービス物価上昇率はゼロを境に下方硬直的な動きをするようになったと考えられる。すなわち、サービスは価格弾力性が低く、サービス価格を下落させても需要の増加は期待できないため、価格を下げるインセンティブに乏しいこと35、及び、サービス業は収益性が低く、赤字に結びつきやすい価格の引下げはできなかったことが、価格が上昇の方向には伸縮的であった一方、マイナスにはならなかったことの背景と考えられる36。
(デフレ解消後に期待されるサービス物価と賃金との関係の復元)
消費者物価と経済ファンダメンタルズの関係が薄れてきたことの原因の一つは、サービス物価が下方硬直的な動きをしたことにあると考えられる。しかしこれはサービス業の賃金が2000年代以降、持続的に低下する状況において生じた過渡期的な現象の可能性がある。
上記で分析したサービスとサービス業の特徴からは、逆にデフレ状況が解消されて好況下で賃金上昇が実現すればサービス物価も安定的に上昇することが期待される。すなわちサービスの価格弾力性の低さは価格を上昇させても需要量の大幅な減少はないことを意味し、収益性の低さは人件費コストが上昇すると容易に収益を圧迫することを意味する。サービス業の賃金が上昇する局面では、このような性質からサービス提供者は価格を上昇させやすいと考えられる。また、サービス需要は所得弾力性が高く、景気の回復が経済全体の所得増加に結び付けば、サービス需要の増加に牽引される形でサービス物価が上昇する可能性がある。
3.物価の先行きを展望する上での留意点
依然として緩やかな物価上昇圧力を踏まえながら、物価の先行きを展望していく上での留意点を考えると以下のように整理することができる。
第一に、原油価格の動向は今後の物価動向に影響を与え続けると見込まれる。原油市況の軟化から、10月以降、ガソリン等の石油製品価格が下落しており、コアCPIに対する上昇寄与の縮小が見込まれる。石油製品価格が現行水準(11月下旬)で推移すると仮定した場合、コアCPIに対する石油製品自体の上昇寄与は2007年にかけて徐々に減衰していくと予想される(第4-2-9図)。ただし、原油価格については、世界経済の成長に伴う需給環境を前提にしつつ、地政学的なリスク要因などによっても上下に変動しうる。更には、原油価格が石油製品などの価格動向に直接与える影響だけではなく、企業部門の価格転嫁の度合いや家計部門の実質所得の増減を通じて最終財を始めとする物価全体の基調にどのような影響を及ぼしていくかについて着目していく必要がある。
第二に、海外経済の動向などが今後の物価動向に与える影響については引続き注視していく必要がある。アメリカ経済の予想外の減速など外部需要ショックによって経済の需給環境が悪化し、企業部門を通じて物価にマイナスの影響を与えるリスクが考えられる。
一方で、経済のグローバル化が物価に与える影響に関しては、先行研究で指摘されているように、中国を始めとした低コストで大量生産可能な生産拠点の出現が、世界的な供給力の増大や海外との競争激化を通じて国内物価を抑制してきた可能性がある。しかし、近年、新興国の所得及び需要の増加を背景に、原油や非鉄金属を始めとした国際商品市況の高騰がインフレ圧力となっていることも事実である。さらに、長い目で見ればこうした新興国の実質為替レートには増価が見込まれ、この点においてもデフレ圧力を減殺する要因となる。一方、これらの国々のエネルギー効率の向上や産業構造の変化が一次産品の消費ペースに変化をもたらすことも見込まれるため、一方的にインフレ圧力が強まるかどうかには議論の余地がある。いずれにせよ、グローバル化要因が足下の循環面だけでなく中期的な構造面からも国内物価に影響を与えることについては注視していく必要がある。
第三に、国内要因に目を向けると、費用面からの物価上昇圧力の動向が注目される。デフレ下における下方硬直性により物価全体のアンカーとなってきたサービス物価については、今後名目賃金が上昇していけば、それに沿う形で上昇していくことが見込まれる。ただし、第2章、第3章でも見たように依然として賃金上昇については抑制的な圧力も存在しており今後の動向を注視していく必要がある。また、規制緩和の影響も含めて、企業間における競争激化が引き続き物価上昇圧力を抑制していく可能性もある37。労働生産性が上昇しても、実質賃金が上昇しなければ、企業は製品価格を引き下げることで市場シェアを拡大するインセンティブを持ち続ける可能性がある。
さらに次節でみるとおり、地価が比較的明確に上昇傾向をたどる中で、資産価格の動向が今後一般物価に与える影響についても留意していく必要がある。
いずれにしても、物価がゼロ近傍で推移している下で、今後ここで取り上げた物価をめぐる経済的な諸環境がそれぞれどの程度作用し、全体として物価の変動圧力を規定していくかについては不確実性が存在する。引き続き注意深く、各種物価指標の動きとその背景をみていくことが重要である。
第3節 持ち直しに転じる地価動向
1980年代後半に発生したバブルにより急激に上昇した地価や株価等の資産価格は、バブル崩壊とともに90年代初めに大幅に下落した。地価はその後も長期間にわたって下落を続け、金融機関からの貸し出しに対する担保価値が大きく毀損することになり、不良債権問題の発生などを通じて実体経済に深刻な影響を与えた。このような資産価格の低下は、1990年代末から始まった財・サービス物価の持続的な下落と比較すると、時期的に大きく先行するとともに、その下落の規模においても大幅に上回るものであった。
これまでみてきたようにフローベースの実体経済について物価が下げ止まりつつある中で、長期間にわたり下落を続けてきた地価にもようやく持ち直しに転じる動きがみられる。以下、資産価格にみられる新たな変化の動きとして地価の持ち直しについて分析を行う。
1.都市圏中心に持ち直しに転じる地価水準
(地方圏では下落が続くものの都市圏では上昇に転じる地価)
9月に公表された都道府県地価調査(基準地価)は、全国平均で引き続き下落している。一方で、第1章でみたとおり三大都市圏では住宅地、商業地ともに16年ぶりに上昇に転じた(前掲第1-5-3図)。
商業地での地価上昇・横ばい・下落の調査地点数(割合)の推移(第4-3-1図)をみると、全国平均では2004年に96%の調査地点が下落し、上昇地点はわずか1%に過ぎなかったのに対し、2006年には上昇地点が20%まで増加した。しかしながら、依然7割強の地点で地価下落が継続している。一方、三大都市圏のうち東京圏をみると、2004年には上昇地点が5%であったのに対して、2006年には7割弱まで地価の上昇地点が増加した。さらに東京圏の調査地点のうち、約4割を占める東京都区部では前年比下落の調査地点は無くなった。これに対して、地方圏をみると、2004年には上昇地点がわずか2地点、ほぼ全地点で地価が下落していた。2006年をみると上昇地点が4%まで増加したものの、9割強の地点で地価下落が継続している。
(全国平均でみても上昇に転じた路線価)
これに対し、基準地価に先立ち8月に公表された路線価をみると、全国平均は14年振りに上昇した(第4-3-2図)。これは、路線価の全国平均を算出する際に、地価水準の高い都心部の地価上昇が強く反映されるという仕組みを反映したものと考えられる。路線価は本年3月公表の公示地価の約8割程度という評価となっており、各地点の地価の動きは両者ともほぼ共通するものとなっている。しかし公示地価や基準地価の全国平均変動率は調査地点の変動率を単純平均するのに対して、路線価の全国平均変動率は各地点の変動率に対して各地点の評価額を重み付けした加重平均である。このため、路線価では評価額の高い地点における変動率を強く反映する傾向を持つ。実際に、8月の路線価の全国平均は上昇に転じたが、その算定の基となっている3月の公示地価の全国平均は今回の基準地価同様に下落していた。
バブル崩壊以降、不動産価格の下落は、バランスシート調整を通じて実体経済を下押ししてきた。しかし三大都市圏における地価動向が経済活動へマイナスの影響を及ぼす状況からは脱したと考えられる。一方で、地方圏では地方ブロックの中心都市を除くと依然地価の持続的な下落がみられている。これが地域経済に及ぼす影響には引き続き留意していく必要がある。
(都心部における地価上昇の背景)
このように今回の基準地価によれば、三大都市圏で利便性・収益性等の状況により地価の持ち直しがより鮮明化している。三大都市圏の都心部には、今回前年比上昇率が2割や3割を超えた地点がある。また、土地取引価格情報制度38の下で収集された実際の取引価格をみると、都心6区39の中でも利便性や収益性が高くブランド力の高い地域で、路線価の4~6倍の取引事例もみられている40。こうした都区部など一部で生じている大幅な地価上昇に対しては、市場の過熱化を警戒する声も聞かれる。もっとも、圏域の地価水準を過去と比較する限り、住宅地でおおむね1980年頃、商業地の価格はおおむね1977年以前というバブル期前の水準である(第4-3-3図)。具体的な地価上昇の背景には、住宅地の場合、旺盛なマンション需要や市街地整備等による利便性の向上等のほか、商業地の場合、企業のオフィス需要の増加、不動産投資ファンドの拡大、再開発の進捗などがあげられる。地価水準を評価するためには過去の水準との単純な比較だけでは十分ではなく、以下ではより経済的な裏付けを得るために収益対比でみた地価動向をみる。
2.収益還元モデルに基づく地価の評価
(土地収益率からみた地価はそれほど高くはない)
まず、1980年代以降の複数の土地収益率(土地収益/土地時価総額)データ(第4-3-4図(1))を比較してみたい。[1]東京都において土地のみを生産要素として考えた場合の土地収益率の推計値(SNAベース)を試算41してみると、1980年代半ばに8%近くあったものが、バブル期の1987年にいったん2%にまで急低下した。しかし、その後上昇に転じており、長期国債の利回りを大きく上回る水準に達した後、最近では10%の水準で高止まっている。次に、土地と建物一体の利益率という考え方に基づいて、[2]東京都区部のオフィス賃料利回りをみると、2002年には7%弱とピークを付けた後、2005年では6%台前半まで低下している。[3]さらに、(期間は2002年以降に限定されるが)東京都心5区のJ-REITの投資利益率(NOI利回り<減価償却前賃貸事業収益/運用資産取得価格>)の推移をみると、平均で当初6%弱まで推移していたもの、2006年は4%台半ばまで低下している。
これらの推移をみると、いずれもバブル崩壊以降、上昇傾向を辿っており、2004年以降では高止まりないしやや低下に転じていることが窺える。また、土地のみを生産要素として考えた場合の土地収益率に比べて、土地と建物の土地収益率は相対的に低く、その中でもJ-REITの投資利益率が最も低い。これは、J-REITが同じ東京都の中でも都心部での優良物件(テナントの確保などの点で不確実性が小さい不動産物件)に投資しているため、土地収益率がやや小さくなっているためとみられる。
土地収益率の逆数である土地PER(土地時価総額/土地収益)(第4-3-4図(2))から地価水準をみると、2005年以降では[3]のJ-REITのPERが20倍超にあるものの、[1]SNAベースの東京都の土地(のみ)PERや[2]東京都区部のオフィス賃料利回りベースのPERは10倍台となっており、バブル期の40~50倍を大きく下回っている。これをみる限り収益対比で現在の地価水準は必ずしも高いとは言えない。
(収益還元モデルを用いた地価の要因分解)
それでは次に、2004年以降にみられた土地収益率(1/土地PER)の低下(土地収益対比でみた地価上昇)がどのような要因により生じているか、収益還元モデルを用いてみてみる。収益還元モデルは、資産価格は、その資産がもたらす将来の収益を現在価値に割り引いた額によって決まるという考え方によっている42。特にバブル期に顕著であったように、地価は上昇していくものと考える土地神話が存在していたもとでは、実際の取引に収益還元法が用いられることはあまりなかった。しかし、最近では不動産の価格形成が個々の物件のキャッシュフローをベースとしたものになる傾向が強まっている。現象面として上記のとおり土地の収益性や利便性に応じて地価の二極化が生じている。また、J-REIT市場のように、土地を明示的に利用価値で評価する不動産市場も拡大している。
ここでは、土地価格(p)が[1]土地が生み出している現在の収益(c)とその将来見通し(g)、[2]安全資産利回り(r)、[3]投資家が安全資産利回りを越えて要求する収益率(リスクプレミアム(z))といった要因に基づく収益還元モデル(p=c/(r+z-g))によって形成されることを前提に、土地収益率(c/p)の変動に対する各要因の影響度合いをみる。上記要因のうち、[2]については、長期国債の利回りを利用した。[1]のうち、土地収益の将来見通しについては、企業行動アンケート調査における非製造業の業界需要の成長見通し43を利用した。また、[3]のリスクプレミアム自身を直接観察することは困難であるが、他要因と先にみた複数の土地収益率に応じて収益還元モデルの式から事後的に逆算できる。
(地価を押し上げる土地収益の期待成長率の上昇とリスクプレミアムの低下)
現在の土地収益を前提とした地価の水準(土地収益率)に影響を与えた要因(第4-3-5図(1)、(2))をみると、安全資産利回り(長期国債利回り)は、90年以降、低下傾向にあり、地価を下支えし、土地収益率を低下させる方向に作用したと考えられる。一方で期待成長率の低下とリスクプレミアムの上昇はいずれも地価を引き下げ、土地収益率を高める要因として寄与してきた。ただし、2004年以降において土地収益率の低下がみられる中で2要因の最近の動きにも変化もみられる。
すなわち、非製造業の向こう5年の期待平均成長率は、90年に4%半ばに達した後は低下を続けており、2002年には0.5%程度にまで低下した。収益の将来見通しがこのように慎重であると、地価は当然に抑制されることになるが、2006年では1%強まで回復し、地価押上げに寄与している。なお、中長期の期待成長率と実際の成長率との関係(第4-3-5図(4))をみると、実際の成長率が当初の期待成長率を上回る(下回る)と、翌年の期待成長率が高まる(低下する)という関係がみられる。ちなみに、非製造業において、単年度の成長率実績から期待成長率(5年)を引いたものと、期待成長率の前年差について、時差相関をとると、1年先行する場合の相関が最も強くなっている。2003年以降で確認される期待成長率の高まりは、前年の成長率実績の好調さを反映している面があると考えられる。
また、リスクプレミアムは、90年代半ば以降は一貫して上昇していた。リスクプレミアムが上昇した背景には、地価の上昇持続という土地神話が崩壊する中で、企業のリストラや不良債権処理の増加によって、土地保有に伴う値下がりリスクに対する警戒感が強まったことが考えられる。また、地価下落によって投資家の期待利益率が結果的には実現できず、投資家の要求利回りとしての土地収益率を高めるという側面があったと考えられる。ただし、2003年以降でみると上記のリスク要因が剥落していくもとでリスクプレミアムは低下に転じ始め、地価上昇に寄与し始めている。
(今後の地価動向をみる上での留意点)
以上、収益還元モデルを仮定して検討すると、都心部における地価上昇の要因は、土地収益の期待成長率の上昇及びリスクプレミアムの低下の影響が大きい。こうした状況変化の背景としては、[1]景気が緩やかに回復するもとで期待成長率が徐々に高まりつつあること、[2]不良債権処理がほぼ終息し土地市場の不確実性や先安感が後退していること、[3]市街地整備等や再開発等の土地の有効利用が進んでいること、[4]J-REIT等の拡大など証券化による土地市場のリスク軽減と買手の拡大が進捗しつつあること、などがあげられる。しかしながら、リスクプレミアムは、バブル崩壊後大きく上昇しており、2005年に低下がみられるもののバブル期前の80年頃と比較しても依然水準は高い。こうしたことから、現時点の地価上昇はファンダメンタルズから大きく乖離する水準にはないと考えられる。引き続き、適正な地価上昇に向けて、土地の利用価値を高める観点から都市再生や地域再生の推進を図っていくことは重要である。
一方で、地価や不動産価格をみる上で、将来のキャッシュフローを生み出す期待成長率やリスクプレミアムをどのように設定するかについて、客観的な評価が難しい側面もある。J-REIT不動産の賃貸収益によるキャッシュフローを、市場が評価したJ-REIT不動産の価格44で割ったインプライドキャップレート(減価償却前賃貸事業収益/(負債合計+時価総額))と、同キャッシュフローを各投資法人が実際に取得した際の不動産価格で割ったNOI利回り(減価償却前賃貸事業収益/運用資産取得価格)を比較すると、優良の物件取得が難しくなるもとでNOI利回りが5%台半ばまで緩やかに低下する一方で、11月下旬時点でJ-REIT価格が年初来高値を記録しインプライドキャップレートは4%台前半まで低下している(第4-3-6図)。この結果、両者の乖離は拡大しており、市場の先高期待が強まっていることがわかる。一般にこうした将来の期待収益と現実との乖離が、資産の適正な期待成長率(景気回復下での堅調な賃料水準の伸びなど)に裏付けられたものなのかを見極めていくことは重要である。先にみたとおり、実際の成長率が当初の期待を上回る場合には、将来の期待が強気化していく面がある。収益還元法に基づき合理的な価格・投資判断をしたつもりでも、結果的に楽観的な賃料水準の予測や過度の評価益を見込んだ場合には、結果的にバブル的状況が生じる場合があり得る点には注意が必要である。
3.資産価格の変動と金融政策運営
日本経済における1980年代後半以降の資産価格バブルの発生や昨今のアメリカ経済における住宅価格上昇にみられるとおり、資産価格の変動は実体経済活動に大きな影響を及ぼす。特に前節でみたように規制緩和やグローバル化を背景に財・サービス価格が相対的に安定している一方で、資産価格が大幅に上昇するケースが生じた場合には、資産価格の変動に対する評価や適切な金融政策上の対応はより難しい課題と言える。
金融政策の資産価格問題に対する対応のコンセンサスは、資産価格の水準を直接の政策目標とすることは適当ではないが、資産価格の変動が先行きの実体経済活動や物価変動に与える影響に対しては、金融政策によって対応していく必要があるというものである45。直接の政策目標にすべきではないとする理由には、[1]資産価格の変化がファンダメンタルズな要因か、それ以外の要因であるのかの識別困難なこと、[2]仮にバブルと識別できたとしても、金融政策による資産価格への波及メカニズムや効果には不確実性が存在すること、などがあげられる。
期待成長率の上昇やリスクプレミアム低下に期待の強気化が大幅に進行した場合、資産価格は金融機関の信用膨張を伴いながら急上昇し、これを修正するため大幅な金融引締めが必要となる。一方、強気化しすぎた期待の修正が行われると、金利上昇の効果に加え期待の剥落効果が加わることとなるため、金融機関のバランスシートの毀損により信用供与機能が著しく低下しマクロ経済への下押し圧力が強まることも指摘されている46。
こうした状況に対処するため、効果的な政策対応としては、政策の失敗より発生する最も大きな被害の規模の最小化を目指し予防的な金利引上げを実施していくことの必要性が指摘されている47。金融機関のリスク管理が適切に行われ、健全性を維持することによって政策の波及経路が確保されていることが金融政策が有効に作用する重要な前提条件であるとの指摘48がみられる。しかしながら、期待が強気化している状況下で、早期の引締めに対するコンセンサスを得ることは容易でない。こうした点を踏まえると、予防的な形での資産価格の動向を含めた経済全体の需給ギャップ、マネーサプライや信用の状況などのマクロ的なリスク状況の把握も合わせて重要である。
これまでみてきたように2006年に都市圏を中心として地価は上昇に転じる動きを見せている(前掲第1-5-3図)ものの、地価水準は今のところ経済的な要因から十分説明できる範囲にあると考えられる。しかし、地価は将来にわたる市場の期待形成によって大きく変化する性質を持っており、長期間にわたる地価下落から上昇に転ずるような局面では期待の大幅なずれによって地価形成にゆがみが出る可能性についても十分注意しておく必要がある。ただし、このような状況に対して直接金融政策を機動的に割り当てることは容易ではなく、総合的な政策対応を視野に入れながら適切な備えを行っておくことが重要と考えられる。