2節 消費者マインドの動向と個人消費への影響

第1章でもみたように、最近の個人消費の動きをみると、所得が伸び悩むなかにあって、比較的底堅く推移するという現象が続いている(前掲第1-1-19図)。内閣府「年次経済財政報告」(平成16年度)でも指摘しているとおり、最近の消費支出の動きは高齢化や金融資産残高等により説明される長期的な水準にある程度整合的な動きである一方、2003年後半から2004年にかけての消費の改善は必ずしも長期的要因だけでは説明できない。同報告では、ここ最近の好調な消費の背景として、デジタル家電等の新製品の登場による潜在的な需要の掘り起こし効果に加えて、雇用情勢の改善による消費者マインドの改善を挙げているが、賃金が横ばいで推移しているなかで、消費者マインドの回復が何によってもたらされているかというメカニズムは必ずしも明らかではない。また最近のデジタル家電等のいわゆる選択的支出の増加がマインドによってどの程度支えされているかという点についてもさらなる検証の余地がある。さらに、仮に消費者マインドが個人消費の回復を先導してきたのであれば、社会保障不安や公的負担の増大など何らかの理由でマインドの伸び悩みが生じる場合の消費へのリスクについても考えることが重要である。

そこで本節においては、国内民間需要を中心とした持続的な回復を展望する観点から、こうした課題について若干の分析を行い、(1)消費者マインドは雇用情勢等を表す統計や情報にある程度影響されること、(2)マインドの改善は少なくとも短期的には耐久財を中心に消費支出を押し上げる効果があること、(3)2004年年金制度改正は世代間の受益・負担の関係をやや改善させる効果を持つ一方で、老後不安・年金不安は若い世代ほど依然として高く、全体の貯蓄率が低下するなかにあっても、これらの不安が貯蓄率の押し上げ要因となっている可能性があること等を示す。

1 消費者マインドの最近の状況とその形成要因

(消費者マインドは長期的な低下傾向にあるが、雇用環境を中心に持ち直している)

消費者マインドを把握する指標は民間調査機関のものも含めて複数存在する(16)。このうち、内閣府の「消費動向調査」における消費者態度指数は、家計の考える今後半年間の暮らし向き、収入の増え方、雇用環境(職の安定性、みつけやすさ)、耐久消費財の買い時についての判断を、各質問項目ごとに消費者意識指標として算出した後に、それらを用いて指数を算出するもので、長期の時系列で消費者マインドの動きを把握できる(17)

消費者態度指数の長期的な推移をみると、基本的には景気拡大期には上昇し、景気後退期には低下するという循環的な動きとなっている(第2-2-1図)。傾向としては、バブル時(1988~89年)を除いて、景気拡大期においても常に50を下回る水準で推移し、長期的に基調としては下方トレンドを持っている。ただし、2003年以降足元にかけては、消費者態度指数の改善が続き90年代半ばの水準まで回復している。

消費者マインドをその構成要素別にみると、雇用環境については景気局面毎の変動が最も大きく、循環的要素が強い一方、暮らし向きや収入の増え方については比較的変動は小さく、トレンドの要素が強いといえる。消費者態度指数の前年差を4つの構成要素に寄与度分解すると、雇用環境の寄与が相対的に常に大きく、2003年以降については大きくプラスの方向に働いている(第2-2-2図)。ここで各構成要素について、ホドリック・プレスコット・フィルター(HPフィルター)を用いてトレンド部分を抽出してみると、収入の増え方については、後に述べるような若年層の改善もあり足元で下げとどまる動きがみられるが、バブル以降長期的なスパンでは依然下方トレンドにある。一方、雇用環境については2002年頃を境に下方トレンドが反転している様子が確認され(第2-2-3図)、この点からも雇用環境の改善が今回の消費者マインドの上昇の原動力であったことが分かる。

また、消費者マインドを年齢階級別にみると、雇用環境の面では大きな差異は認められない。一方、収入の増え方については20歳代の若年層で高く、比較的高い年齢層で低くなっているが、最近ではそのばらつきは拡大しており、これが全体の消費者態度指数のばらつきにも影響している(18)。収入階級別には、暮らし向きや収入の増え方において高所得層ほど水準が常に高いという傾向がみられるが、長期的には大きな変化はない。一方、地域ブロック別では、景気回復が比較的進んでいる関東、東海で高く、回復が遅れている北海道・東北ブロックで低いという傾向が表れてきている(付図2-4)。

コラム2-1 消費者態度指数の作成方法

消費者マインドの代表的な指標である消費者態度指数は、4つの質問項目に対する回答を用いて指数を作成している。質問項目は4つあり、(1)今後半年間の暮らし向き、(2)今後半年間の収入の増え方、(3)今後半年間の雇用環境、(4)今後半年間の耐久消費財の買い時判断について質問し、それぞれ5段階評価(「良くなる/やや良くなる/変わらない/やや悪くなる/悪くなる」)の回答を得る。作成の方法としては、まず、「良くなる」に1を、「やや良くなる」に0.75、「変わらない」に0.5、「やや悪くなる」に0.25、「悪くなる」に0の点数を与え、この点数に各回答区分の構成比%を乗じた結果を合計して、項目ごとに消費者意識指標を作成する。さらに算出された消費者意識指標の4項目を単純平均することで消費者態度指数を算出している。なお、単純平均による算出のため、各指標の変化が消費者態度指数に与える寄与度のウェイトは同じになる。

消費者態度指数を米国の消費者マインドの代表的な指標である「消費者信頼感指数」「消費者センチメント」と比べると、いくつかの質問項目を合成して作成している点では同じであるが、異なるところとしては、(1)消費者態度指数がすべての項目で今後半年間のことを聞いているのに対し、米国の指標は現在のことを聞いている質問項目が含まれていること、(2)ミシガン大学の消費者センチメントでは1年後や5年後の評価を聞いていること、(3)指数の点数化や合成方法の違い、などが挙げられる(コラム表2-1)。なお、日本の消費者態度指数は以前までは四半期毎の結果しか得られなかったが、2004年4月より米国の指標と同じく月次で結果が公表されている。

(消費者マインドには雇用情勢と資産価格が主に影響)

先にみたように、消費者態度指数は短期的には特に雇用環境に対する消費者の見通しを中心に変動している。そこで、どのような要因が消費者態度指数に影響しているのかを、雇用関連の指標を中心にみてみよう。ここでは雇用関連の指標として、就業者数、完全失業率、新規求人数、所定外労働時間等を、所得関連の指標として現金給与総額、GDPを、資産関連として株価、金利を用い、それぞれ消費者態度指数との間でグレンジャー因果性テストを行った。これによると、求人数や完全失業率、所定外労働時間といった雇用関連指標は、おおむね1~2四半期程度ラグをもって、消費者マインドに対してグレンジャー因果性を持っていることが分かる。消費者態度指数の代わりに「雇用環境」や「収入の増え方」を変数とした場合にも同様の傾向がみられる。一方、資産関連や所得関連の指標からマインドの方向には有意な関係は見いだせない(第2-2-4表(19)。なお、全国の消費者態度指数の長期系列については四半期毎の計数のみ利用可能であるため、各変数の月次毎の動きが消費者マインドに与える細やかな影響を捉えきれない可能性がある。そこで、東京都の一般世帯の消費者態度指数(月次)を用いて、同様のテストを行ったところ、雇用関連指標に加え株価についても、グレンジャーの意味でおおむね1~2ヵ月先の消費者マインドに影響しており、資産関連の指標についても短期的なスパンで消費者マインドの形成にある程度寄与している可能性があると考えられる(付表2-5)。

(統計以外の情報もマインド形成に重要)

以上の結果も踏まえ、次に消費者マインドを株価や金利といった資産関連変数、失業率や求人に代表される雇用関連変数等で説明する簡単なモデルを推計する。

ここで統計以外の情報が消費者マインドの形成に与え得る影響を考慮する。消費者マインドは本来消費者が自ら持つ情報に基づいて形成する主観に基づくものである。合理的期待形成の考え方によれば、消費者は、例えば雇用環境の先行きを考える際に、利用可能な経済・雇用情勢に関する情報を最大限利用して意思形成を行うが、情報収集のためのコスト等を考慮すれば、個人的な経験や身の回りの情報、利用しやすい新聞等の報道を主たる情報源とするという可能性がある。またそのような情報の量が多いほど消費者は自らの意思形成をアップデートする頻度が高くなるとの指摘もある(20)。そこで消費者マインドに関連する身近な情報の代理指標として、新聞報道等における雇用悪化に関する記事件数(これを「雇用不安記事」と呼ぶ。)を計測する。雇用不安記事件数の推移をみると、おおむね消費者態度指数と同様の動きを示しており、特に1997~98年及び2001年の景気後退期において著しく増加し、2003年以降の足元では雇用情勢の改善に伴って低下傾向にあることが分かる(第2-2-5表)。

消費者マインドの説明変数として雇用不安記事を加えて回帰を行ったところ、基本的に株価の上昇中、新規求人数など雇用関連の改善はマインドの改善に、また雇用不安記事の増加は消費者マインドの低下に関係していることが示される(21)第2-2-5表)。このことから、消費者マインドの形成には、資産価格や雇用関連指標の動きだけではなく、消費者が日常的に接している情報も重要な要素であり、このところのマインドの改善にも寄与していることが示唆される。

(社会的ショックはマインドに影響するか?)

消費者マインドについては、雇用情勢等のマクロ経済の動向のみならず、大型倒産、自然災害やテロなど広く社会的、経済的、政治的なショックにも左右される可能性がある。特にこの点は、本年10月に発生した新潟中越地震が消費者マインドの動向に重大な影響を与え得るか否かという意味においても重要である。消費者態度指数のこれまでの推移をみると、阪神・淡路大震災(95年1月)、地下鉄サリン事件(95年3月)、北海道拓殖銀行・山一證券の倒産(97年11月)、米国同時多発テロ(01年9月)、重症急性呼吸器症候群(SARS)不安(03年3月頃)といった出来事と同時期ないしその直後には消費者マインドが落ち込んでいるように見える(付図2-6)。そこで、雇用関連や資産関連の変数とともに、これらのイベントの発生を表す変数を消費者マインドの説明変数に加えて回帰したところ、1997年の大型倒産についてはマインドの低下と関係しているものの、その他では有意な関係はない(付図2-6)。このように自然災害等の社会的なショックについては必ずしも消費者マインドに悪影響を与えているとはいえないが、(1)消費者態度指数は四半期の数値でありショックによる短期的なマインドの変動を測ることが困難であること、(2)本年10月の景気ウォッチャー調査の先行き判断DIをみると、新潟県を含む東北ブロックは特に悪化し、全国との格差がやや大きくなっていること(第2-2-6図)から社会的ショックは少なくとも短期的にはマインドの悪化を引き起こす可能性があることには十分な留意が必要である。

2 消費者マインドは消費支出をどの程度下支えしているか

(消費者マインドは耐久財を中心に消費支出に影響)

今回の景気回復局面では、所得が横ばいで推移しているにもかかわらず個人消費が堅調に推移しているが、その背景としてどの程度消費者マインドの改善が影響しているかは、今後の所得の先行きとあわせて、国内民間需要中心の景気回復が持続していくかを占う意味で極めて重要である(22)。消費者マインドと家計調査でみた消費性向には緩やかな正の相関があり、消費支出の伸びと消費者態度指数で表した消費者マインドの動きをみると、90年代後半から足元にかけてはある程度の連動性が確認される(第2-2-7図)。

そこでまず、消費支出が消費者マインドの影響を受けているのかをみるために、国民経済計算ベースの消費支出の前年比と消費者態度指数の前年差の2変数間でグレンジャー・テストを行うと、消費者マインドは消費支出に対しグレンジャーの因果性を持つことが分かる。これを財別にみると、耐久財消費の増加は消費者マインドの上昇と有意に関係しているが、非耐久財や半耐久財、サービスについては消費者マインドとの間に有意な関係は見いだせない(第2-2-8表)。つまり消費者マインドは、ある程度のラグをもって、耐久財支出を中心に消費支出に影響しているという可能性がある。耐久財の消費支出に占めるウェイトは年々増加傾向にあり(前掲第2-1-12図)、このことからも最近の消費者マインドの改善が、耐久財支出を刺激することを通じて、消費全体の改善につながっていることが推察される。消費支出の消費者マインドに対するインパルス応答関数をみると、消費者マインドへのショックは、特に耐久財支出へ影響しながら、反動を伴いつつも短期的には消費支出へ影響するが、次第にその効果は薄れていくといえる。したがって、消費者マインドの上昇は、少なくとも一時的には消費を押し上げる効果があるものの、その効果は限定的なものにとどまると考えられる(付図2-7)。

コラム2-2 最近の住宅着工にもマインド改善の影響

第1章でも述べたように、2004年は持家やマンションを含む分譲住宅を中心に住宅着工が増加した。この背景には、着実な景気回復を受けた購入者側のマインドの改善があると考えられる。日本リサーチ総合研究所の「不動産購買態度指数」をみると、景気回復の動きのなかで、金利先高感等により、今後しばらくの間が住宅の買い時と感じる者の割合が2003年よりも総じて高い水準で推移していたことが分かる(コラム図2-2)。持家・分譲住宅着工の動向を、住宅取得能力や地価に加えて、消費者態度指数(耐久消費財の買い時判断を除く。マインド要因)と世帯主失業率(リスク要因)で要因分解し大まかな傾向をみると、消費者マインドの改善や雇用情勢の改善を通じて、マインドやリスク要因が2004年の4~9月の住宅着工の伸びを説明していることが分かる(付注2-2)。このように最近の消費者マインドの改善は消費支出のみならず持家・分譲住宅の着工にも好ましい影響を与えたと考えられる。

コラム2-3 消費者マインドと消費支出に関する理論的整理

ここでは、消費者マインドと消費の関係について簡単に理論的に整理をしてみよう。

消費者マインドは将来の消費に対する態度を表すものであるから、その変化についての最も単純な解釈は異時点間の消費に関する選好の変化である。つまり将来の消費と現在の消費の限界代替率(現在消費を1単位あきらめるのに必要な将来消費の増加分)が低下することで、最適な将来消費の水準が相対的に高まるというものである。しかしこの場合、予算制約(=生涯所得)が一定であれば将来消費が増加しても現在消費が削減されるという代替が働くに過ぎない。一方、現在の支出が既に行われた段階で選好の変化が起きれば(時間非整合的選好)、将来の消費計画は変更され、例えば次期の消費水準が高くなる。ただし生涯所得が一定であればやはり次々期以降の支出レベルは低下し、結果として消費者の効用は当初の消費計画の場合よりも悪化する。いずれの場合も、マインドの改善は将来のある時点の消費を増やす効果を持つが、代替効果で他の時点の消費が減少するに過ぎない。

消費者マインドの期待所得としての性格に注目した議論もある。消費の恒常所得仮説やこれに基づくHall(1978)の消費のランダムウォーク仮説においては、各期の消費は恒常所得が変化する分だけ変化することとなり、予想外の生涯所得の変化が生じれば、その増分を各期の消費に割り振る。つまり、いかなる過去の情報も消費の予測には役立たないとされ、予想される所得の変化についても消費にはほとんど影響を与えないとされる。この意味で、期待所得を構成要素とする消費者マインドが個人消費に影響を与えるという議論は、恒常所得仮説とは必ずしも相いれるものではない。むしろ、Campbell and Mankiw(1989)等で指摘されているように、流動性制約等によって期待される所得の変化が将来の消費を変化させるような場合には、消費者マインドの水準が支出に影響を与えるというチャネルの存在が正当化される。

さらに消費者マインドの心理的な側面を強調する場合もある。ミシガン大学の消費者センチメント指標で有名なカトーナの議論によれば、消費支出は消費する能力(例えば、所得や資産)のみならず消費する意欲、消費者の将来の暮らし向きに対する信頼感に影響を受けるとされており、必ずしも経済指標の動きのみによって説明されない消費者マインドの動きが消費に対して持つ重要性が指摘される。また将来に対する不透明感が強いほど消費意欲・マインドは低いと考えられることから、消費者マインドは、不確実性の高まりが「もしものとき」の備えとしてのバッファー的貯蓄を増加させるという予備的貯蓄動機の程度を表す代理変数であるという考え方もある。つまり消費者マインドが高まれば予備的貯蓄動機は低下し、消費が刺激されることになる。

(マインドは消費支出の短期的な変動に影響)

次に消費支出の前年比伸び率を消費者マインド要因(1期ラグ)、所得要因、資産要因、習慣形成要因(1期前の消費の伸び)等に分け、大まかな傾向をみてみると、消費者マインドの改善した2003年後半を機に大きく増加しており、特に2004年に入ってからはマインドの影響が所得のそれを上回っていることが分かる。(付図2-8)。

なおマクロの消費支出は、長期的には可処分所得や高齢者比率等に影響される一方、長期的なトレンドから短期的にかい離した部分については、消費の平準化(スムージング)という形で調整されるメカニズムが働くと考えられる。そこで、消費支出の長期トレンドを可処分所得や金融資産、高齢人口比率で説明するモデルを推計し、消費の予測値と実現値とのかい離をみると、2003年後半以降は、総じてみればわずかながら消費支出がその長期トレンドを上回って推移していることが分かる(付図2-9)。ここでは消費支出の短期的な変動が消費者マインドの動向に影響を受けているのかどうかを検証するために、消費者マインドを加えた誤差修正モデルを推計する。具体的には、消費支出の前年比を長期均衡式の予測誤差の一期ラグ(誤差修正項)、1期前の消費者マインドの前期差等で推計すると、誤差修正項の係数はマイナスの値をとるとともに、消費者マインドはプラスの係数を持つ。つまり消費者マインドが高まれば、短期的に消費支出が増加するという関係が存在すると考えられる。この結果を用いて、消費支出の伸びを要因分解すると、特に2003年後半から2004年前半にかけてのマインドの改善は消費支出の伸びにある程度寄与していることがわかる(第2-2-9図)。

(若年層と高齢者層が消費を下支え)

次に年齢階級別のデータを用い、消費者マインドから消費支出への影響の有無や大きさに違いがあるのかについて、年齢階級別の勤労者世帯の消費支出を消費者マインド等によって説明するモデルを推計する。ここではまず、マインドと消費の関係をみる上で年齢やライフサイクルによる固有の効果を制御するために固定効果モデルを推計した。1985年から2004年までの期間でみると、消費者マインドは消費支出にわずかではあるが有意に関係していることが分かる。これを、90年代後半以降にサンプルを限定すると、消費者マインドのインパクトは高まり、消費者態度指数の1ポイントの増加は消費支出0.26%ポイントの増加と関係していることが分かる。また、年齢階級別の固定効果から、子どもの養育費や住宅ローンの有無等を反映して、60歳代以上の勤労者世帯の消費支出の伸びが他の年齢階級よりも高く、30・40歳代の消費は他の年齢階級よりも低くなっており、90年代後半以降こうした傾向がさらに強まっている(23)第2-2-10表)。

年齢階級別に今回の景気回復局面における消費支出の伸びを全世帯でみると、2002年の回復当初は60歳以上の消費が伸びたのに対し、2003年後半以降は特に20歳代の若年層の消費支出の伸びが顕著である(勤労者世帯でみると、最近、高齢者世帯の伸びも顕著にみられる)。こうした若年層の消費の盛り上がりは前回の景気回復時のそれよりも大きい(第2-2-11図)。この背景には若年層の消費者マインドの改善がある程度影響していると考えられる。そこで年齢階級によって消費者マインドと消費支出の関係に違いがないか、つまりある年齢層では消費者マインドがより強く消費支出に影響しているか否かを確認する。ここで年齢階級別の勤労者世帯の消費者マインドと可処分所得を用いて消費を説明する簡単なモデルを推計すると、20歳代を中心に若年層において消費者マインドと消費支出が有意に関係しており、その程度は90年代後半になり強まっている(第2-2-11図付表2-11)。このことは、20歳代では他の年齢層と異なり消費者マインドと消費性向にある程度の正の相関関係があることとも整合的である。こうしたことから、高齢者の消費水準が高まっていることに加え、最近の若年層の所得見通しの改善等を中心に消費者マインドが改善していることが個人消費を下支えしていると考えることができる。

(消費者マインドはデジタル家電の新規購入に影響:個票による分析)

今回の景気回復局面において消費が堅調に増加した背景の一つとして、デジタル家電などの魅力的な新製品が新規需要を掘り起こしたということが指摘されている。ここではそうしたデジタル家電の新規購入に消費者マインドの影響が介在しているか否かを検証するために、内閣府が本年3月に実施した調査(24)の個票データを用いた分析を行う。同調査においては、消費者態度指数と同様に、サンプル世帯に対し今後半年程度の景気の先行き、雇用の先行き、所得の先行きそれぞれについて、「良くなる」か「変わらない」か「悪くなるか」を質問している。これらのデータを一定の仮定で指数化して合成し「消費者マインド」とする(25)。この消費者マインドは、同じ調査において「消費を増やす」「変わらない」を1、「減らす」を0とする変数と強い相関関係があることが確認できる。

まず、サンプルの中から薄型テレビ、DVDプレーヤー、デジタルカメラといったデジタル家電について、すべて「既に購入した」ないし「一年程度内に購入予定がある」ものを1、そうでないものを0とする変数(「全て購入」)を作成し、これを消費者マインド、所得、年齢等によりプロビット分析を行った。また、いずれか一種類でもデジタル家電を購入した(する予定がある)の者を1、それ以外を0とする変数(「いずれか購入」)でも同様の分析を試みた。いずれのケースにおいても高い消費者マインドは有意にデジタル家電を購入する確率の増加と関係していることが分かる(第2-2-12表)。

次に、各デジタル家電について「既に購入」ないし「今後一年程度以内に購入予定」の者を抽出し、このうちデジタル家電の購入に伴い他を節約しようと思わないものを1、それ以外(選択的消費支出ないし経常的消費全般を節約しようと思う)をゼロとする変数(「新規購入」)を作成し、それぞれ所得、年齢、消費者マインド等でプロビット分析を行った。この結果デジタルカメラを除いては、いずれのデジタル家電の場合も、所得と並び消費者マインドが高いほど、新規購入の確率が高くなっていることが確認される。例えば、消費者マインドが平均的な水準より10ポイント(0.1)高まれば、一定の仮定の下で、薄型テレビやDVDプレーヤーの新規購入の確率が4~5%ポイント程度高まるという効果がある。このことは比較的高額な選択的支出に関しては消費者マインドが少なからず影響を与えていることを示唆している。

3 生涯を通じた受益と負担の関係と社会保障への信頼感

以上では、主に景気循環との関連を中心に、消費者マインドの形成要因や、その改善が現実の消費支出にある程度の影響を与えるという可能性について指摘した。一方で、より長期的な観点からは、少子高齢化や人口減少が着実に進行していくなかで、社会保障制度に関して、将来の年金受取額の減少、保険料の上昇や制度の維持可能性といった漠然とした不安が存在するという指摘があり、これが予備的貯蓄の増加という形で消費の抑制につながっている可能性がある。

(2004年年金制度改正は世代間の受益と負担の関係をやや改善)

前回の2000年の年金制度改正以降、少子高齢化の一層の進展等を受け年金財政の悪化が進んだため、2004年の年金制度改正に至る議論のなかでは、保険料の引上げや給付の抑制といった将来の受益と負担の在り方がどのようなものになるのかについて、国民の間に不透明感が広がり、これが消費者の意識や行動に少なからず影響を与えたと考えられる。2004年6月に成立した年金制度改正法に基づき、将来の保険料水準を固定した上でその収入の範囲内で給付水準を自動的に調整する仕組み等を内容とする持続可能な年金制度の構築に向けた取組が開始されたところであるが、ここではこのような取組が各世代の行動に与える影響をみるために、世代会計の手法を用いて、2004年の年金制度改正によって各世代の受益と負担の関係がどのように変化したのかを試算する(26)

2004年改正を踏まえ世代会計に基づく生涯の受益と負担の関係を試算(改正後試算)すると、2002年時点において60歳以上の世代(1942年生まれ以前)では年金を含む社会保障関係の受益超を背景として生涯を通じて5,650万円程度の受益超となる一方、同時点において、これより若い世代となるほど受益超過幅が縮小ないし負担超となり、20歳代(1973年~82年生まれ)については、生涯を通じて1,400万円程度の負担超となっている(第2-2-13図)。

これを今回の年金改正が行われなかった場合(改正前試算)と比較する。まずマクロ経済スライドによる給付削減を適用せず、2000年改正において想定されていた給付体系を維持するような保険料引上げスケジュール(27)のもと試算を行うと、2002年時点で30歳代以上の世代では改正後試算の方が、改正前試算に比べて受益超過幅が縮小ないし負担超過幅が拡大している(第2-2-14図)。これに対し、20歳代以降の後年世代では、2004年改正により負担超過幅が縮小する。これは年金給付を既に受給している、若しくは、受給開始時点が近い世代ではマクロ経済スライドによる給付削減の効果が、2017年以降の保険料水準固定による保険料率の抑制による効果よりも相対的に大きいため、生涯を通じた純受益が悪化している。逆に、後年世代においては保険料水準固定の影響を享受する期間が長くなることが、生涯を通じた純受益の改善につながっている。いずれの世代とも全体としては生涯でみれば純受益の変化幅はわずかではあるが、2004年改正は世代間の受益・負担のバランスをやや改善させる効果があったと考えられる。

(コーホート別の年金収益率の関係には大きな変化はない)

過去の年金制度改正が各世代に対して時系列的にどのようなインパクトを与えているのかをみるために、5歳刻みで構成される生まれ年(コーホート)別の「公的年金収益率」(=生涯年金給付/生涯保険料負担)が、過去の年金制度改正を経てどのように推移しているかを確認する。ここで各コーホートの公的年金収益率については、モデルケースとなる厚生年金加入世帯を想定した上で、各年金制度改正の際に示される財政再計算における賃金上昇率、運用利回り等の前提に基づいた試算を行っている。

このような一定の仮定の下で試算した年金収益率の推移をみると、支給開始年齢の引上げ等を行った1994年改正を境に各世代とも収益率は低下したが、その後は安定して推移している(第2-2-15図)。2004年改正によって、収益率がわずかに上昇しているコーホートが存在するが、後年世代の場合には、世代会計に基づく試算と同様に、マクロ経済スライドによる給付抑制よりも保険料水準固定方式の導入による生涯負担の低下の影響が大きい。また、より前の世代、例えば60歳代ではマクロ経済スライドにより給付抑制の効果があるものの、将来の給付を現在価値で評価する場合の想定運用利回りが低下していることや過去の保険料負担を現在価値で評価する場合の利率が低下していることにより、既に支払った保険料負担の現在割引価値の減少が相対的に大きいことが影響している。収益率の水準については、おおむね1955年生まれ世代(2004年現在で49歳)を境に、それより上の世代では1を上回り(生涯の給付総額>生涯の保険料負担総額)、より若い世代では1を下回る(生涯の給付総額<生涯の保険料負担総額)という状態に大きな変化はない。

このように公的年金の収益率については、より生まれの早い世代ほど1を上回る高い水準にあるのに対して、後年世代であるほど1を下回る低い水準にあり、世代間公平性という観点では、今回のものを含めこれまでの年金制度改正は大きな是正効果を持っていないものの、給付・負担比率で評価した公的年金収益率が後年世代で悪化しているというわけではない(28)

(「年金不安」、貯蓄率は若い世代ほど高い)

こうした年金制度の変化を受けて、国民の老後や年金に対する不安は解消されてきているといえるのであろうか。そこで次に老後の生活や社会保障制度、特に年金制度に対する信頼感の動向を考察し、それが人々のマインドを通じて貯蓄行動にどのような影響を与え得るのかをみてみよう。前節まで消費者マインドの指標として用いた消費者態度指数には暮らし向きや所得の増え方などが質問されているが、あくまでも今後半年間の見通しを調査するものであり、老後や年金不安等の長期的なスパンの不安感が数値として発現されるとは限らない。

そこで、これらの不安を人々に直接質問している金融広報中央委員会の「家計の金融資産に関する世論調査」(以下、「世論調査」という。)を基に、老後の不安や年金に対する考え方の動向についてみてみよう。「老後の生活について心配である」(以下、「老後不安」という。)としている世帯の割合は1998年以降高止まりしている。年齢別では後年世代ほど老後不安を抱く割合が高く、30歳代、40歳代では9割近くに上る。このうち公的年金を含めて「年金や保険が十分でないから」(以下、「年金不安」という。)(29)とする世帯は5~6割を占め、2004年にはわずかに減少に転じているものの、やはり98年以降高止まりの傾向にある(付図2-13(30)。年齢階級別では30歳代でその不安の割合は高まる傾向にある(第2-2-16図)。

こうした老後不安や年金不安の動向を、一定の仮定の下、コーホート別に評価すると、老後不安については、1955年生まれの世代(2004年時点で49歳)より若い後年世代では、年齢を重ねるにつれて、老後不安の割合が増加し、おおむね9割程度の層が不安を感じるという状態に収れんする傾向があるが、後年世代であるほどそのペースが速い。例えば1970年生まれ世代は、20歳時点で既に3割以上が老後不安を持ち、30歳代前後でその割合が9割程度に達している。一方より生まれの早い世代においては、老後不安は年齢とともに高まるものの、その水準は高齢の世代ほど低い。他方、年金不安については、どの世代においても一定の水準に収れんする傾向はみられず、若い後年世代ほどその水準は高い(第2-2-17図)。

これに関連して、コーホート別の貯蓄率を家計調査(勤労者世帯)からみると、基本的に同じ年齢段階であっても後年世代であるほど貯蓄率のベースが高いことが分かる(第2-2-18図)。30歳時点の貯蓄率を比べると、「世論調査」では30歳代の貯蓄保有割合は年々低下してきているものの、例えば、1945年生まれの世代(2003年時点で58歳)の30歳時点での貯蓄率は20%強であるのに対し、それより若い1970年生まれの世代(2003年時点で33歳)ではそれよりも高い30%程度の貯蓄率となっている。このことは、賃金プロファイルが若い世代ほどフラット化しているということ等に加え、先にみたように、後年世代であるほど将来の老後不安・年金不安の水準が高くなるということも反映しているものと考えられ、貯蓄保有世帯における老後・年金不安による予備的貯蓄の増加というチャネルの存在を示唆している(31)。例えば、村田(2003)は30歳代を中心とした世帯の個票データを用い、公的年金制度に不安のある世帯はそうでない世帯に比べ金融資産をより多く保有していることを示し、長期的な将来不安が予備的貯蓄に影響を与える可能性を指摘している(32)。また、先にみたように、若い世代ほど公的年金収益率の水準が低いということは、より若い世代に対して老後に備えた代替的な貯蓄を増やすというインセンティブを与えているとも考えられる。前節までにみたように、若年層の消費者マインドは足元では改善傾向にあり消費支出も増加してきているが、年金をはじめとする老後不安が根強く存在し続ける限りは、こうした年齢層を中心に貯蓄率がある程度の水準で高止まりするという可能性があることには十分な留意が必要である。

年金不安の一端は、「世論調査」によれば、60歳未満の層が「年金だけでは日常生活費程度もまかなうのが難しい」と考える理由として4分の3程度が「年金が支給される金額が切り下げられるとみているから」を挙げているように、制度が前提とする経済成長からのかい離や少子化の一層の進展からくる将来の年金給付額縮小に関する不安にあると考えられる(33)。高水準にある年金不安を解消することは容易ではないが、構造改革による経済の活性化や少子化対策を進めるとともに、医療や介護とあわせ個々人に対する社会保障の給付と負担についての情報提供を行うなど制度の透明性・制度への信認を高めていく努力が必要であろう。

コラム2-4 年金不安の推移と年金報道

年金不安の推移については、1995年から1998年、2001年から2003年にかけて、年金制度改正前の議論が盛んな時期には増加し、改正直後は安定するという特徴がみられる。このことは、年金制度改正に向けた議論が広く活発に行われるなかで制度の先行きに関する不確実性・不透明感が人々の年金不安という形で顕在化するということに加え、一旦制度改正が行われた後には議論も鎮静化し、制度の在り方そのものに関する不透明感はある程度解消されることから不安もそれに伴って緩和していくという可能性を示唆している(34)

内閣府の「公的年金制度に関する世論調査」(2003年2月)によると、公的年金制度の動向に関する情報源について、半数前後の人が「テレビ・ラジオ」(53.7%)や「新聞・雑誌」(42.4%)と回答しており(複数回答)、この割合は以前よりも大きく上昇している。こうしたことを考慮し、新聞における公的年金関連の記事数の動き(35)と年金不安の動向を比較してみたところ、過去においてはこれらはほぼ同様の動きをしている(コラム付図2-1)。本節1でも述べたように、手近に利用できる報道等の情報は人々のマインド形成に影響する可能性があり、年金不安ともある程度関係していると考えられる。

4 本節のまとめ

以上にみたように、消費者マインドはバブル期以降、長期的には低下傾向にあったが、2003年後半以降足元にかけては、全体として雇用情勢の改善を受けて回復している。年齢別には20歳代の若年層の収入見通しは他の世代と比べ改善している。消費者マインドの改善は、少なくとも短期的には、主に耐久財支出を刺激するというチャネルにより、消費支出の伸びに寄与しており、その程度は近年にかけて高まっている。特に若年層については消費者マインドと消費支出の関係は相対的に強く、高齢者の消費水準の高まりとともに、個人消費全体の下支えに寄与している。また、消費者マインドの改善は、デジタル家電に代表される選択的需要を新たに生み出す効果を持つ可能性も示唆される。一方、保険料水準固定方式等を内容とする2004年年金制度改正は後年世代の生涯純受益をわずかながら改善させる効果を持つものの、世代別の年金収益率については若い世代での目立った改善はみられず、年金に対する不安感も、足元では若干低下したものの、高止まりした状態が続いている。このように公的年金など老後に対する長期的な不安は、予備的貯蓄というチャネルを通じて、若い世代を中心に全体として貯蓄率を押し上げる要因の一つとなっている可能性がある。

先行きについては、好調な企業部門からの波及により、雇用情勢の改善等が順調に進めば消費者マインドの持続的な改善も期待されるが、(1)消費者マインドは長期的な大きな流れとしては低下傾向にあることに加え、個人消費に対する押し上げ効果は概して短期的と判断されること、(2)何らかの社会経済的なショックが起これば、一時的であっても消費者マインドに影響を及ぼすおそれがあること、(3)消費はより長期的なスパンでは所得の動向に影響されること、(4)年金をはじめとする社会保障に対する不安は比較的若い世代を中心に消費を抑制させる可能性があること等を踏まえれば、消費者マインドの持続とそれによる個人消費のさらなる増加に過度に期待することは難しい。また、2004年10月には年金保険料の段階的な引上げが開始されるなど、今後、財政再建の流れのなかで公的負担のある程度の増加は不可避である。公的負担の増加は、他の条件を一定とすればそれ自体可処分所得の押し下げ要因となるほか、短期的には消費者マインドへ影響を及ぼす可能性もある。この点をみるために、内閣府の本年3月時点の調査における個票データを基に年金保険料の引上げを認知していることが消費者マインドの悪化につながっているか否かを検証すると、年金を受給していないグループでは保険料引上げを認知していることと消費者マインドが低いことに関係がみられる(付表2-16)。消費者マインドの悪化がそのまま消費支出の押し下げに寄与するかは所得の動向によるところも大きく、また、財政再建の道筋が明確であれば長期的な意味での老後不安等の払拭につながる可能性もあるが、公的負担の増加は少なくとも短期的には比較的若い年齢層を中心に消費者マインドの悪化につながる可能性があることには十分な留意が必要である。増税等の公的負担の増加に際しては、所得の動向をはじめ景気に十分配慮するとともに、社会保障制度を含め財政に関する将来不安を払拭するような努力が不可欠である。