1節 景気循環の特徴とその変化

第2章 持続的回復に向けた展望

 2002年初めに景気が回復局面に入ってから、3年近くが過ぎようとしている。戦後の景気拡大期の平均期間が33ヶ月程度であることからすると、今回の景気回復は過去の平均的な長さ程度には持続してきた可能性がある。今回の景気回復が始まった当初には、不良債権問題を始めとする構造問題の深刻さや、デフレの継続、財政・金融政策を景気刺激に用いることについての制約といった問題から、日本経済に対する極端に悲観的な見方や、景気が回復しても長続きしないであろうとの見方も散見された。しかしながら、今回の景気回復を振り返ると、従来型の財政・金融政策による景気回復支援が限られたものであったにもかかわらず、経済は消費や設備投資といった民間需要を中心に回復を続け、企業収益は過去と比べても高い水準まで回復し、これまで一貫して上昇してきた失業率も低下がみられるなど、景気回復の内容も90年代のそれと比べて良好なものとなっている。こうしたことから、今回の回復の背景となっている基礎的な要因は90年代のそれとは異なる側面を持っている可能性があると考えられる。内閣府「年次経済財政報告」(平成16年度)では、不良債権問題の進展や企業のリストラによる過剰債務、過剰雇用、過剰設備の是正といった構造的側面に焦点を当てて分析したが、ここでは、様々な経済指標の景気循環的な動きを、過去の景気循環、とりわけ90年代のそれと比較することにより、具体的に何がどう変わったのかを検証する。

1.日本の景気循環の特徴

(景気循環の長さ)

戦後の日本の景気循環についてみると、平均的景気循環の長さ(拡張期と後退期を足したもの)は約50ヶ月で、平均的拡張期の長さは約33ヶ月、後退期が約17ヶ月である(第2-1-1表)。IMF(2002)によると、先進21カ国(13)の平均をみると、景気循環の平均期間は6年、拡張期が5年、後退期が1年である(第2-1-2図)。このように、日本の景気循環は、一循環の長さが短く、かつ、景気循環に占める後退期の割合が34%程度と、他の先進国の平均が17%程度であることと比べると、日本の後退期の割合は相対的に大きいという特徴がある。日本における景気後退期の割合は80年代前半まで増加傾向で推移し、その後は4割程度で安定している。

  90年代以降には、世界的に、景気拡大期間は長く、後退期の落ち込みは浅くなる傾向がある。先進21カ国の平均的な景気循環の期間は、70年代の4年程度から90年代には6年程度まで長くなった。これは、金融政策等マクロ経済運営の方法がより緻密になってきていることや、製造業と比べて景気変動の少ないサービス産業の割合が高まっていること等によるものと考えられる(OECD(2002))。これに対して、日本はどうであろうか。90年代以降の谷から始まった景気循環の長さは、平均すると49.5カ月程度と、過去の平均とほぼ同じであり、そのうち、景気拡張期間についても、平均で32.5カ月と過去の平均と変わりはない。ただし、景気循環の期間についての最近の傾向としては、86年から93年までの第11循環の83カ月から、93年から99年までの第12循環の63ヶ月、99年から2002年までの第13循環の36カ月と短期化している。これに合わせて、景気拡張期間もそれぞれ51カ月、43カ月、22カ月と短期化している(第2-1-3図)。90年代から2000年代初めにかけては、アメリカが10年近い長期の拡張期を経験するなど、世界的には景気循環の期間が長いことが特徴であるが、それに比べると日本の景気循環の期間は短い。一般に、景気循環が短いことは、労働市場や製品市場の硬直性が高いことが背景にあるとの見方がある(IMF2002)。日本と他の国との景気の連動性をみるために、日本、アメリカ、G7、EU15カ国の実質GDP成長率の相関係数を計算すると、日本と他の国・地域との相関は、いずれの場合でも80年代と比べると90年代に相関が低下している(第2-1-4表)。さらに、90年代を前半と後半に分けてみると、総じて90年代後半の方が相関が低い。こうした背景には、90年代の日本の景気循環には、バブルの崩壊やそれに伴う不良債権問題等国内の要因が大きく影響していた可能性があることに加え、アジア通貨危機等アジア地域に固有の要因も影響が大きかったことがあると考えられる。

(景気拡大、後退の深さ)

先進国では、70年代、80年代、90年代と最近になるほど、景気拡張期の上昇幅は小さくなる一方で、景気後退期の落ち込みは浅くなり、総じて成長率の振幅が安定する傾向がみられる。OECD(2002)では、GDPギャップの分散の大きさを主な国・地域別に時系列的に計算しているが、これによると、アメリカでは、70年代、80年代、90年代と最近になるほど分散が低下し、EUでも70年代から80年代にかけて分散が大幅に低下した後、90年代もほぼ分散が横ばいとなっている(第2-1-5表)。これに対して、日本では、70年代から80年代にかけて分散が低下した後、90年代には再び分散が拡大している。90年代における日本のGDPギャップの分散の拡大を、内需と外需の寄与に分けると、外需は分散を低下させる方向で寄与しており、分散の拡大は専ら内需によるものであった。

日本について、景気拡張期、景気後退期に分けて、それぞれ一四半期当たりの実質GDPの成長率を計算すると、景気拡張期における成長率は1975年から始まる第8循環のときに大きく下方屈折し、その後は横ばい、ないしやや低下傾向となっている(第2-1-6図)。他方、後退期における成長率については、傾向的に低下が続いているが、基本的に1986年から始まる第11循環までは景気後退期でもプラス成長が続くグロース・リセッションであったが、1993年から始まる第12循環以降は、景気後退期はマイナス成長となり、落ち込み幅も1999年からの第13循環では更に大きくなっている。世界的にみても、景気後退期の落ち込みが大きい場合には、石油ショック等外的な要因のほかに、90年代における北欧諸国の金融危機のように金融の脆弱性が景気へのショックの影響をより大きなものにしてしまうケースがみられる(IMF(2002))。90年代における日本の場合についても、金融部門の脆弱性といった構造問題の存在が後退期の落ち込みを大きなものとした可能性がある。

(各需要項目の寄与度・分散)

GDPの需要項目の寄与度を景気拡張期、後退期に分けて計算すると、拡張期の寄与が大きいのは消費と投資であり、後退期のマイナスの寄与が大きいのは投資と在庫である(付図2-1)。寄与率でみると、拡張期においては、過去には実質GDPの成長の半分以上が消費の寄与によるものであったが、その役割は傾向的に低下し続け、93年から始まる第12循環では3割程度、99年から始まる第13循環では14%程度まで寄与率が低下した(第2-1-7図)。ただし、今回の景気回復局面では、雇用情勢の改善等を背景に、消費の寄与率は若干上昇して3割強となっている。他方、設備投資については、かつては寄与率2割程度であったが、90年代に入ってからは総じて4割程度、99年からの第13循環の場合では6割近い寄与を示すようになっており、相対的な役割が大きくなっている。公共投資と政府消費を合わせた公需については、90年代前半には寄与度が高まったが、99年からの第13循環及び今回の回復局面ではマイナスに寄与している。外需については、拡張期において、プラスに寄与することもマイナスに寄与することもあるが、今回の景気拡張期では3割程度の寄与率を占めており、過去と比べて寄与がかなり大きくなっている。

実質GDP成長率の変動係数(標準偏差を平均値で除したもの)を計算すると、90年代に入って大きくなる傾向がみられる(第2-1-8図)。これは、分母である平均的な成長率が低下してきたことに加え、比較的安定度の高い消費の実質GDP成長率への寄与が低下した一方、変動の大きい設備投資の寄与が高まっていることも反映している。

2.主な経済指標の景気循環の特徴とその変化

 以下では、景気の観測に用いられる主な経済指標について、その景気循環との相関や、特徴の変化を考察する。ただし、その際に問題となるのが、経済指標の動向は、短期の循環的な動きと、中長期のトレンドの動きの双方を含む点である。特に、90年代以降、人口の伸びが低下し、潜在成長率が下方屈折するなかで、多くの経済指標が大きな構造的変化を経験しており、その中から循環的な動きとトレンドの動きを峻別することは容易ではない。そこで、ここでは、最近の景気循環分析でよくみられるように、統計的な処理を施すことにより、循環的な動きとトレンドの動きを機械的に区分した上で、各経済指標の循環的動きについて景気との相関を調べ、また、トレンドがどのように変わってきたかを観察する。具体的には、循環部分とトレンドの動きを区別する方法として、この種の分析で一般によく用いられている近似的なBand Pass フィルター(以下BPフィルターと呼ぶ)を用いている。(14)各経済指標は、基本的に自然対数に変換された後、BPフィルターで循環部分とトレンドに分けている。

(実質GDPと各需要項目との相関)

BPフィルターで取り出された循環的部分について、実質GDPと主な需要項目の相関を計算してみると、個人消費、設備投資、住宅投資、輸出、輸入とも実質GDPと高い順相関を示してしている(第2-1-9表)。(15)ただし、相関の時系列的な変化をみると、設備投資、住宅投資、輸出については、総じて各循環を通じて高い相関がみられる一方、個人消費、輸入については、最近になって若干相関が低下している。このうち、個人消費について90年代以降の動きを少し詳しくみると、バブル期を含む86年から始まる第11循環では、相関は0.8程度と極めて高かったが、バブル崩壊後については、93年から始まる第12循環で0.66 99年からの第13循環で0.44、今回の景気回復局面で0.38と低下してきた。特に最近の期間に注目すると、1999年から2000年頃の景気回復期においては、個人消費の循環的な上昇は余りみられなかった一方、2001年の後退期には、実質GDPの落ち込みほどには消費は低下しなかったため、相関が低く出ている。2002年以降の今回の景気回復局面については、基本的には実質GDPと消費は同じような動きをしているが、2004年第2四半期及び第3四半期に実質GDPがやや弱含むなかで消費の伸びの低下はそこまでではなかったことから、こうしたエンドポイントの動きがBPフィルターの処理に影響している面もある。また、輸入についても、エンドポイントで実質GDPと動きが反対になっていることが、第14循環で相関が低下している背景にあると考えられる。

(個人消費と景気)

以上にみたように、90年代において消費と実質GDPの相関が低下していることをどのように考えればよいであろうか。まず、こうした相関の低下の背景には、(1)所得と景気循環との相関が低下していること、(2)所得と消費との相関も若干低下していること、(3)消費の内容についても、景気変動の影響を受けにくいサービス消費の割合が上昇してきていること、がある。

このうち、所得については、実質GDPの伸びの割には一人当たりの賃金は伸びなくなっている(第2-1-10図)。こうしたなかで、人口や世帯の伸びが頭打ちになっているため、マクロの所得も経済成長ほどには伸びなくなっている。また、後で述べるように、企業収益と現金給与総額との相関も、90年代に大幅に低下しており、企業収益の回復が賃金に結び付きにくくなっている。

所得と消費の相関が低下していることは、所得が一時的に低下しても消費はそれほどには低下しないという、いわゆるラチェット効果が増していることを意味している。実際、消費性向と可処分所得の関係を調べると、80年代から90年代半ばまでの期間に比べて90年代後半以降には、所得が落ち込んだときに消費性向がより大きく上昇するという傾向がみられる(第2-1-11図)。このように、90年代後半以降にラチェット効果がやや大きくなっていることは、消費が景気の平準化に貢献したとの前向きな見方もできるが、他方で、長期的な将来所得の増加を見込むことが難しくなるなかで、景気回復期でもそれほど消費を増やさなくなったという後ろ向きの面も考えられる。

最後に、消費の財別の景気との相関について調べると、自動車・家電・家具といった耐久財は総じて高く、教育・医療等を含むサービスは余り景気に感応的でない。消費の財別のシェアについて1980年と2002年を比べてみると、耐久財のシェアが4.2%から11%へ高まっているものの、サービスの割合も49.5%から53.4%まで上昇しているため、消費の過半を占めるサービスの寄与が高まり、全体として消費の景気に対する感応度が低下する結果となっている(第2-1-12図)。

このように、消費は、かつてのように経済成長を加速させるような役割はないものの、景気循環に関わりなくある程度の増加をしていることから、総じて景気を安定化させる方向に働いている。

(輸出と景気)

今回の景気回復期においても、まず輸出が先行して回復し、その影響が経済全体に波及していくといった動きがみられたが、実質GDPと輸出の相関も、80年代後半以降高まってきている(前掲第2-1-9図)。輸出の動向が経済全体に影響を与えるようになっている様子は、輸出に対する鉱工業生産の弾性値が傾向的に大きくなっていることからも読み取れる(第2-1-13表)。

他方、世界経済と日本の輸出の関係がどのように変わったかをみるために、まず、世界経済の成長率に対する日本の輸出の弾性値を計算すると、石油ショックや為替変動相場制への移行等があった70年代は適正な弾性値が計算されないが、80年代以降は、大幅な円高期を含む第10循環(83年から86年)、第12循環(93年から97年)を除いて、ある程度安定的に弾性値が計算され、世界経済の伸び以上に日本の輸出が増加していることが分かる。さらに、90年代以降に限定して、他の先進国との比較により、日本の輸出の相対的なパフォーマンスを詳しく調べた。まず、日本の輸出先市場(主要な貿易相手国の輸入数量を貿易ウェイトで加重平均したもの)の成長率は、90年から2001年、2002年以降の期間とも7%を超える高い伸びを示している一方、アメリカ、ドイツ等他の先進国は2002年以降の期間では輸出先市場の伸びが低下している(第2-1-14図(1))。これは、中国を始めとするアジア諸国が日本の輸出に占める比重が高いことを反映しており、日本の輸出環境は他の先進国と比較して良好である。次に、世界市場(OECD加盟国及び主要な非OECD加盟国の輸入額を合計したもの)における日本の輸出のシェアは、90年から2001年の間に2%弱程度減少したが、2002年以降は下げ止まっている(第2-1-14図(2))。ちなみに、OECD全体ではシェアが低下しているが、これは中国等非OECD加盟国のシェアが高まっているためである。以上を総合すると、2002年以降の日本の輸出先市場は引き続き高い成長を続けるなかで、日本の輸出の世界市場に占めるシェアも下げ止まったことにより、日本の輸出は他の先進国と比較して良好なパフォーマンスを示している。こうしたことからも、今回の回復局面で輸出の存在感が大きいことが示唆される。なお、日本の輸出シェアが下げ止まっていることについては、自動車やデジタル家電等日本の輸出品の競争力が高まった可能性もあるが、定量的には不明である。ただし、コスト競争力を示す相対単位労働コスト(単位労働コストを実質実効レートでドル換算したもの)の動向を国際比較すると、日本は1995年から2003年までの累積で13%低下している一方、同期間にアメリカは12%上昇、ドイツは2%の低下にとどまっている。したがって、他の先進国との関係では、日本の輸出のコスト競争力は維持されている(第2-1-14図(3))。

(物価動向と景気)

物価の動向と実質GDPの間には一般に正の相関があるが、相関の強さについては、原油価格やその他輸入価格の動向、制度的な要因の影響等もあり、単純な相関係数の計算からは、傾向的な動きを見つけることはなかなか難しい。第1次、第2次オイルショックの影響を除いてみるために、80年代半ば以降の期間に注目すると、企業物価については86年から始まる第11循環から99年以降の第13循環までほぼ相関係数が一定であるのに対し、消費者物価は80年代半ばから2000年代初めにかけて実質GDPとの相関が低下しているように見受けられる(第2-1-15表)。ただし、今回の回復局面では、企業物価、消費者物価ともに実質GDPとの相関が若干高まっている。これは、世界的な需給の逼迫により、素原材料価格や原油価格が上昇していることを反映している面がある。

90年代に入ってから、景気回復と消費者物価の関係が総じて希薄になったことについては、安価な輸入品の増加や技術進歩、規制緩和等供給ショックの影響があることや、低インフレ下では名目値の硬直性のため物価が変動しにくいといった説がある(平成16年度経済財政報告参照)。また、今回の回復局面では、特に生産性の上昇が大きく、結果として単位労働コスト(雇用者報酬を実質GDPで除したもの)が大幅に低下していることが物価上昇を抑制しているとの見方もある。ちなみに、単位労働コストと物価動向の相関を調べると、長期的には高い相関がみられるものの、最近時点になるほど相関係数は低下しており、1999年から2004年までの5年間について順相関がみられなくなっている(付図2-2)。これは、第1章1節における消費者物価の回帰分析でも同様である(前掲第1-1-24表)。このように、統計的な分析からは、過去と比べて物価と他の経済指標との相関が弱くなっているが、第1章の分析からは、需給が引き締まれば物価も緩やかながら上昇するという関係までは失われていないことから、今後、緩やかな景気回復が続く中で、物価は徐々に緩やかな上昇に転じる可能性が高い。

3.労働市場と企業部門における構造変化

 90年代から現在に至るまで、最も大きくトレンドが変化していると思われるのが労働市場である。少子高齢化を背景に、労働力人口は横ばいないし微減傾向となり、失業率もミスマッチの拡大等から90年代を通じて上昇傾向で推移した。また、パートや派遣・請負といった雇用形態の多様化も急速に進んでいる。こうした構造的な変化があるために、労働市場関係の指標については循環的な動きが見えづらくなっている。このような場合、BPフィルターによってトレンドの動きを分離し、循環的な動きを取り出して分析することは有効である。

(雇用者数・労働時間)

まず、就業者数・雇用者数と景気との相関に関しては、BPフィルター処理前のデータでみると、就業者数及び雇用者数と実質GDPの相関は、90年代後半以降著しく低下している(第2-1-16図)。これは、就業者については自営・家族従業者の減少の影響もあるが、基本的には、少子高齢化を反映して労働力人口の伸びが頭打ちとなっていることを反映したものである。他方、BPフィルターで処理した就業者数・雇用者数の循環部分と実質GDPとの相関については、こうした90年代後半における相関の低下はみられず、就業者数・雇用者数ともにそれ以前と同じか若干高い相関がみられる。このことから、最近、雇用の伸びが鈍くなっていることは、景気変動に対する反応が90年代後半に低下したというよりも、景気循環の影響を除いたトレンド自体が低下傾向にあることが大きい。

最近では、パートや派遣といった雇用形態の多様化が進んでいるが、そうした雇用形態の変化は雇用の景気への反応にどのような影響を与えているだろうか。労働力調査の雇用を常雇と臨時日雇に分けて実質GDPとの相関を計測すると、常雇については、雇用者全体とほぼ同様に景気に反応して増減する傾向がうかがわれるが、それとは対照的に、臨時日雇ではBPフィルター処理後の循環部分の景気との相関が低い(第2-1-17図)。こうした違いは、毎月勤労統計の一般労働者とパート労働者でもほぼ同じ傾向がみられる。パートや臨時日雇等の雇用は、景気変動とともに増減するようなイメージがあるが、実際には、景気後退期、拡大期を問わず単調に増加していると考えられる。

労働時間についても、基本的に90年代に入ってから一貫して減少が続いてきたために景気との関係が見え難くなっているが、BPフィルターで総労働時間の循環部分を取り出して景気との相関を計算すると、景気との順相関に大きな変化はない(付図2-3)。以上のような雇用者数、労働時間と景気との相関関係から、景気と労働投入(雇用者数に総労働時間を乗じたもの)は引き続き景気と順相関を持っている。

(労働力率・失業率)

労働力人口を15歳以上人口で除した労働力率は、高齢者の人口割合が増加したため、90年代初めをピークに一貫して低下している。このため、景気が回復しても労働力率が余り上昇しないという現象がみられている。しかしながら、15歳以上64歳までの生産年齢人口を分母にして計算すれば、労働力率は90年代後半まで上昇した後、横ばい程度で推移している。このため、高齢化の影響を除いた生産年齢ベースの労働力率は実質GDPと正の相関を持っている(第2-1-18図)。BPフィルターで循環部分を取り出した場合、80年代、90年代前半は労働力率と実質GDPの相関が低いが、これは、トレンドとして労働力率が景気に関係なく上昇していたことを反映していると考えられる。他方、90年代後半においては、生産年齢人口ベースの労働力率が傾向として横ばい傾向となるなかで、景気拡張期に労働市場に参入し、後退期に退出するといった行動がより明確にみられる。

失業率は90年代にほぼ一貫して上昇してきたが、今回の回復期では、2003年初めをピークに低下した。こうした過去における上昇傾向を反映して、BPフィルターで処理する前の失業率は実質GDPと順相関(景気が回復しても失業率が上昇)がみられる。しかし、BPフィルターで循環部分だけを取り出してGDPとの相関をみると、今回の拡張期だけでなく過去から一貫して負の関係(景気が拡大すると失業率が低下)がみられる(第2-1-19図)。したがって、循環的失業率の部分だけを取り出せば、今回だけでなく過去の回復期においても、景気の改善によって短期的には失業率の低下ないし上昇テンポの鈍化がみられてきたといえる。ただし、今回の場合は、そうした循環的な失業率の改善を取り除いた失業率のトレンド部分をみても、これまでの上昇傾向から横ばいに転じている。こうしたことから、今回の拡大期に失業率が低下したのは、景気が回復しているというだけでなく、構造的にも失業率がある程度上げ止まりつつあるものと考えられる。

(企業部門門における変化)

構造的な変化がみられるのは労働市場だけなく、企業部門でも過去と異なる動きがみられる。一つは、経常利益の増減と賃金や設備投資との相関が90年代に入ってから低下していることである。経常利益と名目の現金給与総額の相関は80年代には0.9と高い相関をもっていたが、90年代には、そうした順相関がなくなり、95年以降はむしろ逆相関(収益が伸びても現金給与総額が抑制)が強まっている(第2-1-20図)。経常利益と設備投資についても、90年代を通してみれば正の相関があるとはいえ、95年以降は相関がマイナスとなっており、利益の伸びの割には投資は伸びないという傾向にある。こうした相関の変化は、バブル崩壊後、過剰債務、過剰雇用を圧縮する努力を企業が行ってきたことを反映していると考えられる。また、第1章1節でみたように、90年代後半から2000年代初めにかけて企業の特別損失がネットでみて大きく増加していたことも、投資や賃金と経常利益との相関を低下させる要因であったと考えられるが、最近では、こうした特別損失は減少に転じている。また、第1章1節でみたように、リストラの成果によって企業の損益分岐点は90年代初めの水準まで低下しており、企業の体質はかなり強化されている。企業のリストラの動きは、投資や消費といった需要面に対しては抑制的な影響を与えるが、景気の持続性という観点からは、企業の体質が強化されていることは外的なショックに対する抵抗力を増加させ、持続性を高めるという効果があると考えられる。

4 今回の回復局面の特徴

これまで過去にさかのぼって日本の景気循環の特徴やその変化をみてきたが、今回の景気回復局面の特徴を考える上で重要な点をもう一度整理すると、以下のようになる。

世界の他国の経験からすると、金融部門の脆弱性など構造問題の存在は市場機能を阻害し、外的なショックへの柔軟な対応力を弱め、景気回復が短期化する要因の一つになるが、最近では、日本の不良債権処理もかなり進み、金融部門の脆弱性やそれと表裏の関係にある企業部門の体質も強化されている。

90年代には、消費のGDP成長率への寄与は総じて低下し、設備投資が景気拡大に果たす役割が大きくなっている一方、消費は景気拡張期・後退期を通じて安定的に推移し、景気安定化に貢献している。ただし、今回の回復局面では、雇用の改善もあって消費の寄与が若干上昇するなど、投資、消費がともに回復を支えるというバランスがやや改善している。ただし、所得が横ばい程度で推移するなかでこれまで消費が増加してきたことを考えると、消費性向の上昇に頼らず消費が持続的に回復していくためには、今後、所得が増加してくることが重要である。設備投資については、企業のリストラがかなり進展し、企業体質が強化されていることは、その持続性にとってプラスに働くと考えられる。ただし、最近みられる情報化関連財の調整が投資にどの程度影響を及ぼすかは注意が必要である。

今回の景気回復局面では外需の寄与も相対的に大きいが、それは日本の輸出先市場が引き続き高い成長となっていることに加え、世界市場における日本の輸出シェアが下げ止まっていることを反映したものである。これを、自動車、デジタル家電等、日本製品の競争力の向上ととらえるかどうかは別に詳細な分析が必要であろうが、少なくとも、単位労働コストの面では他の先進国と比べて低下が大きく、コスト競争力は維持されている。したがって、世界経済の回復が今後も続くと見込まれる中、輸出の増加を通じて回復のモメンタムが維持されると見込まれる。

今回の回復局面では、雇用の伸びが弱いといった面もみられるが、これは、ある程度トレンドに沿ったものであり、景気回復によってそれなりに循環的な雇用は増加している。また、パートタイム労働者の増加もトレンドにしたがったものであり、今後そうした傾向は続く可能性が高い。他方、最近みられる失業率の低下については、単に景気循環による改善を超え、失業率のトレンドの上昇に歯止めがかかった可能性もあると考えられる。こうした失業に対する不安の低下は消費にもプラスに働く可能性がある。以上を総合すれば、今回の景気回復局面では、90年代後半のような景気回復の脆弱さはかなり克服されつつあり、その背景にある基礎的な要因の改善は景気の持続的な回復に寄与していると考えられる。