2節 原油価格の高騰とその経済的影響

2004年の物価動向を振り返ると、国際商品市況の上昇を受けて素原材料価格が上昇するなかで、世界的な石油需要の増大や余剰生産能力の低下等を背景に、特に原油価格が著しく高騰した。こうした原油価格の上昇や高止まりは、理論的には、(1)産油国への実質所得移転、(2)国内物価への波及、(3)川下価格への波及が遅れる間の企業収益の圧迫、(4)アメリカや中国等の原油消費国の減速による外需の落ち込み、(5)これらを通じた最終需要の悪化といった影響を持ち得るものであり、回復過程にある我が国の景気にとって懸念材料の一つである。しかしながら、我が国の場合、かつてのオイルショック時に比べるとエネルギー効率が向上するなど原油価格上昇への耐性は強くなっている。また、最終財価格への波及は一部にとどまっているが、国内民間需要を中心とした景気回復を受けて企業収益への影響は限定的になっていると考えられる。以下では、今回の原油価格上昇の背景を概観するとともに、今回の原油高が我が国経済にもたらしている影響について検証する。

1 最近の原油価格の高騰

(高騰を続けた原油価格)

原油の国際指標価格であるニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)のWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)原油先物は、90年代は1バレル20ドル前後で安定的に推移をした後、2000年以降はおおむね30ドル前後の水準で推移したが、2004年に入り急速に上昇し、10月26日には1バレル55.17ドルと既往最高値を記録した(第1-2-1図)。この水準を89年のWTI上場前と比較するため我が国のドルベースの輸入原油価格の長期的な水準をみてみると、第2次オイルショック時とほぼ同様の水準に達している(付図1-13)。その後、年末にかけて原油価格は下落傾向に転じ、1バレル40ドル台前半で推移しているが、これまでの平均的な水準に比べれば依然として高い水準にあるといえる。

WTIは主にアメリカで取引される原油価格の基準であるが、一方、我が国の原油購入価格の基準であるドバイ価格(6)は、90年代以降、基本的にはWTIと連動して推移し、90年代は1バレル15ドル前後、2000年以降2003年までは25ドル前後で推移していた(第1-2-1図)。2004年の年初以降は、WTIとの価格差をおおむね5ドル程度としてほぼ同様に推移し、8月20日には1バレル41.45ドルの既往最高値を記録したが、10月にはWTIが急伸し続けるなかで相対的に安定して推移し、年末時点ではおおむね30ドル台前半の水準となっている。

以下では、特に世界の原油価格の代表的な指標として言及されることの多いWTI原油先物価格を中心に原油価格が上昇した背景についてみる。

コラム1-7 国際価格指標として機能するWTIと、アジア向けドバイ原油

世界の原油取引は、消費地ごとに、アジア、北米、欧州という三大市場が形成されており、それぞれの地域の需給を反映した独自の価格形成がなされている。

北米市場で価格指標となっている原油(マーカー原油)は、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)原油先物である(7)。WTIは、米国テキサス産の、硫黄分が少なく、また、ガソリン精製やジェット燃料等に適した軽質油で、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で先物が取引されている。WTIの実際の生産量は、一日当たり数十万バレル程度だが、先物は一日当たり2~3億バレルも取引されるようになっている。80年代後半以降に石油輸出国機構(OPEC)の価格支配力が弱まるにつれて、世界のなかで相対的にマーケット規模の大きいWTI先物の価格は、国際的にも高い指標性を持つようになった。

これに対し、アジア、ヨーロッパ市場においては、依存度の高さからそれぞれ、中東産ドバイ原油、北海ブレント先物(IPE:ロンドン国際石油取引所)の価格が指標として機能している。ドバイ原油は代表的な重質油、北海ブレントはWTI原油に似た軽質油であり、日本が消費する原油の90%近くはドバイに代表される中東産原油である。アジア向け中東産原油の価格指標となっているのは、価格情報機関プラッツ社が発表するドバイとオマーン原油の価格が参考指標となっている。

3つのマーカー原油の間では、マーケット規模の順に、WTI、北海ブレント、ドバイという順に価格の影響が及んでいると考えられる。一般的には、軽質であるほど、また、低硫黄であるほど価格が高く、WTIを基準にした「油種間スプレッド」といわれる価格差は、従来、一定の範囲内で安定して推移していた。ところが、今年のWTI価格の高騰局面においては、特に秋以降、WTI価格と他の原油価格のかい離が大きくなった。この背景には、軽質油であるWTI原油への需要増加に加えて、北米で起こったハリケーンやベネズエラ等の産油国内の事情による供給不安、投機資金の流入といった要因が考えられている。さらに、米国では、連邦レベルの環境規制が強化され、それに対応できない設備の生産能力が著しく低下したこと、さらに州・地域ごとに異なる環境規制が存在し、これにより、地域間の相互融通性が乏しく、予見できない供給不安に対して価格上昇圧力がかかりやすいことが指摘される。

(原油価格高騰の背景(1):世界的な需要の増大)

ここ数年の間、2004年にかけて急ピッチで原油価格が高騰していった背景として様々な要因が指摘されるが、ここでは世界的な需要の増大と、供給能力の停滞、供給不安を背景とする投機資金の流入といった観点から整理してみよう。

世界の石油需要量はすう勢的に増加しており、1995年から2004年にかけて18%、2002年対比でも5.7%増加している(第1-2-2図)。世界の石油需要を牽引しているのはアメリカと中国である。アメリカは2004年時点で世界の需要量の5分の1を占める世界最大の石油消費国であるが、2002年対比でも需要量は3.3%増加しており、世界需要の増加の14%程度を占める(第1-2-2図)。

一方、中国は急速な経済拡大やこれに伴うモータリゼーションの進展等により、石油需要量も年々増加し続け、2004年には我が国を抜いてアメリカに次ぐ世界第2位の石油消費国となった。95年対比で90%以上、2002年対比でも28%程度石油需要が増加しており、2002年対比の世界の需要増の3割程度を占めている(第1-2-2図)。これに対し、我が国は世界第3位の石油消費国であるが、後に述べるような従来からのエネルギー効率の上昇等によって世界需要の増加への寄与はほとんどみられない。

このようにアメリカと中国を中心に世界の石油需要は長期的な増加トレンドにあるわけだが、特に2004年に入ると、世界経済の堅調な回復により、中国以外のアジア諸国も含め石油の消費量は拡大し、前年比3.2%(1日の平均消費量で約82万バレル)と1977年以来の増加となった。こうしたことは、特に本年に入っての原油価格の高騰の一因になったものと考えられる。

(原油価格高騰の背景(2):余剰生産能力の低下)

需要が長期的に増加しているのに対して、原油の生産能力は長期的に見ても増加していない。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2004年時点のOPEC11カ国の生産能力は約3000万バレル/日であるが、この水準は1970年代からほとんど変化していない(第1-2-3図)。この背景の一つには、1980年代半ばの原油価格急落・安定の時期に、多くの余剰生産能力を抱えたことにより、産油国に積極的な生産能力の開発投資のインセンティブがなかったことがあると考えられる。また国際石油資本(メジャー)も同様の背景により、リスクの高い鉱物探査投資や設備投資に積極的ではなかったとされる。

 このように、原油の供給能力は、OPEC等の開発投資の停滞により、中国をはじめ需要が急速に高まっているにもかかわらず、ほぼ一定の水準で推移している。結果として、OPECにおける生産能力から生産量を差し引いた余剰生産能力は100万バレル/日を切るまでに急減している(第1-2-3図)。余剰生産能力は、原油の供給に何らかの障害が起こった場合に対応するためのバッファーとして機能するものであり、今年に入って続発した中東情勢の緊迫化、ロシア最大の石油会社ユコスの経営不安、ナイジェリアの民族紛争・ゼネストやアメリカ東南部のハリケーン被害等の供給不安に関するニュースやショックに対して、原油価格が過剰に反応しやすい環境が形成されるようになったと考えられる。

(原油価格高騰の背景(3):投機的資金の流入)

以上のように、原油に対する需給双方の要因で、原油価格の動きがある程度規定されていると考えられるが、原油の需給バランスをみると、2004年に入って必ずしも需給がさらに逼迫しているというわけではない(第1-2-4図)。これに対しては、原油の余剰生産能力の低下により、原油価格が不安定化するなかで、投機的な資金が原油市場に流れやすくなっていることが、原油価格の形成に少なからず影響を与えていると指摘されている。これを、NYMEXにおける投機筋ネット・ポジションでみると、2003年から2004年にかけて増加しており、投機筋の取引が全体に占めるシェアも25%程度にまで高まった(第1-2-5図)。また、WTIの価格変動(ボラティリティ)をみると、2003年末以降大きくなり、特に年央以降その傾向が強まっていたことが分かる(付図1-14)。これは、米国の株式市場や国債市場における値動きが縮小傾向にあるのと対照的であり、投機的な資金が原油先物市場にシフトしていた可能性を示唆している。

2 原油価格高騰の経済的影響

(原油価格の高騰による経済的影響:理論的整理)

外生要因としての原油価格の上昇は、一般論として、複数のチャネル・時間軸から、原油を輸入する一国の経済に影響を与え得る(第1-2-6図)。

まず、原油価格の上昇は、原油輸入価格の上昇を通じて、為替レートが一定の下で、輸入物価を上昇させる。原油輸入需要の価格弾力性は少なくとも短期的には低いと考えられることから、その限りにおいて輸入国の経常収支を悪化させ、産油国の経常収支を改善させる。つまり、交易条件の悪化を通じて、輸入国から産油国への所得移転がなされる。また、原油の輸入価格が上昇しても、企業がこれを産出価格に転嫁できない段階では、原油の投入比率の程度に応じて、企業収益の圧迫要因となる。原油価格による収益圧迫要因は、生産性の向上や増収効果で吸収できない限り、人件費等固定費の圧縮、あるいは設備投資の抑制が必要となる場合もあり得る。

次に、原油価格の上昇が、最終財価格に次第に転嫁が進んでいけば、消費者物価が上昇して、家計の実質所得が圧迫されることとなる。こうした所得効果や消費者マインドへの悪影響を通じて、個人消費が減少する可能性がある。他の石油輸入国においても同様の内需の減退が生じる場合には、当該国の輸出が減少するという影響も出る。一方、産油国への所得移転効果により、原油輸入国等からの産油国への輸出の拡大もあり得るが、一般に産油国における輸入の所得弾力性は短期的には低く、これによる輸出拡大効果は限定的であるとされる。

以下では、原油価格上昇の経済的影響のそれぞれのチャネルについて我が国のケースに当てはめて検証する。

(実質所得移転効果はかつてに比べると限定的)

原油の市況価格の上昇は、まずドルベースの原油の輸入価格を上昇させる。輸入物価指数に占める原油のウェイトは13%程度と大きく、原油価格の上昇は契約通貨ベースの輸入物価全体を押し上げる効果がある。ドバイ価格と契約通貨ベースの輸入物価の動きをみると、おおむね2ヵ月のラグがある(付図1-15(8)。これに対して、円ベースの輸入物価は為替レートの動向に左右される。1節でもみたように、2004年中の為替レートは、足元では円高ドル安が進んでいるものの、原油価格が急騰した夏場から10月にかけて、1ドル110円台で安定的に推移していた。つまり、今回の原油価格上昇局面では為替レートが円安になることで輸入物価が上昇するという影響はなかった。

次に、輸入物価の上昇に伴う交易条件の悪化と、これを通じた所得移転効果についてみてみよう(第1-2-7図(9)。財貨・サービスの輸出デフレータを輸入デフレータで除した交易条件をみると、2002年第1四半期を起点として、交易条件は8.8%悪化している。この水準を過去の2回のオイルショック時と比較すると、第1次オイルショック時には24.5%、第2次オイルショック時には34.6%の悪化となっており、今回は為替レートの安定もあり、交易条件への影響は比較的軽微であることが分かる。

先にも述べたように原油や石油製品に対する需要は短期的な価格弾力性が低く(10)、原油価格の上昇はほぼそのまま輸入額の増加につながると考えられるため、交易条件の悪化は名目の財貨・サービスの純輸出を減少させる。また国内物価への波及がほとんどなされない範囲において、名目純輸出の減少は実質所得の低下を促す。交易条件の悪化による実質所得の減少分を、国内需要デフレータを用いて試算すると、今回の原油価格上昇局面を含む2002年第1四半期以降でみると、最大でも当期の実質GDPの1%程度、期間平均をみると0.6%程度となる。これは過去のオイルショック時(第1次、第2次オイルショック時でそれぞれ最大で3%強、5%強)と比べても絶対値としてのインパクトは小さい。ここでの実質所得移転の計測には、為替レートの変動や原油以外の素原材料価格の上昇等原油価格以外の要因も含まれていることから、原油価格の上昇のみの影響を取り出してみると、2002年以降の交易条件の悪化は最大でも5.6%、実質所得移転効果については2002年以降の期間平均で当期の実質GDPの0.3%程度、2004年以降では0.4%程度にとどまっている。

(川上価格には波及が進んだものの、川下価格への波及は一部にとどまる)

原油価格の上昇は、国内物価に対しても影響を与えている。国内企業物価についてみると、石油製品、化学製品、プラスチック製品といった石油関連製品は、2004年第2四半期以降前年比プラスに寄与して推移しており、他の素原材料価格の上昇とあいまって国内企業物価の上昇の背景となっている(第1-2-8図)。これを財別にみると、原油価格の上昇は素原材料や中間財への波及が進んでいる。一方、最終財においては、ガソリン等一部の財に波及しているものの全体としてみると波及の力は弱く最終財価格は緩やかに下落している(第1-2-8図)。

消費者物価(生鮮食品を除く総合)についても、最終財価格と同様、緩やかな下落傾向が続いているが、原油価格のガソリン価格等への転嫁を通じて6月以降石油製品は前年比プラスに寄与し始めており、このところの消費者物価の前年比下落幅の縮小に寄与している(第1-2-9図)。原油価格の川下価格への波及の状況をみるために、輸入原油価格(通関ベース)と消費者物価の2変数からなるベクトル自己回帰モデル(VAR)を推計し、原油価格上昇ショックに対する消費者物価のインパルス応答をみると、80年代までは、少なくとも1年以上は原油価格のショックが消費者物価に影響し続けていたのに対し、90年代以降は、消費者物価は原油価格の上昇ショックにほとんど反応していないことが分かる(第1-2-10図(11)。波及効果の低下には、最終財市場での競争の激化の他に、後に述べるようなエネルギー効率の向上といった点も背景にあると考えられる。

このように、原油価格の上昇はガソリン価格等一部には波及しているものの最終財価格に十分波及していない。それでは、原油価格の上昇は潜在的にはどの程度最終財価格を押し上げる効果を持っているのであろうか。ここでは平成12年産業連関表を用いて、原油価格が10%上昇した場合、それが100%すべての財・サービスに転嫁されると仮定して、国内企業物価と消費者物価の押し上げ効果をみる。

試算結果によると、原油価格の10%の上昇は、国内企業物価を最大で0.29%押し上げる効果を持つ。財・サービス別にみると、石油製品(0.17%)、化学製品(0.03%)等の押し上げ効果が大きい。一方、生産者価格に流通マージン(商業マージン+国内貨物運賃)を調整した購入者価格を消費者物価のウェイトで加重平均して消費者物価への押し上げ効果をみると、原油価格の上昇は最大で0.16%の押し上げ効果がある。財・サービス別には、石油製品(0.08%)、運輸を含むサービス(0.02%)等で押し上げ効果が大きい(付注1-6)。

原油価格の波及の程度は、後にみるように、各産業の原油投入比率が長期的には低下傾向にあることから、かつてと比べれば小さくなっているものと考えられる。しかし、前年と比べて原油価格はドバイ価格で25%上昇しており、単純な計算の下でも理論上は前年比で企業物価を0.73%、消費者物価を0.4%それぞれ押し上げる効果を持つ。これに対して、実際の川下価格への波及は、産業連関表で得られる理論的な波及効果よりも小さく、特に最終財部門の企業に少なからず影響を与えていることが予想される。そこで次に、原油価格が企業収益に与える影響についてみることとする。

(景気回復により企業収益への影響はこれまでのところ限定的)

企業収益への影響をみる前に、まず産出価格を投入価格で除した交易条件指数についてみると、1節でみたように原油をはじめ素原材料価格が上昇しているのに対し、最終財価格が緩やかな下落基調にあることを受けて、全体としては悪化している。投入価格を投入比率で調整した修正交易条件指数でみると、程度は緩やかであるものの大まかな傾向は変わらない(前掲付図1-5)。産業別には素材部門、製品部門を問わず悪化傾向にある。修正交易条件指数でみても、鉄鋼等一部の素材部門で改善がみられるが、全体としては悪化傾向にある。

それでは、交易条件が悪化している産業では、企業収益も悪化しているのだろうか。法人企業統計を用いて、(修正)交易条件の変化と経常利益の変化を比べると、必ずしも右上がりの関係にはない(付図1-16)。つまり、交易条件が悪化している産業であっても、売上げの増加や生産性の上昇といったいずれかの手段で原油価格の上昇の影響を吸収しているものと考えられる。

ここで法人企業統計調査を用いて、前節の手法と同様に(前掲第1-1-11図)、一定の仮定の下、全規模・製造業の経常利益の伸び率を、売上高の増加、人件費等固定費の圧縮及び原油価格上昇による交易条件の悪化とそれ以外による交易条件要因に要因分解を行う。これによると、2004年第2四半期以降、原油価格の上昇によるマイナスの影響は拡大してきているものの、製造業における原油や石油製品といったエネルギー投入比率は長期的には低下していることもあり(付図1-17)、収益全体に対してはさほど大きな押し下げ要因にはなっていないことが示される(第1-2-11図)。前節でも述べたように、その他の素材価格上昇の影響も含めれば、交易条件の悪化による収益の押し下げ幅は拡大していているが、現在までのところこれらの影響は、着実な景気回復を受けた増収要因によって吸収されていると考えられる。ただし、今後原油価格が再び増勢を強めるような場合には、増収や生産性の向上等で十分その効果を相殺することができなければ企業収益にある程度のマイナスの影響が出ることも予想される。

(マクロ経済への影響:国内要因は低減の一方、海外を通じた影響に懸念)

以上にみたように、これまでのところ原油価格の上昇による影響としては、実質所得移転効果はわずかである一方、国内最終財価格への転嫁という段階には至っておらず、川下企業部門での調整が行われているという状況にある。一方、今後価格転嫁が進み、消費者の実質所得の低下等を通じて消費支出が抑制されるような場合には、マクロ経済的には全体としてどの程度のインパクトがあるのであろうか。内閣府経済社会総合研究所の「短期日本経済マクロ計量モデル(2004年版)」によれば、原油輸入価格が50ドル/バレル(12)に高騰し、1年間この状態が続いた場合には、実質GDPはそうでない場合に比べて最大で0.45%落ち込むとされている。

こうした影響については、過去の原油価格高騰時に比べると我が国の場合(1)原油輸入額が名目GDPの1%程度にまで低下していること、(2)実質GDP一単位当たりの最終エネルギー消費量(エネルギー原単位)が1970年に比べ30%程度低下するなどエネルギー効率が高まっていること(第1-2-12図)等から、我が国経済への直接的な影響は小さくなってきているものと考えられる。

 一方、先にも述べたように、アメリカや中国といった他の原油消費国の経済減速を通じた日本の外需への影響という可能性についても注視する必要がある。アメリカは石油の輸入依存度は日本に比べ高くなく、原油原単位(原油消費量/実質GDP)は長期的に低下傾向にあるものの、その水準は2003年時点でも我が国の2倍以上となっている(第1-2-13図)。中国については、経済成長に伴い輸入依存度も徐々に高まる中、エネルギー効率も相対的に低いままであり、原油原単位は我が国の5倍近くにも上る。

  IEA等国際機関においては各国・地域間の貿易関係も考慮したモデルにより、原油価格上昇が経済に与える影響を試算している(第1-2-14表)。これらによると、原油価格が10ドル程度上昇し、これがある程度継続した場合には、アメリカの実質GDPを0.3%程度、中国を含むアジア圏のそれを0.8%程度減少させること等を通じて、日本の実質GDPを0.4~0.5%程度減少させる影響があるとされており、ある程度の間接的な影響が留意される。実際、2004年第2四半期のアメリカにおいては、既に高水準にあった原油価格がさらに上昇したことで、企業の先行き不透明感が高まり、雇用増の一時鈍化や、消費者マインドの悪化につながった可能性がある。こうした状況下、主に耐久財消費を中心に消費の伸びが一時鈍化し、日本からのアメリカ向けの直接的あるいはアジアを通じた間接的な輸出の停滞につながったとみることもできる(第1-2-15図)。

(まとめ)

以上のように、今年に入って急騰した原油価格は、最終財等川下価格には依然として波及が弱い一方で、投入価格等川上価格の上昇に寄与している。現在までのところ、外需を通じた影響は一時的にあったとみることもできるものの、実質所得移転効果は過去に比べれば縮小しており、また原油高による企業収益の圧迫効果も目立ったものとはなっておらず、かつ生産性の向上や景気回復を通じた増収効果等により吸収されており、経済全体が押し下げられるという状況にはない。

一方、足元の原油価格の動向をみると若干の下落傾向にあるが、ドバイ価格では1バレル30ドル台前半と過去の平均的な姿よりも高止まった状態にある。原油価格は市場で決定されるものであり、先行きを見通すことは困難であるが、(1)IEAによると今後も中国を中心に原油需要は引き続き堅調であると予想されていること、(2)生産能力の拡大は短期的には見込めないこと等から、価格はある程度の高水準で推移する可能性が高いという見方がある。一方、WTIが既往最高値を記録した10月下旬以降11月にかけて、投機筋のネット・ポジションは売り越しに転じており、投機資金が原油市場から流出し、金先物や銅先物といった非鉄金属の商品市場等にシフトしている可能性も指摘されている(前掲第1-2-5図付図1-18)。原油価格の先行きについては予断を許さないが、いずれにせよ、原油価格が再度高騰したり、高止まりの状態が長期にわたって継続するような場合には、最終財価格への転嫁と国内最終需要の下押し、外需の減速を通じた影響等の悪影響が想定されることから、原油価格の今後の動向については、引き続き留意が必要である。