1節 回復が続く日本経済
第1章 景気の現状
第1章1節 回復が続く日本経済
(2004年の日本経済の動向)
2003年後半から2004年初めにかけて、海外経済が急速に回復するなかで、比較的高い投資や消費の伸びに支えられて景気回復の勢いが増していく動きがみられた。こうした高い成長と比べると、2004年央には、成長の勢いはやや鈍化したが、これは、海外経済の減速や情報化関連財の調整などもあり輸出や生産が弱含んだことに加え、台風等の天候要因が消費や設備投資に影響を与えたことも反映している。基本的には、企業収益が増加し、それが雇用の改善を通じて消費にも好影響を及ぼすという景気回復の基調に大きな変化はみられない。
ただし、アメリカや中国経済の動向、原油高や円高が内外経済に与える影響、デジタル家電や半導体といった情報化関連財における調整など、リスク要因の動向には今後も注意が必要である。また、地域においても回復にばらつきがみられる点にも留意する必要がある。
原油高の影響については、運輸など一部の産業では収益の圧迫要因となることが懸念されているが、多くの産業では、コスト上昇を売上げの伸びが相殺し、大きなマイナスの影響にはなっていない。また、原油の急激な上昇が一服するなかで、アメリカ等において原油高が経済に与える影響についての懸念がやや弱まっていることもあり、今のところ、原油高が景気に与える影響は限定的である。
海外経済については、アメリカ経済が2004年初めまでの比較的高い成長からやや減速し、中国経済も投資の伸びが抑制措置により鈍化した。このため、日本の輸出は2004年央以降やや弱含みとなった。中国については、2004年後半に入っても成長の減速はわずかなものにとどまっており、しばらくの間は引締め的政策が続く可能性が高いが、アメリカについては2004年後半には一時の減速から持ち直しつつある。こうした状況のなかで、日本の輸出は弱含んでいるものの、減速の度合いが増しているという状況にはない。ただし、為替の動向については、2004年11月以降ドル安が進み、その後再び円安方向に戻すといった変動がみられており、今後もその動向には注意する必要がある。
他方、2004年後半には、情報化関連財で在庫の積み上がりから生産を調整する動きがみられ、それが半導体製造装置など資本財の生産にも影響が及んでいる。こうした背景には、デジタル家電などのアメリカ向け輸出が減少したことや、半導体など世界的に情報化関連財の調整が行われていることがある。ただし、こうした情報化関連財の生産・在庫調整は、2000年のITバブル崩壊のときと比べてかなり早い段階で行われており、企業の慎重さは失われていない。したがって、今後調整がどの程度長引くかは、内外経済の動向、特にアメリカにおいて今後需要の持ち直しがどの程度みられるかにかかっており、今後の動向を注視していく必要がある。
家計部門については、失業率の低下によって雇用不安が減少するなど、雇用の改善が消費の回復に貢献している。90年代に上昇した労働分配率の引下げを目指して企業が引き続き労働コストを抑制する姿勢をみせていることから、家計の所得は景気回復の割には増加していない。しかしながら、雇用環境の改善が続いていることによって将来不安がやわらぐなかで、家計は、マインドの変化に敏感な耐久財消費を中心に消費を増やしており、また、住宅についてもこのところ増加がみられている。ただし、消費については、秋には台風の上陸などにより一時的に弱い動きもみられている点には留意する必要がある。今後消費が持続的に回復していくためには、所得の回復が鍵となる。
地域経済については、今回の景気回復局面においては、90年代におけるような公共投資による下支え効果が今回はみられないなかで、輸出関連産業やIT関連産業等を擁する地域の回復が顕著となる一方、そうした産業集積のない地域では回復に遅れがみられる。ただし、景気回復から3年近くが経ち、どの地域も方向としては景気回復が徐々に浸透しつつある。
今後の経済動向については、海外経済も持ち直しがみられるなか、景気回復の基調は継続していくものと考えられるが、以上にみたような海外経済、原油価格の動向や情報化関連財の調整といったリスク要因の動向を注視していく必要がある。
(GDPの動向)
実質GDPは2003年度に1.9%増加した後、2004年度上半期(4-9月)には前期比年率(2003年度下半期対比)で1.4%の増加を続けている(第1-1-1図)。四半期ごとの動向をみると、2003年第4四半期から2004年第1四半期にかけて、年率換算でそれぞれ3.8%、6.8%と高い成長がみられた。これは、海外経済の急速な回復を背景に、輸出が20%前後(年率)の極めて高い伸びとなったことに加え、個人消費など国内民間需要も比較的高い伸びとなったことによる。その後、2004年第2四半期から第3四半期にかけては、GDP成長率はほぼ横ばいとなり、成長のテンポが鈍化した。需要項目別にみると、輸出の伸びの鈍化とともに外需の寄与度が低下したほか、個人消費や設備投資の伸びもやや低下している。ただし、設備投資の伸びが第3四半期に低下したことについては、台風の影響で建設の進ちょくが遅れたこと等も反映しており、やや実勢を下回る動きになっていると考えられる。
このように、四半期の実質GDP成長率は年央からやや低下してきたが、景気回復が3年近くにわたって続いてきた結果、GDPギャップは、足元では若干拡大したものの、景気回復当初と比べるとある程度縮小してきた。GDPギャップは、2003年初めから2004年初めにかけて、3%ポイント程度改善し、ギャップは1%を下回る水準まで縮小した後、2004年第2四半期以降はやや拡大し、1%強で推移している。(第1-1-2図)。ただし、GDPギャップの水準は、たとえそれがゼロになったといっても、供給の定義や推計方法によって水準は左右されるので、厳密にはそれをもって需給が一致したとは言えない点には留意する必要がある。
(輸出と海外経済)
現在では、GDPは国内需要を中心にして成長しているとはいえ、輸出の動向は生産や投資の動向に大きく影響を及ぼす。実際、今回の回復局面においても、輸出の伸びと並行するような形で2003年後半から2004年前半に生産の伸びは高まり、輸出の減速とともに、2004年第3四半期には生産も伸びが鈍化している。主要な国・地域別の輸出動向をみると、アジア向け輸出は工作機械などを含む一般機械、電気機械等を中心に2002年初めから一貫して増加基調にあったが、2004年後半には、特に中国向けでやや一服感がみられる(第1-1-3図、第1-1-4表)。これは、中国では依然として高い成長が続いているものの、一部に投資引締めの影響が出ているものと考えられ、工作機械を含む一般機械などの輸出の伸びが鈍化している。アメリカ向け輸出は、数年単位の長期トレンドをみると緩やかな減少傾向だが、2003年後半から2004年初めにかけては、自動車や電機機械などを中心に増加がみられ、日本の輸出全体を押し上げた。その後、2004年央にかけて一時の勢いがみられなくなり、その後横ばい圏内の動きとなった。こうしたアメリカ向け輸出の2004年央以降における鈍化は、特に半導体製造装置等を含む一般機械やデジタル家電など電気機械において顕著にみられる。こうした背景には、後にみるように情報化関連財が世界的な調整局面にあることや、日本製のデジタル家電が企業の見込みほどにはアメリカで伸びなかったことがある 。また、EU向け輸出については、2004年前半には比較的堅調であったが、後半には、EU域内の成長率の鈍化から電気機械などを中心に伸びが頭打ちになっている。
日本の主要な貿易相手国の動向をみると、アメリカについては、2004年初めまで高い成長となった後、原油高などを背景にやや減速がみられたが、年後半には、雇用の改善や消費の持ち直しがみられるなか、第3四半期は成長率も上昇している(第1-1-5図)。中国については、成長率に関しては、依然として高い伸びとなっているが、一部に投資抑制の影響などもみられている。また、EUについては、2004年第3四半期に成長率がやや減速するなど、景気回復のテンポは緩やかである。ただし、2005年の経済見通しについては、主要な国際機関の予測でも、アメリカ、中国ともに堅調な回復が続くと見込まれるなか、世界経済は安定的な成長が持続するものと見込まれている(第1-1-6表)。こうした世界経済の見通しは、日本の輸出の先行きにとって好ましいものであるが、他方で、次に述べる情報化関連財の調整の進展状況も、輸出の先行きを考える上で注意が必要である。
(情報化関連財の調整)
2004年後半になってから輸出や生産の伸びが鈍化してきたことの一因としては、既に述べたように、内外における情報化関連財の生産・在庫調整の進行がある。2004年初めの段階では、既に先行して普及していたデジタル・カメラに加え、DVDレコーダ、薄型テレビといったいわゆるデジタル家電についても価格の低下によって普及が一段と進むことが期待されたことに加え、オリンピックによる需要の盛り上がりも期待される状況にあった。しかしながら、実際には、需要自体は伸びたものの、事前の予想が強すぎたために、意図せざる在庫が発生し、夏場以降、在庫水準を低下させるために生産を抑える動きがみられるようになった。
日本のデジタル家電の輸出や半導体等電子部品の輸出は、2003年から2004年前半にかけて、ともに2けたの大幅な伸びを示していたが、2004年央からデジタル家電の輸出が、3割強のシェアをもつアメリカ向けを中心に大きく減少し、次いで半導体等電子部品の輸出も8割のシェアをもつアジア向けを中心に伸びが大幅に鈍化した(第1-1-7図)。こうしたデジタル家電、半導体等電子部品の輸出の減速を受けて、さらに半導体製造装置についても受注の伸びが鈍化し、受注高を販売高で除したBBレシオも好不調の目安となる1を割り、半導体出荷も低下がみられるようになった(第1-1-8図(1))。ただし、半導体製造装置の受注の減少は輸出向けの寄与が大きい(第1-1-8図(2))。
以上のような動向を背景に、情報化関連財の生産・在庫調整が行われている。在庫循環図をみると、2004年央までは、鉱工業全体の出荷の伸びは在庫の伸びを大きく上回っていたが、2004年10月時点では、出荷が前年比で減少となるなか、わずかながら在庫が増加している(付図1-1)。とりわけ、情報化関連生産財においては、在庫が前年比30%以上増加するなかで、在庫の伸びを抑制するために生産を抑制している様子がうかがえる。他方、情報化関連生産財以外では、出荷は前年比で減少しているものの、在庫も減少していることから、今後輸出など最終需要が持ち直せば生産増加につながる可能性が高い。
こうした情報化関連財の生産・在庫調整は当面続くと考えられるが、2000年のいわゆるITバブル時と比べていくつか相違点もみられる。一つは、情報化関連財の調整は、2000年後半からのいわゆるITバブルの崩壊時と比べると、今回は在庫の積み上がりの程度がかなり低い段階からいち早く生産調整が行われていることである(第1-1-9図(1))。このため、これ以上の需要と生産計画のかい離が生じなければ、調整はそれほど長期化しない可能性がある。二つ目は、一部の製品を除きデジタル家電はまだ普及率が低いため、今後デジタル家電の価格が普及価格帯まで低下してくれば、潜在的な需要が顕在化し、数量的な拡大が望めることである。この点については、電子集積回路の価格は単調下落しており、液晶デバイスの価格も2004年夏以降急速に低下していることから、こうした電子部品・デバイスの低下が最終製品価格にも反映されてくれば、需要の拡大が見込まれる(第1-1-9図(2))。三つ目は、今回の回復局面では、ITバブルのときと比べると、情報化関連財以外の財の増加寄与が大きいことである(第1-1-9図(3))。2004年第3四半期には、こうした非IT業種でも海外経済の減速により伸びが鈍化しているが、在庫は低い水準にあるため、今後海外経済が回復すれば、非IT業種の生産は増加に転じる可能性が高い。四つ目は、アメリカにおいて、雇用の増加がみられるなど消費環境が改善してきていることは好材料である。もともと電子部品・デバイスの生産の低下は、アメリカなど輸出向けの薄型テレビ、DVDなどが落ち込んだことにより生じたものであるため、海外経済が持ち直してくれば、電子部品・デバイスの生産は回復してくると考えられる(付図1-2)。以上の諸点を考えると、総じて企業は慎重さを失っていないことから、情報化関連財の生産・在庫調整がどれくらい長引くかは、内外経済、特にアメリカにおける需要が今後堅調に回復していくかどうかに依存している面が大きいと考えられる。
(企業部門における改善の動き)
海外経済の減速や情報化関連財の調整といった懸念材料はあるものの、こうした調整圧力が企業収益に与える影響は、企業部門の体質が過去と比べて強固なものとなっていることもあり、今のところ限定的なものにとどまっている。企業の収益の状況をみると、引き続き製造業、非製造業ともに順調に増加している(付図1-3)。とりわけ、製造業では、一般機械、電気機械といった加工業だけでなく、鉄鋼、非鉄金属など素材関連業種でも業績の著しい改善がみられているほか、非製造業でも幅広い業種にわたって収益が改善している。法人企業統計季報でみると、こうした収益の拡大には、売上げの増加が寄与している一方、製造業においては引き続き人件費の抑制が利益の増加に寄与している(第1-1-10図)。
企業の収益環境をもう少し詳しくみると、まず、マクロ的な動向としては、企業の生産性が大きく上昇するなかで、賃金の伸びが抑制されているため、単位労働コストが低下し、企業収益に貢献している。バブル経済が始まる前の1986年を100として、労働生産性、名目雇用者報酬、単位労働コストの長期的な傾向をみると、1980年代末までは、生産性と賃金の伸びがほぼ見合って推移してきたが、1990年代は、賃金の伸びが生産性の伸びを総じて上回って推移した(付図1-4)。1990年代末から2000年代に入って両者のギャップは縮小しているが、これは生産性の伸びが賃金の伸びを大きく上回っているためで、これが単位労働コストの低下につながっている。このように生産性の伸びが賃金を上回っている状況は、企業収益の改善に大きく貢献している。他方、交易条件(産出価格/投入価格)については、投入価格の上昇により悪化が続いており、それだけを取り出してみれば企業収益にはマイナスの影響を及ぼしている。ただし、企業の産出額は投入額を上回るのが通常であるため、投入価格と産出価格の上昇が収益に与える影響は異なる。そこで、そうしたウェイトの違いを勘案して修正交易条件を計算すると、単純な交易条件の悪化ほどには低下していない(付図1-5)。また、過去においても、交易条件の悪化は景気回復による需給の逼迫により生じるものであるため、売上げの増加が交易条件の悪化を相殺し、結果として収益は増加する傾向がみられる。実際に、経常利益の増加を、売上げの伸びによるもの、交易条件の変化によるもの、人件費等固定費の伸びによるものに分解してみると、2004年に入ってから交易条件の悪化による収益の押し下げ幅が拡大しているものの、売上げ増加による収益増加の効果がそれを上回っている様子がみられる(第1-1-11図)。
他方、リストラの進展状況をみると、企業の損益分岐点は低下が続いており、多少の外的なショックにも耐えられるような体質の強化がみられる。2002年から2003年にかけては、人件費、債務償還・利払い費といった固定費用を企業が削減することにより損益分岐点が低下していたが、2004年に入ってからは、そうした企業リストラの動きが一時と比べて一服してきたこともあり、固定費の低下よりも、むしろ売上げ増加による規模の経済の影響が損益分岐点を押し下げる大きな要因になっている(第1-1-12図)。また、損益分岐点の水準自体も、1990年代初めの水準まで低下してきている。企業リストラに伴う設備等の廃棄のほか、時価会計や退職給付会計の導入など会計制度の改正に合わせて処理を行ったこと等による企業の特別損失についても、ネットでみて2001年の21兆円をピークに、2003年では8.7兆円まで低下してきている(付図1-6)。
設備投資は増加基調にあるが、伸び率については2004年央から若干鈍化がみられる。これは投資の比較的高い伸びが2003年後半から2004年初にかけて続いた反動に加え、2004年第3四半期には台風などの影響で進捗が遅れたこと等により、やや実勢を下回る動きとなったものと考えられる(第1-1-13図(1))。ただし、日銀短観12月調査における設備投資計画の動向をみると、全産業では2004年度上期に4%増加(実績)した後、下期についても8%程度の増加を見込んでおり、投資は引き続き増加することが見込まれている。業種別の投資動向をみると、製造業では化学、一般機械、輸送機械等で年度下期にかけて増加幅が拡大していることが見込まれているほか、非製造業でもリース等で下期にかけて増加が見込まれている(第1-1-13図(2))。他方、生産がこのところ減少している電気機械でも、通年で34%近い高い伸びが見込まれているが、半期ベースでは、年度上期に46%程度増加した後、年度下期には24%増加へと若干伸びが低下していくことが見込まれている。他の指標でみると、電気機械については、総じて投資の水準は高いものの、先行きについてやや鈍化の兆しもみられる。電気機械の設備投資と稼働率の関係をみると、2000年以降のITバブルの崩壊時には、まず稼働率が大幅に低下し、その後しばらくしてから設備投資が減少しているが、2004年第3四半期の時点で、設備投資は増加を続けているものの、稼働率は横ばいとなっており、今後の動向によっては設備投資にも影響が及ぶ可能性もある(第1-1-14図(1))。また、電気機械からの機械受注はこのところ弱含んでおり、半導体製造装置の出荷も同様の傾向にある(第1-1-14図(2))。このように、情報化関連財の調整が設備投資に与える影響については、今のところは限定的であるが、先行きについては注意が必要である。
他方、その他の業種について、投資環境全般をみると、比較的良好な状況が続いていると考えられる。企業の収益が増加するなかでキャッシュフローは引き続き設備投資額を大きく上回って伸びている(付図1-7(1))。また、需給が逼迫するなかで、設備の稼働率や企業の設備判断DIは総じて改善している(付図1-7(2))。また、企業は、設備投資と同時に古くなった施設の除却を増加させているため、資本ストックの伸びは低いものにとどまり、ストック面から調整圧力がかかる状況にはない(付図1-7(3))。
(雇用の改善と底堅い消費支出)
景気回復から3年近くが経ち、雇用も厳しさが一部に残るとは言え、改善している。失業率はピーク時(2003年1月)の5.5%から2004年10月時点で4.7%まで低下している。特に、2004年に入ってからは、これまで低下傾向であった労働力人口が下げどまるなかで、就業者数が増加し、失業者数が低下するという形で失業率が改善している(第1-1-15図)。また、雇用者数も、2003年初めを底にして緩やかな増加をみせ、2004年10月時点では、底と比べて30万人程度増加している(付図1-8)。ただし、回復のテンポは一本調子ではなく、雇用者数は2004年1月から4月にかけて50万人近く増加した後、5月から10月時点までに44万人減少するなど、均してみると回復は緩やかなものにとどまっている。雇用者の内訳をみると、パートタイム労働者の比率がほぼ一貫して上昇している。2004年に入ってからは、パートタイム労働者の増加テンポもやや頭打ちがみられるが、依然として企業がパートタイム労働者を増やす意向が強いことや欠員率が上昇していることを考えると、企業がパートタイム労働者を思ったほど採用できていない状況にあるということも考えられる。(1) ここで、失業(Unemployment)率と欠員(Vacancy)率の関係を表すUV曲線の推移をみると、景気回復に伴い欠員率が上昇するとともに失業率が低下している。90年以降の景気回復期では、求人が増加しても失業率が低下せず、求人と求職のミスマッチなどを表す均衡失業率が上昇していたが、今回は、求人の増加とともに失業率が低下しており、ミスマッチの増加に歯止めがかかっていると考えられる(第1-1-16図)。
コラム1-1 パート比率の上昇について
パートタイム労働の増加には、需要側、供給側の双方の理由がある。厚生労働省が行ったアンケート調査の結果によると、企業がパートタイム労働者など非正規社員を雇う理由としては、人件費節約のためが最も多く、かつ99年から2003年にかけてこうした理由による非正規雇用が増えている(コラム付図1-1)。単純な比較は困難であるが、他の国と比べると、我が国の場合、パートタイム労働者と一般労働者の賃金格差が大きいため、企業にとっては、パート労働の増加によって多少生産性が低下したとしても、結局は単位労働コストを低下させることができるということがある。OECD諸国におけるフルタイム労働者とパートタイム労働者の賃金格差をみると、日本のパートタイムの賃金はフルタイムの賃金のおよそ半分程度であり、多くの欧州諸国でパートタイムの賃金がフルタイムの7割から8割程度であることと比べると、極めて低い(コラム付図1-2)。ただし、女性だけに限ってパートタイムとフルタイムの賃金格差を計算すると、格差はそこまで大きくはないことから、女性の賃金が一般に低いこともパートタイム全体としての賃金がフルタイムに比べて低くなっていることの一因となっている。他方、働く側にとっても、女性の労働参加率が上昇するなかで、自分に都合のよい時間帯に働ける、あるいは勤務時間が短いといった柔軟な雇用形態としてのパートタイム労働の魅力があるという面もある(前述アンケート調査結果)。また、産業構造自体が、パート雇用の多いサービスや卸・小売の比率が高まっていることもパート化の一因である。毎月勤労統計調査のパート比率の上昇を、産業内におけるパート比率の上昇と、パート比率が高い産業の雇用に占めるシェアの上昇に要因分解すると、影響の大きさとしては産業内におけるパート比率の上昇の寄与が圧倒的に大きいが、産業構造の変化による寄与も着実に高まってきている(コラム図1-1(1))。こうしたことを考えると、パート比率の上昇トレンドは今後も継続する可能性が高い。パート比率の上昇は、柔軟な雇用形態の提供により、労働力率を高める効果はあるが、他方で、一度非正規雇用になると、そこから正規雇用への転換が難しく、雇用の二極化につながる懸念もある(コラム図1-1(2))。特にキャリアのない若年層で非正規化が進むことは問題である。こうした問題を解決するためには、正規雇用と非正規雇用の雇用条件面でのバランスをとることが重要である。
賃金の動向については、依然として横ばいの範囲内となっている。定期給与の内訳でみると、パートタイム労働者比率の上昇による下押し圧力が若干弱まってきたものの、一人当たり賃金の伸びが高まる様子はまだみられない(第1-1-17図)。一人当たり実質賃金と雇用者数をかけわせたマクロの雇用者所得もほぼ横ばいである(付図1-9)。また、これに社会保障の企業負担を加えた雇用者報酬も同様に横ばいである。このように賃金の伸びが抑制されているのは、既にみたように、90年代において、企業の生産性が低下したにもかかわらず賃金の伸びの抑制が遅れたために、人件費負担が過大となった(つまり労働分配率が上昇した)ことを受けて、その後、企業が賃金を抑制し、適正な収益率を回復しようとする動きを背景としているものと考えられる。製造業においては、労働生産性が大幅に上昇している割には一人当たりの実質賃金の上昇は限られており、非製造業でも、労働生産性が増加しても、賃金は減少している(第1-1-18図)。
以上のような雇用情勢の改善を反映して、消費は底堅く推移している。ただし、所得は横ばいとなっているため、結果として、引き続き家計の貯蓄率がやや低下している状況にあると考えられる(第1-1-19図)。こうした消費の底堅さは、消費者マインドの改善がかなり強く影響していると考えられる。実際、消費の内訳をみると、傾向的に増加している教育・医療といったサービスの消費が増大していることに加え、2004年前半には消費者マインドの改善に敏感な耐久消費財の支出の高い伸びがみられる(第1-1-20図)。また、住宅についても年後半には持家や分譲住宅を中心に増加がみられている(第1-1-21図)。ただし、2004年後半には、耐久消費財の伸びもやや低下しており、夏までの勢いはみられない。雇用情勢の改善が続くなか、所得の回復につながれば消費は今後もある程度底堅い動きを続けることが見込まれる。なお、消費者マインドの分析については、第2章2節で詳しく論じる。
コラム1-2 猛暑・台風の消費への影響
2004年を振りかえると、夏は、各地で夏の平均気温の最高値を更新するなど、記録的な猛暑となった一方、秋には台風の上陸回数が史上最多の10回を記録した。このため、天候要因は、個人消費に対して、夏は猛暑で押し上げに、秋以降はその反動や台風の影響により押下げに寄与した。
猛暑が消費に与えた影響については、ある程度の押し上げ効果がみられたが、夏物以外の消費の減少や、秋以降の反動を考えると、消費全体への影響としてはそれほど大きくはなかったと考えられる(コラム付図1-3)。下表は、総務省「家計調査」を基に、猛暑の影響を受けたとみられる消費支出項目から主なものを整理したものである。これによると、個別の費目には暑ければ暑いほど需要が高まるものがある一方で、逆に暑さで需要が減退し、敬遠される費目もあった(コラム表1-2(1))。また、秋以降には、厳しい残暑が続いたことにより秋物衣料が大きく立ち遅れたことに加え、季節家電についても、エアコンや冷蔵庫などが夏の反動で減少した(コラム図1-2(2))。特にエアコンについては、もし夏に新調した家庭が多ければ、冬期におけるその需要は従来よりも抑制されたものとなるため、引き続き低調となる可能性もある。以上のような猛暑の反動減に加え、秋には相次ぐ台風の上陸もあって、客足が鈍り、百貨店販売額や国内旅行は低迷した(コラム図1-2(2))。
このように、天候要因によって夏から秋にかけての消費パターンにはある程度の影響があったと考えられる。ただし、所得が一定であれば、結局、予算の制約からある財の消費が増えれば他の財・サービスへの消費が抑制されることもあり、ある程度の期間をならしてみれば大きな影響はない。
(物価の動向)
2003年後半からの素材価格の高騰が2004年に入ってからも続くなか、原油価格についても2004年には歴史的な水準まで高騰した。こうしたことを反映して、企業物価は、前年比で2%まで上昇した。ただし、需要段階別には、素原材料、中間財までは波及しているものの、最終財については、依然として上昇には転じていない(第1-1-22図)。これは、2節でもみるように、最終財市場での競争の激化等を反映したものと考えられる。
消費者物価についても、原油価格の上昇は影響を与えており、ガソリン価格の上昇などを通じて前年比で0.2%から0.3%程度押し上げに寄与している。景気回復による需給の引き締まりが消費者物価に与える影響をみるために、生鮮食品を除く消費者物価から、制度要因(診療代、たばこ、発泡酒)、石油製品、米類を除いて動向をみると、修正CPIは、2004年第1四半期のマイナス0.6%から10月にはマイナス0.3%へと低下幅が縮小するなど、景気回復に伴って徐々にデフレの程度が緩やかになっている(第1-1-23図)。他方で、生産性上昇を反映した単位労働コストの低下が、物価押し下げに寄与しているとの見方もある。そこで、1985年から2004年までの期間について、消費者物価の前年比を被説明変数として、需給の引き締まりの代理変数である日銀短観の国内製商品・サービス需給DI、供給要因である輸入物価、期待物価上昇率、そして単位労働コストで回帰した(第1-1-24表)。すると、輸入物価の説明力はやや弱いものの、その他の変数についてはいずれも有意に消費者物価に影響を与えるとの結果になった。ただし、サンプル期間を半分にして、1995年から2004年までの期間について同様の推計をすると、需給DIと期待物価上昇率は有意となったものの、単位労働コストは説明力を持たなかった。こうしたことから、長期的には、消費者物価は、需給の引き締まりや生産性の動きを反映した単位労働コストの影響を受けるが、デフレ傾向が見え始めた1995年以降の期間については、それらの変数との関係が弱くなっている可能性があると考えられる。これは、低インフレ下では名目値の硬直性が大きくなるとする既存の研究と整合的である。
コラム1-3 GDPデフレータの連鎖指数導入について
平成15年度確報及び平成16年7-9月期GDP2次速報よりGDPデフレータの計算方法が固定基準年方式から連鎖方式に変更となった。
今回、GDPデフレータの計算方法が変更されたのは、次のような背景がある。まず、GDPデフレータが固定基準年方式かつ各年のウェイトを用いるパーシェ型算式で計算されると、下方バイアスが発生する。一般に、価格が相対的に大きく低下した財・サービスの需要は増加するため、パーシェ型算式の場合、価格下落の大きい品目のウェイトが相対的に大きくなる傾向がある。加えて、固定基準年方式であると、基準年から離れるほど累積的に財・サービス間の相対価格差が拡大し、下方バイアスが大きくなる。(逆に、消費者物価、企業物価(基準年にウェイトを固定するラスパイレス型算式)は上方バイアスを持つ)。また、近年技術革新のスピードが速く、品質向上が著しいIT関連財が大きな価格低下とともに急速に普及している状況下では、そうした下方バイアスが一段と拡大している可能性がある。
こうした固定基準年方式かつパーシェ型算式で計算する際の問題点を解決するものとして、今回連鎖方式が導入された。連鎖方式では前年がいつも基準年になるように、当年についてその前年を基準とする指数を算出し、これら隣接する2時点間の指数を順次掛け合わせて指数を算出する。このため、基準年から離れるほど財・サービス間で価格差が拡大することによって生じる下方バイアスが解消される(コラム図1-3)。なお、連鎖方式を導入すると実質GDPの内訳項目(実質民間最終消費支出、実質民間企業設備等)の合計が集計項目である実質GDPに一致しない性質もあり、こうした点には注意が必要である(加法整合性の不成立)。
(金融市場の動向と金融政策)
日本銀行が量的緩和政策を継続するなか、金利の動向は総じて安定して推移している(第1-1-25図)。長期金利は2004年7月頃に一時上昇がみられたが、同時期には株価も上昇しており、景気回復の強まりを反映したものであったと考えられる。その後、日本経済だけでなくアメリカなど世界経済の成長速度がやや低下してくるにつれて、株価や長期金利も一時の水準と比べてやや低下した。為替レートについては、2004年初の105円前後の水準から年央にかけてやや円安となり、110円前後で推移したが、アメリカの経常収支赤字の持続性に対する懸念から11月には一時102円台まで円高となった。ただし、12月に入ってからは、再び円安方向に動いている。
マネーサプライの動向をみると、日銀当座預金残高の目標値が据置かれていることもあり、マネタリー・ベースの前年比の伸びは2003年10月の20%程度の伸びから、2004年10月時点では4%程度の伸びへと徐々に低下しているが、他方で、M2+CDは、同じ期間に1%台後半の伸びから2%程度の伸びへとわずかに伸びが高まっている(第1-1-26図)。
このため、貨幣乗数は低下傾向から横ばいに転じている。こうした貨幣乗数の変化は、金融システムの安定化もあり、金融部門及び非金融部門の現金・預金比率が低下していることが寄与している(付図1-10)。また、2002年4月のペイオフ部分解禁の前後には、定期預金から全額保護が延長された当座預金・現金への資金シフトがみられたが、2005年4月のペイオフ全面解禁を前に、こうした資金シフトは、2004年末の段階では見られていない(付図1-11)。
日本銀行は、現在の量的緩和政策について、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ以上になるまで継続するとしている。(2) このため、2004年央には、景気回復の力強さが増すなかで消費者物価指数の前年比上昇率がゼロに近づくと、先物金利は一時的に上昇した(第1-1-27図)。しかしながら、その後は、景気回復のテンポがやや緩やかになるなかで、先物金利は再び徐々に低下していった。日本銀行は、10月に発表した「経済・物価情勢の展望」において、政策委員の消費者物価上昇率の見通しの中央値が2005年度にはプラス0.1%となることを公表したが、金融市場においては、先物金利等に目立った変化はない。この点について、民間エコノミストの2005年における物価上昇率の見通しの推移をみると、7月頃まで上方に修正されているが、8月以降は景気回復テンポの鈍化などもあり、やや下方に修正されている(第1-1-28図)。
銀行部門においては、不良債権比率は順調に低下している。主要行の不良債権比率は2002年3月末時点の8%台から順調に低下し、2004年9月末時点では、平均すると4.7%程度となった(第1-1-29図)。「金融再生プログラム」では、2004年度末までの不良債権比率半減目標が掲げられているが、個別の主要行において一部の銀行を除いては、半期前倒しで不良債権比率が半減している。主要行以外については、2004年3月末時点までの数字しか公表されていないが、主要行と比べると、不良債権処理の速度がやや遅い傾向がある。不良債権処分損についても、2004年3月末に引き続き、実質業務純益の範囲内に収まるなど、収益面でも改善がみられる。2004年3月末から9月末にかけての主要行の不良債権残高の変化を、新規発生とオフ・バランス化に分けてみると、新規発生がネットで1.8兆円あったのに対し、オフ・バランス化を3.4兆円行ったことにより、不良債権残高は13.6兆円から12.1兆円へと低下した(付図1-12)。
また、こうした不良債権の減少に加え、株式保有残高も減少しており、相対的にリスクの小さい債券の割合が上昇していることから、全体としてリスクが低下している。株式の保有が自己資本のTier Iを下回り、繰延税金資産の比率も低下していることから、資本内容は改善傾向にある(第1-1-30表)。具体的には、2004年9月末時点で、主要行の株式保有のTier I比率は、1年前の88.9%から64.5%まで低下している。また、不良債権処分損にかかる繰延べ税金資産がTier Iに占める割合も、この1年間で41%から31.6%へと着実に低下している。他方、貸出金が総資産に占める割合は、この1年間で52%から48.5%へとさらに低下し、その代わりに、債券を主とする有価証券保有の割合が22.2%から25.7%へと上昇している。この1年間の主要行における収益の内訳については、貸出し収益が経常収益に占める割合は3割強程度でほぼ変わっていないが、手数料収入等を含むサービス収益の割合は17%程度から21%程度へと若干増加がみられるなど、わずかながら収益構造の転換がみてとれる。
ここで、銀行部門における有価証券保有について若干考えてみよう。銀行部門は、政府部門や日銀と並んで大量の国債を保有している。景気回復につれて今後金利が上昇(国債価格が下落)することが予想されるが、これは銀行部門が保有する国債について評価損が発生することを意味する。例えば、国債の指標金利である10年物国債の金利は最近(2004年10月)では1.5%程度で推移しているが、これが1.0%ポイント上昇した場合にはどのような影響があるだろうか。そこで、金利のイールドカーブが上昇(1年未満の短期国債で0.0%→0.5%、10年物国債1.5%→2.5%等(3) )したと仮定して国債価格の下落によって生じる評価損を主要4行について推計してみたところ、▲2兆円程度と試算された(2004年3月末時点、試算方法は付注1―2)。
もっとも、これは主要4行の損益を減少させるわけではない。銀行が保有する国債の大部分は「その他有価証券」に分類され時価法が適用されるが、これによる評価損は損益計算書ではなく貸借対照表(バランスシート)に反映されるからである(4)。したがって、BIS規制上の自己資本との比較で評価するのが適切である。BIS規制上の自己資本には評価益のうち原則として45%まで算入できるため、▲2兆円の評価損は、自己資本への算入が約▲9,000億円減ることを意味する。主要4行の自己資本は25.8兆円(2003年度連結ベース)であるので、主要4行の自己資本比率を0.4%ポイント近く低下させるにとどまる。
さらに、同じ有価証券のなかでも、株式の評価損益との相対比較で債券の評価損益を吟味することも重要である。すなわち、近年の株式と債券の評価損益の変動額を比べると、株式の変動額の方がはるかかに大きく、債券の変動額は小さいことが分かる(第1-1―31図)。景気回復につれて今後金利が上昇したとしても、企業収益の改善や将来にわたる期待成長率の上昇を映じて株価は上昇する可能性があるため、株式に生じる評価益で債券の評価損を吸収することは十分可能であると考えられる(上述の通り、銀行部門が保有する株式も年々減少してTier Iを下回る規模となっているため、株式の評価損益が銀行部門に及ぼす影響も低減している)。
(財政政策と歳入・歳出の動向)
政府は、2010年代初頭における国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目指し、2006年度までの間、一般政府の支出規模の対GDP比が2002年度の水準を上回らない程度とすることとし、また、2007年度以降も、それ以前と同程度の財政収支改善努力を行うと同時に民間需要主導の持続的成長を実現することとしている。
こうしたことを受けて、国の歳出(一般会計)は2000年代に入ってから、公共事業関係費を中心に抑制傾向で推移している(第1-1-32図)。
歳入面では、90年代以降の景気低迷により税収が減少を続けてきたが、2002年1月以降景気回復が持続しているなかで税収にも回復傾向がうかがわれる。2003年度の決算をみると、法人税収入は法人収益が好調なことを映じて10.1兆円となり、前年度を6.2%上回った。
2004年度もこの傾向は続いており、租税3税(法人税、消費税、所得税)の4~10月の累計をみると、前年同期に比べて、それぞれ34.3%、18.9%、4.6%の増加と好調である。
地方の財政についても2003年度決算(速報値)に基づいてみておこう(市町村については一部データが未公表のため、推計値を用いる)。
まず、歳入面をみると、国税と同様に2003年度の都道府県の法人二税(法人住民税と法人事業税の合計)の税収は4.4兆円と前年度比+5.5%の増収となった。
歳出面では、厳しい財政状況を受けて公債費が高止まっている。こうしたなか、歳出削減へ向けた努力がうかがわれる。特に、普通建設事業費(公共事業費)の抑制が目立つ(第1-1-33図)。普通建設事業費のなかでも、国からの補助金等が見込める補助事業等に比べて、国からの補助金等がない地方単独事業の削減が目立ち、“苦しい台所事情”をうかがわせる(第1-1-34図)。市町村が発注する公共事業では、1件当たりの規模・金額が小さくなる“ミニ化”が目立っており、公共事業費全体の“パイ”が縮小せざるを得ない状況が見て取れる。
コラム1-4 市町村における公共工事の“ミニ化”
平成15年度の普通会計決算の概要(速報)をみると、都道府県も市町村も投資的経費(特に、普通建設事業費)が大幅に減少している(対前年度比では、それぞれ▲11.5%、▲11.3%)。
国機関(国・公団等)、都道府県、市区町村の発注者別に公共工事の請負金額をみると、いずれも減少傾向にある。発注件数も併せてみると、次のような特徴がある(コラム図1-4(1))。
(1)国機関(国、公団など)は、発注件数は減っているが、1件当たりの金額は微減となっている。
(2)都道府県は、発注件数も1件当たりの金額も減っている。
(3)市区町村は、発注件数は(15年度までは)それほど減っていないが、1件当たりの金額は大幅に減っている。
市区町村発注工事の1件当たりの工事額は、この10年間で4割ほど(約200万円)減少しており、請負金額別にみると、1,000万円未満の工事が増加している(コラム図1-4(2))。つまり、市区町村では、発注件数の確保が続いているものの、工事規模の「ミニ」化が進んでいると言える。
平成16年度に入ってからの状況はさらに厳しい。16年10月までの公表値に基づく推計では、多くの市区町村で公共工事関連の予算を一層削減している影響がみられ、市区町村の発注件数も大幅に減少し、1件当たりの請負金額も94年の半分程度になる状況である。市区町村の極めて厳しい財政状況を反映して、工事規模の「ミニ」化と発注工事の件数の減少の両方が進んでいる。
コラム1-5 地方自治体における公務員削減を通じた人件費抑制
ここでは、地方の歳出の内訳として普通建設事業費と並んで大きい人件費の動向をみてみよう。
03年度の人件費は、都道府県、市町村とも抑制されている(それぞれ前年比▲1.8%、▲1.7%)。人件費のうち、退職金などを除いた職員給(基本給+その他手当+臨時職員給与)に注目すると、都道府県、市町村とも98年以降、減少している(コラム図1-5(1))。
人件費を抑制する方法には、賃金抑制と職員数抑制という方法があるが、ここでは職員数についてみてみよう。普通会計職員数(地方公営企業等を除く)をみると、都道府県、市町村ともここ数年は減少傾向である。特に、都道府県の一般行政職員の減少が目立つ(コラム図1-5(2))。
これは、都道府県と市町村の職員構成の違いによるものである。都道府県では教育関係(県費負担の義務教育関係職員を含む)、警察関係など特別行政職員が占める割合が高いが(コラム図1-5(3))、こうした職員は、制度上、自治体が自主的かつ計画的に定員を適正化することが容易ではない。教員数は少子化に伴って緩やかに減る傾向にあるが、極端に切り詰められるものではない。警察については「地方警察1万人緊急増員計画」にみられるよう増強する方向にある。このため、全体の20%に満たない一般行政職員の減少幅が大きくなっている。
このように各自治体が歳出総額の削減を進める中で、人件費抑制には一定の進捗がみられるものの、今後とも努力を続けていくことが求められる。
(国と地方の債務残高と景気回復の関係)
国と地方の長期債務残高は、2004年度末には合わせて719兆円(対名目GDP比は140%超)に達する見込みである(第1-1-35図)。大部分は国と地方が発行した公債の残高である。景気回復の持続は、上で述べたように歳入面では自然増収によるプラスの効果が期待できるが、歳出面では留意すべき点がある。景気回復につれて期待インフレ率が上昇してくれば、それを通じて名目金利が上昇することが予想されるが、金利上昇は公債を新規に発行したり、借換えたりする際の利払い負担を増加させるおそれがある。
第1-1-36図は、国と地方の債務残高の対名目GDP比率の増減を、各種の要因に寄与度分解したものである。ここから明らかなとおり、債務残高(対名目GDP比率)の変化に対しては、プライマリーバランスの影響が最も大きい。債務残高(対名目GDP比率)を抑制するためには、プライマリーバランスを抑制することが非常に重要であることが分かる。この間、利払い費用要因(金利変動や債務残高変動によって利払い費用が変動する要因の合計)の寄与度は一定程度のプラス(=債務残高対名目GDP比率を押し上げ)を持続しているが、漸減傾向にある(90年代以降、債務残高が急増したにもかかわらず、寄与度が漸減傾向にあったのは、この間の低金利政策によるところが大きい)。
では、今後、景気回復に伴って金利が上昇に転じた場合には、利払い費用要因が対GDP比を悪化させる程度はどの程度だろうか。財務省が国債について16年度初に試算したデータによれば(5)、金利が2005年度以降2%から3%に上昇した場合、公債費が徐々に増加すると見込まれている。2005年度以降の国債発行額が2004年度(借換え債と新規財源分の合計で121.1兆円)並だと仮定すれば、利払い費の増加額は、2005年度で約1.2兆円、2006年度は2.4兆円、2007年度は3.6兆円となると試算される(対名目GDP比率の押し上げ寄与度は、それぞれ約0.25%、0.5%、0.75%程度)。
コラム1-6 国債管理政策に関する最近の取組
国債の発行残高が増え続けるなかで、国債を円滑かつ確実に消化するとともに、中長期的な発行コストを抑制することが重要になっている。国債残高の増加に伴い、「国債管理政策」の重要性が増しており、国債の商品性を多様化したり発行条件を魅力あるものにする等の国債発行に掛かる取組が重ねられている。
近年の取組をみると、15年物変動利付債の発行開始(2000年6月)、リオープン制度の導入(2001年3月)、ストリップス制度の導入(2003年1月)に続き、「個人向け国債」(2003年3月)、「物価連動国債」(2004年3月)が発行され始めた。
個人向け国債は、個人が購入しやすい商品設計が好感され、順調に残高を伸ばしている(コラム図1-6(1))。具体的には、(1)小口でも購入可能(1万円から)、(2)最低金利を保証(0.05%を下回らない)、(3)市場金利が上がれば適用金利も上昇(半年ごとに基準金利<10年物国債の入札における平均落札利回り>をベースに更改)、などとなっている。特に、2003年後半からの長期金利上昇によって適用金利が上昇してから発行額を伸ばしている。
物価連動国債は元本が物価動向に連動して増減するため、投資家にとってはインフレリスクを回避することができる。このため、イギリス(81年)、カナダ(91年)、米(97年)などでも発行されている。我が国では、第3回入札(2004年12月)までで発行額が9,000億円程度にとどまっているが、今後の発行が注目される(コラム図1-6(2))。
このほか、国債市場の流動性等の維持・向上に向けて、「国債市場特別参加者制度」(いわゆる“プライマリーディーラー制度”)が2004年10月に導入された。これは特別参加者が、応札・落札・流動性供給・情報提供といった責任を担う一方で、非価格競争入札・金利スワップ取引・流動性供給入札への参加やストリップ債の分離・統合の申請等の資格を与えられるものであり、市場参加者の主体的な行動を促し、国債の安定消化へ向けて、より一層のマーケットメカニズムが発揮されることをねらったものである。
(まとめ)
以上にみたように、景気動向には、海外経済や原油価格の動向、情報化関連財の調整など、いくつかのリスク要因がある一方、90年代にみられた景気回復とは異なる景気の腰の強さもある。景気の現状は、これらの景気押上げ要因と押下げ要因が混在するなかで、一部に弱い動きがみられるようになっている。こうした前向きの動きと景気のリスクを整理すると以下のとおりである。
まず、前向きの動きとしては、第一に、これまで進めてきたリストラの成果により、企業部門の体力がかなり回復した上、企業は様々な面で慎重さを失っていないことである。具体的には、これまでのリストラの成果により、利払いや人件費など固定費が低下し、損益分岐点比率は90年代初めの水準まで低下している。その一方で、引き続き企業は投資をキャッシュフロー以下に抑え、古い設備の除却を積極的に進めており、能力の増強に慎重である。また、在庫調整にしても、過去と比べてかなり早い段階で着手している。加えて、銀行部門でも、少なくとも主要行についてはほぼ不良債権処理のめどがつき、金融面が景気の足を引っ張るという状況を脱しつつある。
第二に、家計についても、雇用環境が引き続き改善するなかで、消費は緩やかに増加している。第2章2節でみるように、こうした消費の伸びは、かなりの程度雇用の改善によるマインドの改善によってもたらされている。企業のリストラによって雇用の過剰感が低下しつつあるなかで、一時的な景気へのショックがあったとしても、それが雇用の大幅な調整に結び付く可能性は低いと考えられる。したがって、所得の伸びが低いことによって消費の伸びも緩やかなものとなるとしても、消費の持続性は過去と比べて高まっていると考えられる。
第三に、企業部門の回復は、業種別にみても広範にわたって回復がみられていることである。情報化関連業種が在庫調整にあるといっても、中国の強い需要の影響もあって、鉄鋼など素材関係の生産が引き続き好調であることに加え、輸送機械でも底堅く推移している。また、非製造業でも収益、投資とも堅調な状況にある。このため、一部の業種で生産が低下しても、全体として大きな調整につながる可能性は小さいと考えられる。
他方、景気に対するリスクにも十分な注意が必要である。原油高の影響については、次節で詳しく検証するが、現時点では、ある程度企業収益を圧迫する要因とはなっているものの、それは売上げの増加や企業の生産性の上昇で吸収されている。ただし、原油価格の先行きについては、中国等の需要が傾向的に拡大する一方で、生産・精製能力の拡張は短期的には見込めないことから、引き続き高い水準にとどまる可能性もある。このため、原油価格の動向とその影響には引き続き注意が必要である。海外経済については、国際機関や当該国政府の見通し等によれば、引き続き2005年も拡大することが見込まれているが、他方で、アメリカの経常収支赤字の持続可能性への懸念やそれによる米ドル安、中国における景気引締め策の今後の動向など、不透明な要素もある点には留意が必要である。情報化関連財における生産・在庫調整については、供給側の期待が強過ぎる場合には、過剰供給から生産調整がさらに長引く可能性もあるが、他方で、内外経済の最終需要の回復が続けば比較的早期に解消に向かうものと考えられる。