第I部 世界に学ぶ-日本経済が直面する課題への教訓 |
第1章 活力を高める税制改革 -アメリカ、イギリス、スウェーデン
本節では、90年代に良好な経済パフォーマンスを示したアメリカ、イギリス、スウェーデンについて、80年代以降の税制改革を概観する。税制改革を個別にみると、中長期的な経済活力を高めようとする方向は同じであるが、それぞれの事情に合わせて工夫が施されていることが明らかになる。
アメリカは、税制改革に関する論議が最も活発に行われ、かつ大規模な税制改革が繰り返されてきた国である。特に、レーガン政権期には二度にわたる大規模な税制改革が行われ、その後の世界的な税制改革の潮流に大きな影響を与えたといわれている。レーガン政権期の税制改革はまた、現G・W・ブッシュ政権が行っている大規模な減税計画や景気刺激パッケージの原型でもある(第I-1-3図)。
レーガン政権期の税制改革を個別にみると、経済活性化をねらった税制が多くみられる。現ブッシュ政権の税制改革も、税負担の軽減による経済活力の引出しに重点を置いている(7)。
●短期的な経済活性化をねらった81年税制改革
70年代には、スタグフレーションと国際競争力の低下という困難な状況の下で、インフレがもたらす税負担の増大(所得増加によって高い税率の区分が適用される:bracket creepと呼ばれる)という問題が生じた。そのため、税負担を軽減する税制改革の必要性が高まった。81年、新たに就任したレーガン大統領の下で直ちに経済再建租税法(ERTA(8))が成立し、経済の活性化が図られることとなった。経済再建租税法による81年の税制改革は、①個人(労働)所得税負担の軽減による勤労意欲促進、②キャピタル・ゲインに対する最高税率引下げ、③投資税額控除(ITC(9))率の拡大、加速度費用回収制度(ACRS(10)、加速度的な減価償却を認めた制度)の導入等による投資促進、④個人退職勘定(IRA(11))掛金への控除枠拡大等による貯蓄奨励、⑤研究開発(R&D)支出への税額控除導入による技術進歩の促進等、税負担低下による誘因を積極的に活用して、経済活性化の成果を短期に得ようとするものであった。
●中長期的な経済活力の増進を目指した86年税制改革
短期的な経済活性化に重点を置いた81年の税制改革は多くの特例措置を含むものであったこと等から、不公平感が高まり、また経済活動に歪みをもたらしているとの見方も広がった。また、減税による経済活性化が税収増をもたらすとの所期の期待は実現せず、国防費の大幅な増加とあいまって財政赤字が急速に拡大することとなり、長期金利高、ドル高の進行、経常収支の赤字拡大をもたらした。このため、米国財務省はレーガン大統領の要請に基づいて84年に報告書「公正、簡素、および経済成長のための税制改革」を大統領に提出、86年に財務省報告に基づいた租税改革法(TRA(12))が成立するに至った。
86年の税制改革は、包括的所得税の考え方に基づいて、控除の制限・廃止やキャピタル・ゲイン課税の強化などによる課税ベースの拡大、並びに個人(労働)所得税率のフラット化(税率構造の大幅削減:11~50%の14段階→15、28%の2段階)を推し進め、中長期的な経済活力の増進を目指すものであった。また、全体として減収であった81年の税制改革と異なり、税収中立(増収と減収が同規模)で実施された。
さらに、個人所得税率区分が簡素化されたばかりでなく、税率のフラット化によって、結果的に高所得層を中心に家計の税負担は大幅に軽減された。一方、法人税率は引き下げられたものの、投資税額控除を廃止し、また加速度費用回収制度を改正して加速度償却を緩和するなど、企業の税負担を重くするものでもあった。
このように税収中立という枠組みの中で、税率引下げによる活力の増進が図られている。さらに、誘因重視の政策として勤労所得税額控除(EITC(13))の拡充によって、勤労意欲の促進を図ろうとしたことは注目される(コラム1-1を参照)。
コラム1-1 低所得層の労働意欲を高める勤労所得税額控除
|
●2001年からは減税を通じて経済活力の引出しへ
80年代の税制改革を経て、財政収支が大幅に悪化したため、90年代には財政再建が課題となった。90年および93年の包括財政調整法(OBRA(16))においては、個人(労働)所得税について最高税率区分を新たに設けるなど、86年の税制改革によりフラット化が進んでいた労働所得税は再び累進課税を強めるようになる(17)。
こうした財政再建努力の結果、一般政府財政収支は98年には黒字に転じ、2000年の大統領選挙では財政黒字の使途が争点となった。2001年に就任したブッシュ大統領は、財政黒字は非効率な政府支出の拡大を許すため、むしろ将来の成長をもたらす減税にまわすことが望ましいとの考え方に立った。その結果、同年6月には、経済成長と租税軽減調整法(EGTRRA(18))が成立し、個人所得税減税を中心に10年間で約1兆3,500億ドル規模となる減税が実施に移された。しかしながら、こうした減税による支出抑制の方法に対しては、財政改革による手法よりもリスクが大きいとの批判もある(19)。
2001年の減税計画は、新たに軽減税率区分を設けるとともに、従来の税率区分の税率を2006年までに徐々に引き下げるなど、税負担軽減による経済の活性化を図ったものであり、81年の税制改革と性格を共有している。ただし、減税は中長期的な計画として実施されており、短期的な効果のみならず中長期的にも活力を高めることをねらいとしている。
なお、2001年の厳しい経済情勢を踏まえて翌年3月にまとめられた景気刺激パッケージ(20)は、時限的措置(21)として、取得設備に対する追加的な30%の特別減価償却を認めるなど、81年の税制改革と同様に投資刺激による経済活性化策を含んでいる。
●税負担引下げの誘因を重視し活力の発揮を
80年代以降の税制改革を振り返ると、81年の税制改革では短期的な効果が、86年の税制改革では税制の中立化を通じて中長期的に活力を高めることが重視された。90年代に入ると、80年代に発生した膨大な財政赤字を削減するため、歳出削減努力が行われ、税収が配慮されるようになった。アメリカの長期景気拡大によって98年には財政が黒字に転じた結果、2000年以降は再び税負担の軽減によって中長期的な活力の発揮に重点が置かれている。他方で、将来の財政赤字の拡大を危惧する意見もある。また、R&D支出への税額控除はおおむね一貫して拡充されており(22)、この分野でも負担軽減による活力発揮が重視されている。
イギリスでは80年代以降、一貫して課税ベース拡大、税率引下げによる税制の中立化が図られてきた。しかし、ブレア労働党政権が誕生した97年以降は、中立を基本としながらも、税負担軽減による家計や企業の活力引出しを重視した税制改革への更なる取組が行われている(第I-1-4表)。
●中立化を推進したサッチャー首相からの保守党政権
70年代、アメリカと同様にスタグフレーションと国際競争力の低下に悩まされたイギリスでは、79年に成立したサッチャー政権が、政府の民間経済活動への介入を最小限にとどめるとの考え方に基づいて税制の中立化を推し進めた。
79年の税制改革では、個人(労働)所得税率、法人税率を引き下げるとともに、個人所得税の税率区分を11段階から7段階へと削減し、また付加価値税を一本化して大幅に引き上げて(8%、12.5%→15%)課税ベースを拡大した。その後も、個人所得・法人税率の引下げと課税ベースの拡大を図り、88年には個人所得税率を2段階(25%、40%)にまで削減し、大幅なフラット化を実現した。
90年に成立したメージャー政権は、税収への配慮を重視しつつ税率引下げを進めた。個人所得税については、92年に新たに20%の軽減税率を導入して税負担の軽減を図った。税率区分は3段階に拡大したが、97年まで毎年軽減税率の適用範囲を拡大し、税負担の軽減に努めた。基本税率についても96年に引下げが行われた。法人税についても、91年に標準税率を引き下げたほか、小規模法人に対する税負担も軽減が図られた。このような税率引下げは、経済活動への意欲の引出しにつながると考えられる。
このように税負担の軽減が図られる一方で、91年にコミュニティ・チャージ(23)の税負担を軽減した際には付加価値税率を引き上げるなど、財源の確保にも努めた。
●税負担軽減の誘因に注目しているブレア労働党政権
97年に成立したブレア政権は、税制の中立性を掲げながらも、アメリカと同様に誘因を重視した税制改革を展開している。
個人(労働)所得税については、税率の引下げは進めているが、税率区分の削減は行っていない。資本所得への課税については、97年に法人税率を引き下げる一方で予納法人税(ACT(24))の廃止(99年実施)を決定し、課税ベースが拡大された。
誘因を重視した税制改革としては、以下のものが実施されている。①98年にはアメリカの個人退職勘定を参考にした個人貯蓄勘定(25)が、99年にもアメリカの勤労所得税額控除を参考に、それまでの家族控除(26)を拡充した勤労家族税額控除(WFTC(27))が導入された。②2000年には小規模法人を対象とした軽減税率、中小企業を対象とした研究開発(R&D)支出への税額控除が導入された。
ブレア政権第2期(2001年6月~)では、法人税負担の軽減をより重視する姿勢を打ち出しており、2002年4月より、企業を基盤とする新しいイギリスの再生を目指すために、キャピタル・ゲイン課税の軽減が行われている。
●国際競争力強化の観点からも活力引出しをねらう
アメリカに比べると、イギリスでは税制の中立化による経済活力の増進が一貫して重視されてきたといえる。現ブレア政権では、税負担軽減の誘因を重視した税制改革を進めているが、基本は「低税率、広い課税ベース」を維持し、税制の中立性を重視するとの立場を明確にしている(28)。R&D支出への税額控除の根拠を市場の失敗の存在に求めているのもその表れといえる。
最近の法人税負担軽減を重視するとの方針は、資本蓄積の遅れのために生産性がドイツやフランスに遅れをとっているとの認識によるものとみられる(29)。ヨーロッパの経済統合が進展するなかで、イギリスは今後も国際競争力強化のために短期的活力のみならず、中長期的に活力を高めていく方向を基本として改革を進めている。
3. 高福祉の維持と経済活力の増進を同時に図ったスウェーデン
スウェーデンは、91年の抜本的税制改革によって、増減収一定という税収中立の枠組みの下で、経済活力を引き出すため所得に関する税率引下げ及び課税ベースの拡大を実施した。これは、「世紀の税制改革」といわれている。そこで注目されるのが、二元的所得税の考え方である(コラム1-2を参照)。これにより、スウェーデンは高福祉・所得再分配のシステムを維持しながら、経済活力の増進を図ろうとした。
コラム1-2 二元的所得税の考え方
|
●二元的所得税とは
スウェーデンでは、所得再分配を重視しながら高福祉を維持していることから、税制は高負担・高い累進性といった特徴を有した。80年代にはスウェーデンも他の先進諸国同様、税率の引下げ、課税ベースの拡大による税制の中立化を進めていた(30)。しかし、総合課税主義の下での高い個人(労働)所得税率による勤労意欲の阻害や脱税・節税行動の助長、資産間で不均一な課税がもたらす歪み、とりわけ支払い利子への控除が住宅資産の優遇につながり、その他の実物資産や金融資産の形成を阻害していることが問題視されていた。また、投資を刺激すると考えられていた伝統的な投資基金制度(31)についても、その非効率性が指摘されるようになっていた。
このため、89年に税制改革委員会は二元的所得税の考え方を取り入れた抜本的な税制改革を提案し、スウェーデンは91年に他の北欧諸国に先駆けて(32)二元的所得税を本格的に導入するに至った。
コラム1-3 資本所得と労働所得の分割
|
91年の税制改革では、個人所得を資本所得と労働所得とに分割(二元化)し、前者に対しては一律30%の均一税率で課税し、後者については税率を引下げてフラット化を進める(税率区分:4→2段階)とともに、最低税率を資本所得への課税率を越える31%とすることとされた。法人税については、資本所得課税と同率の30%へと大幅に引下げられた(34)。
税率の引下げと併せて、フリンジ・ベネフィットへの課税強化や投資基金制度の廃止、付加価値税の課税ベース拡大も図られるなど、全体としては増減収規模を同一に保っている(税収中立)(第I-1-5図)。
二元的所得税は、課税による収益率の変化に対する反応が大きい資本からの所得に軽課して、比較的反応が小さい労働からの所得に重課することによって、同一税収の下での課税による歪みを小さくできるとの考え方に基づいている。したがって、資本所得課税に軽課して投資に対する魅力を高める一方、労働所得には累進的に課税して税収の確保と所得再分配の役割を担わせることが可能となる。一般に、中立的な税制によって達成される経済効率と、垂直的公平性(より高い負担能力を持つ個人は重い税負担を負う)が要求する所得再分配との間には、トレード・オフの関係があるが、二元的所得税はこれを両立させることができるのである。さらに、労働(35)に比べて国際的な流動性が高い資本への税負担が軽減できることは、経済の国際化が進むなかで重要なメリットでもあった。
●金融資産保有や投資への誘因は高まるが、労働所得の高負担は続く
91年の税制改革では、資本所得への課税が労働所得課税の最低税率を下回る一律30%の均一税率とされた。税制改革以前は、利子費用の所得控除制度により住宅(持家)への投資が税制面で優遇されていた。これにより、家計は借入れをして負債を多く抱えながら持家等実物資産の保有を選好していたため、金融資産への純投資はマイナスとなっていた。税制改革によって利子費用控除が制限された結果、住宅(持家)投資の限界実効税率が高まり、金融資産への純投資はプラスとなった。同時に、企業設備投資の限界実効税率は低下して住宅(持家)投資の実効税率とほぼ同じ水準へと改められ、住宅投資と設備投資に対する税制は中立化され、資本のより効率的な配分が実現されるようになった(第I-1-6図)。
他方、法人税の総負担(平均税率)は増加したものの、国際的にみると標準的な水準に抑えられている。一方、労働所得への税負担は改革によって軽減されたとはいえ、国際的にはいまだ高い水準にある(36)(第I-1-7図)。このためOECDでは、スウェーデンは労働力率が低く、労働時間数も少なくなっており、税制が労働供給阻害的となっていることを指摘している(37)。実際、人口構造の影響を受けない特定の階層の労働力率をみると、ヨーロッパ全体では上昇しているのに対し、スウェーデンでは低下している。
●高福祉の維持に必要となる税収確保が課題
所得再分配を重視し高福祉の維持を図るスウェーデンでは、二元的所得税を採用して経済活力の増進をねらった。資本所得課税の中立化はおおむね実現し、投資や金融資産に対する税のくさびは低下したとみられる。一方、労働所得の税負担は軽減されたとはいえ、限界税率はアメリカやイギリスに比べて依然高いままであり、また、付加価値税率は既に先進国でも最高レベルの25%となっている。労働所得に対する税負担の軽減が今後の課題である。その改革の中では、国際的な税の競争の中で、資本所得、特に法人税や金融資産所得への税負担を重くすることは難しいと考えられる。OECDでは、持家等実物資産には国際的な税の競争がないことから、実物資産への重課を今後の改革における選択肢の一つに挙げている(38)。