平成12年度

年次経済報告

新しい世の中が始まる

平成12年7月

経済企画庁


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第2章 持続的発展のための条件

第2節 持続的発展のための公的部門のあり方

公的部門は、経済活動の基盤となるインフラ、人材、諸制度を整備するとともに、市場の失敗を是正し、所得再分配を適切に行うという役割を通じて経済発展に貢献することが求められている。また、市場経済に内在する不安定性が顕在化し、そのコストがあまりにも大きい場合には、公的部門はアンカーとして経済安定化の役割を果たすことが求められる。我が国では、90年代に入って、これまでにない厳しい不況を経験する中で、まさに、こうした公的部門の経済安定化機能が求められ、その結果として、公的部門の支出が拡大し、その債務も大きく増加した。景気回復は重要な課題であるが、一方で、経済が許容し得る公的部門の規模や債務には限りがあることも事実である。こうしたことを踏まえ、この節では、持続的な経済発展と公的部門の活動が両立してくための条件を探る。

1.日本の公的部門の評価

1)日本における公的部門の役割の変化

20世紀を振り返ると、我が国を含め多くの先進国で公的部門の果たす役割は大きく変化してきた。特に、今世紀初頭から第二次大戦前後にかけては、政府の役割を国防・警察・司法など必要最低限の機能に限る「夜警国家」から、労働者の保護、教育や社会保障制度の充実といった方向を目指す「福祉国家」へという流れがあった。その結果、欧米においては、19世紀末頃から社会保障制度の整備が始まり、第一次大戦あるいは第二次大戦を境にして、社会保障費の飛躍的増大と、それに伴う公的部門の規模の増大がみられた。

我が国についても、明治政府の下における「富国強兵」策から、第二次大戦後の社会保障の充実へといった公的部門の役割の変化がみられた。中央・地方政府合わせた支出額の対GDP比率をみると、第一次大戦、第二次大戦時に一時的な高まりがみられたが、本格的な上昇傾向がみられるようになるのは1970年代以降になってからである(第2-2-1(1)図①)。今から振り返ると、1970年代は、財政にとって戦後の転換期となった。一つは、我が国の社会保障制度が大幅に充実され、本格的な福祉国家への道を歩みはじめたことである。1970年には高齢化率が7%を超え、国連の定義による「高齢化社会」に入り、1973年には年金や医療保険制度の給付の大幅な充実が行われ、「福祉元年」と呼ばれた。もう一つの重要な変化は、第一次石油危機前後を境に、戦後の高度成長が終わり、安定成長へと移行したことである。これに伴い、国民の要求も、経済成長至上主義から生活の充実へと変化し、政府に期待する役割も変化した。また、この頃から特例公債が発行され始め、財政赤字も拡大した。

公的部門の規模とともに、その内容も大きく変化した。中央政府の歳出構成を目的別にみると(第2-2-1(1)図②)、第二次大戦前においては、富国強兵策の下、軍事費、各産業分野に対する振興助成的諸経費からなる産業経済費が比較的大きな比重を占めていたが、第二次大戦後をみると、社会保障等関係費、地方財政費、国土保全・開発費、教育・文化費といった項目が戦前を大きく上回る水準で推移している。第二次大戦後に比率を高めている支出項目は社会保障関係費以外にも広い意味では福祉国家的意味合いを持っている。地方財政費や国土保全・開発費についても地域住民の所得の少ないところほど多いという状況がみられる。このように、戦後、我が国も広い意味で福祉国家機能を強化してきたが、単に社会保障のみではなく、地方への所得移転や公共事業の地方への配分といった手段によっても所得再分配が行われてきたことに特徴がある。

また、第二次大戦後、特に1960年代後半以降について、景気安定化についても財政政策の役割は大きく変わった。第二次大戦後、一貫して均衡財政主義が堅持されてきたが、1965年のいわゆる「40年不況」をきっかけに、不況時には公債の発行によって積極的に有効需要の拡大が図られるようになった。

2)公的部門の国際比較

(国際比較でみた日本の公的部門の規模)

日本の公的部門の大きさや機能を国際比較することにより、日本の公的部門の特徴をみてみよう。ここでは、一般政府を念頭に置くこととする。一般政府とは、中央政府、地方政府、社会保障基金からなり、公的企業は含まない。こうした一般政府ベースでの総支出の対GDP比率を1970年以降について国際的にみると、まずその水準に関しては、我が国の水準は、OECD諸国平均を常に下回るなど国際的には相対的に低い方に属する(第2-2-1(2)図)。他方、その時系列的な推移についてみると、我が国ではほぼ一貫して上昇傾向にあるが、他のOECD諸国では90年代に入って低下傾向がみられる国もある。OECD諸国の平均でみても、一般政府総支出の対GDP比率は1993年をピークに緩やかながら低下している。一方、国民負担率(1)をみると、90年代に入ってからも総じて緩やかな増加が続いている国が多いが、我が国では、最近では水準をやや戻しているものの、減税等もあって90年代央にかけて低下が見られ、現在は先進国中最も低い水準にある。但し、財政赤字を含めた潜在的な国民負担率は、90年代に大幅に増加し、ヨーロッパ諸国並みの水準に近づいている(2)。

政府支出の規模が我が国で増加している背景には、バブル崩壊後、分母であるGDPが低迷していることに加え、支出面では、社会保障給付が急速な高齢化の進展によって比較的高い伸びとなっていること、及び社会資本整備水準の立ち後れなどの要因から投資的支出の割合が他の国と比べて高く、かつ、経済対策等により増加が続いていることが挙げられる(第2-2-1(3)表)。一方、他のOECD諸国では、総じてみれば、投資的支出が低下していることや社会保障支出の増勢を抑制していることに加えて、冷戦の終了による軍事費負担の低下もあいまって、一般政府支出全体の増勢は90年代に入って頭打ちとなっている。

(日本的福祉国家の特徴)

社会保障費関連支出は、いずれの国でも最大の支出項目となっているが、その中身については各国で特徴がみられる。第2-2-1(4)表は、各国の社会保障支出の内訳を対国民所得比で示したものだが、これによると、年金は、年金制度が成熟化している欧州諸国では高いが、アメリカや年金制度が遅い時期に始まった我が国は相対的に低い水準にある。他方、医療費については、我が国も他の国とそれほど変わらない。福祉・その他については、スウェーデンが突出して高く、我が国はアメリカと並んで相対的に低い。

次に、地方政府(3)の支出が国と地方の支出に占める割合をみると、先に述べたような所得再配分の流れを反映して、日本は連邦制のドイツと同程度の6割程度に達するなど最も地方の支出割合が高い国の一つである(第2-2-1(5)図)。なお地方政府の歳入面で見ると、日本は税収の収入に占める割合が35%程度となっている。

(要因調整した公的支出の規模)

経験的に、高齢化が進むほど、また、一人当たり所得が大きくなるほど、公的部門の規模は大きくなる傾向がみられる。第2-2-1(6)図は、OECD諸国の一般政府財政支出の規模の変化を、国民所得の水準と高齢化の進行度合いによって説明したものである。この結果からは、特に高齢化の進展度合いが財政支出の規模に大きく影響を与えていることが分かる。我が国の高齢化の寄与度は、アメリカやカナダなどと比べると大きいが、欧州諸国と比べると小さなものになっており、これまでの高齢化の進展度が比較的低かったことが、我が国の政府支出の規模が小さい要因の一つであったことが示唆される。

しかし、上記要因を除いても我が国の政府支出の規模は、依然として国際的にみれば低い水準にある(4)。高齢化や所得要因以外に、どのような要因が公的部門の規模に影響を与えるかを巡っては、様々な議論がある。例えば、女性の社会進出が進むと家庭内で供給されてきた福祉サービスが社会化され公的サービスへの需要が高まるとする説がある。確かにスウェーデンなどでは女性の労働力率が高い半面、公的な社会福祉サービスの支出が大きいという関係がみられる。この点では、これまで、わが国では女性の社会進出度が相対的に低く社会福祉サービスを家庭内で提供する傾向が強かったために公的支出が若干低かった可能性は考えられる。また、所得の不平等度が高くなるほど、政治的に平均所得を低所得層に再分配する政策がとられる可能性が高くなり、結果として政府支出が拡大するという説があるが、この点では、日本は所得分配は比較的平等であり、そうした意味での政府支出拡大はみられなかった。さらに防衛費が対GDP比でみて相対的に小さいことも要因として考えられる。ただし、こうした説では説明できない例外も多数あり、実証的な分析は困難であることは注意する必要がある(5)。

(公的部門の大きさと経済成長との関係)

経済成長の最大化という観点のみから公共部門の財・サービスの供給を捉えることは適切ではないが、経済全体に占める公的消費支出の規模が過大になっているような場合、経済成長を制約する可能性がある。そこで、各国の長期成長率の差を高所得国との所得格差など様々な要因で説明するモデル(6)に基づいて、長期的な成長率と政府消費支出の大きさとの関係を調べた。その結果、政府消費が大きな国では長期的な成長率が低いという関係があることが示唆された(第2-2-1(7)表①))。推計されたパラメータを用いて、成長率の寄与度分解を行うと、日本の成長率は投資率の高さ及び就学率の高さが大きくプラスに寄与している一方、政府消費のマイナスの寄与は他の国と比べて相対的に小さいものであったことが分かる(付図2-2-1(2)①)。

次に、同じモデルを用いて、財政赤字が長期的成長率に影響を与えたかどうかを調べると、財政赤字が大きい国ほど長期的な成長率が低いという関係がある可能性が示唆された(第2-2-1(7)表②)。こうした財政赤字と経済成長との長期的な関係については、例えば、大幅な財政赤字が継続することによって長期金利が高止まり、経済成長が制約された可能性が考えられる。ちなみに、ここで推計されたパラメータを用いて、75~95年の20年間について各国の成長率の寄与度分解を行うと、イタリアでは財政赤字の成長率へのマイナス寄与度が大きいが、我が国の場合、イタリアほど財政赤字のマイナスの寄与度は大きくない(付図2-2-1(2)②)。

3)公的部門の役割の変化

(公的部門に期待される役割の変化)

1960年代から1970年代にかけて、主要先進国では、公的部門の役割の拡大がみられ、いくつかの主要産業において企業の国有化が進められた。特に欧州諸国では、鉄道、バスといった公共輸送機関や石炭、電力などエネルギー分野だけにとどまらず、例えば鉄鋼、自動車、家電、通信機器といった幅広い分野にわたる産業が国有化された。

しかし、1980年代に入ると、新保守主義と呼ばれたイギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権の政策にみられるように、多くの先進国で民営化や規制緩和が積極的に推進された。このように公的部門に期待される役割が大きく変化した背景には、1970年代から1980年代初めにかけてスタグフレーションが生じる中で、財政赤字の拡大、行き過ぎた国有化による産業活力の低下といった「政府の失敗」を是正するために市場メカニズムの活用が求められたことがある。付図2-2-1(3)は、1975年と1990年における主要産業の所有形態の変化を示しているが、これをみると、1980年代以降、相当の民営化が進んだことが示されている。我が国においても、いくつかの重要な産業部門が民営化された。

また、高齢化の進展により社会保障費が急速に増大を続ける中で、社会保障と経済・財政との調和を図るため、社会保障のあり方についても各国で見直しが行われた。我が国を含む多くの先進国では、保険料率の上昇を抑制しつつ、年金の支給開始年齢を引き上げるといった措置によって年金制度改革が進められているほか、医療についても支出額の抑制と効率性の向上を目指した改革が進められている(付表2-2-1(4))。特に注目されるのは、福祉先進国といわれるスウェーデンにおいて、国民基礎年金制度を廃止し、現行の2階建てから1階建ての所得比例年金に再編するという大幅な改革が行われたことである。社会保障費についてはマクロ的に抑制するだけでなく、ミクロでみた効率性の向上や、給付にかかるモラル・ハザードの解消といった問題も重要な課題となっている。例えば、イギリスのブレア政権においては、「福祉から就労へ」というスローガンの下、貧困層の社会保障給付への過度の依存を是正し、自立心と意欲を引き出すために、職業訓練や就労斡旋の強化を図ることにより、就労促進的な福祉制度への転換が図られている。

他方で、1990年代に入ると、別の意味で公的部門の役割が再度重視されてきている。その一つは、金融セクターなどに典型的にみられるように、規制の自由化が進んだ反面で、健全性確保のための新たな規制や監督が政府に求められるようになったことである。二つめは、経済の国際化、情報化の進展といった外部環境が変化する中で、企業活動の基本となる法制、税制、会計制度などを時代や国際慣行にあった形で規定し直すとともに、企業活動を行う上で快適な環境を提供することが政府に求められるようになったことである。三つめは、情報化の進展といった大きな経済構造の転換を政府も制度面からバックアップしていくことが期待されていることである。しかし、かつてのような大きな政府への逆戻りが志向されているわけではない。政府の活動には、透明性が求められると同時に、更なる効率性の追求と国民のニーズにあった行政サービスの提供が求められるようになっている。このため、欧米諸国を中心に、民間企業の経営手法や概念を公共部門に導入する動きがみられているが、以下では、その概要をみてみよう。

(新たな公共部門管理のあり方)

イギリスやニュージーランドなどのアングロ・サクソン系諸国を中心に、民間企業における経営理念・手法などを公的部門にも導入することにより行政部門の効率化や、透明性の向上を図る動きがみられている。こうした民間企業的な新しい行政管理手法を総称して、ニュー・パブリック・マネジメントと呼ぶこともある。その手法としては、①民営化や委託など公共サービスの外部化によって市場メカニズムを利用して効率的なサービス供給を行う、②組織上、分権化を進め執行部門の裁量を広げる代わりに、業績評価によって統制を図る、③行政の透明性を高める、といったことが挙げられる。

民間委託、民営化、費用便益分析などといった手法は古くから多くの国で採用されてきたが、これまでの問題点の一つには、そうした効率化のための措置が部分的にしか採用されていなかったために、その効果が十分に発揮されなかったことがある。例えば、アメリカなどでPPBS (Planning, Programming and Budgeting System)のようなプログラム評価システムが予算編成過程に採り入れられてきたが、実際には、各事業の予算・執行は従来通りのシステムであったために、行政の間接費用を適切に各事業間に配分できず費用分析がうまく計算できないなどの問題が生じた。これに対し、イギリスやニュージーランドの最近の取組みでは、事業毎の「費用」と「業績」が一致するようになるべく予算・組織を細分化した上で、可能なものは競争入札等によってそれを民間事業者に委託し、それが困難な場合には、公的部門内に別組織としてエージェンシー(独立事業法人)等を設けて外部化し、その上で、業績評価によって各事業の効率性を評価するといった組織改編を含めたより行財政行財政改革の観点に立った総合的なアプローチを採っている(第2-2-1(8)図)。また、ニュージーランド、オーストラリアでは、こうした行政改革の流れの中で発生主義に基づいた会計制度が採用されている。

こうした一連の手法は、その適用範囲も広がっている。例えば、民間委託については、古くから、清掃事業、ゴミ収集事業、給食といった分野で実施されていたが、1990年代に入ってから、建築士、測量士といったホワイト・カラー職種や、アメリカのように刑務所の管理や消防・救急業務にまで適用範囲が拡大されているところもある(付表2-2-1(5))。OECDによれば、こうした委託によって、業務費用が5~20%程度節約されたとされている(7)。民間への委託は単に一部の行政サービスだけにとどまらず、社会資本整備やその運営にもPFI(Private Finance Initiative)(8)という形で適用されている。さらに、公共性が極めて高く民間部門のサービス供給になじまない分野については、業務執行部門をエージェンシーとして分離・独立させ、行政の効率化を図る動きも多くの先進国でみられる。イギリスでは国家公務員の7割程度がエージェンシーで働いている。

こうした民営化、民間委託といった業務の外部化は効率性の向上に資すると考えられるが、一方でそれに伴う問題点も指摘されている。その一つは、取引コストやエージェンシー・コストの問題である(9)。こうしたコストが大きい場合には、新規参入が困難となり、一部業者の独占や寡占が生じ、費用削減効果も低減する可能性がある。したがって、民営化や民間委託にあたっては、取引コストを最低限に抑えるためにも、その分野への新規業者の参入が確保され、業者間の競争が保たれていなければならない点に注意する必要がある。

(21世紀に向けた公的部門の課題)

以上のように、20世紀を振り返ってみれば、公的部門にはより多くの機能が求められてきた。しかし、我が国を含む多くの先進国では、高齢化が進む一方で、国によっては公債残高や国民負担率が高水準に達するという厳しい状況の中で、福祉国家的機能を拡大することには限界がみられている。こうしたことを踏まえ、今後の公的部門のあり方を考える上で、いくつかの重要な点があろう。一つは、公共サービスの持続可能性をいかに保つかということであり、現世代だけでなく将来世代の負担をも考慮に入れた社会保障や財政の給付と負担の関係を考え、その健全性を回復させていくことである。二つめは、政府部門の効率性を高め、国民や企業のニーズに沿った公共サービスの提供方法を考えることである。三つめは、高齢化が進む中で、社会保障の給付水準・範囲の見直しを行いつつ、経済活力の維持を図っていくことである。これらは、いずれも重要な課題であるが、なかでも、公共サービスの持続可能性については、最近の財政赤字の拡大によって大きな懸案事項となっている。そこで、以下ではこの問題に焦点を当てて分析を行う。

2.過去の財政赤字の解決パターン

欧米先進国の中には、90年代に公的部門の規模の縮小と役割の転換が進んだ国も多いが、我が国では、不況への対応に追われる中で、結果として公的部門の歳出規模が拡大し財政赤字が増大した。以下では、90年代の我が国における財政赤字増大の過程や他の国の財政再建の経験を振り返り、今後に向けての課題を探ることとする。

1)日本の財政赤字の現状

(日本の財政赤字の大きさとその要因分解)

我が国の中央政府、地方政府、社会保障基金を含む一般政府の財政バランス(貯蓄投資差額)(1)は、第一次石油危機後から赤字が継続していたが、80年代後半から90年代初頭のバブル期には改善し、ピーク時では対GDP比3%程度の黒字となった(社会保障基金除きの財政バランスでも赤字幅が縮小し、ほぼゼロに近くなった(2)(第2-2-2(1)図①)。しかし、バブル崩壊後は、93年度から再び財政バランスは悪化し、特に98年度には、国鉄長期債務や国有林野累積債務(約27兆円、対GDP比5%程度)を引き継いだこともあって、対GDP比10.9%(社会保障基金除きの財政バランスで13.0%)と大幅な赤字となった。

主体別の動向をみると、中央政府の財政赤字は90年代に入ってから大幅に増加し、主体別では最も大きな赤字幅となっている。地方政府の財政赤字も同様に90年代に入って大幅に拡大している(第2-2-2(1)図②)。社会保障基金については、一貫して黒字となっているが、91年度をピークに黒字幅は減少に転じており、年金制度が徐々に成熟化してきていることをうかがわせる。

一般政府の収入について、その大半を占める税収(中央+地方)に注目すると、直接税収入が91年度をピークに大きく低下していることが注目されるが、91年度と98年度を比べると、18兆円あまりの減収となっている(第2-2-2(2)図①)。ちなみに、国税について決算ベースでみると、所得税の同じ期間における減収額は9.8兆円程度、法人税の減収額は5.2兆円程度であった。こうした直接税収入の減少は、バブル崩壊による個人・法人所得の低迷に加え、94年秋の税制改革による所得税の恒久減税や98年度に2回実施された特別減税などを反映したものである。社会保障基金については、91年度から98年度にかけて、経常支払の増加が約21兆円に対して経常受取の増加が約14兆円となり、積立て超過幅(支払マイナス給付)が7兆円減少している。

中央政府と地方政府の支出をみると、91年度と98年度を比べると、総支出額(除く国鉄長期債務・国有林野累積債務継承分)は22.4兆円、率にして23.2%増加している(第2-2-2(2)図②)。目的別支出の寄与度でみると、経常的経費である最終消費支出が9.2%となっているが、投資的支出も8.1%程度と高い寄与を示している。

以上のような支出面、収入面の変化を反映し、一般政府の収支は、91年度と98年度を比べると、国鉄長期債務・国有林野累積債務の約27兆円を引き継いだ分を除き、43兆円(3)余り赤字超過の方向に変化した。

(循環赤字・構造赤字)

一般政府の財政収支は「循環的」な部分と、「構造的」な部分の2つに分けて考えることができる。景気後退期には、税収が落ち込んだり、失業給付が増えることによって赤字が受動的に増加するが、これに対応するのが「循環的財政赤字」の部分である。他方、こうした景気動向によって変動する循環的な部分を除いたものが「構造的財政赤字」になるが、これには不況期の経済対策の各般の施策など裁量的な政策要因も含まれている。第2-2-2(3)図は、GDPギャップの推計をもとに、一般政府の財政収支を、構造的財政収支と循環的財政収支に分け、さらに構造的財政赤字の内訳として公債の利払い費に当たる部分を合わせて掲載したものである(4)。これによると、例えば、98年度においては、対潜在GDP比でみた一般政府赤字(国鉄長期債務・国有林野累積債務を除く)5.2%のうち、構造的赤字が4.3%、循環的赤字が0.9%となっている。この図によれば、90年代に入ってからの財政収支の悪化は、経済対策など主に裁量的な財政政策を含む構造的要因による部分が多く、景気悪化による循環的財政赤字は最大でも0.9%程度であった。景気が本格的に回復すれば、循環的な部分が黒字に転じ、裁量的な財政支出も削減が可能であるが、構造赤字の大きさから考えると、こうした要因を考慮しても財政赤字が解消するとは考えにくい。また、構造的財政赤字のうち、利払い費部分に注目すると、公債残高の増加を反映して70年代央以降、一貫して赤字拡大方向に寄与しているが、寄与の程度は、80年代前半にピークをつけた後、90年代初めまで低下が続いてきた。これは、80年代後半に公債残高の増加が鈍化したこともあるが、むしろ長期金利の低下や公債の年限構成の多様化を反映して加重平均した国債利率(5)が傾向的に低下してきたことを反映したものといえる。90年代に入ってからも、加重平均利率は低下が続いており、公債残高の増加による公債費増加圧力を軽減する役割を果たしている。仮に98年の加重平均金利(3.51%)が91年度水準(6.05%)にあったとすると、国債にかかる利払費は約7.0兆円多く必要になる。

2)なぜ日本の財政赤字は大きいのか

我が国の一般政府の財政赤字と債務残高は、OECD諸国の中でも最も高い水準に達している(第2-2-2(4)表)。一方、他のOECD諸国は、90年代に入ってから財政赤字を縮小させているところが多く、OECD諸国平均の一般政府赤字は、対GDP比でみて、91年の3.3%から99年には1.2%に低下している。以下では、なぜ日本の財政赤字がこれほどの大きさになっているかを検討する。

(日本の財政赤字が大きい理由)

景気後退期に公債発行による財政規模の拡大、公共事業の促進、減税といった措置によって景気刺激を図ることは、財政の「景気調整機能」と呼ばれ、財政が果たすべき重要な役割の一つである。我が国では、バブル崩壊後の不況を含め景気後退期には、こうした裁量的財政政策を積極的に活用してきた。いくつかの主要先進国について、構造的財政赤字と、実質GDP成長率との相関関係を見ると(付図2―2―2(1))、ドイツやイギリス等では極めて低いが、我が国は最も高い方に属しており、景気後退期に裁量的に赤字が増やされる傾向があることが分かる。他方で、景気拡大期においては、我が国の一般政府の構造収支にはある程度の改善がみられるが、80年代後半から90年代初めの一時期を除き景気拡大期であっても赤字となっていることが多かった。また、構造的財政赤字と経済成長率の関係に注目すると、1970年代前半、及び、1990年代初めにおいて成長率の大幅な低下があり、それに引き続く期間、つまり1970年代央以降、及び、1990年代前半以降において景気循環にかかわりなく継続的な構造赤字が観察される。

また、各国の財政赤字の大きさの違いを制度的な要因で説明しようとする考え方もある(6)。 例えば、政府のある主体から別の主体への移転が大きい場合には、予算を使う側の費用意識が小さくなり、結果として過大な支出につながりやすく、また、制度的に実際の負担の程度が見えにくいような場合にも、財政規律が保たれにくいという観点も考えられる。このような指摘は一般論であり、実証的な検証は難しいが、他方で我が国にも関連すると思われる点もある。例えばこうした観点からすると、我が国では国から地方への移転額が国際的にみても大きいことから、地方レベルでの財政規律が保たれるよう注意する必要がある。また、政府だけでなく公的企業についても財政状況の正確な把握をはかることも重要である。

 


(経済理論による日本の財政赤字の検証)

①課税標準化理論による財政赤字の説明

公債発行による財政政策の効果を否定する中立命題の立場からも、不況期に一定の財政赤字が存在することは、資源配分上からも望ましいことがあり得るとする『課税標準化の理論』が主張されている(7)。この理論は、一括固定税(8)以外の課税は資源配分に歪み(超過負担)をもたらすものであるため、異時点間の税率選択にあたって課税のコストを最小限にするためには、時間を通じて税率を一定に保つことが最適であるとし、景気変動による一時的な財政支出と税収の乖離は公債発行によって調整すべきであることを主張する。既存の研究では、アメリカの財政赤字については課税標準化の理論で説明できるとの結果が得られているものが多い。しかし我が国について、1998年までのデータを用いて検証してみると、我が国の財政赤字は課税標準化理論では説明ができない(9)(付注2-2-2(2))。

②最適な資本蓄積経路達成の観点からみた財政収支

全く別のアプローチとして、資本蓄積のテンポを最適にするという観点から、財政収支をみる考え方もある(10)。まず、最適な資本蓄積の経路を考えてみよう。現在の消費を増やすと、設備投資が抑制され、将来の生産能力が減少し将来の消費が削減される。このように、現在の消費と将来の消費の間にはトレード・オフの関係があるが、どこかに両者のバランスのとれた最適な資本蓄積のテンポがあることになる。これは国民の時間選好率が高いほど(当面の消費を重視するほど)緩慢となり、また、資本の効率性が高いほど(現在の節約に対する将来の報酬が大きくなるので)速いものとなる。次に、政府が財政政策を通じて国民の可処分所得を操作でき、消費は可処分所得に依存して決まるという前提を置く。財政赤字を増やせば可処分所得の増加を通じて消費が増え、資本蓄積のテンポは緩慢になる。

以上を組み合わせると、①貯蓄率が低い場合には消費が多く資本蓄積が少なくなるので財政赤字の削減が必要、②人口増加率が高い場合には将来の消費に備えて資本蓄積の必要性が増すので財政赤字の削減が必要、③資本の効率性(限界生産力)が高まれば資本蓄積テンポを速めるために財政赤字の削減が必要、という結論が得られる。  そこで、我が国のこうした要因の状況をみると、近年には、人口増加率の低下、貯蓄率の上昇、資本分配率の低下(一定の仮定の下で資本の限界生産力の低下を意味する)がみられるが、これらは財政赤字拡大方向に寄与するものである。

コラム図は、効用関数や生産関数の形やパラメータについて一定の仮定を置いた上で、人口増加率、貯蓄率、資本分配率、に実際のデータを入れた財政収支の理論値と、実際の財政収支(中央・地方政府の財政赤字)の前期差を比較したものである。1970年代後半に財政収支の理論値が赤字拡大方向に変化しているのは、この時期、資本の限界生産力が低下したことを反映している。一方、1980年代に理論値が赤字縮小方向に転じた背景としては、資本分配率が80年代後半には上昇に転じたこと、政府投資比率が低下したことがある。1990年代に理論値が再び赤字拡大方向となったが、これは、再び資本分配率が低下しはじめたことが寄与している。

ただし、この理論は、最適な資本蓄積という観点からのみ財政収支について論じているものであり、公的資本と民間資本の生産性の差異を考慮していないほか、次節以降で述べる財政赤字の問題点(帰結)を国民が考慮せずに行動するとの仮定が置かれていることから、この理論値をもって財政赤字が正当化されるわけではないことに注意する必要がある。


 

3)日本の財政赤字は持続可能か

財政赤字がこのまま続き、公債が増え続けると財政は破綻してしまうのではないかという問題について考えてみよう。ここでは、国民が財政赤字の拡大に対して将来の増税を合理的に予測し貯蓄の増大を図るような、いわゆる「リカードの等価定理(中立命題)」(11)は成り立たない(後述)ことを前提として、以下、三つの観点から財政の持続可能性について検討する。

第一の基準は、公債残高の名目GDP比が将来において無限に拡大してしまうことがないかどうかという点である。公債残高の増え方が速ければ利払いも増え、雪だるま式に負担は増えていく。それが名目GDPの伸び率を超えて増え続ければ財政が破綻してしまうことは自明である。第二の基準は、財政と社会保障を含めた将来世代と現世代の負担格差が果たして妥当かということである。第一の意味で持続可能であっても、社会保障などの面で負担を先送りし、将来世代の負担の過度の増加を見込んでいる状況は持続可能とは言い難いからである。第三の基準は、財政赤字の経済への影響は耐え得るものかという点である。財政赤字や累積債務の増大によって、高金利やそれによる民間投資のクラウディング・アウト、インフレーション、経常収支の赤字などが生じマクロ経済の低迷をもたらす事例がいくつかの国では見受けられる。

(公債残高から見た財政の持続可能性)

第一の基準に関しては、名目経済成長率が利子率を上回り、かつプライマリー・バランス(12)が均衡していれば公債残高の対GDP比は一定値に収束する。しかしながら、近年の状況は、一般政府のプライマリー・バランスは92年度以降赤字であり、名目経済成長率も長期金利を下回って推移している(第2-2-2(5)図)。したがって、公債残高をGDP比で一定比率に収束させるためには、単にプライマリー・バランスを均衡させるだけでは十分ではない可能性がある(13)。また、OECDの試算によると(14)、今後2010年までに見込まれる医療費と年金の増加を合わせると、合計で対GDP比8 3/4%の構造的プライマリー・バランスの赤字が生じると見込んでいる。

(世代間負担の問題)

今後、急速に高齢化が進展することが予測される中で、社会保障負担を巡る世代間の格差が問題となっている。高齢化の問題はどの先進国でも重要な問題ではあるが、我が国の世代間負担の問題が国際的にみてどの程度深刻であるかをみてみよう。世代間負担の大きさを図る一つの目安として世代会計がよく用いられるが、これは、様々な仮定を置いた上で、各世代ごとに、生涯にわたる税・社会保障負担から給付を引いたネットの負担の現在価値をみるものである。コトリコフらの計算(15)によると、世代会計でみて、日本は先進国中最も世代間格差が大きい国の一つであることが指摘されている(第2-2-2(6)表①)。具体的には、これから生まれてくる世代の負担は生まれたばかりの世代と比べて2.7~4.4倍(16)もの大きさになっている。こうした負担の世代間格差がどの程度高齢化によるものかを測るために、年齢構成が将来も現在と同じ状態が続くと仮定して計算すると、我が国の現役世代と将来世代の負担格差は約1.4~1.8倍へと大幅に縮小する(第2-2-2(6)表②)。こうしたことから、我が国において高齢化が財政や社会保障制度の持続可能性に与える影響は特に深刻であると考えられる。

(長期金利から見た財政の持続可能性)

財政赤字のマクロ経済への影響という意味では、長期金利への影響が一つの目安となる。その点、我が国では、公債残高が拡大しているにもかかわらず、今のところ、長期金利は低位で安定しているが、これはなぜであろうか。中立命題が成り立たず、財政赤字によって国内の貯蓄投資バランスが逼迫している場合や、海外の貯蓄を利用しようとしても海外投資家からリスク・プレミアを要求されるような状況では、財政赤字の増大は長期金利を押し上げる可能性がある。国内の貯蓄投資バランスについては後に詳しく検討することとし、ここでは、各国のパネル・データを用いて、長期金利に対して、短期金利、期待インフレ率、財政赤字、経常収支黒字(国内貯蓄超過)がどのように影響を与えているかを推計した。推計結果によると、中長期的な長期金利の動向に対して、財政赤字と経常収支黒字がほぼ同じ程度に影響していることが示されている(第2-2-2(7)図)。また、経常収支の黒字国と赤字国に分けて計測すると、財政赤字は経常赤字国では長期金利を押し上げる度合いが大きいとの結果が得られた(17)。

上記の長期金利関数を用いて、我が国の長期金利に関して要因分解を行うと、1990年代後半(1995年から98年)において、財政赤字の拡大は長期金利上昇に0.7%ポイント寄与しているが、期待物価上昇率の下落と経常収支の黒字がそれぞれマイナス0.3%ポイント、マイナス0.4%ポイントずつ寄与しており、完全に財政赤字の増加の影響を相殺している計算になる。(18)また、これらの要因では長期金利の水準を説明できない部分を国毎の要因としてとらえ、それを比較すると、日本が最も低い水準にある。これは、この長期金利モデルでは考慮していない要因、例えば、日本の民間資本の収益率が相対的に低いことや、長期的に見て通貨が増価傾向にあったこと等が反映されていると考えられる(19)。

以上の分析の含意としては、日本の財政赤字は、第一の基準(公債残高累増)、第二の基準(世代間負担格差)からみると、持続可能性を満たしていない。第三の基準(経済的影響)からみても、これまでのところ、財政赤字が長期金利の上昇などの形でマクロ経済に悪影響を及ぼすには至ってはいないものの、仮に、今後、景気の回復に伴って期待インフレ率が相応に上昇する一方で、大幅な財政赤字が継続し、国内の貯蓄超過幅が縮小した場合には長期金利が上昇する可能性がある。さらに、注意すべき点は、ストックとしての債務は簡単には減らないため、特に金利が上昇したときに利払い費の負担が増加して経済を圧迫するという懸念があるということである。既にみたように、これまでは金利低下によって相当程度利払い費が抑制されてきたが、公債残高の増加が利払い費の潜在的な増加圧力となっている点に注意すべきである。

 


(我が国の厚生年金の給付現価)

我が国の年金制度について、現時点で将来の給付現価がどの程度であるか見てみよう。ここでいう給付現価は、将来発生することとなる給付費等の総額(現時点における額で評価)のことである。厚生省の試算(下図)によると、1999年度末時点で、厚生年金の将来期間に対応した給付まで含めた給付現価総額は2140兆円程度である(2000年の年金制度改正案を考慮後)。この給付現価総額については、積立金により170兆円程度、将来の税金で負担される分により280兆円程度、現在の保険料率による将来の保険料収入により1170兆円程度がまかなわれることになり、残りの530兆円程度については、将来の保険料率の引上げによりまかなわれることとなっている。

コラム図


 

4)欧米諸国の財政赤字削減の経験

ここでは、欧米諸国において財政再建が進展した背景には何があったのか、また、いかなる方法で財政再建を行ったのか、そのことがマクロ経済にどのような影響を及ぼしたのかを概観する。それを踏まえ、現在の日本の状況が欧米諸国と異なることを考慮に入れた上で、何を欧米諸国の経験に学ぶべきかについても検討する。

(欧米諸国の財政赤字削減の背景)

80年代後半から90年代に入って欧米諸国で財政再建が一層加速した背景には、経済面、政治面で様々な背景があった。

まず、経済的な背景から見ると、一部の国では、大幅な財政赤字に伴って、経常収支の赤字、為替レートの下落、実質金利の高止まりがみられ、それらが経済の低迷を助長していたことがある。例えば、アメリカでは、1980年代から90年代初めにかけて、財政赤字と経常収支赤字の「双子の赤字」が経済の不安定要因であったことから、財政赤字の削減によって高金利や民間投資のクラウディング・アウトを避けることが重要だという認識が強まった。また、イタリアやスウェーデンでは、1992年のERMの通貨危機時において、自国通貨が暴落したことによって経済的困難を経験したことがその後の財政赤字削減への取組み強化の契機となった。このように、これらの国では、前述の第三の基準、つまり長期金利や経常収支などへの影響の点で持続可能でない状態が顕在化したものと考えられる。さらに、別の経済的背景としては、新保守主義のような政府の役割をなるべく小さなものにとどめ、市場メカニズムを活かした効率的な経済社会を目指す潮流があった。また、政治的な要因も90年代の財政再建に大きく影響を持った。中でも、欧州の通貨統合発足は、その参加条件として厳しい財政規律を求めていたことから、これへの参加を目指したEU諸国は、景気低迷期にあっても財政再建の手を緩めなかった。また、80年代後半の冷戦終結も、国防予算の大幅削減を可能にし、財政再建に貢献した。

(財政赤字削減の手法)

以下では、予算作成プロセスの改革、年金・医療など社会保障制度の改革、税制の改革、行財政改革等に焦点を当てて、欧米諸国で90年代にどのような取り組みが行われたかを要約する(付表2-2-2(2))。

①予算作成プロセス

経費の増大を防ぐための手法として、投資的経費の上限(キャップ)を設定することや、経常的経費の増額や新規予算提案に対してスクラップ財源を必ず提示することを義務付けること(pay-as-you-go)がアメリカをはじめいくつかの国で導入されている。また、公共投資プロジェクト等の予算に関しては、アメリカやイギリスをはじめコスト・ベネフィット分析による評価を導入する国が増えており、さらに、カナダでは、プログラム・レビューと呼ばれる歳出項目の見直しが幅広く行われ、歳出削減に寄与している。

②社会保障制度

年金制度の見直しに関しては、高齢化の進展により給付の増加が高水準となっている多くの先進国において、負担の上昇を抑制しつつ、給付の見直しを行う措置が採られている。具体的には、支給開始年齢の引上げ、賃金・物価スライド方式の見直し、保険料率の引上げといった措置がもっとも多くの国で採用されている。また、スウェーデンのように年金制度自体を大きく変更する例もみられる。医療制度については、各国ごとに制度が大きく異なるものの、総じて言えば、患者自己負担の引上げ、診療報酬・薬価の抑制といった措置が多くの国でとられているほか、医療サービス提供の競争促進、病院業務の一部のアウトソーシング化が図られている。

③税制

歳入面についても各国で様々な措置がとらているが、税制についていえば、所得税、法人税、付加価値税等の増税が多くの国で行われた。財政再建のための措置として、フランスのように社会保障債務返済税(所得の0.5%)(20)を導入したり、ドイツのように連帯付加税(所得税・法人税の税額の7.5%)(21)を導入するといった動きもみられた。中でも、アメリカに関しては、80年代にレーガン政権の下でフラット化された所得税率が、90年、93年と2回にわたって引上げられ、最高税率は引上げ前の28%から39.6%に上昇している。

④行財政改革等

各国でみられる措置としては、公務員数の削減、民営化の一層の推進といった公的部門を直接的に縮小する措置がとられたほか、一部業務の民間委託、執行部門のエージェンシー化、行政評価措置の導入といった公的部門の効率化のための措置もとられている。こうした行財政改革措置は、全てが直接的に経費の節減につながったとは限らないが、効率的に需要に見合った公的サービスを供給するという点では一定の効果があったものと考えられる。

他方、我が国の近年の財政構造改革の取組みを振り返ってみよう。財政構造改革法による財政再建の手法は、①各支出に対してその必要度に応じてキャップを設定することで歳出総額を抑制、②財政健全化目標の設定、③財政再建と同時に諸々の構造改革を推進、などを中心としたものであった。こうした我が国の改革は、おおむね他の先進国における改革と同じ方向であった。

(財政再建の程度)

以上のような各国における財政再建の取組みの結果、財政赤字はどの程度削減され、それが経済にどのような影響を与えたであろうか。第2-2-2(8)図は、G7及びスウェーデンについて、1990年代初めにおける財政赤字のピーク時と直近時点とを比較し、一般政府の構造財政赤字、債務残高、国民負担率、公務員数がどの程度変化したかをまとめたものである。これによると、90年代において、日本を除く他のG7諸国及びスウェーデンでは、90年代においてかなりの財政赤字の削減を行なっており、中には債務残高が減少している国もある。また、日本を除く全ての国である程度国民負担率の上昇がみられる。

(財政再建の経済的影響)

財政赤字削減が景気に対してデフレ効果を持つかどうかは、理論的には、中立命題を前提とするかどうかに依存するが、中立命題が完全に成り立つためには、様々な仮定(22)が満たされていなければならず、現実的でないとの見方も多い。しかしながら、非常に大きな財政不均衡を抱える状況では、財政赤字の削減が十分に大きく継続的なものである場合には、財政の持続可能性に対する懸念が和らぐことにより消費マインドが改善するとともに、政府消費の恒常的削減による将来所得の増加を見込むため、中立命題に近い状況になり易く、財政赤字削減と消費の拡大が同時にみられるとの主張もある(23)。よく引用される例として、80年代のデンマークやアイルランドでは、財政赤字が大幅かつ継続的に縮小する中で、それを好感して民間消費が増加したと言われている。

他方、中立命題が完全には成り立たないとすると、財政赤字の削減は、それが支出の削減によるものであれ増税によるものであれ、総需要抑制効果を持つ可能性がある。しかし、中長期的には財政赤字の削減が金利を低下させ民間投資を拡大させるので、こうした効果はより緩和されていくと考えられる。OECD諸国についてのサーベイによれば(24)、財政赤字削減の経済効果のうち、将来の税負担の軽減による消費拡大効果(中立命題)よりも、むしろ、クレディビリティの増大による金利低下効果とそれによる投資拡大効果の方が比較的多くみられたと言われている。

(90年代におけるアメリカ、イタリア、スウェーデンの財政再建の具体例)

ここでは、90年代における財政再建の具体例として、アメリカ、イタリア、スウェーデンを取り上げて、それぞれの特徴をみてみよう。

①気循環と財政再建

アメリカでは、景気後退局面にあった90年より財政再建の取組みが始められた。一般政府でみた財政赤字は景気低迷による税収減などにより92年まで拡大したが(25) 、景気は、91年から93年にかけての金利低下などを背景に、金利に敏感な耐久財消費や住宅などを中心に回復した。93年には、景気が個人消費など内需を中心とした自律的回復軌道に乗る中で、財政赤字も減少に転じ、その後も景気の拡大と財政赤字削減が続いている。この間、個人消費は、財政再建による増税にもかかわらず、経済成長の加速、個人企業所得・配当収入の増加などによって可処分所得が増加したこと等を背景に回復が続き、好調な設備投資とあいまって経済成長の原動力となっている(第2-2-2(9)図)。景気要因を反映する循環収支をみてみると(26)、97年以降は黒字になっており、歳出、歳入にわたる様々な制度的努力による構造収支の改善に加えて、景気拡大が財政収支改善にある程度寄与したと見られる(27)(第2-2-2(10)図)。

他方、イタリア、スウェーデンでは、90年代初めに景気が低迷する中で、92年のERM通貨危機において自国通貨が暴落したことなどを契機に、財政再建の取組みが強化された。その後、スウェーデンでは金融危機への対応等により財政赤字が一時的に拡大したが、両国とも93年に景気低迷が深刻化した際にも、財政再建努力は継続された。94年以降は、イタリア、スウェーデンとも為替の減価による経常収支の改善等にささえられて景気は回復に転じ、財政収支の改善もさらに進んだ。しかし、アメリカとは異なり、可処分所得の低迷等から個人消費の回復は遅れた。

②財政再建の内容

いずれの国も歳出・歳入両面にわたる取組みにより構造収支の改善を図ってきている。 アメリカでは、歳出面で医療費等の社会保障分野をはじめ種々の項目で削減・抑制が行われたが、特に軍事費削減の規模が大きかった。他方、イタリア、スウェーデンでは社会保障給付の削減を中心に支出の削減を行った。いずれの国においても、マクロ経済への波及経路は異なった可能性はあるものの、財政再建は国民の財政の持続可能性に対するクレジビリティの向上などの面で中長期的には消費に好影響を与え、これが財政再建に伴うデフレ効果を緩和することとなったと考えられる。例えば、アメリカの場合、軍事費削減などによる直接的なデフレ効果もあった反面、それによって将来の税支払い額の低下を消費者が予想したことが、貯蓄率の低下、消費の拡大に貢献した可能性も考えられる。ただし、消費が回復したのは実際に雇用が回復して賃金が上昇してからであったとする説もある。イタリア、スウェーデンでは、社会保障支出を中心に支出が削減されたが、同時に将来負担も減少したので、ネットでみた個人の生涯所得への影響が小さかった可能性がある。また社会保障改革によって将来所得に関する不確実性を減らしたことは経済にプラスの方向に影響を与えたと思われる。

③経常収支や為替レートとの関係

我が国と異なり、この3カ国はいずれも経常収支は赤字であった。財政赤字の削減の機運が高まるに伴って金利に低下がみられた点は共通であったが、イタリアとスウェーデンではそれが通貨危機後の実質実効レートの緩やかな減価をもたらし、これが経常収支のかなりの黒字をもたらすことになった。一方、アメリカでは、実質実効レートはあまり変化せず、経常収支の赤字にもあまり変化はなかった。これは、アメリカの内需が比較的堅調であったためでもあるが、アメリカが大国であることや基軸通貨国であることも影響していると思われる。

これら3カ国の経験を我が国の状況と対比させつつ要約すると、以下の点が指摘される。

第一は、財政再建と景気回復の自律性の問題である。景気の自律的回復がはっきりしてから財政再建を行うことが重要と考えられる。我が国の97年度からの財政構造改革の経験を振り返ると、金融機関の不良債権問題など構造問題を抱える中で、97年秋以降、金融機関破綻による金融システム不安やアジア通貨危機等を背景として、9-12月期以降5四半期連続マイナス成長となるなど景気が急速に厳しさを増していったことを受けて、政府は、まずは当面の景気回復に全力を尽くすため、98年末に財政構造改革法を凍結することとした。こうした意味で、結果として見ればタイミングが悪かったとも考えられる(28)。

第二に、財政再建の内容である。国民の将来に対する不確実性を低下させるとともに、将来の効率的な政府の姿がはっきりとわかるような形で財政再建を行うことが、財政再建に伴うデフレ効果を緩和する上で重要と考えられる。

第三に、経常収支や為替レートとの関係である。まず我が国は、これら3カ国と異なり、経常収支が黒字であることから、財政赤字削減に伴って金利が低下する度合いが小さく、この面からは、民間需要の押上げ効果が限られたものとなる可能性がある。次に、大国かどうか、基軸通貨国かどうか、という面では我が国はアメリカ・スウェーデンの中間にあると考えられる。したがって財政赤字の削減は我が国の経常収支の黒字をある程度増加させると考えるべきであろう。

3.公的部門の経済安定化機能

我が国で、不況期において公的部門の経済安定化機能が積極的に活用されたことが公債累増の原因の一つであったと考えられる。ここでは、90年代に活用された財政の経済安定化機能の様々な側面について、その課題を考察する。

1)財政の景気調整機能

(財政政策の経済効果)

公共投資の乗数効果が低下しているのではないかという点については、多くの議論があり、経済白書(1) においても、既に何度か検証してきた。これまでの議論を整理すると、乗数低下の理由として、①限界消費性向が低下したこと、②限界輸入性向が上昇し外需への漏れが生じていること、③経済の国際化が進んだことにより公共投資を増やしても金利が上昇して円高となるため景気拡大効果が減殺されること(マンデル・フレミング効果)、④公債発行によって公共投資を増やしても国民が将来の税負担の増加を予想して貯蓄を増やし消費を手控えてしまうために効果が減殺されること(リカードの等価定理(中立命題))、といった点が指摘されてきた。これに対し、①の限界消費性向の低下や②の限界輸入性向の上昇については、乗数を低下させる方向に変化している可能性は否定できないことが検証されているが、③のマンデル・フレミング効果については、政府支出の拡大が金利や為替レートに与える影響が弱まっていることから、乗数効果がこの要因によって弱まったとは言えないとの検証があるほか、財政政策と同時に金融政策も緩和されることが多い点も考慮すべきとの指摘もある。他方、マクロ計量モデルにおける公共投資の乗数は、新しいモデルほど低下しているように見えるが、これについて分析した研究(2) によれば、モデルの乗数の歴史的変化自体はモデルの枠組(背景理論)に大きく影響を受けており、実際に80年代と90年代について同一構造のモデルで乗数の比較を行い大きな変化がなかったことを検証している。

以上のような議論を踏まえると、90年代に入って、政府支出の乗数効果を弱める方向に作用する要因があることは否定できないが、それによって、財政政策の効果が失われるというほどの影響はなかったものと考えられる。しかし、大幅な財政赤字を抱え、公債残高が累増している現在のような状況において、財政政策の効果を考慮する時には、④に挙げたリカードの等価定理(中立命題)に沿った消費者の行動がどの程度みられるかが重要な鍵となる。そこで、以下では、中立命題について若干の考察を行う。

我が国についてのこれまでの実証研究では、経済白書の推計も含め有意に中立命題が成り立つという検証は少ない(3)。ただし、相当程度の財政赤字の悪化が継続した場合や、信頼に足るような着実な財政再建が継続した場合には、消費者が財政収支の変化をより強く意識することから、中立命題が成り立ちやすいという研究もある。こうしたことから、日本では、財政赤字の大幅な増加を背景に、最近になってより中立命題が成り立ちやすくなっているのではないかとの指摘もある。そこで、最も簡単な消費関数と貯蓄関数を用いて、最近までのデータを使って中立命題の証明を行った。ここでは、一般政府の赤字が発生し始めた1974年度を境として、1957~1973年度、及び1974~1998年度の2つの推計区間について推計を行った。中立命題が成立するのであれば、政府支出の公債による調達と課税による調達の代替は消費に影響を与えず、貯蓄にのみ影響を与えるはずである。付表2-2-3(1)は推計の結果であるが、いずれの推計区間においても、一般政府の資金調達手段の変化が消費にも影響を与えており、中立命題が厳密に成り立つとは言えないとの結果が得られた。しかし、1974~1998年度についてみれば、一般政府の資金調達手段の変化の影響が消費よりも貯蓄に強く出る傾向があることから、弱いながらも近年では中立命題が成り立ちやすくなっている可能性が示唆されている。

ただし、97年度には、消費税率引上げ等を行ったが、消費性向は中立命題から示唆される(4)とは逆に低下した。これは、主に消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動減が97年度4~6月期に生じたこと、97年度秋以降に金融不安が雇用不安などにも及んだことから、消費者マインドが悪化したことによると考えられる。

(なぜ財政政策が頻繁に用いられるか)

既にみたように、我が国は、他の国と比べて、景気と構造的財政収支の相関関係が強く、不況期に裁量的財政政策が頻繁に用いられる傾向がある。他方、他の先進国をみると、最近では、景気調整に関して財政政策はせいぜいビルト・イン・スタビライザー機能(不況による税収の減収や失業給付増加などによる景気自動安定化機能)を果たす程度しか期待されていない。以下、その理由を考察してみよう。第一に、国民負担率が既に所得の50%前後まで上昇している欧州諸国では、国民の財政に対するコスト意識が高い上、財政赤字の副作用としてのインフレ率の上昇や高金利、為替の減価が経済活力を奪うものであると考えられてきた。一方で我が国においては、既に述べたとおり、これまでは、財政赤字の増大が長期金利の上昇といった副作用をもたらす効果が小さかった。財政赤字の帰結についての不安もかつてはより小さかった。第二に、我が国ではビルト・イン・スタビライザーの効果が相対的に小さいこと(後述)も、一つの理由と考えられる。第三に、我が国では社会資本整備の水準がまだ低いことも、不況期に公共事業が増やされた背景の一つにあると考えられる。

(GDPギャップと裁量的財政政策)

潜在的な生産能力と現実のGDPとの差であるGDPギャップの大きさに応じて、裁量的財政政策を発動するという考え方があるが、これは果たして合理的であろうか。まず、GDPギャップの計測の仕方にはいくつかの方法がある。一つは実際のGDPの経路から一時的変動を除いたトレンドを測る(5)のであり、もう一つは生産関数に基づき生産要素をフルに稼動させた場合に達成可能な水準(いわゆる潜在GDP)を計算する方法である。前者については、その推計に用いる情報量が少なく、計算が比較的簡単であるというメリットがある。他方で、デメリットとして、景気循環の山谷を特定しなければ計算できないということがあり、特に、足許まで計算するためには次の山谷についての想定を置く必要があり、そこに恣意的な要素が排除できない。すなわち、不況の最中にその深さを計測しようとすると大胆な前提が必要となる。一方、後者の生産関数アプローチについては、より多くの情報に基づいて推計されること、及び景気の山谷に仮定を置かなくとも足許まで計算できるというメリットがあり、OECDのような国際機関をはじめ広く用いられている。しかし、デメリットとしては、生産関数の計測に技術上の問題点(6)があること、全要素生産性の上昇率に屈折があったと想定するかどうかによって結果が左右され、この点に恣意性が残ること、特に労働投入に関し何をフル稼働と見るかについて必ずしも一義的な基準がないこと、などが挙げられる。このため、仮に全要素生産性上昇率や労働時間などに下方屈折があったのに、従来どおりとの想定が置かれている場合にはGDPギャップを過大に見過ぎてしまうという懸念がある点には注意が必要である(第2-2-3(1)図)。

また、こうした計測上の問題以外にも、注意すべき点がある。例えば、資本をフル稼働させることが政策目標として望ましいか、ということである。不稼働資本の中には陳腐化したものもあるし、経営判断や経営努力の甘さの帰結であるものもある。資本がすべて稼働されることを政府が保障することは長期的にみるとモラル・ハザ-ドを招くことになりかねない。

(90年代の不況と財政の景気調整機能)

このように、GDPギャップの大きさを目安として裁量的な財政政策を用いることには問題があるとすると、裁量的な財政政策は原則としてやめ、景気調整はビルト・イン・スタビライザーの範囲で行うということは可能であろうか。第2-2-3(2)表は、OECDの試算による各国の自動安定化機能の効果の大きさを示したものである(7) 。これを見ると、日本の自動安定化機能の効果は、GDPの1%の変動によって一般政府の財政収支が対GDP比で0.25%程度変動することを示している。この大きさは、他の先進国と比べると、アメリカと並んで最も低い値となっている。自動安定化機能は、税収や歳出のGDP弾性値に依存するとともに、そもそも歳出や歳入がGDPに占める大きさ自体にも依存する。日本の自動安定化機能が他のOECD諸国と比べ低いのは、歳出や歳入のGDPに占める規模が小さいことにも原因がある。こうしたことを考慮すると、90年代に経験したような厳しい不況に直面した際には、財政のビルト・イン・スタビライザー機能だけで景気の調整を行うことは、やはり困難であったと言わざるを得ない。

そうなると、財政政策には、景気底割れの懸念があるような厳しい局面においては、何らかの積極的な役割を果たすことも求められる場合もあることは否定できない。ただし、これまでも見てきたように、構造的な成長率が下方屈折した場合にGDPギャップが過大に認知される危険性や、現在の高い貯蓄率のために財政赤字のコストが過少に認知される危険性などによって、景気調整という目的以上に裁量的財政支出が行われる可能性があることには注意が必要である。また、不況の原因が構造的な問題にある場合には財政政策の役割は暫定的なものにとどめ構造問題に取り組んでいく必要があろう。

2)地方財政の悪化について

近年の我が国経済の厳しい状況の中で、税収の低迷、数次にわたる経済対策における公共事業等の追加、減税の実施などにより、地方公共団体の財政状況は悪化しており(8)、極めて厳しい状況にある。以下では、こうした地方財政の状況について概観する。

(地方財政悪化の状況)

近年、地方の財政状況が急速に悪化している。98年度の地方財政の決算をみると、東京都、神奈川県、愛知県、大阪府の4団体が実質収支(9)で赤字となった。都道府県でも赤字団体が発生したのは、81年以来17年ぶりのことである。地方公共団体が将来にわたって負担すべき借入金残高も大幅に増加しており、98年度末において総額約163兆円、名目GDPの32.8%にも上っている(第2-2-3(3)図)。その内訳をみると、まず、地方公共団体の債務の中心である地方債現在高は約120兆円である。このうち、一般公共事業債が15.6%(18.7兆円)、一般単独事業債が40.0%(48兆円)と大きな割合を占めている。次に、地方公営企業の企業債は98年度末で55兆円に上っているが、このうち地方公共団体の普通会計による負担分は25兆円である。これらに加え、交付税特別会計における借入金(地方負担分)が約18兆円(10)存在する。以下では、こうした地方財政悪化の状況を、歳入面、歳出面に分けてみていく。

(変動の激しい都道府県税収入)

地方全体の税収の動向を見ると、91年度から94年度にかけて大幅に減少し、その後、やや持ち直したものの低迷した状態が続いている(第2-2-3(4)図①)。こうした税収の落ち込みの要因としては、第一に、バブル崩壊後の経済の低迷、第二に、個人住民税の減税等がある。税収の落ち込みは、都道府県税の減少によるもので、とりわけ大都市圏での減少が顕著である。これは、都道府県税では、事業税の法人分、道府県民税法人分のいわゆる法人二税がそれぞれ27.5%、5.6%を占めるなど、景気変動の影響を比較的受けやすい構成となっているためである。第2-2-3(4)図②は、98年度決算において実質収支が赤字となった東京都、大阪府、愛知県、神奈川県の税収の動向を示したものであるが、いずれにおいても法人二税の減収が大きく、税収全体が若干持ち直している98年度時点においても89年度比で3割から4割以上の減収となっている。

このような状況のもとで、地方分権を支える安定的な地方税源の確保等の観点から、法人事業税への外形標準課税の導入に向けた具体的な検討が進められている。

(公共事業の拡大)

90年代に入ってから、地方公共団体の公共事業は大きく増加した(第2-2-3(5)図)。地方公共団体の投資的経費の大半を占める普通建設事業費の推移を見ると、80年代後半から90年代前半にかけて大きな伸びを示しているが、特に地方単独事業費が急増している(11) 。この傾向は特に市町村において顕著であり、90年代に入ると補助事業費の2倍以上となる状態が継続している。地方単独事業費が大きく伸びた背景には、地方が自主的・主体的に、地域の実情に応じて積極的に住民に身近な社会資本の整備を進めたことに加え、92年度以降の数次にわたる国の経済対策を受けて、地方公共団体が単独事業を行ってきたことがあげられる(12) 。

(地方債の発行額の増加)

公共事業の拡大は、地方公共団体の基金の取り崩しのほか、地方債の発行によってファイナンスされてきた。地方債の目的別発行条件を見ると(第2-2-3(6)図①)、地方単独の公共事業を対象とする一般単独事業債が90年代に入って大きく増加している。国庫の補助を受ける事業の地方負担分である一般公共事業債についても92年度から急激に増加している。

公共事業の財源に占める地方債の割合も高まっている。第2-2-3(6)図②を見ると、普通建設事業費の財源に占める地方債の割合は、80年代には30%前後であったが、その後急速に増加し、98年度には45%にまでなっている。

これらの地方債の増加に伴って、近年地方公共団体の公債費は急増しており、98年度決算の歳出総額に占める公債費の割合は10.8%となっている。

(地方財政の悪化と地方分権)

地方財政の悪化は、税収の低迷、数次にわたる経済対策における公共事業等の追加、減税の実施などによることは、先に指摘したとおりである。当面は、景気を民需中心の本格的な回復軌道に乗せることが重要である。また、国・地方を通ずる行財政の簡素効率化等を推進することが必要である。

他方、今後、地方分権という大きな流れの中で見ると、機関委任事務制度の廃止、国の関与・必置規制の整理合理化、権限委譲にあわせて、地方公共団体の財政面における自己決定権と自己責任を確立することが重要である。

3)財政投融資の役割

財政投融資は、国内の貯蓄を社会資本整備等に効率的に活用する財政政策手段として、我が国の経済発展に貢献してきたが、経済全体の成熟化、市場機構の整備が進むに伴い、これまで果たしてきた役割の一部について見直しが必要となっている。また、バブル崩壊後の不況期において、景気対策の一環として活用されるにつれて、公的金融の肥大化に対する懸念も指摘されるようになった。そこで、以下では、財政投融資がこれまで果たしてきた役割を簡単に評価するとともに、現在進められている改革の方向性について概観する。

(財政投融資の機能)

まず、財政投融資の仕組みを概観しよう。財政投融資には、郵便貯金や公的年金の積立金といった有償資金の資金源(入口機関)と、実際に投融資活動を行う財政投融資対象機関(出口機関)があり、両者の中間に資金のやりとりを一括管理する資金運用部が存在する。98年度実績見込において、財政投融資の原資をフロー・ベースの内訳でみると、第2-2-3(7)表のように、郵便貯金が12.2兆円と最も大きく、次いで、年金積立金が5.7兆円となっている。また、財政投融資によって一度供給された資金が再度供給される回収金の比率が5割を超えている(57.8%)。こうして集められた原資は、公団、公庫等といった財政投融資対象機関に供給されるほか、国の特別会計や地方公共団体に貸し付けられ、さらに国債等の購入にも充てられている。出口機関別に財政投融資計画の残高(平成10年度末)を見ると、住宅金融公庫が72兆円、年金福祉事業団が35兆円、日本道路公団が21兆円、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)が16兆円、公営企業金融公庫が15兆円となっている。

財政投融資の規模の推移をみると、初めて「財政投融資計画」が作成された1953年度には、当初計画額は3228億円(対GNP比4.3%)であったが、その後、拡大を続け、2000年度の当初計画額は43兆6760億円(対GDP比8.8%)となり、資金運用部の資産残高も1998年度末で436兆円と、対GDP比87.7%になっている。この間、財政投融資の使途も大きく変わり、運輸・通信などの社会資本整備や産業政策の割合が低下し、住宅、生活環境整備など生活関連分野の割合が高まっている(付表2-2-3(3))。

(諸外国の公的金融制度)

欧米諸国にも、日本の財政投融資制度と同様な公的金融制度があるが、国によってその活動範囲や規模、資金供給の方法などは大きく異なっている(第2-2-3(8)表)。

まず、公的貯蓄機関からみると、日本の郵便貯金のような制度はフランスにもあり、他の国でも何らかの公的な貯蓄銀行が存在しているところは多い。貸出を行う公的金融機関についても、ほとんどの国に存在する。ただし、その資金調達についてみると、多くの国が債券発行によって直接市場から資金調達を行っている。公的金融機関の所有形態については、必ずしも政府所有とは限らず、民間所有の場合もある。ただし、そうした民間所有の形態はとっていても、その発行債券に政府保証がつけられたり、政府からの補助金を得たりといった形で、政府の影響下に置かれていることが多い。公的金融の与信の形態としては、日本のように直接的に民間部門に融資を行うといった形態だけでなく、アメリカのように、支払い利子の減免、ローンの買取、保険・保証などの信用補完が中心となっている国もある。また、イギリスの国家貸付資金勘定(NLF)のように、公的金融の融資先が政府関係機関、国営企業、地方政府など公共性の高い機関に限定されている場合もある。

以上のような制度的な違いから、単純な比較は困難であることを留保した上で、公的金融が金融活動に占める割合の一例をとると、日本はフランスと並んで高い方に属している(第2-2-3(8)表)。

(財投機関と補給金等)

財政投融資機関(財投機関)については、国の政策実現の一翼を担うという性質から、一般会計から財投機関に対して出資金や補給金等が支出されることがある。例えば、一般会計から公庫等への補給金等の推移をみると、80年代は緩やかに増加しており、90年代前半に一時減少したが、金利が低下してきた94年ごろから再び増加している(第2-2-3(9)図①)。こうした背景には、利ざやの縮小や繰上償還などの影響により公庫等の収支が悪化したことが考えられる。利ざやについては、公庫等が貸付金利の基準としている長期プライムレートと資金運用部からの貸付金利である預託金利(10年物国債の表面利率と連動)の差が縮小しており、おおむね0.5~2.0%で推移してきた両者の差が、90年代に入ってさらに縮小していることがうかがえる(第2-2-3(9)図②)!また、住宅金融公庫の金利などについては、良質な住宅ストックの形成を図るなどの政策目的を実現するため,政策的に金利が低く抑えられてきた。このため、70年代から80年代前半のように金利が高い水準で推移している場合には、公庫等の貸出金利が預託金利を下回り、一般会計からの補給金等でこれを補う必要がある(第2-2-3(9)図③)。さらに、住宅金融公庫の住宅ローンについては、期限前償還(繰上返済)が認められているため、金利の低下局面では繰上返済により財務状況が悪化する傾向がある。

国から財投機関への財政支出は、政策の実現に必要な政策コストとして捉えるべきものであり、存在自体を問題すべきものではない。しかし、資金調達方法の多様化などにより、資産負債の管理を適切に実施し、財務体質の改善に努める必要もある。また、財政投融資を活用している事業の実施に要する政策コスト(国から将来にわたって投入される補助金等)がどの程度になるのか国民に明らかにされていないという指摘があった。このような指摘も踏まえ、政策効果の実現のために国民がどれだけの負担をすることになるかについて、国民に対して分かりやすく説明することが求められている。

(財政投融資をとりまく環境の変化)

財政投融資制度を取り巻く経済・社会環境は、貯蓄不足社会から貯蓄超過社会へ、規制による金融システムから自由化された金融システムへ、経済成長優先の単一的価値観が支配的であった社会から多様な価値観を持った社会へと変化し、また、財政システム自体も、均衡財政から公債残高の累増による財政逼迫状態へと変化した。こうした中、財政投融資制度についての様々な問題点が指摘されるようになった。例えば、資金運用審議会懇談会とりまとめ「財政投融資の抜本的改革について」では、具体的に以下のような点が指摘されている。

①資金調達面からみた問題点

- 資金が統合管理・運用されていることにより、原資が豊富にある場合、貸付や事業を行う出口機関の規模の肥大化を招く危険性がある。

- 預託者側の事情、特に年金財政に配慮して、資金運用部への預託金利が市場金利を上回るものとなっているため、預託金利と同一水準である資金運用部から財投機関への貸付金利はその分だけ割高となり、各機関における調達コストが引上げられ、場合によっては各機関に対する一般会計からの補給金等が増加することになっている。

②資金運用面からみた問題点

- 政策コストを十分に分析しないままに融資が行われたため、国鉄清算事業団や国有林野事業特別会計に対する財政投融資など、当面の財政負担の軽減となり、結果として後年度の負担の増大を招いたと考えられる例がある。

- 財政投融資は一般会計に比べて財源面での制約が小さかったことから、結果的に財政投融資の対象となっている特殊法人等に対する安易な貸付が増大し、財政投融資の肥大化を招いた可能性がある。

- 貸付金利が、貸出期間にかかわらず一律の金利となっていることから、借入側にとっては、プロジェクトの採算性が低い場合などにおいて、借入期間を長くして単年度の元本返済額を小さくするインセンティブが働きやすい。

(財政投融資改革の方向性)

上記のような課題を克服するため、財政投融資制度の改革が行われ、2000年5月にはそのための関連法案が議決された。今回の改革の基本的考え方は、郵便貯金・年金積立金の全額が資金運用部に預託される制度から、特殊法人等の施策に真に必要な資金だけを財投債や財投機関債によって市場から調達する仕組みへと抜本的な転換を図ることにより、財政投融資制度と市場原理との調和を図るとともに、特殊法人等の改革・効率化を促進することである。さらに、財政投融資の対象分野・事業については、政策コスト分析などの適切な活用を図り(13) 、民業補完、償還確実性等の観点から不断の見直しを行うこととしている。

4.公的支出のファイナンス方法とその経済的含意

我が国の一般政府の債務は既に名目GDPの額を超え、先進国中でも最も高い水準に達しているが、ここでは、公的部門の債務が実際にどの主体によってどのような形でファイナンスされているのか、また、公的部門の赤字が我が国の資金循環やミクロで見た国内の各経済主体の行動にどのような影響を与えているかを分析する。加えて、最も一般的な公的債務のファイナンス手段である国債に焦点を当てて、公債残高が累増する下での国債管理の課題を探る。

1)我が国の資金循環における公的部門の位置付け

まず、ストックベースで公的部門の金融資産や負債がどのようになっているかを見てみよう。国民経済計算をもとに、一般政府の金融資産・負債についてのバランス・シートを見ると(第2-2-4(1)図)、一般政府全体では、1998年度において、金融資産が427兆円、金融負債が590兆円となっている。主体別にみると、金融負債については中央政府の割合が最も高く、454兆円、地方政府が149兆円となっている。他方、金融資産については、社会保障基金が245兆円と最も高く、中央政府・地方政府合わせても196兆円とその8割程度にとどまっている。ただし、社会保障基金の金融資産は将来の年金給付に充てられる預り金であり、財政収支の補填のために費消できない性格のものである点に留意が必要である。

公的部門の債務は、様々な金融仲介チャネルを通じて、最終的には、家計や企業といった民間部門によってファイナンスされている。第2-2-4(2)図はその詳細を示したものである。この図をみると、我が国では、公的部門の債務のかなりの割合が公的金融機関等の公的部門を通じてファイナンスされている。また、家計は、そうした公的金融機関の原資として郵便貯金、簡易保険、年金に資金を提供するとともに、生命保険や銀行預金等を通じても間接的に公的債務をファイナンスする形になっていることが分かる。

次に、フロー・ベースの資金の流れを見るために、公的部門を含む部門別の貯蓄投資差額をみてみよう。まず、一般政府に注目すると、バブル崩壊後は累次の経済対策や税収の落ち込みによって資金不足幅が拡大している(第2-2-4(3)図)。96年度、97年度には資金不足幅がやや縮小したものの、98年度には再び上昇に転じ、国の一般会計が承継した国鉄長期債務や国有林野累積債務を合わせると、対GDP比で10.9%と戦後最高の水準に達している(国鉄・国有林野債務継承分を除くと5.5%)。他方、公的部門以外で90年代に入って大きな変化を見せているのが法人部門である。非金融法人部門は、90年代以前は一貫して金融部門から設備投資資金等を借りうける資金不足主体であったが、バブル期の90年度に資金不足がピークを付けて以降、急速に資金不足幅が縮小し、年によっては逆に資金余剰主体となっている。とりわけ、98年度についてみると、法人部門の資金余剰幅は、国鉄・国有林野債務が政府に移管されたこともあり、対GDP比7.3%と、部門別でみて家計と並ぶ資金供給者となっている(国鉄・国有林野債務継承分を除くと1.9%)。こうした背景には、企業部門がバブル崩壊後設備投資を手控えていたことに加え、過去の債務を積極的に返済していることがある。家計部門は一貫して資金余剰主体であるが、80年代半ば以前に比べると資金超過幅が低下している。海外部門は、経常収支の黒字を反映して、80年代以降、一貫して資金不足となっているが、90年代に入ってからも大きな変化はみられず、対GDP比2%~3%程度の範囲で推移している。このように、90年代に入ってからのフローでみた国内資金過不足の傾向としては、公的部門の資金不足の拡大がみられる一方で、法人部門の資金不足の縮小あるいは資金余剰の拡大がそれを相殺する形になっている(第2-2-4(4)図)。

2)日本の国債市場の特徴

我が国の公的債務残高は2000年末においてGDPの114.1%と先進国中最も高い水準に達すると見込まれているが、これを反映して、日本国債の売買市場もアメリカ国債に次ぐ2番目の規模に達している(第2-2-4(5)表①)。ここでは、各国比較もまじえながら、我が国の国債市場に関する特徴を概観する。

第2-2-4(5)図②は、主体別にみた公債保有の状況を日本,アメリカ,ドイツで比較したものである。これによると、我が国では、公的部門の公債保有の割合が44%と、ここで比較した国の中では最も高く、他方で、非居住者による保有割合は6%と最も低い。また、国内民間金融機関による保有は34%と、アメリカと同程度だがドイツと比べると低い。中央銀行の保有は11%と、アメリカよりも低いが、ドイツよりも高い割合となっている。他の国についてみると、アメリカでは政府による保有は7%程度だが、中央銀行の保有は12%と比較的高く、非居住者による保有も35%と高い。ドイツでは、政府及び中央銀行を合わせた公債保有の比率はかなり低く、非居住者による保有は31%と比較的高い。

以上のように、主体別に見た国債の保有状況をみると、我が国の特徴の一つは、公的部門の保有比率が高いことであると言えよう。これは、公的部門の金融資産保有が多いためであるが、その背景には、他の国と異なり、公的年金基金の積立額が比較的多いことや、郵便貯金や簡易保険が大量の資金を集めていることが考えられる(1)。

次に、国債市場の大きさや流動性についての国際比較を見てみよう。まず、債券市場における国債の占める比重について見ると、日本では国債が債券市場の59.0%を占めており、アメリカの44.2%、ドイツの38.8%と比べると比較的大きな割合を占めている(第2-2-4(6)表)。しかしながら、国債の流動性に関する指標として、1年間の国債の売買高(現物)を国債発行残高で割った回転率を国際比較すると、日本は6.9と、アメリカの22.0と比べるとやや低い水準にとどまっている(同表)。また、市場でアベイラブルな最良の気配(ベスト・ビッド)と売り気配(ベスト・アスク)の差であるビッド・アスク・スプレッドを見ても、日本は他の先進国と比べて広く、流動性が低い可能性が示唆される(同表)。

また、国債の年限の多様性も市場流動性に影響を与える可能性がある。一般に、それぞれの年限の直近発行銘柄(2)は、発行されて間もないことから市場での入手が容易である。しかし、発行が一部の年限に集中していると、必ずしも投資家の望む年限の直近発行銘柄が市場で入手できず、結果として市場全体の流動性を低める要因となる(3)。そこで、国債の年限別の発行残高の割合をみると、我が国では、これまでは10年超の超長期国債や1年から5年の中期国債の割合が他の国と比べると相対的に低く、10年債の発行残高が多かった(第2-2-4(6)表)。このように、今のところ、日本の国債市場は、他の先進国と比べて流動性や多様性がやや欠けている面がある。そこで、スムーズな国債消化を促すために、1999年には割引短期国債1年物及び30年利付国債が、2000年2月には5年利付国債が導入されるなど、償還年限別の発行額について市場のニーズを十分に勘案し、確実かつ円滑な消化が図られることとなった。2000年度中には15年変動利付国債が発行され、3年割引国債が導入されるなど、償還年限の一層の多様化が図られてきている。第2-2-4(7)図は、国内の国債市場における償還年限別の国債残高の構成比を示したものであるが、徐々に10年物の比重が低下し、より短期のものや超長期のものの比重が高まりつつあることが分かる。加えて、1999年度税制改正においては、有価証券取引税が廃止されたほか、非居住者・外国法人の受け取る一括登録国債の利子に対する源泉徴収を免除する措置がなされたが、これにより海外投資家の国債保有が促進されることが期待される。

国債市場の流動性を高めることは、以下の点で重要である。第一に、市場流動性の向上は、大量に発行される国債の消化を容易にする。流動性の高い市場では、保有債券を即座に現金化できるため、投資家が債券を買い増す際に要求する追加的な利回りは低下し、発行コストの低減に資することが考えられる。第二に、国債の年限別の構成が多様化し市場の流動性が高まることにより、国債のイールドカーブが他の金融商品の値付けの際のベンチマークとして機能するようになれば、社債市場を含む証券市場全般の発展に資する可能性があると考えられる。

(国債保有者としての金融機関)

国債は、今や金融市場において代表的な資金運用手段の一つであるとともに、市場の重要なベンチマークとしての役割も担っている。過去にも、70年代の国債大量発行による国債流通市場の発達が、その後の預金金利自由化の端緒となった。以下では、民間金融機関や中央銀行といった各国債保有主体のバランスシートを分析し、国債がそれぞれの主体にとってどのような金融手段としての役割を果たしているのかを分析する。

まず、日本銀行についてみると、国債流通残高に占める日銀保有分の割合は75年の33.5%からその後大幅に低下し2~10%程度で推移している(第2-2-4(8)図)。1975年以前は、新発国債は民間金融機関からなる国債引受けシンジケートが一旦その全てを引き受け、一定期間後にそのほぼ全額を日本銀行が買オペで吸収していた。しかし、75年度からは、国債の大量発行に伴い日銀の買オペ額の比率は低下し続けた。

日本銀行が市中金融機関等を対象に行う長期国債オペには2つのタイプがある。一つは、長い目でみた日銀券の増加トレンドにほぼ見合うように長期国債の買切りオペを行うことである。もう一つは短期的な金融調整手段として金融市場への一時的な資金供給を目的とする金銭担保付の国債借入オペ(いわゆるレポ・オペ)である(4)。このうち、前者について、成長通貨との関連を検証するために、日銀券残高と国債保有額を対応させてみると、両者はほぼ見合って増えている(5) ことが分かる(第2-2-4(9)図①)。これは、アメリカの連銀についても同様である(第2-2-4(9)図②)(6)。

次に、民間金融機関についてみると、80年代以降、国債市場におけるその保有比率はほぼ45%程度で推移している(前掲第2-2-4(8)図)。また、都市銀行の全資産に占める国債の割合の時系列的な推移もほぼ同様の動きであったが(第2-2-4(10)図)、最近時点をみると、99年に入ってからやや上昇傾向がみられる。これは、資金需要の低迷によって貸出が伸び悩む一方、国債価格の上昇により、キャピタル・ゲインの見込める国債保有の割合を銀行が高めたと見ることができる。

最後に、公的金融機関の国債保有については、80年代に顕著な変化がみられ、国債保有主体別のシェアは80年の16.6%から90年には37.9%まで上昇している(前掲第2-2-4(8)図)。これを、公的金融機関別の割合でみると、1980年代半ば頃から、郵便貯金の自主運用の開始を受けて、郵貯・簡保の割合が高まっており、97年では全体の29.1%を占めている(第2-2-4(11)図)。公的金融の原資は、郵貯・簡保、あるいは厚生年金積み立てといった安全性の高さが求められるものであることから、その資金運用手段として国債の役割が大きいことは当然であろう。

以上から、国債はそれぞれの保有主体に対して、安全資産としての運用先を提供するとともに、金融市場での取引のベンチマークとしての役割を担っている。最近では大量の国債発行が続いているが、今のところ、国債は各主体によって円滑に消化されている。しかしながら、今後も、国債の円滑な市中消化を図るためには、国債の金融商品としての魅力をより高めることが重要である。また、残高の増加に伴って財政規律がより厳しく市場から求められる可能性があることにも考慮する必要がある。

5.持続的発展のための公的部門の課題

公的部門のあるべき姿については、透明性を高める中で、国民の選択によって決めていくものである。ここでは、そのための参考として、本節の考察に基づいて、今後の公的部門の課題を考える。

現下の最大の課題は、巨額に達した財政赤字の問題である。現在の巨額の財政赤字は、既に見たように、これまでのところ経済に悪影響を与えるという事態には至っていないが、持続可能とは言えない。このため、中長期的には財政赤字を削減していく必要があることに異論はないと思われる。ただし、我が国のように、国内の貯蓄超過が存在しているような経済では、財政赤字削減は一定の需要抑制的な効果を持つこととなることから、財政再建に当たっては、まずは景気の本格的回復を確実なものにする必要があろう。財政再建の内容についても、国民の将来に対する不確実性を低下させるような形で行うことが、財政再建に伴うデフレ効果を緩和する上で重要と考えられる。また、財政赤字削減と並行して民間消費や設備投資が活発化するような政策を講じていくことも重要であろう。さらに、財政支出についても潜在需要の発現につながるような分野を重視していく必要がある。

具体的な例としては、前節で議論したような技術革新を支える政策を推進することは、直接的に消費や投資を増加させるのみならず、期待成長率の上昇を通じて消費性向や設備投資の増加をもたらすと考えられる。また、仮に、消費者の将来不安によって消費が抑制されている状況の下では、社会保障の総合的なビジョンを示すことによって将来に関する不確実性を低下させることが消費性向の上昇につながる(1)ことが期待される。また、介護保険が円滑に実施され介護ビジネスが振興されれば、将来要介護状態になった場合に備えて個人毎に蓄えられている金融資産の必要性は低下し、消費の喚起につながることが考えられる。さらに、高齢者の消費環境の整備(2)などが進めば、潜在的な需要が発現し、消費性向が上昇する可能性がある。

また、一方で政府支出の効率的利用を促進するよう構造的改革を進めることが重要である。具体的には、適切なコスト意識なく政府支出を増加させるような制度的誘因をできる限り排除するとともに、公共サービスにかかる政府支出についても、その費用・効果を正確に把握し、効率性を高めていくことが重要である。その関連では、本年5月には財政投融資制度の改革が決定されるとともに、来年初からは、中央省庁再編を含む大幅な行政改革が行われようとしているが、そうした改革を実効性のあるものとするよう努める必要がある。

 


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