第3節 円安によるコスト増加の円滑な転嫁
2012年秋以降、為替が円安方向へと動く中で、輸入物価の上昇による交易条件の悪化や、価格転嫁の遅れによる企業収益への影響が指摘されている。投入価格から産出価格への転嫁が十分に進まず、企業の生み出す付加価値が圧迫されると、「付加価値の価格」であるGDPデフレーターの上昇が抑えられ、賃金の改善の遅れにつながることなどが懸念される。
そこで本節では、まず、我が国の交易条件の長期的な動向と変動要因を整理するとともに、最近の為替変動が交易条件に与える影響について確認する。その上で、国内の各産業へと視点を移し、投入価格から産出価格への転嫁状況を検証する。産出価格と投入価格の差は、一単位の産出で生み出される付加価値の額を示しており、この付加価値部分が利潤や賃金となって資本と労働に配分される。ここでは、投入物価指数と産出物価指数を用いることで、投入物価から産出物価への転嫁状況とその付加価値への影響を分析する。
1 交易条件の長期的動向と変動要因
2012年秋以降の円安局面において、輸入物価の上昇に伴い交易条件が悪化している。ここでは、1980年代以降の長い期間で、円安・円高局面、資源高局面における交易条件の変動要因を整理するとともに、最近の交易条件の動向を確認する42。
(石油製品の輸入物価が交易条件の変化のかなりの部分を説明)
交易条件とは、輸出財と輸入財の相対価格のことであり、「輸出物価÷輸入物価」により求められる。交易条件の悪化は、輸出財一単位で購入できる輸入財の減少を意味し、日本から海外への所得流出の原因となる。日本の交易条件を考える際、資源を輸入して工業製品を輸出する日本の貿易構造を踏まえると、資源の輸入価格、工業製品の輸出価格、それに為替レートが重要な要素となる。そこで、交易条件の変化を「為替要因」と、契約通貨ベースの「輸入物価要因」、「輸出物価要因」に分解してみる。また、輸入物価要因を「石油製品要因」と「その他」に、輸出物価要因を「電気・電子機器」と「その他」に分解し、主要品目の影響を取り出す(第3-3-1図(1))。これより、以下の三点が分かる。
第一に、輸入物価要因のうち原油や天然ガスといった石油製品要因が、交易条件の変化のかなりの部分を説明している。これは、エネルギー資源の多くを輸入に頼る日本の貿易構造の特徴と、その国際相場の変動の大きさを反映している。特に2000年以降は長期にわたって原油高が進行し、交易条件の悪化が続いた。こうしたことから、輸入エネルギーの投入を減らす技術革新を進めるとともに、より安価な調達先を模索することは、長い目で見て日本の交易条件の改善に資するといえる。
第二に、為替要因は、円安局面(図の網掛け部分)で押下げに、円高局面で押上げに寄与している。ここでの為替要因は、円ベース輸出入物価と契約通貨ベース輸出入物価の乖離から求めており、契約通貨ベース輸出入物価のうち外貨建て部分を円換算する際の影響を示している43。そこで、我が国の貿易決済通貨における外貨建て比率を見ると、輸出よりも輸入で外貨建て比率が高くなっている(第3-3-1図(2))。このため、為替レートの変動に対して、円換算したときの上昇・下落は輸出物価より輸入物価で大きくなり、為替要因は円安時に押下げ、円高時に押上げに寄与している。ただし、先の石油製品要因と比べれば、その寄与は小さい。
第三に、輸出物価要因のうち電気・電子機器については、85年のプラザ合意後の急激な円高局面を除けば、ほぼ一貫して押下げに寄与している。これは、技術進歩が速く値崩れが激しい財の特性によるものと考えられる。また、円安局面では下落寄与が拡大し、円高局面では下落寄与が縮小する傾向が見られる。この背景には、円安時には外貨建て価格を引き下げて輸出競争力を高め、円高時には外貨建て価格を引き上げて為替による損失を埋めようとする企業行動があると考えられる。ただし、リーマンショック後の2008年から2011年の円高局面について見ると、下落寄与の縮小は確認できず、外貨建ての価格を引き上げることができていない。このことは、我が国の電気・電子機器が、輸出先で競争力を失っている可能性を示唆している。
以上を踏まえ、最近の交易条件の動向を確認しておこう。石油製品を中心とした資源価格がおおむね安定する中で、為替が円安方向へと動いたことから、主として為替要因が交易条件の悪化に寄与している。また、供給過剰にあったパソコン向け電子部品で生産調整が進むとともに、スマートフォン向け電子部品の需要が好調に推移したことなどから、電気・電子機器要因の下落寄与は縮小しており、この点は交易条件の改善要因となっている。
2 製造業における価格転嫁と単位付加価値の動向
一国全体で見たとき、為替の円安方向への動きは交易条件の悪化要因となることが分かった。それでは、国内の各産業レベルで見た場合に、円安による輸入価格の上昇は産出価格に転嫁されているだろうか。投入価格の上昇を産出価格に転嫁できていれば、一単位の産出が生み出す名目付加価値(以下「単位付加価値」という。)は一定に保たれ、価格面から見たときの利潤や賃金への影響はない44。
そこで本項と次項では、投入・産出物価指数45を用いて、単位付加価値を投入物価要因と産出物価要因に分解し、業種ごとにその動向を見ていく46。
(産出物価の上昇により「付加価値デフレ」が改善)
まず、単位付加価値の性質と、以下で展開する議論の意義を整理しておこう。
単位付加価値は、産出一単位のうち利潤や賃金に配分される部分であり、産出価格と投入価格の差によって求まる。例えば、販売価格が100円、原材料費が50円の財の場合、その差の100円-50円=50円が単位付加価値に当たる。また、単位付加価値の変化は、「産出価格の変化率-投入価格の変化率×中間投入比率」によって求めることができる47。販売価格が100円、原材料費が50円の財の例でいえば、原材料費が10%上昇して一単位当たり55円になったとき、この投入コストの上昇分を全て転嫁するには、販売価格を5%引き上げて105円とすればよい。このことから、投入価格の上昇を過不足なく販売価格に転嫁するには、投入価格の上昇率10%に中間投入比率の50/100をかけて、10%×50/100=5%だけ販売価格を上げればよいことが分かる。これより、「産出価格上昇率>投入価格上昇率×中間投入比率」であれば、投入価格の上昇は産出価格に十分に転嫁されて単位付加価値は拡大し、逆に「産出価格上昇率<投入価格上昇率×中間投入比率」であれば、投入価格の上昇は産出価格に十分に転嫁されず単位付加価値は圧迫される。このように、産出価格変化率と投入価格変化率×中間投入比率の差を見れば、投入価格から産出価格への転嫁が十分か不十分か、その結果として単位付加価値が拡大しているか縮小しているかを見ることができる。
また、ここで用いる単位付加価値は、生産側から見たGDPデフレーターと同じ考え方に基づいている。生産側から見た名目GDPは、各部門の経済活動によって生み出された付加価値の額であり、「付加価値額=産出額-中間投入額」によって求められる。この(名目)付加価値額は、「一単位当たり付加価値額×数量」で表すことができ、後者の数量が実質GDPに、前者の一単位当たり付加価値額がGDPデフレーターに当たる。このように、生産側から見たGDPデフレーターとは、単位付加価値のことを表している。したがって、産出物価と投入物価を用いた単位付加価値の分析により、GDPデフレーターの下落によって利潤と賃金が圧迫される「付加価値デフレ」の状況を分析することができる。
それでは、日本の産業全体の単位付加価値を見てみよう(第3-3-2図(1))48。これより、原油から穀物まで広範な品目で資源価格が高騰していた2004年から2008年の局面では、投入物価から産出物価への転嫁が十分に進まず、単位付加価値の圧迫が続いたことが分かる。2009年には、リーマンショック後の資源価格の反落によって単位付加価値は一時的に回復するものの、その後、原油価格が再び上昇局面に入るなど、投入物価要因の押下げにより下落基調に戻った。為替が大きく円安方向へと動いた2012年秋以降について見ると、投入物価の上昇による押下げが見られる一方で、産出物価も同程度の押上げに寄与しており、全体として単位付加価値はおおむね一定に保たれている。こうしたことから、最近の為替動向は、一国の産業全体で見れば、単位付加価値に対してほぼ中立に作用していると見られる。また、我が国経済がデフレ状況に陥った2000年代を通して見ても、産出物価の上昇が投入物価の上昇と釣り合ったことは一度もなく、最近の状況は過去と比較しても付加価値デフレの改善傾向が強いといえる。
確認のため、単位付加価値とGDPデフレーターを並べてみると、先に述べたとおり、両者には明確な連動が確認できる(第3-3-2図(2))。このことからも、最近の円安局面では、投入価格から産出価格への転嫁が進み、GDPデフレーターの下落幅縮小につながりつつあると考えられる。
それでは、このような付加価値デフレの改善傾向は、国内のどの産業部門によってもたらされているのだろうか。また、付加価値デフレの解消に向けて課題があるとすれば、それはどの部門だろうか。以下では、過去の円安局面とも比較しつつ、産業部門ごとに単位付加価値の動向を見ることで、この点を明らかにしていく。
(最近の円安局面では製造業の単位付加価値が改善)
まず、製造業全体について、単位付加価値の動向を見てみよう(第3-3-3図)。為替の影響を読みとりやすくするため、図では円安局面を網掛けで示している。
2012年秋以降の円安局面について見ると、輸入物価の上昇によって投入物価要因が押下げに寄与している。しかし同時に、輸出物価の上昇によって産出物価要因が押上げに寄与しており、全体としては産出物価要因が投入物価要因をやや上回って、単位付加価値はプラス圏にある。円安は輸入物価を上昇させる一方で、輸出物価を上昇させる効果もあり、最近の製造業では後者が前者を上回って単位付加価値は改善している。なお、前項では、円安は日本の交易条件の悪化に寄与することを指摘したが、国内製造業にとってはむしろ単位付加価値の改善につながっている。これは、一国全体の交易条件では、輸出物価と輸入物価の関係を1対1で見ているのに対して、ここでの単位付加価値は中間投入比率を加味しているからである。仮に、輸入原材料の価格が10%上昇しても、最終製品に占める当該輸入原材料の投入比率が1%であれば、製品価格に完全に転嫁されたとしても影響は10%×1/100=0.1%にとどまる。製造業の中でも、石油製品、化学、金属などは輸入財の投入比率が高いが、より川下の輸送機械や電気機械では輸入財の影響は相当程度薄まり、その結果、製造業全体で見れば、円安は単位付加価値の改善につながっているのである。
次に、2005年後半から2007年にかけての前回の円安局面について見ると、今回の円安局面よりは小さいものの、輸出物価の上昇による押上げが確認できる。また、当時は広範な品目において資源価格が高騰しており、それを受けて国内の産出物価が上昇していた。しかしながら、投入物価の上昇による押下げ寄与の方が大きく、全体としては資源価格の高騰分が産出物価に十分転嫁されなかったため、単位付加価値は圧迫されていた。
それ以外の円安局面についても確認しておくと、90年代後半の円安局面では、原油高が重なったこともあって全体として単位付加価値は圧迫されていた。他方、89年の円安局面では、資源高による押下げは見られず、輸出物価の上昇によって単位付加価値は改善していた。
以上より、製造業全体で見た場合、円安に起因する輸入物価の上昇は、輸出物価の上昇によって相殺されうるが、資源高による輸入物価の上昇は、産出物価に十分に転嫁されず、単位付加価値が圧迫されることが分かる。また、最近の円安局面では、資源価格がおおむね安定していることもあって、単位付加価値の改善につながっている。
(製造業の中でも加工業種で単位付加価値が改善)
続いて、製造業を加工業種と素材業種に分けて見てみよう。
まず、一見して、最近の円安局面における製造業の単位付加価値の改善は、加工業種によることが分かる(第3-3-4図(1))。これは、加工業種には輸送機械などの輸出産業が多く含まれ、円安による輸出物価上昇の恩恵を受けやすいことからも明らかだろう。また、長期的な推移を見ると、90年代を通じて投入物価と産出物価の下落が続き、全体としては後者の寄与が大きく、単位付加価値が圧迫される傾向にあったことが分かる。加工業種においては、特に電気・電子機器を中心に技術進歩による価格下落が大きかったこともあって、投入・産出物価の双方の下落が続いたと考えられる。2000年代に入ると、2005年から2007年にかけては円安による産出物価の押上げも見られたが、特に2004年から2008年にかけて資源高が進行したため、単位付加価値の圧迫が更に進んだ。2009年にはリーマンショック後の資源価格の反落によって一時的に単位付加価値は改善したものの、その後再び悪化に転じ、最近の円安局面を迎えてようやく産出物価主導の改善が見られる。こうしてみると、産出物価要因による単位付加価値の改善は、89年の円安局面以来のこととなる。
一方、素材業種について見ると、全体的な傾向として、投入物価から産出物価への転嫁は比較的進んでいる(第3-3-4図(2))49。しかしながら、投入物価の変動は全て産出物価に反映できるわけでなく、投入物価の上昇局面では転嫁できない部分が残って単位付加価値が圧迫されている。素材業種においては、需要家である加工業種の産出物価が長期にわたって下落する中で、十分に価格転嫁を進めることができず、単位付加価値が圧迫されてきた様子がうかがえる。
(輸送機械の単位付加価値は大きく改善)
製造業における今回の単位付加価値の改善は、加工業種によることが分かった。そこで、加工業種の中からいくつかの業種を取り上げ、更に詳しく見てみよう。
まず、輸送機械について見ると、2008年以降の円高局面で押下げに寄与していた産出物価要因が、最近では押上げに転じ、単位付加価値の改善に大きく寄与している(第3-3-5図(1))。輸出比率が高い輸送機械では、円安による輸出物価上昇の恩恵が大きく、利潤や賃金の上昇につながりやすいことが分かる。
また、電気・電子機器についても、2013年に入って産出物価要因が押上げに転じ、単位付加価値は改善している(第3-3-5図(2))。産出物価の上昇は、85年以降で初めてのことである。これは、円安による輸出物価の上昇に加えて、先に述べたとおり供給過剰にあったパソコン向け電子部品で生産調整が進んだことなども影響していると見られる。
一方、加工業種の中でも飲食料品について見ると、先の二つの業種とは逆に、2013年に入って単位付加価値が圧迫されている(第3-3-5図(3))。円安により輸入穀物などの投入物価が上昇する中で、ある程度は産出物価への転嫁が見られるものの、転嫁しきれない部分が残って単位付加価値を押し下げている。飲食料品業は国内向けが多い産業であり、円安による輸出物価上昇の恩恵を十分に受けられないことも、先の二業種との違いをもたらしている。また、2000年以降の動きを見ると、デフレ状況が続く中で、80年代、90年代に比べて単位付加価値の圧迫傾向が続いてきた。特に、2006年から2008年の穀物価格の高騰時には、投入物価の上昇が産出物価に十分に転嫁されず、単位付加価値が大きく圧迫されていたことが分かる。
以上より、為替の円安方向への動きは、製造業全体で見ると輸出物価の上昇を通じて単位付加価値の改善につながっていること、ただし素材業種や国内向け比率の高い加工業種など、単位付加価値が圧迫されやすい業種もあることが分かる。
(加工業種で為替レートと産出物価の関係に強まり)
ここまで、最近の円安による輸出物価の上昇が加工業種の産出物価を押し上げ、単位付加価値の改善に寄与していることを確認した。それでは、過去と比較して、このような円安経由の産出物価の上昇の程度に変化が見られるだろうか。この点を確認するため、円ドル為替レートと産出物価の関係を見てみよう(第3-3-6図(1))。
まず、素材業種について見ると、為替レートと産出物価の間に明確な関係は見られない。これは、素材業種では、資源価格の動向によって産出価格が決まる面が大きいためである。
他方、加工業種では、為替レートと産出物価の間に右上がりの関係が見られる。このことは、為替が円安方向へ動くと、輸出物価の上昇を通じて産出物価が上がることを示している。また、90年代後半や2000年代前半と比べると、最近ではその傾きが大きくなっており、特に2005年以降の電気・電子機器で顕著である。このことから、今回の円安局面では、円安の産出物価押上げ効果が過去に比べて高く、単位付加価値の改善に寄与していることが分かる。
このような改善効果の高さの背景としては、加工業種における輸出比率の上昇が考えられる。輸出比率が高まれば、産出物価の中で為替の影響を受ける部分が増え、円安と連動して上昇しやすくなる。そこで、加工業種、輸送機械、電気・電子機器について、国内生産に占める輸出の割合を見ると、いずれにおいても上昇が見られ、特に電気・電子機器で2005年に大きな上昇が確認できる(第3-3-6図(2))。我が国経済のデフレ状況が長らく続き、国内の売上げが伸びにくかった環境にあって、企業が輸出比率を高めてきたことが、最近の円安局面における付加価値改善効果の高さにつながっていると考えられる。
3 非製造業における価格転嫁と単位付加価値の動向
前項では、最近の円安方向への動きは、輸入物価の上昇を引き起こしているものの、輸出物価の上昇によって製造業の単位付加価値の改善に寄与していることが分かった。それでは、輸出面の恩恵をほぼ受けることのない非製造業では、輸入物価の上昇は単位付加価値にどのような影響を及ぼしているだろうか50。
(エネルギーコストの上昇により非製造業の単位付加価値は悪化傾向)
まず、非製造業全体について見ると、今回の円安局面では、産出物価要因の押上げが見られるものの、投入物価要因による押下げの方が大きく、価格転嫁は十分に進まず単位付加価値は圧迫されている(第3-3-7図)。産出物価の押上げの弱さの背景としては、製造業では輸出物価上昇の効果が大きかったのに対して、非製造業ではそのような効果が得られないことが大きい。また、投入物価要因を国内要因と輸入要因に分けると、2011年以降、特に輸入要因による押下げ寄与が拡大している。これは、後で詳しく見るとおり、大震災以降、電力部門で輸入原燃料の投入比率が高まるとともに、その価格が高値圏で推移した影響が大きい。発電コストの上昇は、電気料金の上昇となって国内投入物価の上昇へとつながり、非製造業の単位付加価値を圧迫している。
2001年以降を通して見ても、産出物価は下落傾向にあり、単位付加価値の悪化が続いてきたことが分かる。特に2004年から2008年にかけての資源高局面では、産出物価への転嫁が進まず、単位付加価値が大きく圧迫された様子がうかがえる。我が国経済が長らくデフレ状況にあった中で、非製造業では投入コストの上昇を販売価格に転嫁できない状況が続いてきたと考えられる。また、こうしたデフレ下での付加価値の圧迫が、非製造業における平均賃金の押下げ要因になってきたと見られる51。
(対個人サービスでは価格転嫁が進まず単位付加価値を圧迫)
次に、非製造業のうち、対事業所サービスと対個人サービスについて見てみよう。
対事業所サービスには、広告、物品賃貸・リース、自動車整備・機械修理、法務・会計サービスなどの専門サービスが含まれる。投入要素としては、対事業所サービスからの部門内投入のほかに、自動車部品や電子部品の比率が高い。最近の動きを見ると、産出物価の上昇が投入物価の上昇を上回り、単位付加価値が改善している(第3-3-8図(1))52。これは、特に物品賃貸業の産出物価が下落から上昇に転じた影響が大きい。例えば、電子計算機リースは、パソコン価格の低下によって2000年代を通じ下落が続いたが、最近では円安による輸入価格の上昇もあって上昇に転じている。
次に、対個人サービスについて見てみよう。対個人サービスには、飲食店、娯楽サービス、宿泊業、洗濯・理容業などが含まれる。過去の動きを見ると、2004年から2008年の資源価格高騰期には、エネルギー価格や食料価格の上昇によって投入物価が継続的に上昇する中で、産出物価への転嫁が進まず、単位付加価値は圧迫されていた(第3-3-8図(2))。資源価格が反落した2009年を除けば、対個人サービスの単位付加価値は下落傾向が続いており、最近の円安局面においても、投入物価から産出物価への転嫁が進んでいない。ただし、デフレ状況の改善が進んだ2006年から2007年には、一定程度の産出物価への転嫁が見られた。第2章第1節で論じたとおり、我が国経済はデフレ状況ではなくなっており、今後は、これらの業種においても価格転嫁が進むことが期待される。
(輸入燃料の投入比率上昇が電力の単位付加価値を圧迫)
最後に、運輸業、情報通信業、電力・ガスについて見ていこう。
運輸業には、陸上、海上、航空の旅客・貨物輸送や、倉庫・有料道路などの運輸付帯サービスが含まれる。主な投入要素は燃料であり、2003年から2008年にかけての原油高局面では、投入物価の上昇による単位付加価値の圧迫が続いた(第3-3-9図(1))。2009年には資源価格の反落によって一時的に単位付加価値が改善するものの、2010年以降は投入物価が上がる中で産出物価が下落し、再び単位付加価値が圧迫される状況が続いた。最近の円安局面では、産出物価は上昇に転じているものの、依然として転嫁できない部分が残っており、特に中小・零細事業者が多い道路貨物輸送業などでは、燃料費の運賃への転嫁が難しい状況がうかがえる。これらの業種では、燃油サーチャージ制度の更なる普及などの対策が求められよう。
次に、情報通信業について見てみる。情報通信業には、通信業、放送業、ソフトウェア開発などの情報サービス業が含まれる。産出物価の動きを見ると、通信料金の規制緩和の影響もあって、2000年代を通じて大幅な下落が続いている(第3-3-9図(2))53。また、投入物価についても、情報通信からの部門内投入が多いことなどから下落傾向にある。全体としては、投入物価の下落を産出物価の下落が上回り、単位付加価値の圧迫が続いている。
最後に、電力・ガスについて見てみよう。電力・ガスでは、投入の大部分を原油や天然ガスといった輸入原燃料が占めるため、輸入を中心に投入物価要因の変動が大きい(第3-3-9図(3))。こうした燃料費に起因するコスト変動は、燃料費調整制度によって一定の遅れをもって電気・ガス料金に反映される(第3-3-10図(1))54。そこで、この燃料費調整制度による遅れも考慮した上で、電気代への転嫁状況を見てみよう(第3-3-10図(2))。これによると、投入物価と産出物価の間に明確な連動が確認でき、燃料費の変動による投入コストの変動は電気料金にほぼ反映されている55。しかしながら、大震災以降、原子力発電の停止に伴う輸入燃料の投入比率の上昇によって、燃料費調整制度では転嫁しきれない部分が残り、電力業の単位付加価値が大きく圧迫される状況が続いた。その後、電力各社が電気料金の値上げを実施したことにより、最近では単位付加価値の圧迫は改善している56。このような、電力部門の投入コストの上昇とそれに伴う電気料金の値上がりは、先に見たとおり、非製造業全体にとって付加価値の圧迫要因となっている。
(「付加価値デフレ」の解消には非製造業の単位付加価値の改善が課題)
前項の冒頭において、最近の円安局面では投入価格から産出価格への転嫁が進み、過去と比較しても付加価値デフレの改善傾向が強いことを確認した。その背景としては、輸送機械や電気・電子機器といった加工業種において、輸出物価主導で産出物価が上昇している影響が大きいことが分かった。他方、非製造業では、エネルギーコストの上昇が産出物価に十分に転嫁されていないことなどから、全体として単位付加価値が圧迫されていることを確認した。その結果、両者を合わせた国内産業全体としては、単位付加価値は改善しつつも、マイナス圏にとどまっている(前掲第3-3-2図)。こうしたことから、付加価値デフレを解消し、賃金と利潤が圧迫される状況を脱するためにも、特に非製造業の単位付加価値の改善が課題であることが分かる。そのためにも、高止まりするエネルギーコストの低減を図るとともに、内需の拡大などを通じて、投入価格に見合った産出価格の引上げが可能な経済状況を実現していくことが重要といえよう。