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むすび

最後に、各章の分析結果を要約し、日本経済の先行きを展望しよう。

(広がる回復の動き)

我が国経済は、緩やかに回復しつつある。2012年秋以降に進んだ円安方向への動きや株価の上昇などを背景に、2013年に入って景気は消費主導で持ち直しに転じた。上向いていた輸出は秋口になって弱含んでいるが、公共投資は成長を下支えしており、消費、設備投資も緩やかではあるが上向いている。

今回の回復局面では、当初、大胆な金融緩和の効果もあって株価が上昇し、資産効果や消費者マインドの改善を背景に、消費が景気をけん引した。特に、金融資産を多く有する高齢者層や高所得者層の消費が旺盛であった。最近では、マインドによる個人消費の押上げ効果は減衰しており、消費を強くけん引する階層はないものの、幅広い層における消費の底堅さが消費全体を支えている。消費税率引上げに伴う駆け込み需要は、自動車販売では秋口から顕在化しつつある。また、住宅の受注は9月に駆け込み需要のピークを迎えたが、着工は当面、増加が続くと見られる。

企業部門では、幅広く改善が見られている。製造業では、円安方向への動きにより収益が先行して回復している。設備投資は景気回復局面の初期ということもあってこれまでのところ弱含んでいるが、機械受注には明るさが見られている。非製造業では、内需の堅調さを背景として、収益・生産・設備投資の全てが持ち直し傾向となっている。景気回復の広がりを点検すると、従来の輸出主導型の景気回復とは異なり、内需が堅調であることから、それらに関連した業種で業況の改善度合いが強い。また、中小企業においても、内需の影響が大きいことから業況の改善が進んでいる。そのうち製造業では、一部で生産の回復や価格転嫁の遅れを背景として改善の度合いが弱いが、総じてみれば、景気回復が徐々に波及していると言える。

このように我が国経済は、支出、生産、所得の好循環が動き始めており、回復の動きが広がっている。

(デフレ脱却に向けて改善が続く)

下落が続いていた物価も、2013年に入って下げ止まりに向かった。夏場以降は底堅く推移しており、デフレ状況ではなくなっている。幅広い品目で価格が上昇し始めており、企業から見た需給バランスも改善傾向にある。これまで家計と企業に定着していたデフレ予想も着実に解消しつつある。このように、デフレ脱却に向けて改善の動きが続いている。

物価が上昇に向かう中、経済の好循環を確立するためには賃金の上昇が鍵となる。一人当たり賃金(現金給与総額)は、パート比率が上昇していることから、前年比で横ばい圏内の動きにとどまっている。しかし、2013年に入ってからは、企業の収益が増加し、雇用情勢も改善していることから、一般労働者、パート労働者それぞれで見ると、上昇傾向にある。

物価、賃金の上昇は、大胆な金融政策の影響によるところが大きい。「量的・質的金融緩和」の下、マネタリーベースは大幅に増加しており、日本銀行は買入れ国債の残存年限を大幅に長期化している。こうしたことから、長期金利は景気が回復に向かう中でも低位で安定している。また、2013年に入ってからは、銀行の企業向け貸出が増加しており、マネーストック(M2)も増加傾向にある。

(先行きのメインシナリオとリスク)

現在、景気回復の動きが広がっており、デフレ脱却に向けて改善が続いている。今後は、海外景気の持ち直しやこれまでの円安方向への動きを背景に輸出が再び持ち直しに向かう。また、大胆な金融政策、機動的な財政政策の効果が引き続き景気を下支えする。そうした中で、企業収益の改善基調を背景に、設備投資の増加傾向がはっきりし、雇用・所得環境も改善が続く。こうしたことから、2013年度末にかけて、景気回復の動きが確かなものになっていくと期待される。また、消費税率引上げに伴う駆け込み需要も見込まれる。需給バランスが改善する中で、物価も底堅さを増していくと見られる。

2014年4月の消費税率引上げ後、駆け込み需要の反動減などが成長率の下押し要因となると見られる。しかし、日本経済の体力は回復してきており、2013年12月に策定された経済対策による反動減の緩和や成長力の底上げ効果も期待できることから、景気の回復基調は続くと見られる。

こうしたメインシナリオの最大の下方リスクは海外景気の下振れである。アメリカの量的緩和縮小のペース、その金融市場や世界経済への影響、とりわけ新興国経済への影響には大きな不確実性が伴う。また、アメリカでは財政問題を巡って混乱が生じる可能性がある。中国経済は、安定成長を目指す中で、過剰生産能力や不動産価格の急激な調整が生じるリスクがある。欧州で信用不安が再燃する可能性も否定できない。

先行きの賃金については、冬のボーナスの増加が見込まれており、2014年度のベースアップに向けて賃上げ機運が高まっている。設備投資も先行きには明るさが見られる。しかし、賃金や設備投資が安定的に増加していくためには、企業が将来の持続的な成長に確信を持つ必要がある。そのための成長戦略の役割は大きい。

(成長力底上げのための課題)

大胆な金融政策、機動的な財政政策によってマクロ経済環境は好転し、物価についてもデフレ状況ではなくなっている。デフレ脱却への闘いは、次なるステージに移った。日本経済が持続的な成長を実現しデフレから脱却していくためには、成長戦略を着実に実施し成長力を底上げしていく必要がある。そのためには、政策的に対応すべき課題も多い。

第一に、人材の活用が重要である。実際に働く人の数(量)を増加させる必要がある。このため、労働需給のミスマッチを解消して就業率を高めることが重要である。また、非正規化により人的資本の蓄積が進まず、労働生産性(質)が低下することが懸念されるため、個人や企業による人的資本に対する投資を促し、人材の有効活用を進めていくことが求められる。さらに、失業を経ずに転職が円滑に行なえる環境を整え、人々がより能力を発揮できるようにしていくことも必要である。このため、外部労働市場の整備、効果的な教育訓練機会の提供、「民間職業紹介所」による転職支援、再就職支援の活用などを進める必要がある。

第二に、民間投資の活性化が不可欠である。民間投資はリーマンショック後低水準で推移しているが、その要因としては、製造業における設備過剰感の存在や投資収益率の低迷、期待成長率の低下などが指摘できる。こうした課題に対応するため、政府は、税制・予算・金融・規制改革・制度整備といったあらゆる施策を総動員することとしているが、2014年には、設備投資減税や事業再編促進税制等、税制面での政策対応が予定されている。設備投資減税等の税制面での対応は、デフレ脱却とあいまって、投資採算の改善を通じ、民間投資を促進することが期待される。また、事業再編促進税制は、企業の再編を促し、収益の増加や雇用の維持・拡大につながると期待される。

第三に、投入コストを販売価格に十分転嫁できずに、企業の生み出す付加価値が圧迫される状況(付加価値デフレ)を改善していく必要がある。今回の円安局面においては、製造業の加工業種を中心に産出物価の上昇が顕著で、過去と比べて付加価値デフレの改善傾向が強い。他方、非製造業を中心に、輸入物価の上昇を産出物価に十分転嫁できていない業種があり、賃金や利潤が圧迫されることが懸念される。内需の拡大を通じ、投入価格に見合った産出価格の引上げが可能な環境を整えていくことが重要である。また、円安による輸入物価の上昇だけでなく、LNGなどの輸入量増加に起因する電気料金の引上げも国内でのエネルギーコストを高めている。最近では、幸い、原油価格などの国際商品市況は落ち着いた動きを示している。こうした状況の中で、円安の景気に対するプラスの効果を更に引き出すためにも、安価なエネルギーの調達や省エネルギーの推進を通じて我が国からの所得流出を低減することが望まれる。

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