平成22年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

―需要の創造による成長力の強化―

平成22年7月

内閣府


目次][][][年次リスト

第1節 家計部門の回復パターン

 家計の支出、特に個人消費については、所得の増加なしには回復しないというのが一般的な見方である。事後的には、確かに個人消費は家計の所得とおおむね同じ動きをしている。しかし、その所得の多くは消費関連の企業で生み出されたものである。それゆえ、家計需要が所得にどう反応するかに加え、それ以外の要因でどう動くかも重要である。以下では、過去の景気拡張局面における家計の回復パターンについて、国際比較も交えながら検討する。


1 家計の回復力の弱さ−2000年代を中心とした回顧

 ここでは、直近の第14循環の景気拡張局面(2002〜2007年)を中心に、それ以前の拡張局面とも対比しながら、「家計部門はどのような意味で弱かったのか」「可処分所得の弱さと消費性向の底堅さの背景は何だったのか」「消費の回復にとって重要な財は何だったのか」といった論点について考える。

(1)家計はどのような意味で弱かったのか

 これまでの景気拡張局面における家計部門の回復パターンを、企業部門との対比、可処分所得と平均消費性向の対比といった観点から振り返ることで、前回の拡張局面における家計部門の回復力の弱さの背景を探る。

●長期的に低下してきた景気回復における家計関連需要の寄与
 最初に、長期的な視点から家計関連需要が景気回復においてどの程度の寄与をしてきたかを振り返ってみよう。具体的には、過去の景気拡張局面に着目して、主要な需要項目の実質GDP成長率に対する寄与率を見よう(第2−1−1図)。なお、図には2009年からの景気持ち直し局面の寄与率も示したが、ここでは前回の拡張局面までの推移に着目する。
 第一に、個人消費は1970年代までは6割前後の寄与率で推移していたが、80年代から次第に寄与率を低下させ、最近(2009年以降を含めない。以下同様)では3〜4割程度の寄与率となっている。また、住宅投資は80年代以降はゼロ近傍の寄与となり、マイナスとなることも多い。したがって、これらを合わせた「家計関連需要」の寄与率は、70年代からすう勢的に低下してきている。
 第二に、設備投資の寄与率は70年代半ばまでの2割程度から、第一次石油危機後にゼロとなった後は80年代に上昇に転じ、90年代以降は4割前後で推移している。一方、輸出は当初はほとんど寄与がなかったが、70年代後半には2割程度になり、バブル崩壊後は急テンポで寄与率を高めて前回の景気拡張局面では6割程度に達した。
 第三に、個人消費がGDPに占める割合を見ると緩やかに低下しているものの、それでも90年代以降は6割弱の水準で比較的安定している。これは、長期化した後退局面において、設備投資が大きく落ち込むようになったのに対して、個人消費は安定的ないし減少しても緩やかなためと見られる。もっとも、GDPに対する住宅投資の割合は低下したため、家計関連需要合計としてはシェアが落ちている。

●前回の景気拡張局面では企業関連との対比で家計関連の需要回復に弱さ
 前回の景気拡張局面では、「企業から家計への景気回復の波及が弱かった」といわれるが、その点をバブル崩壊以降の3回の拡張局面を対比することで確認する。そのため、各拡張局面について、景気の谷から1年後、1年後から2年後、2年後から3年後の3期に分け、企業部門との関係が深い需要(設備投資及び輸出)と家計部門との関係が深い需要(個人消費及び住宅投資)について、それぞれどのように変化したのか比較する(第2−1−2図)。すると、以下の特徴が指摘できる。
 第一に、我が国の景気拡張局面の1年目に着目すると、いずれの景気拡張局面においても企業関連の需要増は家計関連のそれを上回っている。また、企業関連の需要増の過半は輸出によるものである。このことから、90年代以降の我が国の景気回復は、輸出を起点とした企業部門の需要増加から始まる形が、いずれの景気拡張局面においても維持されていたことが分かる。
 第二に、第12循環(93年10−12月期〜)、第13循環(99年1−3月期〜)においては、2年目以降は家計関連の需要が企業関連を上回るか、同程度の寄与を示している。なお、家計関連の需要の内訳を見ると、第12循環の3年目で住宅投資が大きく寄与したほかは、個人消費の寄与がけん引する形となっている。
 第三に、前回の拡張局面である第14循環では、最終段階の5年目に至るまで一貫して企業関連の需要が家計関連を上回っている。ただし、家計関連も3年目を除いて1年目より高い伸びを示しており、それ以上に企業関連の需要の伸びが高かった面がある。企業関連では、2年目になると輸出と並んで設備投資が伸び始め、3年目、5年目では輸出を上回る寄与となっている。
 以上から、回復の初期が輸出主導型であるのは各回共通であるが、前回の拡張局面では、企業関連の伸びが高かったこともあり、企業関連との対比では家計関連の需要の伸びが相対的に低かったことが分かる。

●平均消費性向は底堅かったが実質可処分所得は低調
 それでは、前回の拡張局面において家計関連の需要、とりわけ個人消費がそれほど伸びなかったのはなぜだろうか。この点を調べるための第一歩として、個人消費を実質可処分所得と平均消費性向の寄与に分けてみよう(第2−1−3図)。
 第一に、過去3回の拡張局面に共通する特徴として、平均消費性向がプラスに寄与している期間が多いことを指摘できる。逆に平均消費性向が大きく低下したのは第12循環の1年目、第14循環の5年目だけであり、平均消費性向の高まりが個人消費をけん引してきたことが分かる。第14循環では、1年目を除くと平均消費性向のプラス寄与は大きくないが、全体として底堅かったといえよう。
 第二に、実質可処分所得もプラス寄与の期間が多いが、第13循環の2年目のほか、第14循環の1年目、3年目にマイナスとなっている。このように前回の拡張局面においては可処分所得の減少が2回も生じたことは、家計関連の需要を弱める方向に働いた可能性がある。
 第三に、ここに示した期間に関する限り、可処分所得が減少しているときは必ず平均消費性向が上昇し、結果的に個人消費の落ち込みを防いでいる。また、第12循環の2年目は可処分所得がわずかな増加にとどまったが、平均消費性向はそれを補う形で大きく上昇している。
 以上から、前回の拡張局面においては、実質可処分所得の伸びが低かったこと、一般に平均消費性向は所得の弱さを補って上昇するが、前回も比較的底堅く推移したことが分かる。

(2)可処分所得の弱さと消費性向の底堅さの背景は何だったのか

 上記で可処分所得の伸びの弱さを平均消費性向の上昇が補った姿を見たが、以下ではその可処分所得、平均消費性向の変動要因をやや詳しく調べるとともに、家計所得と家計関連需要の先行・遅行関係を明らかにする。

●可処分所得の伸びの弱さの背景に賃金・俸給の減少
 景気拡張局面のうち第13循環及び第14循環において、可処分所得はなぜ減少したのだろうか。可処分所得を、賃金・俸給、社会給付、社会負担、財産所得、所得税などに寄与度分解することで分析した(第2−1−4図)。すると、以下の特徴が指摘できる。
 第一に、賃金・俸給に着目すると、第12循環においては可処分所得の押上げに寄与していたが、第13循環ではその寄与が失われており、第14循環では景気の谷から2年目まで押下げに寄与していたことが分かる。一方で、賃金・俸給のこうした動きは、必ずしも実質可処分所得の動きにつながっていない。特に、第14循環の2年目には賃金・俸給が大きく減少したが、実質可処分所得は逆に増加した。
 第二に、第14循環の実質可処分所得の特徴として、物価要因と財産所得がプラスに寄与していることが挙げられる。もっとも、物価についてはそれ以前から下落傾向にあったため、第13循環でもプラスに寄与している。また、財産所得については、第14循環の1年目はマイナスであったが、その後はプラス寄与を高め、5年目には可処分所得増加のほとんどが財産所得で説明される状況となった1
 第三に、第14循環でもう一つ特徴的な点は、社会給付がマイナスに寄与していることである。社会給付は第12循環では可処分所得の押上げに寄与していたが、第13循環ではその寄与は縮小し、第14循環では押下げに働いている。これには、2001年から開始された老齢年金などの支給開始年齢引上げ2が影響したと考えられる。なお、所得税等については、景気回復が進むにつれ増加し、マイナス寄与に転ずるという通例の姿である3
 以上から、前回の景気拡張局面における実質可処分所得の伸びの弱さの背景には賃金・俸給の減少ないし低い伸びがあるが、物価下落や財産所得の増加がこれをある程度補った面も指摘できよう。

●高齢化や資産効果が平均消費性向を押上げ
 平均消費性向を変化させる要因としては、[1]所得が変動しても生活水準を一定に保とうとする効果(慣性効果)、[2]消費性向の高い高年齢層の増加(高齢化効果)、[3]金融資産変動の影響(資産効果)などを挙げることができる。そこで、平均消費性向の動きを所得要因(実質可処分所得の逆数。慣性効果を表す)、高齢化要因(60歳以上の人口比率)及び金融資産要因(金融純資産/可処分所得)で説明する関係式(誤差修正モデル)を推計した。このうち特に長期的な関係式に着目して各要因の平均消費性向への寄与度を見ると、次のようなことが分かる(第2−1−5図)。
 第一に、人口高齢化が着実に進んでいることから、高齢化要因は一貫して消費性向を押し上げる方向に寄与している。これは景気局面の如何によらない。可処分所得の伸びがすう勢的に鈍化しているものの、高齢化に伴って貯蓄を取り崩す割合が高まっているため、個人消費の減少が抑えられている様子が示されている。ただし、最近になって特に高齢化の寄与が高まっているわけでもないことに注意が必要である。
 第二に、所得要因は景気拡張局面では消費性向にマイナスに寄与することが多い。特に、2002年から始まった第14循環の半ば以降、可処分所得が順調に伸びた局面では継続的に消費性向を上昇させない方向に働いている。なお、2002年に所得要因がマイナス寄与となり、結果として平均消費性向が前年比で低下している。これは特殊な要因による見掛け上の動きで、2002年中は前述したように前期比ベースでは可処分所得は減少、平均消費性向は上昇している4
 第三に、金融資産要因は景気拡張局面ではプラスに寄与することが多い。これは、景気の回復に伴って株価が上昇することによると見られる。一般には、株価は景気にやや先行することもあって、93年、99年といった景気の谷を含む年でプラス寄与が大きい。ただし、2002年は不良債権問題やワールドコム事件もあって株価は軟調であり、結果として幾分マイナスに寄与している。
 以上は長期的な均衡式からの解釈であるが、短期的な動きはこれだけでは十分説明ができない。特に、2000年代初に平均消費性向が長期的なパターンに比べ上振れる期間が見られるが、これはそれまでの低下分を取り戻そうとする効果が働いたと考えられる。

●個人消費の変動は所得の変動に先行
 以上の分析では、四半期ごとの家計関連需要と所得があたかも同時進行で連動しているかのような前提で議論してきたが、実際には所得の変動と需要の変動の間には時間差があり得る。そこで、90年代と2000年代について、可処分所得、雇用者報酬と個人消費、住宅投資の先行・遅行関係を探ってみよう(第2−1−6図)。
 第一に、可処分所得(名目、実質)、雇用者報酬(名目、実質)のいずれの所得概念を用いても、90年代では所得は2四半期前の個人消費との相関が最も高かった。2000年代も、個人消費は雇用者報酬に先行するが、可処分所得は個人消費との間には明確な関係は見られなくなった。いずれにしても、家計は実際に所得が増加するのを待たずに早めに消費を増加させる傾向があるとはいえよう。この消費の先行性は、当期所得に加え将来の予想所得も消費に影響を与えるとする恒常所得仮説に沿った消費行動の現われと考えられる。
 第二に、可処分所得と比べ、その構成要素にすぎない雇用者報酬がより個人消費との相関が高い。その一つの背景として、可処分所得には政策的、一時的要因が影響するのに対し、雇用者報酬の増加は景気の持続的改善を示唆するため、個人消費への影響度も大きいことが考えられる。また、利子に対する所得税の計上時期のずれなどが可処分所得をかく乱し、実際の購買力とのかい離を生じさせている可能性もある。
 第三に、住宅投資においては、個人消費と比べると所得との関係が弱い。人口構成や住宅価格、金利情勢などの影響を受けやすいためと考えられる。こうしたこともあって、雇用者報酬との先行、遅行関係も安定的ではなく、90年代には雇用者報酬に対して3四半期先行、2000年代になると逆に1四半期遅行(名目ベースの場合)する形となっている。なお、可処分所得との関係は個人消費の場合でも安定的ではなかったが、住宅投資についても同様の結果である。

(3)消費の回復にとって重要な財は何だったのか

 では、これまでの景気拡張局面における個人消費の動向には、耐久財、サービスなどの形態別ではどのような特徴があったのだろうか。

●耐久財とサービスの動きが重要
 景気拡張局面において、消費の増加にはどのような特徴があるのだろうか。第1章で見たように、現在の景気拡張局面では耐久財の役割が重要なことは予想がつくが、一般にそういえるのだろうか。個人消費を耐久財、半耐久財、非耐久財、サービスの4形態に分けた上で、過去3回の景気拡張局面におけるパターンを調べてみよう(第2−1−7図)。
 第一に、実質個人消費への寄与に着目すると、耐久財とサービスの動きが全体の動きを決めている。半耐久財と非耐久財は、一度増加したとしても次の四半期には反動で減少する傾向があり、各局面での個人消費の基調には影響を及ぼさない。
 第二に、第14循環の特徴は、サービスが安定的に大きく寄与していることである。それ以前の景気循環では、サービスは第12循環の3年目に大きく伸びたほかは、総じて低調な動きであった。一方、第14循環においては、耐久財が毎年増加に寄与しているが、それ以前の拡張局面でも同様であった。
 第三に、名目個人消費に対する寄与度を見ると、第12、第14循環ではサービスが大部分を占めている。これに対し、耐久財は第13循環の主要な押上げ要因であり、また、第12循環でも一定の役割を果たしているが、第14循環ではほとんど寄与をしていない。第14循環における耐久財の実質個人消費への寄与は、大部分が家電やパソコンの急速な価格下落によって説明できることになる。なお、この価格下落要因には品質調整に伴うものも大きいと考えられる。

●耐久財は所得に先行するが相関は低め
 景気拡張局面において、消費の動きは4分類(耐久財、半耐久財、非耐久財、サービス)ごとに異なる特徴があることが分かった。では所得との関係において、これらの消費の4分類ごとに異なる特徴が存在するのだろうか。この点を調べるため、所得と消費4分類との間の時差相関係数を算出した。本分析では、名目ベースの分析を行う。また、時代により、所得と消費4分類との間の関係が変化している可能性があることから、期間を90年第1四半期〜99年第4四半期まで(前期)と、2000年第1四半期〜最近まで(後期)の2期に分けた。加えて、所得の性質によっても特徴が異なる可能性があることから、雇用者報酬と可処分所得の2種類で分析した(第2−1−8図)。すると、以下の特徴が指摘できる。
 第一に、雇用者報酬ベースでは、前期、後期とも耐久財は明確に所得に先行している。また、後期においては非耐久財やサービスも先行性が見られるが、半耐久財は所得との先行・遅行関係は明確でない。前述のとおり、雇用者報酬が実際に増加する前に個人消費が増加するが、その内容は半耐久財以外ということになる。なお、前期において耐久財は1年程度の先行性を示すが、97年の消費税率引上げ前の駆け込み需要がかく乱要因となっている可能性もある。
 第二に、雇用者報酬とのピーク時の相関が最も高いのが半耐久財であり、雇用者報酬と衣類等の消費の連動性が高いと考えられる。一方、耐久財は相関が低めである。耐久財消費は買い替え周期や新製品の発売などに左右される面が強いため、所得との関係はそれほど強くないと考えられる。
 第三に、可処分所得ベースでは、雇用者報酬の場合と比べて各形態の消費と所得との相関が総じて低い。この点は特に耐久財で顕著であり、可処分所得との間にはほとんど相関が見られない。耐久財には高額品が多く、将来的にも収入が増加すると見込まれる状況でなければ所得の増加が購入には結び付きにくく、政策的、一時的側面も持つ可処分所得の変動には反応しにくいと考えられる。

●成長品目のシェア拡大は平均消費性向を押上げ
 イノベーションを通じ、新しい財・サービスや新規市場そのものが開拓されることにより、消費が活性化されることはないだろうか。イノベーションにより開拓された財や市場は、当初は規模が小さいが、その財や市場が認知されるにしたがい急速に成長した後、消費において一定のシェアを維持する安定期に入ると考えられる。そのような財の例として、薄型テレビ、DVDレコーダー、携帯電話などがイメージされるであろう。そこで、急速に成長した財・サービスの存在が平均消費性向に与える影響を調べることで、消費活性化の効果について分析する。具体的には、家計調査及び消費者物価指数のデータを用いて実質化できる品目を対象に、平均的な伸び率(実質)より1標準偏差以上高い伸び率の品目(「成長品目」と呼ぼう)を選び出し、これと平均消費性向との関係を確認した(第2−1−9図)。
 第一に、実質消費額における成長品目のシェアを見ると、平均では5%程度であるが、時期により1%〜10%程度まで変化しており振れが大きい。成長品目の中には、健康食品ブームなどで一時的に売行きが高まったものもあるが、それらは一般に単価が低く大勢には影響を及ぼしにくい。これに対して、まったく新しい家電製品などが急速に普及するとシェアが高まりやすいと考えられる。シェアが10%程度に達する時期には、そうした現象が生じている可能性が高い。
 第二に、そうして得られた成長品目のシェアは、均して見ると平均消費性向の変化幅と緩やかながら連動性が見られる。すなわち、成長品目への支出は他の支出項目とは代替性が弱く、成長品目を購入した分、他の品目への支出を節約するという行動は生じにくいといえる。もちろん、これは耐久財一般にも該当する特性であり、シェアに影響を及ぼすような成長品目には耐久財が多いことから自然に導かれる結果ともいえよう。
 第三に、景気拡張局面と後退局面に分けた上で、成長品目のシェアと平均消費性向の変化の関係を調べたところ、回帰線の傾きに明確な差は見られなかった。これは、成長品目が景気拡張局面に消費活性化に働くだけではなく、景気後退局面においても平均消費性向を押上げ、消費を下支えすることを示している。
 以上から、イノベーションの結果、新製品やサービスの急速な普及が生ずれば、個人消費全体を押し上げる方向に働くことが分かった。こうした動きが広範に発生し、さらなる企業収益、雇用者報酬の増加につながれば、消費主導の好循環が実現するといえよう。


2 家計の回復力の弱さ−国際比較

 我が国における前回の景気拡張局面では、平均消費性向は底堅く推移したが、家計所得の伸びが弱かったことから、企業部門に比べて家計部門の回復力が弱かった。以下では、他の先進国と対比させながら、「家計の回復力が弱かったのは我が国だけか」「我が国の特徴は所得の弱さにあったのか」「我が国の消費・住宅の弱さは構造的か」といった論点を考える。

(1)家計の回復力が弱かったのは我が国だけか

 先進各国における家計部門の回復パターンについて、企業部門との対比、形態別消費の寄与の観点から比較してみよう。なお、紙幅の関係から、ここでの対象期間は2000年代の景気拡張局面に限定する。

●前回の拡張局面における家計関連需要の弱さは独伊蘭などでも
 まず、2000年代の景気拡張局面において、企業関連需要との対比で見た家計関連需要がどの程度回復に寄与したかを先進国(G7+オランダ、デンマーク、フィンランド)間で比較する。この間の拡張局面は、国によって若干の時期のずれはあるものの、ITバブル崩壊後の回復という点で同期性が高く、比較に適していると考えられる。我が国の過去についての分析と同様、景気の谷から1〜3年目の3期に分け、企業、家計関連の寄与度を並べると、以下のような特徴が浮かび上がる(第2−1−10図)。
 第一に、谷から1年目、2年目の回復初期における企業関連と家計関連の寄与の大きさから、各国をいくつかのタイプに分類できる。家計が企業の寄与を顕著に上回る「家計主導型」はアメリカ、カナダである。家計と企業の寄与に大きな差がない「バランス型」には、英国、フランスが該当する。一方、企業が家計の寄与を顕著に上回る「企業主導型」は、我が国のほか、ドイツ、イタリア、オランダ、デンマーク、フィンランドと意外に多い。
 第二に、上記の観察事実とも関連するが、2年目に企業から家計へ寄与の主役が交代(バトンタッチ)する国はない。3年目でも、デンマークで交代が生じているだけである。ただし、やや仔細に見ると、1年目より2年目の方が家計の寄与が大きい国は我が国を含めて少なくない。主役交代とまではいかないが、家計の伸びが高まるという意味での「家計への波及」は一般的と考えてよいだろう。
 第三に、企業関連需要の中身に着目すると、1年目は輸出がけん引する姿が一般的である。2年目又は3年目になると設備投資の寄与が高まる傾向も、多くの国で観察される。アメリカは1年目の企業関連がマイナスという特殊な国であるが、輸出は1年目からプラス寄与となっており、設備投資の増加は2年目以降になる。
 以上から、我が国の回復パターンは例外的なものではなく、「企業主導型」でありつつ、「家計への波及」は弱いながらも生じており、企業関連の中の輸出から設備投資という流れも一般的なものである。

●他の先進国でも耐久財、サービスが高い寄与
 我が国の最近の拡張局面では、耐久財とサービスが消費全体の動きを決めていた。では、他の先進国では形態別にどのような特徴があったのか。耐久財、半耐久財、非耐久財、サービスの4分類別の実質個人消費に対する寄与度について、国際比較を行うことでこの点を明らかにしたい(第2−1−11図)。
 第一に、各国を横断的に見ると、我が国の場合と同様に、耐久財とサービスの寄与が大きい。また、この2つの形態では、サービスが最大の寄与をしている場合が多い。なお、図には示していないが、名目ベースでは、やはり我が国の場合と同様に、サービスの寄与が圧倒的に大きく、耐久財の寄与は小さくなる。
 第二に、個人消費の伸びが高い国、すなわちアメリカ、英国、カナダ、デンマーク、フィンランドでは、サービス、耐久財に加え、非耐久財か半耐久財のいずれか、あるいは両方の寄与も大きい傾向にある(アメリカの非耐久財は半耐久財を含む)。一方、日本、ドイツ、イタリア、オランダでは、サービスか耐久財のみに支えられている時期が多くなっている。
 第三に、景気拡張局面の中で、時期ごとの個人消費の強弱を演出するのは耐久財が中心である。例外もあるが、耐久財消費が伸びるときには消費全体が伸びる傾向が見られる。これに対し、サービスは安定的な寄与を示す場合が多い。

(2)我が国の特徴は所得の弱さにあったのか

 上記で示したような家計関連需要の回復パターンの国による違いの背景は何だろうか。特に、我が国における需要回復の弱さ、一方で所得の減少を緩和した要因などについて検討する。

●可処分所得の増加、平均消費性向の低下が一般的
 まず、家計関連需要のうち個人消費の動きについて、平均消費性向と実質可処分所得の寄与に分けてみよう。先に、最近の我が国の景気拡張局面においては、所得の伸びが弱かった反面、平均消費性向は上昇しやすく、2年目以降も底堅く推移したことを見た。このような特徴は、2000年代の拡張局面において、他の先進国と比べるとどのように位置づけられるのだろうか(第2−1−12図)。
 第一に、各国の動きを全体として見ると、可処分所得はプラスに寄与している時期が圧倒的に多い一方、平均消費性向はマイナスに寄与している時期が多い。さらに、可処分所得が減少したときには平均消費性向が上昇し、個人消費を下支えする形になっている。逆に、可処分所得が大幅に増加する場合、平均消費性向も大きく低下することが多い。
 第二に、相対的に個人消費の伸びが高い国(アメリカ、英国、フランス)では、可処分所得がある程度大きな寄与を示す時期が多い。アメリカは特にこの傾向が顕著であり、可処分所得の増加が平均消費性向の低下によって相殺される度合いは小さい。
 第三に、日本以外で相対的に個人消費の伸びが低い国(ドイツ、イタリア、デンマーク)では、可処分所得がそもそも伸びないか、伸びても平均消費性向の低下で大きく相殺される場合が比較的多い。これに対して、我が国では1年目、3年目に可処分所得が減少し、平均消費性向が上昇している。イタリアの3年目及びデンマークの2年目がこれと同じだが、やや例外的な動きであるといえよう。

●個人消費の慣性効果は一般的に成立
 前述のとおり、2000年代の拡張局面については、可処分所得の伸びが低い場合に平均消費性向の上昇がある程度相殺するという「慣性効果」が各国に共通して見られた。また、我が国は所得が減少したため、この効果が強めであったことが分かった。それでは、こうした現象はそれ以前の拡張局面でも妥当するのだろうか。また、我が国は特に慣性効果が強い国なのだろうか。こうした問題意識から、日本、アメリカ、EU5について、景気の谷から1四半期後及び4四半期後までの間の可処分所得と平均消費性向の変化率をプロットした(第2−1−13図)。それによると、以下の点が明らかとなった。
 第一に、1四半期後、4四半期後のいずれについても、可処分所得の増加率が高いほど、平均消費性向の上昇率が鈍化するという関係が観察される。我が国だけのデータに絞っても、例外的な年が一部にあるものの、総じて右下がりとなっている。したがって、「慣性効果」は過去の景気拡張局面において広く観察されることが分かった。
 第二に、1四半期後と4四半期後を比べると、可処分所得の変動に対する平均消費性向の感応度(回帰線の傾き)はそれほど変化していない。その一方で、可処分所得が変化しなかった場合の平均消費性向の上昇率は、ゼロ近傍から1%付近に移っている。この間に、可処分所得以外の何らかの押上げ効果として働く要因(資産効果、物価効果など)があると考えられる。そこで、これらの要因を含めたパネル分析を行ったところ、資産効果はそれほど明確でなかったが、物価上昇率の高まりが消費性向の押上げに働いていることが分かった(付図2−1)。
 第三に、我が国の2002年からの拡張局面については、1四半期後、4四半期後のいずれにおいても平均消費性向の上昇率が傾向線を上回っている。その意味で、「慣性効果」がより強く働くようになったように見える。我が国はこの間、物価、株価とも下落傾向にあったため、高齢化などトレンド要因を除けば一時的な振れの可能性もあろう。

●個人消費、住宅投資と雇用者報酬、可処分所得の先行遅行関係
 では、所得と個人消費及び住宅投資の先行・遅行関係を国際的に比較した場合、どのような特徴が見られるのだろうか。我が国を含む主要5か国を対象に、個人消費及び住宅投資の雇用者報酬に対する先行遅行関係を確認するため、90年代及び2000年代のデータを基に時差相関係数を算出した(第2−1−14図)。この結果から、以下の特徴が指摘できる。
 第一に、これまでの検討で企業部門から家計部門への波及が弱い傾向があった我が国及びドイツの、90年代、2000年代における個人消費と雇用者報酬の相関のピーク時の高さに着目すると、90年代は分析対象国の中で最も相関が高かった。しかし、2000年代になると逆に相関が最も低い部類となり、雇用者報酬との関係が弱まったことが分かる。
 第二に、個人消費と雇用者報酬の時差相関を見ると、アメリカ、フランス、英国、ドイツで個人消費と雇用者報酬はほぼ同時に動くなかで(90年代の英国、2000年代のアメリカを除く)、我が国では一貫して個人消費が先行している。これまでの分析で、我が国の個人消費は雇用者報酬に対して先行する結果を得ていたが、このような関係は我が国に特有のものであるといえよう。
 第三に、90年代のドイツ、2000年代のアメリカのように住宅投資と雇用者報酬の相関が強く見られるケースもあるが、我が国では住宅投資と雇用者報酬の先行・遅行関係は安定的ではない。この背景として、我が国では90年代前半のバブル崩壊の後、土地や住宅などの資産価格の下落が続いた結果、所得面の住宅投資への影響が相対的に読み取りにくくなったことが考えられる。

(3)我が国の消費・住宅の弱さは構造的か

 これまでは、最近の景気拡張局面に焦点を当てて我が国の家計関連需要、特に個人消費の動きの特徴を調べてきた。しかし、しばしば問題視される点として、我が国の個人消費や住宅投資の伸び、あるいはGDP成長率に対する寄与が長期的に見ても弱いことが挙げられる。以下ではこの点について確認するとともに、その背景を探ってみよう。

●個人消費の基調的な弱さの背景に高齢化
 我が国の個人消費の伸びが低い要因として、人口動態が挙げられることがある。その理由としては、人口の減少で消費者の人数が減少するというもの、高齢者の割合が高まり消費意欲が減退する一方、雇用者数が減少して所得面からも消費を抑制するというものなどが考えられる。こうした点を検証するため、2000年代におけるOECD諸国の個人消費の伸び率と雇用者報酬や人口の伸び率、老年人口比率6との関係をプロットしてみよう(第2−1−15図)。
 第一に、個人消費と雇用者報酬の増加率との間には、景気拡張局面での短期的な関係と同様に、2000〜2008年という長期間をとっても強い相関がある。我が国はおおむね傾向線上にあり、雇用者報酬の伸びの低さが個人消費の基調的な弱さをもたらしていることが示唆される。一方、アメリカは傾向線の上側に大きくかい離しており、住宅バブルを背景に所得に見合った以上の消費を行ってきたことが分かる。
 第二に、個人消費と人口の増加との間には、予想とは異なり、2000年代においては単純な関係は検出できない。確かに、我が国とドイツは人口が増加せず、個人消費も伸びなかった。一方、多くのOECD諸国は人口増加率が1〜2%前後に集中しているが、これらの国の間では個人消費の伸びに大きなばらつきがある。人口の増加は雇用者数の増加につながりやすいが、雇用者報酬は一人当たり賃金の動きにも左右され、その部分が国による個人消費の増加率のばらつきをもたらしている面があろう。
 第三に、同じく人口動態要因の一つとして、老年人口比率を取り上げよう。そうすると、老年人口比率が高いほど個人消費の増加率が低いという関係が見られる。老年人口比率が高い国では、生産性が上昇し現役世代の賃金が伸びたとしても、それが高齢者層の所得押上げにつながらないため、マクロで見た所得を押し上げる力が相対的に弱くなることが背景として考えられる。ただし、この結果でも、多くの国で老齢人口比率が15〜17%前後に集中しており、それらの国の間では個人消費の伸びに大きなばらつきがある点に注意が必要である。
 以上から、人口動態要因としては我が国で高齢化が進んだことが、個人消費の基調的な弱さの背景の一つと考えられる。しかしながら、人口動態要因と個人消費の間の関係はそれほど強いものではなく、運命論的な捉え方をすべきではないといえよう。

●高齢化のテンポが速い国ほど住宅投資の伸びが低い傾向
 住宅投資についても、潜在的には人口動態との関係が強いのではないかと想定される。そこで個人消費の場合と同様、OECD諸国の住宅投資の伸び率と雇用者報酬や人口の伸び率、老年人口比率等との関係をプロットしてみよう。ただし、サブプライム住宅ローン問題による落ち込みの影響を避けるため、個人消費の分析とは異なり95年から2005年までの10年間のデータを用いた(第2−1−16図)。結果を見ると、以下の特徴が指摘できる。
 第一に、住宅投資と雇用者報酬の増加率との間にも、景気拡張局面での短期的な関係と同様に、95〜2005年という長期間をとっても強い相関がある。この中で、我が国は傾向線よりも下側に位置しており、雇用者報酬の伸びが弱い環境にあったが、それ以上に住宅投資が弱かったことが示唆される。
 第二に、住宅投資と人口の増加との間には、個人消費と同様、単純な関係は検出できなかった。個人消費の場合と同様、人口増加率が1〜2%の狭い範囲に集中しているのに対し、雇用者報酬は一人当たり賃金の動きにも左右され、その変動が国による住宅投資の増加率のばらつきをもたらしている可能性がある。
 第三に、住宅投資と老年人口比率の関係を見ると、両者の間には負の関係がうかがわれるものの、相関関係を見いだすことはできなかった。そこで住宅投資と老年人口比率変化幅の関係を見ると、個人消費と異なり老年人口比率の上昇テンポが速い国ほど住宅投資の増加率が低いという相関関係があることが分かった。個人消費と異なる結果が得られた要因として、住宅投資の方が年齢による需要の差が大きいことが考えられる。そして、老年人口比率変化幅は人口年齢構成の変化と強い相関があると考えられるため、住宅投資において相関が観察されたと考えられる。この中で、我が国の位置を確認すると、最も老年人口比率の高まるスピードが速い国である上に、傾向線との位置関係でもやや下側に位置している。すなわち、高齢化のスピードが住宅需要を下押しする環境下、推定される以上に我が国の住宅投資の増加は鈍化していたことが分かる。

●我が国の個人消費が国内需要に占める割合は中程度
 個人消費のGDPに対する寄与度については、個人消費の基調的な伸びに加え、そもそものGDPに占める割合が影響を及ぼす。もっとも、個人消費は内需の中の最大の需要項目であるため、外需依存が高い国は必然的に個人消費のウエイトが低くなりやすい。そこで、GDPから外需要因を除いた、国内需要に占める個人消費の割合を見ると、我が国は2000〜2008年の平均で約57%である。では、この水準は先進国の中でどのように評価されるのだろうか。OECD諸国(相対的な低所得国を除く)について、労働分配率、政府消費のウエイトとの関係に着目すると、以下のようなことが分かる(第2−1−17図)。
 第一に、労働分配率が高いほど個人消費が国内需要に占める割合が高い傾向が、それほど明確ではないものの観察される。労働分配率が高い国では、マクロ的な所得のうちより多くの部分が労働の対価として家計に回るため、家計の消費支出につながりやすいと考えられる。なお、労働分配率の水準の比較に当たっては、各国間で差の大きい自営・家族従業者のウエイトを調整している。また、付加価値税率等も大きく水準が異なることから、GDPは要素費用表示を用いている。
 第二に、政府支出が国内需要に占める割合が高い国ほど個人消費の割合は低い傾向にある。これは、医療、介護、教育などの分野を中心に、政府部門がサービスの現物給付を行うような場合、個人消費の一部が代替されるからである。実際、個人消費の割合はアメリカで高く、北欧諸国で低いが、これは多分に政府消費の割合の高低を反映したものと見られる。
 第三に、我が国は、上記いずれの関係を示す図においても、おおむね傾向線の近くにある。すなわち、我が国の個人消費が国内需要に占めるウエイトは中程度であり、労働分配率や政府消費のウエイトから考えても、個人消費のウエイトが特に低いとはいえない。


3 雇用、賃金の回復パターン

 我が国の家計関連需要の特徴について、過去の景気拡張期のパターン、国際比較などを通じて分析を行った。この分析の中で、雇用者報酬の動向は特に重要な役割を果たしていることが確認できた。そこで、雇用面の動きとの関係をさらに詳しく検討しよう。「前回の労働分配率の低下は特別だったのか」「所得を動かすのは雇用者数か、賃金か」「雇用者数中心の回復は消費の浮揚力が弱いか」といった点を考察する。

(1)前回の労働分配率の低下は特別だったのか

 国内の生産活動から発生した付加価値(固定資本減耗を除く)は、生産・輸入品に課される税などを除いた後、雇用者に対しては雇用者報酬、企業には生産活動の貢献分として営業余剰に分配される。このうち、雇用者報酬と営業余剰の関係について、過去及び海外との対比で分析を行う。

●所得面での企業から家計への波及は遅延
 近年の我が国では、回復の初期は一般に輸出主導型であるが、特に前回の拡張局面では、企業関連の伸びが高かったこともあり、企業関連との対比では家計関連の需要の伸びが相対的に低かった。それでは、所得面では企業から家計への波及について何がいえるのだろうか。この点を、営業余剰と雇用者報酬のGDPに対する寄与によって明らかにしよう(第2−1−18図)。
 第一に、営業余剰の動きは年々の振れが大きいが、拡張局面ではプラス寄与となる年が幾分多い。ただし、第13循環、第14循環では1年目の寄与がマイナスであり、景気回復初期における企業部門の立ち上がりが遅くなっている。こうした状況下では、回復初期の企業部門の所得改善が家計に波及するという前提自体が成立していない。一方、第12循環では当初から営業余剰と雇用者報酬がともに伸びている。
 第二に、では、営業余剰がプラスに寄与すると雇用者報酬も増加するというパターンが観察されるかといえば、これも必ずしも成立していない。第13循環、第14循環ともに2年目には営業余剰が大きく増加したが、雇用者報酬はほとんど変化しないか、むしろ大幅な減少を示した。
 第三に、第14循環では2年目、3年目と営業余剰が大幅にプラス寄与となった後、いったんは減少したが、5年目には再びプラス寄与を示している。この間、雇用者報酬は4年目になってようやくプラス寄与に転じている。したがって、企業から家計への所得面での波及が生じたとしても、長期の遅れを伴うものであったといえよう。

●国際比較でも我が国の雇用者報酬の回復は遅延
 前回の景気拡張局面において、需要面での回復パターンは国際的に見て例外的とはいえず、「企業主導型」ではあるものの「家計への波及」もある程度は生じていた。では、所得面での企業と家計の回復力の関係についても、我が国は例外的ではないといえるだろうか。この点を調べるため、需要面のパターンを確認したときと同様にG7+3か国を対象に、2000年代の拡張局面について1〜3年目の営業余剰及び雇用者報酬の寄与(名目値の名目GDPに対する寄与度)を比べよう(第2−1−19図)。これにより分かることは、次の点である。
 第一に、1年目で営業余剰がマイナス寄与となったのは我が国だけである。これには(名目値のため)デフレも影響しているが、その点を割り引いても相対的に弱い動きと考えられる。もっとも、1年目に営業余剰の伸びが低かった国には、我が国以外にもイタリア、オランダ、デンマークがある。
 第二に、雇用者報酬も我が国だけが1年目にマイナスだが、ドイツでもゼロに近く、この両国が1年目で雇用者報酬が伸びなかった国と整理できる。その他の国では、営業余剰の増加幅にかかわらず、総じて雇用者報酬がGDPの押上げに寄与している。
 第三に、2、3年目になると、我が国でも営業余剰がプラス寄与に転じたが、雇用者報酬はマイナス寄与のままであった。すなわち、企業部門における所得の回復が家計には波及しなかった。一方、ドイツの2年目がこれと似た状況で、営業余剰がプラス、雇用者報酬がマイナスであったが、3年目には雇用者報酬がプラスに転じている。
 以上から、所得面での企業から家計への波及という点では、景気回復後の3年間に限れば、我が国だけが遅れたということができる。

●過去の景気拡張局面において労働分配率は低下傾向
 上記のような営業余剰と雇用者報酬の寄与の比較結果は、労働分配率の形で改めて解釈することができる。そこで、過去の景気拡張局面について、労働分配率(雇用者報酬/GDP)がどのように変化してきたのか確認をしてみよう(第2−1−20図)。すると次のような特徴が浮かび上がる。
 第一に、全体を見てみると第12循環の1年目及び第14循環の4年目を除き、すべての期間において労働分配率は低下をしており、労働分配率はすう勢的に低下を続けていることが分かる7。また、その低下幅も第12循環においては緩やかなものであったが、第13循環、第14循環と進むにつれて拡大している。すなわち、景気拡張局面における、家計部門への分配を通じた波及が弱まってきていることが分かる。
 第二に、景気の谷から2年後までの変化に着目すると、第12循環においては均して見ると労働分配率は上昇している。しかし、第13循環に入ると労働分配率は低下するようになり、第14循環では大幅な低下が見られる。ただし、第14循環の2年目における労働分配率の大幅な低下については、2003年4月からの社会保険料の総報酬制導入の影響があり、割り引いて見る必要がある8。いずれにせよ、第14循環においては、企業が過剰債務の削減に利益を振り向ける一方で、人件費を抑制していた姿がうかがわれる。
 第三に、第12循環において雇用者報酬は同じペースでの増加を続けているなかで、労働分配率は2年目以降から低下していた。これは、GDPの増加ペースが雇用者報酬の増加ペースを上回っていたためであり、家計部門への分配の増加ペースは低下していたわけではない。

●日独で労働分配率の低下が顕著
 上記の分析において、我が国では景気拡張局面における労働分配率の低下傾向が見られることが分かった。我が国は労働分配率が低下したため家計への景気回復の波及が遅れたとされるが、これは国際的に見て特異なことであろうか。上記と同様の期間について、各先進国の労働分配率(雇用者報酬/GDP)の変化を比べると、次のような特徴が浮かび上がる(第2−1−21図)。
 第一に、全体を眺めると、労働分配率が低下している期間が多い。ここで注目されるのは、アメリカ、英国、カナダなどでは、家計、企業とも所得面が堅調に推移したが、分配率は総じて低下していることである。企業が十分に収益を上げれば、分配率が幾分低下したとしても結果として家計部門が潤うのが一般的といえよう。
 第二に、労働分配率の上昇が目立つ国も一部あり、イタリア、デンマークがこれに当たる。両国では、営業余剰の伸びは低めであるが、分配率が上昇することで雇用者報酬のプラス寄与をもたらしている。
 第三に、企業から家計への所得面での波及が弱かった国として我が国とドイツがあるが、両国では1年目から3年目まで一貫して労働分配率が低下し、他国と比較して特徴的な動きとなっている9。特に、我が国では2年目に顕著な分配率の低下が生じた結果、累計でも分配率が大きく低下している。

(2)所得を動かすのは雇用者数か、賃金か

 これまで、所得面について雇用者報酬を中心に分析を行ってきた。では、雇用者報酬の構成要素である、賃金、雇用者数などに着目した場合、景気拡張局面でどのような特徴が見られるのだろうか。

●時間当たり賃金と労働時間の減少が雇用者報酬を押下げ
 我が国の過去3回の景気拡張局面を振り返ると、雇用者報酬の伸びは第12循環では1年目からプラス、第13循環ではゼロ近傍、第14循環では3年目までマイナスと、次第にその弱さが目立つようになっている。ここでは、実質雇用者報酬の伸びを総務省「労働力調査」の雇用者数、厚生労働省「毎月勤労統計調査」の時間当たり実質賃金、労働時間の3つの寄与に分けることで、その背景を探ってみよう(第2−1−22図)。
 第一に、労働時間については、全産業では1年目に常にマイナス寄与となっている。また、第14循環では2、3年目になっても依然としてマイナスである。一般に、景気回復に伴って所定外労働時間は増加するはずである。実際、製造業については、1年目から少なくともマイナスにはなっておらず、第14循環では明確な伸びを示している。にもかかわらず全産業ではマイナスであるのは、景気回復に伴って非製造業を中心にパート労働者の増加を図った結果、平均労働時間が押し下げられたためと考えられる。
 第二に、時間当たり実質賃金については、全産業では第12循環、第13循環において一貫して上昇している。一方、第14循環では2年目まで低下し、3年目からプラスに転ずるものの、5年目には再び低下している。第14循環における時間当たり賃金の弱さは、製造業ではやや緩和されており、ここでも非製造業でのパート労働者の増加が背景にあることが推察される。
 第三に、雇用者数については、1年目は弱く、第13、14循環では減少しているが、その後は総じて雇用者報酬をけん引する力となっている(全産業の場合)。もっとも、製造業では派遣労働者(非製造業の雇用者増に寄与)の活用や海外へのアウトソーシングなどもあってマイナス寄与の期間が長く、景気回復がある程度浸透してようやくプラスに転じている。にもかかわらず全産業では雇用者数が増加しているのは、非製造業でのパート労働者を中心とした雇用増のためと考えられる。
 このように、製造業の雇用者のウエイトは小さいことから、上記で抽出した製造業の特徴は全産業ベースの動きにはそれほど大きな影響は及ぼさない。第14循環での雇用者報酬の回復の遅れは、非製造業における時間当たり実質賃金と労働時間のマイナス寄与を主因としており、これに製造業での雇用削減の効果も加わったと考えられる。

●各国とも雇用者報酬の変動の大半は一人当たり賃金の寄与
 このような我が国の特徴は、他の先進国との対比ではどのように位置づけられるだろうか。ここでは、雇用者報酬の変動について、最近の景気拡張局面での一人当たり賃金(一人当たり賃金は時間当たり賃金と労働時間の寄与の合計)と雇用者数の寄与に分けて、先進各国間で比べてみよう(第2−1−23図)。
 第一に、ほとんどの国では、一人当たり賃金、雇用者数がともにプラスに寄与する形で雇用者報酬が増加している期間が多い。顕著な例外は我が国とドイツであり、特に我が国ではそもそも雇用者報酬が減少しており、主に一人当たり賃金がマイナスに寄与している。ドイツでは賃金、雇用者数とも目立った動きがない。
 第二に、雇用者報酬の変動に大きく寄与しているのは、多くの場合、雇用者数ではなく一人当たり賃金である。前述のとおり、これは我が国の雇用者報酬の減少についても当てはまる。雇用者数の方が大きく寄与しているのは、カナダの1年目だけである。
 第三に、我が国の過去3回の拡張局面を通して観察された、次第に雇用者数の寄与がプラス方向に大きくなる特徴は、2000年代の拡張局面に関する限り、我が国のほかではオランダ、アメリカ、フィンランドで見られるが、先進国において一般的なものというわけではない。

●GDPと雇用者数の関係は不変だが、我が国では賃金との関係が希薄化
 では雇用指標とGDPの間の関係について、国際比較をするとどのような特徴が見られるのだろうか。雇用者数及び一人当たり賃金について、GDPとの間で先行・遅行関係が見られるのか、我が国と、比較のためアメリカ、英国及びドイツについて確認を試みたい。時代による変化を確認するため90年代及び2000年代に分けた上で、これらの4か国について時差相関係数による分析を行った。(第2−1−24図)。すると、以下の点が指摘できる。
 第一に、雇用者数とGDPとの間の時差相関係数に着目すると、90年代のドイツを除き雇用者数とGDPとの間には相関がある。そして、その時差相関の水準を見ると英国を除き10 90年代と2000年代でほぼ同水準又は2000年代が上回っており、雇用者数とGDPとの間の相関関係は弱まっていないことが分かる。なお、90年代のドイツにおいて相関が見られなかった要因としては、東西ドイツの統一(89年)に伴う労働市場の変化、すなわち旧東ドイツ側の雇用者数の大幅な減少11などが挙げられる。
 第二に、一人当たり賃金とGDPとの間の時差相関係数に着目すると、90年代においては、我が国及びドイツにおいて両者の間には相関関係が見られたが、2000年代に入り相関は弱まっていることが分かる。逆に、アメリカでは2000年代に入り相関が高まっている。
 第三に、雇用者数とGDPとのラグに着目すると、2000年代に入りGDPに対して1四半期程度、雇用者数が遅行するようになっていることが分かる。企業部門において、90年から2000年代にかけて景気の改善を確認してから雇用者数の拡大に移るパターンが強まっていることが示唆される。

(3)雇用者数中心の回復は消費の浮揚力が弱いか

 これまで、雇用者報酬とその構成要素である雇用者数、賃金について分析を行ってきた。では、個人消費と雇用者数、賃金との関係にはどのような特徴があるのだろうか。

●2000年代は労働時間が個人消費と強く連動
 雇用者報酬は個人消費と密接な関係があるが、実際には個人消費が雇用者報酬の変化に1〜2四半期先行して変化することを先に述べた。それでは、雇用者報酬の構成要素の一部である一人当たり定期給与、労働時間、雇用者数はそれぞれ個人消費とどのような時間差で関係するのだろうか。なお、一人当たり賃金の指標として定期給与を選んだのは、特別給与は支給月が偏っており、四半期単位の分析になじまないためである。結果を見ると、次のような点が明らかとなる(第2−1−25図)。
 第一に、定期給与に対しては、個人消費が1〜2四半期先行する。また、90年代においては個人消費との相関が高いが、2000年代に入りその相関関係は弱まっている。この背景として、2000年代については、団塊の世代の退職等もあって景気循環とは直接関係しない要因で定期給与が変動したことや、ボーナス(特別給与)を通じた賃金調整を行う傾向が強まったことなどが考えられよう。
 第二に、労働時間については、90年代にはほとんど個人消費との相関が観察されない。一方、2000年代では相関が非常に高く、個人消費が1期先行、もしくは同時に動くことが分かる。90年代には時短に関する制度の変更などがあり、景気と労働時間の関係が不明瞭になっていた可能性が指摘できよう。
 第三に、雇用者数に対しては、90年代には個人消費が3期先行、2000年代では1期先行のところで相関が最も高くなっている。相関はそれほど高いわけではないが、年代によらず個人消費との関係がある程度存在する。ラグが縮小した要因として、パートタイム労働者の増加や、派遣労働者の増加12などにより、雇用者数の柔軟な調整につながったことも考えられる。

●景気回復初期には一人当たり賃金でも雇用者数でも消費拡大効果に大差なし
 国際的に見たときに、一人当たり雇用者報酬、雇用者数はそれぞれ個人消費とどのように関係しているのだろうか。OECD諸国を対象に、前回の景気の谷から1〜3年目について、個人消費、一人当たり雇用者報酬(いずれも実質ベース)、雇用者数の変化率をプロットすると、以下のような特徴が明らかとなる(第2−1−26図)。
 第一に、一人当たり雇用者報酬と個人消費の伸びの関係については、ばらつきは大きいものの、1年目、2年目、3年目とも安定した傾向線を引くことができる。すなわち、平均して見れば、一人当たり雇用者報酬の変化に対する個人消費の感応度は時間が経過しても変わらないことを意味する。我が国は一人当たり雇用者報酬が減少しており、個人消費も弱い動きとなっている。
 第二に、雇用者数と個人消費の伸びの関係については、おおむね正の相関が見られるものの、3年目にはほとんど相関が観察されない。1年目と2年目とでは同じような関係が成り立っている。我が国では雇用者数の伸びが弱く、かつ、上記のような一人当たり雇用者報酬の弱さなどを背景に個人消費の伸びが傾向線より低い。
 第三に、上記の2つの関係を対比すると、1年目、2年目に関する限り、個人消費に及ぼす影響は雇用者数の方が一人当たり雇用者報酬より幾分大きい。ただ、一人当たり雇用者報酬1%の増加、雇用者数1%の増加のいずれも、1%よりやや少ない個人消費の増加をもたらす。雇用者数の増加は失業者数の減少につながり、消費性向の高い貧困層を中心に所得を改善させるとも考えられるが、そのために雇用者報酬全体に与える影響度は小さくなる可能性があり、一人当たり雇用者報酬と雇用者数が個人消費に与える影響には大きな違いはないといえよう。

●2009年の景気持ち直し局面では主要国で個人消費が先行して改善
 最後に、リーマンショック後の景気持ち直し局面では、一人当たり賃金、就業者数(データの制約から雇用者数ではなく就業者数に着目)、雇用者報酬と個人消費の動きはどうなっているのだろうか。我が国は今回も独自の動きを示しているのだろうか。主要先進国について、2008年1〜3月期を基準として、これらの指標のその後の動きを実質ベースで追ってみよう(第2−1−27図)。
 第一に、我が国、アメリカ、英国では、実質雇用者報酬の減少テンポが急で、景気が持ち直してきたものの依然として低水準となっている。我が国は前回の景気拡張局面と同様の展開だが、今回は米英がそれ以上に厳しい状況となっている。ただし、2009年末頃から我が国では雇用者報酬に持ち直しの兆しが、米英でも下げ止まり感が見られるようになっている。
 第二に、我が国の実質雇用者報酬の内訳を見ると、2008年後半から実質賃金の下落テンポが緩やかとなっている。ここに示した「実質賃金」は、便宜上、実質雇用者報酬を就業者数で除したため過小に推計されているが、その点を割り引いても、前回ほど下落が長引いていない。その他の国でも、実質賃金は比較的持ち応えている。
 第三に、今回はいずれの国でも、個人消費が先行して持ち直す一方、実質雇用者報酬の動きは比較的弱い。これは、多くの国で自動車購入に対する補助制度などの消費刺激策が実施された影響が大きいと考えられる。ただ同時に、上記のような実質賃金の動きから、個人消費が支えられている面も一部にあると考えられる。
 いずれにせよ、特に我が国については、今回の景気持ち直し局面では実質賃金がすでに十分低いこと、前回の拡張局面の1年目(2003年初め)と比べると労働分配率がやや低く13、企業における債務削減圧力も弱いと見られること14などから、前回のように人件費の下落基調が長期化することは想定しにくい。個人消費が政策効果で支えられている間に、所得面の持ち直しが進めば、家計が一定程度寄与する形での持続的回復も可能となろう。


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