第2章 景気回復における家計の役割 第2節

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第2節 個人消費を巡る論点

第1節での検討では、個人消費の動向には、所得面の伸びと並んで平均消費性向も大きく影響することが分かった。また、高齢化が進んだ国では個人消費が伸びにくい傾向が見られた一方、人口増加率と個人消費の伸びの関係は明確ではなかった。いずれにしても、人口動態を重視しすぎて悲観論に陥るべきではなく、個人消費の構造を分析した上で、その活性化を図ることが重要である。そこで本節では、高齢化と個人消費の関係を掘り下げるとともに、所得分配や家計の余裕度と消費の影響を分析する。その上で、様々な観点から個人消費の活性化策を検討する。

1 高齢化と個人消費

高齢化が進んだ国では個人消費が伸びにくいが、我が国では高齢者が消費の主役となっているという見方もある。これをどう理解すべきだろうか。ここでは、「高齢者はどのような意味で消費をけん引しているか」「高齢化は消費性向をどの程度押し上げているか」「高齢者は何を消費しているのか」といった論点について、やや仔細に検討してみよう。

(1)高齢者はどのような意味で消費をけん引しているか

最初に、個人消費の変動に対して高齢者の存在が重要となっている姿を確かめ、彼らがどのような意味で個人消費をけん引しているのかを調べる。また、人口が減少に転じても、それが直ちに個人消費の押下げにつながらない理由を考える。

●高齢者が押上げに寄与する個人消費

高齢化は個人消費の伸びにどの程度の影響を与えているのだろうか。ここでは、家計消費状況調査と、国勢調査及び人口推計により算出した世帯情報を用い、2003年以降の個人消費支出の変動に対する世帯主の年齢階層別の寄与度を算出し、高齢者層が個人消費に与えている寄与の大きさを確認する(第2-2-1図)。なお、「家計消費状況調査」と世帯情報を基に算出した消費支出動向は、国民経済計算の名目個人消費とおおむね似た動きを示している。両者の定義や推計方法には違いがあるため完全には一致しえないが、分析のための近似としては耐え得る範囲と考えられる。
第一に、60歳以上の高齢者世帯による個人消費の押上げ寄与は非常に大きい。すなわち、2003年以降、おおむね一貫して60歳以上世帯が個人消費にプラスの寄与をしており、かつ、個人消費に対するプラス寄与のほとんどはこの世代による。例外はリーマンショック後の急激な消費の落ち込みのときだが、そのときもマイナス寄与は小さかった。2009年後半以降の個人消費の持ち直しも高齢者がけん引している。
第二に、35~59歳の世帯は、通常は個人消費に対する寄与が小さく、プラス、マイナスのどちらにも振れやすい。一方で、2004年秋の台風や暖冬による消費不振、リーマンショック後の景気悪化局面では、この年齢層が消費を大きく押し下げている。
第三に、34歳以下の若年世帯は、ほぼ一貫して個人消費を押し下げる方向に寄与している。もっとも、そのマイナス寄与の大きさは安定的に推移している。例外は2004年秋以降で、マイナス幅をやや拡大させたが、一時的な動きにとどまった。

●高齢者の消費押上げは世帯数増加要因が寄与

では、高齢者世帯の個人消費押上げの背景は何であろうか。年齢層別の消費は、一世帯当たりの消費額と当該年齢層の世帯数で決まる。そこで、年齢層別の名目消費額の推移と、各年齢層別の世帯数の推移を確認したい(第2-2-2図)。すると以下の点が指摘できる。
第一に、60歳以上世帯の一世帯当たりの名目消費額については、均して見れば、総世帯の動きに沿った動きとなっている。すなわち、高齢者世帯の消費の伸びが全体と比べて基調的に強いとはいえない。もっとも、総世帯の一世帯当たり個人消費が大きく落ち込んだリーマンショックの後では、高齢者世帯の一世帯当たり消費の減少は相対的には小幅であった。これは、現役世代の消費が雇用・所得環境の悪化の影響をより強く受けたためと考えられる。
第二に、世帯数の推移を見ると、予想されるように、60歳以上の世帯数のみが一貫して増加しており、他の年齢層の世帯は減少している。すなわち、60歳以上の世帯数が持続的に増加していることが、その分だけ同年齢層の消費を押し上げ続け、これが個人消費の変動における寄与の大きさにつながったといえるだろう。
第三に、ここでの年齢別の3区分によれば、35~59歳の世帯の一世帯当たり消費が一か月約35万円と最も高いが、60歳以上の世帯がこれに次ぎ、34歳以下の世帯が最も低い。したがって、若年世帯が減少し、高齢者世帯が増加するだけで、平均的な世帯当たり消費はむしろ増加する。実際には35~59歳世帯の減少が消費押下げに働くが、高齢者世帯の増加が一世帯当たりの消費押下げにつながるとは限らない点に注意が必要である。

●世帯人員数の減少は個人消費を下支え

人口減少の個人消費への影響を緩和する要因として、世帯数の増加と平均世帯人員の減少が考えられる。少人数の世帯ほど「規模の経済」が働きにくく、一人当たりの消費額が大きくなりやすいからである。こうした効果を把握するため、マクロの個人消費を人口要因、世帯人員要因、純粋な一人当たり消費要因の3つに分けてみよう(第2-2-3図)。ただし、ここでは99年までの単身世帯の消費額の伸びが二人世帯と等しいと仮定してマクロの個人消費を推計した。すると以下のようなことが指摘できる。
第一に、90年代半ば以降、マクロの個人消費支出は減少を示すことが多くなっている。個人消費の1年ごとの動きに最も影響しているのは、純粋な一人当たり消費要因である。また、90年代前半以前は純粋な一人当たり消費が全体の押上げに最も寄与するなど、長期的に見た個人消費の強さ、弱さを決定付けている。ただし、最近では、年々の動きを均して見ると、純粋な一人当たり消費の(マイナスの)寄与はそれほど大きくない。
第二に、人口要因による消費の押上げ幅は70年以降縮小している。日本の総人口は、70年代は年平均1.2%程度で増加していたが、80年代に入ると伸び率は半減し、90年代には0.3%弱となった。2000年以降はおおむね横ばいとなり、2008年に減少へ転じた結果、最近では消費をわずかながら押下げている。
第三に、世帯人員構成要因は常にプラスに寄与しており、80年代後半以降は人口要因よりも消費を押し上げるようになった。すなわち、平均世帯人員の減少に伴う一人当たり消費の増加が、人口の伸び率鈍化ないし減少を穴埋めする形で消費をかさ上げしている。こうした世帯人員構成要因の寄与は、70年代初めまでの急速な核家族化の時期、80年代後半から2000年代初めまでの1~3人世帯の急増時期にプラス幅が大きかった。
以上から、平均世帯人員の減少に伴う一人当たり個人消費の押上げ効果は、人口要因のプラス寄与が縮小ないしわずかながらマイナス寄与となるなかで、個人消費の下支えに重要な役割を果たしていることが分かった。

(2)高齢化は消費性向をどの程度押し上げているか

高齢者の消費意欲は高いといわれる。「消費意欲」を平均消費性向で測るとすればそのとおりだが、高齢者は現役の中堅層と比べ所得が少ない傾向があるため当然でもある。むしろ問題は、マクロの消費性向の基調的な上昇のうち高齢化による部分はどの程度か、高齢者自身の消費性向は上昇しているのか、といった点である。これらについて調べてみよう。

●平均消費性向は上昇傾向

「国民経済計算」におけるマクロの平均消費性向と、「家計調査」による世帯当たり消費支出から得られる平均消費性向は、動きが大きく異なることが広く知られている。本節では、以下、「家計調査」を用いた分析が多くなることから、両者の概念の違いを近づける作業を行っておきたい(第2-2-4図、概念調整の詳細は付注2-2)。その結果を見ると、以下のようなことが分かる。
第一に、「国民経済計算」ベースの平均消費性向はすう勢的に上昇しており、2008年には98%近くに達している。貯蓄率では2%強ということになる。一方、「家計調査」のうち勤労者世帯の平均消費性向は、98年までは低下傾向、その後は上昇ないし横ばい圏内の動きであるが、総じて緩やかである。2008年における水準は約75%となっている。このように、両者は動き、水準ともにまったく異なっている。
第二に、「国民経済計算」における家計最終消費支出には、持ち家の帰属家賃が含まれているが、「家計調査」における消費支出には含まれていない。これが、「国民経済計算」上の平均消費性向を押上げている主たる原因と考えられる。この点を含めて「国民経済計算」ベースの消費性向に対して概念調整を行うと、平均消費性向の水準が大幅に低下するとともに、上昇テンポも幾分緩やかになる。
第三に、「家計調査」ベースの平均消費性向を「勤労者世帯+無職世帯」でとると、水準が大幅に高まり、99年以降の上昇テンポも速まる。これは、消費性向が100%を超える無職世帯が増加していることによる。さらに、「家計消費状況調査」などにより概念調整を行うと、上記で調整した後の「国民経済計算」上の平均消費性向と、水準、動きとも近いものとなる。

●高齢者世帯の動きが全体の平均消費性向の上昇の大部分を説明

以上のように、平均消費性向はどの概念を用いるかで水準や動きが違うが、「家計調査」ベースでも無職世帯を加えるなどの調整を行えば、近年は上昇していることが分かった。それでは、このような平均消費性向の上昇は、各年齢層がどの程度寄与する形で生じているのだろうか。過去における5年平均の平均消費性向(「家計調査」ベース概念調整済み)の変化幅を寄与度分解することで明らかにしよう(第2-2-5図)。
第一に、全期間を通じ、無職世帯が一貫して大きく消費性向の押し上げに寄与している。また、60歳以上の勤労者世帯も、寄与度はそれほど大きくないが、消費性向の上昇要因となっている。無職世帯の約95%は60歳以上であることから、無職世帯と60歳以上の勤労者世帯の合計を「高齢者世帯」とすれば、2000年代前半を除いて、これらの世帯の増加(及び消費性向の上昇)が全体の消費性向の上昇の大部分を説明するといえよう。
第二に、その他の年齢階層(30歳代未満~50歳代)については、時期によってプラス寄与、マイナス寄与のいずれの場合もあり、また、年齢層によっても違いがある。長期間で均して見れば、これら現役世代の動きは全体の消費性向には大きな影響を及ぼしていないといえよう。
第三に、2000年代に限れば、現役世代は総じて平均消費性向を押し上げる方向に寄与している。これらの世代は消費性向の水準が高齢者層より低めであるが、2000年代には世帯数が減少したため、結果として平均値への寄与がプラスになったものと考えられる。特に、2007年以降から団塊の世代が高齢者層に加わってくるため、この傾向が強まってくると予想される。

●高齢者は利子収入の減少にもかかわらず消費水準を維持

上記の分析で、無職者を中心とする高齢者世帯がマクロの平均消費性向を押し上げてきたことは分かった。そのメカニズムは基本的には高齢者世帯の数の増加にあることは自明だが、それに加え、これらの世帯の消費性向の動きは寄与したのだろうか。その点を確認するため、無職者世帯に着目して、平均消費性向の動きとその背景を探った(第2-2-6図)。
第一に、無職世帯の平均消費性向は、2000年代前半までは一貫して上昇している。注目すべきは、消費性向の変化を分子の消費要因と分母の可処分所得の寄与に分けたとき、90年代後半以降、消費要因はほとんど動いていないことである。すなわち、可処分所得が減少しても、資産を取り崩して消費水準を維持した結果、消費性向が上昇したことになる。
第二に、可処分所得の寄与の内訳を見ると、90年代までは財産収入要因がプラス寄与(財産収入が減少)となっていたが、その後はほとんど寄与がなくなっている。一方、その他可処分所得要因は90年代前半まではマイナス寄与(その他所得が増加)、その後プラス寄与(その他所得が減少)に転じている。「その他可処分所得」の減少は、公的年金支給開始年齢の引上げが影響していると考えられる
第三に、90年代までの財産収入の減少の中身を推測するため、「国民経済計算」における家計(無職世帯以外を含む)の財産所得(受取)の動きを見ると、利子所得が大幅に減少している。背景には、バブル崩壊後の金利水準の低下があると考えられる。なお、2000年代には財産所得(受取)に占める配当の割合が高まり、財産所得(受取)全体の水準もやや持ち直している。

(3)高齢者は何を消費しているのか

ここで、高齢者層の消費の内訳について特徴を整理しておこう。我が国における高齢者の消費構成を他の年齢層と対比しつつとらえるとともに、アメリカの高齢者と対比した構成、及び構成の変化について特徴を明らかにする。

●高齢者世帯で多い支出は贈与や医療費

高齢者層の家計支出にはどのような特徴が見られるのだろうか。2009年の「家計調査」データを用い、世帯主年齢階層別に支出の費目構成を比べると、以下のような特徴が浮かび上がる(第2-2-7図)。
第一に、60歳以上の世帯の支出額が他の世代より絶対額で多い費目は、交際費(贈与金等)15と保健医療である。総世帯ベースでは交際費の内訳が分からないため二人以上世帯で詳しく見ると、交際費のうち贈与金が占める割合は約90%(2009年)である。高齢者層は無職世帯が多く職業関連での交際費の必要性が低いため、子供や孫への贈与金として使うことが多いと考えられる。なお、学費等の仕送り金は50歳代の世帯と比べて小さい。保健医療が多いことが予想されたが、ウエイトは1割に満たず、個人差が激しい項目と考えられる。
第二に、絶対額では少ないが高齢者世帯でのウエイトが高い項目として、食料(外食以外)が挙げられる。一方で、外食費のウエイトが低いが、これは勤労者が少ないことから当然といえよう。光熱・水道、家具・家事用品などもウエイトが高いが、自宅にとどまる時間が長いことを反映していると考えられる。
第三に、高齢者世帯でのウエイトが低い項目には、前記の仕送り金や外食のほか、交通や教育があるが、これらについては高齢者世帯であれば当然予想される結果であろう。住居も低いが、これは持ち家世帯が多く家賃負担が少ないからで、「国民経済計算」のように帰属家賃を含めれば逆の結果になる可能性もある。
なお、消費活性化の鍵として注目される教養娯楽については、高齢者世帯で特に多くも少なくもない項目である。

●高齢者世帯でアメリカと比べ多いのは食料、光熱・水道、教養娯楽

高齢者世帯の消費活性化を検討するに当たっては、今後も続くかどうかは別にして、「消費大国」であるアメリカの高齢者が何を消費しているかを知ることも必要である。そこで、両国の家計支出に関するデータに基づき、2007年における高齢者世帯(65歳以上)の支出構成を比べてみた(第2-2-8図)。これによれば、アメリカとの対比で我が国の高齢者世帯の消費支出には以下のような特徴が見られる。
第一に、我が国の高齢者世帯は、食料(外食を除く)、光熱・水道、教養娯楽のウエイトが高い。外食は逆にアメリカでウエイトが高い。光熱・水道は食料・エネルギー価格の差を反映している可能性もあるが、我が国の高齢者は国内の他の年齢層との比較でも食料、光熱・水道のウエイトが高かった。したがって、自宅での消費活動に重きを置いている結果ともいえよう。「その他」が多いのは前述のように交際費が多いためである。一方、教養娯楽が多いことからは、活動的な一面もうかがわれる。
第二に、アメリカでは交通、保健医療のウエイトが高い。交通はライフスタイルの差を反映しており、さらに詳しく内訳を見ると、アメリカでは自動車購入、ガソリン・モーター油のウエイトが高い一方、我が国では公共交通が高い。保健医療については公的保険のカバー率の差によるものと考えられる。
第三に、アメリカでは住居、家具・家事用品のウエイトも高い。アメリカでは、持ち家率が低いため家賃など住居関連支出のウエイトが高くなっている可能性があるが、家具・家事用品にもお金をかけていることを踏まえると、住生活の充実を重視した結果とも考えられる。実際、我が国と比べ、アメリカでは住宅リフォームが盛んなことが知られている(第3節参照)。

●我が国の高齢者世帯では被服・履物等の消費減少が特徴的

では、我が国の高齢者世帯の消費構成は、どのように変化しているのだろうか。2000年代の推移について、アメリカと対比しつつ調べてみよう(第2-2-9図)。なお、物価変動の要因を除くため、名目消費支出を当該分類の消費者物価を用いて実質化している。この結果から、以下の点が指摘できる。
第一に、日本、アメリカともに相対的に伸びの高い項目は、教養娯楽、家具・家事用品である。これらは、家電等の耐久消費財を含んでおり、価格下落もあって両国で購入数量が増加したものと考えられる。また、特にテレビについては、両国において地デジ対応が進んでいることも影響している。ただしこれらの項目は、アメリカでは名目消費額の伸びが実質の伸びを上回っているのに対して、日本は逆に実質の伸びが名目を上回っている。特に日本の教養娯楽は実質消費額の増加のほとんどが(品質向上要因を含む)価格下落によるものであった。教養娯楽は2000年から2009年にかけて約20%増加したが、そのうち17ポイント近くは価格下落によるものである。
第二に、アメリカと比べて我が国で増加が目立つものとして、保健医療が挙げられる。特に、我が国の保健医療支出は2001年に1割以上増加した後、2009年にかけて振れを伴いながら増加している。なお、2001年の保健医療支出増加の一因として、2000年4月から介護保険制度が施行されたことに伴い、高齢者層において介護保険の利用が進み、その関連の支出が増加したことも考えられる。
第三に、我が国で落ち込みの激しい項目が、被服及び履物、住居である。前者については、安価な輸入品の流入が拡大するなかで、数量ベースでも消費者が被服等を節約の対象としたことが考えられる。後者については、2007年までは我が国でそれほど減少しておらず、アメリカの増加も住宅バブルの影響を受けている可能性がある。我が国における2008年以降の減少は、景気後退によってリフォームなどの高額支出が削減されたものと解釈できよう。

2 所得分配と個人消費

個々の家計が置かれた状態により、その家計の消費行動も違ってくる。特に、所得を中心とした購買力が各世帯にどう分布しており、それが変化したとき消費がどう変化するかを知ることは重要である。こうした点について、以下では、「所得等の階層によって消費行動にどんな違いがあるか」「所得移転の効果は世帯属性によってどう違うか」「家計の余裕度をどう捉えるか」という問に答える形で考える。

(1)所得等の階層によって消費行動にどんな違いがあるか

所得階層や貯蓄階層による消費行動の違いを把握しておくことは、所得再分配政策などを考える際の基礎的な材料となる。ここでは、まず、勤労者世帯に着目して、近年における所得格差の拡大に伴う消費格差の変化とその背景を検討する。一方、貯蓄残高が消費行動に与える影響も、勤労所得がない世帯について理解するに当たって特に重要である。そこで、高齢無職世帯に焦点を当てて、貯蓄残高と消費行動の関係を調べる。

●所得格差は拡大したが消費格差は縮小

「平成21年度年次経済財政報告」で分析したように、家計の所得格差はすう勢的に拡大してきており、2000年代においても高齢化や雇用の非正規化などを背景にこの傾向が続いている。それでは、所得格差の拡大は消費の格差にどう影響を及ぼしているのだろうか。「家計調査」の二人以上勤労者世帯に限定し、91年、2000年、2009年の3時点における所得階層別のデータを基に調べてみよう(第2-2-10図)。
第一に、年間収入階級別の世帯分布を見ると、91年から2000年にかけて高所得層の割合が高まったが、2000年から2009年にかけては低所得層の割合が高まった。低所得層における91年から2000年及び2009年への変化に着目すると、200~250万円、300~350万円の階級で顕著な増加が見られる。景気悪化の影響によって増幅された面もあるが、二人以上勤労者世帯でも低所得者がすう勢的に増加している可能性がある。
第二に、年間収入の格差をジニ係数で測ると、拡大傾向が確認される。また、年間収入階級別の可処分所得の分布から「擬ジニ係数」16を試算すると、91年から2000年にかけては横ばい圏内であったが、2009年にかけて格差が拡大している。高所得者が増加した局面では所得再分配効果が働いて可処分所得の分布が緩やかになったが、低所得者の増加局面ではそうした効果が機能しにくいと考えられる。
第三に、消費支出の格差を上記と同様の「擬ジニ係数」で見ると、緩やかに低下している。特に、可処分所得の格差が拡大した2000年から2009年にかけても、消費支出の格差が縮小している点が注目される。この間の家計の消費行動は、所得格差の拡大を打ち消す方向に働いたといえよう。

●高所得層における消費削減が消費格差を縮小

それでは、2000年と2009年を比べた場合、なぜ所得格差の拡大を打ち消すような消費行動が生じたのであろうか。年間収入5分位別の平均消費性向の変化を調べることで、この点を検討してみよう(第2-2-11図)。
第一に、この間の平均消費性向の変化を見ると、第I~第IV分位の世帯では上昇しているのに対し、最も所得が高い第V分位の世帯ではほとんど変化していない。なお、第IV分位以下の世帯の間では変化幅が似通っているが、第IV分位で伸びがやや低めである。
第二に、平均消費性向の変化を消費支出と可処分所得(実質ベース)の寄与に分けると、いずれの階級においても消費、所得がともに減少しているが、第V分位では消費の減少率が特に大きく、所得の減少率は小さい。すなわち、景気悪化に伴う所得へのダメージは相対的に少なかったが、消費も所得減と同じ程度まで削減している。他の階級では、所得は大きく減少したが、消費の削減は抑えた形となっている。これは、生活するためには切り詰めることが難しい必需的支出(食料(除く外食)費、光熱・水道費、住居費、教育費、医療費など)が、慣性効果として働いたことが要因として考えられる。
第三に、高所得層で消費を切り詰めた背景として、消費に占める選択的支出(支出弾力性の高い財・サービス)のウエイトが高いことが挙げられる。実際、選択的支出が消費全体に占める割合は、第IV分位で半分程度であるが、第V分位では6割程度となっている。
以上のように、選択的支出が多い高所得層が消費を大きく切り詰めたため、所得格差が拡大したにもかかわらず消費の格差は逆に縮小したといえよう。

●70歳以上の無職世帯では貯蓄の多寡によらず平均消費性向が100%近辺

次に、貯蓄残高の多寡による消費行動の違いを調べてみよう。ここでは、貯蓄残高によって消費が大きく左右される可能性の高い、60歳以上の高齢無職世帯に着目し、貯蓄階級別の平均消費性向と可処分所得を比べてみよう(第2-2-12図)。世帯属性を揃えるため、ここでは2人世帯に限定し、2002~2009年の平均的な値をとる。
第一に、60~64歳では、貯蓄残高が多いほど平均消費性向が高い。また、消費性向が100%を上回るので、貯蓄を取り崩している。この年齢層について、貯蓄階級別の可処分所得を見ると、一定の規則性は観察されない。すなわち、貯蓄残高と可処分所得は関係がない。したがって、貯蓄が多い世帯ではその取り崩しも多く、結果として消費の水準も高くなっていることが分かる。
第二に、65~69歳になると中位より貯蓄の多い世帯では消費性向が上がらなくなる。ただし、いずれの階級でも消費性向は依然として100%を超えており、貯蓄を取り崩している状況には変わりがない。一方、可処分所得を見ると、第V分位で特に多くなっている。したがって、貯蓄の最も多い第V分位は、貯蓄をそれほど取り崩さずに一定の消費水準を確保できていると考えられる。
第三に、70歳以上では貯蓄残高による消費性向の差がなくなる。しかも、消費性向は100%前後であり、貯蓄は取り崩していない。一方、これらの世帯では貯蓄残高が多いほど可処分所得が多い。したがって、70歳以上の世帯では、貯蓄が多いほど消費も多く、かつ、貯蓄に手をつける必要がない。
以上から、マクロ的な消費活性化を考える場合、貯蓄に手をつけずに消費が賄えている層について、消費機会の制約要因を緩和する方策に加え、若い世代が彼らの持つ購買力を活用できるような工夫なども検討の余地があろう。

(2)所得移転の効果は世帯属性によってどう違うか

一般に、所得が多い世帯ほど、平均消費性向が高い傾向にある。しかし、所得再分配政策の効果を検討に際しては、所得を1単位増加させたときの消費の増分、すなわち限界消費性向が重要である。以下では、年収や貯蓄残高、あるいは世帯類型による違いをも考慮しつつ、限界消費性向を調べてみよう。

●高所得層ほど低い限界消費性向

ここでは、二人以上勤労者世帯について、「家計調査」の個票を用いて消費関数を推計することで、年収階層別の限界消費性向を比べてみよう(第2-2-13図)。
第一に、二人以上勤労者世帯全体では、予想のとおり、年収が低いほど限界消費性向が高い傾向が見出せる。すなわち、最も年収の低い第I分位の限界消費性向が約40%と最も高く、第V分位のそれが約25%と最も低い。中間の第III分位で約30%である。年収によって所得移転の消費刺激効果が大きく異なることが確認される17
第二に、二人以上勤労者世帯の9割を占める貯蓄保有世帯(100万円以上の貯蓄のある世帯)に限定すると、全体に比べて総じて限界消費性向が低い。これは、貯蓄がいわば緩衝装置となって、所得の変動の一部を吸収するためと見られる。
第三に、残り1割の非貯蓄世帯(100万円未満の貯蓄しかない世帯)について見ると、貯蓄世帯に比べて各分位で限界消費性向が大幅に高い。しかも、第II分位から第IV分位までの限界消費性向はほぼ同じ水準になる。フローの所得が十分ある第V分位を除けば、貯蓄がないことによる制約が強く働いていることが分かる。
このように、限界消費性向は所得の多寡や貯蓄の有無に大きく影響を受け、家計の直面する流動性制約を反映しているといえよう。

●世帯類型によっては所得と限界消費性向との関係が希薄

上記の結果は家計の経済状況に着目したものだが、家計の消費行動は年齢や家族構成などから予想されるライフスタイルにも影響を受ける可能性がある。そこで、こうした世帯類型との関係を調べてみよう(第2-2-14図)。
第一に、世帯主年齢が40歳未満、40~59歳、60歳以上の3つのグループに分けると、59歳未満の現役世代の場合、所得階級による限界消費性向の差は小さい。これは、貯蓄があったとしても、必需的な支出が多いことから家計に余裕がなく、消費が所得変動の影響を受けやすいためと考えられる。
第二に、60歳以上では高所得層になるほど急速に限界消費性向が低下する。特に、第V分位では約10%であり、所得変動の影響をほとんど受けない。これは、貯蓄を取り崩して消費する部分が多いためと考えられる。一方、第I分位では現役世代と同じ程度の限界消費性向となっている。高齢者であっても、所得が低い場合は流動性制約が強いことが示唆される。
第三に、18歳未満の子供の有無で世帯を分けると、子供がいない世帯では高所得世帯ほど限界消費性向が低いが、子供がいる世帯ではそうした傾向が観察されない。すなわち、子供がいる場合、高所得者であっても家計の余裕が少ないことが示唆される。
以上から、高所得層ほど限界消費性向が低いという関係は、年齢や子供の有無から生ずるライフスタイルの違いによっては必ずしも成り立たない。所得再分配によって消費に影響を与えようとする場合、世帯類型による効果の差を含め、きめ細かい配慮の必要性についても検討の余地があろう。

●定額給付金は消費増加に一定の効果

所得再分配による消費刺激の例として、2009年に経済対策の一環として実施された定額給付金がある。定額給付金は、一人当たり12,000円(ただし、18歳未満及び65歳以上には8,000円加算)、総額約1兆9,570億円(予算ベース)を、市区町村を通じて給付する仕組みであった。その効果について、内閣府「定額給付金に関連した消費等に関する調査」の結果から改めて確認しよう(第2-2-15図)。すると、以下の点を指摘できる。
第一に、全世帯の平均では定額給付金の32.8%の消費押上げ効果があった。ここで、消費押上げ効果は、「定額給付金がなければ購入しなかった」とするものの支出額と「定額給付金がなくても購入した」とするもののうち定額給付金によって増加した支出額の合計である。経済企画庁の調査によれば、99年に配布された地域振興券18の消費押上げ効果は32%程度であったが、これと同程度の効果があったことになる。
第二に、65歳以上の高齢者のみの世帯と65歳以上の高齢者がいない世帯を比べると、前者の消費押上げ効果は36.6%と平均より高かった。後者をさらに18歳以下の子がいる世帯と子がいない世帯に分けると、子がいる世帯の押上げ効果は子がいない世帯より高かった。
第三に、所得階層別に子の有無を加味して消費押上げ効果を比べると、所得階層による一般的な傾向は見出しにくいが、同じ所得階層であれば子がいる世帯で効果が高かった。ただし、年収1000万円超の世帯では子供がいない場合は効果が低い一方、いる場合は他の所得層とそれほど変わらない効果があった。高所得でも子がいる世帯では、家計の余裕度が低く定額給付金に対する反応が減殺されなかったと見られる。
定額給付金は一時的な収入増である点には注意を要する。しかし、この点を踏まえても、平均的な効果が3割強と数値的に近いこと、第V分位で効果が特に低いこと、高所得世帯でも子供がいる世帯の効果はそれほど低下しないことなど、これまでの分析と合致する面が多々あるといえよう。

(3)家計の余裕度をどう捉えるか

可処分所得から土地・家屋の借金返済や必需的な支出を除いた部分が、事実上、家計にとって自由に使える所得となる。これを「コア可処分所得」と呼ぶこととしよう。「コア可処分所得」が多ければ、裁量的な支出がそれだけ多く可能となる。新たな製品やサービスが生まれやすいのも裁量的支出の分野であり、必需的支出の縮減を通じた「コア可処分所得」の増加が望まれる。以下ではこのような所得概念について考えてみよう。

●40歳代、50歳代で教育関係の費用などがコア可処分所得を圧迫

まず、「家計調査」の二人以上勤労者世帯について、年齢別に「コア可処分所得」を試算してみよう(第2-2-16図)。最近の3年間分の結果を見ると、以下のようなことが分かる。
第一に、コア可処分所得では、30歳代から50歳代まではほぼ同じ水準である。可処分所得では40歳代、50歳代が最も多く、次いで30歳代が多いが、コア可処分所得では30歳代の相対的な余裕度が高まる。なお、20歳代と60歳代以上を比べると、可処分所得ではほとんど差がないが、コア可処分所得は前者が多い。この限りでは20歳代の方が余裕はあるが、高齢者世帯は資産がある点に留意が必要である。
第二に、40歳代、50歳代のコア可処分所得が少なくなるのは、これらの年齢層で必需的支出が多いからである。特に40歳代では、土地・家屋の借金返済が多い。こうした支出が家計を圧迫しているため、これらの世代では可処分所得が大きい割には30歳代と同じ程度しか自由になる所得がないといえよう。
第三に、40歳代、50歳代で必需的支出が多いが、その内訳を見ると、40歳代では教育、50歳代では仕送り金などが特に多くなっている。仕送り金は在学中の子弟に対するものが多いことを考えると、これらの年齢層では、広い意味での教育関係費が家計を圧迫し、コア可処分所得が少なくなっている。

●コア可処分所得は減少するも、裁量的支出はそれほど減少せず

それでは、「コア可処分所得」(名目ベース)はどう推移してきたのだろうか。上記と同様に二人以上勤労者世帯に着目し、2000年代の前半と後半に分けて、それぞれの期間での増減率を調べよう(第2-2-17図)。
第一に、2000年代前半、後半とも、コア可処分所得はほとんどの年齢層で減少している。また、可処分所得と比べると減少幅が大きい場合が多くなっている。これは、この間に必需的支出が増加したか、必需的支出の減少幅が可処分所得より小さかったためである。
第二に、年齢別に見ると、2000年代後半には、30歳代、40歳代、50歳代において、可処分所得の減少幅に比べてコア可処分所得の減少幅が相対的に大きい。これは、教育費などの必需的支出や土地・家屋の借金返済が増加したためである。また、65歳以上では可処分所得が微増であったのに対し、コア可処分所得は減少した。これにも、土地・家屋の借金返済などの増加が寄与している。
第三に、2000年代後半には、コア可処分所得はおおむね減少したものの、裁量的支出はコア可処分所得に比べ減少幅が小さい。また、一部の年齢層では裁量的支出が増加している。こづかいや被服・履物は総じて削減されているが、一方で携帯電話通話料等の通信費が伸びており、また40歳代や50歳代などでは教養娯楽費を増加させている。
このように、多くの年齢層では名目可処分所得が減少し、土地・家屋の借金返済などが増加するなか、コア可処分所得が減少している。それに伴い、こづかい等を削減する一方で、通信費や教養娯楽費といった支出については、むしろ拡大させていることが分かる。

●高所得層で裁量的支出の増加による消費全体の押上げ効果が大きい

裁量的支出が増加したとき、消費支出の総額も増加するのであろうか。余裕がないにもかかわらず裁量的支出を増加させても、必需的支出を無理に切り詰めるようでは全体として消費は増加しない。そこで、所得階層のうち第I分位と第V分位を対象に、裁量的支出、必需的支出、実質可処分所得及び相対価格からなる簡単なモデルを作成し、裁量的支出と必需的支出の関係がどの程度代替的かについて測定を試みた(第2-2-18図19。推計結果からは、以下のようなことが分かる。
第一に、裁量的支出が増加したとき、半年後の時点では、必需的支出の代替率はマイナスになっており、裁量的支出から必需的支出の代替は見られないことが分かる。その後、1年後でも2割未満の代替率しか見られず、2年後になって初めて代替が進むことが分かる。すなわち、裁量的支出を増加させたとしても、直ちに必需的支出が削減されることはなく、全体の消費は押し上げられることが分かる。
第二に、所得階層別に見ると、第V分位の方が第I分位に比べ、裁量的支出が増加したことに伴う必需的支出の減少が生じにくい傾向がある。特に2年後を見ると、第I分位では代替が大きく進んでいるにもかかわらず、第V分位では代替率は4割程度にとどまっている。これは、第V分位は所得が高いだけでなく資産も多く保有しており、貯蓄率を柔軟に調整することで裁量的支出増加による所得の減少に耐えられるためと考えられる。
第三に、裁量的支出と必需的支出の代替率の時間的な変化を追うと、第I分位と第V分位の代替率の差は1年後で約2倍、2年後で約3倍にまで拡大しており、長期的に見ても、高所得層の方が、裁量的支出を増加させたときの消費全体へのプラス効果が持続する傾向があるといえよう。

2-1 時系列データによる限界消費性向の推計

本文では「家計調査」の個票から限界消費性向を推計した。個票による分析は、仮想的に所得を増加させたときの所得階層別の効果の違いなどをきめ細かく調べるのに適している。一方、マクロ経済政策の観点からは、長期にわたるデータを基に、所得の増加に対する家計のダイナミックな反応を把握することも重要である。ここでは、所得以外の要因は捨象した最も単純な関係を想定した上で、80年以降のすう勢的な限界消費性向の動きを推計しよう(コラム2-1図)。なお、所得としては、可処分所得の場合と、雇用者報酬+社会給付の場合の2パターンでの推計を行った。
可処分所得を用いて限界消費性向を推計した場合、80年には80%程度であったが緩やかに上昇を続け、2008年には95%に達している。一方、雇用者報酬+社会給付を用いて限界消費性向を推計した場合、80年に70%強であったものが90年までに80%弱まで上昇したが、その後は安定した推移をたどっている。両者の差は、90年代以降、財産所得の減少を主因20に、可処分所得の増加テンポが緩やかになったため、可処分所得が1単位増加したときの個人消費の増分が大きくなったためと考えられる(財産所得の減少にも関わらず消費が維持された要因については、第2-2-6図の分析を参照)。

3 消費活性化への課題

消費活性化を進めるためには、直接的な家計支援を別として、どのような手立てが考えられるのだろうか。「高齢者の就労促進で消費拡大は可能か」「現役世代の直面する時間と空間の壁をどう克服するか」「『環境』は消費活性化の鍵となるか」といった論点について検討しよう。

(1)高齢者の就労促進で消費拡大は可能か

高齢者の消費環境を改善するには、将来の生活不安の軽減、住宅資産の活用、就労の促進などが考えられる。生活不安に関しては、「平成21年度年次経済財政報告」で主に現役世代を念頭に検討したが、持続可能な社会保障制度の確立が求められることを示した。また、住宅資産の活用については、第3節で検討する。ここでは、就労の促進について考察しよう。

●就労している高齢者世帯では無職世帯より消費水準が高い

これまでは、無職世帯のほとんどが高齢者世帯であることから、これらを一括りにして分析を行ってきた。実際には、同じ高齢者世帯であっても、無職か勤労者かによって消費行動は異なるはずである。そこで、「家計調査」の65歳以上世帯に限定して、無職世帯と勤労者世帯の消費の水準や構造を比べると、次のような違いを見いだすことができる(第2-2-19図)。
第一に、勤労者世帯の方が無職世帯より消費水準が高い。その背景には、実収入の差がある。勤労者世帯では実収入の過半を世帯主収入が占め、結果として月額約35万円となっている。これに対し、無職世帯では社会保障給付が過半を占め、実収入は月額約19万円となっているほか、貯蓄の取り崩しを加えると約25万円となっている。また、60歳代の持ち家に住む二人以上勤労者世帯と無職世帯について、様々な条件を調整した上で有業・無業による差だけを取り出しても、勤労者世帯の方が無業世帯より消費水準が高い。
第二に、消費支出に占める割合が勤労者世帯より無職世帯で多い消費項目は、光熱・水道、保健医療である。光熱・水道が多いのは自宅にとどまる時間が長いためであろう。また、保健医療が多いことは、健康状態が良くないため就労ができない人が含まれているためと考えられる。これらの多くは、選択的(裁量的)ではなく基礎的(必需的)消費に分類される。
第三に、逆に勤労者世帯で相対的に多い項目は、交通・通信である。一方、教養娯楽については、無職世帯とほぼ同じ支出割合となっている。そこでさらに、教養娯楽の内訳を調べると、勤労者世帯では教養娯楽用耐久財及び教養娯楽サービスが多く、無職世帯では書籍等が多いという特徴が見られた。

●高齢者の就労促進策は前進

我が国の高齢者(60歳以上)の就業率は約3割であり、国際的には比較的高い水準にある。また、近年の制度改革や企業努力もあって、高齢者就業を促進するための仕組みが普及してきている。ここでは、企業における定年の設定状況について確認しておこう(第2-2-20図)。
第一に、定年制は7割程度の企業で導入されているが、その大部分で60歳に定年が設定されている。定年が65歳以上となっている企業は全体の1割程度である。
第二に、企業規模が大きいほど、定年が60歳に設定されているケースが多い。例えば、従業員1000人以上の大企業では、8割弱の企業でそのような仕組みとなっている。同時に、規模の大きい企業ほど、継続雇用制度を導入して定年退職者の雇用確保に努めている。具体的には、定年を60~64歳としている従業員300人以上の企業では、ほぼ例外なく再雇用制度、勤務延長、あるいはその両方の仕組みを用意している。
第三に、規模の小さい企業では、定年制がない場合が少なくない。従業員29人以下の企業では約3割が「定年制なし」となっている。また、定年がある場合は小企業でも60~64歳が一般的といえるが、65歳以上としているケースも少なくない。
制度改革や企業の取組の結果もあって、2005年頃から60歳以上の雇用者の増加が見られ、高齢者の就業率も上昇傾向にある。

●自分に適した仕事がないことなどが問題

こうした制度面の取組を続ければ、高齢者の就業がさらに進むのだろうか。それとも、何らかの障害が残っているのだろうか。この点を探るため、高齢者側の就業に関する意識を調べてみよう。具体的には、内閣府「高齢者の生活と意識 第6回国際比較調査」を用い、就業中の高齢者が「就業し続けたい理由」と、無職の高齢者が「就業したくない理由」を確認すると、我が国における高齢者の就業環境について以下の点が分かる(第2-2-21図)。
第一に、高齢者の就業し続けたい理由では、我が国では「収入がほしいから」を理由とした割合は4割で、アメリカ、韓国と比べると低く、欧州諸国に近い。我が国で目立つのは、「働くのは体によいから、老化を防ぐから」であり、2割程度を占めている。また、「仕事を通じて友人や、仲間を得ることができるから」が5%程度あることも特徴的である。
第二に、無職の高齢者について就業したくない理由を見ると、我が国では韓国に次いで「仕事以外にしたい事があるから」が少ない。上記の「働くのは体によい」「友人や、仲間を得る」との回答と合わせると、無職にとどまっても積極的な消費活動は期待できず、就業を通じた消費活性化が近道であることが推察される。
第三に、就業したくない理由として、我が国で目立つもう一つの回答は、「自分に適した仕事がない」である。魅力的な仕事の場がないために就職しないのであり、ミスマッチの緩和などを通じた対応が必要であることを示唆している。これが、定年の延長や再雇用制度などの仕組みの充実以外に求められている点といえよう。

(2)現役世帯の直面する時間と空間の壁をどう克服するか

現役世帯の消費活性化に必要なことは何だろうか。将来の生活不安の緩和、所得の向上はいうまでもないが、そのほかにも論点がある。一つは、現役世帯は就労による拘束時間が長いため、サービスを中心に消費を行うために時間の制約が強いことである。また、住宅が狭ければモノも置けない。住宅投資を活性化することで、消費も誘発されることが考えられる。これらについて検討しよう。

●労働時間の短縮がサービス消費を喚起

労働時間の変化は、消費に対してどのような影響を与えるのだろうか。労働時間を短縮することにより、これまで時間の制約から消費できなかった品目・サービスに対する需要が高まる可能性もある。そこで、95年から2000年、2000年から2005年、2005年から2008年の3期に分けて、それぞれの期間における労働時間の変化と最終家計消費支出の分類別の変化を比較した。また、ゴールデン・ウィーク(以下、GW)の休日数が年によって変化することに着目し21、「家計調査」のデータから時間制約の度合いが消費に与える影響を推定した(第2-2-22図)。すると以下の点を指摘できる。
第一に、労働時間の変化を見ると、95年からの5年間、2000年からの5年間までは労働時間が減少していたが、2005年からの3年間は労働時間の変化は小さくなっている(図では、労働時間については軸を反転させている)。すなわち、自由に用いることができる時間は、2005年まで拡大を続けてきたが、この動きが2005年から鈍化している。
第二に、家計最終消費支出の動きに着目すると、自由に用いることができる時間が増加した2005年までを見ると、サービス及び耐久財の増加が目立つ。しかし、自由時間の増加テンポが鈍化した2005年以降については、耐久財は依然として増加を続けているが、サービスの増加幅が大きく縮小している。
第三に、GWの休日数が消費に与える影響を見ると、休日数が1日増えることで1か月間の消費支出(除く住居等)を1%押し上げる効果があることが分かる。特に、教養娯楽関係費に限ると3%程度増加する結果となり、休日によって得られた時間は主に教養娯楽消費に回されている。また、世帯主の職業別では、労務作業者や職員は教養娯楽関係費の押上げ効果が3~4%程度増加、60歳以上の無職世帯については休日数の増加がマイナスに働く結果となった。高齢無職世帯は、宿泊費等が割高で混雑も予想される休日に外出することを避ける傾向があると考えられる。
代表的なサービス消費である旅行、外食などをイメージしても、これらは消費する際にはお金だけでなく時間も必要とされる。こういった消費は、お金の制約もあるのだろうが時間制約も大きいと考えられる。

●有給休暇の完全消化で大幅な個人消費の拡大が可能

我が国では、年次有給休暇の消化率が低いことは周知のとおりである。「エクスペディアレポート/国際有給休暇比較2009」によると、主要11か国の中で我が国の有給休暇の平均取得日数は8日22と最も少ない結果であった。少なくとも家計の側から見れば、有給休暇を取得しても(残業代などを除き)ほとんど所得に影響を及ぼさず、旅行などの活動機会が拡大して消費の増加につながると予想される。では、有給休暇の完全取得によりマクロ的な消費はどの程度増加する余地があるのだろうか。有給休暇の残日数を試算することで、この問題を考えてみたい(第2-2-23図)。
第一に、有給休暇の取得率は業種によってばらつきがある。「平成21年就労条件総合調査」によると、従業員数30人以上の民間非農林業では平均的には5割程度であるが、最も取得率が高いのは電気・ガス・水道であり、7割を超えている。製造業、情報通信なども比較的高い。一方、飲食・宿泊、小売では3割程度となっている。これらの業種において有給休暇の取得率が低い理由としては、比較的小規模な事業所が多く代替人員が不足していることなどが推測される。また、業種別の有給休暇取得率及び雇用者数を踏まえると、製造業、小売などで有給休暇の延べ残日数が多くなる。
第二に、有給休暇の取得率は、企業規模別で差はあるものの小さい。従業員1000人未満の中小、中堅企業では5割に満たない一方、1000人以上の大企業では5割をわずかに超えている。中小企業の従業員数は全体の半分程度を占めるため、延べ残日数は最も多い。中堅企業の従業員数は大企業をやや上回っている一方、取得率は大企業よりも低いため、両者の延べ残日数の差は大きくなっている。
第三に、以上の試算を基に残日数の合計を求めると、年間4億日程度となる。公務員の取得率は公表されていないが、仮にそれが民間非農林業と等しいとすれば、約4千万日であり、これに民間企業を加えた延べ残日数は4億5千万日程度となる。これが完全に消化されたと仮定して、雇用者1人につき1日当たり1000円の追加的な消費が行われるとしよう。その場合、GDPの約0.1%の個人消費が誘発されることになる。おそらくこれは控え目な仮定であり、長期の家族旅行などが追加的に行われるならば、より大きな効果も期待できよう。

●住宅ローン返済開始世帯の方が家庭用耐久財を中心に相対的に消費額は多い

住宅取得は消費に対してどの様な影響を与えるのであろうか。住宅を取得する場合、住宅ローンを組むケースが多いと考えられ、住宅ローンの返済を急ぐため消費を抑制する可能性がある。一方、住宅を取得することに伴い、必要となる家具や家庭用耐久財などの購入が行われ、一時的に消費を活性化させる可能性もある。また、住宅自体に資産価値があることから、住宅ローンによる負債とネットで考えることで、消費行動において住宅ローンによる負債を意識した抑制は、生じにくい可能性もある。そこで、「家計調査」の個票データを用い、住宅ローン返済の有無による区分けを行った上で、所得階層別に、1か月当たり、一世帯当たりの家具、家庭用耐久財、教養娯楽用耐久財の支出額を算出した(第2-2-24図)。すると以下の点を指摘できる。
第一に、家具及び家庭用耐久財の消費額を見ると、どの所得階層においても、住宅ローン返済開始世帯の方が、全世帯平均と比べて消費額が多くなっており、住宅購入は、住宅ローンによるマイナス効果を勘案しても、入居に際して必要となる家具、家庭用耐久財などの購入を促すことで消費を押し上げる効果があることが分かる。
第二に、全世帯と住宅ローン返済開始世帯の差に着目して、家具及び家庭用耐久財の支出を所得階層別に見ると、傾向として高所得層ほど、全世帯と住宅ローン返済開始世帯の消費額の差が大きい。すなわち、高所得層ほど、住宅購入に伴う家具、家庭用耐久財の購入を通じた消費押上げ効果が高いことが分かる。
第三に、教養娯楽財の消費額を見ると、所得階層毎にばらつきが見られるものの、住宅ローン返済開始世帯の方が消費額は多く、住宅ローンによる負債を意識した消費抑制よりも、住宅購入に付随した消費押上げの効果の方が強いことが示唆される。

(3)「環境」は消費活性化の鍵となるか

地球温暖化対策についての国際的・国内的な取組が進むなかで、温暖化問題以外も含め、環境に関する国民の意識は高まりつつある。この環境への意識の高まりを契機とした、消費活性化への道はないのだろうか。

●我が国における環境意識の特徴は節約によるメリットの重視

まず、我が国の国民の環境意識には、どのような特徴があるのだろうか。環境意識を絶対水準で測定することは困難であるため、国際比較による分析を通じて我が国の環境意識の特徴を洗い出していくこととしたい。具体的には、欧州委員会の“Eurobarometer Special Surveys 300”と、我が国の内閣府委託「平成21年度家計の意識に関する調査報告書」の結果から、気候変動の問題解決に役立つ行動を取っている者に対してその理由を尋ねた結果を比較してみよう(第2-2-25図)。それによれば、以下のような点が指摘できる。
第一に、気候変動の問題解決に役立つ行動をとっている理由として「みんなの行動が変われば、環境問題の解決に効果があるから」、「後世に残す地球環境がどうなるのか心配しているから」といった、一般的な環境意識を挙げた人の割合は、それぞれ約30%、約25%となっている。この点では我が国とユーロ圏においてほとんど差は見られないといえよう。
第二に、「環境を守る義務があるから」という義務感を理由に挙げた人の割合は、ユーロ圏が30%弱であったのに対し我が国は20%程度にとどまっている。逆に「お金を節約できるから」を理由に挙げた人の割合は、我が国が約20%であったのに対し、ユーロ圏は10%強と我が国の方が高くなっている。ここに欧州と比べたときの我が国の特徴が表れており、我が国では節約によるメリットが環境対応行動の動機付けとなっている面が強いといえよう。
第三に、「気候変動の悪影響を直接受けたことがある(受けている)から」の割合は、我が国、ユーロ圏とも少数である。環境問題による直接の悪影響は、潜在的には環境対応行動の強い誘因となると考えられるが、我が国、欧州のいずれにおいても影響の存在自体が識別しにくいことが、こうした回答に反映していると見られる。

●環境配慮商品に対して追加的なコストを支払う意思は弱い

それでは、我が国において、消費者は環境問題への対応に追加的なコストを支払う用意があるのだろうか。最近では、品質や価格だけではなく、環境への配慮という点で差別化がされた商品も増えてきている。このような環境配慮型の商品に対し、同一の商品と比べてどのような価格設定であれば購入するか、アンケート調査結果から見てみよう(第2-2-26図)。
第一に、100円、1万円、100万円のいずれの価格帯の商品であっても、ほぼ7割の人が同一の価格であれば環境配慮型の商品を購入すると回答している。これに対し、「ある程度高くても」との回答は1~2割程度であり、我が国の消費者は環境配慮に対して追加的コストを支払う意思はあまり持ち合わせていないことが分かる。
第二に、商品の価格帯ごとの違いは大きくないが、高額品となるにつれ、「ある程度高くても」との回答が減少する傾向にある。一方で、100万円の商品になると「買いたくない」との回答が幾分増えており、環境配慮が品質の他の側面などで何らかのデメリットをもたらすことを懸念している可能性がある。
第三に、気候変動の問題に対する深刻度に対する認識の度合い(深刻、やや深刻、それほど深刻ではない)ごとにグループ分けを行い、それぞれのグループにおいて環境配慮商品に対する購入態度を見ると、「深刻」と考えている人では「ある程度高くても」買うとの回答が多くなっている。ただし、このような差は高額品になるほど小さくなり、深刻だと思っていても大きな追加的コストは支払いたくないという傾向が強いといえよう。

●我が国では特に環境配慮型商品のコスト削減が重要

環境に対する配慮に伴う追加的なコストや利便性の低下は、我が国ではどの程度まで許容されるのか、また許容範囲に向上の余地はあるのか、といった点について調べてみよう。ここでは、博報堂生活総合研究所が実施した「世界8都市・環境生活調査」の結果を用いる。この調査では、2008年に各都市200人に環境に関連するアンケートを実施している。ややサンプル数が少ないが、同時点における同一調査項目に対する結果が比較できることから、国際比較のためには有用と考えられる。そこで、同調査における「環境に対する意識の高さ」の回答結果について比較を行い、また、その意識の高さの差が消費行動などにどのような影響を与えているのかを分析した(第2-2-27図)。具体的には、以下のような推論を行った。
第一に、環境に対する意識の高さ(責任感の強さ)を比較すると、東京は平均値と比べてやや高く、環境意識の高い部類に入る。パリやロンドンが東京と同程度である。この中ではトロントが比較的高いが、先進国の都市の間では環境意識にそれほど大きな差はないともいえる。これに対し、モスクワにおける環境意識は著しく低くなっている。
第二に、環境に対する意識の高さを横軸、環境配慮型の商品・サービスに対して余分な対価を払ってよい割合を縦軸にとり、各都市をプロットしたところ、ばらつきが大きく明確な相関は見られない。特に東京については、環境の意識は比較的高いにもにもかかわらず、「余分なお金を払ってもよい」とした割合は非常に低い結果であった。
第三に、環境配慮型の商品・サービスに対し余分な対価を払う割合と、環境に対する意識の高さの差(これを「環境への意識と行動の差」と呼ぼう)を横軸にとり、「環境への配慮は経済的負担が大きい」かどうかを縦軸にすると、両者の間には強い相関が検出される。すなわち、「環境への配慮は経済的負担が大きい」と感じる者の割合が高いほど、「環境への意識と行動の差」が大きい、という関係が見られた。この中で東京では、「環境への配慮は経済的負担が大きい」と感じる割合が高いため、「環境への意識と行動の差」が大きくなっている。
以上から、東京では、環境に対する意識は高いものの、追加的なコストを払うことには消極的であることが確認された。今後、環境面への対応を進めるに当たっては、我が国で特に必要とされるのはコスト削減型のイノベーションということになろう。それと同時に、環境配慮型商品の消費拡大にとって、エコポイントなどのコスト面での誘因23がいかに有効であるかが分かる。

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