第3節 緩やかな物価上昇への動き

2002年からの景気回復が続く中で、物価状況については改善がみられ、もはや物価水準が長期間にわたり持続的に下落するような状況ではなくなった。しかしながら、その改善ペースは比較的緩やかなものにとどまっている。物価を取り巻く環境をみると、景気回復が長期化する下でも、単位労働費用は依然低下を続けており、現時点では費用面からの物価上昇圧力の強まりはみられていない。こうした物価の動向を総合的にみると、デフレからの脱却は視野に入っているものの、海外経済の動向などにみられるリスク要因を考慮しつつ、デフレに後戻りする可能性がないかどうか、注視していく必要がある。

今後の物価上昇に向けて動きを展望する際に特に重要と考えられるのはサービス物価の動向である。海外動向をみても財価格には国際競争により厳しい下押し圧力がかかっている一方で、安定的な物価上昇を支えているのはサービス物価の上昇でありその背景には賃金の上昇があると考えられる。

以下では、我が国における「サービス」の物価動向と賃金の関係について国際比較を交えながら分析する。また、一般物価の改善ペースが緩やかなものとなっているのに対して、特に都市圏を中心に持ち直しが鮮明化しており、都心部で大幅な上昇がみられる地価の動向を分析する。

1 引き続き緩やかな物価上昇へ向けての動き

 原油価格が反落する中、物価の改善ペースは緩やか

2006年後半からの物価状況をみると、原油など市況の動向が物価状況に影響を与えている。経済活動の川上段階に相当する国内企業物価は、素材市況の高騰から昨秋まで上昇傾向にあったが、市況が軟調に推移したことを背景に、それ以降は横ばいの動きとなり、今年の春先以降は市況の上昇を受け、上昇傾向がみられている。その一方で、より最終消費者に近い段階にある最終財については、石油製品などの特殊要因や為替要因を除くと前年比ゼロ近傍で推移している。このように、物価上昇圧力の川下への波及は依然として緩やかなものにとどまっている(第1-3-1図(1))。

GDPデフレーターは、名目GDPを実質GDPで除して求められるインプリシットデフレーターであり、その動きはおおむね生産量一単位当たりの付加価値(利潤と賃金)の動きを表す。このため、原油コストの上昇が製品価格に転嫁されない場合、転嫁された場合と比較して利潤や賃金が圧縮され、GDPデフレーターが押し下げられることとなる。2006年中のGDPデフレーターの動きをみると、下落幅を徐々に縮小させてきているものの、原油価格が前年対比で上昇傾向をたどったことからGDPデフレーターに対する下押し圧力として作用し、9年連続の前年割れとなった。

消費者物価指数については、2006年8月に基準改定が行われた。2006年後半からの新基準における消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、以下コアCPI)の前年比をみると、原油価格の高騰を背景に夏場までは上昇がみられていたが、2006年9月以降、原油価格の反落の影響から伸び率は低下傾向をたどり、2007年2月分ではマイナスに転じた。一方、石油製品、その他特殊要因32を除く消費者物価をみると、ゼロ近傍で推移している(第1-3-1図(2))。

コラム5 CPI基準改定の影響について

総務省「消費者物価指数」においては、消費構造の変化に対応するため5年ごとに、指数の基準年変更や、調査対象品目の追加及び整理統合、ウエイト(品目別消費支出)の改定が行われる。昨年8月に行われた基準改定では、コアCPIでみて、市場の平均的な下方改定幅の事前予測(0.3ポイント程度)を上回る0.5ポイントの下方改定となったことから、その内容に注目が集まった。

下方改定の要因としては、まず(1)ウエイトの変更、(2)価格指数水準のリセット(基準年=100)、(3)品目の改廃、が挙げられる。これらの合計は▲0.26ポイントである33が、公表統計などからある程度まで事前に予測することが可能であった(コラム5図(1))。予測と実際との乖離(▲0.3ポイント弱)の要因は、まず、(4)品目ごとの価格指数を算出するモデル式の改定(▲0.12ポイント)であった。電話料金などの品目は、料金体系が多様で価格が一様でないため、業務統計などの資料を用いたモデル式により価格指数を算出しているが、中でも移動電話通信料においては、近年の移動電話利用の増大により、より長時間利用するパターンに調査価格が変更された。これにより、2005年11月における一部会社による長時間利用帯での大幅値下げが指数の下落に大きく反映され、▲0.14ポイントと下方改定に大きく寄与した。さらに、新基準でフィルム式を除外してデジタル式のみを調査対象としたカメラの例にみられるとおり、(5)品目ごとの価格指数を算出する際の品目内ウエイトの変更(▲0.14ポイント)が下方改定に寄与した。

消費者物価は、各種物価指標の中でも最も重要な物価指標であるが、近年における価格下落の著しい品目の増加など、消費動向の急速な変化により、上方バイアスとそれに伴う基準改定による改定幅が拡大している(コラム5図(2))。これに対しては、2007年1月より月次公表が開始されたラスパイレス連鎖基準指数などをみることである程度のバイアスを解消できる。ただし、解消できるのは上記(1)、(2)に属するもので、(4)、(5)のような同一品目内での消費実態の変化により生じるバイアスなどは依然として残る34。今後は、消費者行動の変化により迅速に対応した統計作成が求められるとともに、統計のユーザーサイドにおいても、各種物価指数における算式や作成方法の特徴を踏まえた上での利用が必要となる。

コラム5図 CPI基準改定について

 実物市場における物価上昇圧力の変化

物価の状況判断に際しては、消費者物価やGDPデフレーター関連の物価指標に加えて、経済の需給状況なども踏まえた総合判断が必要である。

実物市場における物価上昇圧力の高まりをGDPギャップからみると、2002年以降、踊り場局面を経ながらも改善を続けてきている(第1-3-2図)。この指標がプラス方向に拡大している状態は、需要量が平均的な供給量を上回っていることを意味し、需給の逼迫から物価が上昇しやすい状況にあると考えられる。

 労働コストは依然として低下

費用側すなわち労働コストの面から物価を取り巻く環境をみるため、一単位の生産に必要な労働コストである単位労働費用35の動き(第1-3-3図)をみると、2004年以降、労働生産性の上昇がやや鈍化する一方で、緩やかに一人当たり名目賃金が上昇することによって、下落幅を縮小させてきた。しかしながら、名目賃金が弱含みで推移するもとで、SNAベースの単位労働費用は2007年第1四半期にかけて下落幅に拡大がみられるようになっている。

このように、物価を取り巻く環境をみると、GDPギャップは改善傾向にあり、生産設備などの不足感が増してきている一方、景気回復が長期化する下でも、単位労働費用は依然低下を続けており、現時点では費用面からの物価上昇圧力の強まりはみられていない。

 2006年後半にかけて限定的にとどまった物価上昇圧力

 マクロ経済環境における物価上昇圧力については、家計の所得面からも把握することができる。第1節で示したように、2005年半ば以降は緩やかな増加を続けていた実質雇用者所得は2006年後半に横ばいに転じ、これが消費の伸びの鈍化につながり、需要面からの物価上昇圧力を緩和する方向に作用したものと考えられる。実質雇用者所得の動きを要因分解すると、雇用者数の増加が続いたにもかかわらず、賃金の伸びが鈍化し、家計部門の所得水準を押し下げる方向に作用していた。このように景気回復の家計部門への波及が遅れていることなどが、所得が伸びなかったことを通じて物価上昇圧力を限定的なものとする要因の一つとなったと考えられる。

 弱まりがみられる消費者物価と経済の需給状況との関係

我が国経済はデフレ状況が長期間続いたこともあり、物価と経済ファンダメンタルズの間のつながりが希薄化しているように見受けられる。需要面のGDPギャップ、供給面の単位労働費用について、消費者物価指数との関係をみてみると、いずれも90年代半ば以降、それまでの高い連動性が薄れてきたことが分かる(第1-3-4図)。

特に「サービス」の物価については、需給ギャップや単位労働費用に対して弾力的に変動していたが、90年代後半以降、サービスの物価上昇率がほぼ横ばいで推移するようになったため、これらの指標との関係が弱くなっている。ただし、これは長期間にわたるデフレ状況による影響を反映している面もあり、特にサービス価格が上昇するような状況に戻った後は市場の需給逼迫が物価上昇につながるような経路も復元する可能性がある。以下、サービス価格の特性を踏まえつつこの可能性について検討する。

 安定的な物価上昇の核となるサービス物価の上昇

我が国におけるサービス物価の硬直的な動きをみるため、消費者物価を財、公共料金、サービス(公共料金を除く)の寄与度に分解36した上で、国際比較(日本、アメリカ、EU)を行うと下記の特徴が指摘できる(第1-3-5図)。第一に「財」の物価変動は水準に多少違いがあるが、世界的に低位に収束してきていることが分かる。IMF(2006)、BIS(2006)などの指摘にもあるとおり、貿易量の増加で国内物価が国内市場よりも世界市場における需給環境に影響を受けやすく、グローバル化という共通要因によって各国の財のインフレ率が低下傾向にあることがうかがわれる。

第二に、「公共料金」をみると、アメリカ、EUでは、原油高により電気・ガスを中心に上昇傾向であるのに対し、日本ではほとんど上昇はみられない。公共料金改革が進み固定電話通信料や電気代などが引き下げられてきており、かつて問題とされてきた諸外国との内外価格差をみても、品目によって違いがあるものの、おおむね諸外国並みになりつつある37

第三に、「サービス(公共料金を除く)」については、アメリカ、EUで消費者物価上昇率の大半を占め、継続的に上昇しているのに対して、日本では寄与がほとんどみられていない。

そもそもサービスは非貿易財であり、国ごとの制度や嗜好の違いから大きな影響を受けやすい。また、サービス業は労働集約的なため労働分配率が高く、物価と賃金が連動しやすいことは世界的に共通していると考えられる。実際に各国のサービス物価とサービス業の賃金の関係をみると、アメリカ、EUでは、サービス物価とサービス業の賃金がともに前年比3%前後で推移し、大きなギャップがみられない。これに対して日本では物価変動率がゼロ近傍にとどまる中、2000年末頃から2005年初頭にかけて賃金が前年比マイナスで推移した(第1-3-6図)。

日本の消費者物価指数におけるサービス物価と賃金の関係を過去にさかのぼってみてみると、サービス物価上昇率は賃金上昇率に半年ほど遅れてほぼ同様の動きをしてきたが38、2000年末頃より賃金変動率がマイナスに転じても、サービス物価はマイナスに転じることなく、ゼロ近傍で推移していることが分かる39

 サービス価格上昇を支える要因

サービス物価の動きの背景には、所得弾力性が財に比べて高く、価格弾力性は財に比べて低い「サービス」の特徴点が挙げられる。財・サービスごとに実質消費を実質可処分所得と相対物価で説明する簡単なモデルを推計すると、サービスは財に比べて所得弾力性が高く、価格弾力性が低いとの結果が得られる(付表1-3)。所得弾力性の高さは一般サービスに分類されるサービスのほとんどが選択的支出40に分類されていることからも理解される。また、価格弾力性についてはサービスには在庫がない(生産と消費が同時)こと、多くのサービスは時間消費型であることが背景にあると考えられる。時間消費型であるサービスについては、価格よりも品質あるいは他との差別化が重要と考えられることや、そもそも消費に多くの時間が費やされることはおのずと需要が飽和しやすくなることを意味する。

「サービス業」の低収益性も価格弾力性に影響していると考えられる。サービス業の損益分岐点売上高比率は1980年代以降、90%前後の高水準にとどまっており、2007年第1四半期に74%程度にまで低下した製造業とは大きく異なる。労働集約的で人件費などの固定費が高い上、海外との競争にさらされることが少なく、小規模経営が少なくないなど、低生産性が収益性を低いものにしている。

このようにサービスは価格弾力性が低く、サービス価格を下落させても需要の増加は期待できないため、価格を下げるインセンティヴに乏しいこと41、及び、サービス業の低収益性により赤字に結び付きやすい価格の引下げはできなかったことが、価格が上昇の方向には伸縮的であった一方、マイナスにはならなかった背景として考えられる42

 賃金上昇によるサービス物価上昇と安定的な物価上昇の実現

上記で分析したサービスとサービス業の特徴からは、逆に好況下で賃金上昇が実現する下でサービス物価の上昇がみられれば安定的に物価が上昇することが見込まれる。景気の回復が経済全体の所得増加に結び付けば、サービス需要の増加にけん引される形でサービス物価が上昇する可能性がある。さらにサービスの価格弾力性の低さは価格を上昇させても需要量の大幅な減少はないことを意味し、収益性の低さは人件費コストが上昇すると容易に収益を圧迫することを意味する。サービス業の賃金が上昇する局面では、このような性質からサービス提供者は価格を上昇させやすいと考えられる。ただし賃金や所得の動向をみると、第1節でも示したように賃金上昇については押下げ圧力が存在しており、まだ賃金と所得の増加がはっきりとした形でサービス物価上昇に結び付いていない。サービス部門で賃金上昇が実現することが今後の安定的な物価上昇にとっては重要な要件となるものと考えられる。

 内外価格差の縮小と物価上昇への可能性

日本の物価水準の高さについては、家計面からは国民が豊かさを実感できない要因として、企業活動の面からは高コスト構造の要因として、80年代後半から指摘されてきたが43、90年代半ば以降、日米の内外価格差は縮小傾向にある(第1-3-7図(1)44。内外価格差は為替によっても大きく変動するものの、長期にわたる物価下落の結果、ようやく内外価格差が消滅しつつある(第1-3-7図(2))。

また、製造業の単位労働費用をアメリカと比較すると、80年代後半から90年代半ばにかけて高水準になり国際競争力が低下した。しかし、上述のように内外価格差が縮小したことや、賃金上昇率がアメリカに比べて低位で推移したことにより、現状ではアメリカと同水準にまで回復している(第1-3-7図(3))。これは、国際的にみた賃金面での高コスト体質がようやく解消してきたことを示している。

90年代後半以降、生産性の上昇に対して賃金の上昇が鈍化する傾向にあったが、このような内外価格差の縮小や賃金面での高コスト体質の解消を背景に、今後、製造業において生産性の上昇に応じた賃金の上昇という関係が復元すれば、物価上昇圧力が働く可能性が考えられる。

 緩やかな物価上昇の下での金融政策

一般物価の改善ペースが比較的緩やかなものにとどまっており、現時点では費用面からの物価上昇圧力の強まりはみられていない。90年代終わり頃から顕在化した物価が持続的に下落するデフレ状況は既にみられなくなったものの、サービス物価の上昇に支えられる形で安定的な物価上昇が実現するまでにはもうしばらく時間がかかるものと見込まれる。こうした物価の動向を総合的にみると、デフレからの脱却は視野に入っているものの、海外経済の動向などにみられるリスク要因を考慮しつつ、デフレに後戻りする可能性がないかどうか、注視していく必要がある。マクロ経済運営においては先行きも含めて、緩やかな物価上昇に配意していく必要があると考えられる。金融政策運営においては、物価の安定を確実なものとしていくことが期待される。

2 持ち直しがみられる地価

一般物価の改善ペースが緩やかなものにとどまっているのに対して、地価の持ち直しが各種の地価データに明確に表れてきている。本年1月1日時点の地価公示によると、全国平均で住宅地、商業地ともに16年振りの上昇となった(第1-3-8図)。地方圏では引き続き下落傾向にあるが、三大都市圏の都心部では、上昇率が3割や4割を超える地点がみられる。地価上昇は、住宅地の場合、旺盛なマンション需要や不動産投資の拡大などを背景としており、高級住宅地での大幅上昇が目立つようになっている。商業地の場合、企業のオフィス需要の増加、不動産投資ファンドの拡大、再開発の進捗などが背景として挙げられる。以下では、地方圏で下落が続く一方で都心部で大幅な上昇がみられる地価の動向を分析する。

 地方圏では下落が継続

商業地での地価上昇・横ばい・下落の調査地点数(割合)の推移をみると、全国平均では2005年に91%の調査地点が下落し、上昇地点はわずか3%に過ぎなかったのに対し、2007年には上昇地点が4割まで増加した。しかしながら、地方圏をみると、地方ブロックの中心都市などで上昇地点がみられるものの、8割弱の地点で地価下落が継続しているため、全国でみても下落地点はいまだ5割を超えている。都道府県別のデータを用いて地価変動率と転入超過率の相関をみると、住宅地、商業地ともに正の相関が確認される(第1-3-9図)。地域における人口の変動は当該地域の経済活動の状況をある程度反映していると考えられる。この結果をみると、人口の流出が大きな地域ほど土地に対する需要が低く、地価の持続的な下落につながっていることが示唆される。

 東京都区部の一部商業地ではバブル発生期の水準まで上昇

地価変動率とは別に、東京都区部の地価水準を過去と比較すると、住宅地の価格はおおむね1986年頃とバブル期直前のレベルまで上昇している。商業地の価格は1980年以前というバブル期前の水準である(第1-3-10図)。ただし、銀座などの高級商業地をみると、おおむね1985年頃と既にバブル期直前のレベルまで上昇している地点も存在していることには留意する必要がある45

地価水準を評価するためには過去の水準との単純な比較だけでは十分ではないため、以下ではより経済的な裏付けを得るために収益対比でみた地価動向をみる。

 一部で低下するオフィス賃料利回り

東京都区部の地価は、既に2006年に上昇に転じており、オフィスビルの空室率は2.0%まで着実に低下している。過去と比較すると、バブル期であった1988年頃における空室率(2%台)の水準まで低下している。このようにオフィスビルの需給が良好に推移する中、土地のみではなく建物も含めた資産を投資対象とした場合のオフィス賃料利回りは一部で低下する地区もみられている。

東京都区部のオフィス賃料利回り(成約ベースの新規賃料利回り)をみると、2001年以降4%前半で推移した後、2006年では4.5%まで上昇している。また、都心4区(千代田区、中央区、港区、渋谷区)の賃料利回りもおおむね横ばいないし若干の上昇がみられている。一方で、2007年の公示地価で3割超の地価上昇率を示した青山地区(34.2%)では、賃料利回りが低下傾向にある(第1-3-11図(1))。もっとも、オフィス賃料利回りの変動を収益還元モデルを仮定して要因分解46してみると、将来賃料の上昇期待の強まり(期待成長率の上昇)や資産保有のリスクプレミアムの低下は、80年代のバブル期に比べ相対的に小幅なものにとどまっている(第1-3-11図(2))。このように大幅な地価上昇がみられる地区レベルでみても、著しい過熱感がみられるまでには至っていない。

 客観的な設定が難しい期待成長率とリスクプレミアム

次に、個別物件レベルの過熱感をみる。J-REITのインプライドキャップレート(減価償却前賃貸事業収益/(負債合計+時価総額))とNOI利回り(減価償却前賃貸事業収益/運用資産取得価格)の動き(第1-3-12図(1))をみると、両者の乖離は拡大しており、REITの投資物件に対する期待収益が強まっていることが分かる47。日本の不動産投資市場を国際的に比較するため主要都市のキャップレートをみると、東京は相対的に低い水準にあるものの、長期金利(安全資産利回り)との差によるイールドギャップは大きい(第1-3-12図(2))。さらにREITの配当利回りを日米で比較すると、日本はアメリカを下回っているもののその差は2004年以降縮小している(第1-3-12図(3))。10年国債利回りとの差を取ったイールドスプレッドでは、アメリカが2006年以降マイナスで推移している一方で、日本は依然として1%程度の水準を保っている。

こうしたことから、日本の不動産投資市場は、投資家にとって収益対比でみていまだ投資を行いやすい市場とみられる。実際、J-REIT市場では2006年末以降外国人投資家の買越額が大幅に増加している(第1-3-12図(4))。このような海外資金の流入は、リスクプレミアムの低下を通じて先にみたインプライドキャップレートの低下に寄与しているものと考えられる。

不動産の期待成長率やリスクプレミアムは、設定次第で資産価格を大きく変動させるものの、それを客観的に評価することは難しく、収益還元法に基づき合理的な価格・投資判断をしたつもりであっても、結果的に楽観的な賃料水準の予測や過度の評価益を見込んだ場合などにはバブル的状況が生じることもあり得る。現在の不動産投資市場は、長期間にわたる世界的な金融緩和状況が影響している部分もあると考えられる。J-REITのような証券化の手法により実物資産も含めたグローバルな資金運用が可能となる中で、その算定基準となる期待収益やリスクプレミアムの評価については経済実態を踏まえた見直しを続けていくことが重要と考えられる。

 地価上昇への政策対応

既にみたとおり、財・サービスといった一般物価が相対的に安定している一方で、資産価格が大幅に上昇するケースが生じた場合、資産価格の変動に対する評価や適切な政策上の対応はより難しい課題といえる。これまでみてきたとおり、都市圏を中心に地価は上昇に転じる動きをみせている。地価は将来にわたる市場の期待形成によって大きく変化する性質を持っており、長期間にわたる地価下落から上昇に転ずるような局面では期待の大幅なずれによって地価形成に歪みが生じる可能性に注意しておく必要がある。

資産価格の変動が先行きの実体経済活動や物価変動に影響を与えることもあるという見方もある。このような立場に立てば、土地資産価格の急激な上昇は好ましくなく、各種の政策によって対応していく必要があるが、資産価格の水準を金融政策の直接の政策目標とすることは適当ではないという、政策対応上のコンセンサスがある。一方、資産価格の変動が先行きの実体経済活動や物価変動に与える影響に対しては、金融政策によって対応していく必要があるが、強気化した期待を修正するために金融政策を割り当てると大幅な引締めが必要となる可能性があり容易ではない。

地価上昇への政策対応については、資産価格の動向を含めた経済全体の需給ギャップや信用供与の状況などのマクロ的なリスク状況の予防的な形での把握と併せて、総合的な政策対応を視野に入れながら適切な備えを行っておくことが重要と考えられる。