第4節 グローバル化の便益を引き出す構造改革

これまでみたように、日本経済はグローバル化の波を活かして発展してきた。しかし、まだ十分には波に乗り切れていない面が残されている。世界経済からの便益は受動的に得られるわけではない。便益を結実させるためには、経済主体の積極的な対応が必要である。同時に、そうした対応をより容易にするためには、世界的な視野に立った構造改革を通じて便益を引き出すような環境を整備していくことが求められる。

以下では、農業、対内直接投資、外国人労働等の分野における構造改革を検討する。その後、今後の国際競争力を維持していく上で重要な論点である雇用コストの増加について考察し、最後に国際経済の緊密化によって高まる競争政策の重要性について論じる。

1 求められる農業の構造改革

世界の各地において、グローバル化の下での国内農業政策の在り方が大きな関心事となっている。90年代以降、WTOやFTAを通じた世界的な自由化が進展し、農産物の貿易も拡大している。グローバル化の便益は、次の二点を通じて実現する。第一に、比較優位に応じた安価な輸入品を消費者が購入できる点である。第二に、競争原理が働くことにより、国内農業の生産性を上昇させる努力が促されるという点である。生産性の上昇には、消費者の安全志向の高まりや所得水準の上昇に応じた高付加価値化も含まれる。

以下では、グローバル化に対応する観点からみて、農業の構造改革をどのように進めることが必要かを検討する。

 貿易を歪めない取組みが農業についても世界の潮流

グローバル化が進むなかで、それに調和する制度の在り方について、まず考えてみたい。農業政策の在り方については、WTO体制のもとで貿易を歪めない取組みが進められている。1993年妥結のウルグアイラウンドにおいては、「国境措置」(関税など)だけでなく、「国内助成」(国内価格支持など)についても削減していくことが合意され、農産物の自由化に一定の進展をみた。こうした考え方に沿って、現在、アメリカやEUでは個別品目に対する価格支持政策から直接所得補償などのデカップリング政策(32)への転換が進んでおり、農産物の国際市場における市場メカニズムの働きを、各国の保護政策によって阻害しないという考え方が広がっている。また、日本においても、個別品目ごとの価格・経営安定政策から担い手に支援を集中した品目横断的な仕組みへの移行が検討されている。

こうした価格支持を止める取組みは、農産物の国内価格が国際価格に近づいていくことを意味することから、これに対応するには農業の生産性を向上させ、国際的な競争力を高めていくことが必要となる。

 先進国と比較した日本農業の特徴

ここで、日本農業の生産性の現状について、他の先進国と比較しながら概観してみる。

農業の主要な生産資源である労働力と土地について、他の先進国(日本を含む23か国)と90年代の推移を比較してみると(33)、次のようなことがわかる(第3-4-1図)。第一に、労働力については、ほとんどの国(ニュージーランドを除く)で減少している。なかでも、日本は4割程度と最大の減少を示している。第二に、これに対応して労働生産性(34)は上昇しており、日本も同じような傾向にある。第三に、農地については、増加している国が幾つか存在するが、減少している国の方が多い。その中で日本は農地の減少がフィンランドに次いで大きい。第四に、土地生産性(35)については、農地の増減にかかわらず、多くの国において上昇傾向にある。しかし、日本では土地生産性が停滞している。

これらのことから、日本の農業については、(i)極めて大幅な労働力の減少と、(ii)農地の減少と土地生産性の停滞(土地の有効利用が進んでいない)といった問題に直面していることがわかる。

以下では、労働力と土地といった農業生産にとって重要な資源の減少要因とその影響について検討する。

 高齢化により労働力と土地が減少

労働力については、農業就業人口の高齢化が進行し、後継者の少ないことが大幅な労働力の減少をもたらしている。基幹的農業従事者(36)は、90年293万人から2003年には226万人にまで減少している。基幹的農業従事者のうち60歳以上人口の占める比率は、90年の46%から2003年には68%にまで上昇している(第3-4-2図)。こうした高齢化の進展は、農業就業者が減少するという量の面と、その中で生産力の高い担い手が減少するという質の両面において進行しているといえよう。

さらに、農業では依然家族経営的な面が強く、労働力と土地が切り離し難いことから、農業就業人口の高齢化は、土地利用の面にも影響を及ぼしている。つまり、高齢化により担い手が引退し、後継者や周辺の担い手に耕作を円滑に継承できない場合には、その土地の耕作の継続が困難になりやすいと考えられる。耕作放棄地については、2000年時点での耕作放棄地は全国で34万ha(耕地面積の約7%に相当(37))となっており、2003年には新たに1.4万ha(琵琶湖の面積の約1/5に相当)が耕作放棄地となるなど耕地面積の減少が続いている(第3-4-3図)。

 土地利用型農業にみられる生産性の低下傾向

高齢化が労働力と土地といった生産資源の減少をもたらしていると考えられる中で、こうしたことが農業の生産性にマイナスの影響をおよぼしている可能性がある。こうしたマイナスの影響は、土地への依存度が高い、いわゆる土地利用型農業(38)の動向に比較的明確に表れると考えられる。ここでは、土地利用型農業の代表例として、稲作について調べてみる。

稲作は、農業総産出額のおよそ四分の一を占める主要な作物であるが、2000年の産出額に占める農家別(39)のシェアを見ると、農業を中心に営む農家(主業農家(40))の比率が36%であるのに対して、そうでないもの(準主業農家(41)+副業的農家(42))の比率が64%と、後者における比率が高くなっている(43)

このような特徴を持つ稲作について、都道府県別データを用いて土地生産性、全要素生産性(TFP)(44)の動向をみると、稲作比率が高い地域では、土地生産性とTFPが低下する傾向がみられる(第3-4-4図)。これは、第一に、稲作比率が高い地域では、土地が有効に利用されていない可能性があることを示している。また、TFPは、生産性に対する資本と労働以外の貢献であり、具体的には技術体系、組織形態等の改善の寄与を表している。よって、第二に、こうした地域では、農業経営が効率的に行われていない可能性があることを意味している。

したがって、土地利用型農業については、農地の有効利用や農業経営の法人化などの組織形態の改善を進めることによって、土地生産性やTFPを向上させる余地が残されていると考えられることから、今後、こうした改革を強化していくことが重要である。

 意欲ある担い手の育成、農地の有効利用が必要

労働力と土地といった農業にとって必要不可欠な生産資源の減少は、農業の生産力を低下させることから、こうした減少をくい止め、残された資源の生産性を高めていくための方策について整理してみよう。

第一は、意欲ある担い手の育成である。日本農業の生産性を上昇させるには、意欲ある担い手が革新的な技術・経営手法を導入し、経営面積の規模拡大を進めることが重要である。また、高齢化が進み、耕作放棄地が増加している地域において、意欲ある担い手が効率的かつ安定的な経営を行えば、耕作放棄地の減少など地域農業の活性化にもつながる。経営の法人化などを活用して多様な担い手を育成するとともに、こうした担い手に施策を集中化・重点化する必要がある。

第二に、農地の有効利用である。高齢化が労働力と土地といった生産資源の減少をもたらしていると考えられる中で、農業生産にとって最も基礎的な資源の有効利用を図ることは重要である。農地の有効利用を図るためには、(i)消費者の需要に合った農産物を生産するとともに、(ii)意欲ある担い手に農地を集約することが重要である。日本の農業においては、特に稲作において比較的、集約が遅れていることが指摘されている。戦後、兼業農家(45)、特に第二種兼業農家(46)の比率が高まるなかで、大規模化に意欲的な専業農家(47)へ農地の集約が進展しなかった。今後は、大規模経営を目指す担い手に農地が集約するような枠組みを構築していくことが重要である。

併せて、高齢化などの農業・農村の構造変化にも対応して、地域において生産資源を適切に保全していくことも重要である。

 構造改革特区に期待される役割

意欲ある担い手の育成を進めていく上で、農業経営の法人化を活用することは、効率的な経営を進めていくためにも重要である。これまで、株式会社の農業参入については、構成員や出資に制限のある農業生産法人(48)としての要件を満たしている株式会社の参入は認められていたが、例えば食品会社のような株式会社が直接農地を買ったり、借りたりして農業を行うことは認められていなかった。こうしたなか、2003年4月施行の構造改革特別区域法において、「農業生産法人以外の法人に係る農地法の特例措置」として条件が緩和され、担い手不足や農地の遊休化が深刻な地域において、株式会社などが農地を借り、農業を行うこともできるようになった。

この農業に関する特区は、2004年6月現在、全国で50の構造改革特区の計画が認定されており、この中身を見ると、上記した生産性の強化が期待される取組みのほか、食品産業との結びつきを強めたり、都市と農村の交流を進めるなど農業を核とした地域の活性化を進める動きもみられている。例えば、青森県では、地元大学と食品会社との産学官の連携を図りながら、りんごの一大産地である特色を生かした取組みが行われている。

このような特区で認められた措置について、特に問題がない場合には、速やかに全国展開に移行する必要がある。

 高付加価値化による日本農業の可能性

以上のように、労働力や土地という生産資源の効率的利用により生産性の向上を図ることは、日本の農業が国際的な競争力を身につけていく上で重要である。これにより、農産物の価格も低下し、消費者のメリットも拡大されよう。加えて、消費者の嗜好が多様化し、健康志向や安全志向が高まるなかで、日本の農業がより付加価値の高いものを生産し、消費者のニーズに応える努力を続けていくことも重要である。付加価値の高い農産物を作ろうとする取組みは、近年さまざまな形で行われている。例えば、農産物の安全・安心への要求が高まっているなかで、農薬の使用を減らすなどの取組みが進んでいる。また、食品の生産・加工・流通等の各段階において食品とその情報を追跡し、遡及することができるトレーサビリティの導入も進められている。私たちの身の回りには世界中からさまざまな農産物が届けられているが、付加価値の高い国内農産物が提供されると、消費者はいろいろな選択肢の中から自分にあった物を選択することができよう。このように、付加価値の高い農産物を作ることは、消費者にとってもメリットがあり、また、生産者にとっても海外の農産物に対する競争力を高めることができるため、高付加価値化は日本農業にとって重要な課題であると言える。

 高品質な日本の農産物が世界に輸出される

高付加価値化によるメリットは、国内市場のみにとどまるものではない。近年では、日本の農産物が海外に輸出される事例も見られている。りんごやいちごの相対輸出単価(49)と輸出数量の伸びをみると、輸入品と比較して割高な国産品であっても輸出が伸びている産品があることが分かる(第3-4-5図)。日本の農産物が、比較的割高でも輸出されているのは、海外の消費者にその価値が評価されているからである。最近に至るまで、日本の生産者の多くは輸出可能性に気付いていない面があったとの指摘があるが、形や味などの品質管理の徹底や、農薬の使用を減らすなどして付加価値を高めていくことにより、今後の輸出拡大も期待できる(50)。これにより、国際競争を国内市場における輸入品と国産品の競合といった、言わば守りの視点からのみならず、国産品が積極的に海外市場に打って出るといった、言わば攻めの視点からとらえることも可能になると考えられる。

 グローバル化と調和のとれた構造改革が重要

以上みてきたように、グローバル化の進展には多くの便益があり、これを享受するためには生産資源の有効利用による生産性の向上に加え、より高付加価値な農産物の生産が重要であることが分かった。今後、生産性を向上させ、日本の農業の特長的な分野をさらに伸張させることが重要である。こうした生産性の向上及び高付加価値化を進めていくためには、担い手への農地集約の遅れなどの日本農業の現状や、WTO等の国際規律の強化も踏まえ、農業の担い手と農地などに着目した構造改革を進めていくことが必要である。

政府は、こうした考え方に立って、意欲ある担い手の育成や農地制度の改革等について検討しているところであるが、農業が食料安全保障をはじめ、国土・環境の保全等多面的な機能を有していることに留意しつつ、こうした構造改革とグローバル化とを調和させることで、農業の国際競争力が向上し、消費者にも大きな便益が発生することが望まれる。

2 更なる取組が必要な対内直接投資

対内直接投資は、外国資本が入ってくることを意味する。流入方法は、子会社の新規設立、その国に存在する企業の株式取得、あるいはM&Aによる企業再編(買収、資本参加等)等、多様な形態がありうる。外国資本の流入は、資金のみならず、新たな技術や経営ノウハウの導入や多様な製品・サービスの提供をもたらすなど、我が国の経済や社会生活を豊かにするものである。以下では、日本の対内直接投資の現状と課題について問題点を整理してみよう。

 対外直接投資に比べて極めて低い対内直接投資

経済のグローバル化が進展すれば、直接投資は外向きも内向きも両方向が同時に増加するのが一般的な姿である。しかし、日本については外向きと内向きに大きな格差が存在し、対外直接投資残高と対内直接投資残高の格差は、近年改善されつつあるものの、いまだ4倍弱あり、低い水準にとどまっている。

対内直接投資の水準を国際比較すると、日本の特徴として、第一にその水準が依然低いこと、第二に最近20年での増加が極めて緩やかであることを指摘できる(第3-4-6図)。他方、日本を除くG5諸国はこの20年で大きく増加し、イギリスではGDP比4割に達している。さらに、G5以外ではアイルランド、オランダ、ニュージーランドなどの急増が顕著である。

しかしながら、対内直接投資残高は98年以降増加傾向にあり、対内直接投資を巡る環境は着実に変化しつつある(前掲第3-1-5図)。加えて、2003年1月の施政方針演説において小泉首相が対日投資を5年後に倍増する計画を発表するなど、政府としても投資環境の一層の変化に向けて取り組んでいる。

対内直接投資に影響する要因は様々であるが、その国のマクロ経済状況(経済成長率、為替の安定など)、経済・社会インフラの整備状況、労働コスト、規制などが挙げられる。

 規制緩和の進捗が遅かった日本

ここでは、OECDの包括的な調査結果(51)に基づいて、主要国と比較した日本の規制状況を明らかにしたい。規制については多様な内容から構成されており、例えば、(i)外国資本の株式取得の可能性、(ii)外資参入の審査と承認のハードルの高さ、(iii)経営陣の国籍に関する制約の強さなどが挙げられている。

この調査では、国際比較が可能なように加盟国別に規制の強さを数値化している。日本の規制に関しては、次のような特徴を指摘できる。

第一に、2000年において、日本の規制度合いはOECD加盟国平均を上回っている(第3-4-7図)。イギリスやアイルランドなどは、規制が極めて低い。

第二に、日本で規制が相対的に強い業種は通信や輸送等である。同様の傾向は他国にもみられる。外資の株式取得については日本では規制が低い。なお、諸外国の電力業については、アメリカを始め大多数の国において外資の株式取得が厳しく制限されている。

第三に、日本は近年まで規制緩和の進捗が遅かった。80年時点では、日本の規制水準はイギリスに比べてもそれほど強くはなかった。しかし、その後の20年において多数の国は急速な規制の緩和を行った。なお、アメリカの規制水準は低いが、20年間にほとんど緩和が進んでいない。

なお、OECDの調査については、そもそも規制の強さ度合いを数値化することが容易ではない上、日本については特に行政指導といったより評価の困難な要素が分析上多く含まれており、近年政府が積極的に取り組んできている規制改革等の結果が十分に反映されていない可能性について留意しなければならない。また、ヨーロッパ諸国は、EU統合という大きな流れによって、欧州域内の資本移動の自由化が加速された影響が含まれている。特に、EUにおける直接投資の約半分は他のEU加盟国からであると言われている。したがって、EU加盟国の規制緩和の進展度合いはある程度割り引いて考える必要がある。

 規制が強い国は対内直接投資が低い傾向

それでは、規制の強さと実際の直接投資は関係があるのかどうかを調べてみた。2002年の対内直接投資残高(GDP比)と2000年の規制度合いとの相関関係は緩やかな負の関係にあることが分かった(第3-4-8図)。つまり、規制が強い国ほど、直接投資残高が低い傾向にあるといえる。OECD加盟国の中には日本より規制の強い国が存在するが、日本を含めこれらの国では対内投資が極めて低くなっている。

 最近の直接投資の動き

低調だった対内直接投資にも近年は変化がうかがえる。第1節で述べたように、毎年の対内直接投資は90年代末から増加し始め、2002年度までには対外直接投資の2分の1程度までに増えている。

近年の特徴は、非製造業で増加が顕著なことであり、特に金融保険や通信などでの増加が目立つ。これは、90年代末からこれらの業種において規制緩和が進み、外資からみた日本市場の魅力が高まったことが影響していると考えられる。通信業では、第一種電気通信事業への外資規制が原則撤廃された(98年)。金融業では金融システム改革法(98年)が施行され、銀行・生保等による投資信託窓口販売の導入などが行われたほか、99年には株式売買委託手数料が完全自由化された。

こうした規制緩和に伴って、業界再編や異業種からの参入が活発化し、外資が持っている先進的ノウハウの導入を企図した資本提携や外資自身による参入が進んだのである。

 対内直接投資の倍増へ向けて

第6回対日投資会議(2003年3月)では、専門部会が報告書と5分野74項目(52)からなる「対日投資促進プログラム」を提出し、日本を外国企業にとって魅力ある進出先とするための対策を講じることとしている。その中では、国境を越えた合併・買収が容易に行えるように国内制度を改善するため、「合併等対価の柔軟化」(53)について検討を行うこととしている。それに関する税制措置についても、課税の適正・公平及び租税回避防止の観点も十分に踏まえ、検討することとされている。

経済活性化のために対日投資の活用を図ることが重要な課題であり、「対日投資促進プログラム」に盛り込まれた取組などを着実に進め、2008年までの倍増に向けて努めていくことが重要である。

コラム3-2 税制と直接投資の関係

対内直接投資に影響を与える要因は様々であり、マクロ経済状況(経済成長率、為替の安定など)、経済・社会のインフラの整備状況、労働コスト、規制などが挙げられる。このうち、税制が直接投資に与える定量的な影響については、多くの実証研究がなされているが、確定的な結論は得られていない1。以下では、参考までに実証研究の幾つかを紹介してみたい。

OECDは、企業が対内直接投資を行う場合の税負担について、一定の仮定を置いて、税率、減価償却や投資に対する税制上の優遇度合い、租税条約等による税負担の国境間調整などを勘案し、加盟国の対内直接投資受入れに関する「実効税負担率」(製造業、2001年)について幾つかの試算をした2。それに基づくと、「実効税負担率」が高い国では対内直接投資残高(対GDP比)が低い傾向がうかがえる(付図3-2)。

世界銀行のエコノミストの論文では、税制が直接投資に与える影響として以下のものを挙げている3

(1)衣服産業のように、市場の競争が激しく、低い利益率で生産を行っている輸出型産業では、低い税率は直接投資の流入にとって総じて大きなプラスの影響を与える。

(2)新規設立企業は設備資本などの初期費用が軽減される税制措置を好むのに対し、経営の拡大を意図する企業は増益に資するような税制措置を好むという違いがある。

(3)資金調達に関しては、留保利潤による直接投資は立地先国の税率に強い影響を受ける。

一方、アメリカの研究論文では、対外直接投資と資本収益率の間にはほとんど関係はみられず、また、税制が対外直接投資の重要な動機づけであるという考え方を支持することは困難であると述べている4

(備考)1. 井堀(2003)。
2. Yoo(2003)。ここでいう「実効税負担率」は投資の資金調達方法(留保利潤、株式発行、借入れ)によって異なってくるが、ここでは簡単化のために留保利潤の場合を取り上げた。なお、政府税制調査会で用いられる法人所得の実効税率とは概念が異なることに留意が必要である。税調で用いられる実効税率は、各国について、地方税の損金算入を加味して、国・地方の法人所得課税の表面税率を合計したものである。
3. Morisset and Pirnia(2002)。
4. Markusen(1995)。

3 外国人労働力の活用と課題

グローバル化と労働力の国際移動に関しては、能力のある人材について、いかに自由な移動を確保し、そのメリットを実現させていくかが重要なポイントである。最近の経済連携の取り組みにおいては、国境を越えた人の移動の自由化を積極的に促進しようとする動きがみられる。現在日本が進めている経済連携交渉においても、「人の移動」(看護、介護等の分野)について強い関心が相手国から表明されている。

我が国における外国人労働者(54)は近年、増加傾向にある。これに伴い、企業内部、地域などにおける問題点も現われており、人の移動のメリットを実現するためには、避けては通れない問題も垣間見えている。以下では、わが国の外国人労働者の現状と問題点、諸外国の受入れ制度を概観した上で、外国人労働者受入れについて課題を整理したい。

 世界と日本における外国人労働者

貿易・投資が拡大し、国際的な競争が激しさを増す中で、国境を越えた労働力の移動が増加している。移動する人は、単に労働力だけではなく国を構成する国民でもあり、商品のように完全に自由な移動が可能になるわけではない。しかし、先進諸国ではそのメリットを積極的に評価し、活動内容や期限を設定するなどして有効に受け入れを進める工夫がみられている。その状況をみると、次のような特徴がみられている(付表3-3)。

第一に、専門的・技術的な労働者に関する受入制度がみられている。(i)これは、サービス貿易の増加という世界の貿易・投資構造の変化、(ii)知識集約産業への転換、(iii)少子・高齢化の進展、などといった先進国に共通にみられる経済社会の構造変化を背景とするものである。受入れに当たっては、活動内容、滞在期間、受入れ枠等の設定や、国内労働市場における人手不足状況の確認等、外国人労働者の質と量をコントロールするための工夫が行われている。

第二に、移民については、国の成り立ちや歴史を反映して、各国によってばらつきがある。一般に、上にみた「労働力」に着目した受け入れとは異なり、これらは「人」に注目した受入れであるため、就業に関しても特段の制限を設けないのが普通である。

第三に、移民などに対して、当該国で必要となる一定の言語能力を前提とすることが主流になっている。

このほか、制度やその運用の変更はしばしばみられており、最近でも、例えばアメリカにおいてH1-Bビザ(IT技術者など専門的・技術的労働者用)発給数の縮小(2004年)、ドイツ・フランスでは、EUの新規加盟国民の流入制限期間の設定などもみられている。

我が国の外国人労働者の受け入れは、1990年の出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」と略。)の改正により、就労目的の入国者の条件を拡充・整理するとともに、日系人を「定住者」として受け入れるなどの措置をとっている。この際の外国人労働者受入れ方針として、専門的・技術的労働者(付表3-4の3~16の在留資格を持つ就労目的の外国人労働者)については、高度の知識や技術を活かすことにより我が国経済の発展に役立つことから、積極的に受け入れる一方、いわゆる単純労働者については、国内労働市場に与える影響などを考慮して十分慎重に対応することとしている(55)

先進諸外国と日本の受入れ制度の相違点として、特に就労目的の入国に関して、日本では受入れ人数枠や期限などを特に設定していないこと、言語能力に関する条件を設定していないこと、などがあげられる。

次に、実際の外国人の状況を人口に占める外国人比率をみると、先進諸国の中には、いわゆる移民国家であるオーストラリア、カナダでは20%程度、アメリカでは11%程度となっている。他方、イギリス、イタリアなど5%以下にとどまっており、日本では約1%となっている(56)

90年代以降、我が国の外国人労働者は年々増加しており、2002年現在、厚生労働省の推計によれば約76万人(57)第3-4-9図)、労働力人口に占める割合は1.1%となっている。その主な構成は、(i)専門的・技術的労働者、(ii)定住者、(iii)技能実習生等、(iv)留学生などの資格外活動、等である。

以上みたように、外国人労働者といってもその類型は多様である。この点を踏まえ、最近の日本の動向についてみていきたい。

 専門的・技術的労働者の現状

就労目的での入国は、労働者の能力に着目し、それぞれの能力を国境を超えて発揮することを想定したものである。

法務省入国管理局によれば、就労目的による入国者数(フローベース)は2002年に約14万人となり、5年前に比べ約5割増となっている。また、在留資格別にみると、「興行」が8割以上を占めている。このように入国者は在留資格に偏りがみられており、これを除いた「人文知識・国際業務」、「技術」などの在留資格では、過去5年間、2万人台と横ばいで推移している(第3-4-10図(a))。

一方、これを在留者数(ストックベース)でみると、2002年は18万人となり、過去5年間でほぼ倍増している(第3-4-10図(b))。これは、専門的・技術的労働者で在留資格の更新をする者が増加し、彼らがより日本に長期滞在する傾向があるためと考えられる。在留資格別にみると、「興行」の増加が目立つものの、これを除いた資格でも増加している。また、国別にみると、フィリピン、中国などの近距離の国と、アメリカ、イギリスなど先進国が多いという特徴がある。

このように全般的にみれば、増加傾向がみられている。ただし、業種に偏りがみられ、例えば、企業サービスに関する分野では伸びが相対的に低いこと、米国での入国者の現状と比較して出身国が幅広くないこと、などがうかがえる。

 日系人などの外国人労働者の現状

次に、上にみた就労目的以外の在留資格に基づき日本に入国し、在留している外国人の現状をみたい。具体的には、(i)上記入管法改正により「定住者」の在留資格で入国が認められている日系人、(ii)1年~2年の期限で受入れ機関と雇用契約を締結し、労働者として実践的な技能等の修得を行う技能実習生、(iii)一部業種除き、週28時間以内であれば包括的な資格外活動許可を得て、就労が認められている留学生、などである。

90年の入管法改正以降の10年あまりを振り返ると、積極的に受入れを図ってきた専門的・技術的労働者以上に、それ以外の在留資格で我が国に入国し働いている外国人労働者の増加が著しい。その多くはブラジルやペルーを中心とした日系人であり、2002年現在で23万人にのぼり最近では定住化する傾向が強まっているという(58)

彼らは、就業に特段の制限がなく、どのような形で労働市場に参入しているかは直接には把握できない。そこで、総務省「国勢調査」(2000年)により、外国人全体の分布を都道府県別にみてみたい。それによると、群馬県、長野県、静岡県等の一部府県において、産業では製造業、国籍ではブラジルやペルーが多くなっており、他の地域の分布とは異なっている(59)。これらの地域では、定住者として入国した日系ブラジル人やペルー人が、請負のような間接雇用の形で製造業に就労している比率が高いと考えられる。

この他、技能実習生等は2002年に4.6万人(60)、留学生等は8.3万人に達し、近年増加している。こうした者も、専門的・技術的労働者以外のグループを形成している。

 増加に伴い問題が現れつつある

こうした外国人労働者は、多様な人材を活用しようとする企業に雇用されるなどにより、日本経済を支える重要な役割を担っている。他方で、こうした外国人労働者の能力を十分活かしていくには、幾つかの乗り越えるべき課題があることも事実である。

外国人労働者の増加に伴う問題について、企業面、経済面、社会面にわけてみてみよう。

第一に、企業面においては、異文化コミュニケーションの問題などが挙げられている。日本経済団体連合会アンケート調査(2003年)によれば、外国人を活用している企業は、問題点として「文化・慣習の違い」、「職場内での意思疎通」などをあげており、文化、語学、意識といった面が課題となっていることがわかる。

 労働市場における影響

第二に、経済面においては、国内労働市場に与えるマイナスのインパクトが想定される。先進国を中心に、「外国人の受入れは、自国民の雇用機会を犠牲にするのではないか」との懸念が指摘されてきた。このため、先進諸国では、外国人労働者を受け入れる際に労働市場テスト(61)等を実施することにより、国内の労働市場への影響等を勘案した受入れを実施している。こうしたこともあり、OECD諸国の外国人比率と失業率をみると、外国人が多いからといってその国の失業率が多いという関係はみられていない(第3-4-11図)。

一般的には、外国人労働者の受入れが国内労働市場に与える影響は、外国人労働者が持っている技術・知識等が、自国民の持つ技術・知識等と比較してどのようになっているかに依存していると考えられる。すなわち、高度な技術・知識等を持つ外国人労働者を受け入れる場合、自国の労働者に与えるマイナスのインパクトは小さく、単純労働者を受け入れる場合、自国の労働者に与えるインパクトは大きくなり、外国人自身の雇用も不安定になると考えられる。また、製造業の非正規社員など景気変動の影響を受けやすい形で就労する場合は、景気が悪化した際に、雇用の不安定性が社会生活上の問題につながる可能性も指摘されている。

 地域社会での課題となりつつある

第三に、社会面としては、日系人などの定住化に伴い、外国人労働者が家族とともに地域社会の一員として地域住民と同様に生活するようになり、それに伴う様々な問題がみられている。具体的には、(i)日本語ができない労働者が失業した場合、再就職がむずかしく、生活が不安定になるといった就労問題、(ii)就学年齢の児童について、日本語が不自由なことから生じる児童の教育問題、(iii)手取り収入を少しでも増やしたい外国人労働者と負担軽減を図る事業主がいること等により、医療保険、雇用保険などの社会保障制度に未加入となっている場合があるといった問題、(iv)外国人が集中して住んでいる地域における、地域住民との文化・慣習面での摩擦等の問題、などである。こうした地域では、外国人の集住化に伴う諸問題の解決に向けた取組みが模索され始めている(62)

国勢調査により市町村ベースで外国人の分布状況をみると、外国人の在住は、市町村の規模の大小に関わらずみられ、外国人が存在しない市町村数はわずか1.6%(全市町村数3230)に過ぎない。外国人問題は、一部の市町村だけの問題でなく、ひろく地域で対応が求められる課題になりつつあると考えられる。

 前向きに総合的な検討を

上にみたように、近年、外国人労働者数は増加傾向にある。しかし、特に日系人などが急増し定着化が進んでいるものの、受入れ体制が整っていないため様々な問題が発生しているのが現状であろう。現下の課題は、これら外国人労働者が、いかに社会に統合し生活を営めるかであろう。

しかし、我が国の受入れ体制は、入国管理、労働、子弟の教育、地域生活などに関して担当する各機関が、情報を共有し、連携し共同で諸問題を解決する体制にはなっていないとの指摘がある。こうした現状を改善するためには、まず、外国人労働者受入れに関する諸問題を総合的に検討することが必要であると考えられる。

近年、外国人労働者の受入れについて、国内各方面から様々な提言(63)がなされている。グローバル化の進展する中で経済活力を維持し、国民生活を向上するためにはどう対処するか、また、少子・高齢化に伴う労働力不足への対応として、女性・高齢者等の活用を図った上で、それでも足りない場合にどう対処するか、といった観点から外国人労働者の受入れとそれに伴い発生する地域での諸課題などを踏まえ、総合的に検討する必要があろう。

また、外国人労働者は労働者であるだけでなく、我が国で生活する者であるということを念頭に置いて、外国人労働者の受入れが我が国経済・社会に与えるインパクトを考慮した上で、受入れの具体的な制度・施策の在り方について検討を進める必要があろう。その検討にあたっては、国民世論を踏まえ、高度な外国人労働者の更なる受入れと外国人労働者の受入れに伴い発生する地域での諸課題などを解決するため、前向きに総合的な検討を深めることが求められる。受入れ体制の整備は、労働力に関するグローバル化のメリットを引き出す上で、重要性を増している。

4 労働コストの上昇と競争力低下の懸念

少子高齢社会において年金・医療等の社会保障制度を持続可能なものにするために、保険料の上昇が見込まれている。これは日本の労働コストを引き上げ、国際競争力を減じるのではないかとの懸念が指摘されているが、その問題を検討してみたい。

 日本企業のコスト意識は敏感

内閣府「企業行動に関するアンケート調査」(2004年)によると、「3年前と比較して国際競争力が低下した」と回答する企業数は、全製造業の2割に達している。競争力が強まったとの回答社数が3割強あることから、製造業全体としては競争力が低下している状況にはない。競争力が低下した企業がその原因として挙げるのは、「ライバル企業の費用削減努力が優っていたため」が最も多く4割を超えている。

このことは、日本企業が競争力の優劣を意識する上では、コストの軽重が大きな要因となっていることを示している。製品コストは、原材料コストに加え、賃金費用、非賃金費用、利潤率などによって決定される。以下では、労働力に関連する費用のうち非賃金費用を考えてみたい。

平均的サラリーマンが負担する社会保険料(事業主負担を含む、対年収比)は、2004年4月には23.68%(年金13.58%、医療7.7%、雇用1.4%、介護1.0%)であるが、2025年にはこれが31.7%に達する見通しである。内訳として大きいのが、年金保険料の18.3%、医療保険料の9.9%である。このような社会保険料の増加を含む非賃金費用の上昇は、国際競争力にどのような影響を与えるだろうか。

 国際競争力といわゆる「税・社会保険料のくさび」

我が国の国際競争力を決定する要因として重要なものは、「付加価値を1単位生み出すための労働コスト」(=単位労働コスト)である。これが、貿易相手国に比べて高く、しかも長期間に亘って上昇が続けば、国際競争力は低下してしまうだろう。

単位労働コストは幾つかの計測方法があるが、一般的なものは「一人当たり雇用者報酬÷労働生産性」である。そのうち分子の一人当たり雇用者報酬には、社会保険料(雇用者負担分と事業主負担分)が含まれ、また税引き前の金額である。税と社会保険料を除いた部分が最終的に手取り賃金として雇用者本人の可処分所得となる。ここで、個人所得税及び社会保険料負担(雇用者負担分及び事業主負担分)の総労働コスト(課税前賃金+社会保険料事業主負担分)に対する比率は「税・社会保険料のくさび」(tax wedge、wedgeとは「くさび」のこと)と呼ばれることがある。雇用主である企業などから雇用者である労働者に支払う雇用者報酬のうち、労働者本人の手取りとして残らない部分だからである。

税や社会保険料負担が増加して、くさびが拡大すると、雇用者報酬に変化がなければ、手取り賃金は目減りする。目減りしないようにするには、雇用主は雇用者報酬をある程度追加的に支給しなければならないが、その場合、くさびの拡大は、企業利潤を圧迫するか、雇用の維持や創出に企業が慎重になる可能性を意味する。さらに、企業立地の選択の観点からは、それが高い国は敬遠されるかもしれない。

したがって、くさびの上昇は、(i)労働意欲が低下するおそれ、(ii)雇用創出を弱め失業を悪化させるおそれ、などから他の要因とあいまって経済全体に悪影響を与える可能性がある。さらには、労働コストが増加すれば、国際競争力を低下させる可能性もある。

 「税・社会保険料のくさび」は我が国において低い

OECDは加盟国について「税・社会保険料のくさび」(総労働コストに対する個人所得税と社会保険料負担の比率)を毎年計測し公表している。それによると、我が国については次のような特徴がある。第一に、OECDが計測している22か国の中で8番目に小さい(2002年、既婚者子供2人で所得水準が生産部門雇用者平均のケース)。第二に、1995年からの動きについては、我が国では増加しているが、これは、景気等に配慮して税負担に対する累次の軽減が行われる一方、高齢化が進むなかで、年金保険料が引き上げられてきたことが大きな原因である(第3-4-12図)。

 国際競争力に影響を与える要因

ここでは国際競争力を示す指標として、OECDが試算している「国際競争力指数」を取り上げ、それがどのような要因によって変動するのかを検討してみよう。

この指数は、その国の単位労働コストが貿易相手国より増加しているのか、低下しているのかを測るものである。つまり製造業の貿易における労働コストの相対変化を明らかにし、増加していればその国の国際競争力が低下することを意味する。

日本について90年以降の動きをみると、90年代前半は国際競争力が低下したものの、その後は一進一退で推移している(第3-4-13図)。OECDが90年以降の競争力指数を公表している26カ国についてみると、同時期に競争力が上昇した国は10カ国(スウェーデン、アイルランドなど)、低下した国は8カ国(日本、イギリスなど)となっており、残りの8カ国では大きな変化はなかった。

現実の競争力の変化は、貿易相手国の労働コストの変化によって影響を受けるため、OECDの競争力指数も、自国の要因だけでなく貿易相手国の労働コストの変化からも影響を受ける。ここでは、貿易相手国の労働コストには変化がないとの前提の下で、自国の要因だけに注目して、(i)労働生産性、(ii)一人当たり雇用者報酬(手取り分)、(iii)くさび(ただし、ここでは、個人所得税と社会保険料負担の実額)、(iv)名目実効為替レートの4つに分けて、競争力指数の変化の要因を検討してみよう。具体的には、それぞれの変化率(対前年比)を説明変数、競争力指数の変化率を被説明変数として、87~2002年の期間に亘ってOECD加盟の21カ国を対象としたパネル分析を行った(第3-4-14表)。

推計結果は、4つの変数とも有意に競争力指数に影響を与えていることが分かった。競争力指数の1%低下に相当する効果をもつのは、(i)名目実効為替レートの約1.0%の増価、(ii)労働生産性上昇率の約1.9%の低下、(iii)一人当たり雇用者報酬(手取り分)の約2.5%の増加、(iv)くさび(実額)の約6割増加である。

 「税・社会保険料のくさび」の構造的な影響

この分析に基づくと、日本の90年代における競争力低下の要因を分解することができる。90年から2002年にかけて競争力は43%低下したが、その約8割は為替レートが円高になった影響であり、約2割は労働生産性上昇率が低下した影響である。くさび(実額)が増加した影響は、これまでのところは2%にとどまっている。

したがって、くさび(実額)の増加は競争力を有意に低下させるが、直接的な影響度合いは小さく、労働コストという観点からは生産性上昇を図ることによって十分に吸収することは可能であるといえよう。

ここで計測したのは、くさびが直接的に労働コストを上昇させることを通じた競争力の変化である。前述したように、くさびは雇用創出を弱めたり労働意欲を弱めたりする可能性があるため、構造的な失業(景気循環以外の要因で生じる失業)の増加につながるおそれがある。構造的失業が増加すると、人的資本が十分に活用されなかったり、そのために技能蓄積が滞ったりすることが懸念され、経済活力が低下し、競争力を弱める可能性がある。国際比較研究(64)によれば、構造的失業の要因としては、労働市場の構造的な問題(職種等のミスマッチ、賃金の伸縮性不足など)、労使関係(労使の協調度合い、賃金交渉の方式、労働組合の組織率など)、最低賃金の存在などと並んで、くさびの増加も構造的失業の増加と無関係ではないと指摘されており、両者の間には正の相関関係が認められる(第3-4-15図)。

このため、我が国よりくさびが大きい国々を中心に、くさびの抑制・軽減にも取り組んでいる。少子高齢化が急速に進んでいる我が国においても、今後、くさびの増加が見込まれるため、受益と負担の関係について検討し、持続可能な財政・社会保障制度の確立を図るとともに、経済全体の活性化を進めるための構造改革に今後とも取り組んでいくことが重要である。

5 グローバル化と競争政策

 構造改革によって高まる競争政策の重要性

競争政策は、競争を制限するような規制の撤廃・緩和と、競争を制限するような企業活動を阻止するための独占禁止法の運用、により構成される。

経済活性化のためには、個人や企業の創意工夫を促し、企業間の競争を制限するような規制を撤廃することが重要である。他方、こうして構造改革によって政府規制を緩和する領域を拡大すればするほど、独占禁止法の重要性が高まる。なぜなら、政府規制が緩和された領域では、企業はより良い製品をより安く供給することによって成長しようとする一方、企業には、お互いに競争を制限し合うような取決めを行い、努力せずに利益を得ようとする誘因も働いている。したがって、市場経済を機能させるためには、競争を制限して利益を上げようとする企業行動を阻止することが必要になる。

1980年代以降、政府規制を縮小し、構造改革を進め、経済自由化を推進することが世界的な潮流となってきた。それに伴い、独占禁止法の運用を中心とする競争政策の役割も重要性が増している。言わば、競争政策の充実と強化は、構造改革と一体のものとして重要性を高めているといえるのである。

 企業活動のグローバル化に必要な競争政策の国際調和

貿易の自由化によって関税率の低下が実現し、企業の国際的な活動が活発化すると、国境の内側における反競争的行為が貿易に対する主要な障害とみなされるようになった。例えば、日本、米国、欧州連合(EU)の中で、仮に日本だけが国内の談合を容認するようなことがあれば、日本企業は海外市場に自由に参入する一方、海外の企業は日本市場への参入を妨害されることになる。こうした状態を放置すると、国際競争は不公正な性格を帯び、健全な市場経済の発展が歪められることなる。このため、各国政府の競争政策の在り方が企業の国際活動に与える影響に注目が集まるようになった(65)

こうしたなかで、自国における適切な競争環境を実現するために、各国の競争当局が国境を越えて独占禁止法を適用するケースも増えてきた。その際、海外に直接投資を行った企業のみならず、単に輸出しているだけでも外国の競争政策が適用される可能性が高まっている。このため、一国の競争政策の在り方のみならず、国際的な競争政策の動向も企業活動に大きな影響を与えるようになってきた(66)。ただし、競争政策の積極的な域外適用については、重大な政治的摩擦を引き起こす可能性があるばかりでなく、実務的にも域外での企業行動に対して競争法を実際に執行することは困難であるという問題がある。

他方、こうした積極適用のケースとは逆に、輸出カルテルなどは自国の市場には影響を与えないことから、競争法の適用除外または不適用とする国も多い。これは、各国の競争法が一般に国内の消費者保護を目的としているためであるが、貿易や競争を促進する観点からすれば、各国の協調によってカルテル等の、国際的な競争環境を阻害する行為について取り締りを強化することも重要な課題である。

また、企業活動の国際的な事業展開が進展するとともに、複数の国の市場に影響が及ぶ合併事案が増加している。このような国際的な合併については、関係する複数の国の届出や承認を得ることが必要になるが、これらによる企業側の負担が過大なものとなれば企業の円滑な国際展開を阻害することになりかねない。

このような問題に対処するため、各国の合併届出・審査手続が企業にとって不必要な負担とならないことを確保するとともに、各国間の合併審査に係る調整・協力を促進するための基準の改善・収れんを含めた国際的な取組が求められている。

このように、(i)各国ごとに競争政策の内容が異なると国際競争を不公正なものにしてしまう可能性があること、(ii)国際企業による競争上不当な行為を的確に排除することは一国の競争当局のみでは困難な場合があること、(iii)企業にとって円滑な国際活動の推進のためには共通の競争政策の基準が不可欠なこと、などから各国間の協力の下に国際的な競争政策の在り方等についての取決めが必要になっている。

 国際的な執行協力体制の構築の動き

以上のような競争政策に関する国際的な取組としては、情報交換等の独占禁止法協力を中心とする二国間の取組が、米国を中心として1970年代以降活発化し、我が国も1999年に日米独占禁止協力協定が締結された。しかし、二国間協定は現在のところ締結数が少なく、内容に関しても相手国による執行について捜査開始を依頼することなどごく限られた事項に限定されており、今後一層の努力が必要といえよう。

また、二国間協定の動きに加え、国際的な場でも検討が進められている。例えば、世界貿易機構(WTO)では、1996年のシンガポール閣僚会議以降、自由貿易の促進と競争政策はどのような関係が望ましいのか、ということが議論されている。そこでは、価格カルテルや入札談合など反競争的な取決めの禁止や、競争政策における各国間の自主的な協力の在り方(67)を検討するとともに、多角的貿易体制の中心となる透明性、無差別原則、手続の公正性(68)について議論が行われている。

我が国においても、国際的な競争環境整備の流れの中で、海外の活力を呼び込むとともに国内の活力を十分に活かすためには、こうした国際的な取組への積極的な対応のみならず、国内でも、透明性、無差別原則、適正手続に則った競争政策の充実が求められる。特に合併に対する審査の透明性の更なる向上は、日本企業によるM&A(企業の合併・買収)のみならず、海外企業等によるM&Aを通じた対日直接投資の活性化のためにも不可欠である。

 グローバル化に対応した国内構造改革と競争政策が必要

90年代は、日本では運輸、金融、電気通信、エネルギー等の規制産業分野で規制改革が推進された時代であった。参入規制などの多くの規制の再構築が求められ、一定の成果を上げてきた。こうした規制改革は、競争導入・競争促進による効率化や、内外価格差の縮小による消費者利益の最大化を大きな目的とするものであり、独占禁止法・競争政策と軌を一にするものといえる。ただし、法的な独占が容認されてきた規制産業においては、単なる「規制緩和」だけでなく、競争条件の整備及び独占禁止法の確実な執行が一体となった「規制改革」が不可欠である。

加えて、従来、競争とは無縁であると考えられていた、医療、福祉、教育、労働市場、法務といった分野でも、市場機能を活用することによって、様々な個人や企業による多様で効率的なサービスの提供が可能になると考えられてきている。これらの分野は、自由貿易協定(FTA)の交渉で、交渉相手国から規制緩和を要望されている分野や、構造改革特区の取組の中で地方自治体から規制緩和要求が数多く提出されている分野でもあり、FTAをはじめとする我が国のグローバル化への取組や、構造改革への取組などと併せて、規制の在り方をめぐって様々な検討が行われているところである。

こうした規制改革と一体のものとして、従来競争政策の対象でないと考えられていた分野にも競争政策のルールが適用されるようになりつつあり、現在は新たな規制政策と競争政策が並存する過渡期にあるといえる。両者の調和ある関係を構築する努力が一層必要となっている。

 本章のまとめ

90年代以降、円高による貿易・サービス収支の黒字削減効果が大きくなっている。こうした変化の背景には、ミクロの企業行動の変化が関係していると考えられる。それらは、(i)円高による企業収益へのマイナスの影響を回避する等から、輸出企業はアジア地域を中心に海外事業展開を拡大したこと、(ii)アジア通貨危機やITバブルの崩壊、我が国の景気低迷や企業再編・統合などを経て、この間の日本企業の海外事業展開を通じて我が国の輸出入品の付加価値構造が変わるとともに、アジア地域に工程間分業が形成されてきたことである。

他方、こうした変化によって安価な輸入品が増加し、家計は可処分所得に余裕が生まれるというメリットを得た。しかし、産業・貿易構造の変化は一部業種の雇用や賃金にマイナスの影響を与えたと考えられる。

これらは、いずれも我が国が民間部門主導による持続的な経済成長が必要なことを示唆している。同時に、グローバル化が進展するなかで持続的な経済成長の礎を築くためには、企業活動の国際的なネットワークの中で、日本経済がどのように位置づけられるかが重要になる。なぜならば、企業活動は重要な所得創出の源泉であり、安価な輸入が可能になっても、その裏づけとして我が国の経済基盤が強化されなくては長期的にそのメリットを享受できないためである。経済基盤強化には構造改革の果たす役割が大きい。

このように構造改革は、我が国の経済活性化という観点のみならず、グローバル化のメリットを享受する上でも重要な課題である。経済の活性化は、企業活動の国際的なネットワークの中に我が国が位置して初めて可能になるため、経済連携や対内直接投資の促進が重要である。国際経済的な側面を踏まえた構造改革は、国内の競争政策の推進が必要であると同時に、実効性に対する国際的な協調体制の構築が求められる。