むすび

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 進む改革、強まる景気回復

景気が2002年初に底を打ってから30か月が経過した。これまでの平均成長率は年率3%程度に達し、民需の寄与度が2%強を占め、民間需要主導の景気拡張期が続いている。2003年秋以降は設備投資の増加や消費の持ち直しによって5%超の高い成長率が実現し、G7の中で日本経済の力強い回復が際立った。

今回の景気回復は、3つの力が働いている。第一は、アメリカや中国等への輸出増加である。とりわけ回復初期は外需が牽引役であった。第二は、金融・規制・税制・歳出を中心とする構造改革が日本経済の重しの除去に成果をあげ、民需増加に貢献していることである。第三は、バブル崩壊後10年を要したバランスシート調整が相当進捗し、ほぼバブル崩壊前の水準に企業の体質改善が進んだことによる前向きの力である。

90年代の過去2回の景気回復と比較すると、今回は次のような違いがある。まずは、成長に占める政府支出の寄与がマイナスであり、民需主導となっていることである。そして、不良債権処理の進展、過剰債務の削減、収益率の上昇などを反映して、銀行、不動産、建設、卸小売という不良債権関連業の株価の上昇傾向が続いていることである。さらに、雇用の過剰感が縮小し、企業部門において雇用創出への動きが生まれつつあり、景気回復とともに失業率が低下していることである。

経済成長を支える景気循環的要因と構造的要因がともに前向きに働いていることが成長率の力強さをもたらしている。

 継続する回復の力

このような予想外の力強さに対して、日本経済の回復は外需主導であり、アメリカや中国経済の変調によって早晩頓挫するのではないかという冷めた見解がある。しかし、2003年度の経済成長のうち外需の寄与は3割を下回っている。過去と比較して今回は民需の寄与が大きいのが特徴であり、外需主導と呼ぶのは適切ではない。

さらに、民間需要については回復の力が強いと考えられる。一つの例として、増加しているデジタル家電消費の効果を取り上げてみよう。これは単に消費の伸びを支えているというだけではなく、投資の牽引役となっている。薄型テレビ等の高付加価値製品は国内生産される傾向にあり、国内関連業種に裾野を広げて需要が波及することが考えられる。つまり、消費と投資の好循環が働いている。こうした動きは、企業の国内立地が3年ぶりに増加するという事実にも反映している。これは2000年の景気回復がパソコン等のIT部門が中心であり、需要増加が海外に流れたことと対照的である。回復の持続性を確実にするために、今後は雇用の改善が家計所得の増加につながることが必要であり、それによって消費が安定的に増加することが期待される。

構造改革についてはこれからも着実に取組が進められ、その効果は徐々に現れ続ける。公共投資に依存した従来の景気対策は需要追加型の一時的な回避策であった。それに対し、構造改革は経済構造の基礎体力をじっくりと強化するものである。不良債権処理は金融再生プログラムどおり2005年3月末に主要行の不良債権比率半減の目標を達成する動きが進んでいる。規制改革の取組は、構造改革特区が着実に成果を挙げるなど、体力を強化させている。

 しかし、回復の波及が課題

このように、景気回復は持続するものと考えられるが、いくつかの留意点もある。

第一は、地域経済の回復動向にばらつきがあることと、中小企業は依然厳しい環境に置かれていることである。財政出動なしの景気回復のため、北海道・東北・四国等の景気回復は、好調な東海・中国等に比べて遅れている。また、海外からの安い輸入品との競争や原油・鉄鋼等の素材価格上昇というコスト高に直面する中小企業の環境は厳しい。マクロ経済全体としての景気回復を遅れている分野に波及させていくことが課題となっている。そのためには、地域の特性に応じた経済活性化策の推進が必要である。

第二は、海外経済の減速がマイナスの影響を及ぼすリスクである。日本経済の現局面は、在庫水準は低く、資本ストックの大きな積上がりはない状況である。しかし、アメリカや中国経済の減速が仮に発生するようなことがあれば、輸出の鈍化を通じて在庫調整や設備のストック調整メカニズムが働く可能性を考慮する必要がある。民需主導の景気回復であっても、生産のサポート役である外需の変調は無視できない波及効果をもつ。

第三は、デフレの克服である。資産デフレについては、株価は2003年春以降上昇傾向にあり、地価は大都市中心に下げ止まるなど変化の兆しがみられる。しかし、消費者物価上昇率はゼロを下回っており、緩やかなデフレが続いている。消費者物価上昇率が安定的にゼロを上回るためには、GDPギャップの更なる改善やマネーサプライの持続的増加などが必要である。政府は2006年度以降名目2%程度あるいはそれ以上の成長を見込んでいる。政府と日本銀行が一体となったデフレ克服の努力が引き続き必要である。

 金利上昇懸念への対処

民需主導の景気回復にとって、もう一つの懸念材料が金利の動きである。仮に、景気回復に伴い金利が大幅に上昇すれば、投資にとってのコスト増、債券保有に伴う損失拡大、利払い費増による財政負担の増加等を通じて経済に悪影響を与えかねない。

アメリカの金融情勢は利上げ局面に入りつつあり、力強い景気回復の下で長期金利の上昇が見込まれている。他方、日本について本年中は、消費者物価の緩やかな下落が続くというのが民間の平均的な見方となっており、我が国の量的緩和政策は消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続される。したがって、金利面からの景気下押し圧力が近い将来働く可能性は低いと考えられよう。

他方、これまでの経験からいえることは、好況(ブーム)と金融緩和が長期に続くと、それはバブルを招きかねないということである。80年代後半の我が国では資産バブルが発生した。IT投資の拡大は90年代末に世界的なバブルに転じた。これらは、金融引締めによって崩壊(バスト)した。したがって、ブームとバストの極端な変動を回避し景気回復を持続可能なものとするためには、金融政策の役割が期待される。デフレ克服に対する市場の信認を深め、金融政策の透明性を高めることが重要である。デフレ脱却後も、どの程度緩和的な金融環境がどの時点まで継続されるかについて方針を提示し、市場との対話を通じて市場の予想(期待)の安定化につなげることが重要な金融政策上の課題である。こうした課題については、「物価が一定の上昇率あるいは物価水準に達するまで」という条件を示すこと等様々な議論がみられるが、いずれにせよ、幅広い検討が必要であろう。

 少子高齢化に備えた財政構造改革の持続

2002年初から始まった景気回復期は、財政出動に支えられていないという特徴がある。高度経済成長が終焉した以降の時期では、稀なケースである。しかし、公共投資が経済成長を押し上げていないということであり、研究開発・設備投資減税等の15年度税制改革は景気の回復を下支えしている。欧米主要国ではこのような財政政策の姿は近年普通のことになっている。つまり、税制改革の中で経済社会の活性化を図ることはあっても、公共投資という直接的な需要追加策が景気対策に位置付けられることはまずない。

少子高齢化に対応して歳出歳入面が持続可能な安定性を確保していくことが極めて重要である。国と地方を合わせた基礎的財政収支赤字は、2004年も改善の動きが進んでいる。社会保障制度、国と地方、税制と歳出など財政改革に取り組む切り口は多様であるが、現在の危機的な財政状況を脱却していくために、「改革と展望」に示された基礎的財政収支黒字化の方針に沿って、2006年度までに、徹底した歳出削減努力を積み重ねつつ、必要な税制上の措置を判断するなど、着実な改革が必要である。

 アジアへ重心が移りつつある日本経済のグローバル化

日本経済は、財、サービス、金融、労働のどの観点からみてもグローバル化が進んでいる。コンピュータ利用に代表されるITの活用がこの動きを一層加速している。

過去を振り返ると、日本を中心とした国際経済の動きはアメリカ中心からアジアへ広がる展開であると特徴づけられる。例えば、財の貿易については、アジアとの取引が88年にアメリカを上回った。しかし、サービスや金融の流れについては、アメリカとの関係が依然として最も重要である。この背景には、製造業がアジアとの間で工程間分業と呼ばれる新しい関係を構築していることや、90年代のバブル崩壊の影響もあり、世界の金融センターとしての東京の位置付けが低下したこと等がある。

グローバル化のメリットは、広く薄くじわじわと経済に浸透する。したがって、瞬時には実感することが少ない。他方、デメリットは、例えば突然会社が倒産し失業するというように、一部の分野に急速かつ集中的に発生することがある。世界的にみて日本人はグローバル化に対する意識が慎重である。悪いことには、デメリットのうち何が真の原因なのかを明らかにできない点である。所得格差の拡大は、グローバル化が原因というよりは、技術革新への対応不足が引き起こした雇用問題である場合が多い。

 グローバル化のメリットを活かすには構造改革が必要

自由貿易が便益をもたらすためには、構造改革によって便益発現の障害を取り除き、価格メカニズムの十分な機能によって市場経済が最大の効果を上げることが必要である。

日本経済はこれまでグローバル化の流れに挑戦し、多くの便益を引き出してきた。しかし、まだまだ潜在的には残された便益が多い。例えば、内外価格差の存在、少ない対内直接投資、高度な外国人労働者の受け入れ余地等である。

これらの分野における構造改革の取組をみると、やはり90年代に改革は大きな遅れを伴ったと判断できる。国内企業の海外移転に伴う空洞化の懸念も、裏返せば構造改革の遅れに起因する雇用創出の停滞である。規制、税制、雇用等の分野で一層の構造改革に取り組んで、手付かずの便益を引き出すことが重要である。構造改革の取組を伴えば、FTA(自由貿易協定)を含めアジアとの経済連携はより実り多いものとなるであろう。

少子高齢化社会における「税・社会保険料のくさび」の増加が経済活力をそぐのではないかとの懸念が指摘されている。労働コストが国際競争力を低下させる効果はこれまでは小さかった。しかし、今後は、くさびの増加が見込まれるため、受益と負担の関係について検討し、持続可能な財政・社会保障制度の確立を図るとともに、経済活性化を進めるための構造改革に取り組んでいくことが重要である。

グローバル化を通じて観光の活性化も可能になる。それは、ただ単に観光客の誘致に成功すればよいというものではない。外国人がその地を訪問してみたくなるような魅力を高めることが必要である。経済の分野のみならず、社会や文化の領域まで含め、日本人でも住みたい地域、訪れたい場所に変えていくことが大切である。地域経済がそれぞれの特性を見出し地域主導の活性化に取り組むことが重要であり、その動きは始まりつつある。

 日本経済の孤立はあり得ない選択

グローバル化はより多くの国がその流れに包摂されることによって、参加国の便益を増加させるものである。これは、市場経済における取引のメリットの基本である。したがって、日本経済は今後も構造改革に取り組むことによって、多くの便益を引き出していくことが必要である。日本経済の世界における孤立はあり得ない選択である。世界経済は包摂の流れが加速的に深まっていくものであり、日本だけが乗り遅れるという事態は回避する必要がある。そのためには、政策における迅速な決断が求められている。

グローバル化は、その到達地における経済活動を普遍化し、世界的に共通なものに洗い変えていく。それによって、労働や資本という生産要素、財やサービスという生産物は標準化し、世界の中で代替することが可能となる。経済活動は効率化し、世界の所得水準は着実に上昇してきた。

他方、このような流れはあくまで工業化を是とする価値観が支えているため、より知的な価値を尊重し評価の多様性を求める流れとは相いれない内容を含むことになる。特に少子高齢社会においては、教育、介護や医療などは、標準化されたサービスだけでは十分満足が得られない分野となっている。また、産業分野においては、より知恵が評価されると同時に、高度知的技能に一層磨きをかけることが日本の比較優位を研ぎ澄ますことにつながる。したがって、便益を引き出す改革を行うと同時に、このような時代の求めに対応する豊かな人間を育成していくことが避けられない時点に我々は立っている。

 外へ出るグローバル化から内へ迎え入れるグローバル化へ

グローバル化は波に例えられる。国の富を侵食し、流し去る可能性を心配する声がある。他方、それとともに幸を運んでくる期待が大きい。どちらに転ぶか分けるのは、それを受け入れる国内経済構造である。旧態依然とした体制のままで、波に乗れない場合には、時間とともに富が侵食されるであろう。そうではなく、波に乗るような構造改革を進めることによって、積極的に便益を刈取って行くことが望ましい対応である。

日本経済は、どちらかというとこれまで外に出向くことによって便益を持ち帰ってきたが、これからは内へ迎え入れることによって便益を引き出す姿勢を強めることが望まれる。そのためには、新しい課題に対応する経済構造を構築し、アジアの先進国にふさわしいリーダーシップを発揮することが必要である。グローバル化の視点の重要性は80年代から既に指摘されていた。しかし、内へ迎え入れる動きはほとんど進捗しなかった。積極的な取組がないと実現しない課題である。

 芽が出た改革を更に大きく育てる

当府企業行動アンケート調査(2004年)によると、「日本企業全体については、より一層リストラを行う必要がある」との回答が5割を超えている。過半の企業が更なるリストラを目指す意識を掲げていることは、今後の構造改革にとって明るい材料である。

構造改革の芽が現れ始め、景気回復が続く今こそが将来の分かれ目にあると認識することが必要である。団塊の世代が2007年から引退を開始する。更なる改革を進め、経済の体質を一層筋肉質にすることが重要である。また、現在、デフレ克服は「道半ば」であり、政府・日銀が一体となって政策努力を行うことが必要である。デフレ克服後においても、資本、労働等の生産要素が生産性の高い分野に移動し、物価安定の下で家計、企業、公的部門が持続可能な経済関係に入る努力を続け、持続的な成長経路につなげていくことが求められている。本報告では、地域経済の再生とグローバル化の便益享受の二つの視点から分析を行ってきた。日本経済の持続的成長にとって大きな鍵は、構造改革の取組を強化し、地域とグローバル化の両面から成果を一つずつ積み重ねていくことにある。