平成18年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

−成長条件が復元し、新たな成長を目指す日本経済−

平成18年7月

内閣府


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第3節 家計からみた経済的格差

 経済的格差の拡大という動きは1980年代以降に海外諸国においても共通にみられる現象であり、その背景としてはグローバル化の進展による競争激化、ITなどの技術革新への適応能力のばらつきなど様々な可能性が指摘されている。我が国でも景気回復が持続する中でその成果が家計部門に波及する一方、家計間の格差の問題に関する議論の高まりもみられている。格差の状況は各国の置かれた歴史的、社会的な背景とも密接に結び付く複雑な問題でもあり、経済的な側面のみについて焦点を当てることで全ての側面を分析することには一定の限界がある。しかしながら国民全体の経済的な生活水準の向上を目指して政策設計をするためには重要な課題であり、ここでは格差をめぐる現在の日本の家計の状況についての分析を行う。
 近年、日本における経済的な格差に対する関心の高まりの背景としてはこれまで見てきたような雇用形態の多様化もその一つの要因としてあげられることが多い。つまり、企業のリストラの実施による非正規雇用者の増加が賃金格差の拡大を通じて家計部門の格差を拡大しているのではないかという見方、若年層を取り巻く厳しい雇用環境の結果、フリーターやニート人口が増加したことが格差拡大の要因となったのではないかなどという見方などがある。
 本節では、こうした経済的格差の実態を現状について可能な限り様々な角度から分析を行うことによって、問題の背景を探ることとする。

1 経済統計データにもとづく経済的格差の動向

(1)所得からみた経済的格差

●ジニ係数で所得格差をみると長期的には緩やかな拡大傾向
 我が国の所得格差は長期的には緩やかな拡大傾向を示している。格差を示す代表的な経済指標であるジニ係数32で家計の所得格差について最近までの動きをみてみると、80年代以降、直近まで、緩やかに上昇している(第3−3−1図)ことが確認できる。家計全体のジニ係数について、世帯ベースで調査が行なわれている「全国消費実態調査」(二人以上の世帯)、「国民生活基礎調査」、「所得再分配調査」33(当初所得及び再分配所得34)のいずれの統計で見ても上昇傾向が存在する。

●各種統計におけるジニ係数の水準の違いには留意が必要
 このように、ジニ係数の動きについては、80年代以降緩やかに上昇しているという傾向はどの統計で見てもほぼ同様である。しかしながらジニ係数の水準は計算に利用する統計によって異なっている点に留意する必要がある。実際に計算結果を比較すると、「所得再分配調査」のジニ係数の水準は、「全国消費実態調査」のそれより高いものとなっている。これについては、この二つの統計の間でサンプルの数や抽出方法の違い等が存在することが一つの要因となっていると考えられる35。調査対象を見ると、「国民生活基礎調査」では、一人暮らしの学生など仕送りを受けている世帯等も含まれており、所得分布の状況を見ると、「国民生活基礎調査」の調査サンプルでは所得金額200万円未満の世帯が多くなっている36

●単身世帯も含めた総世帯ベースでのジニ係数は99年以降低下
 各統計におけるジニ係数の動向を比較する際には単身世帯の取り扱いにも注意が必要である。公表されているジニ係数は、「所得再分配調査」や「国民生活基礎調査」は、単身世帯を含めて計算されているのに対し、「全国消費実態調査」のジニ係数については、二人以上の世帯が使用されている。社会全体の所得格差の動向を把握するためにより広い対象範囲を設定し、単身世帯も含めた総世帯ベースでのジニ係数をみることが望ましいと考えられる。
 そこで、「全国消費実態調査」の単身世帯のジニ係数を計算すると、94年から99年にかけておおむね横ばいの後、99年から2004年にかけては低下していることが分かる。さらに、二人以上世帯にこの単身世帯も加えた「総世帯」ベースで「全国消費実態調査」のジニ係数を、個票を用いて計算すると(第3−3−2図)、99年から2004年にかけてわずかながら低下していることが分かる。

●総世帯ベースでみたジニ係数の押下げ要因
 この動きの要因をみるために、「全国消費実態調査」から推計した所得分布を99年と2004年について比較してみる(第3−3−3図)。この特徴をみると、二人以上世帯、単身世帯とも、所得分布の「山」が高くなっており、所得平均値、中央値のいずれも低くなっている。単身世帯は、「山」に集中したことが所得格差を縮小させる要因となったものとみられる。他方、二人以上世帯や総世帯の所得分布については、「山」への集中に加え、「山」より所得の低いところの所得分布が膨らんだことと、高所得者の分布の裾野が緩やかになっていることという変化がみられ、これらと「山」集中の要因の大小関係の結果、「二人以上の世帯」のジニ係数は拡大、「総世帯」のジニ係数はわずかながら低下との動きを示したことになる。
 このように、99年から2004年にかけては、世帯所得が低下する中で平均的な所得者が増大したことがジニ係数でみた所得格差をわずかながら押し下げた一つの要因であった可能性が高い。

●長期的にはジニ係数以外の不平等指数でみて統計上の格差は拡大傾向
 ただし、長期的には、ジニ係数以外の不平等指数で所得格差をみても、統計上は緩やかな拡大傾向を示している。アトキンソン指数(AI)、平均対数偏差(MLD)、タイル尺度(TI)について(これらの指数の特徴は付注3−6参照)、「全国消費実態調査」(総世帯)や「所得再分配調査」を利用して計算してみると、いずれの不平等指数も80年代以降、緩やかに拡大していることが分かる(第3−3−4図)

●世帯人員数を調整したベースで所得格差をみると拡大ペースが鈍化
 このような統計上の所得格差の動向をより詳細に把握するためには家計の世帯人員を調整することが必要である。世帯人員数の傾向的な減少は、所得の少ない世帯の増加につながり、格差を示す指標を押し上げることになるからである。実際に世帯人員数を調整した格差指数の動きを見ると世帯人員数調整以前の数値と比較して格差の拡大ペースは弱まることになる。
 各種統計における家計の所得は世帯単位で計測されており、世帯当たり人員数の調整は行われていない。実際には長期的な傾向として核家族化の動きが進行しており世帯人員数の減少という結果として表れている(第3−3−5図)
 こうした世帯人員数の変化による影響を調整する手法としては等価所得を計算する方法がある。これは、家計における規模の経済も考慮しつつ、個人ベースに修正して不平等指数を計測する方法である37。この手法を用いて「全国消費実態調査」(総世帯)と「所得再分配調査」についての、等価所得調整前の所得のジニ係数と、等価所得のジニ係数の推移を比較してみる(第3−3−6図)。この結果によると、ジニ係数の水準は等価前のジニ係数の水準よりも、いずれも低くなっている38。80年代以降の推移については、等価所得ベースの方が等価所得調整前ベースよりも相対的に拡大ペースが鈍化している。

●所得格差の拡大には高齢化進行という人口動態の変化が影響
 「全国消費実態調査」(総世帯)にもとづきジニ係数を年齢階級別に計算してみると高齢者層の所得格差が大きいという構造が安定的であることが分かる(第3−3−7図)。高齢者層のジニ係数については、その水準自体は、99年以降低下してはいるものの、他の年齢層に比べ、相対的に高いという状態を維持している。こうした構造の下で高齢者世帯の比率が高まることは社会全体のジニ係数を押し上げることを意味する。「全国消費実態調査」(総世帯)の年齢別世帯比率をみると(付図3−6)、65歳以上の高齢者世帯の全体に占める比率が80年代以降、趨勢的に上昇している。
 所得格差を示す指数の動向を見る際には、高齢化といった人口動態の変化の影響を把握する必要もある。ジニ係数で表される所得格差の長期的な上昇傾向については、人口構造の高齢化の進展により見かけ上所得格差が拡大している可能性もある。
 そこで、この高齢化といった人口動態の変化の要因がどの程度あるかを確認するために、平均対数偏差(MLD)の要因分解を行う。具体的には、格差の変化分について年齢構成比率の変化による人口動態効果による格差の変化分とそれ以外の部分に分解することが可能となる(後者はさらに「同一年齢階層内部の格差の変化」と「異なる年齢階層間の格差の変化」に分解できる)39(第3−3−8図)
 これをみると、89年以降の平均対数偏差からみた所得格差の上昇分の多くが人口動態効果により説明できることが分かる。5年おきの寄与をみると、89年から94年、94年から99年にかけては、他の2つの効果の合計ではジニ係数を下げる要因となる一方、人口動態効果がその合計を上回り、全体のジニ係数を上昇させていることが分かる。他方、99年から2004年にかけては、人口動態効果が他の2つの効果の合計を下回り、全体のジニ係数が低下した。ここで示している効果を示す値については、年齢区分の方法などによって変わり得るため、幅をもってみる必要がある。しかしながらこうした結果は、趨勢的な所得格差の上昇は、高齢者世帯比率の上昇という高齢化が主な要因であったことを示している。

●高齢者世帯の格差の水準が高い理由
 既に見たように年齢が高い階層ほど若年時からの積み重ねられる実績等が所得に反映されることにより所得格差が大きい傾向が強い。さらに定年を迎えると現役で働き続ける人と、引退し年金生活に入る人など選択の幅も大きく、格差の程度はより若い階層に比べて大きくなる傾向にある。ただし高齢者層のジニ係数の動向を見ると過去に比べて格差の水準は低下する傾向にある(前掲第3−3−7図)。

●生活保護受給世帯の動き
 一方、最近の生活保護世帯の増加が大きいことをもって格差拡大が指摘されることがある(第3−3−9図)。足元の生活保護受給世帯の動向をみると、高齢者の受給世帯の増加がみられる。生活保護受給世帯数等の増加については、総じてみれば景気や雇用情勢の影響などによるものと考えられ、直近では受給世帯数等の増加の程度は鈍化してきているが、引き続き生活保護受給世帯数等の動きには注意が必要である。
 生活保護受給世帯を含めた低所得世帯に対しては就労支援などの自立支援施策を実施することにより対応しており、セーフティネットの確保には万全を期しているところである。

●99年以降の若年層の格差拡大には注意が必要
 年齢階層別の所得格差の動向については、99年から2004年にかけて若年層でジニ係数の上昇の動きがみられることにも留意が必要である。99年から2004年にかけての年齢階層別のジニ係数の動きをみると、25歳未満の若年層でジニ係数が拡大している(前掲第3−3−7図)。後で労働所得を用いた分析も行うが、こうした動きについては、90年代後半以降、若年雇用情勢が厳しくなっていたことを反映している可能性がある。

●日本のジニ係数はOECD諸国の平均値をわずかに上回る程度
 ここで目を転じて、所得格差の国際比較をすることにより日本の所得格差が海外諸国との関係でどのように位置づけられるかについて考えることとする。OECDのデータによると、等価ベースでみたジニ係数を用いてOECD諸国間で比較すると、日本のジニ係数は中位程度に位置する。英国やアメリカを含む中上位グループ内においては、一番低くなっており、OECD諸国の平均値をわずかに上回る程度となっている。(第3−3−10図)

●貧困率からみた格差の国際比較
 国際的に所得格差を比較するために利用される指標の一つとして貧困度という概念もある。貧困度にはさらに相対的貧困と絶対的貧困という二つの考え方がある。相対的貧困とは、平均的な生活水準から一定の割合の所得以下の状態にあることを貧困と定義するものである。他方、絶対的貧困とは、生活の必需品のバスケットを基準としてそれを満たすことができない状態にあることを貧困とする考え方である。
 OECDの分析によると総合的な相対的貧困指標でOECD諸国を対象に国際比較を行うと日本は第3位に位置づけられることになる(付図3−7)。この分析では、相対的貧困の指標として、相対的貧困率と貧困ギャップを掛け合わせた総合的な相対的貧困指標を用いている。相対的貧困率は、所得の分布における中央値から50%に満たない所得の人々の割合と定義されている。貧困ギャップは、所得分布における中央値の50%の所得金額を分母とし、その金額から所得分布の中央値の50%に満たない所得しか享受できていない貧困層の平均所得金額を引いたものを分子として計算される割合と定義されている。これによると、日本は、2000年において相対的貧困率が15.3%で第5位、貧困ギャップが36.1%で第4位となる。
 しかしながら、このOECDの分析による相対的貧困指標については、我が国の統計として「国民生活基礎調査」を基礎としていることに留意が必要である。ジニ係数についての議論で格差を計測する際には、計算の元になる統計によって結果としてのジニ係数の水準が異なるため幅を持って解釈をする必要があることについてふれた。国際比較についても同様の問題があることには十分注意が必要である。「全国消費実態調査」(総世帯)で公表されている相対的貧困率を、OECDの試算値と比較すると乖離が存在することが確認される。(第3−3−11図)
 さらに、貧困度を絶対的貧困という尺度で国際比較を行うと、日本が厳しい貧困状況にあるという結論を導き出すことは難しい。Pew Global Attitudes Project40という世界的に行なわれている世論調査プロジェクトが2002年に行なった調査41においては、日本は絶対的貧困で比較して決して高い順位に位置づけられているわけではない。この調査では低所得のため生活必需品(食料、医療、及び被服など)を調達することができなかったことがあるかどうかという質問を行なっている。この結果では、調査対象となった先進国のなかで、日本はいずれの品目においても、調達できなかった者の割合が一番小さくなっている(第3−3−12図)

●一人当たり所得は地域間でばらつきがみられる
 地域間の所得格差は、90年代を通じて低下傾向にあった。ただし2001年度から2003年度にかけて格差の拡大がみられる。90年度以降の、各地域ブロックの一人当たり県民所得の平均と標準偏差をみると、90年代においては標準偏差が低下傾向にあった。2001年度以降は、所得平均値の低下に歯止めがかかってきたものの、ばらつきを示す標準偏差は大きくなっている(第3−3−13図)
 各地域ブロックの一人当たりの県民所得の全国平均からの乖離をみると、おおむね全ての地域で、2001年度から2003年度にかけて平均からの乖離が拡大している。
 この要因について、労働生産性、修正労働力率、修正就業率の寄与に分解して42、2001年度と2003年度の比較を行なってみると、労働生産性のばらつきが大きな要因となっている。(付図3−8)。地域の労働生産性については、その地域が特化している産業に依存することから43、その特化の度合いの差が広がっている可能性があることを示している。

(2)消費支出からみた経済的格差

●我が国の消費支出の格差の水準は所得格差より小さい
 一般に、消費水準の格差は、所得水準の格差に比べると小さいとされている。所得格差はある一時点の所得の格差を示している。これに対して消費水準はより長い期間にわたる所得の動向を反映する形で決まるため、各時点における所得のばらつきは全期間を通じて平準化される傾向にあると考えられる。
 この傾向は我が国の消費についてみても、統計データを用いて計算することで確認できる。「全国消費実態調査」(総世帯)の所得のジニ係数と消費支出のジニ係数をみると、等価調整前ベースでみても、等価ベースでみても、所得のジニ係数の水準よりも消費のジニ係数の水準が小さくなっている(第3−3−14図)

●消費支出の格差は90年代後半の景気後退局面において拡大後、緩やかな動き
 一方、この消費のジニ係数の時系列推移は、所得のジニ係数の推移とほぼ同様となっている44。ただし、90年代後半(94年から99年)にかけては、消費のジニ係数の上昇が所得の上昇に比してやや大きくなっている。これについては、90年代後半の景気後退局面では先行き不透明感により消費マインドが低迷したことを反映して、主に勤労世代の消費行動に影響を与えたことが、消費の格差の拡大に寄与した可能性がある。
 年齢階層別の消費のジニ係数をみると、94年から99年にかけて、30歳代と40歳代の働き盛り世代においてジニ係数が拡大している(第3−3−15図)。その後の99年から2004年にかけては、全体でみた消費格差は横ばいないし緩やかな上昇となっている。ただし20歳代前半や30歳代においては拡大している。なお、消費支出のジニ係数の水準については、おおむね30歳代のジニ係数が低いという「谷」をつけており、高齢層の格差が高いことが分かる。

(3)資産からみた経済的格差

●資産格差の水準は所得格差と比べ大きい
 我が国の資産格差の実態をみると、所得格差にくらべ資産格差の水準が大きいことが指摘できる。ここでの資産とは、土地、住宅・宅地等の実物資産と、預貯金、債券、株等の金融資産をいう。
 我が国の資産総額の格差の状況を、例えば「全国消費実態調査」(総世帯)のジニ係数でみると、年間収入は0.3台半ば程度で推移しているのに対し、資産総額は0.6前後の範囲で推移している(第3−3−16図(1))
 このように資産格差の水準の方が相対的に大きい理由としては、所得階層別で貯蓄率に差があることや、年齢階層別の資産格差が大きいことがあげられる。貯蓄率については、高所得層になるほど貯蓄率が高くなっている(第3−3−16図(2))。年齢階級別の状況については、総務省統計局の「全国消費実態調査」の世帯主年齢階級別の資産額と収入額をみると、世帯主が50代の家計は20代の家計の7倍近く、60代、70代は20代の9倍前後の純資産を保有している。他方、所得面では、最も所得の多い50代でも20代の2倍強でしかない45(第3−3−16図(3))

●資産からみた格差は2000年代に入って横ばい
 家計資産のジニ係数の時系列的な推移をみると(前掲第3−3−16(1))、90年代には大きく低下した後、2000年代にはいって、横ばいとなっている。これを資産の動きと比較してみると、同様の動きとなっている。
 実物資産については、80年代後半に実物資産価格が上昇した46後、90年代は逆に下落したことにより、所有者間での格差が縮小したことや、90年以降の住宅価格の低下により、住宅は購入しやすくなっていることが考えられる。首都圏の住宅価格の年収倍率をみると(第3−3−17図)、90年に最大となった以降は、90年代前半に低下し、その後横ばいとなっている。金融資産についても、今回の景気回復局面において、株価が下げ止まり、統計調査時の2004年には上昇局面にあった。こうしたことが、資産のジニ係数の低下に歯止めをかけた理由と考えられる。

(4)労働所得でみた経済的格差

●労働所得でみたジニ係数は足元で拡大
 「就業構造基本調査」を基に個人単位の労働所得(雇用者が仕事から得た1年間の収入)の格差の動向を見ると87年から2002年までの期間でジニ係数は上昇を続けている。特に、97年から2002年にかけての上昇幅が大きい(第3−3−18図)
 年齢別のジニ係数の動きをみると、80年代後半から90年代後半にかけては、20歳代の労働所得格差がわずかに拡大した以外は、格差が縮小した。しかし、97年以降2002年にかけてはすべての年齢層で格差が拡大し、特に20歳代、30歳代の若年層における拡大度合いが大きくなっている(第3−3−19図)。全体としてのジニ係数の上昇は高齢化要因が寄与していると考えられる。ただし97年以降は若年層内部でのジニ係数の上昇も寄与している部分もあると考えられる。

●雇用形態の多様化も労働所得格差変動の一因
 このように労働所得の格差が97年から2002年にかけて拡大しているのは、雇用形態の多様化の影響があると考えられる。第1節で見たように非正規雇用者の占める割合は90年代以降概ね上昇し続けており、とりわけ、97年以降の上昇が大きくなっている。労働所得水準の低い非正規雇用の割合が高まることで、全体のジニ係数も高まったと考えられる。
 年齢階層別の動きについても、若年層の非正規雇用割合の高まりが、若年雇用者の労働所得のジニ係数がより大きくなることにつながったと考えられる(第3−3−20図)47

●家計単位の所得格差と労働所得格差の相違の要因
 こうした個人単位の労働所得で格差が拡大しているのにもかかわらず世帯単位の所得で格差に変化がないことの要因としては、世帯主以外の世帯員の労働所得が世帯全体の所得を補填する方向に寄与したことなどが考えられる。
 経済的な背景としては、厳しい雇用情勢の影響から、中高年勤労者層が世帯当たりの所得を維持するために、配偶者が労働市場に参加した可能性がある。「就業構造基本調査」で、年齢別・所得階層別の妻の有業率をみると、30歳以上の勤労者層において、夫の所得が低いほど、妻の有業率が高いという状況にある(第3−3−21図)。この状況は、ダグラス=有沢法則として知られる有配偶女性の労働力率に関する経験則に則しており、この場合、所得格差は個人レベルでみるよりも世帯レベルでみた場合の方が平等になるとされる48
 ただし、この動きは、30歳未満の世帯には当てはまっていない。こうしたことを反映し、30歳未満の世帯については、「全国消費実態調査」(二人以上世帯)でみた年齢別ジニ係数も足元で上昇しているとみられる(付図3−9)

●正規雇用の賃金格差は男性大卒中高年層で拡大の動き
 我が国の賃金については、正規・非正規化のほかに、正規雇用内でも、成果主義的賃金制度の導入や、労働者間の能力の差によって、格差が拡大しているのではないかとの指摘がある。「賃金構造基本調査」に基づく分析によると、特に大学卒男性の40歳代においては、賃金格差が拡大していることが示される。90年代後半以降には、さらに50歳代においても格差が拡大している。
 これは、従業員の地位や学歴といった情報をもつ「賃金構造基本調査」で一般労働者について、賃金(所定内給与)の動きを、賃金の上位10%と下位10%の間の格差を年齢別・学歴別(大学卒、高校卒)・性別に分けてみる(第3−3−22図)ことにより確認される。
 こうした動きは、成果主義的な賃金制度の導入が背景にあることが伺える。ただし、これ以外の階層や、高卒男女や女性大卒の年齢内賃金格差では、明確な格差の拡大がみられないことに留意が必要である。


2 社会的階層の動向


●社会的階層の固定化は明確にはみられない
 我が国では、社会学者の間で55年以降10年ごとに「社会階層と社会移動全国調査」(SSM調査)が行なわれ、さらに直近の状況については、「日本版General Social Surveys」(JGSS調査)として公表されている。本調査では、職業等の情報から作成された階層集団を用いて、父親の階層を子供がどの程度承継しやすいか度合いを示す対数オッズ比という概念を示している。これによると、戦後以降、2000年まで、明確な固定化はみられない(第3−3−23図(1))
 さらに、同様なデータの入手が可能であるアメリカと旧西ドイツと比較すると、日本の階層構造に諸外国と大きな乖離は見いだせない。例えば、階層構造の閉鎖性を示す出身階層の間でみられる相対的な移動・継承度合いの格差をみると、日本、アメリカ、旧西ドイツで似たパターンとなっており、日本は特に大きくも小さくもない(第3−3−23図(2))
 このような結果を踏まえると、我が国の社会階層が社会全体の傾向として固定化しているという状況は、今のところ明確にはみられないと考える。親と子が同種の職業につくなど、社会的階層が世代ごとに継承されるといった固定化が強くなっている場合には、出身階級にかかわりなく希望する仕事や地位が獲得できる機会が少なくなり、社会的不平等が増すということも指摘できよう。しかし、このような指摘は、社会全体の傾向として我が国には必ずしも当てはまらない。


3 国民の格差に対する意識について


●我が国の中流意識は安定している
 国民の格差に関する意識をみると、代表的なアンケート調査に現われた我が国の中流意識は、安定しており急激な変化がみられるような状況にはない。従来から、「国民生活に関する世論調査」(内閣府)において、家計に対し生活の程度を継続的にたずねている 49。これに対し、生活水準が「中の中」と回答している割合は、70年代に60%に達した後も、80年代以降から一貫して50%から60%の間で推移している(第3−3−24図)
 国際的に社会階層についての意識を比較すると、同様な調査が行われたアメリカとドイツの状況を比較すると、アメリカが上層に、ドイツがわずかながら下層に厚みがあるものの、全体としては、この3カ国について中流と考える意識についてあまり差異はない。

●地位と報酬に関する意識の理想と現実との間のギャップには留意
 ただし、地位と報酬の獲得についての考え方において、理想と現実にギャップがみられており、それが人々の格差に対する意識などに影響を与える可能性がある。
 例えば、内閣府で行なわれた世論調査によると、努力に相応して地位や報酬を得ることが望ましいという人が半数に達しているのに対し、現実に努力した人が地位や報酬を得ているとみているのは2割程度となっている。逆に、結果として実績をあげた人が実際は地位や報酬を得ていると考えている人が半数に達している。(第3−3−25図)

●格差が拡大しているとする人々の意識の要因
 全体として生活水準に関する中流意識は安定しているにも関わらず、最近では経済的格差が拡大していると感じている人々が多くなっている。各種の世論調査の結果をみると、共通して所得格差などの格差が拡大していると認識している人々は、調査対象の6割以上を占めるとする結果となっている(付表3−10)
 このような、生活水準への意識は安定しているにも関わらず、経済的格差が拡大していると認識していることの関係については、次のようなことが主に指摘されている(大竹(2005、2006)、佐藤(2006))。
 一つには、長期のデフレの影響や全体の所得が伸びないということで人々が格差に対して敏感になっている可能性があることが考えられる。高成長のもとで生ずる格差は、名目所得の上昇幅の大小間で生じるにすぎない。しかしデフレや全体の所得が頭打ちとなる状況のもとでは、所得が上昇する人と低下する人に分かれることになり、対比が鮮明となる。
 二つには、年功序列制に基づいた賃金制度が変化し、成果主義などのあたらしい賃金方式が導入され、横並びが崩れてきたことも一因として考えられる。賃金の動きのところで指摘したように、大学卒男性の40歳代、50歳代などで、例えば成果主義的賃金制度などの年俸制や実績重視型の賃金制度の導入による影響が顕著にみられる。これまでの横並び意識からの変化により、差異に敏感となり、格差への認識が強まっている可能性がある。
 加えて、IT関連企業など極めて成長性の高い企業部門でIPO(新規株式公開)などによる突出した高所得者が出現する一方、リストラの進展で社会的地位を失い、経済的にも厳しい状況に陥る人々も存在するというような個別事例に基づく分極化が生じているとの認識が共有されると格差拡大感が強まる可能性がある。
 ただし、こうした格差意識の高まりと中流階級に属するとの安定的な調査結果との関係分析については、現時点ではまだ実証的な研究蓄積が少なく50、今後の課題といえる。


4 格差を考える視点

 公表されている公式統計データを基にみた所得格差は、全体として緩やかに拡大している。ただし、こうした統計上の格差指標の上昇には、高齢者世帯の増加という人口動態要因、あるいは世帯人員数の縮小などの家族形態の変化要因などが寄与している部分の大きいことが確認された。消費格差、あるいは資産格差については所得面にみられるほどは、格差拡大は確認されない。
 ただし、足元では部分的な現象ではあるが今後の動向も含めて注視すべき動きもある。
 一つには、若年層における所得格差の拡大や賃金格差の拡大の動きである。これらの動きはフリーターなど若年層の非正規雇用者やニートの増加といった、厳しい若年雇用情勢を反映している可能性もある。世帯単位で見た場合はこのような若年層は親と同居している場合が多く、格差問題として現時点では統計上顕著に現れにくい。しかし、「自立」から逃避し、親の生活支援に頼る「パラサイトシングル」等は、支援が枯渇したときに深刻な事態に陥る(第3−3−26図)。こうした観点からこのような若年層については将来的な問題の可能性も含めて対応する必要があると考えられる。
 第二に、労働所得でみた格差拡大が非正規雇用者の増大と関係している可能性も指摘された。現時点ではこのような賃金格差の拡大は世帯所得の格差拡大にまでは直接はつながっていない。しかし第1節で検討した正規・非正規雇用に関する動向は格差という視点からの配慮も必要とされることに留意する必要がある。
 上記の二点に関する政策対応となる、若年層に対する雇用支援、正規・非正規雇用への政策対応などは第4節で検討する。
 第三に、格差に対する政策対応の在り方にも注意が必要である。分析の結果によると単身世帯も含めた全世帯で見たジニ係数は99年から2004年にかけてわずかながらも縮小傾向がみられる。しかしそれは平均所得が低下する中での所得分布が低位に集中したことによるものとみられ、必ずしも格差縮小のみが望ましい結果でもないことを示している。政策対応として重要なのはむしろ全体としての所得向上につながる雇用拡大である。それに加えて、弱者に対するしっかりとしたセーフティネットの設計と運営も必要であり、こうした観点から高齢者層で増加する生活保護受給世帯への対応の在り方などを考える必要がある。
 第四に、統計が不足していることが挙げられる。本節の分析からは、格差については分析に利用する統計データによりその水準や方向性についてある程度の幅を持って解釈する必要があることも確認された。格差についての論議が高まる中で十分な客観的なデータに基づく分析が重要である。しかし、現在入手可能な経済統計は経済的格差を計測することを目的としていない場合が多い。様々な格差の動向の最新状況まで、きめ細かな分析を可能とするような経済統計の一層の整備充実が望まれる。


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