平成18年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

−成長条件が復元し、新たな成長を目指す日本経済−

平成18年7月

内閣府


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第2節 職業能力の取得という観点から見た人間力強化に向けた課題

 我が国においては、企業の雇用・賃金慣行の変化など、労働者としての家計をとりまく環境が変化している。こうしたなか、職業教育訓練28の現状やその効果の面で変化があるのではないかとの指摘もある。本節では、職業能力取得の観点からみた人間力強化29に向けて、学校教育、企業内外を含めた職業教育訓練の現状を整理するとともに、労働者側と企業側の職業教育訓練に対する意識を踏まえ、今後の職業能力取得という観点からみた人間力強化に向けた課題を整理する。

1 職業能力取得という観点から見た人間力強化


●職業能力取得という観点から見た人間力強化の場
 職業能力取得という観点から、人間力の強化に向けてどのような取組が必要となるのか考えてみたい。内閣府が実施した「仕事と教育に関する調査」(以下内閣府個人アンケート)では仕事で必要な専門的知識や専門的技能をどういった場で獲得したのか、ということについて調査を行っている。
 内閣府個人アンケートの結果を最終学歴別にみる30と、働く上で必要な専門的知識や専門的技能は「仕事における実務中」に取得したとする回答が最も多いものの、「大学等における教育」や「大学院等における教育」等の就労前の学校教育、「上司、先輩によるOJT」や「企業内における集合研修」等の就労後の職場が主体となって行う職業教育訓練や、就労後の自発的な「独学」によって職業能力を取得したという回答も多い(第3−2−1図)
 この結果から、職業能力取得という観点からの人間力強化においては、就労前の学校教育や、就労後の職業教育訓練も重要な役割を果たしており、そういった場を多様に提供しながら教育の質を向上していくことが重要だということが分かる。
 以下では、就労前の学校教育、及び就労後の職業教育訓練の現状や課題などについて検討する。


2 学校教育の現状

 学校教育は人間力強化に当たってもっとも基本的かつ重要な役割を果たしている場である。学校教育は、基本的な知識や技能の獲得に加えて、問題を解決する力や、コミュニケーション能力、倫理観などの多様な人間力を身につける場である。さらに、大学や大学院などの高等教育においては職業に関する高度な専門的な能力を身につける場として重要な役割を果たしている。ここでは我が国の学校教育の現状について概観する。

●大学などへの進学率は上昇傾向
 我が国における大学などへの進学率をみると長期的に上昇傾向にあることが分かる。大学などを含む高等教育機関全体でみると約75%にも達しており、4人のうち3人はなんらかの高等教育を受ける時代となったことが分かる(第3−2−2図)。大学院への進学率についても近年上昇傾向にあることがわかり、我が国全体の教育水準が高まっていることが分かる。

●我が国における公私費用負担の特徴
 我が国における教育費用負担の特徴として高等教育における私費負担の割合が高いことが挙げられる。我が国における学校教育の公私費用負担割合をみると初等中等教育では私費負担の割合はOECD諸国平均を約1%上回るのに対し、高等教育については私費負担の割合はOECD諸国平均を約37%上回っており、国際的にみて極めて高くなっている(第3−2−3図)。このように、高等教育を受けるための費用負担は決して安くないという特徴がある。

●大学教育は賃金の面から見た場合一定の効果がある
 大学に進学することは個人にとってどのような利益をもたらすかについては、大卒者と高卒者の生涯で得る賃金について比較することで確認できる。国民生活白書によれば、大卒者と高卒者の生涯所得を比較すると大卒者の生涯賃金が高くなっていることが分かる(第3−2−4図)。もちろん、大学進学の動機は多様であり、賃金の違いということだけをもって大学教育の価値が決定されるわけではない。しかし個人の立場からみると、高い費用負担を行った場合でもそれに見合うだけの賃金が得られるということは大学進学のひとつのメリットであると考えられる。
 しかし一方で、大学進学及び大学教育にかかる費用は年々増加傾向にあることや大学に進学することが一般的になってきたこともあって、大学教育の投資収益率は低下傾向にあると言われている。同国民生活白書によれば、大学教育にかけた費用(大学に進学したことにより得ることができなかった4年間の所得も含む)が就職後、高卒者との賃金差として戻ってくると考えた場合の大学教育の投資収益率は近年低下傾向にあり、1960年生まれ、65年生まれ、70年生まれ、75年生まれの人の大学教育の投資収益率をみると、6.0%、6.1%、6.0%、5.7%と低下傾向にあるとされている(第3−2−5図)。なお、教育の効果は人によって大きく異なる上、どのような企業に就職するかによっても大学教育の投資収益率は大きく変動し得るため、大学教育の投資収益率は個人によって異なり幅を持ってみる必要がある。
 さらに、大学卒あるいは大学院卒であっても、ニートやフリーターになってしまう可能性もあることには留意する必要がある。


3 我が国企業における職業教育訓練の現状

 これまで、我が国企業における人材育成は、終身的雇用や年功的賃金の慣行を背景として新卒を一括して大量に採用し企業の責任において育成するという特徴があり、企業における職業教育訓練は職業能力を取得するにあたって重要な役割を果たしてきたと言われている。ところが近年、企業における職業教育訓練の役割が変化しつつある可能性がある。

●低下傾向を示す我が国企業における職業教育訓練の実施率
 例えば、我が国企業における職業教育訓練の実態を調査した厚生労働省「能力開発基本調査」では能力開発の責任主体の在り方について調査を行っている。それによると能力開発の責任主体としては企業であるとする回答の割合が高いものの、過去と比較すると企業の責任であるという回答は縮小傾向にあり、今後の方向性についても企業の責任が低下し従業員個人の責任が高まるであろうという結果になっている(第3−2−6図)
 また、実際の職業教育訓練の実施状況や企業の職業教育訓練費用の支出状況については、前述「能力開発基本調査」とその前身である旧労働省「民間教育訓練実態調査」によりみることができる。両調査では、企業における通常の仕事を一時的に離れて行う職業教育訓練である「Off-JT(Off the Job Training)」と日常の業務につきながら段階的・継続的に行われる職業教育訓練である「計画的なOJT(On the Job Training)」の実施状況について調べている。いずれもバブル崩壊後の90年代に大きく低下しており(第3−2−7図)、長期的にみると低下傾向にあると考えられる31
 さらに、同様の状況は企業の教育訓練費の支出状況からも読み取れる。厚生労働省「就労条件等総合調査」とその前身である旧労働省「賃金労働時間制度等総合調査」から企業の教育訓練費の支出状況をみても、職業教育訓練の実施率と同様の傾向がみられ、企業が支出した教育訓練費の労働費用に対する割合は90年代のバブル崩壊以降大きく低下しており(第3−2−8図)、縮小傾向にあると考えられる。
 このように企業における職業教育訓練の役割低下の背景として、バブル崩壊後90年代を通じてコスト削減圧力にさらされた結果教育訓練費が抑制されてきたこと、終身的雇用や年功的賃金などの変容や教育コストがかからない即戦力重視の中途採用活発化、非正規雇用の増加など企業の人的資源管理に大きな変化が起きていることなどが挙げられている。
 前掲第3−2−1図によれば、企業による職業教育訓練はOJTを中心として職業能力取得において重要な役割を果たしているため、企業における職業教育訓練の役割が変化すると人間力強化を考える上で重要な問題になると考えられる。企業における職業教育訓練に代わるような就労後の職業教育訓練の場を多様に提供していくことも議論されていくべきだろう。


4 職業教育訓練の個人、企業それぞれからみた意義や問題点


●職業教育訓練の個人側、企業側それぞれにとっての意義
 最後に、職業教育訓練の個人、企業それぞれの立場からみた意義や問題点について検討する。職業教育訓練の目的意識については個人側、企業側からの見方についてそれぞれアンケート調査による報告がある。
 個人側からみた職業教育訓練の意義については、内閣府個人アンケートの中で、職業教育訓練を自発的に受けた人の職業教育訓練の目的をみると「現在の業務で必要だから」や「教養を得るため」、「特定の目的はないがキャリアアップのため」など比較的回答がばらつきはみられるものの、現在に対する投資の他に漠然とした将来への投資という意味合いや、「趣味的な観点から」といった回答のように職業教育訓練の受講そのものに満足する消費的な側面があることが分かる。一方、他人の指示により職業教育訓練を受けた人の目的をみると、「会社の指示だから」という回答が圧倒的に多くなっており、続いて「現在の業務で必要だから」となっている(第3−2−9図)
 企業側からみた人材育成を行う意義については、内閣府が実施した「企業における人材育成に関するアンケート調査」をみると、「製品・サービスの品質や生産性の向上」や「チームワーク・愛社精神の形成に役立つ」といった回答の割合が高くなっている(第3−2−10図)。企業側からすると職業教育訓練は、単に個人の能力開発、人間力の強化を通じた生産性の向上という役割のみならず、チームワークの育成など企業への帰属意識の形成という役割も持っていることが分かる。

●個人側、企業側が考える職業教育訓練の問題点
 「能力開発基本調査」(厚生労働省)では個人、企業それぞれの立場から見た職業教育訓練の問題点について調査を行っている(第3−2−11図)。個人が自己啓発を行う場合の問題点としては、「忙しくて自己啓発の余裕がない」、「費用がかかりすぎる」などといった時間的・金銭的な制約に関する事柄が高い割合となっている。一方、「コース受講や資格取得の効果が定かではない」、「適当な教育訓練機関がみつからない」、「セミナー等の情報が得にくい」、「自己啓発の結果が社内で評価されない」といった理由もそれぞれ20%近く回答があり、多様なニーズに応えられる職業教育訓練機関の不足や、情報提供面での問題、企業内における能力評価などの問題も存在していることが分かる。
 企業の立場からは、「指導している人材が不足している」、「人材育成を行う時間がない」、「人材を育成しても辞めてしまう」、「育成を行うための金銭的余裕がない」などといった回答の割合が高くなっている(第3−2−12図)。企業にとっては職業教育訓練の体制をどう構築していくかということや、職業教育訓練投資を行った人材の流出防止、時間的・金銭的な面などが問題となっているということが分かる。


5 人間力強化に向けた今後の展望

 職業教育訓練は、職業に関する専門的知識や技能の獲得により就業を支援する役割があることから、個人の能力開発を通じて企業の生産性向上を達成することを通じて結果的に我が国全体の競争力強化につながるという側面がある。
 しかし一方で、職業能力の開発にあたって個人の役割が高まり、企業の職業教育訓練に対する役割が変化している可能性がある現状では、どのように職業教育訓練の機会を確保していくかが今後の重要な課題になると考えられる。

●学校教育における職業教育訓練の強化はフリーター、ニート対策にもつながる
 学校教育における課題としては、学校教育の中における職業教育訓練の導入が挙げられる。例えば、近年問題になっているフリーター、ニートに関しては、就きたい職業・やりたい仕事が異なっていた、あるいは何をしたら良いのかわからないといった職業意識、正規雇用を志向しながら必要となる知識技術等の能力が足りないことなどが原因にあるとされる。これらの課題を学校教育において解消していくことが重要になると考えられる。
 職業意識の形成を支援するために、学校教育の段階から、職業に関する情報に触れる機会を増やすことで働くことへの関心を高めていくとともに、実際の職業や仕事がどのようなものであるのかということを認識する機会を増やすことによってどういった仕事に就きたいのかということを考える機会を提供していくことが必要である。
 大学を始めとする高等教育機関への進学率が上昇し、多くの人が高等教育を受けるようになった現状では、高等教育が果たす役割も変化していく必要があると考えられる。例えば、専門的な研究者を育成するという従来の大学の役割に加えて、個人個人の多様な教育ニーズに合わせて、仕事に関する実践的な専門的知識や技能を取得することができるような多様な教育サービスを提供していくことが求められるようになるだろう。就労前に高度な実践的な専門的知識・能力を取得する機会が増えることは職業能力開発の観点からも有意義であると考えられる。

●就労後も多様な職業教育訓練機会の提供を
 就労後の職業教育訓練機能の充実も重要な課題である。企業における職業教育訓練の役割の変化が懸念される現状では、企業における職業教育訓練に代わるような職業教育訓練機会の提供が求められている。就労前の学校教育における職業教育訓練を充実させていくことに並行して、就労後も多様な職業教育訓練を受ける機会を如何に確保していくかが重要な課題である。
 正規雇用を志向しながらも知識・技能等の能力を取得する機会が恵まれないことからやむを得ずフリーター、ニートになっている人たちへの支援として、就業のための専門的知識を短期間で取得できるよう、教育訓練給付金制度や公的な職業教育訓練機会提供の場を最大限活用しながら短期教育プログラムを開発、導入していくことは有効な対策と考えられる。
 実際に働いている人がより高度な専門的知識を身につけて仕事に生かしたいという声もあることから、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」でも謳われているような専門職大学院など高度な教育サービスを提供する場の設置促進などを進めながら企業外における職業教育訓練の機会を多様に提供していくことも重要である。

●職業教育訓練を受けやすい環境整備も必要
 その他にも、職業教育訓練を受けやすくなるような環境整備にも力を入れる必要があるだろう。個人が職業教育訓練を受ける上で、時間的・金銭的制約が最も多く挙げられた問題となっていることから、職業教育訓練を受けるための休暇制度や資格取得支援制度など、企業による何らかの時間的・金銭的支援策を促進していくことは有効な手段だと考えられる。
 加えて、職業教育訓練の効果が定かではないことや、職業教育訓練の受講が評価されないといった声もあることから、キャリアパスの明確化なども今後の課題である。キャリアパスにはどういったものがあり、どういった能力を持った人材を求めているのかというようなことを企業などが積極的に提示し、個人が明確な目的意識を持って職業教育訓練を受講できるような環境整備を進めていくことも重要である。


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