第4節 家計部門の環境変化と政策の対応

これまで見てきたように企業部門から家計部門へ景気回復の波及が続いているものの雇用形態の多様化、若年層におけるフリーター、ニートの増加など家計を取り巻く環境変化の中には厳しいものもあり、何らかの支援が必要となる場合もある。特に雇用面での環境変化は経済全体に及んでおり、政府としての政策的な支援により改善への期待も強い。ただしその場合には単純な弱者保護としてのセーフティーネットを整備するだけでは問題の解決が難しいことが多く、労働者が自らの意欲でよりよい雇用状態への移行へ向けての努力を支援するような形で積極的な雇用政策の考え方が重要な鍵となる。

1 雇用形態の多様化への対応

 非正規雇用者から正規雇用者への転換に向けた政府の役割

第1節で、景気回復が長期化するなか、企業が正規雇用を増加させ始める動きにふれた。他方、非正規雇用者で正規雇用を希望する者が若年層を中心に多くなっているものの、その実現は必ずしも容易ではないという状況が続いている。政策的な支援に対する要望も高まっている。

現在行われている正規雇用等フルタイム雇用者への登用の仕組みとしては、トライアル雇用51や紹介予定派遣52がある。トライアル雇用について、若年を対象とした実績をみると、2005年度において、フルタイム雇用者に3.5万人移行しており、移行率が80%となっている。紹介予定派遣については、厚生労働省の労働者派遣事業報告の集計結果によれば、2004年度において紹介予定派遣で職業紹介を経て直接雇用に結びついた労働者数は約1万人にのぼったところである。今後ともトライアル雇用や紹介予定派遣の仕組みの活用を企業に促す等、正規雇用への登用を促進することが重要であると考えられる。

2006年1月に改定された「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」においては、経済団体の協力によるモデル事業の推進等により、フリーターの正規雇用登用に取り組む企業の拡大を図るとしている。

その他、ハローワークによる職業紹介において、正規雇用者としての就職を望む求職者の希望の実現に向けて、正規雇用者の求人の確保に重点を置いた求人開拓を推進するとともに、未充足である非正規雇用者としての求人について、可能な限り正規雇用の求人となるような求人条件の変更の働きかけも行われている。さらに、景気回復に伴って、当初は非正規雇用者として採用された者が実績を認められて正規雇用者として転換する動きが強まっていくものとみられる。

今後の展開としては、本年5月「多様な機会のある社会推進会議」(いわゆる「再チャレンジ推進会議」)の「中間とりまとめ」において盛り込まれた施策の展開が期待される。我が国の雇用慣行は、従来から新卒採用が中心であるため、非正規雇用が増加した時期における新卒者については、正規雇用採用の面で不利な状況にあったとみられる。こうした世代による有利・不利を解消するため、正規雇用採用を新卒者以外にも門戸を広げるよう、企業への情報提供や働きかけを行うことや、企業内で非正規雇用者を正規雇用者へ登用していく仕組み等の整備に併せ、そのために必要な実践的能力開発を行うことによりキャリアアップを図る仕組みを講ずる企業に対して支援を行うといった施策に取り組むこととされている。

2 厳しい若年雇用情勢への対応

 積極的雇用政策への転換により若年失業者問題を緩和させた90年代の欧州諸国

若年雇用問題についての取組の先行事例としては欧州での積極的雇用政策が参考になる。欧州諸国は、90年代後半に、若年雇用政策をそれまでの失業給付等の「受動的雇用政策」53から職業教育訓練等による「積極的雇用政策」へ転換したことによって、若年雇用情勢を緩和させた。

欧州の若年層の失業率については、80年代にいったん上昇したあと、90年前後に上昇が一服ないし低下した後、90年代半ばにかけて上昇した(第3-4-1図)。こうした欧州の雇用情勢の背景としては、社会保障を重視した政策によるところが原因であったとの提起がなされ、おおむねそうした認識は受容された。これによると、EU諸国がそれまで行なってきた手厚い失業関連給付など充実した社会保障は、かえって失業率や長期失業を増加させるという因果関係にあると評価された54

欧州諸国は、こうした指摘を真摯に受け止め、97年11年の「EUルクセンブルク雇用サミット」において、雇用政策について、EU域内で協調していく考えを明確に打ち出した。その翌年の98年に策定された「雇用指針」においては、若年失業者への対応策が問題の中心の一つと位置づけられた。この内容としては、若年者については失業から6カ月以内に、少なくとも長期失業者の2割の者に対し、職業教育訓練、再訓練、職場実習、就職その他のエンプロイアビリティ(就業能力)を高める措置を、個別職業指導とカウンセリングを伴って提供することを求めるとされた。

その後、主要欧州諸国は、失業給付の水準を大幅に下げることなく、失業保険給付と再就職活動を一体化させ、失業者に対して失業給付の権利を保証するとともに、再就職活動の義務を果たさせることを明確化した。こうした施策が展開されたこともあり、90年代後半から2000年代初にかけて、欧州諸国では、若年失業率の低下がみられた。

 欧州の雇用政策の内容

欧州諸国における若年者雇用政策について整理すると55、特徴としては、次の3つに分類できる(第3-4-2表)

第一には、学校教育段階における若年者の職業教育訓練を重視しているという点である。学生時代から職業技能や職業意識の養成をはじめることによって、将来の労働市場参入への準備をさせようとするものである。これについては、ドイツのデュアルシステムを代表に、多くの欧州諸国で実施されている。職場体験や就業経験について、学校教育課程のなかで経験させるといった施策も各国でとられている。

第二には、失業期間が長期化しないように、若年失業者や無業者に対して、就業経験を促す方法である。まず、失業給付を受給する若年失業者に対し、一定の就労等のプログラムに参加しなければ、給付を削減・停止するという方法がある。これについては、英国のニューディール政策が代表的である。また、職業教育訓練と組み合わせることにより、職場体験や就業経験の付加価値を高め、積極的な職探しを促す施策もあり、各国で実施されている。

第三に、相談員を個々の若年者に配置し、個々の状況に応じたきめ細かな対応を行うという施策である。様々な若年者に対し、相談員がそれぞれの必要性に応じたメニューを提示し、職業教育訓練、就職計画を立てて、実行していくという方法を多くの国が採用している。

 個別対応などきめ細かい対応を進める我が国の若年雇用対策

若年雇用の問題を抱える日本にとって、こうしたEU諸国の経験は貴重な参考例として利用できると考えられる。若年失業時のみならず、学校教育時点からの職業教育訓練や、個別対応方式による職業相談・指導を行うことが有効な策と考えられる。

現在実施されている、「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」を欧州諸国の施策の類型別に整理してみる。

第一は、若年時からのキャリア形成についてである。これについては、キャリア探索プログラムやジュニアインターンシップ等の小中高校生向けの職業意識形成支援事業について、ハローワークと学校、産業界が連携して推進している。座学と一定期間の実習を組み合わせる「実践型人材養成システム」を就労と就学双方の要素を併せ持った「第三の選択肢」として普及、定着させる。さらに、大学及び大学生等と産業界との密接な連携を推進し、学生や企業の若手人材が理論的知識や能力を実務に応用できるよう、高度・専門的な人材育成を推進しているところである。

第二は、就業促進についてである。これについては「日本版デュアルシステム」という企業実習と座学を連結させた職業教育訓練やトライアル雇用を実施している。ニート対策についても、働く意欲や能力の向上に向けたきめ細かい支援や、「学び直し」の機会の提供といった対策が行われているところである。

第三は、個別的な就職支援についてである。これについては、都道府県が地域の企業や学校と連携協力の下、雇用関連サービスをワンストップで行うジョブカフェによる就職支援や、ハローワークに若年者ジョブサポーターを配置し、新規学卒者等に対する就職支援を拡充実施している。地域においても、「地域若者サポートステーション」を設置し、若者のおかれた状況に応じた専門的な相談を行うなど、地域の相談体制も充実させることとしている。

若年層の雇用対策については、継続的な実施が必要であるとともに、その実施にあたっては、各施策の効果を定期的に点検していくのとあわせ、今後の諸外国の若年雇用対策のフォローアップを継続的に行っていくことも必須である。