第2章 賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けて(第3節)

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第3節 労働市場の長期的な変化と課題

本節では、過去30年程度の間に、労働市場の構造が需給両面でどのように変化したのかを回顧するとともに、歴史的な人手不足感の下で、労働需給のミスマッチも近年急速に高まっている状況について確認する。こうしたミスマッチの解消の観点から、転職を通じた円滑な労働移動が活発化していると言えるのか、これを阻害し得る要因はどこにあるのかといった点を確認し、日本の労働市場が抱える課題を議論したい。

1.過去30年にわたり労働供給・需要はどのように変化したか

(15歳以上人口は高齢比率を高めつつ2010年代後半をピークに頭打ち)

労働供給の長期的な変化をみるに際して、まず、15歳以上人口の動向を概観する(第2-3-1図)。15歳以上人口は、1990年に1億人を超えた後、緩やかな増加傾向が続き、2005年には1億1,000万人を超えたが、少子化が徐々に進行していた結果として、その後は頭打ち傾向となった。その後、15歳以上人口は、2017年をピーク(1億1,118万人)に、緩やかな減少局面に入っている。

15歳以上人口について、15~64歳の生産年齢人口と、65歳以上の高齢人口に分けると、少子高齢化が進んできた結果、1997年の8,697万人をピークに生産年齢人口は減少に転じた一方、高齢人口は着実な増加傾向が続いてきた。結果、1990年を起点とする累積変化としてみると、2024年時点では15歳以上人口は1,000万人程度増加しているが、このうち、生産年齢人口は1,000万人程度減少したのに対し、高齢人口が2,000万人程度増加した形となっている。結果として、15歳以上人口のうち高齢人口が占める比率をみると、1990年には14.7%だったものが、2024年には33.0%まで高まっている。

(労働参加率は、1990年代以降一旦低下した後、女性・高齢者の労働参加とともに回復し、30年ぶりの高さに)

次に、15歳以上人口のうち労働市場に参加している人口、すなわち、仕事に就いている人口である就業者数と求職活動を行っている完全失業者からなる「労働力人口」、そして、労働力人口が15歳以上人口に占める比率である「労働参加率」の動向を確認する。労働力人口は、ピークである1998年に6,793万人となった後、高齢化の進展や、アジア通貨危機等による景気後退等により減少傾向に転じたが、2004年から2007年にかけての景気回復の中で、再び緩やかに増加した。その後、世界金融危機による経済の停滞を経て2012年にかけては再度減少傾向となったが、2013年以降、特に女性や高齢層の労働参加の高まりとともに労働力人口は増加傾向に転じ、2024年には6,957万人と、過去最高の水準となっている1第2-3-2図(1))。内訳をみると、男性については、生産年齢人口に当たる15-64歳の労働力人口は1997年をピークに減少傾向となり、2000年代半ばには1990年比で減少に転じた。一方、女性については、現役世代の女性の労働力人口は、1990年代後半から2010年代初頭までは横ばい又は減少傾向もみられたものの、1990年比では上回った状態が続き、2010年代前半以降は増加傾向に転じた。65歳以上の高齢の労働力人口は男女とも一貫して増加している。この結果、労働力人口に占める高齢者の比率は1990年の5.6%から2024年に13.6%に、女性の比率は40.6%から45.4%に上昇している。

(女性の労働参加率は一貫して上昇。男性は若年と高齢者のみ上昇)

このように、生産年齢人口は1997年以降大きく減少し、15歳以上人口も2017年以降は緩やかな減少傾向にある中で、女性や高齢者にけん引され、労働力人口は増加傾向にあるが、これは、2010年代前半以降、女性や高齢者の労働参加が大きく進んだことよる(前掲第2-3-2図(2))。その結果、我が国全体の労働参加率は、1990年代前半には60%台前半で推移していたが、その後、1990年代後半以降、生産年齢人口の減少に伴って低下傾向に転じ、2000年代には50%台にまで落ち込んだ。しかし、2013年以降、上昇に転じ、2024年には63.3%と、1990年代の水準に回帰している。

性別・年齢階級別の労働参加率をみると(第2-3-3図(1))、男性は、20代後半にかけて90%台後半まで高まった後、50代後半まで同程度の水準を維持し、60代以降低下するという構造は過去30年で不変であるが、2013年以降の65歳までの継続雇用の義務化等の効果により、2010年から2024年にかけて、60代の労働参加率が10~15%ポイント程度上昇している2。女性については、1990年代までは、20代前半に労働参加率が7割超に達した後、20代後半~30代にかけて結婚や出産・育児等により労働参加率は5割台に低下し、40代頃に再び労働参加率が高まる「M字カーブ」がみられた。一方、2010年から2024年にかけては、柔軟な働き方の推進や男性を含めた育児休業取得の促進といった環境整備が進んだこともあり、女性の労働参加率は20代後半以降も8割台程度で安定するなどM字カーブの解消が進んでいる。実際、6歳未満の未就学児を持つ女性の就業率は2002年の36.0%から2022年に69.9%まで高まり、6歳未満の子がいない女性の就業率との差は10年前の約23%ポイントから約8%ポイントまで縮小している。一方、女性の年齢階級別にみた正規雇用率の動向をみると、就業率と同様に幅広い年齢層で10年前と比べると上昇しているものの、30代を境に大きく正規雇用率が低下する「L字カーブ」の構造は変わっていない(第2-3-3図(2))。引き続き男女共にこれまで以上に育児と就業を両立しやすい環境を整備するなど、結婚、出産や育児といったライフイベントがキャリア形成の阻害要因にならないよう、また、不本意ながら非正規で働く者が正規雇用に転換できるよう政策支援を進めることが重要である。なお、60代の労働参加率が2010年から2024年にかけて20%ポイント程度上昇している点は、男性と同様であり、高齢者雇用の浸透は男女問わず進んでいることが分かる。

また、上記ほど顕著な変化ではないものの、男女いずれにも共通する事象として、15~24歳の若年層の労働参加率の長期的な変遷についても触れておく。まず、若年層の労働参加率は、1990年から2010年にかけて、男女共に低下していた。背景として、この間、大学進学率が大きく上昇したことがある(第2-3-3図(3))。一方、2010年から2024年にかけては、男女共に若年層の労働参加率が反転・上昇している。背景には、学生が、趣味のための支出や貯金を主な目的として、学業の傍らにアルバイトとして就労するケースが増加しているとも指摘され3、これには後述するスポットワークアプリの普及も影響しているとみられる。

(特に、15~64歳の女性の参加率上昇が労働参加率押上げに寄与)

女性や高齢者の労働参加の促進が、マクロ全体の労働参加率に与えた影響を定量的にみるために、まず、15~64歳の女性の労働参加率が仮に1990年から変化しなかった場合の全体の労働参加率を試算すると、2024年時点で57.3%となり、現実の参加率よりも6%ポイント弱低い水準となっている(第2-3-4図(1))。特に、2010年代半ば以降の女性の参加率上昇による効果が顕著に高まっている。また、高齢者の労働参加の効果についても、同様に1990年時点の参加率を固定して、全体の労働参加率を試算すると、2024年で61.8%となり、実際の参加率よりも1.5%ポイント程度低い水準となっている(第2-3-4図(2))。

ただし、女性や高齢者の労働参加による労働参加率の押上げについて4は、足元でややその余地が限られてきている可能性にも留意が必要である。第2-3-5図は、非労働力人口と労働力人口の間の遷移(フロー)をみたものであるが、(1)図の非労働力人口から労働力人口へのフローは、特に女性の労働力人口への流入が押上げに寄与している一方、労働参加が進んだ結果として母数となる非労働力人口が減少傾向にあり、これらがほぼ相殺する結果、近年ではおおむね横ばいになっている5

(労働時間は、男女ともにフルタイムであっても緩やかに短縮傾向)

労働供給については、労働市場に参加するかという意思決定に加え、どのくらいの時間働くかという意思決定の双方が関係する。このため、次に労働時間の長期的な変化について確認する。まず月間総実労働時間について、厚生労働省「毎月勤労統計調査」を基に、長期的な推移をみると(第2-3-6図(1))、フルタイム労働者とパートタイム労働者を合わせた就業形態計の平均労働時間は、1990年には170時間を超えていたものが、2024年には135時間程度と2割強減少している6。このうち、フルタイム労働者分だけを取り出すと、1993年7の172時間から2024年には162時間と、より緩やかではあるが相応に減少している。雇用者全体の平均労働時間の低下は、パートタイム労働者比率の高まりによる部分が大きいものの、フルタイム労働者の労働時間自体もやや短くなっていることが分かる。

次に、総務省「就業構造基本調査」を用いて、1992年から2022年までの就業形態計の平均週労働時間の分布をみると8第2-3-6図(2))、まず、男性では、1992年時点では週労働時間が49~59時間であった労働者が27.9%と最多となっていたが、その後、2002年になると、労働時間が比較的短い労働者と、特に長い労働者の割合の両方が増加し、二極化の傾向を見せた。すなわち、週35~42時間の男性労働者の割合が13.4%から16.7%に増えるとともに、週60時間以上働く男性労働者の割合も1992年の21.0%から27.6%に増加した。一方、2022年になると、2010年代後半の「働き方改革」の広がりもあって、35~42時間の労働時間であった労働者が4割弱まで急増するとともに、60時間以上の労働時間の者は13.2%にまで減少している。こうした傾向は、男性の正規雇用に限定してもほぼ同様である(第2-3-6図(3))。

同様に女性についてみると、就業形態計の平均週労働時間としては、1992年以降一貫して、労働時間が全体的に短縮する傾向がみられる。例えば、60時間以上の労働をしていた者の比率は1992年の12.3%から2022年の5.5%に低下し、また35~42時間の者の比率は20.5%から51.4%に増加した。一方、正規雇用に限定すると、2000年~2010年代にかけての労働時間の二極化と、2022年にかけての35~42時間労働の割合の増加など、基本的に男性労働者と同様の傾向がみられる。

労働時間の短縮化は、それだけでは労働投入量の低下につながり、経済成長を制約する要因ともなり得るが、他の経路を通じて供給面の強化につながる可能性もある。例えば、長時間労働は女性や高齢者の就労をためらわせる一因となっているという指摘があり9、労働時間の短縮により、労働市場に新たに参入する者が増える可能性もある。さらに、長時間労働の是正により能力開発の時間が生まれ、生産性が向上するという経路も考えられる10。また、本節の後半で言及するように、長時間労働は、労働移動の抑制につながり得る面があることを踏まえると、労働市場の流動化という観点からも、その是正は引き続き重要な課題と言える。

コラム2-5 労働時間に関する統計の違い

労働時間を確認できる統計としては、本論で用いた5年に一度の構造統計である「就業構造基本調査」に加え、月次の統計である厚生労働省「毎月勤労統計調査」と総務省「労働力調査」がある。ここで、「毎月勤労統計調査」の月間総実労働時間(就業形態計)と「労働力調査」の平均月間就業時間11の推移を比較すると、直接比較可能な2013年以降、減少傾向で推移しているという大まかな動きは共通している一方で、「労働力調査」の労働時間は、「毎月勤労統計調査」の労働時間を一貫して上回って推移している(コラム2-5図)。

この理由の一つとして、「労働力調査」は家計(労働者)に対して労働時間を調査しており、当該個人の労働時間を把握しているのに対し、「毎月勤労統計調査」は事業所に対して労働時間を調査しており、ある労働者が当該事業所で働いた時間(いわゆる仕事ベースの労働時間)のみを把握しているという違いがある。つまり、ある労働者が副業・兼業により、2か所の事業所で月50時間ずつ勤務している場合、「労働力調査」では名寄せされ、当該労働者が月100時間働いたと記録される一方、「毎月勤労統計調査」では、二人の労働者が月50時間ずつ働いたと記録され、平均労働時間は50時間となる。このように、副業・兼業により複数の仕事を持つ労働者が増加すると、「労働力調査」の労働時間は、「毎月勤労統計調査」の労働時間よりも長くなる傾向がある。また、いわゆるサービス残業の存在が、「毎月勤労統計調査」の労働時間が見かけ上低くなっているという指摘12もある。「毎月勤労統計調査」の原資料は企業が給与計算等に用いる記録であり、企業が所定外労働時間として認識・記録している時間よりも従業員が残業時間と認識している時間の方が長い場合、事業所調査の「毎月勤労統計調査」よりも世帯調査である「労働力調査」の労働時間の方が、いわゆるサービス残業分も含むため、長めの労働時間になっている可能性がある13

このように各種統計には、調査の設計や経済構造の変化等に由来する様々な特性が存在することから、利用に当たってはこれらを考慮した比較・分析が重要となる。

(人手不足感は非製造業を中心にバブル期並みの高水準、失業率も低位で推移)

次に、企業の人手不足感の動向や、産業ごとの雇用者数の変化といった、労働需要側の観点から、この30年程度の変化やその特徴について概観する。

まず、企業の労働需要の相対的な強さを表すと考えられる人手不足感を確認する。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」における雇用人員判断DIは、前掲第1-1-18図でみたとおり、非製造業において1990年頃のバブル期並みの歴史的な水準まで人手不足感が高まっており、全産業としても、バブル期以来の高水準となっている。ただし、バブル期においては、供給面の制約というよりは景気の過熱に伴う過度な労働需要が高い人手不足感を引き起こしていたのに対し、近年の人手不足感の高さは、少子高齢化・人口減少が進み労働供給の拡大が徐々に難しくなる中で、企業側が求めるスキルや属性を有する労働者を見つけるのが困難になっている、という点に相違がある。また、産業別にみると、第2-3-7図(1)のとおり、製造業では、この30年間、各業種でおおむね近しい動きを示してきたが、非製造業では、1990年代末~2000年代半ば頃までは建設業で人手過剰感がみられたことや、2010年代末や近年ではインバウンド需要の高まりなどにより宿泊・飲食サービスで人手不足感が特に高まっているなど、産業間のばらつきが大きい傾向にある。

次に、ハローワークにおける求職者一人に対する求人数の比であり、労働需要の相対的な強さを表す有効求人倍率をみると、過去においては、日銀短観から得られる人手不足感と一定の連動性をもって推移していたが、2020年代以降は、短観の人手不足感がバブル期以降で最高水準に達するまで上昇している一方で、有効求人倍率は頭打ちとなり、コロナ禍前のピークを下回る水準で横ばい圏内の動きとなっている(第2-3-7図(2))。

こうした背景には、入職経路としてハローワークの割合が低下し、民間職業紹介等を通じた経路の割合が増加していることがある。例えば、厚生労働省が不定期に行っている「雇用の構造に関する実態調査(転職者実態調査)」によると(第2-3-7図(3))、企業が転職者を募集する方法として「ハローワーク等の公的機関」を挙げた割合(複数回答)は、2006年調査で67.3%だったのに対し、2020年調査で57.3%と、約15年で10%ポイント程度低下していることが分かる。また、求職者の求職活動の手段をみても、「ハローワーク等の公的機関」を挙げた割合は2006年で42.5%に対し、2020年で34.3%と、同期間でやはり10%ポイント弱低下していることが分かる。

また、2018年以降について、正社員、パート・アルバイト労働者のそれぞれについて、ハローワークを通じた求人と民間職業紹介を通じた求人の動きを比較すると(第2-3-7図(4))、いずれの雇用形態についても、民間職業紹介を通じた求人の方が、ハローワークを通じた求人よりも高い伸びで推移し、日銀短観の人手不足感と整合的に、近年において、コロナ禍前の水準を上回る状況にある。さらに、民間職業紹介を通じたパート・アルバイトの求人には、近年成長が著しいスポットワークアプリを通じた求人が含まれておらず、実態より過小評価となっている可能性には留意が必要である。スポットワークにおける求人や就労の状況については後段にて詳述する。

このように、人手不足感が極めて高く、労働需要側である企業の求人が全体として堅調に推移している中、完全失業者数のうち、労働需要側の要因を示す非自発的な失業者数について、統計が利用可能な2002年初以降の累積変化を確認する。起点となる2002年1月は第14循環の景気の谷に当たり、失業者数が350万人前後(完全失業率5.2%)と大きかった時点からの比較であることに留意が必要であるが、非自発的な失業者数は、景気循環の影響を大きく受けながら、総じて下方に推移し、「勤め先都合」を中心に、失業者数全体の減少分の過半を占めていることが分かる(第2-3-8図)。

(産業構造の変化の中、医療・福祉や専門サービス等の雇用者シェアが大きく上昇)

次に、産業構造の変化による労働需要の変化を確認するため、1990年代以降の産業別の雇用者数の構造とその変化について確認する。時系列で比較可能な1994年以降の動向をみると、1994年は、農林水産業が1.6%、製造業が23.5%、建設業が10.2%であり、残りの6割強が卸売・小売業や金融・保険業といったサービス業であった。これに対し、直近の2023年では、農林水産業が1.3%、製造業が16.3%、建設業が6.1%とそれぞれ低下する一方、サービス業が占める比率が75%程度にまで高まっている14第2-3-9図(1))。

次に、製造業の中での業種別の雇用者シェアを確認すると(第2-3-9図(2))、1994年から2023年までの約30年間で、「食料品」、「はん用・生産用・業務用機械」、「輸送用機械」等のシェアが拡大する一方、「繊維製品」、「情報・通信機器」、「電子部品・デバイス」等のシェアが低下している。繊維製品は1990年代以降も生産拠点の海外移転の動きが続いているほか、情報・通信機器等においてもアジア新興国の競争力が高まる中で、生産拠点をこれら海外に移す動きが広がったことが背景にある15

同様に、サービス産業における雇用者シェアの変化をみると、1994年から2023年にかけて、「卸売・小売業」のシェアが低下する一方、「保健衛生・社会事業」、「専門・科学技術、業務支援サービス業」のシェアが顕著に高まっている。「保健衛生・社会事業」については、医療や介護を含んでおり、人口の高齢化が進む中で、これらサービスへの需要が構造的に高まっていることが影響している16。一方、「専門・科学技術、業務支援サービス業」は、学術研究、広告、法務などの様々なサービスが含まれており、様々な業務の高度化・専門化が進む下で、企業による各種業務のアウトソースが進み、これに伴い、専門的なサービス分野における労働需要が高まっていることがうかがえる17

(生産性の高い分野への労働移動は必ずしも進んでいない)

ただし、労働生産性が高まっている分野において、雇用者数が増加しているというわけでは必ずしもない。この点に関して、内閣府(2024)では、生産性が相対的に高い産業で労働者のシェアが上昇することによる経済全体の生産性向上効果(デニソン効果)を確認し、その効果が限定的であることを示している。ここでは、製造業とサービス業の1994年から2023年への労働生産性の変化と、同じ期間の雇用者数シェアの変化を確認すると(第2-3-10図)、製造業では労働生産性が30%程度上昇している一方、サービス産業では労働生産性がやや低下している。一方、雇用者数シェアの変化をみると、製造業のシェアが低下し、サービス業のシェアが上昇しており、生産性が高まる分野への労働移動が必ずしも円滑に行われていないことが示唆される。

(欠員率は、職種・業種・企業規模にばらつき)

上述したように、人数ベースにおいては、労働供給は、人口減少の中でも女性や高齢者の労働参加の促進により2010年代半ば以降増加傾向で推移する一方、就業者数と未充足求人の合計で計測した労働需要も増加し、労働需要が労働供給に追いつきつつある均衡に近い状況にあると言える(第2-3-11図(1))。一方、これは飽くまでマクロ的な姿であり、本章第2節でも見たように、有効求人倍率等で確認すると、職種ごとの人手不足の度合いには大きなばらつきがあり、労働需給のミスマッチが生じている。厚生労働省「雇用動向調査」により、職種ごとの欠員率の推移をみると(第2-3-11図(2))、2000年から2023年にかけて、欠員率は全体で1.1%から2.8%に上昇しているが、例えば「管理的職業」の欠員率は0.6%から0.8%への上昇にとどまっている。また、「事務」の欠員率も0.4%から1.6%と上昇はしているものの平均よりは低い水準となっている。それに対し、「サービス職業」などでは平均を上回って上昇しており、全体的に雇用のミスマッチが拡大している姿がうかがえる。さらに、欠員率の上昇は、大企業や製造業では平均に比べて低く抑えられているなど、企業規模や業種によるばらつきもみられる(第2-3-11図(3))。

労働力の配分・調整の手段としては、大企業を中心に、新技術や新規事業への対応、景気変動期の雇用調整に際して、配置転換など内部労働市場の活用が進んでいる18とされる。これに対し、より規模の小さい30~99人の中小企業では欠員率が平均を上回って大きく上昇している。配置転換等の利用が相対的に少ない中小企業では、人手不足に対する労働力の確保のための手段として、新規採用など外部労働市場を活用する必要があるが、後述するように、これまでは大企業を中心に多くの企業が、長期雇用を前提とした内部労働市場中心の雇用制度を採用してきた中にあって、我が国では外部労働市場が十分に機能せず、効率的な労働移動が十分に行われていなかったと考えられる。

(労働市場のミスマッチはどの程度拡大しているか)

労働市場の需給のミスマッチを示す伝統的かつ代表的なデータとしては、企業側の人手不足の度合いを示す欠員率と、雇用者のうちがどの程度が失業しているのかを示す失業率19の関係を示したUV曲線がある。一般に失業率と欠員率の関係は、失業率が高い場合は人手が過剰となっているため、欠員率が低い状態となり、逆に失業率が低い場合は人手が不足している状態にある。このため、UV曲線は右下がりの曲線となる。また、失業率と欠員率が一致する点(UV曲線と45度線が交差する点)における失業率の水準は、その時点で労働市場において需給が均衡していると考えられる失業率の水準という意味で、構造失業率20と呼ばれる。労働需給のミスマッチが拡大する場合には、UV曲線が右上方向にシフトし、構造失業率も上昇し、労働需給のミスマッチが拡大していると解されることとなる。厚生労働省「職業安定業務統計」と総務省「労働力調査」を用いてUV曲線を描くと(第2-3-12図)、2000年代には、UV曲線が左下にシフトし、ミスマッチが縮小していた。その後、コロナ禍前までは構造失業率は安定していたが、コロナ禍を経て、2020年代には、更にUV曲線が左下方向にシフトしている。このように、伝統的なUV曲線の形状からは、我が国において、2000年代以降、労働需給のミスマッチは幾分縮小してきたという姿が示唆されることになる。しかし、上述のとおり、職種別の欠員率のばらつきが拡大していることを踏まえれば、実際の労働需給におけるミスマッチはむしろ拡大方向にあるとも考えられる。

こうした違いが生まれる原因の一つとして、伝統的なUV曲線の欠員率には、厚生労働省「職業安定業務統計」の計数、つまりハローワークで把握される企業の欠員率の情報が用いられていることがあると考えられる。欠員率は、「職業安定業務統計」における未充足求人数(有効求人数から就職件数を引いたもの)と「労働力調査」における雇用者数の和(企業の労働需要に相当する)を分母、未充足求人を分子として計算される。ここで、有効求人数や就職件数は、ハローワークにおける求人数や就職件数のみが計上され、民間職業紹介等それ以外の場で求職・入職した数は計上されない。一方、上述したように、近年、入職経路としてのハローワークの割合は低下しており、ハローワークにおける計数のみを用いることにより、労働市場全体の欠員状況を的確に表すことが難しくなっている可能性がある。

そこで、ハローワークにおける求人数を、ハローワークに求人を出した企業の割合21で割り戻し、また、ハローワークにおける就職件数を、入職経路がハローワークである比率で割り戻すことにより、ハローワーク以外を含めた全体の求人数・就職件数を推計する。こうして得られた値から労働市場全体における欠員率を試算すると(第2-3-13図(1))、2010年代前半から、ハローワークベースの補正前の欠員率を補正後の欠員率が上回り、そのかい離が拡大傾向にあることが分かる。例えば、補正前の欠員率は、コロナ禍前の2019年と2023年は共に4%台であり、2000年代半ばと比べてもほぼ同程度となっているが、補正後の欠員率は、2019年には7%程度、更に2023年には8~9%程度とより高い水準で上昇が続いている形となっている22

こうした補正後の欠員率を用いた補正後のUV曲線を描くと(第2-3-13図(2))、2010年代後半以降、補正前の欠員率を用いたUV曲線とは異なり、右方向にシフトしており、労働需給のミスマッチがより大きい状態にあるということを示唆している。この試算は、上述のとおり、仮定に基づくものであり、幅を持ってみる必要はあるものの、企業の人手不足感の歴史的な水準への高まりといった現状を踏まえれば、一定の妥当性はあるものと考えられるだろう。

2.転職による円滑な労働移動の活発化に何が必要か

以上のように、我が国においては、企業の人手不足感が極めて高い中にあって、労働市場におけるミスマッチも高まっている状況にある。ミスマッチの高まりは、構造失業率の上昇を通じて直接的に潜在的な労働投入量を下押しするとともに、労働市場の資源配分が効率的に行われていないという点で経済全体の生産性を引き下げるものであり、我が国の供給力を制約する要因となる。このように、労働需給のミスマッチの縮小は、我が国の潜在成長率を引き上げ、持続的な経済成長を実現する上でも喫緊の課題である。こうしたミスマッチの解消に向けた重要な要素は、外部労働市場の活用により、労働力が過剰供給となっている分野から、過少供給となっている分野への円滑な労働移動を促進することである。ここでは、転職の実態に焦点を当て、潜在的な転職希望者の規模に比して、現実に転職が行われているわけではないという点について、制度面の課題を含めて議論する。また、ミスマッチの緩和への一定の寄与が期待される分野として、近年、労働市場において急速に普及しているスポットワークがあることを踏まえ、スポットワークにおける求人や就労の実態について、新たなデータを用いて分析を行う。

(日本の転職率は長期的に横ばい、世界的にみても一つの企業に長く勤める傾向は高い)

まず、転職の動向について確認する。ある年の就業者に占める転職者の比率である転職率の長期的な推移をみると、年齢計の平均では、振れはありながらも、男性は4%程度、女性は6%程度と、横ばい傾向で推移している(第2-3-14図(1))。年齢別に転職率をみると、15~24歳では、男性は10%程度、女性は12%程度、25~34歳では、男性は6%程度、女性は8%程度と若年層で相対的に高い一方で、45~54歳では男性は2%強、女性は4~5%程度と、中高年層では低い水準にとどまっている。転職率が低いということは、労働者が一つの企業に長く勤めていることを示唆するものであり、実際、OECDデータから10年以上の勤続年数がある労働者の割合をみると、日本は46.3%と、イタリアと並び主要先進国の中で高いことが分かる(第2-3-14図(2))。また、この10年程度で、例えば、フランスなどでは10年以上の勤続年数の労働者の比率が低下したり、12か月未満の勤続年数の労働者比率が上昇したりしているのに対し、日本ではほぼ変化がない。

(長期雇用を始めとする日本型雇用システムを支持する労働者は少なくない)

それではなぜ、日本では一つの企業に長く勤める労働者が多く、転職率も上昇していないのだろうか。背景の一つには、長期雇用の慣行が依然として機能し続けていることが考えられる。本章第2節でも触れたとおり、日本の企業は、「日本型雇用システム」と呼ばれる、終身(長期)雇用や年功序列型賃金といった要素を中心とした雇用システム23を採用してきたとされ、こうしたシステムでは、従業員の技術習得インセンティブ付与、組織内の協力の促進、柔軟な対応の可能性といったメリットがある一方、多様な人材の活躍、イノベーションや生産性向上の観点からは、外部人材の登用が困難、思考が同質的になり画期的なイノベーションが生まれない、技術進歩が速い環境下ではスキルが陳腐化しやすいといったデメリットが指摘されてきた24

一方で、日本型雇用システムが持つ様々な特性は、現在でも多くの日本企業で維持されていると考えられる。本章第2節でみたように、勤続年数に応じた賃金の上昇度合いが緩やかになるなど、年功賃金の度合いについては、従来と比べると幾分弱まっている面もあると考えられるが、長期雇用や年功賃金といった日本型雇用システムの特性自体は多くの企業で維持されていると推測される傍証として、例えば、リクルートワークス研究所が労働者に対して2024年に行った「Global Career Survey」の結果がある。これによると、「勤続年数の長さに応じて年収が上がってきた」という年功賃金に対応する質問に対する回答割合は全体の78%、また、「勤続10年以上(大学又は大学院卒業後10年未満の場合は退職経験なし)である」という終身雇用に対応する質問に対する回答は全体の61%を占めている(第2-3-15図(1))。

このように、企業側が、総じて日本型雇用システムを維持している傾向が根強い一方で、日本型雇用システムに対する労働者の受け止めに変化がないかを確認する25。労働政策研究・研修機構(JILPT)が定期的に行っている「勤労生活に関する調査」をみると(第2-3-15図(2))、1999年の調査開始以降、2015年調査まで、「終身雇用」や「年功賃金」に対する労働者の支持は高まっていることが分かる。例えば、終身雇用を支持する26と答えた人の割合は1999年の72.3%から2015年の87.9%に上昇し、これよりは低いものの、年功賃金を支持する人の割合も1999年の60.8%から2015年の76.3%に上昇していた。その後、最新の調査となる2021年では、終身雇用、年功賃金共に支持すると答えた人の比率は若干低下したものの、それぞれ8割、7割前後を保っている。また、2024年9月に行われたマイナビ「転職活動における行動特性調査」では、転職者に対し、「終身雇用や年功序列等、いわゆる伝統的な日本企業を就業先として選びたいか」という質問が行われており、「就業先として選びたい」と「どちらかと言えば就業先として選びたい」の合計で62%が日本型雇用システムを持つ企業を肯定的に捉えているという結果となっている(第2-3-15図(3))。このように、日本型雇用システムに対する労働者側の支持は、幾分低下した可能性はあるものの、引き続き多くの労働者が支持している状況にあるとみられる。このように、企業、労働者の双方が長期雇用をはじめとした伝統的な雇用システムを選好することにより、現実に長期雇用等が維持され、結果として、転職行動という形での労働移動が限定的なものとなっている可能性がある。

(転職希望者自体は増えているが、転職活動をしている者は4割程度)

一方で、転職等を希望している労働者は2024年現在で約1,000万人(就業者全体の14.8%)と多く存在する。就業者数に占める転職等を希望する人の割合(転職等希望者比率)を確認すると(第2-3-16図)、①2024年時点で男性は13.6%、女性は16.2%と、転職率と同様に女性の方が高いこと、②年齢別にみると、25~34歳において転職等を希望する者の割合が最も高く、高齢になるほど低下することが分かる。ただし、2001年以前と2002年~2012年、2013年以降で調査方法等の変更が行われているため、長期の時系列での比較は困難であることに留意する必要がある27。特に、2013年以降は、「転職等」を希望する者を調査しており、転職だけでなく、副業・兼業を希望する者も含まれている。その上で、変更前の2012年時点の転職希望者比率から類推すれば、2024年時点の転職希望者比率は、男女共に10%ポイント程度、実際の転職率を上回っていると考えられる。このように、転職を希望しているものの、何らかの理由により現実には転職しない、又はできない労働者が相応に存在するとみられる。

ここで、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて、転職希望者の属性を確認する28。一般論として、転職を希望する人は、待遇面であれ業務内容の面であれ何らかの形で現在の仕事に満足していないことも一つのきっかけにとなると考えられる。そこで、同調査における、現在の仕事の様々な側面についての満足度に関する質問への回答と、転職希望率をクロス集計したところ、仕事への満足度が下がるほど、転職意向を持つ(現在転職したい、又はいずれ転職したいと回答する)割合が高まっていることが分かる(第2-3-17図(1))。さらに、「現在転職したい」と考えている人のうち、3分の2程度は転職活動をしていないことも分かる。

また、仕事に対する満足度は様々な要因で決まると考えられるが、代表的なものとして、人間関係、成長実感、仕事内容29の三つと最も密接に関連していると思われる各質問への回答と、転職希望率を同様にクロス集計したところ、いずれの内容であっても、満足度が下がるほど転職希望率が高くなる傾向があることが分かる(第2-3-17図(2)、(3)、(4))。特に、仕事内容への満足度(「生き生きと働くことができていた」への回答)が転職意向に影響している傾向がうかがえる。

(長時間労働是正や転職未経験者へのサポート等が転職活動のハードルを低める可能性)

現在転職したいと考えている労働者のうち、実際には転職活動をしていない労働者は3分の2程度存在するが、なぜ転職意向自体は相応に強いのにもかかわらず30、転職活動を行わないのだろうか。ここでは、現在転職したいと考えている労働者全体をサンプルとし、実際の転職活動の有無を被説明変数とするプロビットモデルを用いて、どのような属性の労働者が、現在転職意向を持っているにもかかわらず転職活動をしないのかを検証する。

第2-3-18図に結果をまとめてある。まず、様々な属性変数についてみると、長時間労働に関するダミー変数(週50時間以上の労働時間の場合1をとる)の係数がマイナス(限界効果▲1.2%)となっている。長時間労働により、転職したいと思っていても、時間がなく転職活動ができない労働者の姿がうかがえ、長時間労働の弊害の一つに、労働移動の阻害もある可能性が示唆される。次に、転職経験回数の影響をみるため、転職経験がない人を基準に、転職経験回数に応じたダミーを設定し、その係数をみると、転職経験回数が多いほど転職活動確率が高い結果となる。つまり転職経験がある人ほど、転職活動を実行に移す確率も高い。初回の転職のハードルが高いことを意味しているとともに、労働市場全体で労働移動が活発化し、転職がより一般的になれば、転職のハードルが下がり、労働移動が更に活性化するというポジティブなフィードバック効果も期待できる31。引き続き、求職・求人情報の集約や、キャリアコンサルタントによるキャリアアップ・転職相談等の体制を整え、転職を希望する人がその希望を実現しやすい環境整備を図ることが重要となる32

最後に、年ダミーの影響を確認すると、2015年を基準として、2020年に年ダミーはマイナスとなっており、転職活動をする労働者の割合が低下したことを意味している。コロナ禍で経済社会活動が制約される中で、転職意向はあるが転職活動を実際に行う労働者が減っていたことが確認される。一方、年ダミーの係数は徐々にマイナス幅を縮小しており、2024年には有意にプラスに転じている。これは、転職活動を実際に行う労働者が徐々に増え、約10年前の2015年の水準を超えていることを意味しており、転職市場が徐々に活性化しつつあることを示していると考えられる。

(退職金制度の自己都合退職における減額の慣行は、労働移動を一定程度阻害)

次に、労働者の転職行動を抑制させる制度・慣行上の課題がないかについて、ここでは、退職金制度を中心に検討する。退職金は、一般に、後払い賃金の一種であると考えられる。すなわち、ある労働者がある企業に入社してから退社するまでの期間の人件費の総額が一定であるとして、退職時に支払われる退職金は、在職中に定期的に支払われる賃金を減額し、退職時にまとまって支払う形に振り替えているものであり、経済学的には、雇主と労働者との間の情報の非対称性から生じるエージェンシーコストを抑制するための慣行であると考えられている33

こうした退職金制度については、労働移動を阻害しているのではないかという議論が存在する。上述したように、中高年の労働者については、転職率、転職等希望率が共に低いが、その要因の一つとして、企業側の慣行として、自己都合を理由に労働者が退職した場合に退職金が減額されるケースが多いという点があると考えられる。中央労働委員会「令和5年退職金、年金及び定年制事情調査」によると、大卒総合職の労働者について、自己都合の場合と会社都合の場合の退職金の金額については、いずれの年齢でも、自己都合の場合に退職金が減額されている(第2-3-19図)。減額率(自己都合の場合の退職金額が、同じ勤続年数の会社都合の場合の退職金額からどのくらい減少しているか)は、年齢によって異なり、若年での退職の場合の方が大きい。例えば、3年目(25歳)のモデルケースでは、会社都合の場合の退職金は69.6万円であるのに対し、自己都合の場合の退職金は34.1万円と半分弱となっている。一方、例えば30年目(52歳)の場合、会社都合の場合の退職金が2,055万円であるのに対し、自己都合の場合の退職金は1,772万円と、減額率は14%程度となる。こうした慣行は、企業としては自社で長く継続的に働いた労働者ほどより厚遇したいという意味で、長期雇用の慣行と補完的な関係となっているものと考えられる。

こうした自己都合による退職金を減額するという慣行は、転職行動をどの程度阻害しているのか、ここでは、同様に「令和5年退職金、年金及び定年制事情調査」のデータを基に、一定の仮定を置いたシミュレーションを行う。

まず、現在平均的な賃金を受け取っている労働者は、転職することによって、生涯賃金34が増加すれば(厳密には、増加すると予想すれば)転職を実行し、そうでなければ転職しないものと考える。生涯賃金については、①転職した場合は、現在の会社から受け取る退職金(自己都合の退職金)と、転職先の会社から将来にわたって受け取る賃金及び定年時の退職金(会社都合の退職金)、②転職しない場合は、現在の会社から今後将来にわたって受け取る賃金及び退職金(会社都合の退職金)であると仮定する。

この場合、例えば、勤続年数10年(32歳時点)の労働者は、①その時点で転職のために自己都合で退職すると、退職金として平均183万円を受け取ることとなる。さらに、転職先で60歳まで働く(累計勤務年数が38年になるよう、転職先で28年勤務)とすると、定年までの期間、転職先の賃金水準に基づく給与35を受け取り、さらに、定年での退職時に28年間勤続した場合の退職金(会社都合・転職先の賃金水準に準拠36)を受け取ることになる37。一方、②同じ労働者が転職しなかった場合、現在の賃金水準に基づく給与を60歳まで受け取り、60歳時点の定年退職時に、38年間勤めた場合の退職金(会社都合)の平均である2,651万円を受け取ることとなる。なお、ここでのシミュレーションでは、ある労働者について、1度だけ転職する可能性があると仮定する。

ここで、この労働者が転職を実行する条件は、①転職時に受け取る自己都合の退職金(183万円)と、転職後の会社で定年対象までの残り28年間に受け取る賃金、定年退職時に受け取る会社都合の退職金の合計が、②同じ会社で、定年退職までの残り28年間に受け取る賃金と、通算38年勤めた後に定年退職時に受け取る会社都合の退職金(2,651万円)の合計を上回ることである。そのような閾値となる年収増加率を勤続年数ごとに計算し、プロットしたのが、第2-3-20図の「転職の意思決定を行う年収増加率」である。例えば、勤続15年(37歳)で転職する場合、転職先で年収が4.9%増加すれば、転職した場合と転職しない場合で生涯所得が等しくなる(転職するインセンティブが生じる)ことを意味する。

ここで、退職金の慣行が変更され、自己都合の場合の退職金額が、会社都合の場合と同額になると仮定する。例えば、上記の勤続年数10年時点の労働者の設例において、転職に伴う退職時に受け取る退職金は、現行制度下の183万円から、会社都合の場合と同じ平均306万円となるため、転職による賃金上昇率が小さくても転職するインセンティブが生じるようになる。実際に、各勤続年数時点において同様に計算してプロットしたものが第2-3-20図の「自己都合退職の減額慣行がないケース」の点である。例えば、同様に勤続15年(37歳)で転職する場合、転職先で年収が3.8%増加すれば、転職するインセンティブが生じる。すなわち、退職金減額の慣行は、転職による年収増を1%ポイント押し下げる程度の転職抑制効果があることになる。また、同図が示すとおり、勤続年数が長い(年齢が高い)労働者ほど、慣行の変更によって、転職に当たっての必要な年収増加率が低下することが分かる38。そのため、こうした慣行は特に中年層以上の転職インセンティブを一定程度阻害していると考えられ、上述のとおり中年層以上の転職率が全体的に低くなっている一因となっている可能性がある。

(短時間労働には、スポットワークと呼ばれる新たな形態が登場し、大きく成長)

最後に、近年、労働市場において急速に成長しているスポットワークについて、新たなデータから分析を行う。改めてスポットワークとは、一般社団法人スポットワーク協会によると、短期間・単発の仕事であり、かつ雇用契約を結ぶものであると定義されている39。スポットワークは、労働者側としては、収入の即時性や時間の有効活用といった利点があるとされる。一方、企業側としては、人手不足の中、短時間で働ける労働者を、繁忙時間帯に柔軟にシフトに組み入れることができる、といったメリットがあるとされる。こうしたスポットワークについては、プラットフォーム事業者が提供するスマートフォン上のアプリを通して、労働者側が、現在いる場所の近くで、どの程度の時給で、どのような仕事があるのかを容易に探すことを可能としており、こうした利便性の高さが、スポットワークという新たなサービスの急速な成長につながってきたものと考えられる。くわえて、企業側においても、スポットワークとして採用した人材について、単発の業務のみで契約を終了するだけではなく、より長期の雇用契約に切り替える事例も広がっているとされる40。これにより、スポットワークでの勤務状況を踏まえて、その人材の適性や能力を確認することが可能となるため、長期雇用としての新規採用時における企業側と労働者側の情報の非対称性に伴うコストを縮小することが可能となり、人手不足の厳しい中で、必要な人材を機動的に採用するツールとしても利用されていると言える。このように、スポットワークという新たなサービスは、労働需給のミスマッチの緩和や労働移動の促進に一定の役割を果たし得るものと考えられる。

次に、スポットワークの現状について確認していく。スポットワークに関しては、現時点において、その動向を捉えた公的統計が存在しないため、把握に当たっては、業界団体であるスポットワーク協会や、スポットワークアプリを提供するプラットフォーム事業者が集計したデータ等を活用する必要がある。まず、全体像として、スポットワーク協会が集計しているプラットフォーム事業者大手5社におけるスポットワークアプリの延べ登録人数をみると(第2-3-21図(1))、2019年12月時点では330万人程度だったものが、2024年10月時点には2,800万人程度と、この5年間で8倍ほど拡大していることが分かる41。次に、株式会社パーソル総合研究所の「スキマバイト/スポットワークに関する定量調査」42(以下「パーソル調査」という。)によると、2024年10月時点で、過去1年以内にスポットワークを行ったことがある人数(スポットワークの現在推計人口)は全国で452万人、今後スポットワークを行う可能性がある潜在人口としては1,431万人とされている。年齢別にみると、特に、20代では男女共に、過去1年以内のスポットワーク経験率が1割を超えており、学生のアルバイトを含め、スポットワークが若年層を中心に広く普及していることがうかがえる。なお、上述のスポットワーク現在推計人口は、就業者数全体(約6,700万人)の約7%に当たるが、同調査によれば、過去1年以内にスポットワークを行った人のうち、スポットワークのみを行っていると答えた人は学生で38.3%、社会人で11.5%となっており(第2-3-21図(2))、多くは本業等を別に持っているなど、スポットワークのみで就業している層は限定的である。

(スポットワーク求人の8割近くは充足、求人が他のパートからシフトの可能性も)

次に、スポットワークアプリを運営している大手プラットフォーム企業である株式会社タイミー(以下「タイミー社」という。)より提供を受けたデータを基に、スポットワークの実態についてより詳細に分析する。2019年以降の同社のアプリを通じた求人数の推移をみると、2020年第1四半期43において10万人前後だった求人数は、2025年第1四半期には600万人を超えるまで急速に拡大している(第2-3-22図(1)①)。求人数について職種別にみると、「運搬の職業」、「接客・給仕の職業」、「商品販売の職業」が多く、これら三つの職種で全体の8割以上を占めている。こうした職種の分布は、求職者側でみても同様である(第2-3-22図(1)②)44。また、実際にアプリを通じて働いた延べ人数を求職数で除した比率についても(第2-3-22図(2))、2023年以降、いずれの職種においてもおおむね75%から80%程度で推移しており、求人が安定的に充足されていることが分かる。

こうしたスポットワークの求人が、従来のパート・アルバイトの求人に上乗せされているのか、又は従来のパート・アルバイトの求人から移行しているのかを類推するために、ハローワークにおける職種別のパート求人・求職との関係を確認する。2019年以降の職業別の「常用的パート」について、有効求人、有効求職の増減をみると(第2-3-23図)、職業計では、2019年から2024年にかけて有効求人数は16.1%減少している。スポットワークにおける主要職種に対応するハローワーク上の職種についてみると、「商品販売従事者」は43.9%の減少、「接客・給仕職業従事者」は24.9%の減少、「運搬従事者」は21.3%の減少となっており、職業計よりも減少幅が大きいことが分かる。有効求職者数でみても、職業計で同期間に7.4%の増加がみられたのに対し、「商品販売従事者」は8.8%の減少、「接客・給仕職業従事者」は17.1%の減少、「運搬従事者」は9.9%の増加となっており、全体の求職者数が増加する中で、「商品販売従事者」や「接客・給仕職業従事者」は減少している。上述のとおり、入職経路に占めるハローワークのシェアが低下していることから、これらの職種に係る有効求人等の減少は、必ずしもスポットワークアプリへの移行を意味するわけではないが、減少幅の大きさを踏まえれば、こうした移行が少なからず起きている可能性があると言えよう。

次に、スポットワークにおける平均賃金と従来のパート・アルバイトの賃金を比較すると、職種構成の違いや、募集賃金と実際に働いている人の賃金といった統計上の違い等もあり、スポットワークの賃金は低い傾向にある。第2-3-24図(1)は、「毎月勤労統計調査」におけるパートタイム労働者の所定内時給額と、民間職業紹介のパート・アルバイト求人の平均募集時給、スポットワークアプリにおける平均時給(募集案件の平均及び実際に就労した案件の平均)を比較したものである45。平均時給は、いずれの指標でみても緩やかな上昇トレンドにあるが、スポットワークにおける平均時給は、他の指標と比べて100円~300円ほど低く推移していることが分かる。「毎月勤労統計調査」のパート時給は、勤続期間が長い労働者も含む平均賃金であるため、昇給によって賃金が上昇している場合も相応に含まれていると考えられる46。一方、民間職業紹介の募集賃金と、スポットワークの募集賃金は、仕事内容が同じであれば同程度の賃金水準になると考えられる。ただし、先述のとおり、求人に占める職種のシェアが異なれば、構成変化要因により、平均募集賃金に差異が生まれる。この点、第2-3-22図で確認したとおり、スポットワーク求人の8割程度は商品販売、接客給仕等である一方、民間職業紹介では医療・福祉系や事務職等も一定のシェアがあるなどの違いがある。一般に、接客給仕等の時給は相対的に低く、構成変化要因がスポットワークにおける平均募集賃金を押し下げているとみられる。そこで、スポットワークと民間職業紹介との間で比較可能性が高い職種同士の賃金水準を比較すると(第2-3-24図(2))、例えば、スポットワークにおける「接客給仕」と、民間職業紹介の求人広告における「飲食フード」では、総じて前者の方が賃金水準が高い傾向がある。他方、スポットワークの「商品販売」の賃金は、民間職業紹介の「販売接客」のそれを下回るなど、職種によって賃金水準の大小関係にはばらつきがある。同じ職種であっても、一日単位の勤務のスポットワークと、一定の期間の勤務を前提とする一般的なパート・アルバイトでは、労働者に求めるスキルに違いがあることも考えられ47、またスポットワークは若年層の比率が高いともみられるため、同じ職種の募集賃金において、スポットワークの方が低かったとしても、必ずしも募集形態によって差が生じているというわけではないが、賃金差の動向には引き続き注視が必要と考えられる。

(総労働時間でみるとスポットワークは、パート全体の1%以上を占める)

最後に、スポットワークにおけるマンアワーベース(就業者数×労働時間)の労働投入量を確認し、労働供給全体に占めるインパクトを推し量ることとする。スポットワークのマンアワーは、この5年間で100倍以上と大きく増加している(第2-3-25図)。四半期単位のマンアワーとしては、タイミー社のみで2,400万時間を超えており、日本全体のパートタイム労働者のマンアワーの0.6%となる。ここで、プラットフォーム事業者大手5社におけるタイミー社の労働者シェアは、幅はあるが2割~5割程度と類推されることから48、スポットワーク労働者のマンアワーがパートタイム労働者全体のマンアワーに占める割合は、1%~3%程度と無視できない規模であると考えられる。

以上のように、労働市場においてもDXが進む中、スポットワークアプリを通じた短時間労働の雇用のマッチングは、利便性の高さや労使双方にとってのメリットもあり、労働市場において急速に成長している。上述したように、こうしたデジタル・ツールを通じた新たなサービスの広がりは、労働市場におけるミスマッチの緩和にも一定の貢献をすることが期待される。他方、仕事内容が求人情報と違った、業務に関して十分な指示や教育がなかった、といったトラブルが一定数報告されているという点も踏まえ、労働関係法令の遵守の徹底等、適切な労働者保護を行いつつ、こうした短期間の求人・求職双方のニーズの充足を後押しすることにより、人手不足による供給制約の緩和や、我が国の労働市場のダイナミズムの向上につなげていくことが重要と考えられる。


1 2025年1月には単月季節調整値ではあるが初めて7,000万人を超え、同年5月は同7,008万人となっている。
2 年齢・男女別の労働参加率の10年ごとの変化については、付図2-4を参照。
3 織本(2025)では、2010年代以降の若年層の労働参加について詳しく分析している。
4 このほか、外国人労働者の増加も労働参加率の押上げに一定程度影響しているとみられる。外国人労働者数は2008年の48.6万人から2024年には230.3万人(雇用者全体の4%弱)に増加し、15歳以上の外国人に占める就業者の割合も66%と全体平均の就業率(62%)よりもやや高い。外国人労働者数については、厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」を参照。外国人労働者の動向についての詳細は、内閣府(2024)を参照。
5 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)では、労働参加率について、足元10年程度にわたりシミュレーションを上回るペースで上昇してきたものの、非労働力人口における就業希望者が足元で減少するなど、上昇余地が限られてきている可能性があることを指摘している。
6 なお、1993年の労働基準法改正により、1994年4月から法定労働時間が原則週40時間と定められており、このことも、平均労働時間の短縮に寄与していると考えられる。
7 「毎月勤労統計調査」でフルタイム(一般)労働者の系列があるのは1993年以降。
8 週5日勤務に近い勤務体系であると考えられる「年間就業日数250日以上」の就業者に限定している。
9 内閣府(2023)
10 内閣府(2017)
11 「労働力調査」は、個人に対して、当該月の月末1週間における週間労働時間を調査し、これを基に平均月間就業時間に引き直している。2012年以前の調査では、平均月間就業時間の系列がないため、比較はできない。
12 神林(2010)等が指摘している。
13 これ以外に、「毎月勤労統計調査」は、企業が給与計算等に用いる記録に基づいているのに対し、「労働力調査」は個人の記憶・認識違い等の影響を完全に排除できていないのではないかという指摘があるほか(斎藤(2020))、「労働力調査」では、「月末1週間の就業時間」と「月間就業日数」の回答から計算していることに伴う誤差等もあり得る。
14 ただし、実際の労働投入に近い「マンアワーベース」(雇用者数×1人当たり労働時間)でみると、宿泊・飲食サービスや卸売・小売業等、パート・アルバイト労働者比率の高い産業を中心に、雇用者数ベースのシェアよりも低いシェアとなっている。実際、パート・アルバイト労働者比率の高い産業では、1人あたり労働時間も低い傾向がある(付図2-5を参照)。
15 第3章第1節における議論も参照。
16 2000年に介護保険制度が創設されたことから、介護サービス事業者の参入が増加した点も雇用者の増加に影響している。
17 また、派遣会社と雇用契約を結び、様々な産業に派遣されて働いている、いわゆる「派遣労働者」は、国民経済計算(SNA)上は「派遣元」の労働者派遣業が含まれる「専門・科学技術、業務支援サービス業」として扱われているものとみられ、1990年代以降の派遣対象業務拡大等による派遣労働者の増加も、当該産業の雇用者数上のシェアが拡大している一因となっていると考えられる。
18 厚生労働省(2013)では、労働政策研究・研修機構「構造変化の中での企業経営と人材のあり方に関する調査」(2013年実施)を用いて、大企業ほど配置転換を実施する企業が多かったことを示している。
19 厳密には、UV分析で用いられる失業率は、総務省「労働力調査」に掲載されている完全失業率(完全失業者/労働力人口)とは異なり、「雇用失業率」と呼ばれる、完全失業者/(完全失業者+雇用者)で計算されるものである。労働力人口=完全失業者+就業者であることから、雇用失業率は完全失業者が全て雇用者の失業によって生じたものと仮定して失業率を計算していることに相当する。
20 ここでの構造失業率には、摩擦的失業(労働者が別の仕事を探す際に一時的に失業している状態)を含む。
21 ただし、「転職実態調査」は2006年・2015年・2020年にしか行われていないため、データがない年は、「雇用動向調査」における入職経路に占めるハローワークの割合の変化率により補間・延伸を行っている。ハローワークに出した求人のうち、実際にハローワークで採用が決まる割合が一定と仮定すれば、ハローワークを利用した割合(複数回答)と入職経路に占めるハローワークの比率はおおむね連動すると考えられる。こうした推計結果として、求人全体に占めるハローワーク分の比率は直近では5割未満、求職全体に占める同比率も4分の1程度に低下しているとみられる(補完方法も含め、詳細は付図2-6を参照)。
22 なお、欠員率の統計として参照されることが多い「労働経済動向調査」をみると、2020年代においても、「職業安定業務統計」に基づく値と大きく変わらず、3%台半ば程度となっている。「労働経済動向調査」の欠員率は、ハローワーク利用率の低下といった構造的な問題の影響を受けにくいと考えられる。一方、「労働経済動向調査」の欠員率で定義される「未充足求人」は、「事業所において、仕事があるにもかかわらず、その仕事に従事する人がいない(欠員)状態を補充するために行っている求人をいい、求人の方法は問わない。」と定義されており、例えば事業を拡大したいが人が足りない、といった場合の未充足求人は欠員率に計上されていないと考えられることから、欠員の範囲が狭くとらえられている可能性がある。この点は、「雇用動向調査」における未充足求人の定義についても同様。
23 鶴(2019)は、日本型(の)雇用システムの特徴として、長期雇用、後払い賃金、遅い昇進の三つを挙げている。また、勇上(2020)は、日本型雇用システムが備える慣行として、長期雇用、年功賃金、企業別労使関係の三つを挙げている。リクルートワークス研究所(2024)は、企業主導の人事異動やOJTによる育成等も日本型雇用の特徴として挙げている。
24 内閣府(2019)における整理に基づく。
25 鶴(2019)は、比較制度分析の観点から、労働者、企業(使用者)の双方がそれぞれ最適な戦略をとった結果として長期均衡が選好されると論じている。
26 「良いことだと思う」「どちらかと言えば良いことだと思う」と答えた人の合計。
27 2001年までは、「労働力調査特別調査」として毎年2月時点で行われていたのに対し、2002年以降は「労働力調査(詳細集計)」として年平均の調査結果となっている。また、2013年以降の「労働力調査(詳細集計)」においては、選択肢が、従前の「転職希望の人」から、「転職等希望者」(現在の仕事を辞めてほかの仕事に変わりたいと希望している者及び現在の仕事のほかに別の仕事もしたいと希望している者)に変更されている(2012年までは、別の仕事もしたいと希望している者は「別の仕事もしたい人」という選択肢があった。)。
28 ここでは、一つの企業で勤め続けることを前提としている正規雇用者にサンプルを絞っている。
29 他に賃金水準も重要な要素であると考えられるが、調査では聴取されていない。
30 「いずれ転職をしたい」という選択肢もある中であえて「現在転職をしたいと思っているが、転職活動はしていない」と答える人は、何らかの制約がなければ転職活動を始める程度には、転職意向が強いと考えられる。
31 このほか、所得(現在の年収)の係数については、マイナス(100万円の年収増に対する限界効果▲0.6%)となっている。現在の年収が高い労働者ほど、転職により更に高い年収の仕事を見つける可能性が低下することや、転職活動による機会費用が高いこと等が原因と考えられる。
32 内閣府(2023)。そこでは、転職活動ではなく転職の有無を被説明変数としたロジットモデルを用いて、転職経験があることが転職確率を高めることを示している。
33 宮澤(2010)は、退職金・企業年金について、労働者の生産性計測の困難さ等の情報の非対称性に起因する問題に対処し、経済厚生を改善する可能性があるとしている一方、労働者の所得リスク(企業の倒産や業績悪化に際し、退職金が支払われなくなったり減額されたりする可能性がある)や流動性制約を悪化させる可能性があることも指摘している。
34 割引現在価値はここでは考慮していない。
35 基礎データである「令和5年退職金、年金及び定年制事情調査」では、退職金額にくわえてそれが何か月分かを聴取しており、各年齢(勤続年数)における月収(年収)を「退職金額÷月分」で計算している。なお、同調査では、勤続年数5年から35年までの5年刻みと、3年、38年の計数しか存在しないため、それ以外の年数については線形補間している。
36 退職金の平均額に、転職先の賃金水準(平均からの増加率)を乗じて計算。
37 月収額と同様、5年刻みの退職金額を線形補間して計算。
38 厳密には、退職金が全て後払い賃金の性格をもつものだと考えた場合、制度の変更によって退職金の総額が増えることはないから、退職金額自体が、制度変更前の会社都合の場合の退職金額よりも減少すると考えられ、制度変更に伴う生涯賃金への影響は、ここで示したものに比べて小さくなる可能性があることには留意する必要。
39 短期間・単発の仕事であり、雇用契約を結ばないものとして、いわゆる「ギグワーク」があり、同協会によれば広義にはスポットワークに含まれるとされるが、本報告では狭義のスポットワークとして、雇用契約が結ばれるものについて扱う。
40 株式会社パーソル総合研究所「スキマバイト/スポットワークに関する定量調査」によると、スポットワーカーをマネジメントした店長・管理者の7割弱がスポットワーク人材を長期雇用化したことがあると答えている。また、スポットワークを活用するメリットとして「正社員やレギュラーバイトにスカウトできる」と答えた人は34%となっている。
41 なお、当該登録者数は延べ登録者数のため、例えば五つのアプリ全てに登録している人は5人として扱われる点には留意が必要である。また、アプリに登録だけして、実際には使っていない人も一定程度いる可能性が高い点にも留意が必要である。
42 パーソル調査では「スキマバイト」という用語が主に用いられているが、本報告では、特別な理由がない限り、「スポットワーク」という用語を用いることとする。
43 タイミー社のデータは、第1四半期が前年11月~1月となっており、以下第2四半期が2月~4月、第3四半期が5~7月、第4四半期が8~10月となっている。
44 パーソル調査によると、学生と社会人ではスポットワークで従事する仕事内容の傾向に違いがあり、接客や販売職は学生の方が多く、配送・運輸職は社会人の方が多いとされている。タイミー社のデータでは求職者の属性を分析することはできないが、同様の傾向がある可能性が高い。
45 スポットワークのデータにおける四半期区分に合わせて、「毎月勤労統計調査」の月次データ及び民間職業紹介の募集賃金の週次データを集計している。
46 「賃金構造基本統計調査」をみると、パートタイムであっても勤続年数が長くなると賃金が上昇する傾向がみられる。
47 前述のパーソル調査では、マネジメント層が認識するスポットワーク活用のデメリットとして、19.8%が、スポットワーク人材が行える業務範囲が限定的であることを挙げている(複数回答・全体の3位)。
48 タイミー社の登録者とスポットワーク協会が公表する延べ登録者のデータから推計すると、タイミー社のシェアは30~50%となるが、複数アプリに登録している人が多いことに留意が必要であることから、スポットワーク協会が「大手5社」と表現していることやタイミー社が「最大手」と表現されること等も踏まえ、20%をシェアの下限として想定している。
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