第3章 変化するグローバル経済と我が国企業部門の課題

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経済のグローバル化は、歴史を遡ると、輸送技術の発展とともに国際貿易と資本・労働力の移動が盛んになった19世紀半ばに本格化した。第一次世界大戦後の世界大恐慌時には、1930年に成立した米国のスムート・ホーリー関税法とそれに対する各国の報復措置1といった保護主義の激化によって、世界経済のブロック化が進み、経済のグローバル化は一時後退した。こうした保護主義的貿易政策が第二次世界大戦の一因となったという反省から、1948年に関税及び貿易に関する一般協定(GATT)体制が発足し、自由貿易の推進が進められてきた。その後、GATT下におけるウルグアイ・ラウンドや世界貿易機関(WTO)下におけるドーハ・ラウンドといった多角的貿易自由化の努力がなされるとともに、多国間交渉では進展が難しい課題に対しては、我が国を含む世界各国は、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)といった二国間・地域間における取組を通じて、自由貿易を推進してきた。

その一方で、近年、権威主義的な国家の台頭や自国第一主義の動きによって、国際協調が形骸化し、保護主義を始めとする国際的な分断が進行するおそれが懸念されている。2025年1月に発足した米国の第二次トランプ政権による広範な関税措置についても、その帰すうによっては、これまで国際社会が培ってきた自由で開かれた貿易・投資体制を揺るがし得るものである。仮に、世界経済が再びブロック化するようなことがあれば、自由貿易により享受してきたメリットを失いかねないだけでなく、サプライチェーンの再構築による追加的なコスト負担や、企業が積み重ねてきた対外直接投資から得られる収益を逸失するという損失が生じる可能性も考えられる。

こうした認識の下、本章では、第1節において、過去30年程度における我が国の経常収支の長期的な変遷とその背景を概観するとともに、グローバルバリューチェーンと我が国経済との関わりについての詳細な分析を行い、米国の関税措置による各産業への潜在的影響を確認しつつ、EPA等による自由貿易推進の重要性を議論する。第2節においては、同じく過去30年程度における我が国の企業行動の変化として、デフレ経済の長期化と共に、人への投資や設備投資を含むコストカット志向が進んだ点を振り返った上で、積極的な海外展開により利益を享受できた大企業、保守的な経営により現預金を蓄積することになった中小企業それぞれにおいて、豊富な資金を国内投資や、賃金の引上げに結び付けるための課題について議論する。


1 スムート・ホーリー関税法成立(1930年)により、国内産業、特に農業や軽工業を保護するため、米国の平均的な関税率は、1932年にかけて、1929年対比で19%ポイント引き上げられた。また、同法の施行に前後し、他国も自国の産業振興を目的に関税率を引き上げた(内閣府(2009)、井上(2018))。
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