第3章 変化するグローバル経済と我が国企業部門の課題(第1節)
第1節 我が国のグローバル経済との関わりにおける変化と課題
1.経常収支からみる日本経済の構造
(貿易収支の黒字は大きく縮小し、第一次所得収支が経常収支黒字を支える)
まず、「国際収支統計」を基に、我が国の経常収支の長期的推移について振り返る。経常収支は、財の輸出入の収支を記録する貿易収支、旅行や輸送、知的財産権の使用料のほか、各種デジタル関連を含むサービスの受払を示すサービス収支、直接投資や証券投資、貸出・借入に係る利子や配当などの財産所得等の受払を示す第一次所得収支、無償資金協力や個人送金等の経常移転の受払を表す第二次所得収支から成る。現行の基準で遡及可能な1996年以降の経常収支をみると、我が国は、長期的に一貫して経常収支黒字であり、その黒字幅は近年拡大傾向にあるが、過去と比べてその構造は大きく変容している(第3-1-1図)。
具体的には、2000年代までは、貿易収支は、財の輸出が輸入を上回る黒字であり、これが経常収支全体の黒字につながっていたが、我が国企業の生産拠点の海外移転が進む中で、貿易収支黒字は徐々に縮小し、2010年代以降は、原油等の輸入資源価格の動向等によっては赤字化する年もみられるなど、ならしてみれば貿易収支はおおむね均衡している。また、サービス収支は、長期的に支払超(赤字)が継続しており、後述するように、インバウンド(旅行の受取=輸出)等は黒字要因であるものの、海外企業に相対的な強みのあるデジタル関連サービス等は支払超幅が拡大している。これに対し、我が国企業の海外への直接投資が拡大した結果、配当などの直接投資収益をはじめとして、第一次所得収支の黒字は拡大し続けており、経常収支の黒字を支えている。
第3-1-2図では、我が国の経常収支の姿をいくつかの主要先進国と比較している。例えば、ドイツについては、経常収支の黒字が長期的に続いている点やサービス収支が赤字傾向である点などは我が国と共通しているが、ドイツでは、貿易収支の黒字によって経常収支の黒字が支えられている点が大きく異なる。ドイツと比べて、我が国は生産拠点の海外移転がより進展した結果、貿易収支ではなく、第一次所得収支により経常収支の黒字が生み出される構造となっていることが確認される。また、米国については、サービス収支及び第一次所得収支が黒字となっている一方、貿易収支の赤字が大きく、経常収支としては赤字が続いている。英国については、米国と比べてもサービス収支の黒字幅は大きいものの、貿易収支の赤字がそれを大きく上回っており、経常収支としては赤字となっている。
以下では、経常収支を構成する貿易収支とサービス収支、第一次所得収支の動向に係る背景について、より詳細に確認していく。
(貿易収支は、鉱物性燃料など資源価格の上昇局面で赤字化しやすい構造になっている)
まず、貿易収支について、財別に長期的な推移をみると2、一般機械や輸送用機器といった機械類による黒字が安定的に続いている一方で、同じ機械類の中でも、電気機器は、2000年代までは貿易収支の黒字要因であったが、近年はその寄与がほぼなくなっており、国際的な競争力が失われていることが分かる(第3-1-3図(1))。この点については後に詳述する。これに対し、機械類以外についてみると、鉱物性燃料や食料品は輸入への依存度が高く、一貫して赤字要因となっている。鉱物性燃料の輸入金額との連動性が高い原油価格の動向をみると、振れはありながらも、2000年代後半以降はそれ以前に比べ、中国等の新興国における石油需要の急増を背景に価格が上昇している3(第3-1-3図(2))。このように、我が国の貿易収支は、輸入に依存する資源などの国際商品価格の変動によって左右される状況が続いている。また、輸出入価格の差によって生じる所得移転を表す交易利得をみると、我が国の交易利得は、鉱物性燃料の輸入価格(契約通貨ベース)が上昇するとマイナス幅が拡大(交易損失が拡大)するという関係にある(第3-1-3図(3))。こうした交易利得のマイナス幅拡大は、海外への所得移転の増加を意味しており、賃金や利潤といった実質国内総所得(GDI)を下押しする要因となる。一方、鉱物性燃料の輸入数量に着目すると、エネルギー効率の改善や、鉱物性燃料から再生可能エネルギーなどの他のエネルギーへの代替(電源構成の変化)に伴い、長期的に減少傾向で推移している(第3-1-3図(4)、(5))。
我が国のエネルギー自給率は2023年時点で15.3%であり、その供給の大部分を輸入に頼っている中、近年、ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の不安定化など、エネルギーの安定供給に影響を及ぼす事象が各地で発生しており、資源価格の高騰につながってきた。こうした不確実性の高い状況にあっても、安定的にエネルギーを確保し続けるためには、省エネや非化石エネルギーへの転換の推進といった需要面の取組に加え、再生可能エネルギーや原子力など、エネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を最大限活用することにより、エネルギー自給率を向上させる取組が重要である4。
貿易収支を相手国・地域別にみると、対米国と中国・東南アジア諸国(ASEAN)を除く対その他アジアは、輸送用機器や一般機械、電気機器を中心に、一貫して貿易収支が黒字の状態にある(第3-1-4図)。一方、対中国では2010年代以降、電気機器を中心に赤字が拡大しているほか、産油地域の対中東では一貫して貿易赤字であり、赤字幅は2000年代前半と比べると一段と拡大した状態にある。また、対欧州については、機械類の黒字幅が縮小したことに加え、食料品や鉱物性燃料のほか、医薬品等の化学製品の赤字が拡大したことにより、2000年代まで貿易収支黒字であったものが2010年代以降は赤字に転化している。対ASEANでも、貿易収支はおおむね均衡していたが、近年は、鉱物性燃料のほか、食料品の赤字幅拡大もあって、貿易収支が赤字となる構図が定着している。
こうした我が国の貿易収支の姿を他の先進国と比較すると、ドイツは、我が国と同様にエネルギーを輸入に依存しており、鉱物性燃料が赤字となっているが、GDP比でみると、再生可能エネルギーの活用が我が国よりも進んでいることなど5から、赤字幅は我が国よりも小さい(第3-1-5図)。また、ドイツでは、高い競争力を有している輸送用機器等の機械類のほか、医薬品等の化学製品も貿易収支の黒字要因となっている。米国については、近年は、シェールガスやシェールオイルの生産急増6によって鉱物性燃料が若干の黒字に転化したことを除けば、財については機械類をはじめとして、ほぼ全ての品目において、赤字の構造となっている。ただし、赤字幅は、GDP比でみれば緩やかに縮小している。また、英国については、2000年代末頃に化学製品で僅かに黒字となっていたことを除けば、財は全ての品目で赤字の構造となっている。
(輸送機械や一般機械で比較優位を維持しつつも、電気機械で競争力が低下)
こうした貿易収支の動向の背景として、我が国の輸出財の対外的な競争力の現状を確認する。まず、世界の財輸出全体に占める主要国のシェアの推移をみると、我が国は、1980年代後半から1990年代前半にかけては、10%前後の水準にあり、米国やドイツとおおむね同様の水準にあったが、1990年代後半以降は低下を続け、足元では3%半ばと、韓国と同程度の水準となっている(第3-1-6図)。これに対し、中国のシェアは、経済発展と共に上昇し、2001年のWTO加盟を経て、上昇ペースが高まった結果、直近では14%弱となっている。こうした中、米国とドイツにおいてもシェアは低下傾向にあるが、両国とも2000年代半ば以降はおおむね横ばい傾向で推移しており、足元では7~8%台となっている。このように、中国を始めとする新興国の経済発展が続く中、他の先進諸国の輸出財と比較して、我が国の輸出財から新興国の輸出財への代替が進んでいる可能性がある7。
次に、財別に輸出競争力を明らかにするため、顕示対称比較優位(RSCA:Revealed Symmetric Comparative Advantage)指数8の動向を確認する。RSCA指数は、国際間の比較優位を測る代表的な指標の一つであり、-1から1の間の値を取る。RSCA指数が0を超えていれば、当該国における当該産業は、同国の他の産業に対して比較優位を持つと解釈できる一方、0を下回れば比較劣位にあることを示す。第3-1-7図は、輸送機械、一般機械、電気機械といった機械類と化学製品について、中間財と最終財に分けて、1980年以降における日本、米国、中国、ドイツ、韓国のRSCA指数の推移を示したものであり、第3-1-8図は、その中でも主だった個別品目を取り出したものである。これをみると、機械類については、電気機械の最終財を除けば、日本は一貫して比較優位を保ち続けており、貿易収支における機械類の貿易収支黒字につながっていると言える。
例えば、輸送機械においては、中間財(自動車部品)・最終財(完成車)共に、ドイツと同様に比較優位の状態にある。一般機械についても同様であり、最終財については、半導体等製造装置や建設・鉱山機械、金属加工機械の競争力の高さが寄与しているとみられる。また、電気機械の中間財(自動車用電子機器、半導体等電子部品等)9についても、相対的に比較優位の状況にある。一方、電気機械の最終財(家電や情報通信機器、電気計測機器等)については、中国・韓国では当該財の比較優位が高まる中、足元では我が国のRSCA指数はゼロ近傍の水準となっている。他の機械類においても、中国のRSCA指数は急速に上昇しており、中国において機械類製造業の競争力が高まる中、我が国における電気機械の最終製品製造業は比較優位を失っていることが分かる。また、化学製品については、中間財(元素・化合物)ではRSCA指数はプラスである一方、最終財(化粧品、医薬品等)では上昇傾向にはあるものの、RSCA指数でみると比較劣位の状態にある。
このように、製造業の中でも、分野によって競争力は大きく異なり、我が国は、輸送機械や一般機械において比較優位を維持しつつも、電気機械の競争力が低下した結果、鉱物性燃料や食料品の輸入超が続く中で、貿易収支の構造がかつての黒字から収支がおおむね均衡する構造に変化してきたことが確認できる。東南アジア諸国やインドといった新興国の経済発展が進むにつれて、中長期的には、中国や韓国、台湾などの東アジア諸国だけでなく、これらの国々においても製造業の競争力が高まっていくことが見込まれる。こうした中、我が国においては、輸送機械や一般機械を含む分野では付加価値を高めることにより競争力を維持しつつ、潜在的に強みのある分野において競争力を磨いていくことが重要である。くわえて、経済安全保障の観点から、半導体等の重要分野の国内生産を強化し、海外からの輸入に過度に依存しない体制を整備していく必要があろう。
コラム3-1 財輸出入に係る国際収支統計と貿易統計の関係、再輸出品の動向
財の輸出入を示す統計には、「国際収支統計」と「貿易統計」が存在するが、ここでは、両者の概念上・データ上の違いを確認する。一般論として、両統計データの大きな違いとしては、「貿易統計」が、通関された財の輸出入を記録するものである一方、「国際収支統計」は、通関したか否かにかかわらず財の所有権が移転した場合に輸出入を記録する。よって、通関した財でも所有権の移転を伴わないものは、「貿易統計」には含まれるが「国際収支統計」には含まれず、通関しない財でも所有権の移転が行われれば、「貿易統計」に記録されなくても「国際収支統計」には記録される。このほか、輸入については、「国際収支統計」では、輸出国における船積み価格(FOB価格)で記録されるのに対し、「貿易統計」では、仕向地である輸入国までの保険料・運賃を含む価格(CIF価格)で評価されるという違いがある(輸出については、両統計ともFOB価格で評価される)。
そこで、輸出、輸入それぞれについて、過去10年程度における両統計の金額の差異を確認していく。まず、輸出については、「国際収支統計」において、財輸出計と一般商品の財輸出に差があるが、これは、前者には、商社等の国内居住者が通関を経ない形で非居住者から財を購入し、同じ財を別の非居住者に転売する売買差額が「仲介貿易」として記録されるほか、通貨当局が外貨準備として保有する金以外の金地金等の取引である「非貨幣用金」の輸出が含まれるためである。その上で、「貿易統計」の財輸出と「国際収支統計」の一般商品輸出を比較すると、前者が後者を上回り、そのかい離が長期的に拡大傾向にあることが分かる(コラム3-1-1図(1))。一般商品輸出額から貿易統計の輸出額を差し引いたかい離は、2014年以降でみると、マイナス値をとっており、近年その幅が拡大している。要因別にみると、大きくは、①通関されないものの所有権移転は行われる財貨の輸出(「所有権移転」)がかい離の縮小要因として寄与し続けている10一方、②貿易統計の輸出額から控除される「再輸出品」や③貿易統計の輸出額から控除される「その他控除」がかい離の拡大要因となっている(コラム3-1-1図(2))。このうち、③の額は上記の「非貨幣用金」の輸出額と水準・動きともに近似しており11、「非貨幣用金」を別途計上する観点から、通関された実物取引の金を「貿易統計」から控除していることによると考えられる12。よって、③を除いてみると、両統計のかい離が年々拡大している要因は、再輸出品の増加が大きいこととなる。
輸入についても同様に、「国際収支統計」と「貿易統計」を比較すると、仲介貿易は輸出のみに計上されることもあって、「国際収支統計」の財輸入計と一般商品輸入はほぼ同じである(コラム3-1-1図(3))。一般商品輸入額と貿易統計の輸入額とのかい離をみると、後者が前者を上回っており、そのかい離幅は長期的には幾分拡大しているが、近年は横ばいで推移している。かい離を要因別にみると、①通関はしないが、所有権の移転が行われる財(「所有権移転」)13がかい離の(マイナス幅の)縮小要因である一方、②「再輸出品」14、③貿易統計からの「その他控除」がかい離の拡大要因となっている(コラム3-1-1図(4))。③は主に、上述したCIF価格からFOB価格への転換、つまり運賃・保険料分と考えられ、実際、貿易統計輸入額に対する比率は4%程度で長期的に安定している。
この中で特徴的な動きを示し、両統計のかい離に大きく影響しているものが再輸出品15である。再輸出品は、外国を原産とする財貨の輸出であり、一旦輸入した財について、契約の取消等により返戻貨物として輸出する場合のほか、ある国Aから、経由国C(この場合、日本)に一度輸入された外国原産の財貨が、国内で付加価値を加えられることなく第三国Bに輸出されるケースも含まれる(コラム3-1-2図(1))。また、再輸出品は、金額としてだけでなく、貿易統計の輸出に占める比率としても、2014年の5.2%から2024年には8.3%に高まっている。これは契約の取消等による再輸出というよりは、他の要因が影響していると推測される(コラム3-1-2図(2))。
このように返戻貨物以外の形で再輸出品が輸出される背景について、Jones, et al.(2020)では、一般論として、①財貨の売り手(A国)と買い手(B国)の間の情報ギャップを埋めるために、経由国(C国)の仲介業者の情報網が活用されるケース、②国際輸送ハブとして経由国(C国)の物流システムが利用されるケース、③売り手(A国)が買い手(B国)における関税や輸入割当を回避するために経由国(C国)を迂回経路として利用するケース等が挙げられている。同研究では、近年は、グローバルバリューチェーン(GVC)が発展する中で、生産工程の効率化・安定化のために、中間財のタイムリーな輸出入が必要であり、GVCのハブとして再輸出がより活用されるようになっていると指摘されている。また、米国の関税措置によって、国ごとに大きく異なる関税率が適用されることになれば、より高い関税率を課された国から、より関税率の低い国を通じた、米国への迂回輸出が増加する可能性があり、再輸出品の動向については、今後注視していく必要がある。
(サービス収支は、デジタル関連支払の増加などから赤字が拡大)
次に、サービス収支の動向を確認する。まず、2024年におけるサービスの受取(輸出)と支払(輸入)の構成をみると(第3-1-9図(1))、輸出については、インバウンドを含む旅行が24%、特許権等の産業財産権等使用料が20%と多くを占めている。これに対し、輸入は、法務・会計サービスのほかインターネット広告費を含む専門・経営コンサルティングサービス、クラウドサービス利用料を含む通信・コンピュータ・情報サービス、スマートフォン等に搭載されたオペレーティングシステム(OS)の使用料や、動画配信の使用料を含む著作権等使用料といったいわゆるデジタル関連サービスが3割弱を占めている。
その上で、1996年以降の長期的な推移をみると、サービス収支は一貫して赤字となっているが、2010年代は、インバウンドの拡大による旅行収支の黒字転化と産業財産権等使用料の増加に伴って、赤字幅は縮小傾向にあった(第3-1-9図(2))。2020年からのコロナ禍では、インバウンド・アウトバウンド共にほぼ皆無となったことによって旅行収支がゼロ近傍となり、サービス収支の赤字幅が拡大した。その後、コロナ禍後の2024年にかけては、インバウンドの回復・増加により旅行収支の黒字幅は過去最大となる一方、保険・年金サービスのほか、デジタル関連(著作権等使用料、通信・コンピュータ・情報サービス、専門・経営コンサルティングサービス)の赤字幅が大きく拡大し、サービス収支全体の赤字が継続する形となっている。
サービス収支の黒字要因のうち、産業財産権等使用料の輸出(受取)に関して、総務省「科学技術研究調査」の技術輸出対価受取額16をみると、産業別には6割弱が輸送用機械器具製造業、2割弱が医薬品製造業の受取であり、全体の4分の3程度が海外子会社からの受取となっている(第3-1-10図)。産業財産権等使用料の受取拡大は、我が国製造業の対外直接投資、特にアジアや北米地域における投資の拡大17に伴って、海外子会社からの特許等のライセンス収入が増加したことによるものであると言える。
一方、赤字要因のうち、保険・年金サービスについては、世界的に自然災害が頻発する中、損害保険の再保険料率が急伸しているほか、国内で投資性の強い保険商品の契約が増えていることに伴い、国内保険会社がリスクを抑制するために海外の再保険引受会社と結ぶ再保険契約が増加していることが影響している。デジタル関連サービスの赤字拡大については、検索連動型広告など海外大手企業のプラットフォームを通じたインターネット広告費の支払が長期的な傾向として増加していることに加え、コロナ禍を経て経済社会活動のデジタル化が進む中で、国内の企業におけるクラウドサービスの利用やオンライン会議の導入、家計における動画配信等のコンテンツ視聴が急速に拡大したことが背景にある18。また、研究開発サービスについても恒常的に赤字であり、近年、支払超幅が緩やかに拡大する状況にある19。
我が国のサービス収支を相手国・地域別にみると20、コロナ禍の影響を受けた2020年から2022年にかけての期間を除けば、対中国や対その他アジア(中国及び東南アジアを除く。)では、旅行や知的財産権等使用料を中心に、黒字幅が拡大している一方、対米国や対東南アジア、対欧州、対中南米では、通信・コンピュータ・情報サービスやその他業務サービス、保険・年金サービスを中心に赤字幅が拡大している(第3-1-11図)。米国については、デジタル関係を含むその他業務サービスや通信・コンピュータ・情報サービスを中心に、中南米については、保険・年金サービスの赤字幅が急速に拡大している。対中南米における保険・年金サービスの赤字幅拡大については、再保険会社の中には、バミューダ諸島など、いわゆる租税回避地に本社を置いているケースがある21ことを反映しているものと考えられる。
サービス収支の動向を他の先進国と比較すると、ドイツはサービス収支が赤字であることは日本と共通であるが、その内訳は日本とは異なる。具体的には、通信・コンピュータ・情報サービスや専門・経営コンサルティングサービスの収支が赤字、産業財産権等使用料の収支が黒字である点は日本と共通しているが、ドイツでは旅行収支の赤字が最も大きく寄与しているほか、著作権等使用料や保険・年金サービスの収支は黒字となっている点が異なっている(第3-1-12図)。同じデジタル関連分野の中でも、ドイツは相対的な強みのある分野を有していることが示唆される。米国については、財の貿易収支とは対称的に、デジタル関連や金融など、多くの分野で収支が黒字となっており、デジタル関連についてはGAFAM22等の巨大プラットフォーム企業の存在が競争力の源泉になっている。英国については、旅行は赤字となっているものの、金融サービスや専門・経営コンサルティングサービスを中心に、サービス収支は米国を上回る黒字幅となっている。英国の金融機関やコンサルティング会社は世界各地で事業を展開しており、こうした企業の活動が大幅なサービス収支の黒字につながっていると考えられる。
(我が国は、デジタル関連サービス分野ではおおむね比較劣位の状況が続く)
財と同様に、サービスについても、我が国の対外的な競争力の現状について確認するため、世界のサービス輸出全体に占める我が国のシェアと、サービス分野ごとのRSCA指数を計測する。まず、世界のサービス輸出全体に占める我が国のシェアの推移をみると、3~4%程度で他の主要国よりも低水準で推移している(第3-1-13図(1))。これは、米ドル換算のGDPで見た経済規模の違いを映じている部分もあるが、例えば、経済規模が同等のドイツよりも低位であり、また英国やアイルランド、シンガポールといった経済規模が相対的に小さい国々と同程度ないし低い水準となっている23。輸出全体に占めるサービス輸出のシェアという観点でみると、我が国のサービス比率は徐々に高まり、2024年には25%程度となっているが、英国では約60%、米国では約35%となっており、サービスに強みを持っている他国と比較すると、輸出のサービス化には遅れがみられる状況にある(第3-1-13図(2))。
次に、サービスの各分野について、財貿易と同様にRSCA指数の推移を確認する(第3-1-14図)。日本は、知的財産権等使用料では、先述のように、海外現地子会社からの特許等の産業財産権等使用料の還流が大きいことから、比較優位の状態が続いているほか24、旅行は、かつては比較劣位にあった状態から、コロナ禍中の大きな変動を経て、直近ではゼロ近傍までRSCA指数が上昇している。一方、金融・保険や通信・コンピュータ・情報サービス25、その他業務サービス(専門・経営コンサルティングを含む)では、日本は比較劣位の状態にある。このように、我が国のサービス貿易の競争力をみると、観光立国を掲げ、インバウンドの拡大に取り組んできた結果、旅行分野において比較劣位を解消するまでに成長したほか、製造業企業の海外展開が進んだ結果、子会社等からの特許使用料の収入が知的財産権等使用料の競争力の源泉になっているが、コロナ禍を経て、動画配信やオンライン会議、クラウドサービスなど世界的に急速に成長するデジタル分野では、我が国企業よりも相対的に強みのある海外企業がサービス輸出を拡大させてきており、結果として日本の同分野は比較劣位となっている。
デジタル関連3分野の輸出入の状況を改めて確認すると、巨大プラットフォーム企業の市場シェアが高いインターネット広告分野が含まれる「専門・経営コンサルティングサービス」では、輸入の力強い増加に比して、輸出の増加は緩やかなものの、オンラインゲームの収入が含まれる「通信・コンピュータ・情報サービス」や、アニメや漫画等のキャラクター等のライセンス料が含まれる「著作権等使用料」では、輸入ほどではないが、輸出面でも一定の拡大がみられる(第3-1-15図)。内閣府(2024)でも指摘したように、デジタル分野等のサービス赤字は、比較優位に基づく国際分業の観点からは必ずしも問題ではなく、海外企業に優位性のある分野では、そのサービスを輸入・活用することにより、企業のデジタル化の促進や、多様なサービスの享受による家計の満足度向上につなげるという観点も重要である。上記のコンテンツ関連を中心に、潜在的な強みを有する分野で稼ぐ力を強化する取組を進め、結果として、デジタル関連サービス分野の成長につなげていくという視点が重要であろう。
(第一次所得収支は、急速に拡大する直接投資収益によって押上げ)
最後に、第一次所得収支について確認する26。2010年代前半までは、中長期債への投資から得られる利子所得を中心とした証券投資収益が第一次所得収支の黒字の大宗を占めていたが、2010年代中頃以降は、配当金・配分済支店収益や再投資収益などの直接投資収益の割合が拡大し、直近では、第一次所得収支黒字の半分以上を直接投資収益が占めている(第3-1-16図)。こうした収支動向の背景としては、内閣府(2019)や財務省(2024)で指摘されているように、海外における日本企業の生産拠点・事業拠点の拡大や海外での開発事業の増加により、海外市場で日本企業が得た収益が、直接投資収益として計上されるようになっている一方で、拡大しつつあるものの、海外企業による日本への対内直接投資は依然として限定的であり、海外への直接投資収益支払の伸びが小さいことが挙げられる。第一次所得収支は、日本の居住者である企業や家計(GDP統計上の「国民」)の所得を形成し、国民総所得(GNI)の拡大につながる一方、直接投資収益黒字の半分程度は再投資収益、すなわち海外現地法人等の留保利益であり、海外事業の拡大に充てられているため、直接的に国内に還流されているものではない。日本企業が、国内ではなく海外での投資を増やしてきた要因の一つとしては、国内投資よりも海外投資の方が期待収益が高いと認識されてきたことが挙げられ、規制改革を始めとする事業環境の改善などを通じて国内市場の魅力を高め、日本企業の資金が、より国内投資に回るような環境作りが重要である。
相手国・地域別にみても、第一次所得収支は、いずれの国・地域に対しても黒字であり、ここ数年は、対米国と対東南アジア、対欧州、対中南米の拡大幅が大きい(第3-1-17図)。対アジア及び対欧州については、第一次所得収支黒字拡大の要因は、直接投資収益である。特に対アジアでは、第一次所得収支黒字のほぼ全てが直接投資収益によるものであり、日本企業が積極的な投資を行ってきたことの証左であると言える。一方、対米国と対中南米については、ここ数年は、直接投資収益よりも証券投資収益やその他投資収益の伸びの方が大きい。この背景には、日本では低金利環境が長期にわたって継続した一方で、米国等では物価上昇への対応から政策金利が引き上げられ、これに伴って長期金利が上昇したことや、為替レートが対米ドルで円安方向に推移したことなどが影響していると考えられる。
日本とドイツ・米国・英国とを比較すると、いずれの国も国際的に展開する多国籍企業の存在もあり、直接投資収益が第一次所得収支の押上げに寄与している形は日本と同様だが、その押上げ幅は日本ほどではなく、他国と比べて如何に日本の直接投資収益の増加が著しいかがみてとれる(第3-1-18図)。また、米国は中長期債を始めとする証券投資収益が赤字となっており、これは米国経済のファンダメンタルズの強さや基軸通貨たる米ドルに対する信認から、各国において、外貨準備を含め、米国国債等に対する投資が高水準で推移してきたことによると考えられる27。
(投資収益拡大の要因には、高い収益率を背景とした対外資産増加がある)
先に確認したように、我が国の第一次所得収支が拡大している背景には、これまで我が国企業が積極的に海外に投資を行ってきたことが挙げられる。そこで、我が国企業がこれまで実行してきた海外投資の積み重ねの結果である海外資産のストックを確認する。
我が国の対外資産残高の対名目GDP比は、直接投資や証券投資を中心に上昇し、1997年の値と比較すると4.3倍となっている(第3-1-19図)。これはドイツの3.8倍、米国の1.9倍、英国の2.3倍と比較しても大きく、我が国の対外資産が、急速に拡大してきたことが分かる。特に、2010年代以降は、米国及び英国の対外資産残高対GDP比はおおむね横ばい、ないしは若干低下しており、ドイツについても、上昇ペースは鈍化している一方で、我が国の対外資産残高対GDP比は伸びを加速させている。
こうした動きの背景として、直接投資残高については、本邦企業が、我が国に比べて高い経済成長率が続いた米国やアジアにおいて、子会社の設立やM&Aを通じて事業を拡大させたことや、グローバルバリューチェーンの発展に伴いサプライチェーンを多国籍化させたことが考えられる。また、証券投資残高については、我が国では、長期にわたる金融緩和により極めて低い金利環境が継続してきた中で、本邦金融機関等が米国等のリターンの高い国の証券への投資を進めたことが考えられる(第3-1-20図)。
このように、我が国企業は、国内投資よりも期待収益が高い海外への投資を拡大させ、その結果として、我が国の対外資産は高いペースで積み上げられてきた。積み上げられた対外資産の収益率をみると、他の先進諸国と比べても高い水準にある。我が国の直接投資収益率は、年によって振れが大きいものの、緩やかな上昇傾向にあり、2000年代前半には6%前後であったものが、直近では8.7%にまで上昇している。一方、米国と英国は振れを伴いながらも6%前後の水準で推移しており、ドイツについても、2000年代後半以降は4%前後の水準が続いている(第3-1-21図(1))。こうした差が生じている背景としては、他の国々と比較して、日本の方がアジアに対する投資残高が多く、この間のアジア地域における高い経済成長の成果を取り込むことができたためであると考えられる28。証券投資収益率については、各国共通の傾向として、リーマンショック以降の金融緩和により、2010年代を通じて低下傾向にあったものが、足元では、各国中央銀行の政策金利引上げを背景に、上昇傾向にある(第3-1-21図(2))。その中でも、我が国の証券投資収益率は2000年以降一貫して他国を上回っており、相対的に効率的な対外資産の運用が行われていることが示唆される。
コラム3-2 経常収支と為替レートの双方向の関係について
我が国の経常収支の動向については、本節内において、既に確認したとおりだが、異なる通貨を用いている国との財・サービス・資本の取引の結果である以上、経常収支は為替変動の影響を受ける。また、経常収支・貿易収支の黒字は、獲得した外貨を円に転換するための円買い需要をもたらし、円の増価要因となる。このように、経常収支と為替は相互に影響を及ぼしあっていることから、ここでは為替が経常収支に与える影響と、経常収支が為替に与える影響の双方を検証する。
まず、為替の変動が、経常収支、その中でも特にサービス収支に与える影響を検証するため、米国を対象に分析を行ったLi and Meleshchuk(2024)を参考に、輸入国の為替レートが10%減価したとき、輸入国の現地通貨建てでみた、日本の財及び各サービスの輸出入額が何%増加するかを推定した。具体的には、輸出については、輸入国の通貨が対日本円で10%減価(10%の円高)した場合、日本からの輸出金額(輸入国通貨建て)が何%変化するか、輸入については、日本円が対輸出国通貨で10%減価(10%の円安)した場合、日本の輸入金額(日本円建て)が何%変化するかを、それぞれ検証した。
輸入国側にとって、為替レートの減価は、輸入品の価格上昇を意味するため、価格上昇によって輸入国側の需要が減少しやすい財やサービス(価格弾力性が高い財・サービス)では、為替減価によって、輸入数量が大きく減少し、輸入価格と輸入数量の積である輸入金額の増加幅は小さくなる。一方、価格が上昇したとしても輸入国側の需要が減少しにくい財・サービス(価格弾力性が低い財・サービス)については、輸入国の為替が減価したとしても、輸入数量の減少は限定的となり、輸入金額の増加幅は大きくなる。例えば、為替レートの10%の減価に対し、輸入数量が10%減少すれば(価格弾力性が1)、輸入金額は変化せず、輸入数量が全く減少しないのであれば(価格弾力性が0)、輸入金額も10%増加することになる。
日本からの輸出について、輸入相手国の通貨が10%減価した場合をみると、財とサービス全体は共に係数が正に有意となっており、輸入国通貨建てでみた日本からの輸出金額は、財は6%程度、サービスは5%程度増加している(コラム3-2-1図(1))。つまり、輸出する日本側からみれば、10%の為替増価(円高)となったとしても、輸出数量の減少は4~5%程度にとどまることから、日本は、輸入国側にとって必要性が高く、価格弾力性が低い財やサービスを相応に輸出していると言える。ただし、サービスの内訳をみると、正に有意となっているのは、輸送と旅行のみであり、その他のサービスは全て統計的に有意ではない。円が増価する場合、訪日外国人消費等の減少は限定的である一方で、輸送と旅行以外のサービスについては、価格弾力性が高く、輸出が大きく減少する可能性がある。つまり、円高になった場合、輸送と旅行以外のサービスは、競争力を保ちづらいということを示唆している29。
日本の輸入についてみると、サービス全体、輸送、IT、その他業務は正に有意となっている(コラム3-2-1図(2))。特に、輸送とIT、その他業務の係数は高く、円安になったとしても輸入数量の減少が限定的、つまり、日本にとっては、価格が上昇したとしても輸入し続けなければならない品目であると言える。他方、旅行は、輸出と対照的に、有意な結果とはなっておらず、円安に直面した際、日本の消費者は海外旅行を控えやすいことが示唆されている。コロナ禍前と比較して、為替が円安水準で推移する中、我が国からの海外旅行者数はコロナ禍前の水準に回復しておらず、この結果と整合的である。
次に、経常収支の変動が為替に与える影響について確認する。経常収支の対名目GDP比と名目実効為替レートの動向を比較すると、両者は互いに整合的な動きとなっている期間もあるものの、全体としては必ずしも連動しているわけではなく、特に近年では両者の動きに大きなかい離がみられる(コラム3-2-2図)。第一次所得収支のうち、再投資収益と証券投資収益については、円に転換されることなく、外貨のまま再投資又は運用されているものも含まれており、こうした部分については、為替の需給には反映されていない可能性があるが、経常収支から再投資収益と証券投資収益を差し引いたものを控除後経常収支とし、このGDP比を名目実効為替レートの動向と比較してみても、近年のかい離が大きい点を含め、控除前と傾向は大きく変わらない。
このように、円に対する実需を表す経常収支と為替レートの動きが連動しない背景としては、円の取引額のうち、国際収支統計によってカバーされる部分が限定的であることが挙げられる。2022年4月時点の1日あたりの円の取引額は、1.25兆ドルとなっている一方で、国際収支統計でカバーされる取引額は1日あたり1,269億ドルとなっており、その規模は円の取引額全体の10分の1程度となっている(コラム3-2-3図(1))。また、日本円の地域別取引額をみると、日本国内での取引額は全体のおよそ2割となっており、国際的な金融センターを擁する英国が3割強、米国が2割弱、シンガポールが15%程度となっている。このため、為替レートの動向は、少なくとも短期的には、実需よりも国際的な金融資本市場や投機筋を含む海外投資家の影響を強く受けることになると言える(コラム3-2-3図(2))。
2.我が国企業とグローバルバリューチェーンとの関わり
サプライチェーンの国際化の歴史を振り返ると、第二次世界大戦以降、技術進歩による輸送費の低下や関税率の引下げ、直接投資規制の緩和、資本移動の自由化によって、生産地と消費地の国際的な分離が可能となり、多国籍企業は、比較優位を持つ国に生産工程を集中させ、大規模生産を行うようになった。そして、米ソ冷戦終結後の1990年代以降は、FTA締結国の拡大30や、EU、ASEAN等の経済統合の進展、中国のWTO加盟、新興国における安価な労働力の利用拡大、情報通信技術の進歩などを背景に、サプライチェーンの国際分業化が進んだ。特に、情報通信技術の進歩は、多国籍企業が各生産工程を物理的に距離のある地に分散することを可能にし、生産の各工程単位で、比較優位に基づいた国際分業が進んだ結果、グローバルバリューチェーン(Global Value Chain、以下「GVC」という。)という国際分業ネットワークが構築された31。
このような過程を経て、GVCは深化してきたが、近年は、第一次トランプ政権時における米中貿易摩擦や、新型コロナウイルス感染症の世界的流行に伴う供給網の混乱・途絶、ロシアのウクライナ侵略による資源価格の高騰といった事態に直面し、比較優位の観点だけではなく、経済安全保障・地政学リスクの観点を考慮して、サプライチェーンの構築を図る必要性が高まる流れにあった。こうした中、2025年に入り、米国による広範な関税措置が発動されたことにより、米国への輸入品に対する関税率は、第二次世界大戦以降、最も高い水準まで引き上げられるに至り、現在のGVCによる国際分業ネットワークを通じた生産・流通体制に甚大な影響を与える可能性が生じている。本節では、国際産業連関表の枠組みに基づき、高度に複雑化した現在のGVCの姿について明らかにしていく。
(日本の財・サービスの海外からの調達は、国別には中国、産業別には卸売や専門サービス等が増加)
GVCの中における我が国の立ち位置について分析する前に、国際産業連関表を用いて、日本を含めた主要国における財・サービスの他国からの調達について、国別・産業別に整理する(第3-1-22図)32。ここでは、アジア開発銀行(ADB)が作成・公表している国際産業連関表(Multiregional Input-Output Table)に基づき分析を行う。
まず、日本については、国・地域別では、中間投入・最終需要共に、米国と中国、ASEAN、EUからの調達割合が高い。これらの国・地域からの調達割合はこの20年間で高まっており、特に、中国からの調達割合の上昇が大きく、20年間でおよそ2倍になっている。産業別では、中間投入としては、前掲第3-1-3図で示したように、鉱物性燃料を輸入に依存している経済構造から、鉱業の割合が最も高くなっており、その構造は20年間で変化していない。最終需要については、電気機械製造業と飲食料品製造業、繊維製品製造業の割合が高い構造は変化していないが、前掲第3-1-9図のとおり対外赤字の拡大が顕著なインターネット広告・経営コンサルティングや研究開発が含まれる専門サービス等が増加しているほか、卸売や石炭・石油製品製造業の割合も高まっている。
米国については、国・地域別では、日本と比べ、地理的に近接しているカナダとメキシコの割合が中間投入・最終需要共に高いが、この20年間でカナダの割合が低下しており、代わりに中国とインドの割合が上昇している。産業別では、中間投入は、2000年代半ば以降、シェールガスやシェールオイルの生産量が急増したこともあって、鉱業の割合が大きく低下しているほか、最終需要では卸売の割合が高まっている。
ドイツについては、国・地域別では、EUを含む欧州諸国の割合が非常に高いものの、日本や米国と同様、この20年間で中国の割合が、中間投入・最終需要共に高まっている。産業別では、ドイツについても、日米両国と同じく卸売の割合が高まっている。
このように、主要先進国の財・サービスの調達は、地理的要因を大きく受けているほか、その国の経済構造を反映した姿となっているが、共通している事項もあり、いずれの国においても、国・地域別には中国の割合が、産業別には卸売の割合が高まっている。こうした背景には、中国の急速な経済成長に加え、GVCの深化に伴い、国際的な財取引の仲介機能に対する需要が高まっている可能性が指摘できる。
(GVCとの関わりは我が国を含む多くの先進諸国で深まっている)
GVCの定義については、必ずしも定説が存在するわけではないが、本節では、Borin, Mancini, and Taglioni(2021)(以下「Borin et al.(2021)」という。)にて示されたフレームワークに従って、GVCへの参加を通じた国際分業ネットワークへの関与について整理する。Borin et al.(2021)では、輸出面からみたGVC参加度と生産面から見たGVC参加度の二つの枠組みが示されており、本節ではまず前者を説明した後、後者を扱う。
Borin et al.(2021)では、輸出された財・サービスの総付加価値を「伝統的輸出分」と「GVC関連輸出分」の二つに分けており、総輸出に占める「GVC関連輸出分」の割合を輸出面からみたGVC参加度としている。「伝統的輸出分」は、輸出された財・サービスの総付加価値のうち国境を一回のみ通過する付加価値分、「GVC関連輸出分」は、輸出された財・サービスの総付加価値のうち国境を二回以上通過する付加価値分を指している。さらに、「GVC関連輸出分」は、上流から下流までの付加価値の流れにおける位置付けに応じて、「前方参加分」、「後方参加分」、「中間参加分」の三つに分割できる(第3-1-23図)33。
「前方参加分」は、国境を二回以上通過し、「GVC関連輸出分」として計上されている付加価値のうち、国内のサプライチェーンにおいて発生した付加価値分を表している。「後方参加分」と「中間参加分」は、どちらも国境を二回以上通過し、GVC関連輸出分として計上されている付加価値のうち、他国から輸入した中間投入に付随する付加価値分を表すが、それが当該国から最終市場に直接輸出されている場合は「後方参加分」、輸出先から再度輸出される場合には「中間参加分」と定義されている。
こうした付加価値の流れに応じた区分を、具体的な設例を用いて図示したものが第3-1-24図である。ここでは、ブラジルは鉄鉱石を日本に輸出し、日本は輸入された鉄鉱石を鉄鋼に加工し、米国に輸出、米国は輸入された鉄鋼を自動車に加工し、自国内で販売又はカナダに輸出するケースを考える。
まず、ブラジルの鉄鉱石輸出20ドル分に含まれる付加価値は、全てブラジル国内において生じたものであり、かつ最終的な消費地である米国及びカナダに到達するまでに国境を二回以上通過するため、全て前方参加に区分される。
次に日本の鉄鋼輸出100ドル分に含まれる付加価値は、ブラジルで発生した20ドル分と日本国内で発生した80ドル分に分解される。ブラジルの付加価値20ドル分は日本からの直接の輸出先である米国の国内需要に吸収される10ドル分と米国からの更なる輸出先であるカナダの国内需要に吸収される10ドル分に分けられ、前者は後方参加、後者は中間参加に区分される。同様に、日本の付加価値80ドル分も、直接の輸出先である米国の国内需要に吸収される40ドル分と米国のカナダの国内需要に吸収される40ドル分に分割でき、前者は伝統的貿易、後者は前方参加に区分される。
最後に米国の自動車輸出100ドル分は、ブラジルで発生した10ドル分の付加価値と日本で発生した40ドル分の付加価値、米国で発生した50ドル分の付加価値に分けられ、ブラジルと日本で発生した計50ドル分は後方参加、米国で発生した50ドル分は伝統的貿易に区分される。
このように区分される輸出面からみたGVC参加度について、国別・産業別に整理したものが第3-1-25図である。国別にみると、多くの国でGVC参加度が上昇しているほか、EU域内の貿易が自由化されていることもあって、欧州諸国のGVC参加度が高い傾向にある。日本は、世界全体でみた水準とほぼ同程度となっている。GVC参加度の内訳をみると、ノルウェーやロシア、オーストラリアなどの資源国では前方参加度の割合が高い傾向にあり、ベトナムやメキシコなどは後方参加度の割合が高くなっている。後者については、原材料や中間財を輸入し、国内で製品化して輸出する加工貿易の割合が高い国々であると言える。
我が国における産業別のデータをみると、製造業でGVC参加度が高くなっているほか、日本は島国であり、貿易の多くを港湾に依存している特徴があることから、水上輸送のGVC参加度が最も高くなっている。GVC参加度の内訳をみると、水上輸送や金融、卸売などは輸出に占める我が国由来の付加価値の割合が高く、前方参加割合が高くなっている一方で、石炭・石油製品製造業や輸送用機械製造業、飲食料品製造業などは輸入された中間財を利用している割合が高く、後方参加及び中間参加の割合が高くなっている。
ADBのデータでは、二国間貿易におけるGVC参加度についても把握することが可能であり、第3-1-26図では、主要な二国間貿易ルートにおけるGVC参加度とその内訳を、2007年と2022年で比較している。まず、日本からの輸出について説明する。日本から米国への輸出については、製造業全体・主要製造業のいずれもGVC参加度は上昇しており、その中でも後方参加度の上昇が寄与していることから、例えば、自動車を含め製造過程の国際分業が進んだ最終財輸出の増加が影響しているとみられる。日本から中国への輸出については、主要製造業内ではばらつきはあるものの、製造業全体でみると、GVC参加度はおおむね横ばいとなっている。ただし、その内訳には変化がみられ、前方参加割合が減少し、後方参加割合が上昇している。つまり、日本から中国への財・サービスの流れについては、中国が世界の工場として、日本から中間投入を輸入し、製品化して輸出する割合が減少する一方、中国が財やサービスの最終需要地として、日本で製品化された最終財・サービスを輸入する割合が増えていると言える。
次に、中国からの輸出について説明する。中国から米国への輸出は、製造業全体・主要製造業のいずれもGVC参加度が低下しており、内訳をみると、後方参加割合の低下による寄与が大きい。この傾向は、米国に輸出されている最終財・サービスに占める、中国国内由来の付加価値の割合が増加していることを表しており、中国においてサプライチェーンの内製化が進んでいることが分かる。また、中国から日本への輸出及び中国から東南アジアへの輸出をみると、いずれも前方参加割合が上昇している傾向があり、国際的なサプライチェーンのつながりの中で、中国の位置が徐々に上流に移動している可能性がある。特に、中国から東南アジアへの輸出については、前方参加割合の上昇に伴って、GVC参加度も上昇しており、国際的なサプライチェーンのつながりにおける東南アジア諸国の関与が高まっていることが示唆される。
最後に、東南アジアからの輸出についてみると、東南アジア諸国から米国への輸出は、後方参加割合の上昇によって、GVC参加度が高まっている。ADBのデータでは直接は確認できないものの、東南アジア諸国は、中国等の国から、中間財を輸入し、それを最終財に製品化した上で、米国等の最終市場に輸出するという形で、国際的なサプライチェーンのつながりの中に参画していると考えられる。
(生産面でも、GVC参加度は、我が国を含む先進国で上昇の一方、中国では低下)
次に、Borin et al.(2021)で示されたもう一方の枠組みである、生産面からみたGVC参加度について見てみよう。Borin et al.(2021)では、財・サービスの生産に伴う付加価値を、「国内需要分」と「伝統的輸出分」、「GVC関連輸出分」の三つに分けており、生産に占めるGVC関連輸出分の割合を生産面からみたGVC参加度としている。「国内需要分」は、生産された財・サービスに伴う総付加価値のうち、一回も国境を通過せず、国内の最終需要に吸収される付加価値分、「伝統的輸出分」は、生産された財・サービスに伴う総付加価値のうち、国境を一回のみ通過する付加価値分、「GVC関連輸出分」は、生産された財・サービスに伴う総付加価値のうち、国境を二回以上通過する付加価値分をそれぞれ指している。
GVC関連輸出分は、上流から下流までの付加価値の流れにおける位置付けに応じて、輸出面からみたGVC参加度と同様に、「前方参加分」、「後方参加分」、「中間参加分」の三つに分けられる34(第3-1-27図)。「前方参加分」は、自産業が創出した付加価値のうち、輸出先国によって再度輸出されることにより国境を二回以上通過する付加価値分を表している。「後方参加分」は、輸入された付加価値のうち、最終財・サービスの生産に利用され、かつ国境を二回以上通過する付加価値分を表しており、さらに、生産された最終財・サービスが、国内市場で消費されるケースと他国の最終市場に輸出されるケースに分けることも可能である。「中間参加分」は、輸入された付加価値のうち、中間財・サービスの生産に利用され、かつ国境を二回以上通過する付加価値分、又は国内他産業で創出された付加価値のうち、中間財・サービスの生産に利用されかつ輸出先国によって再度輸出されることにより国境を二回以上通過する付加価値分を表している。
こうした生産面からみたGVC参加の流れを、輸出面同様、設例を用いて図示しているのが第3-1-28図である。ここでは、ブラジルは鉄鉱石を日本に輸出、日本は輸入された鉄鉱石を鉄鋼に加工し、自国内の他産業で利用又は米国に輸出、米国は輸入された鉄鋼を自動車に加工し、自国内で販売又はカナダ輸出するケースを考える。
まず、ブラジルの鉄鉱石生産20ドル分の付加価値は、日本国内で利用される10ドル分と米国に再度輸出される10ドル分に分けられ、前者は伝統的貿易、後者は前方参加に区分される。次に日本の鉄鋼生産100ドル分の付加価値は、ブラジルで創出された20ドル分と日本で付加された80ドル分に分割できる。輸入された付加価値と国内で創出された付加価値は、国内利用分と輸出分のそれぞれに均等に分配されると仮定すると、国内他産業に利用される付加価値及び米国に輸出される付加価値はそれぞれブラジルからの輸入分10ドルと日本国内創出分40ドルに分けられ、さらに米国への輸出分については、米国国内の需要に吸収される25ドル分(ブラジルからの輸入分5ドル、日本国内創出分20ドル)とカナダへ再度輸出される25ドル分(ブラジルからの輸入分5ドル、日本国内創出分20ドル)に分割できる。国内利用分については、ブラジルからの輸入分10ドルは伝統的貿易、日本国内創出分40ドルは国内需要に区分され、米国国内での利用分については、ブラジルからの輸入分5ドルは中間参加、日本国内創出分20ドルは伝統的貿易に、カナダへの再輸出分については、ブラジルからの輸入分5ドルは中間参加、国内創出分20ドルは前方参加に区分される。
最後に米国の自動車生産100ドル分の付加価値については、ブラジルからの輸入分10ドルと日本からの輸入分40ドル、米国国内での創出分50ドルが含まれている。これらが米国国内の需要分とカナダへの輸出分に均等に分配されると仮定すると、前者については、ブラジルからの輸入分5ドルは後方参加、日本からの輸入分20ドルは伝統的貿易、米国国内創出分25ドルは国内需要に分割され、後者については、ブラジルと日本からの輸入分25ドルは後方参加、米国国内創出分25ドルは伝統的貿易に分割される。
こうした生産面からみたGVC参加度について、国別・産業別に整理したものが第3-1-29図である。国別には、輸出面からみたGVC参加度と同様、多くの国でGVC参加度が上昇しているほか、日本のGVC参加度は世界全体で見た水準とほぼ同程度であり、欧州諸国のGVC参加度は高くなっている。他方で、①輸出面からみたGVC参加度では、自国で創出された付加価値の輸出分は、全て前方参加に区分される一方で、生産面からみたGVC参加度では、国内で創出された付加価値であっても、他産業によって利用され、輸出された分は中間参加に区分されること、②輸出面からみたGVC参加度では最終市場への輸出は全て後方参加に区分される一方で、生産面からみたGVC参加度では、たとえ最終市場に輸出される財・サービスであっても、それが中間投入として活用されるのであれば、中間参加として計上されるなどの違いがあり、生産面からみたGVC参加度は中間参加の占める割合が全体的に高くなっている。また、輸出面からみたGVC参加度と異なり、生産面からみたGVC参加度の算出に当たっては、国内需要分も分母に含まれることから、生産面からみたGVC参加度は、全ての国において、輸出面からみたGVC参加度よりも水準が下がっているが、ルクセンブルクやアイルランド、シンガポールといった人口が比較的少ない国々は、国内需要に吸収される分が少ないことから、その低下の度合いが小さく、生産面からみても高いGVC参加度が維持されている傾向がある。
日本について、産業別にみると、生産面からみたGVC参加度においても、製造業と水上輸送が高い水準となっていることには変わりはない。ただし、生産面からみたGVC参加度では、輸出している財・サービスが最終財・サービスか中間財・サービスかによって後方参加と中間参加を区別していることから、輸送用機械製造業や一般機械製造業では後方参加が占める割合が高くなっている一方で、第一次金属製造業や化学製品製造業などでは中間参加が占める割合が高くなっているといった違いがみられる。
2007年から2022年における製造業の生産面からみたGVC参加度の変化を示したものが第3-1-30図である。日本・米国・ドイツについては、水準には違いがあるものの、米国の電気機械製造業を除けば、いずれの国・産業においても、輸入された付加価値分に伴うGVC参加度を表す後方参加割合と中間参加割合(輸入中間投入利用分)が増加している。これは、サプライチェーンの国際分業化が進む中、他国に生産プロセスの一部を移す動きが高まり、輸入された付加価値の割合が上昇した結果であると言える。他方で、中国については、GVC参加度が顕著に低下している。特に後方参加割合と中間参加割合(輸入中間投入利用分)がその低下に寄与しており、日米独とは正反対の傾向を示している。生産面からみたGVC参加度の分母には伝統的輸出分だけでなく、国内需要分も含まれることを踏まえると、中国国内での生産過程における付加価値創出の増加分は、直接最終市場に輸出される、又は国内需要に回っているケースが増えていると言え、サプライチェーンの内製化と内需の拡大が進んでいることが分かる。特に、前掲第3-1-25図や前掲第3-1-26図、前掲第3-1-29図も踏まえると、輸出面からみたGVC参加度と比較して、中国の生産面からみたGVC参加度の下落幅が大きいことから、経済成長に伴って中国国民の購買力が向上し、内需が拡大したことが、サプライチェーンの内製化と並んで、中国のGVC参加度低下に影響した可能性がある。
(日本は、中間財を生産し、他国に供給する構造から、他国で生産された財を活用して財・サービスを生産する構造に変化)
ここまで、輸出面・生産面双方からみたGVC参加度を確認してきたが、以下の傾向がみてとれた。まず、我が国については、サプライチェーンの国際分業化が進む中で、他の多くの先進諸国と同様に、GVC参加度は上昇している。その中でも特に、後方参加と中間参加の割合が高まっていることから、我が国産業は、基幹部品などの中間投入財を他国に対して供給する構造から、生産コストが相対的に低い他国に中間投入財の生産拠点を移管し、そうした国々で生産された中間投入財を活用して、更なる財・サービスの生産を行う構造に変化していることが分かる35。また、後方参加割合と中間参加割合の上昇によって、GVC参加度が引き上げられている構造は、我が国だけではなく、米国とドイツにおいても同様である。
一方、中国については、特に、生産面からみたGVC参加度が低下しており、特異な動きをしている。内訳をみると、後方参加又は中間参加の割合が減少していることから、中国国外から輸入した中間投入に係る付加価値分が減少し、中国国内由来の付加価値分が増加していると言え、中国においては、我が国を含む先進諸国とは逆に、サプライチェーンの内製化が進んでいることが分かる。また、生産面におけるGVC参加度の分母には、国内需要分も含まれていることから、中国の生産面からみたGVC参加度低下の背景には、サプライチェーンの内製化だけでなく、中国の経済成長に伴う内需の拡大も影響している可能性がある。
3.外需が減少した場合の各産業への影響と経済連携を通じた自由貿易推進の重要性
GVCへの参加も含め、サプライチェーンのグローバル化が進む中、我が国産業と海外経済との関係はますます深まっており、我が国では、特に機械類などの製造業や卸売、水運といった産業は、最終財・サービスだけでなく、中間財・サービスも含めて、輸出を拡大させ、海外需要を取り込んできた。しかし、米国の関税措置によって、世界各国、そして我が国は、米国向け輸出の減少や輸出企業の収益下押しという直接的な影響に加え、世界経済の下振れを通じた他の国・地域向けの輸出減少という間接的な影響を受けるリスクに直面している。くわえて、保護主義的な動きが世界に広がり、定着するような事態となれば、中長期的にも世界貿易は下押しされ、自由貿易の推進によって利益を享受してきた世界各国、そして我が国経済に大きな影響が生じる可能性がある。以下では、輸出の減少、特に米国と中国の需要の減少による産業別の潜在的な影響を分析する。くわえて、経済連携協定の締結を通じた自由貿易推進による貿易創出効果についても分析し、米国の関税措置という新たな事態に直面する中で、CPTPP等を通じて、我が国が自由貿易体制を率先して推進していくことの重要性を確認する。
(輸出減少による影響は、自動車等の製造業のほか卸売業でも大きい)
前項では輸出・生産の両面から、我が国産業は、GVCのネットワークの中で、他国の産業と密接に関わっており、その度合いは過去と比較して高まっていることを確認した。こうした中、今後、世界経済の不透明感が高まり、海外経済の下振れに伴う輸出の減少に直面した場合、我が国の各産業はどのような影響を受け得るのかを確認していく。
まず、輸出による影響を受けやすい産業はどういった産業であるか、生産誘発依存度を用いて確認する。生産誘発依存度は、各部門の国内生産額がどの最終需要項目によって誘発されたかの割合を表すものであり、第3-1-31図(1)は、内閣府「SNA産業連関表」における内生94部門のうち、主要な産業を抽出し、輸出の生産誘発依存度が高い順に並べている。この結果をみると、水運が最も輸出に対する生産誘発依存度が高くなっており、次いで、船舶・同修理、電子部品・デバイス、非鉄金属、自動車、基礎化学製品が続いている。日本は島国であり、海に囲まれているという地理的条件から、輸出を行う場合は必然的に海路又は空路36となる一方で、国内の輸送は鉄道や道路貨物といった選択肢も存在しているため、水運の生産誘発依存度が高くなっているのは自然な結果であると言える。水運に続くのは、各種製造業であるが、その中でも船舶や電子部品、自動車などの機械製造業や、基礎化学製品や製鉄などの素材製造業の割合が高くなっている。これらの産業では、輸出の生産誘発依存度が50%を超えており、海外経済の減速に伴い、外需が下振れることがあれば、大きな影響を受け得る産業であると言える。
第3-1-31図(1)では、部門ごとに輸出の減少が与え得る影響について確認したが、日本経済全体に対するマクロ的な影響をみるうえでは、各産業の規模も考慮する必要がある。第3-1-31図(2)では、各最終需要項目によって誘発された国内生産額を示す生産誘発額のうち、主要な部門における輸出による生産誘発額を示している。これをみると、自動車の生産誘発額が他の産業と比べて顕著に高く、次いで、卸売、その他の鉄鋼、電子部品・デバイス、生産用機械と続く。米国の関税措置やそれに伴う海外経済の下振れによって、基幹産業である自動車製造業の輸出が減少すれば、それが我が国経済に与える影響が大きいことが確認される。また、我が国経済全体でみれば、輸出の減少は、製造業に対する影響だけでなく、財の仲卸を行っている卸売業の産出額減少を通じた影響にも留意が必要である。
輸出による生産誘発額が最も大きい自動車産業であるが、米国の関税措置や海外需要の減退などの影響によって、仮に自動車の輸出及び生産が下押しされた場合、自動車(完成品)製造業に対する直接的な影響以外に、どのような産業に間接的に影響が及ぶかを、産業連関表を基に確認する。第3-1-32図では、乗用車に対する最終需要が減少(増加)したとき、中間投入の減少(増加)を通じて、各産業の生産がどの程度影響を受けるかの波及効果の内訳を示している。その内訳をみると、自動車部品・同付属品が全産業でみた波及効果のおよそ半分を占めており、残り半分については、鉄鋼や、自動車整備等を含む対事業所サービス、プラスチック・ゴム製品など、製造業を中心に様々な産業が続いている。このように自動車産業は、輸出による生産誘発額が最も大きいだけでなく、中間投入を通じて様々な産業に影響を及ぼし得る基幹産業であることから、米国の関税措置による直接的な影響や海外経済の下振れを通じた間接的な影響を注視していく必要がある。
(米国経済・中国経済の下振れは輸送用機械・電気機械に大きな影響を与え得る)
次に、ADBの国際産業連関表を基に、我が国において生産された財・サービスが、海外における中間投入及び最終需要にどのように配分されているかを確認する。
第3-1-33図(1)では、海外において、中間需要(中間投入)として活用されている日本の財・サービス及び最終需要として消費されている日本の財・サービスの供給元となっている産業の割合を示している。中間需要については、最も割合の高い順から、電気機械、第一次金属、化学製品、輸送用機械と続いており、海外の製造業において利用される電子部品や自動車部品、鉄鋼、基礎化学製品といった部品や素材を供給する産業が高い割合を占めている。最終需要については、最も割合の高い順から、輸送用機械、電気機械、一般機械が続き、例えば、海外における家計が購入する自動車や、海外における企業が設備投資として購入する半導体等製造装置などを輸出している産業の割合が高い。また、中間需要と最終需要のいずれにおいても卸売が比較的高い割合を占めており、我が国の製造業において生産された財の流通を仲介するサービスの付加価値分がここに含まれていると考えられる。
我が国で生産される財・サービスの供給先国・地域は第3-1-33図(2)で示しており、中間需要については、中国とASEANが高い割合を占めており、日本から輸出された部品や素材がこれら地域の製造業において加工され、最終消費地へ出荷されていると考えられる。最終需要については、中国とASEANの割合は幾分縮小し、代わりに米国やEUの割合が高まっている。我が国において生産された自動車や半導体等製造装置、建設・鉱山用機械などが、これらの地域における個人消費又は設備投資に帰着しているものと考えられる。
海外経済の中でも、米国と中国は、世界のGDPのうち、それぞれ26.4%と17.0%37を占めており、前掲第3-1-33図で確認したように、最終需要でみれば、日本からの財・サービスの供給先の1位・2位となっている。米国経済については、個人消費を中心に高い伸びが続いてきたものの、2025年春時点では消費の伸びが緩やかになっている。中国経済については、各種政策の効果はみられるものの、不動産市場の停滞が継続していることから、内需を中心に足踏み状態になっている。世界経済の不確実性が高まる中、両国の経済は更に下押しされる可能性もあり、その影響は日本経済にも波及し得る。
そこで、米国と中国に焦点を当て、両国の最終需要による生産誘発額を示したのが第3-1-34図(1)、(2)である。米国については、輸送用機械が686億ドルで最も大きく、次いで、電気機械、金属製品、卸売と続く。中国については、電気機械が643億ドルと最も大きく、金属製品、化学、一般機械、卸売が続く。このように、米中経済が下振れした場合、輸送用機械や電気機械など各種製造業や卸売を通じて、日本経済の下押し要因となることが懸念される。
また、第3-1-34図(3)、(4)では、それぞれの産業における米中の最終需要への依存度を示している。米国に関しては、全産業平均でみれば、米国の最終需要への依存度は4%程度となっているが、電気機械や輸送用機械といった機械製品製造業や、化学・繊維といった素材業種に加え、非製造業の中でも海上輸送や航空輸送、卸売などにおいて、全体平均を上回る依存度となっている。中でも、電気機械や輸送用機械は米国依存度が高く、生産額の15%ほどを米国の最終需要へ依存している状況にある。中国に関しても、米国と同様、中国の最終需要への依存度は全産業平均で4%程度となっており、産業別には、機械製品製造業や素材製造業、運輸業が平均を上回っている。ただし、米国の場合とは異なり、輸送用機器の中国依存度は4%強にとどまっており、代わりに、素材業種である化学が17.5%と最も高い水準となっている。この違いの背景には、前掲第3-1-26、30、33図で確認したように、米国については、我が国から自動車等の最終財を多く輸入し、それらが個人消費や設備投資に回っているという構造がある一方で、中国については、最終需要地としての存在感の高まりやサプライチェーンの内製化はみられているものの、我が国で生産された中間財を用いて製品を製造しているケースも多いことが影響していると考えられる。
(経済連携協定の締結は、着実に貿易創出効果をもたらす)
我が国は、戦後、国際社会が築き上げてきた自由貿易体制の恩恵を享受して経済発展を果たしてきた。今後の我が国を含む世界経済の持続的な成長を実現していくためには、同志国や地域と連携して、WTO体制を中心とするルールに基づく自由で公正な国際経済秩序の重要性を示していくことが重要である。以下では、我が国がここまで進めてきた自由貿易推進のための取組を整理し、その効果について検証する。
経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)とは、二つ以上の国・地域との間で、貿易の自由化に加え、投資や人の移動、知的財産の保護、競争政策におけるルール作りなど、様々な分野での協力を含む幅広い経済関係強化を目的とする協定である。我が国は現在までに24の国・地域との間で、21の協定を発効しており、さらに七つの国・地域との間で、六つの協定について交渉中である(第3-1-35表)。これらの協定発効済の国・地域が、2024年時点で、世界のGDPに占める割合は80%、日本の貿易総額に占める割合は78.9%となっており、2019年の日EU・EPA、2020年の日米貿易協定、2022年のRCEP協定によって、その割合は急速に高まった(第3-1-36図)。
日EU・EPA、CPTPP、日米貿易協定、RCEPという近年締結された経済連携協定について、それぞれの協定の対象国との間の貿易総額(輸出額+輸入額)の伸びを確認すると、いずれの協定においても締結前の2018年から直近の2024年にかけて30%以上の伸びが確認されるが、これらの協定の対象外の国(その他)との貿易総額の伸び(約36%増)と比べて、明確に上回っているのはCPTPP(約44%増)となっている(第3-1-37図)。貿易総額の伸びが異なる背景には、加盟国の置かれた経済状況の違い、例えば、第一次トランプ政権下における米中の貿易摩擦による影響など、様々な要因が考えられるものの、CPTPPによる貿易の自由化度はRCEP協定よりも高いと指摘されており38、こうした自由化度の違いによる効果も含まれている可能性がある。
経済連携協定が貿易拡大に資するかどうか、より精緻な分析を行うため、国際貿易理論における重力モデル(Gravity Model)39を用いた分析を行う。重力モデルを用いた分析では、経済規模と距離を含む基本モデルに加え、二国間が共通言語を有しているか、国境を接しているかといった要素とともに、自由貿易協定や経済連携協定といった経済協定を締結しているか否かという要素を含めることがあり、ここでは同様の分析を行った40。
この分析の結果が第3-1-38図である。FTA等の地域貿易協定が結ばれることによる貿易総額、輸出額、輸入額の押上げ効果は、それぞれ14.6%、11.9%、18.3%となっている41。輸出に比べて、輸入の方が、地域貿易協定締結による拡大効果が大きくなっているものの、どちらも統計的に有意な結果が得られており、地域貿易協定の締結は、締結相手国との間の貿易を創出する効果が確認された。経済連携の強化は、海外需要の更なる取込みにつながるだけでなく、輸入コストの低下による経済厚生の拡大にも貢献するものであり、我が国にとって極めて重要である。
前掲第3-1-36図で確認したように、既に我が国の経済連携協定のカバー率はGDPでみても貿易総額でみても8割程度に達しており、自由貿易の恩恵を十分享受している状態にあるが、今後も、CPTPPの拡大・発展に向けた議論において主導的な役割を果たし、引き続き自由で公正なルールに基づく国際経済秩序の維持・強化に取り組んでいく必要がある。また、日GCC・EPAといった現在交渉中である地域に加え、南米南部共同市場(メルコスール:MERCOSUR)といった新たな地域との貿易関係の深化を図っていくとともに、既存の協定が発効している国・地域との間においても、更なる貿易の自由化を促進していくことが重要であろう。
RCA指数=(国jにおける品目iの輸出/国jにおける総輸出)/(全世界における品目iの輸出/全世界における総輸出)
RSCA指数は、以下の式に基づいて、RCA指数を単調変換したものである。
RSCA指数=(RCA指数-1)/(RCA指数+1)
RCA指数は、全世界の総輸出に占める当該品目輸出のシェアが小さい場合、当該品目の比較優位を過大に評価してしまう場合があるが、RSCA指数は取り得る値が-1から1の間に基準化されているため、比較優位が過大評価されることを回避できるというメリットがある(桑森・内田・玉村(2014))。