第3章 変化するグローバル経済と我が国企業部門の課題(第2節)

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第2節 我が国の企業行動における長期的な変化と課題

本章第1節においては、我が国の対外収支の長期的な動向を振り返るとともに、我が国企業がGVCに深く関与し、効率的な生産・供給体制を構築することにより、自由貿易体制の利益を享受してきたことを示した。一方、米国の第二次トランプ政権による通商政策は、その帰すうによっては、こうした自由貿易体制の存続を脅かすものであり、グローバルな経済活動によって成長してきた輸出製造業を始めとする我が国企業部門の活動を下押ししかねないリスクとなっている。第1章で確認したように、米国の関税措置に対しては、一部の業種・企業によっては、関税分を販売価格に転嫁するのではなく、企業内で吸収する動きもみられる。これは、我が国経済がバブル崩壊後、デフレに陥る中で、企業行動に染み付いてきたコストカット志向に後戻りしかねないリスクとも言える。重要なことは、関税措置の影響を注意深く分析して国内産業・経済への影響に対する万全の措置を講ずることによりその影響を最小限に抑えるとともに、ようやく回り始めた賃金と物価の好循環を定着、維持し続けることである。

こうした観点から、本節においては、過去30年以上の長期的な我が国の企業行動を振り返るとともに、この間、大企業がグローバル化の利益を最大限享受するべく急速に進めてきた生産拠点の移転など海外展開について、国内の生産性や賃金の向上に資するものであったのかを検証する。また、中小企業においては、世界金融危機など各種の危機を経験する中で、事業継続のための予備的な動機もあって、現預金を大きく積み上げてきた点を明らかにするとともに、こうした資金を国内投資・賃金に回していく必要性について論じる。

1.過去30年程度の企業行動の長期的な変化

ここでは、「法人企業統計」に基づき、我が国の企業部門全体について、長期的な企業行動の変化を概観する1

(企業収益は大きく上昇する一方で、設備投資の伸びは緩慢なものにとどまる)

まず、我が国企業の経常利益と設備投資について、我が国経済がデフレ的な状況に陥る前の時期からの長期的な動向を、「法人企業統計」から確認する(第3-2-1図)。企業が通常行っている全ての業務によって得られる利益である経常利益は、短期的には景気の拡大局面において増加し、後退局面において減少しているが、長期的な動向としては、バブル期以前の1985年4-6月期が5.3兆円であったのに対し、足元2025年1-3月期には29.3兆円と40年間で5倍以上に増加している。この間、国内における企業の生産的ストックである固定資産に毎期新たに追加された額である設備投資は、経常利益と同様に景気循環と共に増減しているが、長期的な動向としては、1985年4-6月期の7.5兆円から、2025年1-3月期に13.2兆円と2倍以下の水準の増加にとどまっており2、また、過去最高値であるバブル期直後の1991年10-12月期(15.3兆円)を依然として下回っている。

経常利益と設備投資の水準をみると、1990年代までは、設備投資が経常利益を上回っていたが、2000年代前半から2008年のリーマンショック前まではおおむね同程度となった。その後、2010年代以降は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって経常利益が急激に落ち込んだ2020年4-6月期を除いて、常に経常利益が設備投資を上回る状態が続いており、両者の差は拡大傾向にある。

(企業の収益力は過去30年間で大きく向上)

経常利益の売上高に対する比率(売上高経常利益率)をみると、バブル期以前には2~2%台半ば程度であったが、バブル期の景気拡大と共に1980年代末にかけて3%程度まで上昇し、バブル崩壊後、1993年頃までに1%台半ば程度まで低下した(第3-2-2図)。その後は、1997年のアジア通貨危機や金融危機後、2000年代初頭のITバブル崩壊後、2008年の世界金融危機時、2019年の米中の貿易摩擦等を背景とする世界経済の減速、2020年のコロナ禍など、一時的に低下する局面がみられるが、長期的なトレンドとしてみれば上昇基調で推移している。資本金規模別にみると、過去15年程度においては資本金10億円以上の大企業の改善が著しい面があるが、企業規模を問わず利益率は向上している。このように、企業部門全体として、1993年度を底として、その後の約30年間において、企業は売上高の増加に比して経常利益を大きく増加させており、収益力を高めてきたと言える。

(コストカットと海外展開が経常利益の増加に寄与)

以上のように、我が国の企業部門は過去30年間で収益力を大きく高めてきた一方で、企業部門の経常利益と設備投資との関係性は、1980年代や1990年代と比べて大きく変化し、利益に比べ投資が抑制されるようになっている。以下では、「法人企業統計」の年次別調査結果を基に、経常利益の増加がどのような形でもたらされてきたのかを確認する。

ここでは、1993年度を起点とした経常利益の変動を、①売上高要因(売上の増減によるもの)、②変動費要因(原材料費など変動費の増減によるもの)、③固定費要因(人件費、減価償却費、支払利子等の増減によるもの)、④営業外収益要因(海外子会社からの配当金などの増減によるもの)に分解し、利益の増加を生み出した要因をみる(第3-2-3図(1))。

まず、売上高要因は、時期によって1993年度対比でみてプラス・マイナスのいずれにも寄与するなど、景気動向によって変化している。これに対して、変動費要因は、リーマンショック前の原油等資源価格の高騰時を除き、総じてプラスに寄与しており、生産効率の改善などの企業努力を含め、企業が原材料コストを低く抑えてきたことが経常利益の増加を支えてきた様子がうかがえる。変動費の対売上高比率を業種別にみると、製造業では、リーマンショック前まで上昇傾向で推移し、その後は2010年代半ばまで総じて低下傾向となるなど、原油等資源価格の影響も大きく受けているとみられる一方、非製造業では、各年の変動はあるものの、一貫して低下傾向で推移している。我が国企業部門の変動費の面からのコスト削減の長期的傾向は、主に非製造業によってけん引されていたことが分かる(第3-2-3図(2))。

次に、固定費のうち人件費要因を取り出すと過去約30年間を通じ、総じて抑制的であった。2000年代前半は、人件費要因は経常利益のプラス要因となっているが、これは1993年度対比で人件費が削減されてきたことを示している。その後、2010年代後半以降、人件費が緩やかな増加傾向に転じ、1993年度対比でようやく経常利益のマイナス寄与に転じるに至った。人件費の大宗を占める従業員人件費について、1980年度以降の推移をみると、1990年代半ばまでは、一人当たりの単価が上昇する中で人件費全体が増加してきたが、1990年代末から2000年代前半までは一人当たり単価が下落して人件費全体が抑えられてきた(第3-2-3図(3))。人件費の対売上高比率をみると、製造業を中心にリーマンショック前後での売上高の大幅な増減により大きな低下・上昇がありつつも、1990年代半ば以降について、全産業ベースでならしてみれば横ばいに近い動きとなっている(第3-2-3図(4))。2023年度にかけては、30年ぶりの賃上げとなったことから、人件費は着実に増加した一方、人件費対売上高比率は横ばい傾向が続いている。

人件費以外の固定費要因についてみると、国内で行った設備投資の結果として蓄積された固定資産に応じて計上される費用である減価償却費は、先述したとおり、経常利益の増加に比して設備投資の伸びが抑制的であったことから、過去30年間における収益に与える影響は小さい。一方、支払利息等については、経常利益に対して常にプラス寄与になっており、かつプラス寄与幅は総じて拡大傾向にあった。後述するように、バブル崩壊以降、企業の過剰債務の解消が進展し自己資本が強化される中で、借入金の残高が2000年代半ばまで減少するとともに、低金利環境が継続してきたことがあいまって、資金調達面のコストが傾向的に低下してきたことが影響したものと考えられる。

また、企業が本業以外の活動で経常的に得ている収益である営業外収益要因は、2010年代半ばから1993年度対比でプラスに転じ3、その後プラス寄与が着実に拡大してきた。営業外収益の対売上高比率を業種別にみると、特に製造業の増加が著しく、グローバル化の進展、海外生産の拡大に伴い、海外子会社などからの配当金受取が増加していることがうかがえる(第3-2-3図(5))4

このように、過去30年間における企業の経常利益の増加については、売上高要因は景気の動向によって変動し、期間を通じてならしてみれば主要な押上げ要因とはならない中で、主として、生産効率化も含めた変動費率の低下、人件費等の抑制、過剰債務の解消等による支払利息等の減少といった企業のコストカット、また、海外生産の拡大に伴う営業外収益の増加によってもたらされてきたといえよう。

(利益増加は企業の自己資本強化に活用)

次に、企業が獲得した利益の配分状況を確認すべく、経常利益に、臨時に発生する損益や、長期保有の有価証券や固定資産の売却損益などの特別損益を加えた税引前当期純利益の処分状況に関する内訳を確認する(第3-2-4図)。まず、法人税等の支払額は、利益が増加する一方で、法人税率が段階的に引き下げられてきた中、期間を通じてみれば大きく変化してこなかった。ただし、コロナ禍を経て、2023年度にかけては、利益の改善が大きく、法人税等の支払額も増加に転じている。

一方、過去20年間で大きく増加してきたのは、配当支払のほか、社内留保である。直近の2023年度の税引前当期純利益は、リーマンショック前のピークである2006年度と比較して2倍以上(+117%)に増加しているが、その内訳寄与をみると、法人税等の支払は+10%、配当金の支払は+40%、社内留保が+67%となっており、株主還元が進んだことから配当金支払額も増加しているが、生み出した利益のうち最終的に社内に残る分が特に大きく増加していることが分かる。

このように、社内留保が増加してきたことの結果として、企業のバランスシートの総資本(負債・純資産の部。貸方)の面では、過去20年間にわたって、利益剰余金と資本金及び資本準備金が着実に増加してきた(第3-2-5図(1))。バブル崩壊後の1993年度対比での総資本の伸び率とその内訳寄与をみると、総資本は2023年度までに+72%増加しているが、そのうち利益剰余金の寄与は+36%ポイント、資本金及び資本剰余金は+16%ポイントと、両者で総資本の増加の7割強を占めている。一方、借入金は1990年代後半から2000年代半ばにかけて減少しており、1993年度対比での総資本の増加に対する借入金の寄与は、1999年度以降、コロナ禍で借入金を大きく増加させた2020年度までマイナス寄与で推移してきた。

言い換えれば、企業の資金調達は、他人資本から自己資本へと移ってきた。総資本に対する借入金と利益剰余金の比率をみると、企業規模や業種を問わず、前者が低下する中で後者が上昇している(第3-2-5図(2))。結果として、1990年代までは20%を下回る水準であった自己資本比率は、2010年代後半には全規模全産業ベースで40%を超える水準まで高まっている(第3-2-5図(3))。このように、企業は、1990年代末以降、増加してきた企業利益を活用し、バブル崩壊後に企業活動の足かせとなってきた過剰債務を解消させ、自己資本を強化し、財務基盤を強固にしてきたと言えよう。

(国内投資が抑制される一方、海外投資と手元流動性が増加)

それでは、このように強化されてきた自己資本は、どこに向かっているのか。利益剰余金は、借入金や社債発行、株式増資などの他の資金調達と同じように、設備投資や不動産、有価証券、あるいは現金・預金など、何らかの資産に形を変えて運用されているものであるが、これをバランスシートの資産面(借方)の動向から確認する。

総資産のうち、2000年代以降、特に大きく増加しているのは投資有価証券である(第3-2-6図(1))。投資有価証券は、長期保有目的の株式、公社債、その他の有価証券の合計であるが、そのうちの9割は株式であることから、投資有価証券の拡大は、主に国内企業による海外子会社の設立や海外企業のM&Aが拡大してきたことによると考えられる5 。また、現金・預金についても、2000年代半ば以降、緩やかなペースにて着実に増加基調で推移してきている。一方で、土地を除く有形固定資産は、企業の投資姿勢が消極化したことから、1990年代末から2010年代初頭まで減少傾向で推移した後、2010年代前半以降にようやく増加に転じている。総資産の伸び率とその内訳寄与をバブル崩壊後の1993年度対比でみると、投資有価証券と現金・預金の増加が総資産の増加をけん引してきたことが分かる。総資産は、総資本と同様、1993年度から2023年度までに+72%増加したが、そのうち投資有価証券の寄与が+28%、現金・預金が+12%と、両者の合計で6割弱を占める。一方、土地を除く有形固定資産は、2000年代半ばから2018年度まで一貫してマイナス寄与で推移し、2019年度にマイナスを解消してその後はプラスに転じたが、プラス寄与幅は2023年度で+2%と僅かである。また、ソフトウェアや特許権等の無形固定資産は、期間を通じて徐々に増加しているものの総資産全体に占める割合は小さい。

これらを総資産に対する比率でみると、企業行動の変化の特徴は一層明らかである。1990年代後半以降、有形固定資産の比率が低下するのとほぼ時期を同じくして投資有価証券の比率が上昇傾向で推移しており、2010年代後半には両者の比率が逆転するに至っている(第3-2-6図(2))。このことは、過去四半世紀ほどの期間において、企業部門は、国内での設備投資を抑制する一方で、より市場の拡大が見込まれる海外において、現地法人の設立やM&A等による生産・販売拠点の拡大に積極的に取り組んできたことを示している。企業規模別にみると、こうした動きは主として大・中堅企業において顕著であり、海外向け投資の拡大が、配当金を通じた営業外収益の増加という形で、経常利益を支えてきた面がある。

また、総資産に対する現金・預金の比率についても、2000年代半ばから上昇に転じている。企業規模別にみると、大・中堅企業においても緩やかに増加しているが、特に、1990年代後半以降の中小企業における現金・預金の蓄積が著しいことが分かる。規模が小さく経営資源に制約がある中小企業では、一般的に、大・中堅企業に比べて海外展開が難しく、したがって、投資有価証券よりは現金・預金での蓄積が進んだものと考えられる。現金・預金の蓄積により、企業の短期的な支払能力を計る尺度である手元流動性6も、中小企業を中心に、2000年代半ば以降上昇している(第3-2-6図(3))。収益の増加に比して賃金や国内向け投資を抑制してきた結果であるほか、リーマンショックやコロナ禍によって売上が急減するなど危機を経験する中で、手元流動性を多く確保しておくといった企業行動も表れていると考えられる。その結果、日本の非金融法人企業の現預金保有残高のGDP比を主要先進国と比較すると、コロナ禍後は6割程度と突出した水準で高止まりしている(第3-2-6図(4))。

(投資抑制による貯蓄超過がほぼ四半世紀にわたり継続)

このように長期的にみて、我が国の企業部門の経常利益の増加は、主として、変動費率の低下や人件費の抑制等によるコストカット、また、海外生産の拡大に伴う営業外収益の増加によってもたらされてきた。そのようにして得られた利益は、主として、①利益剰余金の増加を通じた財務体質の強化、②現金・預金の増加を通じた手元流動性の確保、③海外投資の拡大に用いられてきたといえる。財務体質の強化と手元流動性の確保については、バブル崩壊後に直面した債務・雇用・設備の三つの過剰を解消し、また、世界金融危機等のショックを経験する中で、これらに備えたリスク耐性を得るため、企業にとって必要な構造変化であったともいえよう。また、海外直接投資の拡大は、アジアを中心により高い収益率の見込める地域に生産拠点を立地して現地市場の需要を取り込むことのほか、東日本大震災も経て、サプライチェーンの海外移転によるリスク分散や電力コストのより低廉な地域への生産拠点の移転など、各企業にとって合理的な意思決定の結果として進んできた面がある。

他方、企業が財務体質の強化や海外需要の取り込みなどを優先してきた反面として、人件費や国内での設備投資が抑制されてきた。その結果として、我が国の企業部門では、1990年代末以降、恒常的に貯蓄超過の状態が継続している。非金融法人企業の貯蓄投資バランスをみると、1990年代後半に、それまでの投資が貯蓄を超過する状態(資金不足)から、貯蓄が投資を超過する状態(資金余剰)に変化し、その構造が約四半世紀にわたって継続していることが分かる(第3-2-7図(1))。

企業の資金過不足の長期的な動向を金融面からみると、バブル期までは、旺盛な借入による資金不足要因が、現金・預金の増加による資金余剰要因を上回り、全体として資金不足状態が続いていたことが確認される(第3-2-7図(2))。しかし、バブル崩壊を経て、1990年代終盤以降は、バブル期に積み上がった債務の返済が進展して借入が資金余剰要因に転ずる中で、現金・預金もプラス傾向で推移したことで、全体として資金余剰構造に転換している。2000年代半ばには、長期的な景気回復の下で資金余剰幅が縮小する局面もあったが、2008年のリーマンショックを経て、借入を減少させるとともに現金・預金を積み上げるという姿勢が再び顕著になった。2010年代以降は、過剰債務の圧縮が進んだことも背景に、借入が増加に転じ資金不足要因となった一方、現金・預金の積み上がりは続き、また、対外直接投資フローが着実に増加する中で、全体として資金余剰が継続した。上述したように、企業の利益が拡大していく中で、その利益は、海外直接投資と手元流動性の増加に充てられ、借入の増加がみられても、これは海外M&A等に回されたと考えられ、国内への支出は限定的だったといえる。こうした結果、非金融法人企業について、金融面からみた資金過不足(GDP比)を主要先進国と比較すると、各国では時期による変動はありながらも長期的には資金過不足が均衡した状況であるのに対し、日本では1990年代後半以降一貫して資金余剰が続くという異質な状況となっている(第3-2-7図(3))。

2.大企業等における変化~海外展開の動向とその国内部門への影響を中心に~

前項では企業部門全体として、過去30年超に及ぶ企業行動の変化を概観し、企業は収益の改善を自己資本の増加に充て、これを通じて財務基盤を強化する中で、資金の運用面では、海外投資(投資有価証券の増加)と現金・預金を拡大させる一方、国内向け設備投資(土地を除く有形固定資産)は総じて抑制してきたことを確認した。その中で、同じ企業部門の中でも、蓄積した利益の使い途として、大企業は主に海外投資の拡大を、中小企業は現金・預金の増加を通じた手元流動性の確保を重視してきたことをみた。

改めて、我が国がデフレ的な状況に陥った1990年代後半以降の四半世紀における企業の長期的なバランスシートの動向を企業規模別に確認すると、大企業、中小企業共にバランスシートは拡大しているが、その内容は大きく異なっている(第3-2-8図)。大企業においては、資産側で投資有価証券等が大きく拡大する一方で、借入金も相応に増加し、結果として内部留保も増加している。また、固定資産についても限定的ではあるが、この25年間で若干増加している。一方、中小企業についてみると、資産側では、主に、現預金等が大きく増大する一方、負債側では、借入金が大きく減少し、結果として内部留保が拡大している。また、固定資産については、大企業と異なりこの四半世紀で減少しており、設備投資を抑制してきた様子がより浮き彫りとなる。以下では、大企業と中小企業に議論を分け、企業部門が蓄積した利益を、人への投資を含む国内投資に振り向けるに当たっての課題を整理する。本項では大企業等を扱い、次項では中小企業の課題に目を向ける。

(海外現地法人数は2010年代半ばまで増加の後、横ばいに。非製造業のシェアが拡大)

以下では、2000年代以降、大企業を中心に急速に拡大してきた企業の海外展開に焦点を当て、その現状を確認するとともに、企業の海外展開の促進が、国内における付加価値生産性の向上や賃金の引上げにつながっているかといった点を分析していく。

まず、海外に現地法人を有する企業を対象とする経済産業省「海外事業活動基本調査」を基に、企業の海外展開の現状を概観する。はじめに、海外現地法人数の長期的な推移をみると、製造業、非製造業共に2010年代半ば頃まで増加傾向で推移してきたが、その後は、近年にかけておおむね横ばい傾向で推移している(第3-2-9図(1))。現地法人数に占める製造業と非製造業のシェアをみると、過去30年程度で非製造業の割合が緩やかに増加し、2023年度には非製造業のシェアが58%まで高まっている(第3-2-9図(2))。現地法人設立の地域別に現地法人数をみると、アジア地域では、2010年代初頭までは中国が増加をけん引していたが、その後頭打ちとなり、近年はやや減少傾向もみられる。代わって、アジア地域の中では、2010年代初頭以降、ASEANを中心に東南アジアにおける現地企業数の増加ペースが高まった(第3-2-10図)。欧米地域では、北米や英仏独は2010年代半ばまで緩やかな増加傾向で推移した後、おおむね横ばいで推移している。この結果、アジア地域の現地法人数は1995年度から2023年度にかけて、全体の44%から65%に拡大する中、中国のシェアは、この10年でやや低下する一方で、東南アジアが最大の26%のシェアとなっている。欧米地域の現地法人数のシェアは、1995年度に比べると2013年度にかけては低下したが、その後は安定的に推移している。

次に、現地法人企業の雇用者数をみると、現地法人数と同様に、2000年代にかけて増加した後、世界金融危機の影響により、2009年度に大きく落ち込んだものの、その後は緩やかな増加傾向に復し、2010年代後半からは横ばい傾向で推移している(第3-2-11図(1))。業種別にみると、現地雇用者数の多くを占める製造業の動きは、全産業と同様であるが、非製造業は世界金融危機の影響はそれほどみられず相対的に安定的な増加傾向で推移しており、全体に占めるシェアは、1995年度の20%から2023年度は28%と緩やかながら増加している。

(海外展開企業の海外売上高比率は、非製造業を含め年々上昇してきた)

その上で、現地法人企業を有する企業について、国内から海外への輸出額と、海外現地法人の売上高との合計を海外売上高と定義し、これら企業の国内売上高を含む総売上高に対する比率(以下「海外売上高比率」という。)の長期的な推移をみると、1995年度は33%であったものが、直近の2023年度には56%まで上昇している(第3-2-12図(1))。業種別にみると、製造業においては、1995年度の29%から2023年度には56%と2倍近くに上昇している。この間の上昇は主に現地法人売上の上昇が寄与しており、製造業の生産拠点の海外進出が大きく増加したことを反映しているほか、近年は円安の進行もあって円建ての売上高拡大に影響しているとみられる(第3-2-12図(2))。非製造業については、輸出額自体は限定的である中、2000年代初頭から2010年頃までは40%程度の水準でおおむね横ばいであったが、後述するように小売業や運輸業等の海外展開が進んだ結果、2010年代以降その比率が上昇し、2023年度時点では製造業と同様の56%に達している(第3-2-12図(3))。

関連して、海外に現地法人を有していない企業を含む全体として、海外売上高が総売上高に占めるシェアを確認するため、分母の国内売上高に「法人企業統計」の売上高を置いた比率の推移をみると、海外売上高比率は、全産業でみて、1995年度の8%から2023年度には20%と大きく上昇している(第3-2-13図(1))。非製造業においては、内需型産業が多く、国内売上規模が大きいため、海外売上高比率の絶対水準は製造業に比べて低いが、長期的に上昇傾向で推移してきたことには変わりはない(第3-2-13図(2)、(3))。

ただし、製造業の海外現地生産については、近年変化の兆しもみられる。上場企業を調査対象とする内閣府「企業行動に関するアンケート調査」から製造業企業の海外現地生産比率7の動向をみると、1990年代以降長期にわたり、企業は、5年後の海外現地生産比率の見通しについて、現状よりも引き上げる計画を立て、かつ、5年後の実績が当初見通しを上回るという形で海外現地生産比率の上昇が続いてきたが、2010年代後半以降こうした傾向に変化がみられる(第3-2-13図(4))。つまり、①5年後の海外現地生産比率の見通しについて、現状から引き上げる度合いは低下し、②5年後の実績についても、5年前に立てた見通しと同程度か下回る状況が定着している。このように、製造業企業の海外現地生産比率の引上げペースは、これまでの為替レートの円安方向への動きもあって、近年一服しつつある可能性がある。

(海外売上高比率は、競争力の高い一部製造業のほか、商業・運輸業でも高まり)

再び「海外事業活動基本調査」に基づく海外売上高比率に着目し、業種別のより詳細な動向を確認する。まず、製造業については、電気機械(電子部品・デバイス等を除く。)は、本章第1節でも見たように、長期的に国際競争力が低下してきた中で、輸出比率は逓減傾向の一方、生産拠点の海外移転が進んだ結果、現地法人売上高の増加を主因に、海外売上高比率は緩やかな上昇傾向にある。電子部品・デバイス等については、2000年代半ば以降、海外売上高比率としてはおおむね横ばい傾向で推移している。国際競争において、日本の半導体メーカーが海外メーカーに遅れをとってきた中で、海外売上高比率の上昇がみられなかったものと考えられる。これに対し、輸送用機械やはん用・生産用・業務用機械では、現地法人売上高の拡大を主因に、海外売上高比率の長期的な上昇傾向がみられる(第3-2-14図(1))。半導体製造装置や工作機械等を含むはん用・生産用・業務用機械や、自動車などの輸送用機械は、付加価値の高い製品を生み出すなど我が国メーカーの国際的な競争力が高く、海外売上高比率が着実に高まってきたとみられる。

一方、非製造業については、産業の性質上、輸出は限定的である中で、運輸、小売、卸売といった業種において、現地法人売上高が拡大し、海外売上高比率が上昇傾向にあることが分かる(第3-2-14図(2))。このうち、運輸業は、積極的な海外展開を通じた国際貨物運送需要の取込みを背景に上昇してきたと考えられる。小売業は、人口減少下の国内市場に対し、成長が著しいアジアなど新興国の需要を取り込むべく、積極的に海外への出店等を行っていることを反映している。卸売業についても小売業と同様に商社などが積極的に海外に投資を行っていることを反映しているとみられる。

(輸出を積極的に行っている企業は、近年の売上高利益率の伸びが高い)

以上のように、我が国企業において、非製造業を含め、海外直接投資の拡大も通じて、総じて海外展開を積極化し、海外売上高比率を伸ばしてきたという現状を踏まえ、以下では、経済産業省「経済産業省企業活動基本調査」の調査票情報を用いて、海外展開を積極的に行っている企業とそうでない企業との間のパフォーマンスの違いを分析する。その際、2016年度8と2023年度の比較を行い、こうした海外展開の有無による企業のパフォーマンスの違いに近年何らかの変化が生じているかを考察する。

まず、海外輸出を積極的に行っている企業とそうでない企業の売上高経常利益率の差を確認すると(第3-2-15図(1))、2016年度時点では、輸出を積極的に行っている企業は、そうでない企業と比べ、売上高経常利益率は1~2%ポイント程度高い状態であった。これに対し、2023年度時点では、輸出に積極的でない企業に比べ、例えば、輸出額上位1%の企業の経常利益率は6%ポイント程度、輸出額上位1%から10%の企業は4%ポイント程度高くなるなど、それぞれ差が拡大している。海外展開企業が、海外需要の成長を更に取り込んでいるほか、近年の円安の進行もあって、海外売上における利益率が大きく高まっているものと考えられる9。なお、輸出総額に占める占有率をみると、この間に大きな変化はないが、輸出額上位1%未満の占有率は、2016年度から2023年度にかけてやや低下し、輸出額上位1~10%の企業の占有率がやや上昇しているなど、若干の裾野の広がりが確認できる(第3-2-15図(3))。

(海外展開企業は平均的に、生産性と賃金が高く、その傾向は過去に比べ高まっている)

次に、輸出を多少なりとも行っている輸出企業の平均値を、輸出を全く行っていない非輸出企業の平均値と比較し、生産性(全要素生産性)、賃金のほか、雇用者数について、輸出企業がどの程度非輸出企業を上回っているか(以下「輸出プレミアム」という。)をみると、輸出企業の方がいずれの指標でも非輸出企業を上回る(輸出プレミアムがプラス)という状況にあり、これは2016年度と2023年度で変わりない(第3-2-16図(1))。もっとも、生産性については、2016年度について輸出プレミアムは+14%であったものが、2023年度は+21%に高まっており、賃金についても2016年度は輸出プレミアムが+20%であったのに対し、2023年度は+23%と輸出企業と非輸出企業の差が拡大している。ただし、生産性のプレミアム拡大に比して、賃金のプレミアム拡大はやや抑制されている。また、雇用者数の差については、2016年度について輸出企業は非輸出企業に比べ63%多かったのに対し、2023年度は64%多いという状況であり、輸出プレミアムは若干の拡大にとどまっている。このように、この間、輸出企業においては、非輸出企業に比べ雇用者数の増加を抑えつつ、生産性を高め、その一部を賃金に回しているという状況が確認される。

次に、同じく「経済産業省企業活動基本調査」により、海外投融資を相応に実施している企業と、海外投融資の実施が僅か又は全くない企業10の平均値と比較し、前述と同様に各指標について、海外投融資実施企業がどの程度海外投融資非実施企業を上回っているか(以下「海外投融資プレミアム」という。)を確認する11第3-2-16図(2))。これによると、いずれの指標についても、海外投融資実施企業が、海外投融資非実施企業を上回っている中で、生産性については、2016年度について海外投融資プレミアムは+13%であったものが2023年度は+22%に大きく高まっている。賃金については、海外投融資プレミアムが20%であったのに対し、2023年度は+24%と海外投融資実施企業と海外投融資非実施企業との差は拡大しているが、生産性ほどのプレミアムの上昇とはなっていない。なお、雇用者数の差については幾分縮小している。このように、平均的な姿として、海外投融資実施企業は、国内生産性を高めつつ、一部は国内雇用者の賃金に還元している様子がうかがえる。

ただし、これらはあくまで海外展開を実施している企業としていない企業の平均的な姿の違いであり、輸出や海外投融資という形で海外展開を実施したことによって、その企業の生産性や賃金が高まったかどうかという因果を示すものではない。この点の検証は、後述にて行う。

(国際化・海外展開企業において生産性のばらつきが拡大しているとみられる)

輸出企業や海外投融資実施企業の生産性の状況をより詳細に比較するために、若杉(2011)や内閣府(2019)を参考に、ここではまず、生産性水準ごとの分布状況について、2016年度から2023年度への変化を含めて確認する。比較する企業群については、①輸出もなく、海外投融資もしていない(よって海外子会社を持たない)「非国際化企業」、②輸出はしているが、海外投融資をしていない「輸出企業」、③海外投融資を実施しているが、輸出はしていない「海外投融資実施企業」、④輸出も海外投融資も行っている「輸出・海外投融資実施企業」の四つのグループに分類して分析を行う。③と④の対象となる企業が一般的に想起される国際化企業であり、大手自動車メーカーや大手電気機械メーカーなどの大手製造業は④に含まれている。一方で、③には、商社や電力会社などの大手の非製造業が含まれている。

まず、2016年度と2023年度のそれぞれについて、上記の4グループの企業グループごとの生産性の分布を比較すると、いずれの年度においても、②「輸出企業」や③「海外投融資実施企業」、④「輸出・海外投融資実施企業」は、①「非国際化企業」に比べ、分布が右方向に位置し、全体として生産性が高いことが確認できる(第3-2-17図(1))。ただし、2023年度はいずれの企業群でも最頻値の確率密度が低下しており、総じて生産性のばらつきが拡大していると言える。

第3-2-17図(2)は、①から④の企業グループごとに、2016年度から2023年度への分布の変化を示したものであるが、④「輸出・海外投融資実施企業」や③「海外投融資実施企業」では、右側の裾野がやや大きめに拡大しており、海外直接投資等を積極的に行っている企業のうち、生産性の高い企業のシェアが相対的に高まっていることが分かる。一方で、④「輸出・海外投融資実施企業」や②「輸出企業」は最頻値の山が幾分右にシフトしているのに対し、③「海外投融資実施企業」の山はむしろ左方向に僅かながら移行しており、このグループに属する非製造業では、多くが生産性をやや低下させていることを示唆している。このように、国際化・海外展開に取り組む企業の中でも、生産性で測ったパフォーマンスは一様に改善しているわけではなく、ばらつきが拡大している。進出先の海外市場における競争が激化する中で、こうした企業間格差が生じている可能性を示している。

(輸出開始は生産性・賃金向上に効果。海外投融資開始の生産性・賃金引上げ効果は必ずしも明確ではない)

次に、以下では、海外展開を行うことによって、相対的に生産性が高まっているのか、そして、それが国内雇用者の賃金の増加にもひ益しているのか、といった点を精緻に分析する。一般に、海外展開を行っている企業がそうでない企業に比べて生産性が高いといっても、海外展開によって生産性が高まったという因果ではなく、元々生産性が高い企業が海外展開を行っているという逆の因果関係に影響されている可能性がある。このため、ここでは、「経済産業省企業活動基本調査」の調査票情報を基に、傾向スコアマッチング法を用いた分析を行う。

まず、内閣府(2019)における2016年度までの分析と同様に、輸出の有無による違いに焦点を当てて分析を行う。傾向スコアマッチング法により、輸出を開始した企業とそうでない企業について、輸出開始の有無以外については企業属性が似通っている企業同士を対応させ、輸出開始による生産性への影響について分析を行った(第3-2-18図)。生産性の変化については、輸出開始の一年前を基準として、その時点からの変化率を分析の対象とした。結果をみると、第一に、内閣府(2019)と同様に、輸出開始企業については、そうでない企業(輸出非開始企業)に比べ、輸出開始後において、生産性が相対的に高く推移する傾向にあることが分かる12。第二に、2023年度までの期間で推計した場合は、輸出開始企業は、輸出開始の1年後から安定的に、開始前の生産性を上回っており、生産性上昇効果が明確となっている。背景としては、海外市場における潜在需要の獲得など、輸出を行ったことによる様々な面での学習の効果として、生産性が向上し、そうした効果が近年にかけて更に高まっている可能性が示唆される。

次に、海外投融資を実施している企業とそうでない企業について、同様の比較分析を行う。「経済産業省企業活動基本調査」は、海外子会社を含む連結企業ではなく、国内単体企業を対象とする調査であることから、ここでの分析は、海外投融資の実施によって、国内外の分業体制の強化や海外市場における潜在需要の獲得などにより、投融資元である国内企業において経営パフォーマンスが改善しているのか、つまり海外投融資の効果が国内にひ益しているのかを確認するものとなる。関連する先行研究としては、経済産業省(2023)があり、そこでは、海外現地法人の所有を開始した企業とそうでない企業との間における生産性等の違いを分析しているが、海外現地法人には現地事務所のような連絡窓口機能のみを持つものが含まれることから、ここでは、海外進出の質の違いも一定程度考慮するため、海外への投融資残高が5千万円以下から1億円以上に増えた企業を海外投融資開始企業と定義し、海外投融資を実施していない企業との比較という形で、傾向スコアマッチング法による分析を行った(第3-2-19図)。また、輸出企業の場合と異なり、海外投融資企業は非製造業も多く含むことから、製造業と非製造業に分けた分析を行った。

結果をみると、製造業については、海外投融資開始企業について、投融資開始1年後から数年にわたって、投融資開始前に比べて生産性が有意に高まっているが、投融資非開始企業との間の差異はさほど明確ではない。一方、非製造業については、海外投融資開始企業は、投融資開始後5年目では、有意に生産性が高まる効果がみられるが、それ以前の数年程度の期間においては生産性が有意に高まっているわけではない。一方、投融資非開始企業においては、同じ期間において生産性が低下しており、その意味においては、非製造業企業の海外投融資には、相対的にみて一定の生産性向上効果はあることが示唆される。国内市場が縮小する中で、海外進出を行っていない企業ではTFPが低迷する一方で、海外進出を開始した企業では、少なくとも国内での生産性水準を維持していることを示していると考えられる。

さらに、海外展開企業における国内雇用者の賃金への影響を確認したい。生産性分析と同様に、輸出開始企業や海外投融資開始企業について、それぞれの非開始企業との相対的な違いについて、因果関係をできるだけ精緻に検証する観点から、傾向スコアマッチング法を用いる。ここでは、海外展開を実施する1年前における雇用者一人当たり賃金を基準として海外展開開始後の期間において、海外展開非開始企業との間で差が生じているのかを検証する(第3-2-20図)。

まず、輸出開始企業について、輸出開始後の国内賃金の動向をみると、2016年度までのデータで推計した場合、開始前から賃金が有意に高まる効果は観察されなかったが、2023年度までのデータで推計すると、生産性と同様に、輸出開始後において、数年にわたって安定的に、国内賃金が有意に上昇していることが確認できる。このように、輸出開始企業においては、海外展開によって得られた収益が相応に雇用者の賃金上昇につながっていると言える。

一方、海外投融資開始企業のうち、製造業においては、生産性と同様に、投融資開始後に賃金が高まる効果がみられるが、投融資非開始企業との間で明確な差があるわけではない。非製造業については、海外投融資を行っていない企業では賃金水準が低下しているのに対し、海外投融資開始企業では、投融資前の国内賃金水準が維持されている点においては、海外展開の効果がみられる。一方、非製造業においても、投融資開始前に比べて国内雇用者の賃金が高まるという点までは確認されない(第3-2-21図)。

このように、同じ国際化・海外展開企業の中でも、輸出開始企業については、輸出開始後において、国内の生産性・賃金が有意に上昇している一方で、海外投融資開始企業では、投融資開始による国内の生産性・賃金の引上げ効果は、部分的には観測できるものの、必ずしも明確に確認されるわけではない。これは、本章第1節で確認したように、我が国企業において、海外需要の取り込みを図るべく、直接投資を増加させてきた一方で、そこから得られる収益の多くは海外現地で留保・再投資されてきたということと裏腹の関係にあるとも言える。日本企業が、国内ではなく海外での投資や再投資を増やしてきた要因の一つには、国内投資によって得られる期待収益が低いと認識されてきたことが挙げられ、規制改革による事業環境の改善などを通じて、企業の資金が、より国内投資に回り、国内賃金の引上げにつながるような環境作りが重要であると言える。

コラム3-3 国内市場において企業の寡占化は進んでいるのか

本節では、大企業等における長期的な変化として、主に海外展開について取り上げたが、ここでは、企業行動の変化の一つの要素として、国際的にも議論となっている競争環境の低下や寡占化が日本においても進んでいるのかという点を確認する。例えば、大橋(2021)は、企業部門を巡る環境の変化として、一部で寡占化が進みつつある点を指摘しており、その背景として、①国内における長期的な人口減少による市場規模の縮小と、②デジタル化の進展の中、デジタル・プラットフォームが、データの大規模収集を通じて情報の優位性を保持し、競争阻害的な行動がとられるようになっているという点を挙げている。②は、世界的な課題と言えるが、①は我が国経済に特徴的な状況であると言える。一般に、人口減少により長期的に縮小が見込まれる市場環境においては、市場縮小による競争激化を見越して新規参入が控えられる可能性があるほか、既存企業において、今後の市場拡大が見込めない中で、赤字化する前に廃業を選択する、あるいは同業他社へ事業譲渡を行うということが発生し得る。こうしたメカニズムにより、市場規模の縮小下で寡占化が進展し得る。

IMF(2019)では、企業の収益率の上昇のほか、後述するHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)の上昇、マークアップ率の上昇といった観点から、世界的に企業の支配力が高まっている点を指摘している。例えば、米国など多くの先進諸国ではこうした指標はいずれも上昇しており、少数企業の支配力が高まっている点が指摘されている。我が国についてみると、収益率の上昇がみられる一方で、我が国企業のマークアップ率13については、内閣府(2023)等における分析のとおり、長期的におおむね横ばい圏内で推移しており、企業の価格支配力が高まっている状況にはない。

ここでは、我が国のHHIの動向を確認する。HHIは、我が国では公正取引委員会が企業結合ガイドラインの指針において、企業結合が独占に該当するか否かの判断基準として用いている指標であり、ある産業における企業の競争状態を測る指標の一つである。具体的には、当該産業における各企業の市場占有率の2乗を合算して算出される。例えば、三つの企業で構成される市場において、市場全体に占める売上高比率がそれぞれ60%、30%、10%の場合、HHIは4600(=60×60+30×30+10×10)となり、市場が独占に近いほど指数の値は10000に近づき、完全競争状態に近いほどゼロに近づく。以下では、大中堅企業を対象とする「経済産業省企業活動基本調査」14の調査票情報を用いて、産業分類ごとにHHIを算出した。ここで、同調査の回答率は100%ではなく、産業分類の中には、毎年回答が得られていない売上高上位企業も存在する15。こうしたことから、HHIの前年差が大きい産業分類の売上高上位企業を確認し、倒産や廃業が発生していないにもかかわらず、データ取得ができない売上高上位企業については、決算公告などを確認して適宜補完することとした。また、産業分類のうち、電気・ガス・熱供給・水道業については、電力システム改革の下、発送電分離による新規参入や分社化等により、電力関係企業は大きく増加した(HHIの数値は大きく低下することになる)という特殊要因があるため、本分析から控除することとした。

まず、各産業のHHIを売上高ウェイトで加重平均した全産業ベースの結果をみると、年々の振れは大きいながら、長期的にならしてみれば緩やかな低下傾向にあると言える(コラム3-3-1図16。製造業と非製造業に分けてみると、製造業の方がHHIは高い水準にある中で、この15年程度でおおむね横ばいで推移している一方、非製造業については、全産業と同様に、振れを伴いながら、緩やかな低下傾向で推移している。このように全体的な傾向として、我が国において寡占化が進んでいる点は確認されない。

次に、より詳細な業種ごとに確認すると、HHIの水準や変化には大きなばらつきがみられることが分かる。例えば、HHIの水準でみると、製造業の中では、石油・石炭や鉄鋼・非鉄金属といった素材業種で相対的に高く、続いて、はん用・生産用・業務用機械や自動車(自動車部品を含む。)といった加工業種、そしてHHIが低位な業種として食料品等がある。非製造業については、運輸業や不動産業等のHHIが相対的に高く、卸・小売や宿泊・飲食サービスは相対的に低位であることが分かる。長期的な変化をみると、鉄鋼・非鉄金属や石油・石炭といった素材産業においてHHIは大きく上昇している。加工業種に比べると、産出する財の差別化に制約がある素材業種においては、規模の経済を発揮するべく、各社が合併・統合を進めてきたことが背景にあると考えられる。また、加工業種の中では、競争環境が年々激しくなっている自動車(自動車部品を含む。)において、HHI指数の上昇がみられる(コラム3-3-2図)。一方、はん用・生産用・業務用機械では、グローバルな競争環境の厳しさに変わりはないものの、素材業種に比べ合併によるコスト削減効果が小さいことや、半導体関連や医療用機器関連などマーケットが拡大する中で、新規参入も活発なことから、HHIが低下傾向となっている可能性がある。また、食料品製造業は、元来HHIの水準は低位である中で、共働き世帯の増加等もあり総菜等のいわゆる中食の市場規模が2022年までの10年で1.2倍に拡大するなど17、新規参入が相応に多くみられ、結果としてHHIの長期的な低下につながっている可能性がある。

非製造業については、長期的な変化という点では、運輸業のHHIの上昇が顕著である。これは、地方を中心に人口減少による市場縮小や効率化を目的として、公共交通機関や運送会社の合併が多くみられており、こうした現状と整合的であると言える。なお、15年前からの変化という意味では大きな動きがあるわけではないが、不動産業は、2011年頃までHHIが上昇した後、直近にかけては低下傾向が進んでいる。これは、2000年代後半における世界金融危機後の停滞の中で、財務基盤の弱い企業が淘汰されたことからHHIが上昇した一方、その後は、緩和的な金融環境が長期的に継続する下で、不動産分野への新規参入や比較的規模の小さい事業者の規模拡大によりHHIが低下したとみられる。また、宿泊・飲食サービスについては、コロナ禍前までは、インバウンド需要の長期的な拡大の中で、新規参入が活発化し、HHIが低下傾向で推移してきたと考えられる一方、直近では、HHIの水準が切り上がっており、コロナ禍を経て企業の淘汰や合併・吸収等が生じた可能性がある。

以上のように、我が国において、全体的な傾向としてHHIが上昇しているわけではないが、産業によっては、グローバルな競争環境の激化に伴う規模の経済を目指した集約化や、人口減少による国内市場規模の縮小の中での既存事業者の統廃合などの背景から、HHIが上昇している分野もみられる。大橋(2021)の指摘に基づけば、デジタル化の流れや人口減少の進行は、今後、日本においても、市場の寡占化が進む要因であると言える。こうした市場の集中が過度に進めば、競争環境が阻害され、企業の新規投資のインセンティブが失われることから、設備投資が最適な水準よりも抑制される18という可能性もある。

一方、人口減少下での一定程度の寡占化は必ずしも否定されるものではない。2020年にはいわゆる地域特例法19が施行され、地域のバス会社や銀行が認可を受けて行う合併や路線調整、運賃協定などを独占禁止法の適用除外にすることとされた。例えば、現在人手不足が深刻化しているバス会社の中には収益が極端に低下している企業も相応に存在する。こうした中で、適切な合併・統合を進めることにより、社会機能の維持と競争環境の維持のバランスを図ることが重要になるものと考えられる。

3.中小企業の収益性向上に向けた課題

ここでは、中小企業における収益性の現状を詳細に確認した上で、現預金等の形で蓄積した資金が、設備投資や賃金に回っていくための課題を整理する。

(中小企業では有利子負債比率は低下し、現預金比率は上昇し続けている)

改めて「法人企業統計」20に基づき、我が国の中小企業の収益性について、大中堅企業と比較しつつ確認する。収益性の指標として、自己資本利益率(ROE:自己資本に対する税引き後当期利益の比率)の長期的な推移をみると、1980年代までは、中小企業は、近年に比べると資金調達競争が厳しい中で、(ROEの分母にあたる)資本金を十分に確保出来なかったとみられ、ROEは大企業を上回っていたが、1990年代にはほぼ同水準となり、2000年頃を境に中小企業のROEは大企業を下回るようになった。その後、近年にかけて、ROEの規模間格差は、緩やかながら徐々に拡大していることが分かる(第3-2-22図)。このように、2010年代以降、経済環境が総じて改善する下、大企業では、上場企業を中心に、株主より資本効率を求められる傾向が年々高まる中でROEが共に上昇を続けている一方、中小企業については、ROEの改善は緩慢なものにとどまっている。

前掲第3-2-8図で、大企業と比較した中小企業の過去四半世紀におけるバランスシートの変化を取り上げ、中小企業では現預金の拡大と内部留保の蓄積が進んだことを確認したが、ここで改めて、中小企業の資産・負債について主な内訳である現預金と有利子負債の総資産に対する比率について、時系列の推移を確認する。まず、有利子負債比率をみると、1980年頃までは資金調達能力の高い大企業の方が中小企業よりも高く、両者の差はおおむね一定程度で推移していた(第3-2-23図(1))。一方、金融機関の貸出余力が次第に高まった1980年代以降、中小企業の有利子負債比率は上昇を続け、バブル期の1980年代後半には大企業の有利子負債比率を超えた。中小企業の有利子負債比率は、バブル崩壊を経て、その後も、1990年代後半まで上昇傾向を続けた。これに対し、1990年代後半の我が国の金融システム危機以降、中小企業の有利子負債比率は低下局面に転じた。大企業の有利子負債比率も同時期から低下し始めたものの、2010年代半ば頃で下げ止まり、近年にかけてほぼ横ばいで推移している一方で、中小企業の有利子負債比率はほぼ一貫して低下傾向を続け、近年は、30年超ぶりに中小企業と大企業の有利子負債比率が同程度の水準となった。

一方、資産側の現預金比率の長期的な推移を確認すると、大企業の現預金比率については、1990年から2000年にかけて低下し、2000年代後半以降は上昇傾向に転じたが、上昇の程度は緩やかなものとなっている(第3-2-23図(2))。これは、上述したように、大企業においては海外直接投資を積極化させ、投資有価証券比率を高めてきたことと裏腹の関係にあると考えられる21。一方、中小企業の現預金比率は、1990年頃までは安定的に推移した後、バブル崩壊後は、低下していたものの、1990年代末以降反転し、その後はほぼ一貫して上昇してきた。さらに、コロナ禍を経て、中小企業の現預金比率の水準は切り上がり、直近では過去最高となっている。

このように、中小企業全体の姿としては、有利子負債比率が低下し、相対的に大きく現預金を確保していることが分かる。有利子負債比率の低下と中小企業の現預金比率の高さの背景には様々な要因があり得るが22、1990年代後半の金融システム危機、2000年代後半の世界金融危機、さらには2020年のコロナ禍など様々なショックに直面する中で、将来何らかのショックが発生した際に、金融機関の貸出態度の厳格化に伴い資金繰りが悪化するリスクに備えていることが大きいと考えられる。こうした予備的な動機に基づく現預金の保有は、危機時における企業の事業継続可能性を高める意味はある一方、現預金比率の高まりは、資金の効率的な活用が阻害されているということを意味するものであり、企業経営が過度に保守的なものとなることによる逸失利益も大きいと考えられる。

ROE上位の中小企業でも、より多くの企業が現預金を積み増している)

以上は、中小企業全体の平均的な姿であるが、次に、中小企業庁「中小企業実態基本調査」23の調査票情報を用い、各経営指標のばらつきの程度を確認していく。まず、中小企業のROEについてみると、2015年頃以降、上位企業において低下し、下位企業ではおおむね横ばいで推移する中で、ばらつきが全体的に縮小していることが分かる(第3-2-24図(1))。一方、当期純利益率をみると、コロナ禍など甚大な経済ショック時を除くと、長期的には下位企業も含めておおむね緩やかな改善傾向で推移していると言える(第3-2-24図(2))。その中で、特に上位10%企業に着目すると、当期純利益率は世界金融危機時(2008年)の6%から直近の2022年度には11.7%まで大きく上昇している。中央値は同期間において1.6%ポイントの上昇となっており、これに比べると極めて高い上昇幅であり、経営パフォーマンスの高い中小企業は大きく利益率を向上させてきたことが分かる。

このように、収益力上位の中小企業は、利益率を一貫して上昇させている一方、ROE上位の中小企業のROEは低下傾向がみられている。この点について、ROEは、総資本回転率(総資産に対する売上高の比率)、財務レバレッジ(自己資本に対する総資産の比率)、当期純利益率の積であるという関係を踏まえ、総資本回転率と財務レバレッジについて中小企業間のばらつきを確認する(第3-2-24図(3)、(4))。これをみると、総資本回転率は、上位企業を中心に低下しており、過去に比べ、保有資産の増加を売上高にしっかりと結び付けられていない様子がうかがえる。一方、財務レバレッジは、世界金融危機の2000年代後半以降、上位企業で低下してきたのに対し、下位企業はレバレッジがマイナス(債務超過)からマイナス幅を縮小し、近年はプラスに転じている。つまり、債務超過の企業は減少してきた一方で、財務レバレッジを効かせている中小企業も減少しており、こうしたことが、上位企業のROEの低下につながっているとみられる。

この点をより詳細に確認するため、ROEの上位・下位企業別に、総資本回転率や財務レバレッジの過去10年程度の変化をみると、下位25%の中小企業の最頻値に大きな変化がみられない一方で、上位25%の企業は、総資本回転率・財務レバレッジ共に分布が左にシフトしている。このように、上位企業のROEの低下は、総資本回転率や財務レバレッジの低下を背景に生じていると考えられる(第3-2-25図(2)、(3))。

背景には、前掲第3-2-24図(5)にあるように、中小企業全体として現預金比率が長期的に上昇している中で、現預金比率上位の中小企業においては、より高いペースで現預金を積み増していることがある。例えば、中央値では、現預金比率は2007年度の17.5%から2022年度の26%程度と+8.5%ポイント程度の上昇であるのに対し、上位10%企業では55%から67%と+12%ポイントの上昇となっている。くわえて、第3-2-25図(4)のとおり、ROE上位の中小企業において、現預金比率の分布の山が右にシフトし、現預金をより大きく保有する企業の割合が拡大しており、収益力のある企業群において、現預金の形で余剰資金が増加し、結果的に資本効率が低下している面もあることが示唆される24

(大企業では株主還元が進む一方、オーナー経営者が多い中小企業では現預金が蓄積)

ここで、中小企業の現預金比率が、大企業に比べて上昇している背景について、株主還元という別の角度から確認する。大企業については、利益率が上昇する中で、現預金比率の上昇は限定的で、ROEが上昇傾向にある一方、中小企業については、利益率に比して、ROEの改善が緩慢であり、現預金比率が上昇を続けている点を確認してきた。ここで、「法人企業統計」から、企業規模別に、総資産に対する配当金支払額と自己株式取得(自社株買い)の比率を時系列でみると、この20年程度で大きなかい離が生じていることが分かる。配当金支払額の総資産に対する比率をみると、大企業では2000年代に入って以降大きく上昇した結果、直近では、2000年以前に比べ3倍程度となり、過去最高水準となっている(第3-2-26図(1))。一方、中小企業においても、配当金支払額の総資産に対する比率は、この20年程度で2倍程度まで上昇しているが、低水準にとどまっている。自己株式取得についても同様の傾向が確認でき、大企業、中小企業共に、総資産対比でみた自己株式取得は増加しているが、大企業に比べると中小企業の伸び幅は小さい(第3-2-26図(2))。このように中小企業においては、株主還元に対する積極性の低さもあって、改善した収益が、結果として、現預金比率の増加に結び付き、特に、利益率の高い中小企業において、過剰な現預金を保有し、運転資金効率等の悪化につながっている面があると考えられる。一般に、中小企業の株主還元は、オーナー経営者への報酬と同義であることが多く、家族経営の中小企業においては、単年度のオーナー本人の課税額を調整する観点から、配当等の株主還元を増やさず一定程度に留めている可能性も考えられる。

(中小企業は大企業と共に減価償却を上回る投資が抑制。近年も純投資の伸びは限定的)

ここまで確認してきたように、中小企業の中には、高い収益力と安定した財務基盤を兼ね備える企業も増加してきたと言える一方で、こうした収益力の高い企業において、近年、資本効率の意識が低下している可能性もみられることが分かった。長期にわたる低金利環境から、金利が上昇する局面に転化していく中で、中小企業の収益力向上のためには、資本効率を意識した経営が不可欠であり、蓄積した現預金が、設備投資や賃上げといった形で前向きに活用される環境整備が重要である。

この点に関連して、最後に、中小企業の設備投資の動向を確認しつつ、投資行動に影響する要素として、設備投資を促す施策の効果を含めて確認したい。まず、「法人企業統計」により、大企業と対比した中小企業のマクロ的な設備投資の動向を確認する。ここでは、減価償却を控除した上で、実質的に設備投資が増加しているか否かをみる観点から、純設備投資(設備投資-減価償却費)の総資産に対する比率(以下「設備投資比率」という。)の長期的な推移をみる(第3-2-27図)。企業規模にかかわらず、大企業、中小企業共に、バブル崩壊前の1980年代は、設備投資比率はおおむね1~2%の範囲で推移していたが、バブル崩壊を経て大幅に低下し、2000年代前半から2010年代前半にかけてはゼロ近傍ないしマイナスに転じていた。純設備投資がゼロ近傍ないしマイナスであるということは、新設投資額が、過去の投資から発生する減価償却と同程度ないしそれ以下ということであり、生産能力を維持する程度ないしそれに満たない投資しか行われていなかったことを意味する。バブル崩壊後の債務・設備・雇用の三つの過剰の解消が求められる中で、長期間にわたり、更新投資を超える形で前向きな投資が行われていなかったことが分かる。これに対し、2010年代前半以降の過去10年程度は、設備投資比率の水準がプラス圏内で推移するようになっている。ただし、近年の動向をみると、大企業に比べると中小企業の設備投資比率は低位で、2023年度にかけては、大企業でやや上昇がみられるのに対し、中小企業では横ばいとなっており、相対的に中小企業において設備投資に遅れがみられていると言える。

(中小企業は現預金比率が高くても投資にはつながらず。投資促進税制は一定の効果)

その上で、中小企業の設備投資の決定要因について、「中小企業実態基本調査」の調査票情報を用いた分析を行う。まず、当期純利益率を下位から10-25%、25-50%、50-75%、75-90%の四つのタイルに分け、それぞれに対応する設備投資比率の中央値の動向を確認する。これによると、利益率が最も高いタイル区分の中小企業における設備投資比率は、それ以外の企業の設備投資比率に比べると総じて高い傾向が確認される(第3-2-28図(1))。しかし、コロナ禍前後の推移をみると、いずれの利益率区分の中小企業も設備投資比率は低下しており、利益率が改善している企業でも、利益改善と比べると、生産能力を高めるような前向きな設備投資が抑制されていることが分かる。

こうした当期純利益率以外の要因が中小企業の設備投資比率に与える影響を確認するために、各中小企業の設備投資比率を被説明変数とし、説明変数として、売上高当期純利益率、現預金比率、資本コスト(有利子負債の利払費の有利子負債額に対する比率)のほか、政策支援の効果を示す要因として、中小企業投資促進税制等を利用しているか否かのダミーを含め、設備投資関数を推計する。税制利用について、「中小企業実態基本調査」では、中小企業投資促進税制又は中小企業経営強化税制25を利用した企業を特定することができるため、中小企業がこれらを利用している場合を1、そうでない場合を0とする税制利用ダミーを設定した。税制利用の有無について、設備投資比率の違いをみたものが第3-2-28図(2)であるが、当期純利益率のいずれのタイルにおいても、税制利用企業においては、税制利用のない企業に比べて設備投資比率が高い傾向にあることが分かる。

こうした変数からなる中小企業の設備投資関数の推計結果(第3-2-29図)をみると、第一に、資本コストが統計的に有意に設備投資比率の低下につながっているなど、おおむね理論と整合的な結果となっていること26が分かる。第二に、現預金比率については、係数はマイナスで、かつ統計的に有意となっており、中小企業において現預金を保有していることは、結果的として、少なくとも設備投資のインセンティブにつながっているわけではない可能性を示唆している。第三に、税制利用ダミーの係数は、プラスでかつ有意となっており、税制の利用は、設備投資の積極化に寄与している可能性を示している。

(生産性の高い中小企業では、大中堅企業と遜色のない労働生産性と賃金水準にある)

中小企業における設備投資の活性化は、労働者一人当たりの生産的資本ストックの蓄積等を通じて、労働生産性の向上につながるものであり、雇用者の賃金上昇に資すると考えられる。ここで、経済産業省「経済産業省企業活動基本調査」と中小企業庁「中小企業実態基本調査」の調査票情報データを用いて、前者が対象とする大中堅企業と、後者が対象とする中小企業のそれぞれについて、労働生産性の分布を確認すると(第3-2-30図(1))、大中堅企業、中小企業共に、企業間のばらつきが緩やかに拡大していることが分かる。総じてみれば、大中堅企業の方が、中小企業よりも労働生産性が高い傾向にある一方、近年においては、中小企業の上位10%に位置する企業の労働生産性は、大中堅企業の上位25%を、中小企業の上位25%に位置する企業は大中堅企業の中位値(50%点)に位置する企業をそれぞれ上回るなど、付加価値を高めている中小企業では、大中堅企業と遜色のない労働生産性となっていることが分かる。その上で、労働生産性水準のタイル別に、一人当たり賃金の水準を計測すると、労働生産性が高い企業ほど、賃金水準も高く、労働生産性と同様に、中小企業の労働生産性上位企業では、大中堅企業に匹敵する賃金水準となっていることが分かる27第3-2-30図(2))。

以上、本節では、長期にわたる我が国の企業行動を振り返り、企業部門全体として、人件費の抑制を含むコストカットや海外生産の拡大に伴う営業外収益の増加によって利益がもたらされ、得られた利益は、利益剰余金の増加を通じた財務体質の強化、現金・預金の増加を通じた手元流動性の確保、海外投資の拡大に用いられてきたことを確認した。その上で、大企業と中小企業に分けた過去30年間の企業行動の大きな特徴として、①大企業では海外直接投資など海外展開が大きく進み、現地法人を含む企業全体としての収益力を高めてきたものの、それが必ずしも明確に国内の生産性や賃金の上昇につながっているわけではないこと、そして②中小企業において、収益率が高い相対的に優良な中小企業でも、保守的な経営が進んだ結果、現預金の拡大や投資の抑制が進み、資本効率が低下している点等について確認した。

一方、こうした企業行動には、変化の兆しもみられる。上述したように、大企業製造業では、海外現地生産比率の引上げペースが過去よりも鈍化している。また、「法人企業景気予測調査」から、国内の大企業、中小企業別に、企業の利益配分に係るスタンスの長期的な変化をみると、大企業では内部留保の優先順位が着実に低下する一方、設備投資や株主への還元をより重視するようになっていること、また賃上げを含む従業員への還元の重要度が急速に高まっていることが分かる(第3-2-31図)。また、中小企業においては、依然として重要度は高いものの、内部留保の優先度は低下し、これに代わり、従業員への還元がより重視されるとともに、設備投資に対する積極性もみられ始めている。こうした企業の前向きな姿勢を後押しし、国内投資と賃上げを促進する取組が重要であろう。 特に中小企業については、官公需も含めた価格転嫁・取引適正化に加え、省力化・デジタル化投資の促進による生産性の向上、事業承継やM&A等を通じた経営基盤強化等に取り組むことが重要と言えよう。


1 ここでの記述は、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2024)第3章第1節の内容に依拠している。
2 「法人企業統計」においては、ソフトウェアを含む設備投資が捕捉され始めたのは2001年7-9月期以降であるため、ここでは長期の比較を行う観点から、ソフトウェアを除く設備投資を使用しているが、ソフトウェアを含めても同様の結果とみられる。一方、「法人企業統計」では、「国民経済計算」とは異なり、知的財産投資のうち、研究開発投資(R&D)等は含まれないことに留意。
3 営業外収益要因は、2000年代半ばまで、1993年度対比でみてマイナス寄与を拡大してきたが、これは、この間の金利低下による受取利息等が減少してきたことによるものと言える。その後は、金利低下が続く中にあっても、配当受取等が増加することでマイナス幅を徐々に縮小させ、2010年代半ばからプラス寄与に転じた。
4 ただし、営業外収益には、雇用調整助成金をはじめとして、コロナ禍での雇用維持や事業継続のための法人企業向けの補助金・支援金の支給額が計上されており 、特に2020年度や2021年度の営業外収益の対売上高比率の改善の動きにはこれらの政策の影響が含まれていることに留意が必要である。
5 日本企業同士のM&Aの場合には、買収側企業に計上される投資有価証券の増加は、売却側の企業の減少と相殺される場合が多いことから、多くは一国全体の投資有価証券の増減に影響を及ぼさないと考えられる。
6 流動資産である現金・預金及び有価証券の合計が売上高に占める比率。
7 「企業行動に関するアンケート調査」における海外現地生産比率は、「海外現地生産による生産高/(国内生産による生産高+海外現地生産による生産高)」を聴取しており、生産額ベースの比率となっている。
8 内閣府(2019)では、2016年度を対象に、海外展開企業の特徴に係る分析を行っており、その時点の状況からの変化の有無を確認する観点から、ここでは、コロナ禍を挟んだ2023年度(直近年)との比較を行った。
9 売上高営業利益率で評価すると、2016年度時点では、輸出の多寡によって利益率には大きな違いがなかったが、2023年度時点では、ばらつきはあるものの、輸出に積極的な企業はそうでない企業に比べて総じて利益率が高いことが確認される(第3-2-15図(2))。
10 海外現地法人には現地事務所のような連絡窓口機能しか持たないものが含まれることから、海外進出の質の違いも一定程度考慮するため、海外への投融資残高が5千万円以下の企業を非海外投融資実施企業、海外への投融資残高が1億円以上の企業を海外投融資開始企業と定義した。
11 「経済産業省企業活動基本調査」は、海外子会社を含む連結企業ではなく、国内単体企業を対象とする調査であることから、ここでの分析は、海外投融資を行っている企業が、そうでない企業に対して、国内部門の経営指標がどの程度異なるかを確認するものとなる。
12 後述するように、輸出等の開始後の名目賃金への影響を分析する観点から、内閣府(2019)とは異なり名目の生産性で分析を行っており、2016年度までについての結果は内閣府(2019)とは異なる点に留意が必要である。
13 企業の限界費用(生産量を追加的に一単位増加させるときに必要な費用)に対する販売価格(製品一単位当たりの売上高)の比率を指す。
14 「経済産業省企業活動基本調査」は調査対象が従業員50人以上かつ資本金三千万円以上の企業であり、ここでは大中堅企業と呼ぶ。
15 こうした問題を解決するためには、簡便な手法としては調査期間全てで回答している存続企業のみを対象とすることも一つであるが、過去20年の途中で起業した新規成長企業を捉えられないほか、大手企業の合併・分社による売上高の急減や急上昇による指数の段差が発生する。結果として、ここで採用した手法に比べ、ボラティリティが大きく実態にそぐわないと考えられることから、こうした手法は採用しなかった。存続企業のみよるHHI付図3-6を参照。
16 こうしたHHIの傾向は、HHIの緩やかな上昇がみられるとする大橋(2021)とは異なる結果となっている。背景には、構成社数が極端に少ない業種分類を除いて集計したほか、統計上の欠測値について、ここでは決算公告により補完しているなどの取組を行っていることが影響している可能性がある。
17 一般社団法人日本惣菜協会(2024)
18 内閣府(2023)では、企業のマークアップ率と設備投資の関係を分析し、マークアップ率が一定の水準を超えると設備投資が抑制されるという関係を導いており、市場集中が過度に進むことによる投資インセンティブの減退という議論と整合的と言える。
19 地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律(令和2年法律第32号)。
20 「法人企業統計」については、大企業を資本金10億円以上、中堅企業を資本金1億円以上10億円未満、中小企業を資本金1千万円以上1億円未満と定義し、集計している。
21 大企業の中でも上場企業については、後述するように、中長期的に株主からのプレッシャーが高まる状況下で、ROEを維持する(資本効率を高める)観点から増配を行っていることも、相対的に現預金比率の上昇が緩やかであることにつながっているとみられる。
22 例えば、日本銀行(2018)では、2010年代後半時点での企業部門の現預金保有の背景として、経済ショックに備える予備的な動機の高まりや、期待成長率の低下のほか、企業収益の改善とキャッシュアウトにはタイムラグがあること(収益改善に遅れて設備投資がなされる等により現預金比率が低下する可能性)などを挙げていた。
23 ここからは「中小企業実態基本調査」が調査対象とする法人企業を中小企業としている。同調査における中小の法人企業は、資本金5千万円~3億円以下(業種により基準が異なる)又は従業員50~300人以下(業種により基準が異なる)。
24 総資本回転率と財務レバレッジをROEの上位と下位に分けて過去10年程度の変化を確認すると、総資本回転率は、ROE下位企業ではおおむね横ばいであるのに対し、ROE上位企業では低下している(付図3-7)。ROE上位企業では、売上の増加ほどには、売上債権や棚卸資産、固定資産が増えない中で、現預金が増加し、結果として総資本回転率の低下につながっているとみられる。
25 中小企業投資促進税制とは機械装置等の対象設備の取得や製作等を行った場合に、取得価額の30%の特別償却又は7%の税額控除が選択適用できるもので、特別償却の場合は、減価償却費を上乗せできることから課税利益を圧縮できる。特別償却も税額控除についても法人税等の圧縮につながり、企業側からみると、実質的な設備投資補助金となる。中小企業経営強化税制は、認定を受けた経営力向上計画に基づき、対象設備の取得や製作等をした場合に、即時償却又は取得価額の10%の税額控除(資本金の額等が3,000万円超の法人は7%)が選択適用できるもの。
26 ただし、当期純利益率については、係数は正である一方、本推計では統計的に有意とはなっていない。
27 なお、産業別に見ても(付図3-8)、特段の傾向の違いはない。
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