第3節 原油・原材料価格の高騰と日本の物価・賃金

景気回復が「足踏み状態」にある中で、原油・原材料価格の高騰の収益面への影響がみられており、加えてドル安に伴う円高の輸出関連企業への影響が懸念される。また、企業収益が減少してきている中で、賃金の伸び悩みが続いている。今後、物価と賃金はどのように動いていくのだろうか。第3節では、第2節でみた世界経済の構造変化の中での日本経済の位置づけを念頭に、日本の物価と賃金について考えてみよう。

1 原油・原材料価格高騰、円高の影響

原油価格は2008年7月現在、既往最高値を更新している(第1-3-1図)。

こうした動きの背景は、様々な要因が複合的に重なったものと考えられる。まず、中国やインド等新興国の需要が増える一方で、上流開発投資の停滞や精製設備の老朽化等により供給が十分に伸びておらず、需給のタイト化という実需要因があるといわれている。また、産油国における政情不安といった地政学的要因も、価格上昇の一因と考えられる。さらに、こうした将来の原油需給が国際的に逼迫するとの懸念等を背景として、長期リターン、年金資金等のリスク分散の観点からの資金が流入する中、サブプライム住宅ローン問題に伴い「単純な商品」への選好が強まり、ヘッジファンド等による短期的な利鞘を狙った投機的な動きもあって、巨額の資金が流入しているという金融要因もみられる。 

企業間取引におけるコスト増は最終財には転嫁できず

原油・原材料価格高騰によるコスト増の企業間での転嫁の状況をみると、素原材料、中間財は大幅な上昇傾向にある一方、最終財では上昇がみられない(第1-3-2図)。原油価格等のコスト増は、川上、川中の生産財(素原材料+中間財)の価格にまでは転嫁されているが、川下の最終財では石油製品等の一部にしか進んでいない。最終財は品質向上が著しく下落傾向にある電気機器のウエイトが大きい面もあるが、それらを考慮しても生産財と最終財の間の物価上昇率の差は大きい。

製造業では原材料価格の高騰を背景に、変動費が経常利益の減少要因となるなど、企業収益に影響を与えつつあり、また、大企業、中小企業ともに大部分の業種で景況感が悪化している(第1-3-3図)。

コラム6 ガソリンの暫定税率適用期限切れの影響

2008年度の税制改正法案が2007年度内に成立しなかったことにより、2008年3月末でガソリン等に対する暫定税率18が適用期限切れとなった。その結果、ガソリン等の流通・販売面における混乱や地方公共団体の財政運営への支障が懸念された。

ガソリンの販売及び価格について2008年3月末から5月初めまでの動きをみると、暫定税率失効前の3月末に消費者の間で購入を控えるといった行動がみられた(コラム6図[1]6図[2])。しかし、4月に入って暫定税率が失効すると、4月中旬までに3月末の価格からほぼ暫定税率分だけ差し引いた水準まで価格が低下し、ガソリンの売れ行きが大きく増加した。その後、4月30日に税制改正法案が成立したことにより5月1日から暫定税率が復活したが、その前には駆け込みによる販売の増加がみられた。このように暫定税率失効前後でガソリンの売れ行きが大きく上下することとなったが、広範囲で供給が滞ってしまうといった大きな混乱は回避された。

一方、全国の多くの地方公共団体においては、歳入不足への不安から事業の執行を保留する事態となり、その影響は道路関係事業だけでなく、その他の普通建設事業やそれ以外の経常的経費を含めた事業にまで及んだものとみられている。 

原油価格高騰による海外への所得移転増は2007年度でGDP比0.5%

日本の輸入金額に占める原油輸入の割合は17%(2007年)と大きいことから、原油価格の高騰は輸入金額の増加という形で、海外への支払額を増加させる(海外への所得移転)。2007年度には243.1百万キロリットルを輸入しており前年度の243.6百万キロリットルからほぼ横ばいだが、支払金額では13.7兆円と前年度の11.4兆円から拡大している。ここで、輸入数量を固定して、原油価格の高騰が輸入金額をどれほど押し上げたか簡単な試算をしてみよう。原油価格の変化による所得移転の変化額のGDP比を、(前年からの原油輸入価格上昇分)×(当年輸入量)/名目GDPとすると、2005年度、2006年度にはそれぞれGDP比0.7%、0.3%であった。2007年度は、前半は前年に比べ原油価格は下落していたが後半から高騰し、0.5%の所得移転が生じることとなった(第1-3-4表)。

こうした所得移転を取り戻すには、日本から海外への輸出価格を同額分引き上げる必要があるが、グローバルな競争の中で、むしろ価格下落圧力が強い状況である。ちなみに、2005年度、2006年度、2007年度の所得移転を金額でみると、それぞれ3.4兆円、1.7兆円、2.4兆円となるが、同年度の中東諸国への日本からの輸出金額は、2.0兆円、2.4兆円、3.2兆円であり、日本から中東諸国等の産油国への所得移転額は、中東諸国の日本への輸入代金の支払額に匹敵する規模である。

なお、こうした所得移転については、実質GDPの動きなどでは把握することは困難である。後述のように、実質所得の概念でみる必要がある。 

エネルギー原単位は石油危機後に低下したが、近年はほぼ横ばい

原油価格高騰による所得移転額は、前述のとおり原油価格の上昇幅と原油輸入量の積で求められるが、原油輸入量は、原油の輸入依存度、エネルギーの原油依存度、エネルギー原単位及び実質GDPの積に分解できる19。エネルギーの原油依存度については、石油ショックを契機に脱石油が推進され、エネルギーの多様化が図られたことから低下傾向にあり、2006年度は原油で4割弱、石油(原油+石油製品)で5割弱となっている。しかし、他の主要国と比べると、日本におけるエネルギーの石油依存度は依然高いとみられる。エネルギー原単位については、石油危機を契機とする省エネ努力で大幅に低下したものの、近年はほぼ横ばいとなっている。こうした中、日本は原油をほぼ100%輸入に頼っていることから、原油価格高騰による所得移転額は国際的にみても大きなものとなっている20

為替レートの動向

また、2002年初めからの景気回復局面では、円の対ドルレートは長期にわたって円安傾向で推移した。それが輸出関連業種を中心に回復を牽引してきた一つの要因である。2007年6月には中心レート21で123円台まで円安となりその後も120円台で推移していたが、アメリカのサブプライム住宅ローン問題に端を発する金融資本市場の混乱やアメリカ経済の景気後退懸念などを背景に、2008年3月には12年ぶりに1ドル97円台となった22

円高は、原油価格の高騰によるドル建輸入価格の上昇を、円建換算で緩和する方向に働いたが、その後、為替レートがやや円安方向に戻す中で、原油価格の高騰が続いていることから、輸入価格も再び上昇している。

一方、輸出企業の収益には悪影響を与える可能性がある。ただし、名目対ドルレートと名目実効レートの動きを比べると、名目実効レートの増価は緩やかである。これは、為替レートの変動が、円の他の通貨に対する増価というよりも、アメリカのサブプライム住宅ローン問題等を背景としたドル安という面が大きかったことによるものである(第1-3-5図)。また、名目実効レートと対比して、実質実効レートについてみると、2007年半ばには1985年のプラザ合意前後の円安水準まで減価しており、その後の円高方向への増価も緩やかである。これは、実質レートは、内外の物価の変動を考慮しており、日本の物価上昇率が相対的に低い場合には、名目レートが示す変化よりも円安方向に振れるからである23。日本は、名目為替レートが大きく変動しない中で、世界との物価上昇率の差によって輸出競争力を高めていたのである。

交易条件の変化による影響

これまでの原油・原材料価格高騰や為替レートの変動の影響を、交易条件(輸出価格/輸入価格)24の変化でみると、2002年以降、現在まで悪化を続けている。2007年半ばまでは円安方向で為替レートが推移していたことから輸出価格、輸入価格とも上昇をしていた。しかし、原油価格等の高騰により輸入価格の上昇率がより大きかったため交易条件は急激に悪化したのである。2007年半ば以降の円高では、輸入価格の上昇は多少緩和されたものの、円建で輸出価格が低下し交易条件の悪化要因となった(第1-3-6図)。

なお、このような急激な交易条件の変化はアメリカ、ユーロ圏ではみられていない。輸出入価格をドルベースで比較すると、日本では輸出価格が横ばいで維持される中で、大幅な輸入価格の上昇が起こったため、交易条件が大きく悪化している。アメリカでも輸入価格は上昇したが、輸出価格も上昇したため交易条件は若干の悪化にとどまっている。ユーロ圏は、ドルベースでの輸入価格の上昇は、輸出価格の上昇と同程度であるため、交易条件に大きな変化はみられない。このように、ドルベースでみて輸入価格が上昇しているのは日本だけではないが、アメリカ、ユーロ圏では輸出価格も上昇しており、輸入価格の変化との間に大きな開きはみられない(第1-3-7図)。

それでは、日本ではなぜ輸入価格と輸出価格の動きが大きく異なるのだろうか。

日本について、日本銀行の輸出入物価指数で、貿易財の契約通貨建の指数と円建に換算した指数の動きの違いを詳しくみてみよう(第1-3-8図)。輸出価格については、契約通貨ベースは前述のドルベースと同じくほぼ横ばいで推移しているが、円ベースでみると、緩やかに上昇した後、2007年半ばから下落に転じている。これは、それまで円安傾向で推移していた為替レートが夏場以降円高方向に転じたことによる。企業は価格競争力維持のため輸出先の現地通貨建価格の引上げを抑制しているものと考えられ、結果として円ベースの輸出価格は低下したのである25

同様に輸入価格の変化をみると、原油価格の上昇により契約通貨ベースは上昇している。2007年夏場以降の円高は円ベースの輸入価格の上昇を緩和するが、原油価格等の高騰の影響はそれ以上に大きい。

このように、貿易財では輸出価格が低下し、輸入価格が上昇する形で両者が交易条件を悪化させる方向に寄与している。輸入物価指数の前年比変化率をみると、その大部分は石油製品、金属、食料26の価格上昇の寄与で説明できる(第1-3-9図)。

なお、自国通貨高をドルベースで転嫁できていない日本との対比でユーロ圏をみると、ユーロ高が続いているがドルベースの輸出価格が大幅に上昇している27。ドルベースの価格上昇によりアメリカ向け輸出は抑制されているが、原油価格の高騰で潤うロシア等の旧ソ連圏諸国や中東産油国は、経済開発の促進のためユーロ圏からの輸入を増加させている28

以上から、次のような点が指摘できる。原油・原材料価格の高騰は、通常、輸入国では輸入物価の高騰を通じて国内の物価を上昇させ、輸出物価も上昇させるはずである。しかし、日本では、石油製品や食料品等の価格上昇がみられるものの、国内物価全体としては上昇率が低く、輸出品の価格上昇圧力も弱い。このため、日本とユーロ圏の国内(圏内)物価上昇率の違いが交易条件の差として現れていると考えられる。

また、自国通貨の増価は輸入価格の上昇の影響を緩和するが、輸出価格に自国通貨高を転嫁しているかどうかで日本とユーロ圏では異なっている。日本では原油・原材料価格の上昇分を企業努力で吸収し、さらに円の増価分についての輸出価格への転嫁も十分に進んでいない。自国通貨の増価を転嫁できるかどうかは、短期的には、輸出の契約通貨にも影響を受けることから、日本は円建の比率が低くドル建が多いために円高ドル安でも輸出価格が上昇しにくい。もっとも、こうした契約通貨の影響であれば、中期的には価格の改定が行われることで、外貨建でも価格が引き上げられていくはずである。にもかかわらず、転嫁が進まないのは、品目によっては、海外市場での価格支配力に差があり、それが企業の現地価格の設定の差として現れているためと考えられる。

さらに、グローバルな競争の下で、日本は世界市場シェアの維持のため、アジア諸国等からの輸出との間で、価格競争にさらされていることから、価格の引上げに対して企業が抑制的な姿勢であることも指摘できる。

交易条件の変化による所得への影響は実質GDPには表れない

次に、交易条件の変化をGDPの名目値と実質値の比較でみよう。実質ベースでは、2002年以降、輸出が増加する中、輸入の伸びが比較的緩やかであることから、実質純輸出(実質輸出―実質輸入)は拡大している。一方、名目ベースでは、輸入も輸出と同様に増加し、純輸出は5兆円から10兆円の間で推移しており、横ばい圏内の動きである(第1-3-10図)。先にみたように、2003年ごろから輸入価格が輸出価格を大幅に上回って上昇したことから、名目での輸入代金支払額が急増している。こうしたことが、実質GDPで測った経済成長率と景気回復と実感がかい離する理由の一つと考えられる。

交易損失の増加が実質所得の海外への移転を示す

交易条件の変化を実質GDP成長率でみることは難しいことを指摘したが、実質ベースで交易条件の変化をみる場合には、交易利得(損失)という概念が用いられる。交易利得は、輸出入価格の差によって生じる所得の実質額であり交易条件の変化を反映する。

なお、名目ベースではGDP(国内総生産)とGDI(国内総所得)の値は一致するが、実質ベースでは、GDIを実質化する際、輸出入価格の差によって生じる所得の実質額を調整するため、交易利得を加えている。すなわち、実質GDIと実質GDPの差が交易利得となる29

交易利得の額は基準年に依存する(基準年はゼロ)ことから、その変化をみることが適当である。まず、実質GDPと実質GDIの成長率についてみると、実質GDI成長率が実質GDP成長率を下回っており、交易利得の変化がマイナスとなっている。また、交易利得の変化額の対実質GDI比は、定義上、交易利得の実質GDI成長率の寄与度となることから、この動きをみると、最近はマイナス幅が拡大している(第1-3-11図(1))。過去の原油高の局面と比較すると、第一次石油危機及び第二次石油危機の際ほどではないが、それ以来のマイナス寄与となっている(第1-3-11図(2))。

交易条件悪化による海外への所得移転は誰が負担したのか

交易条件の悪化により海外への所得移転が生じていることをみたが、これは国内ではどのように負担されたのだろうか。ここでは、最終需要1単位当たりの価格(=「国内需要+輸出」の名目値/「国内需要+輸出」の実質値)に着目して考えよう30第1-3-12図)。

まず、その動きを第一次石油危機(72~74年度)と最近の原油価格高騰局面(2004~2007年度)で比べると、第一次石油危機のときは最終需要の価格が2年で42.7%上昇したのに対し、最近は3年でわずか0.6%の上昇であり、ほとんど変化していない。次にこの最終需要の価格を、コスト側の要因に分解しよう。最終需要財を1単位作るには、コストとして労働力、資本等、及び輸入財が必要となる(国内中間財は相殺されるためここには現れない)。それぞれの価格が賃金、単位当たり利潤等、及び輸入価格である。輸入価格が上昇した場合、その分は海外への所得移転となる。最終需要の価格のうち、残った部分を賃金(=雇用者報酬)と利潤等に分けることになるが、このときの賃金のシェア、利潤等のシェアはそれぞれ実質賃金、実質利潤31を意味する。そして、実質賃金、実質利潤が上がるか下がるかは、輸入価格の上昇による海外への所得移転分を企業が負担するか、家計が負担するかを意味している。

第一次石油危機時は海外への所得移転のシェアは4.6%ポイント拡大した一方、利潤等のシェアは7.6%ポイント縮小し、賃金のシェアは3.0%ポイント拡大している。すなわち、実質賃金が大幅に上昇したことから、家計には負担は生じず、企業が負担する姿となっている。しかし、このときは実質賃金の上昇が2年間で4割を超えるホームメードインフレが発生し、マクロ経済へのマイナスの影響を及ぼしたことに留意が必要である。

最近の原油価格高騰局面(2004~2007年度)では、最終需要の価格がほとんど上昇しない中で、海外への所得移転のシェアが3.6%ポイント拡大した一方、賃金は1.9%ポイント、利潤等は1.7%ポイントとそれぞれシェアを縮小させており、家計と企業がともに負担を分かち合う姿となっている。

2 伸び悩む賃金

原油価格の高騰による交易条件の悪化については、企業と家計が負担を分かち合っている姿をみたが、企業収益は高水準にある中、賃金の上昇につながっておらず、景気回復が家計に波及していない。景気回復の成果配分が適当でないとの指摘もみられる。原油・原材料価格の上昇を背景に、消費者物価が上昇する中、賃金上昇への波及はまだはっきりしておらず、消費者の購買力の低下につながっている。賃金の伸び悩みは、先にみた世界経済の構造変化とどう関係しているのだろうか。また、国内の要因には何があるのだろうか。

以下では、2002年以降の労働分配率の変化の要因をみながら、今回の景気回復を通じて賃金が伸び悩んできた理由について改めて整理し、今後の展望について考えよう。

(1)労働分配率の動向

まず、労働分配率の動向をみよう。労働分配率とは、経済全体の観点からは、国民の生産活動によって新たに作り出された付加価値(国民所得)のうち、労働者にどれだけ報酬(賃金等の人件費)として分配されたかを示す指標である。90年以降の労働分配率の推移をみると、90年代前半にその水準を高めた後、2001年までおおむね横ばいで推移した。2002年以降の景気回復期においては、低下傾向で推移し、足下では横ばい圏内の動きとなっている(第1-3-13図)。

2002年以降の景気回復の中で、企業収益が高水準で推移する中で労働分配率が低下したことから、「適正な成果配分のため労働分配率を高めるべきだ」との考え方も広がっている。一方で、「労働分配率が高まることは企業の競争力の面から必ずしも望ましくない」との指摘がなされることもある。また、労働分配率と景気の関係については、景気回復局面では賃金上昇が遅れ気味になるため労働分配率が低下し、景気後退局面では逆に労働分配率が上昇することが見て取れる。景気回復が足踏み状態にある中、労働分配率は下げ止まりつつあるが、これはどのように評価されるだろうか。 

コラム7 労働分配率の定義

労働分配率を巡る議論に当たっては、用いられる指標の違いに注意する必要がある。例えば、国際比較を行う場合に、諸外国に比べて日本の労働分配率は高いのか低いのかは、どの指標を用いるかによって姿が異なっている。

国際比較可能な国民経済計算(SNA)での労働分配率についてみてみよう。例えば、労働分配率として、分母に国民所得(純所得)を用いる場合と、GDPを用いる場合がある(いずれも名目値)。国民所得ベースの労働分配率をみると、日本はアメリカを上回るなど主要先進国と比べると高い水準だが、GDPを分母とした場合は、日本はドイツに次いで低い水準となっている。国民所得とGDPの大きな違いは、国民所得には固定資本減耗が含まれないことである32。日本では固定資本減耗がGDPに占める割合が他の国と比べて高いため、名目GDPを分母とした場合の労働分配率の水準は低くなる。

また、その他の要因として、産業ごとに労働分配率の水準が異なるため、各国の産業構造に応じて経済全体の労働分配率の水準も異なっていることもあるだろう。

こうしたことから、労働分配率の水準の高低を各国と比べて何らかの結論を導くことは難しい。各国間では、変化の方向についての比較を行うことが妥当であろう(コラム7図)。

固定資本減耗は生産活動の過程で構築物、機械設備等の固定資産が減価した分に対応しており、純粋に「新たに生産された付加価値」を考える場合には除いてみる必要がある。その場合に、労働分配率は、この「新たに生産された付加価値」のうち、雇用者報酬としての受取がどの程度の割合となるかを示していることになる。

なお、労働分配率の分析を行う場合には、業種別・規模別に四半期データが取れることから、財務省の法人企業統計を用いることも多い。法人企業統計は、金融機関を除く法人企業のみをカバーしていることなどには注意が必要33であるが、SNAベースの労働分配率と法人企業統計ベースの労働分配率は水準が異なるものの、変化の方向についてはおおむね一致している(コラム8参照)。

2002年度以降の労働分配率の低下の原因は賃金の低迷

IMFは、2007年春の世界経済見通しにおいて、世界的な労働分配率の低下について分析を行い、技術進歩と労働のグローバル化が主な要因であると指摘した34。この分析によれば、IT化の進展が非熟練労働への需要を減らし、日本を含む先進国で労働分配率を大きく低下させたとしている。一方、グローバル化による労働分配率の押下げは、労働集約財の輸入による輸入価格の低下と、国内での資本集約的な財へのシフトによる輸出価格の上昇等による労働への需要の相対的な減少というルートが想定されている。ただし、このグローバル化によるルートは日本以外では広くみられるものの、日本については逆にグローバル化は、労働分配率の押上げ要因であるとの結果となっている。IMFの分析は1980年代から2000年代初めまでの約20年間の大きな変化を扱ったものであり、日本の2002年度以降の労働分配率の低下の要因はカバーされていないが、その後の変化をみれば、日本においてもグローバル化が労働分配率の押下げ要因となっている可能性がある。以下では、グローバル化が労働分配率に与える影響を念頭に置きつつ、2002年以降の労働分配率の低下の要因について考えてみる。

労働分配率35の変化(前年差、%ポイント)をみるために、労働分配率の分子である雇用者報酬を、賃金(一人当たり雇用者報酬)と雇用者数に分け、また分母の付加価値を実質GDPと物価(GDPデフレーター)に分けて、寄与度をみよう(第1-3-14図)。

まず、分子側の要因からみると、雇用者数の増加は2003年度からプラスの寄与となっている一方、賃金は2002年度、2003年度には大きなマイナス寄与であり、2004年度にはマイナス寄与が縮小し2005年度に前年比横ばいとなったが、その後も伸び悩む姿となっている。

次に、分母側の要因について、実質GDPと物価は、それぞれ前年比プラスとなった場合にマイナス寄与となることに注意してみると、労働分配率に対して、実質GDPの成長が押下げ要因、物価の下落が押上げ要因となっている。

このように、実質GDP成長率の押下げ寄与が続く中で、2002年度、2003年度に大きく落ち込んだ分配率が下げ止まったあと横ばいとなっているのは、賃金がようやく下げ止まった後、横ばいとなっていることが大きい。

実質GDPが増加する中で、雇用者報酬が低迷しているのは、先にみたように、原油高等の原材料コスト上昇への対応により、単位当たりの賃金や単位当たりの営業余剰等を抑制することで販売価格の上昇を抑えつつ、販売数量の増加によって売上を確保しようとする企業行動を反映していると考えられる。

こうした動きは、GDPデフレーターの低下が労働分配率を押し上げる要因(GDPデフレーターは前年比マイナス)となっていることからも確認できる。GDPデフレーターは、計算上、名目GDP/実質GDPで算出されるが、これは、概念的には生産量1単位当たりの名目付加価値とみることができる。つまり、「1個(1単位)でいくら稼げるか」を示す。この「稼ぎ」が減れば、その1個の値段が下がったことになることから、GDPデフレーターは物価指標とみなされる場合もある。また、名目GDPを名目雇用者報酬(=労働費用)+営業余剰等とすれば、GDPデフレーターは、生産量1単位当たりの労働費用(単位労働費用)と生産量1単位当たりの営業余剰等(単位営業余剰等)の和となる36。単位労働費用と単位営業余剰等の推移をみると、デフレ下での「稼ぎ」の縮小に企業がどのように対応したかが分かる(第1-3-15図)。単位労働費用は97年度の上昇を最後に前年比マイナスが続いている。また、単位営業余剰等は2002~2004年度には前年比プラスになったが、その後、原油・原材料の高騰等により、再びマイナスとなっている。両者ともマイナスだが、単位労働費用の方がマイナスが大きいのは、生産量1単位に必要な労働費用と営業余剰等が圧縮されてきているが、その圧縮の度合いは、労働費用の方が大きいということである37

グローバル化による労働分配率押下げの動き

労働分配率の変化は、実質賃金と労働生産性の相対的な動きから説明することもできる。ここでは、「実質賃金」として一人当たり実質雇用者報酬38を用いて、労働分配率の前年差(%ポイント)を分解してみよう。

労働生産性の上昇は労働分配率の変化にマイナスの寄与となることに注意しながら、第1-3-16図(1)をみると、2002年度、2003年度には労働生産性が上昇しているだけでなく、実質賃金も低下しており、双方の要因から労働分配率を押し下げている。2005年度、2006年度には実質賃金の上昇率はプラスの寄与となっているが、労働生産性の上昇によってその影響は相殺されている。また、2007年度には労働生産性が上昇しているのに実質賃金の伸びはマイナスとなっている。このように、労働生産性の上昇に見合った実質賃金の上昇はみられていない。

一方、第1-3-16図(2)で業種別の労働分配率をみると、グローバルな競争に直接さらされている輸出関連製造業では2002年以降、労働分配率が低下している。また、第1-3-16図(3)で労働生産性(雇用者一人当たりの経済活動別の実質国内総生産)の変化をみると、輸出関連製造業では高い伸びとなっている一方で、非製造業ではほぼゼロで推移しており、業種ごとの違いが現れている。したがって、2002年以降の労働分配率の低下の要因には、輸出関連製造業での労働生産性の上昇が大きく寄与していることが分かる。

賃金が伸び悩んだ背景としてのグローバル競争

また、賃金についても業種別の動きを確認しよう。ここでは、業種別に、30人以上の事業所の現金給与総額(定期給与+特別給与)の動きをみる(第1-3-17図)。定期給与については、輸出関連、非輸出関連、非製造業とも伸び悩んでいるが、非製造業が特に弱く、2007年でも2000年の水準を下回っている。一方、特別給与(ボーナス等)の動きをみると、輸出関連製造業では、2002年に特別給与が大きく減少した後、増加している。一方、非輸出関連製造業では、特別給与も伸び悩んでいる。さらに非製造業では、特別給与は減少傾向で推移している。

こうしたことは、次のように説明できる。輸出関連企業では、グローバルな競争の下で労働コストの低下に努めた結果、労働生産性が上昇し労働分配率は低下した。また、賃金については定期給与の伸びを抑えており、好調な業績はボーナスで一部を雇用者に還元している。一方、こうした輸出関連企業の定期給与の抑制は、2002年以降、春の賃金交渉においてベースアップがみられなくなるという形で、輸出関連以外の、非輸出関連、非製造業にも影響が及んだものと考えられる。輸出関連企業は、労働生産性の上昇分を、ボーナスという形で還元できたが、非製造業においては、ボーナスを含めて賃金を抑制することで収益が確保されたものと考えられる。

また、輸入品と競合する国内品の価格が大幅に下落する中、原油や原材料価格の高騰によるコスト増を製品価格に転嫁できず、前述のとおり国内で生み出す付加価値に縮小圧力が増加してきたことから、企業は一層労働費用の抑制姿勢を強めていった。さらに、こうした賃金の抑制の影響で、所得面で家計の消費支出が盛り上がらないことなどから、サービス業等の内需関連でもコスト削減のため、賃金の抑制が行われた。

このように、グローバルな競争の下での賃金抑制姿勢が、原油・原材料高の中で、広範囲に波及していったものと考えられる。

コラム8 企業規模別にみた労働分配率の動き

労働分配率(法人企業統計ベース)は企業の規模が大きいほど低く、製造業、非製造業でみても同じ傾向である。しかし、従業員(雇用者)一人当たりの人件費を比較すると、規模が大きいほど高くなっている。すなわち、労働分配率の低さは必ずしも賃金水準の低さを意味しない。

また、労働分配率の変化をみると、2002年から2005年ごろまでは大企業、中堅企業、中小企業39のいずれにおいても低下傾向で推移してきたが、2005年ごろから規模によって動きに違いがみられる。中堅企業、中小企業においては横ばい圏内の動きとなっているものの、大企業では引き続き低下傾向で推移している。大企業の労働分配率の水準は中堅、中小企業より低いため、足下で差が広がっている。(コラム8図

大企業では、2002年以降の景気回復期において営業利益が増加した一方、人件費は横ばい圏内の動きとなっている。さらに人件費を詳しくみると、2002年に従業員数が減少しており、それ以降は従業員一人当たり給与及び従業員数は横ばい圏内に抑制されている。こうした結果として、労働分配率は低下傾向となっている。

次に、中堅企業についてみると、景気回復期に営業利益が増加したが、足下では前年比減少となり、労働分配率を押し上げる方向に寄与している。また人件費は、これまで増加してきたが、足下では前年比減少となり、労働分配率を押し下げる方向に寄与している。2002年以降の人件費の増加は従業員数の増加によるものであり、一人当たり給与は弱い動きとなっている。

中小企業では、回復に時間を要したが、2003年後半から営業利益が増加し始めた。しかし、足下では弱い動きとなっている。人件費も回復初期はマイナスとなっていたが、2004年ごろからプラスに寄与している。人件費の増加はほとんどが従業員数の増加によるもので、一人当たり給与は弱い動きとなっている。このように、営業利益が弱い動きを示す中で、従業員数が増加していることから、労働分配率は横ばいないしは若干上向きの動きとなっている。

以上を踏まえると、企業活動が生み出した付加価値の分配という観点からは、企業収益が高水準であるにもかかわらず労働分配率が高まらなかった理由として、大企業では人件費を従業員数、一人当たり賃金の両方から抑制し、中堅・中小企業では従業員数を増加させているものの、一人当たり賃金を抑制していることが挙げられる。

現在、企業収益は、原油や原材料価格の高騰により圧迫されており、減少していることから、それに伴って賃金抑制が行われなければ、今後、労働分配率の分母が小さくなる形で一時的に労働分配率が高まってくることも考えられる。

(2)賃金はどのように抑制されたのか

次に、賃金がどのように抑制されてきたのかをみよう。雇用者報酬の動きをみると、景気回復が始まってからも、2002年度、2003年度と伸びが大きくマイナスとなっており、ようやく2005年度から増加している。雇用者報酬の変動を、雇用者数の変化と、雇用者一人当たりの報酬の変化に要因分解してみると、賃金の下落ないし低迷が目立っている40第1-3-18図)。

賃金体系の見直し、非正規雇用、団塊世代の退職等により賃金を抑制

賃金の動きについて、ボーナスを含めた形で、所定内給与、所定外給与、特別給与に分解して考察してみる(第1-3-19図)。2002年のマイナスは特別給与(ボーナス等)と所定内給与がともに大きくマイナスに寄与している。その後は、景気回復に伴って残業時間が増加したことから所定外給与がプラスに寄与しているが、定期給与(所定内+所定外給与)は今回の景気回復局面において伸び悩んでいる。

[1] 業績連動型の賃金体系へ

景気回復に伴う企業収益の改善が賃金を通じて家計に波及する姿となっていないが、これには企業側が、基本給(定期給与)のベースアップを行っていないことが影響しているとみられる。前述のとおり、好業績の輸出関連製造業では、業績の改善はボーナスの形で従業員に還元するとの姿勢をとっているが、非製造業ではボーナスを含めて賃金を抑制することで収益を確保している(前掲第1-3-17図)。

業績に連動する賃金体系は、企業にとっては、バブル崩壊後、雇用過剰感が高まり、調整が長期に渡ったことによるものである。だが、労働者側にとっては、所得が企業の業績に大きく左右される可能性がある。

[2] パートタイム労働者、非正規雇用者の増加

次に定期給与の変動要因をみると、一般労働者の賃金が伸び悩んでいることに加えて、パートタイム労働者比率の上昇の影響が大きい(第1-3-20図)。

パートタイム労働者の賃金は、一般に、フルタイムの労働者(一般労働者)に対して水準が低いため、パートタイム労働者の比率が高まってきていることが、平均賃金の押下げに寄与している。また、一般労働者に分類される労働者には、派遣・嘱託等の非正規労働者が含まれており、非正規雇用者比率の高まりは一般労働者の賃金の伸び悩みの要因の一つにもなっている(第1-3-21図)。

非正規雇用者の割合について、産業別にみると、非正規雇用比率が高いのは「卸・小売業、飲食店」、「サービス業」だが、製造業を含めその他の業種でも上昇している。規模別にみると、大企業において非正規雇用比率の高まりが顕著である(第1-3-22図)。

パートタイム労働者あるいは非正規雇用者の増加は、もともと非正規雇用比率が高い女性の就業率が高まった影響もある。しかし、男性についても、90年代には非正規雇用比率が10%程度であったものが、2007年には18%程度にまで上昇している。

企業側の行動としては、バブル崩壊後、雇用過剰感が高まり、その調整から正規雇用者の採用を抑制し、パート・アルバイトや派遣労働者等の非正規雇用者を増加させることによって、人件費の削減を行ってきたと考えられる。正規雇用者と非正規雇用者の格差については均衡の取れた待遇を確保する必要があり、現在、法改正を含めた取組が進められている41

[3] 団塊世代退職の影響

企業の賃金抑制姿勢に加え、2006年度以降の定期給与の伸び悩みについて、団塊世代の退職による平均賃金の押下げ効果が指摘されている。定年で退職する場合、完全に労働市場から退出せずにパート、嘱託などの形態である程度の賃金を確保しながら継続雇用となる場合もあるが、一般的には59歳から60歳にかけて就業率は低下する。また、継続雇用であっても賃金が低くなる傾向がある。こうした現象は、年齢ごとの労働者の数が同じであれば、マクロ的に何の効果も持たない。しかし、団塊世代は文字通り数が多いため、その動きが平均賃金に無視できない影響を及ぼしうる。

まず、企業の団塊世代に係る雇用の動向について、上場企業へのアンケート結果42をみると、団塊世代の継続雇用を実施している企業の割合は、全体では95%程度と高く、業況が良いほどその割合が高くなっている。また、継続雇用の形態としては、正社員から正社員へという形態もある程度存在するようであるが、やはり正社員から正社員以外の従業員へという形態が大半を占めており、その前後で賃金水準を比較すると、約半分程度まで低下している。したがって、団塊世代のこうした動きが、賃金の押下げに寄与している可能性がある(第1-3-23図)。

もっとも、現実の高齢者雇用は中小企業で多いと考えられる。そこで、大企業、中小企業を合わせた雇用者全体について前年差をみると、団塊世代の影響がはっきりと出ている。2001年までは50~54歳が大きく増加しているが、ここに団塊世代が含まれている。この塊が次第に55~59歳に移った2002年から2006年の5年間には、その年齢層が増加している。そして2007年には、60~64歳に移行し始めている。この結果からは、団塊世代は60歳を迎えても直ちには退出せず、依然として労働力の塊として残っていることが分かる(第1-3-24図)。

団塊世代がどのような形態で雇用されているかは、まだ60歳を迎えたばかりでデータでははっきりしない。雇用者数の前年差を男女別、正規・非正規別にみると、男性の正規雇用者による押上げがみられ、65歳への定年の延長や、正規雇用者としての継続雇用が進んでいるものと考えられる。なお、足下では、非正規雇用者でも団塊世代による押上げがみられる(第1-3-25図)。

これらを踏まえると、上場企業に対する調査で、定年制がとられているケースでは、団塊世代の再雇用等による賃金の一定程度の押下げ効果が確認される。しかしながら、中小企業等では60歳を超えて継続的に正規雇用されるケースも多いと考えられ、全体としてみると、団塊世代による平均賃金の押下げ効果はそれほど明確にはなっていない。

(3)今後の賃金の動向について

以上、長期的にはIT化等の技術革新による労働分配率の低下圧力の中、グローバルな競争を背景に、2002年以降、企業が賃金抑制姿勢を強めてきたことをみた。特にここ数年は、輸出関連企業が競争力を維持するため、賃金の上昇を抑制する一方、雇用者数の増加によって生産力の拡大を図るという行動がみられ、これが「世間相場」を形成して輸出関連以外の企業にも波及したと考えられる。

最近における賃金の動向について、企業へのアンケート結果からもその背景を確認することができる。すなわち、賃金の上昇を抑制する要因として最も重要なもの(複数回答)としては、「売上げが伸びていないため」が最も多く、次いで「賃金改定における世間相場の重視」、「原材料費等の上昇」が挙げられている(第1-3-26図)。

このように、賃金の伸び悩みには様々な要因が作用しているが、技術革新やグローバルな競争などの影響は、短期的には変化しないとみられる。したがって、当面の先行きは、内外の需要動向と原油・原材料価格の動向とその波及が鍵を握っている。また、非正規雇用者の正規化に向けた政策的取組が賃金の下支えに役立つことも期待される。

2008年に入り、所定内給与は前年比で増加している。一方で、2008年の春闘の回答・妥結状況によれば、賃金の引上げ率はおおむね前年並みにとどまった。また、2008年1~3月期においても、非正規雇用比率は引き続き上昇している。こうしたことから、所定内給与の増加傾向が今後とも続くかどうかについては、慎重にみていくべきである。さらに、生産や企業収益の状況から、所定外給与やボーナスの増加が期待しにくいことにも留意する必要がある。 

コラム9 日米ベビーブーマーの比較

日本の団塊の世代は、1947年~49年生まれ、つまり2007年末時点で58~60歳であった人を指し、約670万人と人口の約5%を占める。一方、アメリカのベビーブーマーは1946年~64年生まれ、つまり2007年末時点で43~61歳であった人を指し、約7,800万人と人口の約25%を占める。ベビーブーマーはなだらかであるが、塊を形成しており、経済活動に影響している。団塊の世代は、ベビーブーマーに比べてはるかに小さな人口層にすぎないが、他方、他の年齢層に比べて塊として突出している。

日本のベビーブームはアメリカに比べ短期間で終了している。これは、日本では1947年から出生数が戦前に比べかなり増えたが、終戦によって海外にいた日本人が帰国し、食糧不足などから人口の抑制が急務と考えられ、出産抑制が行われたために、出生数が急速に減少したからである。

団塊の世代は既に60歳に差しかかっているが、アメリカではベビーブーマーの中心年齢は40代後半から50代前半と消費活動が活発な時期にあるとみられる。

団塊の世代は他の世代の人口に比べ突出して多いために、高齢化による経済や社会への影響は、アメリカのベビーブーマーの高齢化による影響よりも急激なものとなると考えられる。

労働力人口が減少する中で、増加が見込まれる60歳以上の比較的年齢の高い労働力をどう活用できるかは、日本経済の活力を維持するためには大きな課題といえる。60歳以上の高齢就業者の活用が進めば、団塊の世代の経済への急激なショックを和らげることができるであろう。

アメリカにおいても日本と同様に、ベビーブーマーの高齢化により2010年代前半には社会保障費の膨張により財政を圧迫することが懸念される。特に公的年金問題は深刻で、2018年には年金給付金総額が掛け金総額を上回り、2042年には年金財政が破綻するともいわれている。年金、医療保険などの社会保険制度の大半が民間にゆだねられているアメリカにおいては、退職者の生活費負担は日本に比べて重い。このため、老後の生活を支える貯蓄とその維持・管理に対するニーズも高い(コラム9図)。

3 緩やかな上昇となった消費者物価

ここ数年の原油・原材料価格の高騰は、景気回復が続く中においても、最終需要段階での一般的な物価上昇にはつながりにくかった。2002年初めからの景気回復により実質GDP成長率は平均2%を超えて堅調に推移してきたが、これは輸出に牽引されてきたところが大きく、所得面の弱さから個人消費が横ばいで推移するなど、国内の需要がいまひとつ盛り上がらなかった。そのため物価上昇圧力も強くはなかったものと考えられる。しかし、原油・原材料価格の高騰が続く中、このところ、消費者物価が前年比では、はっきりとしたプラスとなってきた。以下では、こうしたマクロの物価の動向について検討しよう。

消費者物価は、基調としても緩やかな上昇へ

2007年後半から、食料品など消費者に身近な商品の価格が上昇している。また、電気・ガス料金も原燃料費調整に伴って2008年4月の値上げに続き、7月にも値上げが行われた。こうした動きは消費者物価指数に現れており、生鮮食品を除く総合(コア)の前年比は、2008年2月には1.0%の上昇後、5月には1.5%の上昇となり、消費者物価の前年比では上昇がはっきりしてきた。

また、消費者物価の基調的な動きをみるため、生鮮食品を除く総合から、石油製品及びその他特殊要因を除いた指数(コアコア)43でも、食料品や幅広い品目で上昇がみられ、5月は前年比で0.8%増となった。また5月には前月比でも0.2%増となり、年率で2%を超えた。

前年比プラスに転じた国内需要デフレーター

一方、GDPデフレーターは、前年比で低下が続いている。前述のとおりGDPデフレーターは概念的には、生産量1単位当たりの名目付加価値であることから、国内要因による物価の変動を示す指標とみなされる場合がある。したがって、経済全体でみれば、原油・原材料価格等の投入価格が大幅に上昇しているのに、産出価格、販売価格はわずかな上昇にとどまっているということであり、結局、賃金などのコストが削減されるか、企業収益が圧迫されていることを意味する44

なお、消費者物価が上昇しているにもかかわらず、GDPデフレーターがマイナスになる理由については、第1-3-28図のとおりである。他方、国内需要デフレーターは、2006年以降、おおむね前年比上昇率がゼロ%近傍で推移してきたが、消費者物価がはっきりとしたプラスとなってきたことを反映して、2008年1~3月期には前年比0.4%増のプラスとなった(第1-3-29図)。

GDPギャップは改善傾向、単位労働費用も前年比プラスに

次に、物価動向に影響を与える国内の需給環境や労働費用をみよう。マクロの需給ギャップが引き締まれば、雇用や設備等の不足感が高まってきて、いずれ賃金や一般物価が上昇していくと考えられる。需給ギャップとして、内閣府試算のGDPギャップについてみると、2002年以降、緩やかな改善傾向で推移している45(前掲第1-3-27図)。また、労働市場の需給を反映する失業率は、年度データでは2007年度まで低下傾向で推移してきた。ただし、こうした失業率の動きに対する賃金や各種物価指標の反応は80年代や90年代と比べると、小さなものとなっている46第1-3-30図)。

一方、単位労働費用は前年比マイナスが続いていたが、2008年1~3月期には前年比でプラスとなった(前掲第1-3-27図)。単位労働費用が下げ止まれば、企業のコスト面から価格の引上げ要因となり、一般物価の上昇につながってくる可能性がある。ただし、企業収益が圧迫される中での動きであり、単位労働費用が安定的に前年比プラスで推移していくかどうか、引き続き注視する必要がある。

物価の先行きを占うには、海外要因の背景や消費者の動向の見極めが重要

こうした物価を巡る状況も考慮しつつ、緩やかな物価上昇が今後とも持続するかどうかについての条件を検討する。

第一に、現在の原油・原材料価格の高騰が持続的なものかどうかの見極めが重要である。今回のように海外要因で物価が上昇している場合には、逆にその要因がなくなれば物価上昇は終息に向かう可能性がある。しかし、原油価格等の高騰の要因としては、前述のとおり、投機的な動きも多分にあるが、同時に、新興国の需要増と投資不足等による供給制約など世界的に需給が引き締まっている点に留意が必要である。他方、原油・原材料価格の高騰がこれまで単位労働費用、単位営業余剰の上昇を抑制してきていることから、こうした要因がなくなれば、単位労働費用と単位営業余剰が同時に上昇する状況となることも考えられる。

第二に、身近な商品の価格上昇による消費者の節約志向に変化がない中で、消費者物価の上昇がどのように受け入れられていくかが注目される。物価上昇は家計にとっては購買力の低下となり、消費支出を減らす動きにつながりやすい。企業がコスト増を価格に十分転嫁できない背景として、国内需要が弱い中で、消費者が生活防衛意識から値上げを受け入れなかったことが考えられる。これまで賃金が伸び悩んでも実質賃金はわずかな低下にとどまったが、物価の上昇が続けば、実質賃金、ひいては消費者の購買力を大きく低下させる。こうなれば、ますます需要が縮小する。こうした中では、価格へ転嫁されるにつれ、賃金がはっきりと上向いてくることが必要である。

なお、期待物価上昇率と賃金引上げ率との関係を調べると、期待物価上昇率が高い企業ほど、賃金の引上げ率が高いという関係がみられた(第1-3-31図)。こうしたことから、家計だけでなく企業側でも期待物価上昇率が高まるならば、国内のデフレマインドが払拭されていく中で、賃金の上昇につながってくる可能性もある。また、賃金の上昇が所得面から消費支出の増加につながり、国内の需給動向が改善していくとの好循環がもたらされることも期待される。

スタグフレーション入りの可能性は小さい

原油・原材料価格の上昇をきっかけとして一般物価の上昇に火が点くと同時に、それが企業収益を一段と悪化させる可能性を懸念する声もある。こうしたことがマクロ経済全体に広がれば、インフレと不況が同時に発生する、いわゆるスタグフレーション的な状況に陥るリスクがあるという指摘である。

日本の経験で、スタグフレーション的な状況としては、第一次石油危機後の例がある。第1-3-12図でみたように、1973年度、74年度の2年間で物価が40%以上も上昇したが、賃金は物価を上回って上昇した(物価上昇率42.7%に対して、賃金上昇率は52.5%)。1974年度の消費者物価は20.9%の伸びとなったが、春季賃上げ率は大企業で32.9%、中小企業で33.7%にまで上昇した。原油価格高騰による「輸入インフレ」が物価と賃金のスパイラル的な「ホームメードインフレ」に転化したことが、インフレが激しいものとなった要因であった。こうした中で、74年度に戦後初めてマイナス成長を記録した。インフレを終息させるための総需要抑制政策により、金融政策は引き締められ(公定歩合を9%に引上げ)、74年度の公共事業の伸び率はゼロに抑えられた。世界的な景気後退による輸出の落ち込みもあって需要は減退していった。

このような状況は、現在の物価、賃金状況において生じうるだろうか。現在と第一次石油危機当時を比べてみると、大きな違いがある。第一次石油危機の際の物価高騰は、必ずしも石油危機のみによってもたらされたものではない。73年10月の石油危機発生以前にも、いわゆる列島改造ブームによって経済が過熱状態にあり、既に物価上昇率が二桁で、73年の春季賃上げ率も20%を既に超えていた。また、公定歩合も7%まで引き上げられていたため、更なる引上げ余地が小さかった。

一方、現在は、ようやく消費者物価のプラスの上昇率が定着しつつあるが、景気回復は足踏み状態にあり、賃金も依然として伸び悩んでいる。そうした中では、輸入物価が上昇しても、それが一般物価の急上昇を招く可能性は低く、むしろ企業収益に加えて賃金を圧迫する懸念もある。

このように、第一次石油危機のときと今回とでは景気の状況や賃金、物価動向が全く異なる。また、企業の賃金抑制姿勢は依然として強い。したがって、現在の日本では、スタグフレーション的な状況に陥る可能性は低いと考えられる。

4 政府の対応

政府は、原油価格の高騰、賃金の伸び悩み、更には、現下の経済状況やリスクの高まりにかんがみ、必要なことについては迅速に手を打つとの考えに則って、対応を行ってきている。

原油価格高騰等の影響への対応

政府は、これまでも省エネルギー等の促進、深刻な影響が懸念される中小企業や個別産業へのきめ細かな対応とともに、産油国への働きかけなどエネルギー外交に積極的に取り組んできた。しかしながら、原油価格の急激な高騰は、国民の生活を直撃するとともに、十分な価格転嫁を行うことが難しい下請事業者をはじめとする中小企業や、漁業・農林業・運送業をはじめとする各種の産業に深刻な影響をもたらしている。こうしたことから、中小企業や下請事業者をはじめとする各種産業への対応、省エネなどの構造転換対策等を一層強化するとともに、寒冷地・離島などの厳しい状況に置かれた国民の生活に対し、きめ細かく配慮の行き届いた対策を打ち出すことが緊急の課題となった。このような状況を踏まえ、2007年12月11日に、総理主宰の下、関係閣僚・与党幹部による「原油高騰・下請中小企業に関する緊急対策関係閣僚会議」を開催し、

1.中小企業など業種横断対策

2.建設業、漁業、農林業、運送業、石油販売業など業種別対策

3.離島、寒冷地など地方の生活関連対策

4.省エネ、新エネなど構造転換対策

5.国際原油市場の安定化への働きかけ

6.石油製品等の価格監視等の強化

の6本の柱からなる対策の「基本方針」47を策定した。さらに、2007年12月25日に、具体化のための取組が取りまとめられ、政府一体となって積極的に対策の実施に取り組んでいるところである。

また、年度末に向け、原油価格の上昇や建築着工件数の落込み等により厳しさを増している中小企業の収益圧迫や資金繰りなどに対して、金融面や下請取引等について講ずべき対策を、関係閣僚会合において申し合わせた(2008年2月20日「年度末に向けた中小企業対策について」)48

さらに、2008年6月26日の原油等高騰に関する緊急対策関係閣僚会議において、原油価格高騰が食料、飼料、原材料等価格の高騰と相まって国民生活や企業活動に深刻な影響を与えている状況を踏まえ、緊急対策を講ずることとし、今後政府一体となって実施に取り組むこととした。まずは、国際原油市場の安定に向けて、積極的に国際連携を働きかけていくことが必要であり、政府として全力を挙げている。また、この問題に対する根本的な対策は、化石燃料への依存を断ち切り、低炭素社会を実現することであり、省エネルギーや再生可能エネルギーの開発・導入などへの取組の抜本的な強化を打ち出した。同時に、現に高止まっている原油価格による深刻な影響に対応し、様々な業種の産業、特に中小企業に向けた対策や離島をはじめとする地域の生活者へのきめ細かな対策を講ずることとしている。

今後とも原油等の価格動向及びその影響を注視し、状況に応じ適切かつ機動的な対応を図ることとしている。

賃金の伸び悩み等への対応

賃金の伸び悩みに関しては正社員以外の労働者の正社員化を含む待遇の改善や、適正な雇用関係の構築など、安心・納得して働ける環境の整備に取り組んでいる。具体的には、改正パートタイム労働法に基づく正社員との均衡待遇の確保、契約期間についての配慮などを規定した労働契約法の周知、有期契約労働者の雇用管理改善のためのガイドラインの作成(7月取りまとめ予定)、パートや有期契約の労働者の正社員転換を行う中小企業等への助成金支給といった取組を進めている。また、若年者等に対しては、フリーターの常用雇用化の促進、ニート等の自立支援の強化を図っている。就職氷河期に正社員となる機会を逃した人を主な対象として、中途採用の拡大に努めるよう、各経済団体等を通じて企業に要請を行っている。

経済成長戦略の実施

政府は、日本の経済の成長力を強化していくために、「経済財政改革の基本方針~開かれた国、全員参加の成長、環境との共生~」(2008年6月27日閣議決定)において、[1]グローバル戦略、[2]全員参加経済戦略、[3]革新的技術創造戦略の3つの柱からなる経済成長戦略の具体策を示した。今後、これらの具体策を実行し、更に改革を進めていくこととしている。

コラム10 日本の一人当たりGDPの順位が低下してきた要因

OECD加盟国中における日本の一人当たりGDP(名目、米ドル表示)の順位をみると、2000年に3位となった後、毎年徐々に順位を下げ、2006年には18位まで低下している。順位が低下し始める前の2000年と直近で各国間の比較が可能な2006年との対比で、日本の一人当たりGDPの順位が低下した要因を検討してみよう(コラム10図)。

2000年以降、日本の順位が低下した要因としては、まず実質GDP成長によるプラス寄与が小さかったことが挙げられる。他国と同様、実質GDPの変動は一人当たりGDPの押し上げ要因ではあるが、相対的な寄与は小さなものにとどまっている。

また、デフレ、すなわち持続的な物価下落も日本の順位を低下させた要因である。一人当たりGDPは名目値で表されるため、物価が下落すればその分押し下げられることになる。日本のGDPデフレーターは1999年以降マイナスを示すようになったが、このようなデフレ状況であったのは日本だけである。

さらに、為替の変動による要因をみると、図に掲載されているOECD諸国のうち、これがマイナス寄与となっているのは日本のみである。ドルに対する自国通貨の価値が変動すれば必然的にドル表示の一人当たりGDPも変動するが、これがマイナス寄与であったことは円がこの期間中に対ドルで減価していたことに対応している。

以上のように、日本については、実質GDPの伸びが相対的に小さかったことに加え、物価変動要因と為替変動要因がマイナスに寄与したことが、一人当たりGDPの順位を低下させた要因となったといえる。