第4節 財政金融政策の運営
政府は、「日本経済の進路と戦略」と「経済財政改革の基本方針」を一体として、改革を推進するとともに、現下の経済状況やリスクの高まりにかんがみ、「経済成長戦略」を戦略的、重点的に実行するなど、改革への取組を加速・深化させている。
また、民間需要主導の持続的な成長を図るとともに、これと両立する安定的な物価上昇率を定着させるため、政府と日本銀行は、マクロ経済運営に関する基本的視点を共有し、政策運営を行っていくこととしている。
1 財政健全化に向けた取組
政府は、基礎的財政収支の黒字化を目指し、歳出の徹底した見直しを進めるなど、財政健全化に向けた取組を強力に進めてきた。この結果、国・地方を合わせた基礎的財政収支の赤字は、2002年度にはGDP比で5.7%と高水準に達していたが、2008年度には同0.5%程度に改善すると見込まれる。ただし、利払いを含む財政収支は2008年度同2.4%程度と大幅な赤字と見込まれ、更にストック面をみると、政府債務残高のGDP比は2008年度147.6%程度と引き続き極めて高い水準にあると見込まれる49。このように我が国財政は主要先進国の中でひときわ厳しい状況にあり、将来世代へ負担を先送りする構造となっている。こうした状況を放置すれば、企業部門の資本蓄積にマイナスの影響を与え、中長期的な成長に悪影響を及ぼすこととなる。人口減少や少子高齢化が進めば、将来の世代に一層重い負担がかかることから、財政健全化は喫緊の課題である。以下では、これまでの財政収支の改善状況を振り返り、その背景にある、財政健全化に向けた取組について概観する。
● 歳出削減努力が財政健全化に大きく寄与
財政収支の対GDP比の動向を、利払い費(ネット)、景気動向の影響を受ける循環的な部分(循環的財政収支)、そしてそれら以外の構造的な部分(構造的基礎的財政収支)に分けてみる(第1-4-1図)。これによれば、2003年度以降の財政収支の改善には、利払い費(ネット)の減少、税収増による循環的財政収支の改善も寄与しているが、改善幅の大部分は構造的基礎的財政収支の改善によって説明される。すなわち、歳出削減のための努力が財政健全化に大きく寄与してきたということができる。
● 明確な目標に基づく財政健全化の取組
政府では、2001年度以降、明確な中期的な財政健全化の目標を設定した上で各分野における歳出抑制努力を行いつつ、毎年度の予算編成を行ってきた。具体的には、まず「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(基本方針2001)」において、本格的な財政再建に取り組む際の中期目標として基礎的財政収支の黒字化を目指すことが適切であるとした。その上で、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002(基本方針2002)」において、財政健全化の目標として、2010年代初頭に国と地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化を目指すこととした。また「構造改革と経済財政の中期展望(改革と展望)」において政府の大きさ(一般政府の支出規模のGDP比)が2006年度までの間、2002年度の水準を上回らない程度とすることを掲げた。
● 「基本方針2006」、「基本方針2007」において示された歳出・歳入一体改革の取組
「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006(基本方針2006)」においては、2011年度には国・地方の基礎的財政収支を黒字化することや、基礎的財政収支の黒字化を達成した後も、2010年代半ばに向けて債務残高GDP比の安定的な引下げを確保することなど、財政健全化の時間軸と目標を設定した。基礎的財政収支黒字化の達成に向けては、2007年度以降5年間の歳出改革の内容を示し、その改革の内容を計画的に実施することとした。また、こうした歳出削減を行ってなお、基礎的財政収支を黒字化するために必要となる額に満たない部分については、歳入改革による増収措置での対応を基本とすることとした。
さらに、「経済財政改革の基本方針2007(基本方針2007)」においては、歳出・歳入一体改革の実現に向けた主要歳出分野の制度改革等の道筋やその取組を示した。具体的には、入札・契約制度改革の推進、コスト縮減などを通じた公共投資改革、「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」等の推進等を通じた社会保障改革、地域の民間給与のより一層の反映等を通じた公務員人件費改革等が挙げられている。
● 「基本方針2008」において示された歳出・歳入一体改革の着実な推進
「経済財政改革の基本方針2008(基本方針2008)」においては、財政健全化に向け、安定した成長を図るとともに「基本方針2006」及び「基本方針2007」を堅持し、歳出・歳入一体改革を徹底して進めることを改めて確認した。歳出改革については、これまで行ってきた努力を決して緩めることなく、国、地方を通じ、引き続き「基本方針2006」、「基本方針2007」に則り、最大限の削減を行うこととしている。一方、重要課題実現のために、必要不可欠となる政策経費については、まずは、これまで以上にムダ・ゼロ、政策の棚卸し等を徹底し、一般会計、特別会計の歳出経費の削減を通じて対応することとした。こうした歳出改革の取組を行って、なお対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対しては、安定的な財源を確保し、将来世代への負担の先送りは行わないこととした。
2 金融政策の動向
日本銀行は2006年3月に量的緩和政策を解除し、これに続いて7月には政策金利の誘導目標を0.25%前後へと引き上げた。更に2007年2月、二度目の利上げが行われ、政策金利の誘導目標が0.5%前後とされた。その後も、物価上昇率がゼロ%近傍で推移する中、日本銀行は、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行うとし、市場では2007年夏ごろの3度目の利上げを織り込む動きがあった。
しかし、2007年8月にはサブプライム住宅ローン問題への懸念などによる欧米の株価下落等を受けて日本の株価も下落し、先行きの不透明感が高まってきた。また、改正建築基準法施行の影響が明らかとなり、更に原油、原材料価格の高騰などの影響が企業収益にみられてきたことなどから、日本銀行は現在まで政策金利の誘導目標を0.5%前後に維持している。
● 量的緩和解除とその後の利上げについて
ここで、量的緩和政策の解除とその後の利上げについて簡単に振り返ってみる。
日本銀行は、量的緩和政策を、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続するとの「約束」に基づいて維持していたが、2006年3月には、先行き消費者物価のプラス基調が定着していくと判断し、同政策の解除を行い、同年7月にはゼロ金利を解除した。
2006年8月に公表した「平成18年度年次経済財政報告」(以下、「18年白書」)では、2006年1月の消費者物価指数が公表された2006年2月下旬に、市場における量的緩和政策継続の予想が後退(解除の予想が拡大)したとの分析を行っている。さらに、「18年白書」では、テイラー・ルールに基づき0~2%の物価上昇率を前提に導き出される政策金利について推計を行い、98年ごろからマイナスの水準が続いていたが、2005年初めからプラスの領域に入ってきているとの結果を得ていた50。
量的緩和政策の解除は、2006年8月の消費者物価指数の基準改定の前に行われたが、基準改定の結果、同指数の前年比変化率が大きく下方改定51されている。そこで、今回、改定後のデータを用いて「18年白書」と同様の方法で再度推計を行ってみた。これによると、テイラー・ルールがプラスの政策金利を示した時期はやや後ろ倒しとなったが、結果的に、推計された政策金利が0.25%前後、0.5%前後となる時期は、それぞれ実際のゼロ金利解除時(2006年7月)、追加利上げ時(2007年2月)とおおむね一致することとなった(第1-4-2図)。
なお、2回目の利上げが行われた2007年2月の消費者物価指数(全国、除く総合)は、前年比-0.1%とマイナスになり、所得の伸びが鈍化する中で消費はおおむね横ばいとなるなど、企業部門の好調さの家計部門への波及が少し弱まっている局面であったことには留意が必要である。
● 下振れリスクの高まりの中での金融政策運営
現在、サブプライム住宅ローン問題を背景とするアメリカの景気後退懸念や株式・為替市場の変動、原油価格の動向等から、景気の下振れリスクが高まっている。企業金融の状況をみると、企業からみた銀行の貸出態度については悪化してきており、企業の資金繰りも悪化している(第1-4-3図)。このように多くの不確実な要因を抱える中、景気の先行きの見方に特に注意が必要な局面である。また、消費者物価の上昇については、これまでみたように、原油・原材料価格の高騰による石油製品や一部の食料品価格の上昇によるものにとどまっており、一般物価の上昇圧力は依然として弱い。こうしたもとで、経済・物価動向を注意深く点検し、情勢を更に見極めることが重要である。
● 政府、日本銀行のマクロ経済運営に関する基本的視点の共有
政府と日本銀行は、民間需要主導の持続的な成長と両立する安定的な物価上昇率を定着させるため、マクロ経済運営に関する基本的視点を共有し、政策運営を行うこととしている52。ここでいう基本的視点とは、
[1] 民需主導の持続的成長を実現する
人口の減少傾向やグローバルな競争が激化する中で、民需主導の持続的な経済成長を実現する
[2] 物価の安定を実現する
物価上昇率を適切な範囲内に安定化させる
[3] 中期的な課題と整合的な政策運営を行う
中期的に実現すべき経済の姿との整合性を確保する
[4] 透明性と説明責任を徹底する
マクロ経済運営の信頼性確保のため、政策運営の透明性と説明責任を徹底する
の四つである53。
日本銀行には、政府の政策取組や経済の展望と整合的なものとなるよう、金融政策運営において、物価の安定を確実なものとし、持続的な成長を支えていくことが求められている。