第1章 第6節 IT(情報通信技術)と世界経済
第1章 世界経済の現況 | 第2章 知識・技能の向上と労働市場 | |||||||
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第6節 IT(情報通信技術)と世界経済
ITは90年代後半に急激に普及し始め、世界規模での投資ブームを引き起こしている。今やIT関連分野は最も注目を集める事業分野であり、その動向抜きに世界経済は語れない。
デジタル・コンピュータが世界で初めて誕生したのは1946年のことである。その後、デジタル技術は急速な革新を続け、90年代半ばからアメリカを先行者としてインターネットの利用が急速に普及し、世界経済に大きなインパクトを与え始めた。アメリカがITの普及において各国よりも先行したことの説明としては、これまでシリコンバレーの存在等の要因に着目されることが多かったが、需要面の要因も見逃してはならない。すなわち、アメリカではインターネットが普及する以前からパソコンの普及率が高く、コンテンツが充実していたこと、パソコン価格が急激に低下したこと、通信費用が低いこと等を背景に個人によるインターネット利用の素地が整っていたことである。
IT革命が全体として生産性をどれだけ向上させるかを正確に計測することは難しいものの、アメリカにおける90年代後半の労働生産性の押し上げに資本ストックのIT化が大きく寄与していることは明らかである。ITによってもたらされる生産性の上昇は、IT関連機器を生産する産業にとどまらず、その供給面へのインパクトを通じて経済全体に及ぶ可能性が高い。
ITは発展途上国にも新たな機会をもたらしている。アジアは世界のIT関連機器の供給源として一定の地位を確保し、世界的なIT普及の中で輸出を大幅に増加させている。同時にアジアでは、携帯電話やインターネットが急速に普及している。ソフトウェアでは、インドのソフトウェア産業が世界の注目を集めている。
ITの革命的な影響は、人々の生活や学び方、働き方、あるいは地域や政府との関わり方にまで影響を及ぼすために、先進国、途上国を問わず、IT技能向上への効果的な取組が必要となっている。
1 アメリカの家庭におけるインターネット普及の要因
インターネットは、69年にアメリカ国防総省高等研究計画局(DARPA)が4つの大学・研究機関を結んで始めたARPANETを起源に持つ。その後、86年に全米科学財団(NSF)が開始したNSFNETにはアメリカ国内外の多くの大学や研究機関が接続され、アメリカ全土をカバーするコンピュータ・ネットワークが形成される。さらに90年にはインターネット接続サービスを行う商業プロバイダが登場した。95年には主にアメリカの企業に割り当てられているcomドメインの数が教育機関に割り当てられているeduドメイン数を上回るまでになり(1)、NSFNETも95年には民営化されている。
インターネットの利用拡大には、WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)(2)が果たした影響が大きい。WWWは、89年に欧州合同原子核研究機関(CERN)により提案されたことに始まるが、93年にグラフィック表示を可能とした閲覧用ソフトであるMosaicがイリノイ大学のNCSA(National Center for Supercomputing Applications)において世界で初めて開発され、94年に閲覧用ソフトが商品化されると、インターネット利用者は、文字だけではない情報を扱えるという利便性を獲得した。
このようにしてインターネットが一般に普及する条件が整い、利用者が増加していった(第1-6-1図)。なかでもアメリカの家庭においては各国よりもインターネット普及が急速に進んだ。その要因としては、(1)もともとパソコン普及率が高く、コンテンツも蓄積されていたこと、(2)ネットワーク外部性が働きやすい条件にあったこと、(3)パソコン価格の急激な低下や通信費用が低いこと、の3点を挙げることができる。
(以前から高いパソコン普及率と充実したコンテンツ)
急速に普及する以前にも、アメリカは他国よりも一般家庭へのパソコン普及率が高く、インターネットが普及しやすい環境にあった。インターネットが普及を始める直前の93年において、アメリカでは、自宅でのパソコン利用者のうちの3割の人が電子メールを利用し、2割の人がデータベースを利用しているなど、既にパソコン利用者の間ではパソコン通信(オンラインサービス)が普及していた(第1-6-2表)。また、こうした利用活動を通じて、魅力あるコンテンツがデジタルデータとして急速に蓄積されていったことも重要である(3)。ただ、このパソコン通信が、同じサービス提供会社の会員同士でしかつながらない閉じたネット群でしかなかったことに留意する必要がある。これに対してインターネットは、それを利用する人ならば誰でもアクセスできるオープンかつ世界大のネットワークである。
(ネットワーク外部性が働きやすい条件)
インターネットを始めネットワーク型のサービスには、利用者が増えるほど逓増的に経済効果が高まるという「ネットワーク外部性」が働く。例えば、電話サービスの価値は電話をかける相手がどれだけいるかに決定的に依存する(4)。そのため、一定の利用者が確保されると、加入が加入を呼ぶ形で普及率が急激に上昇するのである。こうした効果には普及初期において普及に有利な条件のある先行国とそれを持たない後発国との間の格差を一時的に大きくする面があると考えられる。また、言語面では、英語圏の利用者が多いことや国際語としての役割から英語圏以外でも英語のコンテンツが作られたことから、英語のコンテンツが充実しており、それだけに英語圏の利用者にとってより利便性が高いという状況も生まれていた。
(パソコン価格の急激な低下と通信費用の低さ)
IT関連分野の急速な技術革新により、性能が向上してインターネットを利用しやすくなるのと同時に、急激な価格低下がもたらされ、家庭でのインターネットを急速に普及させた。特にアメリカでは、グローバルな分業によるコスト引下げを通じて厳しい価格競争が行われたことの影響が大きいと考えられる。アメリカにおけるパソコン価格の動向を個人消費のコンピュータ・デフレータ(GDPベース:コンピュータ関連機器、ソフトウェアを含む)でみると、90~99年の間に10分の1以下にまで低下している。
家庭でインターネットを利用する際には、通話料金に加えて、インーターネット接続業者(インターネット・サービス・プロバイダ)に使用料を支払う必要があるが、アメリカは国際的にみて通信費用が低い(5)。アメリカの大都市部等利用者が定額制の市内通話料金を選ぶことができる地域では、インターネット接続業者が接続ポイントを設置したことにより、利用者は比較的低料金でインターネットにアクセスすることができた。さらに、96年初めに月額利用料を約20ドルとする利用時間無制限の定額制サービスを提供するインターネット接続業者が現れ、競争上、他の企業も定額制を導入したことがインターネットの急速な普及を促した。
(インターネットの利用目的)
インターネットが急速に普及した背景をその利用目的からみると、電子メールや情報検索のための利用が多い(第1-6-3表)。電子メールの利用目的をみると、自宅では、家族や友人とのコミュニケーションのための利用が圧倒的に多い。自宅以外では、仕事関連の利用が一番多くなっているが、ここでも家族や友人とのコミュニケーションのために利用する人は多い。多忙で個人主体の行動が中心となる現代社会では、家族や友人とのコミュニケーションをとるのにも空間的・時間的制約が大きいことが関係している可能性がある。一方で、就業者、失業者別の利用目的をみると、失業者はジョブ・サーチや学習のために積極的にインターネットを利用している。
取り扱うことのできる情報量を圧倒的なまでに増加させ、時間・距離といった制約を極小化することを可能にした結果、インターネットは、単にコミュニケーションや情報検索の利用にとどまらず、求職活動のコストを引下げるとともに、個人の知識・技能を高めるための手段となっている。
(ITと個人消費)
取引にインターネットを利用すると、インターネットを通じて不特定多数の利用者と情報を共有することができるために、取引参加者の数が増えていくほどに完全市場に近いものとなり、仲介者の受け取るマージンはゼロに近くなっていくと考えられる。電子商取引の発達を通じて、航空券販売や金融サービス、ソフトウェア販売等の流通コストは大幅に低下している(第1-6-4表)。
前述のインターネット利用目的に関する調査によれば、買い物、決済にインターネットを利用している人は、インターネット利用者全体の2割を超えている。2000年4~6月期の電子商取引による小売売上高は全体の0.68%と通信販売(同3.3%)と比べてそれほど大きくはないが、今後の増加が期待されている(6)。
99年のIT関連消費(GDPベースのパソコン購入費、電話利用サービス料)の実質増加率が前年比24.8%であるのに対して、名目増加率は8.5%にとどまった。消費者はパソコン価格の急激な低下によるメリットをその分だけ得たことになる。
2 ITの普及と労働生産性上昇
ITの普及が生産に与える影響には、急速な技術進歩を背景としてIT関連機器製造業自体の生産性が上昇する効果と、IT利用によって経済全体の労働生産性が押し上げられる効果が考えられる。このうち、後者についてアメリカにおけるIT関連ストックの急激な増加が労働生産性の上昇にどれだけ寄与しているかについて、資本ストックをIT関連ストックとそれ以外のストックにわけて計測を行った(7)。その結果は、95~99年の労働生産性上昇率の高まりのほとんどをIT関連ストック比率の高まりで説明することができた(第1-6-5図)。このことは、90年代後半の労働生産性上昇の加速に資本ストックのIT化が大きく寄与したことを示している。なお、本分析においては、サービス業の産出量に関して計測上の問題があるなど正確に把握することは難しい点に留意が必要である。
90年代後半の労働生産性上昇率の高まりは、単位労働コストの低下を通じて物価の安定にも寄与したと考えられる。長期的には労働生産性の高まりが実質賃金の伸びに反映されるならば物価上昇に対して中立的であるが、これまでのところ労働生産性の高まりほどには実質賃金の伸びは高まっていない。労働生産性が高まっているにもかかわらず、実質賃金の伸びにそれ程反映されていないということは、企業部門の収益率が上昇していることを意味し、これが今回のIT関連投資ブームにつながったと考えられる。
3 アジアのIT関連生産
ITはアメリカなどの先進国だけではなく、発展途上国に新たな機会をもたらしており、それは、特にアジアで目覚しい展開を示している。東アジア9か国・地域(アジアNIEs+ASEAN4か国+中国)のIT関連機器生産は、合計すると世界の約4分の1を占め、アメリカや日本と変わらない大きさとなっている。対GDP比でみるとアジアNIEs、ASEAN4か国の方がアメリカより高くなっており、東アジアの経済活動はIT関連機器生産に依存するところが大きくなっている(第1-6-6図)。
東アジアの通貨・金融危機からの急回復の要因のひとつとして、輸出の大幅な増加が挙げられるが、この背景には世界的なIT関連機器に対する需要の急拡大がある。東アジア9か国・地域の輸出伸び率(ドル換算ベース)に対するIT関連機器輸出の寄与度をみると、99年の大幅な輸出の増加はIT関連機器の増加でほとんど説明することができる(第1-6-7図)。
アジアにおけるITの浸透がもたらしたものは、IT関連機器の生産基地としての役割にとどまらない。携帯電話やインターネットが急速に普及しており、アジア諸国はIT革命がもたらす経済発展の機会を活かそうとしている(8)。
インドでは、英語を解するソフトウェア技術者が豊富であり、技術者の質が高いわりには賃金が低いことからソフトウェア産業に国際競争力がある。政府の積極的な育成策に加え、アメリカを中心に有力な企業が参入したことにより、ソフトウェア産業が急成長している(インドのソフトウェア産業の詳細は第4節を参照のこと)。
4 IT技能向上への各国の取組
ITの革命的な影響は、単に短期的な生産面への影響にとどまらず、人々の生活や学び方、働き方、あるいは地域や政府との関わりにまで影響を及ぼすために、先進国、途上国を問わず、IT技能向上への取組が必要となっている。IT技能向上のために実施されている支援の対象範囲は、(1)教育の場、(2)図書館等公共の場、(3)個人に分類できる(第1-6-8表)。
(教育の場における支援策)
教育の場をインターネットに接続させることは、各国共通して採られている政策である。例えばアメリカ政府は、すべての子供たちが将来必要とされる技術を身につけられるようにすることを優先課題として取組んでおり、96年の「情報技術リテラシーへの挑戦(The Technology Literacy Challenge)」では、4つの目標を掲げた。
(1)全ての生徒がパソコンや情報スーパーハイウェイを利用して学習するための手助けができるように、全ての教師に必要な訓練と支援を与える。
(2)全ての教師と生徒が最新のパソコンに触れられるようにする。
(3)全ての教室を情報スーパーハイウェイに接続する。
(4)有効かつ魅力的な教育ソフトウェアを開発する。
具体的には、教室のパソコン整備率を高めるために、政府は97会計年度より「情報技術リテラシーのための基金(Technology Literacy Challenge Fund)」を設け、補助金を州政府に提供している。基金の2000会計年度の予算は4億2,500万ドルであった。こうした政策努力等により、94年時点では公立学校でのインターネット整備率は、学校単位では35%、教室単位では3%に過ぎなかったものが、99年にはそれぞれ95%、63%にまで急増している(9)。また、学校や図書館のインターネット接続を促進するために、96年の通信法改正の際に、通信サービス産業からの資金の受け皿として「学校と図書館に対するユニバーサル・サービスのための基金」が創設され、基金の費用負担により学校や図書館に対する割引料金プログラム「E-rate」が実施されている(10)。
(公共の場における支援策)
生涯学習のひとつとしてITを習得するために、図書館等の公共施設がインターネットを開放するとともに、ITの基礎技能を学ぶ機会を設けている国も多い。例えば、フランスでは、今後3年以内に図書館等の公共の施設7,000か所にインターネットを導入し、そのうち2,500か所はIT技術を習得する訓練を行えるようにする予定である。
(個人に対する支援策)
積極的な雇用政策の一環として、パソコン技能習得に対する個人への補助やIT技能の修得に関する情報提供を行う国もある。例えば、シンガポールでは、パソコン操作の基礎的な技能を有しない勤労者を対象として、講習料の80%又は1時間あたり8シンガポール・ドル(約500円)のいずれか低い額を補助している。アメリカ政府は、IT労働に関するホームページを開設しており、利用者は200以上のリストからIT技能向上のためのプログラムを検索することが可能になっている(11)(アメリカのIT技能を含む教育・訓練については、第2章第1節を参照のこと)。
脚注
- 1 Internet Software Consortium "Internet Domain Survey"
- 2 直訳すれば「世界大のクモの巣」。インターネット技術を用いたデータ管理システムのこと。
- 3 データベース振興センター「データベース白書」の日米データベース事業比較によれば、93年のデータベース・サービス市場への参入企業数では日米間に約10倍の格差があるなど、アメリカに圧倒的優位がみられる。
- 4 ボブ・メカトフは、「ネットワークの価値は、そのネットワークにつながれている端末数(ユーザー数)の二乗に比例して拡大する{N+Nではなく、N*(N-1)の価値}」と提唱した(メカトフの法則)。
- 5 OECD "Economic Outlook 67",2000年
- 6 通商産業省・アンダーセンコンサルティングの共同調査「日米電子商取引の市場規模調査」(1999年)によれば、アメリカでは企業対消費者の電子商取引化率が2000年に1.1%、2003年に3.2%になると予測している。
- 7 日本の90年代後半におけるIT投資の生産性の押し上げ効果については、経済企画庁「平成12年度年次経済報告」。今回の推計方法は同書に基づいている。
- 8 経済企画庁「アジア経済2000」より。
- 9 アメリカ教育省 "National Center for Education Statistics"。なお、教室には、クラスルーム、コンピュータ室、メディアセンターなど授業目的のためのすべての部屋を含む。
- 10 E-rate programによる割引率(20~90%)は、低所得水準の地域ほど大きくなっており、地域間のデジタル・デバイドの解消にも役立っている。
- 11 Go for IT!(http://www.go4it.gov/)
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