平成19年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

−生産性上昇に向けた挑戦−

平成19年8月

内閣府


目次][][][年次リスト

第2節 生産性の視点からみた日本企業の行動

 第1節ではマクロの視点から労働生産性を決定する要因を整理し、効率的な資本蓄積や技術革新などによるTFP(全要素生産性)の上昇の重要性を指摘した。実際の経済活動の中で生産性がどのように決定されるかについて理解するためにはミクロ単位としての企業行動を詳細に把握することが有効である12


1 厳しさを増す日本企業の競争環境

●費用面での競争の激化と経営の不確実性の高まり
 日本の企業を取り巻く経営環境は、需要変動や事業・技術に対する不確実性の高まりなど競争環境が厳しさを増していると、経営者に認識されている。こうした環境変化に対応して企業が市場競争に勝ち残るためには、生産性上昇を通じて高い効率性を実現していくことが求められる。
 企業単位で競争環境(特に重要視する市場動向として上位三つを選択)に対する認識をみると、「コスト競争の激化(又は、製品・サービス価格の下落)」を挙げている企業が8割を超えており、「主要製品・サービスの需要変動の拡大」を挙げている企業が7割を超えている。これに次いで、「事業・技術に関する不確実性の高まり」を挙げている企業が4割、さらに「主要製品・サービスのライフサイクルの短期化」を挙げている企業が3割となっている(第2−2−1図)。
 業種別の傾向では、ほぼ全ての業種で「コスト競争の激化」と「需要変動の拡大」が高くなっている。これを除くと、「事業・技術に関する不確実性の高まり」は、石油石炭、電気機械、精密機械、通信といった業種で高く、「主要製品・サービスのライフサイクルの短期化」は、食料品、電気機械、通信業、その他サービス業で高くなった。また、「海外市場での海外企業との競争激化」は全体では2割弱となっているが、広範な製造業で高い値となっている。「国内市場における輸入品の拡大」では、繊維、紙・パルプ、鉄鋼といった素材業種で高くなっている。

●費用面での競争の激化と製造業の海外生産の増加
 上記のとおり企業の競争環境として、「コスト競争の激化(又は、製品・サービス価格の下落)」を挙げる企業は非常に多い。製造業では最近、海外生産比率が上昇しており(平成16年度14.0%→平成18年度実績見込み16.1%13)、販売価格が下落することにより費用削減圧力が強くかかっており、企業が海外の低費用の操業環境を求めていることに要因があると考えられる。内閣府の「平成18年度企業行動に関するアンケート調査」に基づいた分析でも、一年後の平均販売価格が低下するという見通しが、現地の製品需要や顧客ニーズを重視するといった理由とともに、海外生産比率を引き上げる誘因となっていることが確認できる(付表2−2)。


2 キャッシュフローの範囲にとどまる設備投資が生産性に与える影響

 企業の意識をみると、多くの企業において、生産体制の集約化などに伴う設備の除却という課題はほぼ解決してきていることがうかがわれる。バブル崩壊後の調整過程で企業の設備投資の足かせとなっていた負の資産が解消することで積極的な設備投資が実現すれば、資本深化を通じた生産性上昇が期待できる。
 しかしながら、多くの企業は、資本の効率性を改善させ、潤沢なキャッシュフローを手にしたものの、有形固定資産を増加させるほどの積極的な設備投資を行うまでには至っていない。ここでは、過去の有形固定資産と資本効率の動きを振り返りながら、企業が直面する経営環境の違いに着目し、設備投資に対する姿勢と生産性に与える影響を検討する。

●資本の効率化が経済全体の生産性に与える影響
 企業の意識をみると、有形固定資産の効率的活用について、製造業では7割近くの企業が「重要な課題」と認識している。企業にとっての有形固定資産の効率的活用、すなわち資本の平均生産性を引き上げていくためには、生産体制の集約化や不採算部門からの撤退などにより、企業の有形固定資産の伸びを抑制すること(縮小均衡)が考えられる。一方で、最新鋭の設備導入のような「前向きな」設備投資によって資本の生産性を向上させることも考えられる。第1章でみたように実際の設備投資行動をみると、企業は全体としてキャッシュフローの範囲内での設備投資を実施しており、それはおおむね2%程度の期待成長率に見合ったものと考えられる。今後とも、この程度の勢いで設備投資を維持するのか、それとも個々の企業の競争力強化に向けた思い切った新規投資により資本の効率化を図る方向に進むのかによって、経済全体の生産性に与える影響も異なってくると考えられる。

●資本設備利用の効率性は改善傾向
 生産性の視点から資本設備の利用状況をみるため、有形固定資産の効率的活用の程度を実物資本の収益率(限界資本生産性)である有形固定資産利潤率からみると、98年度を底にようやく反転し、改善傾向にある。
 1980年代以降の有形固定資産利潤率の動きを営業利益要因と有形固定資産要因に分けてみると、80年代は営業利益要因がプラスに寄与する一方、有形固定資産の増加が利潤率を低下させる方向に寄与している。90年代に入ると、営業利益要因はマイナスに転じることが多くなり、有形固定資産要因も引き続きマイナスに寄与した結果、利潤率の低下傾向が続いた(第2−2−2図)。
 第1節でみたとおり、有形固定資産利潤率の改善には、資本の平均生産性の上昇(=資本係数の低下:K/Y)と、資本分配率の上昇が寄与する。98年度以降の利潤率の回復局面では、営業利益要因の寄与からも分かるとおり、資本分配率の上昇(労働分配率の低下)が大きく寄与している。

●産業レベルでばらつきがみられる資本の効率化
 有形固定資産の利潤率の動きを全産業ベースでみると、98年度以降は利潤率が上昇していく下で有形固定資産が減少している様子が分かる。
 しかし、業種別の動きをみると、今回の景気回復局面では有形固定資産の増減率と利潤率の関係にばらつきがみられ、利潤率が上昇する中で積極的に有形固定資産を増加させる業種がある一方で、低迷する利潤率の下で有形固定資産の縮小を続ける業種もみられる。
 自動車を中心とする輸送用機械は2000年度から2005年度にかけて、利潤率が改善し、有形固定資産を増加させている局面に入っている。グローバル競争にさらされる下で好調な業績を上げている輸送用機械は2005年度では1980年度よりも有形固定資産利潤率が改善しており、かなり積極的な姿勢が回復してきているようにうかがえる。一方で建設は、80年度から振れを伴いながらも左下に移動している姿がみてとれる。建設は利潤率の改善がなかなか進展せず、有形固定資産も減少傾向が続いている(第2−2−3図)。また、電気機械、小売などについては、有形固定資産は減少傾向にあったが、利潤率が改善の兆しをみせていた。特に電気機械については、2000年代前半の利潤率の改善とともに、ようやく有形固定資産を増加させる動きがみられ始めている。

●企業レベルでは「資産減少・利潤率上昇」型で効率化を推進
 資本効率化の動きはミクロベースの企業単位でみても確認できる。ミクロベース(個別企業)の有形固定資産と有形固定資産利潤率の動きを各企業の財務データ14から把握すると、有形固定資産と利潤率が時系列でどのように変化したかによって、「資産増加・利潤率上昇」、「資産減少・利潤率上昇」、「資産増加・利潤率低下」、「資産減少・利潤率低下」の4分類に集計される。2000年度から2005年度にかけては「資産減少・利潤率上昇」が最も多く45%程度となっている。この比率は90年代から持続的に上昇してきている。これに対して90年代前半は非常に高かった「資産増加・利潤率低下」の企業比率は90年代後半から減少してきており、非効率な資産を増加させる先は少なくなっている。こうした中で2000年代に入っても利潤率を改善させながら、有形固定資産を増加させている「資産増加・利潤率上昇」の企業比率は最も少なく約14%に過ぎない。積極的な有形固定資産の増加によって生産性を高めている先は2割にも満たないことが分かる(第2−2−4図)。
 2000年度から2005年度の動きを業種別に概観すると、全体で「資産減少・利潤率上昇」の企業が最も多くみられる中で、「資産増加・利潤率上昇」型の企業では、機械、輸送用機器といった産業の割合が高く、「資産減少・利潤率低下」型では、建設業や電気機器といった産業での割合が相対的に高い(第2−2−5表)。

●期待される新規投資と生産性の向上
 厳しいリストラ努力の成果と長期にわたる景気回復による収益環境の改善を背景として、企業部門では生産体制の集約化などに伴う設備の除却がほぼ解決したといえる。これは企業部門にとっては新しい成長経路を保証する成長基盤が整備された状況を意味するものであり、今後は新しい設備の導入によって、生産性を高めながら設備の効率化が図られることが期待される。
 もっとも第1節でみたとおり設備のビンテージや資本係数(実質民間企業資本ストック/実質GDP)をみた場合、明確な低下には至っておらず、「資本ストックの質」は必ずしも向上しているとはいえない状況にある。企業収益の回復により、新規の設備投資を増加させているが、潤沢なキャッシュフローの範囲内に収まっている。
 企業の意識をみると、設備投資を制約する、若しくは、これ以上増やさない要因として、最も影響が大きいものは何かという質問に対して、「投資採算では一応基準にかなうが、不確実性が高く、慎重にならざるを得ないから」との回答が約3割と最も多かった。設備投資が不可逆的な場合、不確実性が増加することで設備投資は抑制される。不確実性を織り込んだ設備投資関数を推計15したところ、不確実性は設備投資に対して、長期的には有意に負の影響があるという結果が得られた(付注2−2)。2番目に多かった理由として、「投資採算を考慮すると投資すべき案件がないから」が3割弱であった。次いで、「設備投資の総額を一定の目安(例:減価償却費)に抑えているから」が2割弱となった。

●グローバル型の高収益企業の慎重姿勢の要因は「投資の不確実性」
 直面する経営環境(グローバル化)と収益環境(ROA(総資産営業利益率))を軸として回答結果の違いをみると、グローバル型の企業では不確実性の存在を設備投資に慎重な要因とする傾向が強い(第2−2−6図)。
 「投資採算では一応基準にかなうが、不確実性が高く、慎重にならざるを得ないから」の回答は、「グローバル型・高収益」、「グローバル型・低収益」、「国内型・高収益」、「国内型・低収益」の順に割合が低下していく。グローバルマーケットでの競争環境に直面するグローバル型企業は、収益拡大の機会がある反面、その不確実性も重視していることがうかがえる16
 「設備投資の総額を一定の目安(例:減価償却費)に抑えているから」との回答は、マクロでもみたとおり、資本の生産性を向上させようとする企業の行動として設備投資の抑制を意図していることがうかがえる。より収益が改善し手元資金が潤沢になれば(一定の目安の水準が上昇してくれば)設備投資の加速に結び付く可能性もある。グローバル型の低収益企業では、この選択肢の割合が高く、設備投資を減価償却費やキャッシュフローなど一定の目安に抑えている傾向がうかがえる17

●「投資すべき案件がない」ために設備投資に慎重となる国内型の企業
 国内型の企業の回答で目立つのは、「投資採算を考慮すると投資すべき案件がないから」の割合がグローバル型企業と比較して多い点である。業種別にみると、建設業や繊維製品といった産業に属する企業が選択している。
 設備投資を制約する、若しくは、これ以上増やさない要因として「債務の返済を優先しているから」という回答が少ない割合にとどまっていることを踏まえれば、資金面の制約というよりも、国内需要の成長力見通しの低さに起因していると考えられる。国内型企業が考える需要の成長率はグローバル型企業が期待する3%程度の需要成長率と比較すると、かなり低い1%台前半となっている18。こうした先行きの需要拡大に対する弱気な見方が国内型の企業の設備投資を慎重にさせていると考えられる。
 以上では、企業の直面する経営環境と設備投資に対する姿勢の違いをみてきた。キャッシュフローの範囲内での設備投資行動が「投資の不確実性」に起因するにせよ、「国内の成長力見通しの低さ」に起因するにせよ、設備投資に対する慎重な姿勢が継続すれば、資本の生産性改善や資本の年齢低下は緩やかなペースで進行していく可能性が高いと考えられる。特に企業が資本の効率化を強く意識し資本の増加を躊躇するあまり、効率性の高い資本への投資を見送ってしまい、結果的に資本生産性の上昇には結び付かず、潜在成長率を低下させる可能性にも留意しておく必要がある。


3 生産性の上昇という視点からみた日本企業のM&Aの実態

 生産性上昇のためには、企業単位では企業内部での資本効率性を高めるための手法として、新しい技術を取り入れた新規投資を行ったり、陳腐化した資本設備を除却することなどが考えられる。生産性上昇のためには更に企業の単位を越えて、他企業の経営資源を取り込んだりすることにより効率性を高めるという手法も可能であり、この観点からM&Aを取り上げることにする19
 特に、バブル崩壊後に大量の過剰資本、過剰債務、過剰雇用を抱え込んだ企業を再生する手法として積極的にM&Aが活用されたこともあり、M&Aは広く国民の関心事項として認識されるに至った。ただし、それが実際にどの程度企業再生に寄与してきたのか、企業レベルに限らずマクロ経済レベルでどのような影響を持つかなど、分析面での研究課題は多い。
 以下では、企業の壁を越える経済活動による生産性上昇という観点からM&Aについての考察を行う。具体的には、最近の日本における(1)M&A実施の背景、(2)M&Aの当事者(買収側・被買収側)の特性、(3)M&A実施の効果(生産性の代理指標であるROAに与える影響)、(4)敵対的買収に対する企業意識について分析を行なう。

●M&Aに関する関心は高い日本企業
 日本のM&A件数は、2004年、2005年と前年比15%以上の拡大を続けた後、2006年には、前年比+0.6%とやや伸びが鈍化している(第2−2−7図)。しかしながら、M&Aの金額をみると、2006年は前年比+27.5%と大きく増加している。
 日本企業のM&Aに対する関心は極めて高く、企業の8割がM&Aが「今後活発化する」ないし「既に活発化しており今後も継続する」と回答している。M&Aに対する考え方を尋ねたところ、7割を超える企業が「M&Aを検討する」と回答している。ただし、そのうちの9割強は「友好的M&Aであれば検討する」と回答する一方、「敵対的M&Aでも必要に応じて検討する」と回答する企業は約8%に過ぎない(第2−2−8図)。
 既にみたとおり、企業がバブル崩壊後に抱え込んだ過剰設備の問題をほぼ解消した中で、設備投資をキャッシュフローの範囲に抑えるという姿勢を維持していることと比較すると、M&Aに対する関心の高さは注目に値する。この背景には二つの側面が考えられる。
 第一に、技術の高度化や複雑化が進む一方、技術変化が早く事業化プロセスにもスピードが求められるようになると、自社の求める人材や設備を企業内で育成していくことには限界がある。そこで、既存の経営資源の組替えを円滑に行ない、生産性を引き上げるM&Aの機能がこれまで以上に重要性を増している点が挙げられる。実際、企業の約6割が設備投資による生産能力の増強、業容の拡大を考える際に、もう一つの選択肢として「M&Aを検討する20」と回答している。
 第二に、積極的にM&Aを利用する側ではなく、買収を受ける立場としてM&Aが経営に緊張感を与えている点が挙げられる。敵対的買収に向けた動きや買収防衛策の導入などM&Aをめぐる状況が大きく変化しているが、敵対的買収については非効率な経営者を排除し経営改善を実現すること(経営者に対する規律付け効果)によって生産性や企業価値を引き上げる効果があるとの評価が存在している。

●産業再編を通じた生産性上昇を目指す最近のM&A
 M&Aの段階は、(i)関係会社の整理・統合、(ii)中核子会社の再編、(iii)国内の業界再編、(iv)国際的な業界再編に分けられる。まず、関係会社の整理統合を終了した企業は、コア事業への経営資源の集中を図るため、上場子会社を含む中核子会社の再編を行なっていく。グループの事業再編にめどを付けると、国内の同業他社との統合、更には国際的な業界再編における勝ち残りを目指して海外企業とのM&Aを積極化させていくこととなる。もちろん、全ての業界や企業において、M&Aにおける四つの段階が時系列的に進んでいくわけではない。進捗は業界や企業によって異なるし、複数の段階が同時期に生じる場合も存在する。
 2000年代前半以降、グループ内M&A件数が頭打ちとなる一方で、グループ外の件数が急拡大していることからも分かるとおり、日本企業のM&Aの段階は、(i)の関係会社の整理・統合を終了し、(ii)の段階、更には(iii)や(iv)の段階へと進みつつある(前掲第2−2−7図)。こうした産業再編がマクロでみた生産性上昇につながっていくことが期待される。
 M&Aの実績を業種別にみると、近年、件数ベースでは製造業よりも非製造業の割合が高くなっている。2006年の実績を細かくみると、1位がサービス業(12.7%)、2位がソフト・情報(12.2%)、3位がその他金融(11.0%)、4位がその他販売・卸(8.0%)、5位がその他小売(5.1%)となっており、これらでほぼ5割を占めている。一方、金額ベースでは、96年以降、金融が大きな割合となる年が多かったが、2006年には製造業のシェアが4割まで上昇している。

コラム6 三角合併を利用したM&A戦略
 本年5月1日から会社法が全面施行され、合併対価の柔軟化が解禁された。これまで合併における消滅会社(A社)の株主には存続会社(X事業子会社)の株式のみが対価として交付されてきたが、合併対価の柔軟化により消滅会社の株主に存続会社の親会社(X持株会社)の株式を交付することで、いわゆる三角合併を行うことが可能となった(コラム6図)。
 従来の合併では、消滅会社の株主に存続会社の株式が交付されるため、親会社にとって完全子会社の状態が崩れることとなったが、親会社が自社の株式を対価とする三角合併を行うことで、資金調達にかかる負担を抑えつつ、買収対象を完全子会社に吸収合併させることが可能となった。その意味で、三角合併は企業の買収方法の選択肢が一つ広がったことを意味する。例えば、(1)上場持株会社Xの完全子会社であるX事業会社が同業他社のA社を吸収合併する場合に、上場持株会社Xの株式を対価とする三角合併が可能である。また(2)上場会社であるX社とY社が共同出資して合弁会社を設立した場合、Y社が合弁会社からの離脱を望み、合弁会社の事業をXの完全子会社であるX事業会社に統合させたい場合、X社の株式を対価とする三角合併を実行することで、X社は資金負担を抑えることが可能となる。なお、三角合併に当たっては合併の当事者間で合併契約などの締結が必要であり、合併当事者となる会社の意思決定の過程は通常の合併の場合と基本的には変わらない。
 三角合併は、国内企業であるか、海外企業であるかを問わず、上場会社が事業活動を行っている完全子会社を有している場合に、同業他社の吸収合併やグループ内の組織再編として活用されることなどが考えられ、今後のM&A戦略に影響を与えていく可能性がある。

コラム6図 三角合併のスキーム


●M&Aの目的:シナジー効果と経営の規律付け
 M&Aを実施する際の目的として、第一に「シナジー効果」が挙げられる。シナジー効果には、(1)経費の共有化や重複部門の廃止による費用節約面でのシナジー効果を狙ったものに加え、(2)自社にない技術・ノウハウの取得、商品力の強化、事業の切売りや買取りなど、コアコンピタンス(自社の競争上の強み)の育成・強化を目的とした、より積極的なシナジー効果を狙ったM&Aが存在する。
 M&A実施の目的として、第二に「経営の規律付け効果」が挙げられる。これは、投資ファンドや投資銀行などが、非効率な経営者を排除し経営改善を実現することによって企業価値を引き上げることを目的としたものである。これに対して既存の経営者が反対する場合は敵対的買収という形態を取ることとなる21

●買手・売手などの立場によって異なるM&Aの目的
 M&Aを検討する企業は多く、特に自社の業界内でM&Aが今後活発化する(あるいは既に活発化しており今後も継続する)と考えている企業ほど、M&Aに対して積極的な考え方を持っている(付図2−3(1))。日本企業のM&Aに対する姿勢や狙いについて整理すると、以下のとおりである。
(1)自社の業界内で「M&Aが今後活発化する(あるいは既に活発化しており今後も継続する)」と考えている企業ほど、「買手としての立場」でM&Aを重視している一方、「一通り終わり今後は落ちついていく」と回答している企業ほど、「売手としての立場」でM&Aを重視している(第2−2−9図(1))。
(2)買手と売手といった立場の違いによってM&A検討時の対象範囲を聞いたところ、買手としての立場でのM&Aを重視している企業は主に国内同業他社とのM&Aを、売手としてのM&Aを重視している企業は主にグループ内のM&Aを、それぞれ対象範囲として考えている(第2−2−9図(2))。
(3)さらに売手としての対応を重視している企業はリストラ目的のM&Aを、これに対して、買手としての対応を重視している企業は技術やノウハウの取得、多角化や商品力の強化を目的としたM&Aを考えている(第2−2−9図(3))。
(4)グローバル化、さらに収益性(ROA)との関係を踏まえてみると、高収益のグローバル型企業は、M&Aの対象として海外同業他社とのM&Aを考えている比率が高く、国際的な事業再編・強化を目的としたM&Aを考えている割合が高い傾向がある。一方で、高収益の国内型企業については、グループ内M&Aや中核子会社の再編・強化目的のM&Aよりも、国内同業他社とのM&Aを志向している(第2−2−9図(4))。また、高収益の国内型企業については、M&A検討時の目的として余剰資金の有効活用に着目している(付図2−3(2))。

●買手としてのM&Aへの積極姿勢が生産性の上昇につながる可能性
 既にみてきたようにM&Aを検討すると回答している7割以上の企業が、主として買手としての立場でM&Aに関与していこうと考えている。このような企業におけるM&Aの目的としては、自社にない技術やノウハウの取得が最も多く、コアコンピタンス(自社の競争上の強み)の育成・強化を目的に、事業の成長・価値向上を狙ったM&Aを意識する日本企業のイメージが浮かび上がる。こうした典型的な回答をしている業種の例としては、電気機械や食品、小売が挙げられる。
 他方で、M&Aを検討しているうち1割弱が、売手としての立場からM&Aへの関与を考えている。こうした企業のM&A目的は、主としてグループ内のリストラクチャリングによる収益構造の改善であり、2000年前後から景気回復の過程でみられてきた関係会社の整理・統合、中核子会社の再編の延長上にあると考えられる。
 このように自社の競争上の強みの育成・強化などを目的としたM&Aに対する積極姿勢が今後もM&Aの市場を拡大させ、生産性の上昇に寄与していく可能性が考えられる。ただし、日本企業の場合、どちらかといえば買手としての立場が強く意識されており、たとえ「黒字が出ていても、自社の非コア事業を売る」などといった中長期的な視点から戦略的な事業売却を優先的に考えている企業は、現時点では一部に限られている可能性がある。以下では、より詳しく実際にM&Aを活発に行っている企業の特性をみていくこととする。

●高収益企業ほどM&Aに積極的に関与
 M&Aに関与する企業の特性については、(1)どのような先が買収企業となっているか、(2)どのような先が被買収企業となっているか、の二つの側面からみていく必要がある。
 先にみたとおり、グローバル型の高収益企業は、国際的な事業再編・強化を目的としたM&Aを考えている割合が高い。また、国内型の高収益企業については、IN・IN型のM&Aを積極的に活用する意識が高い。先行研究においては、成長機会が豊富で、かつ資金調達面で余裕がある(トービンのqが高い、負債比率が低い、ROAなどの財務指標が良好)企業が積極的にM&Aを検討・実施しているとの結果がみられる22
 一方で、被買収企業側の属性に関しては、外国企業が日本企業を買収する場合、生産性や利潤率、輸出比率の高い、規模の大きい企業(特に製造業)が選ばれる傾向がある。逆に、国内企業は相対的に低生産性、低利潤率で、輸出比率の低い企業をターゲットとして選ぶ傾向がある23との報告がみられるほか、5カ国(米・英・独・仏・日)の上場企業を比較した際、日本の場合、ROAがマイナス、あるいはPBR24が低い(1以下)企業の割合が多い25など、企業の収益性が低下すると買収のターゲットになりやすいとの結果が示されている。
 企業の収益性とM&Aに対するスタンスをみたところ、以下のことが確認された。
(1)ROAが低い企業ほど、売手としての対応を優先し、高い企業ほど、買手としての対応を優先する傾向がある(第2−2−10図(1))。
(2)ROAが低い企業ほど、グループ内のM&Aを重視し、高い企業ほど、国内の同業他社とのM&Aを対象として重視する傾向がある(第2−2−10図(2))。
(3)ROAが低い企業ほど、M&Aをリストラ手段として位置付け、ROAが高い企業ほど、商品力の強化や余剰資金の有効活用の手段として位置付けている(第2−2−10図(3))。

●企業の財務特性からみても高収益企業ほどM&Aに積極的に関与
 実際にM&A実施企業の財務上の特性をM&A非実施企業と比較すると26、下記の特徴が指摘できる。分析結果は、基本的に先行研究の結果と整合的である。特に買手としての立場が優先される日本企業の場合、売手としての立場のM&Aは収益性が低下してしまった後、あるいは経営が危機的状況に陥ってから、検討されている可能性が示唆される。
(1)M&A買収企業は、M&A非実施企業と比較してROA、ROS(売上高営業利益率)の平均値が有意に高く、資産規模も有意に大きい。また、総資産回転率と有利子負債比率の平均値は有意に低い(第2−2−11表(1))。
(2)一方、M&A被買収企業は、M&A非実施企業と比較してROA、ROS、総資産回転率の平均値が有意に低い。また、有利子負債比率の平均値は有意に高く、資産規模も有意に大きい(第2−2−11表(2))。
(3)さらに、プロビット分析によりM&A実施有無と財務特性の因果性をみたところ、ROAが高く有利子負債比率が低い企業が買収企業に、ROAが低く有利子負債比率が高い企業が被買収企業になる傾向がある(第2−2−11表(3))ことが確認できた。

●状況に応じて評価が異なるM&Aの実績
 経営資源の組替えを円滑に行い生産性の上昇に寄与するM&Aが増加していくことが期待されるが、先行研究をみる限り、海外の事例を含めたM&Aの効果に関する結論は常に一致しているわけではない27。その効果に関しては、M&Aを実施した買収企業側の効果と被買収企業側の効果の二つの側面があるほか、M&Aの対象業種や形態によっても効果は異なっている。具体的には、買収企業側に関して、M&Aの効果がポジティヴに現れていない一方で、被買収企業の企業価値にはプラスの影響を与えているという結果もみられる。この背景には、買収企業から被買収企業の株主に対する期待シナジー効果に基づいた富(買収プレミアム)の移転が生じているとの見方が存在している。
 また、M&Aが、株主以外のステークホルダー間(従業員や取引相手)の富の再分配(ゼロサム)にとどまり、企業価値の上昇につながらない例として、長期的な雇用・取引慣行に反する雇用削減や取引停止(信頼の崩壊=Breach of Trust)などを通じて、短期的に企業収益を引き上げるケースが指摘されている。アメリカでは、具体的な事例に基づき、買収プレミアムの多くは大規模な賃金カットによるものだとする研究結果28がみられる一方で、敵対的買収プレミアムに占める従業員からの移転割合は過半を占めるものではないとの事例研究も存在しており、見方は一様ではない29

●2000年代前半までのM&Aは主として費用節約面での効果にとどまる可能性
 日本の上場企業の実施したM&Aについて、企業の財務情報を基にした企業業績の分析を行った結果30、被買収企業について、M&A実施3年後においても、売上高拡大の効果が顕著に現れているわけではないこと、ROA上昇に寄与している要因としては、部品共通化、共同仕入れなどによる原価削減などの可能性が考えられること、さらに工場の統合・閉鎖などの資産売却により資産回転率が上昇していることなどを示唆するものとなった。
 そもそも、今回の分析では、M&A実施3年後の長期の企業業績をみている関係上、業績の変化の要因としてM&A以外の要因も影響している可能性を排除できないほか、M&A実施年が2002年までとなっており、関係会社の整理・統合、中核子会社の再編などを目的としたM&Aが多いことも影響していると考えられる。しかしながら、同期間中において実施されたM&Aをみる限り、被買収企業の売上げ面でのシナジー効果は微弱であり、生産性上昇を通じた付加価値の増大につながっているというより、主としてリストラによる費用節約面での効果が中心になっていることをうかがわせる結果となっている。
 具体的に示された結果は下記のとおりである。
(1)買収企業の業績改善効果をM&A非実施企業と比較すると、ROA・ROS改善幅の平均値は有意に低く31、総資産回転率の改善幅の平均値は有意に高い(第2−2−12表(1))。
 一方、被買収企業側についてみると、
(2)被買収企業のROA、ROS、総資産回転率の改善幅の平均値は、M&A非実施企業に比べてそれぞれ有意に高い(第2−2−12表(2))。
(3)被買収企業の総資産回転率の改善を売上高増加と資産圧縮の面からみてみると、被買収企業の売上高増加率は、M&A非実施企業の売上高増加率に比較して有意に低くなっている一方で、資産合計増加率は、有意に低くなっている(資産規模の抑制が進んでいる)。
(4)被買収企業のROSの改善をみると、被買収側企業は売上高原価率の改善幅がM&A非実施企業に対して有意に大きい。また、売上高販管費比率の改善幅については、有意な違いはみられない。(第2−2−12表(3))。

●評価が分かれる敵対的買収の位置付け
 M&A実施を検討する企業のうち、友好的M&Aであれば検討すると回答する企業割合が9割以上に達することからも分かるとおり、我が国のM&A市場では、アメリカ・英国と異なり敵対的買収はほとんどみられていない32
 既に述べたとおり、アメリカでの先行研究では、敵対的買収とは、従業員のようなステークホルダーから敵対的買収を試みる企業や株主に対する富の再分配(ゼロサム)ではないかとの批判的な見方が存在する一方で、非効率な経営者を排除し経営改善を実現することにより企業価値を引き上げる役割があるとの肯定的な評価も存在している。
 経営者に対する規律付け効果に対しては、被買収企業の経営者が敵対的買収から自己保身を図るため、買収防衛策の導入を図るケースが指摘されている。買収防衛策を発表した企業の特徴として、PBRが相対的に低く、かつROEも低い資本効率の悪い企業が多いとの指摘がみられる33

●日本企業の5割が敵対的買収に対して否定的
 成長戦略として買手の立場からM&Aを志向している日本企業も、自らが敵対的買収の脅威にさらされた場合、約5割の企業が否定的に考えている(第2−2−13図(1))。具体的に敵対的買収が社内に及ぼす弊害について尋ねると(複数回答可)、「意図しない経営戦略の転換を余儀なくされる」と回答している企業が8割弱に及んでいるほか、「長期的視点に立った経営戦略が困難になる可能性がある」と回答している企業も7割弱に及んでおり、経営側からの視点が理由となっている。これに対して、「既存株主の利益を損なうおそれがある」は5割、「技術やノウハウが流出する可能性」と回答している企業は約3割となっている(第2−2−13図(2))。
 一方、買手としてM&A実施を検討する際に「敵対的M&Aでも必要に応じて検討する」と回答している企業(5.9%)の4割弱は「上場企業であれば敵対的買収を仕掛けられるのは当然である」、4割強が「どちらかといえばやむを得ない」と回答しており、自社が敵対的買収の標的となることに対して必ずしも否定的でない(第2−2−13図(3))。

●敵対的買収に対する意識が企業の経営や生産性に与える影響
 敵対的買収に対する見方は様々であるが、このように敵対的買収に対する企業の警戒感は強いものがある。こうした意識が経営の規律付けを通じて企業価値の向上にプラスの影響を与えることが考えられる。一方、非効率な経営による自己保身を目的とした買収防衛策の導入や短期間での収益向上を意図したリストラ策の実施などが、長期的には企業の効率化にはつながらず、生産性に対してもマイナスの影響を与える可能性がある点について留意する必要がある。
 具体的な買収防衛策についての選好度合いをみると、敵対的買収を禁止する効果が強い具体策をとるよりも、ガバナンスや経営管理体制の充実と本業を通じた企業価値向上の取組を挙げる企業が多く、中長期的な観点から対策を取ろうとしている企業が多いことがうかがわれる(第2−2−14図(1))。
 一方で、各種の買収防衛策の導入に対する選好度と企業特性との関係をみると、「取締役の選任、解任要件の厳格化」を「導入済み」ないし「検討中」と回答している企業の割合は、ROAが相対的に低い企業において高くなっている(二分位でみた高収益国内型企業32.2%、その他国内型企業41.4%)。また、外国人持株比率の高い企業ほど、「本業を通じた企業価値向上」や「ガバナンスや経営管理体制の充実」を「導入済み(=取組済)」と答える企業が多いほか、「ポイズンピルなどの買収防衛策の導入(検討中を含む)」が多くなっている(二分位でみた外国人持株比率7.1%以上の企業37.6%、同7.1%未満の企業25.5%)。
 また、買収防衛策の導入手順に対する考え方をみると、5割強の企業が「直面する買収リスクに対応することをまず優先して買収防衛策を導入し、制度は随時見直していくべき」と回答する一方、4割の企業が「株主の尊重や制度の透明性が確保されなければ、たとえ買収リスクに直面しても買収防衛策は導入しない」と回答している(第2−2−14図(2))。この質問に対しては、PBRが低い資本効率の劣る企業が前者を選択する割合が高く(二分位でみた低PBR企業60.9%、高PBR企業51.6%)、一般に買収の標的とされやすいといわれている企業において、買収防衛策を優先する傾向にあることがうかがわれる。
 また、株式持合いについての考え方をみると、「事業戦略に加え、敵対的買収防衛策の面からも積極的に活用すべき」と株式持合いを肯定的にとらえている企業が3割弱に及んでいる(第2−2−15図)。


4 労働生産性の上昇に寄与する人的資本の強化

 生産性の向上に、人的資本蓄積が重要な役割を果たすことは、既に多くの研究で指摘されている。少子高齢化の進展に伴い労働力人口が減少して、単純な労働投入量の増加が見込めない日本経済にとって、「労働の質」を高めていくことが経済成長を考える上で重要となる。
 人的資本投資は様々な形式で行われている。最も広範な影響力を持つものとしては「学校教育」が挙げられる。この点については、マクロ的に中等教育の就学率や学校教育の平均年数などの代理指標がある。こうした教育水準などが経済成長に正の影響を与えていることは、多くの研究で実証されている34。学校教育に比べてより直接的な効果を持つものには「職場訓練」がある。こうした職場訓練による人的資本投資には、更に二つに分類できる。まず「一般的な職場訓練」は現在の企業だけでなく、他の企業においても同じ量だけ生産性を向上させる人的資本投資である。一方、「企業特殊的な職場訓練」は現在の企業での生産性を高めるものの、他の企業では生産性向上の効果はない人的資本投資である35。以上のような就労後の技能形成が労働の質を高めるための鍵となる。

●人的資本投資のための人材育成方針にみられる企業間のばらつき
 各企業の人的資本に対する投資や人材育成方針にはばらつきがみられている。企業が総労働時間の中から人的資本投資にかけた時間の割合36は、15%未満となった企業が約7割を占めている一方で、15%以上となった企業も約3割弱を占める。自己啓発支援は、学習費用の補助など金銭的な支援を導入する企業の割合が大きい。能力開発に関しては、企業の責任と答える企業が5割弱を占める一方、「どちらともいえない」という回答も含めた能力開発にそれほど積極的でない企業の割合もほぼ同程度となっている。人材育成方針は、「どちらかといえば全体的に均等な教育を重視」すると回答した企業が約4割と最も多い一方、次に「どちらかといえば早期選抜教育を重視」と回答した企業も約3割に及んでいる(第2−2−16図)。

●人的資本投資が活発な企業の特徴
 人的資本投資に与える影響を定量的に分析すると、能力開発に関して「企業の責任」を自覚する企業では実際に人的資本投資が活発である傾向がみられた。
 ここでは各企業における従業員一人当たり「職場訓練」の時間割合が高い企業ほど、積極的に人的資本投資を実施していると仮定する。職場外訓練では、平均年齢などは有意な結果とならなかったものの、人材育成方針が「早期選抜教育を重視」である企業では金銭的費用を伴う職場外訓練を積極的に行う傾向がみられた。なお、資格報奨金制度など自己啓発制度導入数も、同様の人材育成スタンスを持つ企業に多い傾向がみられた(付表2−4)。
 また、企業が直面する競争環境と人的資本投資の傾向をみると、グローバル型企業、技術型企業(製造業)(定義は付注2−1参照)ともに人的資本投資の時間割合がその他企業に比べて多い傾向がみられたものの、統計的に有意な結果は得られず、職場内、職場外訓練の時間割合に分けても同様であった。

●競争環境の違いによる企業の人材育成方針の特徴
 競争環境による人材育成方針の違いをみてみると、グローバル型企業では「早期選抜教育を重視」、「どちらかといえば早期選抜教育を重視」と回答した企業の割合が41.3%と、国内型企業(同35.7%)に比べて多くみられた。こうしたことから、グローバル型企業では、一部のコア社員を早期選抜して集中的に教育投資を行っている可能性が考えられる37
 多くの研究開発費を投じて、新製品の開発や生産工程の改善を目指している技術型企業(製造業)では、労働者は技能蓄積が必要となることから、長期的な観点でみた人材育成方針の下で、人的資本投資が行われている可能性が考えられる。
 もっとも、技術型企業(製造業)の人材育成方針をみると、「どちらかといえば早期選抜教育を重視」と回答する企業の割合が多くみられた。一方、ROAが高い技術型企業(製造業)では「全体的に均等な教育を重視」と回答する企業の割合が比較的多くみられており、早期選抜教育を重視する傾向は全体として明確にはみられなかった38
 また、高収益技術型企業(製造業)では、非正規雇用者(パート・アルバイト、契約社員など(派遣労働者、業務請負労働者は除く))の比率が10%を超える企業の割合は34.3%、その他技術型企業(製造業)では41.7%となっている一方、技術型企業以外の製造業では、49.1%と高くなっており、こうした結果は先行研究ともおおむね整合的であった39。技術革新競争に直面している場合、正規雇用者を軸とした人的資本投資の必要性があることから、業績低迷などを背景とした費用削減を除いて、構造的に非正規雇用者への代替が加速する公算は小さいと考えられる。
 実際に昨年一年間に非正規雇用者を増加させた理由をみると、相対的に低収益の企業においては人件費削減のため非正規雇用者を増加させたと回答する企業の割合が多くみられる一方、製造業では高収益企業を中心に「一時的な繁忙期に対応するため」や「定年後の勤務延長・再雇用のため」などの回答比率が高くなっている。なお、非製造業の高収益先(ROA5%以上(220社))では、非正規雇用比率が25%を超える企業の割合が40.9%と高くなっている。非製造業の場合、「基幹的な業務を確実に実施するため」と回答している割合が高くなっており、技術型企業(製造業)との比較で構造的に非正規雇用者の活用への代替が顕著となっている様子がうかがわれる(第2−2−17図)。

●人的資本投資が生産性の上昇などを通じて企業業績へ波及
 人的資本投資による収益は、不確実性が高い40。また、企業業績にどの程度反映しているかを明確に測定することは困難である。ただし、単なる費用削減を目的とした教育訓練投資の削減や非正規雇用者へのシフト、賃金制度の改定などを行うことは、やがては企業の労働生産性の伸びに影響を与える可能性がある。
 ROAと人的資本投資時間割合の相関をみると、人的資本投資を行っている企業では、ROAは高い傾向がみられた(第2−2−18図)。一時点における分析であるため、因果関係までは明確にはできないものの、こうした企業では、積極的な技能形成を通じて、人的資本の質が向上して生産性が高まり、収益力向上につながるといった好循環が起こっている可能性がある。

コラム7 技術型企業で進むワーク・ライフ・バランスへの取組
 多様な雇用形態や女性労働力の活用などを背景に、子育て支援制度導入など「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」の取組が注目されている。こうした背景には労働力人口が減少する下で、女性や高齢者の就業を促進することが重要となっていることが挙げられる。また、労働者個人にとって、子育てや介護等による就業中断の技能の低下などのリスクを小さくとどめ、企業側にとっても、新たな人材を育成する費用やそれまでの教育費用を回収できないリスクが低下するなどの利点がある。
 ワーク・ライフ・バランスに関する先行研究をみると、出産・育児に関した施策を早期に導入している企業ほど従業員の定着率の改善が進んでいるなど、人材マネジメントとの関係が挙げられている。また、企業業績との関係については、両立支援策の中でも、育児休業制度、短時間勤務制度の充実は、長期的には企業業績にプラスの影響をもたらすとしている41
 企業のワーク・ライフ・バランスへの取組状況をみると、導入制度では、育児休業制度が95.4%と最も多く、次いで介護休業制度が82.7%と多くの企業で導入されている。一方で、事業所内保育施設(1.9%)や在宅勤務制度(2.7%)などの導入は進んでいない結果となった。
 実際に諸制度を多く導入しているのはどのような企業かをみたところ、特に技術型企業において、ワーク・ライフ・バランスに関する諸制度を多く導入している結果となった。こうした企業では人材定着が重要な競争力となることなどから、職場環境の改善に積極的に努めているとみられる42

コラム7図 ワーク・ライフ・バランス諸制度の導入状況




5 日本企業のガバナンスと生産性

 企業が管理する資本設備と人的資源を効率的に活用して収益を上げるためには企業のガバナンスも有効に機能する必要がある。企業活動の効率性を確保し、高い生産性を実現するためにはどのようなガバナンス体制が求められるかという問題意識は企業の様々なステークホルダー(利害関係者)の間で強まっている。
 日本の場合、企業の主たるステークホルダーは従業員であると考えられてきた43。しかしながら、行動様式の変化とともに、主たるステークホルダーについては、従来の「従業員主権」的な考え方から「株主主権」的な考え方を重視する方向への変化がみられている44

●5年前に比較して増加する「株主重視型」企業の割合
 適切なコーポレート・ガバナンスの在り方について理解するためには実際の企業経営の現場での意識を把握する必要がある。
 まず最初に、企業統治の特徴として、「従業員重視型」と「株主重視型」の企業の割合をみてみる。実際の質問は、「最大の利益を計上するよりも従業員の給与・賃金を確保することを優先する経営(従業員重視型)」と「人件費も他の経費と同様にできるだけ抑え、なるべく利益を計上し、株主への配当を優先させる(株主重視型)」を両極として、5段階評価によりいずれの考え方に近いかを、「現在」と「5年前」のそれぞれの状況を尋ねている。
 それによると、現時点では「株主重視型」企業の割合は約4割近くに達している。「従業員重視型」企業の割合が1割強であることと比較すると、「株主重視型」企業の割合の高さが目立つ結果となっている。5年前と比較しても「従業員重視型」企業の割合が低下する一方で「株主重視型」企業の割合は上昇している。ただし「中立型」企業は依然として5割程度存在し、その割合は5年前と比較してそれほど大きな変化をみせていない(第2−2−19図)。

●生産性の高い「中立型」企業
 これら三つのタイプの回答企業の基本属性をみておく(付表2−5)。企業規模に着目すると、資産合計、売上高、営業利益の全てにおいて「中立型」企業が最も大きく、次に「株主重視型」企業、最も小さいのは「従業員重視型」企業となった。従業員数でみると、「中立型」企業が最も大きく、「従業員重視型」企業も企業規模のわりには比較的多くの従業員を抱えていることが分かる。
 従業員一人当たりの売上高や同営業利益、ROA、ROSをみても「中立型」企業が最も高くなっている一方で、ROA、ROSでは「株主重視型」企業が最も低くなっている。
 このように「中立型」企業は企業規模が大きく、生産性や収益性が高いといえるほか、企業規模は小さい「従業員重視型」企業についても、ROA、ROSは比較的高くなっている。一方で、「株主重視型」企業は収益性が最も低くなっている。

●業績改善に結び付く経営の意思決定能力
 企業を取り巻く競争環境の不確実性が高まりをみせる中で、企業が好業績を確保するためには的確な経営の意思決定能力を持つことが重要になってきている。
 企業の意思決定能力の向上がどのように実際の業績に結び付いているかについて業務運営や事業戦略にかかる四つの意思決定能力を設定し、5年前の各企業の能力を点数化した上で、ROAとの関係を分析したところ、意思決定能力の水準がROAの高さに結び付いていることが確認された45。また、意思決定能力の向上がROAの改善幅に対しても影響していることが示された(第2−2−20図)。
 さらに、企業の競争環境の不確実性の高さと業績に影響を与える意思決定能力の高さとの関係をみるため、重要視する市場動向として、(1)事業・技術に関する不確実性の高まりを挙げている4割の企業とそれ以外の6割の企業、(2)主要製品・サービスのライフサイクルの短期化を挙げている3割の企業とそれ以外の7割の企業について、サンプルを四つに分割した上で、企業業績(ROA)と意思決定能力の高さの関係を同様にみたところ、係数の大きさや有意性からみて、事業・技術に関する不確実性が高いと認識しているグループや主要製品・サービスのライフサイクルの短期化を認識しているグループにおいて、意思決定能力の高さが企業業績に与える影響がより強まっていることが確認できた。

●「株主重視型」企業の経営の意思決定能力と業績
 それでは、「利益に対する考え方」に基づく「株主重視型」、「中立型」、「従業員重視型」のタイプの違いにより、経営の意思決定能力に違いがみられるだろうか。意思決定能力の高さをみると、「中立型」がやや高いものの、「株主重視型」、「従業員重視型」と比べて大きな差はみられない(後掲付表2−5)。
 さらに、5年前と比較した業績(ROA)の改善幅を被説明変数として、点数化した意思決定能力の高さと重視するステークホルダーとの交差項を取って回帰分析を行なったところ、「中立型」企業の場合、業績に対してプラスの影響を与えているが、「株主重視型」企業の場合、その影響度が小さなものになっている(付注2−3)。
 「株主重視型」企業が、経営の意思決定能力が最も高いというわけではないこと、またその意思決定能力の高さが他のタイプに比べて強く収益に結び付いているわけではないことが示された。こうした結果に加え、三つのタイプの基本属性を踏まえると、「株主重視型」に該当する企業の中には、株主への配当を強く意識し、高い業績を上げている先以外にも、経営の問題に直面した低収益企業が、人件費を抑えている例もあると考えられる。
 一方、最も業績の高い「中立型」に該当する企業については、(株主への配当を軽視しているわけではない点に留意する必要があるが)株主への配当を強く優先させるような極端な「株主主権」的な考え方を持ち合わせている企業とは異なり、比較的バランスの取れた主権観の下で行動していることが考えられる。

●経営の意思決定能力に影響を与える日本企業の経営特性
 経営の意思決定能力に影響を与える経営特性を把握するため、経営特性を(1)取締役会の機能度、(2)取締役の報酬制度、(3)社外取締役制度、(4)業務運営や事業戦略面での組織機能度に分けた上で、それぞれが経営の意思決定能力に与えている影響をみた。これによれば、(1)(2)(4)のマネジメント特性が経営の意思決定能力向上に有意にプラスに働いており、なかでも特に強い影響を持っているのが(4)の組織機能度となっている。経営の意思決定能力が発揮されるためには、トップダウン型の意思決定のほか、組織のフラット化や権限委譲による意思決定の迅速化、さらにより客観的に目にみえるような形での定量的な経営のモニタリングや経営目標の社内共有の仕組みが重要であることがうかがわれる。一方で(3)の社外取締役制度に関しては、経営の意思決定能力の向上に必ずしも影響を与えていない(付注2−4)。

●社外取締役が経営に与える影響は微弱
 社外取締役制度が、経営の意思決定能力の向上に影響を与えていない背景をみるため、全取締役に占める社外取締役の比率46や社外取締役の質が影響していないかをみてみた。これによると、社外取締役の比率の高さは経営の意思決定能力にあまり影響を与えていない一方で、非常に強い相関ではないものの独立取締役比率が高いほど、経営の意思決定能力にプラスの影響を与えている結果となった。このように社外取締役の出身や位置付けなどもあり、現状では社外取締役が意思決定能力向上に与える影響は限定的である可能性が示唆される(付表2−6)。


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