第二部 各論 一 貿易 6 日本貿易の当面する諸問題
(一)国際環境による制約
以上のごとき国際収支の悪化に対しては、基本的には輸出の増大による収支の改善に施策の重点がおかれなければならぬことはいうまでもない。しかしながらわが国をめぐる国際環境は決してわが国に有利なものでなく、また国内の態勢も内外の変化に対応しうるまでに至つていない。
わが輸出の伸長を阻害する国際的要件として第一にあげるべきものは、各国通貨の相互兌換に拘束し、自由通商の発展に重大な支障をあたえているドル不足の存在であろう。戦後米国の強大な生産力と東西交易の杜絶による対米依存の増大によつて、米国へのドル集中はとみにかたまり、一方西欧諸国における再軍備の実施と後進国開発計画の進展に伴うドル輸入の増大は、各国の国際収支を少なからず不安定にしている。ことに五一年後半における米国原材料買付の停滞と続く五二年の軍拡繰延べは、米国輸入の大巾な縮小をもたらし、対外援助、投資によるドル撒布をこえる出超の増大となつた。このため英国以下のスターリング諸国ならびにブラジル、インドネシヤ等一部のオープン勘定諸国は深刻な打撃を蒙り、五二年三月以降相次いで輸入制限を強化した。
かくて世界の貿易額は五二年四―六月期以後減退し、各国の輸出競争はいよいよ激化しているが、この趨勢は種々のつながりによる経済的なブロツク化の進展によつてわが国に一層不利となつている。とくに東南アジア貿易において英国と英連邦諸国間、インド、パキスタン、ビルマ間および米国と比島間等に特恵関税率の相互適用(附表九表参照)が行われていることなどは、ガツト未加入によつて最恵国待遇すら与えられることの少いわが国にとり、二重の差別待遇が加わることとなり、国際競争上甚だしい隔たりが生じている。
また構造的なドル不足による通貨障壁を打開するために、一九五〇年七月に欧洲支払同盟が結成され、多角決済制度の推進によつて西欧における域内貿易の拡大にかなり成果をおさめた。この決済方式は単に西欧諸国間の自由交易をたかめるばかりでなく、本機構に属する英国、フランス傘下の英連邦および仏連合諸国にも適用されることによつて、西欧諸国とこれら地域との通商は顕著にひろげられている。オープン勘定諸国との双務決済方式の行詰りになやむわが国にとつては、この面においても少からぬ遜色が存在するわけである。
ただ本年に入つてスターリング諸国の国際収支好転に伴い、一部輸入制限の緩和がおこなわれている。従来かかる制限措置に際しわが国がドル圏並みに扱いを受けて厳格な制限の対象となり、ことにわが国よりの繊維輸出が不急品、半奢侈品として輸入削減の最大の対象とされたことは総論の示すところである。従つてかかる制限の緩和がわが輸出の将来に一脈の光明を投ずるものであることは否めない。しかしドル不足の慢性化、米国輸入の停滞等世界貿易の基調にはなお幾多の問題が残されており、またこのような制限緩和についても、その実効をみるためには、今後のわが努力にまつところが多く、軽々に楽観を許さない。
(二)日本貿易をめぐる障害
一方わが貿易自体についても、戦後種々の問題が生じている。まづ市場的な観点からすれば、戦後における旧植民地の喪失と中共貿易の杜絶によつて戦前における最大の安定市場が失われたことをはじめ、第二次大戦後の世界的な復興過程で民間貿易の再開に二ヶ年の立ちおくれを生じたことは、わが国の市場対策に多くの制約を与えることになつた。
また繊維輸出の占める割合が西欧諸国に比しては遙かに大きく、その回復が戦前の三割に満たないということも輸出数量全体を低位にとどめる要因となつている。とくに戦前全体の一割を占めていた生糸が著減したことをはじめ、近来インド等の紡績業の発達から、繊維製品、なかでも綿製品の輸出市場が縮小したことは、わが繊維製品の輸出に大きな支障となつた。
しかしながらこのことは反面においてわが国の貿易が外的な環境変化に順応していないことをあらわしている。現在世界の貿易に占める繊維の割合は二割以下に低下しているが、わが輸出構成においてはその減退の著しかつた二七年においてもなお総額の三割六分におよび、他方世界貿易の中心としてその比重の増加しつつある機械については全体の一割に満たない。わが国と同じく加工貿易を主体とする英国では繊維が一五%、機械四〇%となつており、また二六年以降輸出の増大した西独ではそれぞれ一〇%および三七%となつている。ことに西独の場合繊維より機械への転換は二六―七年にかけて際立つた特徴であつた。このほか英独両国に比しわが国の鉄鋼輸出のウエイトが極めて高いことも注目されてよいであろう。これはわが国に対する重工業品需要が近来外貨獲得率の高い機械より、その原材料としての鉄鋼(ことに半製品、素材)により多くむけられていることを物語つている。
このようにわが国の機械輸出は停滞しているが、その原因は「輸出」の項にものべたように価格の割高、品質の不良など主として国際競争力が乏しいことに求められる。しかも従来わが国に有利とされていた納期の点についても近時西欧諸国の短縮化がみとえられる状態である。
ことに動乱勃発後における特需の発生は、国際競争の刺戟が、少なくともこの面ではわが国にゆるくあたる結果となり、また臨時収入に裏付けられた国内需要の増大がわが国の輸出意欲を鈍化させたことも否定できない。
ともあれわが国の貿易構造が環境変化に対する適応性の欠如と国際的障害に対応すべき輸出競争力の貧困とは、貿易商社の資本力不足をはじめ輸出市場の開拓に必要な調査、研究、宣伝等の不備とともに今後の多大な問題を投ずるものといえよう。
(三)東南アジアとの経済協力
これまで述べたところによると、わが国の貿易は今後伸ばし難い一面をもつているが、一方ではこれは打開する有力な方法として東南アジア諸国との経済協力の推進が期待される。
戦後のわが国の貿易は、とくに輸入の面で対米依存度が高まり、このため輸入の非ドル地域転換が従来から重要な課題とされてきた。そこで、これを補う方策の一つとして、東南アジア諸国に対する輸入依存度を高めることが考えられてきたのであるが、ドル依存のとくに強い食糧および棉花の輸入転換は、この地域の食糧生産の未回復および繊維工業の発達によつて限界があり、鉄鉱石、粘結炭などの工業原料の輸入にやや期待しうる程度となつている。
経済協力の構想はかかる期待を実現に繋ぐものであるとともに、同地域における経済開発への協力によつて相互の経済交流を基本的に深めようとするものである。しかし経済開発への協力と構想は、現在までのところでは必ずしも期待に副つた発展をみていない。すなわち実際の協力が実施されているものとしてはポルトガル領ゴアおよびフイリツピンのラツプの鉄鋼ならびにラプラプ銅山の開発、インドネシヤの沈船引揚、インドのマグネシヤ・クリンカー工場および積算電力計工場の建設、トロール漁業の提携、インドネシヤのソーダ工場の建設など九件にとどまり、このほかにこれと関連して昭和二七年末までに、輸出入銀行からプラント輸出契約(八三億円)に対し五三億円の融資が行われた程度である。
経済協力は一面、わが国の資本および技術の提供により、同地域の経済活動を振興し、その国民所得の増加を通じて、わが国工業製品に対する購買力を高めるという循環を期待するものでもあるが、各国の開発が充分な発展を示していない上に、需要の強い重工業製品についてみると、わが国製品は、品質、価格、技術およびサービスなどの点で西欧諸国より立ちおくれており、まだ提携の実をあげるまでに至つていない。
このような遅滞の他の理由としては、この地域諸国とヨーロツパ諸国との政治的経済的諸関係の以前たる強固さ、経済的不安定、外資に対する一般的な警戒などがあげられるであろう。一方我国自体の東南アジア地域における経済的基盤の劣弱および賠償問題のみ解決などもまた大きな障害としてあげられる。
経済協力の構想は以上のごとく当面困難が多く、短期的な効果は期待しえない実情にあるが、しかし努力如何によつては今後提携を拡大しうる可能性が強い。ただそのためには、同地域諸国の実情に即して、長期に亘る協力の計画化を進めることが必要であり、同時にある程度採算を度外視した貢献も将来の効果を収めるゆえんであることを考慮すべきであろう。
(四)中共貿易の動向
一方朝鮮休戦に伴つて中共貿易の拡大に活路を求める動きが活溌となつてきた。現在中共地区との貿易は、戦前においても軍事的、政治的な要因から変動が著しかつたが、比較的正常であつた昭和九―一一年においては、わが国輸出の二割、輸出の一割を占め、旧植民地と比肩した主要市場であつた。戦後貿易の杜絶がやや回復に向つた途中で朝鮮動乱に際会し、二五年末の禁輸によつてふたたび急減した。すなわち二七年においては輸出入とも総額の一%にも満たない縮小におちいつたが今次の朝鮮休戦は中共貿易の制限を緩和し、輸出不振を打開する一つの転機とみられている。
中共に対する輸出制限は、国際的には現在二つの規約に基づいて行われている。一つは西欧諸国によつて構成されるソ連圏への重要物資の輸出を禁止ないし制限する統制機構の規定であり、他の一つは米国からの援助、借款を受けている諸国の戦略物資の禁輸を規定したバトル法である。日本の対中共輸出の制限は輸出貿易管理令によつて行われているが、その制限は必ずしも西欧なみでなかつたので、西欧と同一歩調をとるべき努力が行われていて、紡織機、毛製品、紙、染料をはじめ、非戦略物資の緩和はある程度実施されてきた。しかし中共は重要度の高い商品の輸入に対してのみそれと同程度の重要度をもつた商品の輸出を認めるという貿易方式をとつているため、現在程度のわが国の輸出からは輸入にも多くを期待しえない事情にあり、さらに今後の貿易も輸出入が均衡した形で行われるものとみられる。
このような中共貿易の制限は、小幅にしかも徐々に緩和されるものと期待されるが、たとえ将来大幅な緩和が行われるとしても戦前規模への回復は望めないであろう。すなわち中共は工業五ケ年計画により原料(鉄鉱石、綿花等)の国内消費が増大し、その輸出余力が乏しくなる傾向があり、また工業化による自給度の向上からわが国の繊維製品、雑貨等の輸出は長期的には多くを期待できないことになろう。さらにソ連圏との経済交流が高まつて中共貿易の七、八割を占めているため、わが国の将来の進出余地が限られるという制約も強い。しかし輸出の面では車輛、通信機材、小型船舶など、輸入の面では石炭、塩などが持続的に取引される可能性が強いので、貿易の不振を打開するためには、現在の制約が緩和されることがとくに望ましい。また戦前の貿易が、わが国の権益、投資などに支えられて発展したのに対し、今後の貿易は、このようなわが勢力圏当時の発展のあとを追うべきものではなく、一般の貿易と同様に、激しい国際競争場裡にわが国の輸出競争力を高めることによつて、中共市場の需要に応えるものでなければならない。
(五)輸入制限の可能性
このような内外の諸要因によつて貿易の発展、とくに輸出の増加が困難となつている反面、輸入は前述の通り臨時的収入に支えられて増加している。従つて、国際収支の均衡を維持するには、一面輸入の負担を軽減することも必要となるが、現在の輸入の規模は動乱後の国際経済の拡大に見合つたものとなつているため、生産および消費の水準を切り下げずに輸入を削減することはかなり困難である。国内経済に及ぼす影響が比較的少い不急品の輸入を削減するとしても、二六年程度の輸入を認めるとすればせいぜい七千万ドル程度の節約が可能となるにすぎない。この観点から現在の輸入の内容をさらに検討してみよう。
昭和二七年の輸入総額は約二〇億ドル(CIF)であるが、輸出は約一三億ドル(FOB)で輸入の六割余りに相当するにすぎない。この輸入総額は前述の不急品をはじめ、輸出および特需用として必要な原料の輸入を含んでいるので、輸入総額からこれらを差引いた残りが、純粋の国内用として必要な輸入、いらゆるベーシツク、インポートである。この国内用必要輸入額は昭和二七年においてCIF建で約一七億ドルと推定されるが、同年におけるわが国輸出品の外貨手取率は総合して八一%と算定されるから、もし国内用必要輸入を輸出だけで賄うものと想定すれば、邦船積取による輸入運賃などの節約もあつて、約二〇億ドルの輸出(輸出用原料輸入分を含む)を必要としたわけであつた。すなわち現在より約七億ドル足らず輸出を増加しなければならなかつたことになる。
従つて特需の支えが短期的には継続するとしても、今後総論で述べたように、輸出競争力の増強および自給度の向上による輸入節約の両面から国際収支の均衡維持が図らねばならない。