第二部 各論 一 貿易 5 国際収支の状況
昭和二七年の国際収支は概況にものべたとおり、表面きわめて順調に推移した。わが国の保有外貨は同年末一一億二千万ドルにおよび、貨幣用金を含む外貨準備は、年間を通じ約二億二千万ドルほど増加している。
しかしいまこれを二六年と比較すると、収支内容の変化がようやく顕著となり、また外貨準備の増加は前年より約一億四千万ドル余り減つている。なかんずく動乱後の特需依存は二七年に入つてさらにたかまり、一方上以外の取引全体としてもその支払超過が前年より一層甚だしくなつてきた。
すなわち第一〇表についてみるに特需など軍関係消費は約八億ドルに達し、前年より二六%増加することによつて二七年における外貨準備増加の要因となつている。しかしながら上以外の取引は総額で五億七千万ドルの支払超過を生じ、その赤字は前年に比し三億ドル余り増加した。
もつともこのような赤字増加のうち、その三分の二は貿易取引以外で占められているが、これは主に対日援助の打切に併つてわが国の受取(二六年では約一億六千万ドル)が減少し、しかも他方において国際機関への加入によつて出資金(約七千万ドル)の支払がおこなわれたからである。従つて貿易取引以外の赤字増加は必ずしもその収支の実質的な悪化を物語るわけではない。
しかしながら他の三分の一にあたる貿易(FOB)取引については上とやや性格が異つている。すなわち対前年不足(入超増加)分一億一千万ドルは、二七年下半期以降における非ドル貿易の逆調によつて生じたものであり、基本的な貿易の不振に基くものにほかならぬからである。しかも一方では交易条件が二六年に比して約六%改善されており、これに伴つて一億数千万ドルの赤字が発生をみないで済んでいる。
同様のことは前述した貿易外取引についてもみることができる。同取引のうち運輸収支は前年より約六千万ドル近く改善されているが、これは本邦船による輸出入物資積取比率の増大(二六年の三割弱より二七年の四割弱へ)および三国間輸送の増加(対前年約二千万ドル増)など邦船収入がふえたことによるほか、さらにより多くの運賃低下に伴う外船支払の減少におうている。すなわち海上運送料率は、たとえば貨物船に対する国際不定期運賃についてみるにこの間約四割弱低落しているから、わが国の運輸収支はこれによつて少からぬ支払の増加を免れたわけである。
要するに特需など軍関係消費の受取を除く国際経済取引全般について約三億ドルの対前年不足を生じたことは、一面においてわが経済の自立化と国際社会への復帰に伴いその負担が増加したためであり、反面、輸出の縮小(対前年七千万ドル減)に見合わない輸入の拡大(対前年四千万ドル増)がおこなわれた結果である。しかも後者は交易条件の好転など収支条件の改善に支えられるところが多かつた。
さらに貿易外取引についてみても、戦前、貿易収支の入超を補つて余りのあつた海外旅行、運輸保険、投資収益などいわゆる貿易外の経常的収入は、戦後対日援助又は特需などの臨時的収入にその役割を譲り、二七年では逆に一億七千万ドル余りの支払超過となつている。(「概況」第一表参照)。もつとも同年の国際収支では前述のように運輸取引がやや好転し、保険取引を加えれば約六千万ドルの改善を示している。しかしながらこれ以外の経常的受払は依然不振をつづけ、なかんずく投資収益の受取はわずか六百万ドルにすぎない。この反面戦後の外貨導入に伴う利子、配当および外債利払など海外への送金は特許権使用料を中心とする賃料支払を含めて二千万ドル超え、前年の二倍近くに累積している。
しかし以上のような支払収益の根源となる民間長期資本の流入は二七年において二千万ドルに満たず、前年に比しかなりの減少となつている。もつとも上の民間長期資本取引に掲上されるものは在日子会社による在外本社への資本借入(長期借入金)および後者による前者の株式取得または現物投資など狭義の外資導入にとどまり、技術援助契約の締結などいわゆる技術導入は含まれない。近時企業合理化、技術向上の要請と相まつてこのような技術契約の締結がかなりさかんになつているが、全般的にみてこれら外資導入は低調となり、二七年に入つて一段落の形となつている。
ただこのような民間資本勘定のうごきに対して政府資本勘定の移動がやや活溌になつている。すなわち前述のように国際機関(国際通貨基金および国際復興開発銀行)への出投資(円払いを含めれば約一億一千万ドル余)が行われたほか、米国輸出銀行より綿花借款(約四千万ドル)が政府貸付金として供与され、わが国による米綿の買付に引当てられたなどである。
以上、二七年の対外経済活動のすべてを国際通貨基金制定の方式による国際収支表によつてみれば第一四表の通りであるが、これをさらにわが外貨準備の増減にてらして総合すると第三五図のようになる。
いづれにしても特需など臨時収入の増大は動乱後の輸入規模拡大を可能にし、さらにその一部を外貨準備の増加に向わせている。しかしこのような受取はあくまで動乱に伴う「臨時的」受取であることにとくに留意する必要がある。なおわが保有外貨の動きについては第一五表の示すとおりであるが、ことに二七年に一〇―一二月期以降における非ドル勘定の悪化が注目される。なかんずく本年に入つてからは、ポンド、オープン勘定両地域の貿易不振が一層甚だしくなり、両勘定は一~四月間にそれぞれ一一九百万ドル及び三七百万ドルの外貨を失つている。