第二部 各論 二 鉱工業生産、企業 1 鉱工業生産と需給の動向
(一)生産活動
産業活動指数は、二七年度中鈍い上昇傾向を続け、その結果、第一九表に示したように二七年度平均の生産水準は、前年度に対して六%の上昇に止まつた。二五、二六年度が、前年度にたいしてそれぞれ二九%および二二%の増加であつたのに比較すると、二七年度は著しく上昇率が減少している。
これを業種別にみると、比較的消費財を多く含む印刷製本、食糧および煙草、ゴムおよび皮革、化学、繊維などの非耐久財生産部門の伸び方が大きく、これに対して投資財、基礎財を多く含む金属、機械、窯業、製材及木製品などの耐久財生産部門は停滞的であつた。これをさらに細部に立ちいつてみると、業種によつて異つた動きを示しているが、その差異は、市場の変化に基づいている。この関連を明かにするために、商品によつて、消費財、投資財、基礎財に分け、その各々をさらに貿易に関連の深い商品と国内商品との二つのグループに分けて、二六、二七、両年度平均生産水準の対前年度増加率をみると、総説第一〇図にみられるように、二六年度においては投資財および基礎財の増加率の方が、消費財のそれよりも高く、基礎財、消費財、いずれにおいても貿易関連商品の方が、国内商品よりも増加率が著しかつた。
ところが二七年度においてはこれ等の関係が逆になつて、投資財および基礎財が伸び悩んだのに対して消費財の増加率が顕著であり、また、消費財のなかでも貿易関連商品が停滞的であつたのに対して、国内向け消費財が前年度よりも著しい増加率を示している。
このような動きは、二六年度において輸出、特需がふえ、産業設備投資が前年度より著しく増大したのに対して、国内消費が比較的増大しなかつた反面、二七年度においては、これとは逆に輸出が伸びず、設備投資が僅かな増加に止まつたのに対して、国内消費の増大が大巾であつたという市場の変化の反映である。
二七年度における国内消費市場の拡大が工業生産に及ぼした影響は甚だ大きい。このことはさきにふれたように主として非耐久消費財である国内商品の生産指数が三割以上も増大した事実にあらわれているが、さらにつぎの二点を捕捉する必要がある。第一は、比較的生産の伸びなかつた綿糸布、人絹織物などについてであつて、これらの商品は、もし国内向け出荷が後掲第四〇図にいられるように大巾に増大しなかつたならば、輸出減少のために、生産はかなり減少したであろう。ただこの点について留意すべきことは、内需に流れた繊維製品のうちは実需の増大のほかに流通部面に在庫となつているものもかなりの部分を占めていることである。第二は、前掲指数の採用品目となつていない耐久消費財の著しい増産が行われたことである。たとえば前年にくらべて電気洗濯機五倍、電気冷蔵庫二倍、卓上扇風機五割、螢光灯二・五倍、ラヂオ受信機二倍、写真機七割など、それぞれ増産を示した。また消費市場の拡大に伴つて、消費財の生産および流通に密接な関連をもついろいろな商品、たとえば、スクーター二倍以上、自動二輪車三・五倍、小型三輪車五割などが前年にくらべて顕著な増産を示した。
以上二七年度中における生産活動について述べたが、ここで、動乱ブームによつて鉱工業生産がいかに増大したかを示すと、第三九図のごとく、綜合指数で二四年度の約八割増となつており、これを業種別にみると、概して消費関連の深い非耐久財の諸業種における上昇率が大きい。
しかしながら、戦前(昭和九年―一一年平均)を基準にしてみると、綜合指数では一四〇%であるが、投資財、基礎財性の多い耐久財生産の諸業種は、概して平均を上回る伸びを示し、非耐久財の諸業種は下回つている。
(二)合理化投資と稼働生産能力
朝鮮動乱後の高水準の投資設備によつてわが国の鉱工業生産能力が主要業種においてどのように増大したかをみると、総説第一三図に示されたとおり業種によつて時期と程度に差異はあるが、かなりの稼働生産能力の増大が行われたとは明かである。当初は需要の急激な拡大に直面して、生産設備の復旧改修、新増設がはじめられたが、生産が過剰気味になり、市況が下り坂になつてからも、ひとたび始めた新設拡張計画を完成せしめるため、あるいは企業の生産規模を経済単位に達せしめるために新増設が続けられ、あるいはまた設備合理化を行うことによつて、依然稼働生産能力は増加しており、そのことが生産過剰傾向を促進し、あるいは後述するように企業の金詰りをもたらしている。まず二七年度における生産能力増大の態容を大別してみると、(一)設備能力の一系列を新設したもの、(二)企業全体として能力をフルに発揮するため設備の部分的な拡張、新設を行つたもの、(三)適正操業単位へ達するためのもの、(四)設備の合理化、近代化の結果であるもの、などがあげられる。
第一に相当する業種としては、精糖、製紙、毛紡織、セメント、板ガラス、電力など主として国内関連の消費財と投資財があげられる。また綿紡、鉄鋼の薄板メーカーなどの二六年下期の動向も同様である。すなわち国内需要の先行き増大を見越して設備の拡充を行つたものと、電源開発、公共事業等財政投資に支えられたものとがある。これらは毛紡織、電力を除いては概ね二七年上期までにピークに達している。
第二に該当する業種には硫安製造の系列の整備がある。また電解ソーダにおいて塩素製品への進出を目的とした生産設備の拡充もみられる。
第三にあてはまるものとしては中小紡績の二七年中の増錘があげられよう。
最後に第四に属するものには、鉄鋼、石炭、金属鉱山、造船、電気機械など基礎財や重機械類を生産するものが多い。これらはコスト割高の是正が叫ばれている業種である。
二六年以降、とくに二七年に入つてから、コスト切下げのための合理化、近代化投資への重点移行が目立つてきたが現在までにどの程度行われ、今後どのようなことが必要であるか概略を次に述べよう。
まず高コストが最も問題にされる石炭鉱業についてみると、合理化投資はカツペ採炭方式の採用と坑内運搬の機械化に重点がおかれ、二六年度全国出炭量のうち約二割がカツペ切羽から出炭され、その後一層増加している。これらによつて出炭能率が向上したことはいうまでもないが、まだ部分的で、全国的にみると、鉱夫を坑外より坑内へ、坑内では直接採炭夫へ重点配置を行つたことが、出炭能率の向上には最大の効果をあげている。今後カツペ採炭方式、坑夫の坑内への重点配置を一そう進めるためには、巨額の投資と年月を要する堅坑開さく、その他の坑内外運搬の能率化―いわゆる若返り工事を行わなければならない。
次に鉄鋼部門では、輸出増進を目標に、合理化計画がとりあげられた。製銑の段階では、計画の重点は溶鉱炉、コークス炉の改修と、原料事前処理におかれ、進捗度も良好であるが、既存工場においては、コストを引下げる効果は多くない。この段階でコスト切下を効果あらしめるためには、在来工場内設備の根本的再配置か、新工場の設置を行つて原料事前処理から高炉までの生産工程に新しい機械と技術をとり入れる以外にはない。しかもそれが効果を発揮するには原料入手の安定が前提なのである。製鋼の段階では、酸素製鋼その他の合理化工事が進められて、若干の効果をあげているが、最も効果の高い平炉容積の拡大と原材料挿入能率化のための台車注入方式を取り入れたのは計画一五基のうちの三基だけで、これは巨額の資金と年月を要する大規模改造であるために、現実にコスト切下げの効果が全国的にあらわれてくるのはなお一、二年を要する。合理化計画の最重点は、国際的に最もおくれている鋼材圧延部門におかれている。このことは合理化計画投資所要額の五割がこれに向けられていることであきらかであろう。圧延部門では、均熱炉、分解圧延機から、厚板、薄板、帯鋼の圧延機、製管機械に至るまで、ストリツプ・ミル、その他の近代的大量生産方式を整備する計画が推進されている。これらの合理化によるコスト引下効果は大きいけれども、合理化工事が完成するまでには、なほ一、二年の歳月と多額の資金を要するし、これが効果を完全に発揮するまでには、関連した他の工程の合理化と技術向上が必要である。またこれらの合理化投資は、一貫メーカー三社と三大平炉メーカーを中心として進められ、合理化三ケ年計画の所要額の九割近くをこれらの企業で占めている。合理化の効果は大規模且つ一貫作業であるほど大きいので、大企業と中小メーカーとの差は、合理化推進によつて一層甚だしくなろう。
硫安は、現在までに生産設備の復旧と部分的改善が行われた。これによると生産能力が増加するのみでなく、幾分のコスト引下効果があつた。しかしながら、生産能力過剰のはけ口として輸出に進もうとすれば、高炭価の不利を克服するための微粉炭完全ガス化法、あるいは割高な硫化鉱を必要としない尿素の生産など、本格的合理化のために多額の投資が必要となつている。これらの基礎財に対して、投資材部門をみると、造船業においては合理化の重点は、国際的に立ちおくれていた電気溶接工作法の導入と、それに伴つて採用されるブロツク建造方式に必要な諸工事と、舶用機関生産設備の新合理化におかれた。これら合理化投資は大造船所に集中しており、又同じく電気溶接に切換えた造船所においても、それに関連した各種の合理化を随伴させねばその効果は低くなるので、大造船所と、小規模造船所とでは競争力の差がひらきつつある。しかしながらこれら合理化の完成には設備の補強と技術の向上が必要とされ、さらに素材、部門などの関連工業の合理化に進まなければならない。次に昨年度好況にあつた電気機械工業では大規模な電力投資の影響を受けて発電機、水車、タービン、ボイラーとでは、その他重電機関係の機械装置と螢光灯の生産設備とに投資の重点がおかれたが、前者については硅素鋼板絶縁体などの材質の向上と価格引下なくしては大巾な引下は難しくなつている。
以上の重化学工業部門に比べれば、早くから国際市場との接触が多かつた軽工業部門における合理化の余地は、相対的に少なくなつているといえる。しかし、そのうちでも輸出に関連した消費財の代表として綿紡における合理化の進展をみると、スーパーハイドラフトその他の新しい生産設備が据付けられ、スーパーハイドラフトの全錘数に占める比重は一割五分近くに達し、前紡工程の簡略化に貢献している。これらは殆んど大部分は十大紡の精鋭工場として据付けられ、それら会社の競争力を強めている。今後綿紡部門としては高級綿布による海外進出が必要とされているが、そのためには、織布、高級仕上、染色加工がネツクとなつておりそれがまた日本では多くが中小企業によつてなされるだけに困難な問題がある。
次に合理化を進めるに際して、設備、技術の立おくれをとりもどすために、外国技術の導入と機械の輸入が行われているが、このうち前者についてみると、戦後、外国会社と技術提携を行つた件数は、二八年三月末までに四九二件に上るが、そのうち八割は、重化学工業に集中している。金属工業では、鋼材圧延、鋳造非鉄金属精錬など、機械工業では船舶機関と、合成樹脂、合成繊維、医療品、石油精製、化繊、紙パルプ、鉱山用などの産業機械、計測機械電纜、螢光灯、発電用機器、テレビなどの電気機械など、何れも各分野において、わが国の特に立ちおくれた技術の導入につとめた。
これらの技術提携によつて、二七年度末までに、約千八百万ドルの対価送金が行われ、二八年度(外資法によるもののみ)には千二百万ドルに上る見込である。技術の向上のためではあるが、各企業が競争して導入した部面もあるので、それだけのローヤリティを支払つた効果をうるか否かはなお今後の推移を見守らなければならない。
(三)需給の動向
前項で述べたように、鉱工業の稼働生産能力が動乱後急増してきて、それが内外市場の拡大を超える程であつたので二六年度以降需給は全般的にかなりゆるみ、業種によつては生産過剰の兆候もあらわれた。伴つて二六年度から二七年度にかけて在庫が増勢を示したが、昨年春ごろより一部業種で操短、出荷調整が行われたのと、下期以降国内消費購買力が増大したために、昨年下期以降需給のゆるみは幾分少くなつている、次に需給の動向を業種別に検討してみよう。
輸出減退の影響を大きくうけた貿易関連消費財、たとえば綿紡織、化繊および化繊からの需要に左右されるソーダなどでは、一昨年中の増産により昨年春頃までにすでに在庫の急増と価格暴落にあい、その後操短に入つた。綿紡、化繊は輸出急減のため昨年春から操短をはじめて六、七月頃まで続け、その間内需が増えたので在庫減少、価格もち直しをみたが、そのため八月頃より増産が行われると、在庫は増え、それに原綿価格低落の要因が加わつたために、一一月の価格崩落がおこり、一二月より再び操短枠の強化ないし出荷調整が行われた。しかし本年に入つてからは輸出伸長をみたため、商況は持ち直している。ソーダ灰およびア法苛性ソーダも昨年初めより初秋まで操短が行われ、そのため在庫減少し、それ以後は関連部門の需要増大のために、若干増産をみた。このような状況のため、綿紡では操業度が第二〇表にみられるように九割台から漸次七割台に下り、ソーダでは二七年中は四割台に低下したが、年末からもち直している。このように操業度が低下したために綿紡、ソーダの一部工業において従業員整理が行われた。
これとは対照的に、消費財のうちでも国内商品、たとえば、食料品、毛製品、絹織物、紙パルプ、医薬品などは昨年度中も比較的好調に推移した。このうち紙パルプは昨年中上半期に在庫の累増、価格の低落がおこつたが、その後新聞紙増頁、包装紙、総選挙需要によつて市況は落ち着き、増産に向つた。従つて操業度も高位を伴つている。また食料品中の砂糖では、前年に引続き高い生産を続けたので、昨年度下期には在庫増と価格低落をみた。
投資財国内商品である原動機、重電機、造船、自動車などの機械類、セメント、板ガラス、製材などの業種も比較的好調で、セメント、板ガラスでは生産能力が増大したのに操業度は依然高い。これらは財政投融資に支えられたものであつた。たとえば、主要機械メーカーの受註状況によると、次の図のように二七年度も前年度に引続いて高水準の受註額があつたが、そのうち官公需及び電力、海運、鉄鋼、石炭など財政投融資に支えられていた部門からの受注額が、二七年において、六割近くを占めている。また、二七年度中の建設投資総額は前年度より三割以上増加したが、その大部分は、政府直接の建設工事(公共事業その他)、電源開発、住宅建築など国家投融資に支えられたものである。これらの投資財部門の好調も、生産能力がかなり急速に伸びてきているので、輸出市場への進出の必要性が一層強くなつてきた。
次に基礎財の内国内商品、たとえば、硫安、石炭、石油、電気銅及び鉛などは、昨年度中に増産在庫急増―価格低落のコースを辿つた。石炭では昨年度に入り不需要期に向つて荷渡料が低下したにもかかわらず、出炭量は二六年末以来の高水準を持続したので、九月まで在庫は累増し、価格は低下した。しかし、その後需要期に入つたのと、秋の長期ストのため、在庫減少、価格持直しをみた。しかしながら本年に入つてから再び顕著な増産が行われた上に、スト中の重油転換と輸入炭増加の圧迫も加つて、最近の貯炭増加状況は、昨年度をしのぐものがあり、大手筋炭鉱でも直接採炭部面から掘進部面への配置転換および時間外労働の中止による採炭縮少、さらに低能率坑の整理が企画され、中小炭鉱では、休山と従業員整理がはじまつている。硫安では生産が前年度よりも増加して操業度を維持しているが、内需は頭打ち状態となり、昨年秋にかけて在庫は累増した。そのため、国内価格が低落するとともに、国内価格より一、二割低い価格で輸出せざるをえなかつた。さらに今後も生産能力は上昇するので、輸出を増強することが必要である。石油は上半期在庫が増大したが、下半期に入り炭労ストによつて重油転換が促進されたためにもち直した。しかしながら市場は漸次飽和状態に近づいている。電気銅および鉛はともに昨年夏以来在庫が増加し、価格が下押し気味である。
同じく基礎財のうち貿易関連商品である鉄鋼は、二六年後半在庫が増加したため、昨年に入つて生産調整が実施され、特に薄板、普通線材では昨年春より四割操短に入り、以後低操業を続け、多く単圧メーカーにおいて、従業員整理が行われた。このような生産抑制とアメリカの鉄鋼ストの影響により輸出増加とによつて漸次在庫は減少し、価格もおちつきをみせた。しかしながら秋から年末にかけて売込競争が激化して価格は一段と低落した。本年に入つてからは大メーカーを中心とした市場操作によつて市況維持がはかられている。しかし鋼材圧延能力も高炉の稼働能力も一層増大する傾向にあるのに反して、需要の方は、国内市場の頭打ち、価格割高からの輸出減退が懸念されるので、今後も問題が残ろう。
以上、述べてきたように、既に操短を行つているもの、生産過剰に当面しているもの、あるいはまだ需要が強調のものなど業種によつて各様であるが、全般的には需要がゆるみ、海外市場への進出の必要性が高まつている。
このような状況が、企業経営にいかにあらわれ、また偉業はこれに如何に対処しようとしているかを次に述べよう。