第一部 總説……独立日本の経済力 二 昭和二七年の経済循環 4 消費は何故増大しえたか


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(1)手取所得の増大

 今まで述べてきたところによつて国民所得と消費の増大の模様は一応明かになつたと思うけれども、それだけではまだ充分でない。なぜならば、消費の増大を説明するためには、個人の税引後の手取額すなわち可処分所得がなぜ増大したかを明かにしなければならないからである。個人所得の増大する道筋は鉱工業生産が上り、雇用がふえ、そして所得が増大するという循環である。ところが鉱工業生産は前に述べたとおり、あまり上昇していないし、雇用量もとくにふえたということはうかがえない。

 そこで個人所得が増大した原因を昨年の経済の推移についてさらに立入つて検討してみよう。その原因として考えられるのは、まず勤労者の購買力については賃上げ、農民に関しては農産物の増産と農産物価格であるが、すべての納税者に共通な原因として減税の効果をあげなければならない。

 勤労者の賃金は昭和二六年から二七年にかけて産業全体で二一%、製造業だけとつても一八%増加している。それは二六年末からの賃上げに基づくものである。この点は後にもう一度述べることにしよう。なお財政の所で述べた公務員関係のベースアツプもあつて、俸給、賃金を主体とする勤労取得(税込)は前年より二二%、金額にして約四千六百億円増加した。減税の恩恵を比較的手厚く蒙つたのも勤労者である。最近の減税は二六年の一一月および今年の一月からの二回を数えることができる。それまでにも度々減税は行われたけれども二六年末の減税までは減税の効果の相当部分が物価騰貴に吸収されてしまつた。ところが二七年中には物価がほとんど横這いであつて、二六年と二七年の年間で平均すると、卸売物価は二%、消費者物価(CPI)でも四%ほど上昇しているにすぎないため二六年末からの減税はそのまま実質手取額の増加に反映したのである。一応の試算では減税による昨年中の勤労者の手取額の増加は、減税がなかつた場合に比して、およそ六百億円と考えられている。なお農民、個人営業主を含めれば減税の効果は全体で一千二百億円に達した模様である。

 つぎに農村についてはまず増産の効果をあげなければならない。主食関係だけでなく、繭や野菜や果物まで増産した。しかし農産物の生産指数は前年にくらべて七%しか上がつていないから、農民の所得の一七%(千六百億円)上昇は単なる数量的増産以外、価格の上昇にその原因を求めなければならない。たとえば、超過供出代金その他の特別価格をも含めた農家手取米価は、二六年の七、三三六円から二七年には八、三七二円へと一四%も上昇している。これが農家所得の増大に大きな役割を演じたことはいうまでもない。しかし農家所得の増大には、もう一つ別の要素がある。それは「農業」の章で述べているように農外所得、すなわち農民が農業以外の賃金労働その他で稼いだ所得の増大である。二六年にもこの農外所得の増加が農家所得増大の大きな原因になつたけれども、二七年もその役割は大きく、とくに零細農家にとつては重要な所得源となつている。二七年では工場その他への出稼ぎのほか、公共事業に雇われて得た賃金所得の増大が著しかつた。

(2)賃上げと企業利潤

 つぎに個人所得の増加にとつて最も基本的であつた企業の賃上げが、どんな原因によつて行われたかについてさらに立入つて考えてみよう。

 それにはまず朝鮮動乱ブーム以来の売上高の増大と、製品価格の騰貴およびそれと対蹠的な原料価格と賃金水準の低位によつて企業の利潤率が極めて高かつたことを考慮にいれなければならない。昭和二六年末までは物価にくらべて賃金水準の上昇はかなり遅れていたのである。この遅れを取戻すために、二六年の末から賃金水準は企業利潤に喰いこみながらやや大巾に上昇した。その後二七年中にはそう急激な上昇はしていないが、年間をとつて比較すると平均賃金は約二割の増加になつたのである。本来ならばこのような支払賃金の増加は、利潤を圧迫し、企業の内部賃金による投資を減少させるから、有効需要増大の効果は、ある程度減殺される筈である。ところが前に述べたように企業の内部資金による投資の減退は財政資金と株式市場からの調達によつて補われ、設備投資は増加し、賃金支払額の増大の効果が打消されずに済んだのである。

(3)個人営業主の所得

 以上述べたのは主として勤労者と農民の手取額の増大であるけれども、その他の個人営業主の所得の増大は何によつて説明されるであろうか。たとえば賃金が上り勤労者がワイシヤツを買いこむ。洋品店(個人営業主)の所得が増大する。ワイシヤツをつくる工場の労務者の賃金もふえる。所得がふえるから肉も余計に買うようになる。肉屋の所得が上る。こういう所得―消費―所得の波及過程を通じて、たとえば初めに賃金支払額が何億円かふえるとそれを起点として、次々に個人営業主の所得や、労賃が増大し、これらを集計すると結局最初の所得増加に数倍する所得の増大がもたらされるという結果になつたのである。個人業主の営業の方が法人企業にくらべて「消費」に関係が深いだけに、消費購買力増大の効果は個人営業主の所得面に一そう著しかつたとみるべきであろう。

 前に述べた農民の所得についても、価格が公定される米や葉タバコは別として、市場需給で、価格や販売量がきまる繭、野菜、果物等の売上高のふえたのは、個人営業主の場合と同じように消費購買力増大の結果であり、所得増大の波及過程の一環としてみなければならない。

(4)貯蓄の増大

 以上の説明から判るとおり、昨年中の消費の増大は貯蓄を引出したり、物を売つたりした食いつぶしによる増大ではなく、結局、個人所得の増加に基づく消費の増大である。税引後の手取所得のうち消費に充てられた割合は、昭和二六年よりの八六%から二七年には八二%とむしろ減少している。従つて平均の貯蓄率は上昇し、貯蓄額も増加した。これを個人企業の自己投資分を除いた、金融統計から推計される個人貯蓄でみると、前年にくらべ三割増加して六千四百億円となつた。このような個人貯蓄があつたればこそ一般に不景気といわれながら株式市場が栄えたわけである。いわゆる「不景気の株高」も個人所得および個人貯蓄の増大なくしては説明することができない。

(5)消費財の供給

 しかしながら消費水準の実質的向上も消費購買力の上昇に見合つて、消費財の供給量増加があつたからこそ可能になつたのである。消費財の供給をふやした原因としてつぎの三つをあげることができる。すなわち生産が消費財関係においてとくに増大したこと、生産の中で国内向けに用いられる割合がかなり増加したこと、ならびに輸入が増大したことがこれである。

 前に述べたように鉱工業生産指数全体としては、七%の増加に止つているがこれを消費財、投資財、基礎財がおおむね横這いに近かつたのに反して、消費財は実に二〇%の増大となつている。なおこのような生産指数が果たして昨年国民大衆が消費したようなこまごました消費財の生産増を十分反映しているかどうかには問題があり、現に消費財的なものを多く取り入れて鉱工業生産指数を組み直してみると、生産指数は全体でおよそ一〇%ほど伸びている。この指数を用いて生産を貿易と関連の深い商品と、国内向けの比重が大きい商品の二つのグループに分けてみると、第一〇図にみるように、消費財のうちでも貿易関連財は停滞的であつたのに対して、国内関係消費財は前年度に比し三割の顕著な増大を示し、有効需要の動向と軌を一にした動きがみられる。

第10図 市場別分類生産指数増加率

 つぎに生産物の輸出向けと国内向けの割合をみると、第一一図のとおりであつて、生産財にくらべて消費財の国内向け割合の増加は著しく、とくに繊維品における内需転換の傾向が目立つている。たとえば綿布の出荷実績についてみると輸出対内需の割合は従来の六対四から昭和二七年には三対七に逆転している。

第11図 主要商品の生産量と輸出量

 このような国内向け消費財の供給の増加は、海外原料依存度が大きいわが国のような場合には、結局輸入量の増加をもたらしているのであつて、第一二図にみるように、食糧、繊維原料その他の輸入量は軒並み著しい増加を示している。しかも二六年か二七年にかけて輸入の増大は、生産財関係の方が著しく、消費財向けの輸入の増加はむしろ二五年から二六年への推移において目立つていた。しかし二六年中の国民消費は余りふえなかつたのであるから、二六年中に輸入された消費財向けの原料のうち、かなりの部分が二七年に持ちこされて消費されたわけである。これは前に述べた法人企業の在庫投資が増加していないことも一脈のつながりをもつている。

第12図 主要輸入物資国内供給量

 いずれにしても、もしこのような生活物資生産、輸入の増加によつて消費財の供給量が確保されなかつたならば、消費購買力の増加は、おそらく消費財を端緒とする物価騰貴をもたらしたに違いない。そして購買力の増加は物価騰貴に吸収されて、実質的な消費水準の上昇を伴わなかつたであろう。従つていわゆる消費景気の実体も、消費水準の上昇も、供給力、とくに輸入量の増加によつて支えられる面が多かつたのである。

 以上のように考えてくると、鉱工業生産があまり増加せず、輸出額は減つているに拘らず、国民の所得が増大し、消費がふえたのはなぜかという冒頭に掲げた疑問も自ら明かになつたであろう。鉱工業生産や雇用は頭打ちで、この面から国民所得の増加はみられなかつたけれども、賃金上昇を起点として個人所得がふえ、これに見合つて増加した消費購買力は、生活物資の生産増や輸入の増加によつて物的に裏付けされたわけである。しかしながらこのような経済循環の皺は結局貿易収支によせられ、それは特需によつてカバーされているわけである。

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