第一部 總説……独立日本の経済力 二 昭和二七年の経済循環 5 景気を支えた二つの要因
以上述べてきたように昨年の経済動向は基本的には消費に支えられ、国際経済一般の動きとはかけはなれて国民所得の増加を実現することができた。しかし、停滞の色を濃くした世界景気は昨年中貿易関連商品の価格低落と、輸出の停滞を通じて絶えず国内景気に下向きの影響を与えた。また動乱以来の投資により稼働生産能力は第一三図にみるとおり著しく増加しているし、生産には一旦上昇すれば下りにくいという惰性もあるので、供給もややすれば需要を超えようとする傾向を示し、国内景気動向はともすれば下降しようとする気配をはらんでいた。このような情勢に対処して、企業はつぎに述べるような動きを示した。
(一)企業の対応措置
企業は在庫の増勢を抑え、市況を安定し、価格を維持するために操短を行つた。その例は綿紡を初めとして鉄鋼、ソーダ、化繊その他多くの企業にみられる。操短のほかにこれに類する動きとしては化繊における出荷調整、綿紡の価格調整のための製品買取組合、硫安にみられる協同販売機関設立の動き、あるいは鉄鋼の建値協調などをあげることができるだろう。
以上はいわば企業相互の協調などによる当面の対策であるけれども、企業の競争力の強化あるいは生産、販売面の合理化対策として長期的見地からいわゆる集中再編成の動きが著しくなつたのも昨年の特色である。まず企業の合同が進捗した例は貿易商社にみられる。またコストを引下げるために能率工場へ生産を集中したり、原料入手、下請加工、製品販売等の企業系列を一貫して確保する動きは、鉄鋼や電機関係大企業に著しい。前に述べた横の協調に対してこれを縦の整備ということができるであろう。これらの目的を達成する手段としては子会社の株式取得、役員の派遣、資金の斡旋、割安原料の供給、代金取立の猶予などが行われている模様である。この集中再編成が旧財閥系企業の結合の動きとも関連して活溌になつたことに注意しなければならない。
(二)金融の役割
第一四図に示すように昨年中の運転資金の貸出は、生産や物価がほとんど横這いであつたのに比べて三割以上の上昇を示した。この貸出の中には預金の増加と見合う両建歩留部分があるのだから、両者の差が実質的にはこれほど大きくはないにしても、金融がかなり生産、物価とかけ離れた動きを示したといわなければならない。普通これを滞貨融資として片附けているけれども、工場在庫の動きは第一五図に示すように年間を通じて棒上りの上昇を示したのではなく、前述の操短の効果もあり、昨年の下期以来はむしろ一般に横這いであつた。従つて石炭や硫安のように明かに在庫の増大したものを除いては運転資金貸出の増大を単純な滞貨融資ときめつけるわけにはゆかない。融資の増大はむしろつぎのような幾つかの役割を果しながら、消費景気の円滑な運行を支えた過程において、もたらされたとみるべきであろう。この意味において第一にあげるべきは内需への転換を支えた金融の役割である。昨年のように消費財の需要がふえると、流通部面では末端の小売店に至るまで商品のストツクが増加する。このような国内流通のパイプラインを充たすことはなんらかの形で貸出増大に反映しなければならない。また内需は輸出にくらべて決済期間が長期化するが、それは結局運転資金の増大を結果する。従つてもし金融がこのような条件変化に円滑に貸し応じなかつたならば、商品の内需転換も円滑に進行せず、いわゆる輸出の減退を内需でカバーすることもこれほど滑らかに行われなかつたに違いない。
第二に輸入増加の陰にあつた金融の役割を見落とすことはできない。すなわち日銀の別口外貨貸付あるいは輸入手形決済資金貸制度を通じて、輸入が円滑に行われることを助けたのである。
第三に前節で述べたような企業の防衛態勢を側面から支えたのも金融の役割であつた。集中再編成のための傘下企業への資金手当は親企業への貸出増大となつて現れている例が多い。企業だけでなく銀行も自己の貸出分野を次第に整理し、融資先を厳選しながら優良貸出先の確保につとめ企業再編成の重要な一翼を荷つている。
金融の役割の第四は、企業の赤字救済である。それは貿易商社において最も著しかつた。救済融資の金額はあるいはそれほど大きくないかもしれないが、もし救済融資が行われなかつたならば商社の破綻はそれのみに止らず、メーカーあるいは下請の破綻に及び景気の下降がもつと著しかつたであろう。
このようにみてくると、金融は単に消極的に景気下降の下支えとしての役割を演じただけでなく、積極的に内需への転換、輸入増加などを支えることによつて、消費景気の循環を円滑ならしめる潤滑剤としての役割を果したということができる。しかし最近の不渡手形発生の個所が次第に商社から、メーカーに、小企業から比較的大きな企業に移つていることからうかがうことができるように、金融の対症療法はもちろん病根を根治するまでに至らず、かえつて事態を内攻させているきらいがあることも否めないであろう。
(三)経済循環の総括的評価
以上述べたことから明かなように、昭和二七年の経済動向の特色はこれを消費景気と名づけることができるであろう。しかし、投資の年の後に消費の年が続くのは、景気循環の正常な過程である。二七年の動乱ブームの余慶がタイム・ラグをもつて個人の所得や消費にまわつてきた年とみなければならない。わが国経済に特有な慢性的な過剰雇用の圧力によつて動乱後も生産の上昇した割に雇用はふえなかつた。従つて労働の生産性は向上し、それにくらべれば賃金の上昇は遅れていた、その開きが原料を上回る製品価格の動きとも相まつて企業に高利潤をもたらしたのである。二七年の賃金所得の増大も、やはり雇用の増大を通じてではなく、一人当り賃金の増加によつて実現されたのである。このように消費景気の起点となつた賃上げも、実は動乱ブームの賜である高利潤が存在していたから可能になつたのである。
そこで最近の経済動向の本質をもつと明かにするために、以下の章においては動乱後の三年間の日本経済の推移をワンセツトとして考察してみることにしよう。