第一部 總説……独立日本の経済力 三 動乱ブームの総決算 1 動乱後の景気一巡化過程
(一)物価の変動
動乱後輸出の増加を反映してまず輸出価格が上り、昭和二六年三月までに動乱前の八割五分高となつた。輸入価格もこの間に四割余り上昇してピークに達した。その後貿易価格は海外需要の後退で急速に崩れ出し、現在では輸出が動乱前の三割高、輸入が一割高にまで戻つた。両者の開きは動乱後わが国の交易条件が良くなつたことを示している。こうした貿易価格の著しい変動は、国内価格においても繊維など貿易と関連の深い商品の価格を激しく昇降させることになり、これらの価格は動乱後のピークが早くでて、早く反落している。しかし海外需要の増大に刺戟されて国内投資が盛んになり、国内需要の影響が強い商品の価格は緩慢ながらも一貫したジリ高を続けて、今年になつてからピークに達している。繊維から右へ輸出と関連の深い順序に述べてある第一六図によつてみれば、この関係が明かであろう。
やや特別な動きを示しているのは食糧の価格であつて、動乱後の騰貴は二六年二月、三割五分高で止まり、その後はだいたい横這いに推移している。このような食糧価格の動きは消費財価格の大勢を支配し、第一七図にみるように消費財卸売価格は動乱前の三割五分でおさまつており、これが実質賃金の上昇をもたらした一因となつている
これらの関係をうちにひそめがなら卸売物価は二六年四月のピーク(動乱前の六割高余り)から二七年六月に動乱前の五割高まで戻り、その後はほぼ保合つている。
(二)製品、原料価格と賃金
つぎに、価格の変動を製品、原料という関係からみると第一七図のとおりである。工業製品の価格は輸出価格の動きと似て、動乱後昭和二六年三月までに八割五分も上つた。これはわが国輸出の商品構成中、工業製品が八割以上も占めていることに基づくものである。一方基礎原料の価格はこの間に五割高に止つた。これは輸入原料価格の急騰に拘らず、国産原料の値上りがおくれたためである。さらに物価の騰貴に著しくおくれたのは賃金の上昇である。しかも労働生産性は操業度の上昇によつてかなり向上したので賃金コストは二割ほど下つた。こうした事情が後述のような企業利益の著しい増大をもたらしたのである。
ところが、二六年三月をピークに製品価格が反落して、現在では動乱前の五割高まで戻つた。基礎原料でも輸入価格は反落したが、国内産の価格は石炭を中心に引続いて高騰したため、現在の水準を平均すると動乱前の七割高になつている。また賃金は二六年下期以来物価に対する遅れを取戻して上昇をたどつたが、現在でも労働生産性以上になつているわけではないので、製品単位当たりの賃金コストとしてほぼ動乱前の水準に戻つているにすぎない。
ただし、鉱業では労働生産性の向上が製造工業の六割に比し三割に止つているのに、賃金水準は一般産業以上に七割も上つているので賃金コストが嵩み、炭価高騰の一因となつた。なお工業実質賃金は消費者物価の安定によつてじり上りになり、現在は動乱前の三割増になつている。
(三)利益率の推移
このような物価、賃金の動向は売上高の消長と相まつて企業の利益率を変動させた。通産省調べの総資本利益率は全産業で昭和二五年上期の四・三%から同下期には一七・八%に著増し、それらをピークに漸減して二七年上期には六・三%となつた。
業種別にみると、第一八図のとおり輸出、投資、消費の順序に利益率のピークが早く現われている。繊維、油脂、ゴム、貿易商社などの貿易関係企業は二五年下期に利益率のピークを示した。鉄鋼、非鉄金属、ソーダ、肥料、セメント、産業機械、電気機械、石炭などの基礎財ないし投資財産業は二六年度に入つてからも利益率が上昇したが、このうち金属、化学工業部門は輸出後退の影響もあつて二六年上期をピークとし、そのほかの部門も投資の頭打ちから同年下期をピークとして減少した。しかし電力、造船など政府資金に依存する産業や食料品工業や興業などの消費財産業は二七年上期に利益率が最大となつている。
なお、法人企業の附加価値についてはその構成をみると第一九図のとおりで、動乱後社内留保の割合が増加したのに対して人件費の比率が減少したが、二六年下期を境に社内留保が縮少し人権費の比率が増加している。もつとも人件費比率も動乱前よりはなお少い。また国民所得の分配構成をみても、動乱後法人所得の割合がふくらんで勤労所得の比率が縮まつたが、やはり二六年下期を境としてもとへ戻る過程を示している。さらにこれを投資と消費の面でみれば前掲第九図に示すとおり投資の増大によつて国民総支出中に占める消費支出の割合は二五年の六〇%から、二六年には五八%とぐつと減少したが、二七年には再び六二%弱にまで増大している。これらの点からも、動乱後における景気の一巡過程がうかがわれるであろう。