第一部 總説……独立日本の経済力 二 昭和二七年の経済循環 2 有効需要はどこでふえたか


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 前に述べたような疑問を考察するにあたり、まずもつて断つておかなければならないのは、今の日本の経済では、「供給」より「需要」の方が問題だということである。終戦直後のように設備や原料の面にいろいろ隘路があつて、経済の発展を規定する要因が生産側にあつた状況から、次第に購買力の有無が経済の動向の決定的な要因になるような状態に移つた。そこで景気の正体を観察するために、まず昨年の経済においてどの部分で購買力が増大したかを検討しよう。

(1)輸出の減退と特需の増大

 まず輸出である。輸出は先程も述べたとおり金額的には減退している。しかしこれを地域別にみるならば、ドル地域向けは増加し、ポンド地域向けおよびオープン勘定地域向けは減少している。すなわち昭和二七年を前年とくらべてみると、ドル向け地域は八千万ドルの増加、ポンド地域向けおよびオープン勘定地域向けはそれぞれ七千万ドルおよび九千万ドルの減少で、総体としては八千万ドルの減少となつている。ドル地域向けの増加は一時的な原因に基づくところが多い。たとえば、昨年下期の米国の鉄鋼ストライキによる厚板、パイプの増加、およびカナダの不漁による米国向けまぐろ罐詰の増大などがそれである。かくして昨年のドル輸出は若干増加して四億ドルに達した。

 昨年の輸出において特記すべきはポンド地域向けの輸出の減退である。それも上期においては、鉄鋼を中心とした重工業品の輸出増加によつて前年より伸びていたが、下期になると急速に縮小している。これは日本側自体の原因に基づくよりも、ポンド地域が輸入を大巾に制限したことに基づくものである。いうまでもなく輸入制限は生産財よりも消費財、とくに繊維の輸入において著しかつた。繊維製品をポンド地域向け輸出の大宗とする日本の貿易は、ポンド地域輸入制限の最大の被害者であつたということができるであろう。オープン勘定地域向け輸出の減少は、貿易協定の円滑な運営に種々の支障があつたことに基づいており、上期、下期を通じ、また各商品ともほとんど軒並みに減つている。このような事情で昨年の半ば以降の輸出額は大巾に減退し、下期の輸出額はその前年の水準にくらべて一割以上の減退を示している。それは前に述べた世界輸出量の減退とほぼ歩調を一にしているのである。

 こうした状況は品種別輸出の消長にも反映し、一口にいえば、繊維減少、鉄鋼増加の年であつた。その状況は第二図に示すとおりである。もし原料輸入、製品輸出のバランスを繊維および鉄鋼について個別にみるならば、繊維の外貨獲得力は減少して外貨負担はますます大きくなつており、鉄鋼は一時的な事情によるものとはいえ、輸出産業としての面目を新たにし、個々の品目別にみる限り、わが国輸出の第一位は鉄鋼によつて占められた。ただし、このような鉄鋼輸出も世界的な需給緩和で昨年秋以降次第に縮小している。

第2図 昭和27年の商品別輸出額の変動

第3図 商品別外貨負担

 一方輸出とともに外需としてみなければならないのは特需の動向である。普通特需というと、朝鮮における国連軍の作戦に伴う物資とサービスの需要を指すようである。この額は昨年中に二億六千万ドル程に達した。しかもそのほかにいわゆる広義の特需として考えなければならないものが少くとも二つある。第一は防衛分担分のドル払い分で二七年中のその受取額は一億ドルを上回つた。つぎは連合軍の将兵および家族の日本における消費であつて、昨年中にその額は二億九千万ドル程に達した。そのほか沖縄建設などを含めると、二七年の特需は七億九千万ドルに達する。このような特需を広義に解釈すると、前年においてその額はおよそ六億二千万ドルであつたから、特需の増大によつて貿易の減退をかなりカバーしたということができるであろう。しかしここで注意しなければならないことは先にあげた防衛分担分のドル払いである。これは前年までは占領軍終戦処理費として、財政から支出されていた分のおよそ半額がドル払いになつたものであるから、日本経済に対する物資とサービスの需要として新に付け加わつたものではない。

 このような点をいろいろ勘案し、外国人の需要が二六年から二七年にどれだけ増減したかを試算してみると、輸出の減退、特需の増大、特需以外の貿易外受取の減少を通じて、結局、外需総体としての大きさは、前年にくらべて大した変化はなかつたといえよう。

(2)財政の購買力

 第二は財政である。財政は中央財政ばかりでなく、地方財政を含めて考えなければならない。財政出のうち、たとえば公債の利子払いとか、補給金とか、あるいは開発銀行その他への出資は、財政それ自身が日本経済の物財とサービスを受容することにならない。それは一旦、個人なり企業なりに振替えられて、そこで実際の購買力として働くことなる。従つてこういう振替支出を除いて、財政自体が国民経済の物財とサービスの買手となつた部分をみると、二六年から二七年にかけて約二千億円ふえたことになつている。そのうち一千億円は中央財政でふえ、残りの一千億円は地方財政でふえた計算になる。なぜこのようにふえたか。その原因を探つてみると、一番大きいのは公務員給与の改訂である。第二に支出の増えたのは公共事業費であるが、その内容を分析してゆくと過半は俸給および賃金になるであろうから、昨年の財政購買力の増加のうちかなりの部分は結局人件費的な支出の増加に基づいている。そしてそれは後に述べるような消費を刺戟する効果が大きかつたと認められる。

 財政が直接購買主となる部分については上のとおりであるが、前に述べた振替支出としては、開発銀行などへの出資投資を通じて財政が民間投資を助長した役割は極めて大きかつた。このことについては次項に述べることとしよう。

(3)高水準を保つた産業設備投資

 産業投資は景気の停滞とともに減少することが予想されていた。しかしこの予想にも拘らず、憂えられていた設備投資は二六年度の水準を維持するどころか二割近くもそれを上回つている。これを産業別にみると第四図に示すとおり、いわゆる四大重点産業とその関連産業の設備投資の盛んだつたことが注目される。四大重点産業とは電源開発、海運、鉄鋼、石炭であるが、この四者で全産業設備投資の四四%を占めている。これら産業の投資盛行は機械工業の投資を誘い、機械工業はそれは前年度の二倍近くにも達している。

第4図 設備投資業種別内訳

 このような設備投資を賄つた資金を源泉別に分類してみると第五図に示すように、内部資金の比重がかなり減少しているのに対し、株式による調達資金および財政資金が増大している。この財政資金の七割近くは四大重点産業に向けられたものであるが、財政資金の役割は図が示すよりももつと大きかつたといわねばならない。なぜならば銀行の設備資金貸出のうち九七%は前記四大産業に対するものであるが、これはいずれも財政資金に伴つて、或いは協調して貸し出されたものである。結局、二七年度の設備投資の高水準は、財政資金を中心とした四大重点産業における投資の推進と、その関連産業の投資著増によつてもたらされたものということができる。

第5図 産業設備資金供給内訳

 つぎに在庫の増大に見合う投資の動きであるけれども、これは国民経済のうちでも最も推定の困難な部類に属する。しかし大体のみこみでは、法人企業の在庫の伸び方は非常に減少し、逆に個人企業はかなり増加したように思われる。そしてこのことは後に述べる消費の増大と密接な関係があるようである。しかし在庫投資全体としては法人企業の在庫投資の減少が響いて、前年より四割ほど減退したことになる。

 第三に住宅建設であるけれども、これは建築着工統計でみると坪数ではほとんどふえていないが、投資額としては坪当りの建設費の増加が響いて、前年より三割ほどふえたことになる。

 以上のように設備投資、設備建設は増加したけれども、在庫増加に見合う投資、とくに法人企業におけるそれがかなり減つたために、三つをしめくくつた民間総資本形成としては、前年に対しやや減少した模様である。

(4)国民消費の異常な膨脹

 異常な膨脹を示したのは消費購買力である。第六図に示すとおり都市生活者の消費水準は前年にくらべてほぼ一六%増して戦前(昭和九―一一年)の八〇%になり、農村のそれは同じく一六%まして戦前基準のおよそ一二〇%に達した。農村の回復率がとくに著しいのは一つには農地改革の御蔭でもある。このことについては「農業」の章に詳しく述べることにしよう。いずれにしても都市、農村押しなべて一年間に消費水準が一六%も上昇したことは、戦前にもほとんどその例をみない。こうして都市農村実質国民所得の対戦前比九九%と同様、一人当り消費もほぼ戦前水準に回復したということができる。

第6図 都市農村の消費水準

 しかし昨年の特徴は、食糧関係においてはそれほど消費が増加せず、繊維関係が衣料価格の低落に助けられて異常な膨脹を示したことである。都市についていえば、繊維の購入量は一年間に六割という急上昇振りである。ごく最近では繊維の消費は一応頭打ちとなり、家具、家財のようなやや耐久消費財的なものに向つているようである。しかしこのような繊維は家具什器の購買量の増加をそのまま生活水準の上昇とみなしてはならない。なぜならば購入量の増加には戦時中および戦後を通じて甚しく消耗していた衣服類や家具類の補給という意味であるのであつて、前年の報告にも書いたとおり、消費水準と生活水準との相違を考慮に入れねばならないからである。生活水準とは住宅の現状、衣服、家具類の手持高まで綜合したものであるから、消費水準の戦前水準への回復をもつて直ちに生活水準の戦前への回復と同一視するわけにゆかない。

 さらに昨年の消費において著しい特徴は第七図にみるように奢侈品、贅沢品の消費が増加したことである。しかしこれらの点を参酌してみても、昨年中に勤労大衆の生活がかなり上昇したということは疑いを容れない。われわれの計算によれば消費購買力の増加は前年に対しておよそ二割、六千億円と推定される。六千億円といえば一七億円ドルである。一億ドル輸出減少にくらべて、昨年中の国内消費購買力の増加がいかに大きなものであつたかが明かであろう。

第7図 昭和27年贅沢品販売金額の増加

 以上述べてきたように、財政で二千億円、国民消費で六千億円ふえたのが昨年中の有効需要増大の最も大きい原因であつたといえるのであろう。

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