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第2節 賃金の動向

最近では物価が底堅く推移し、デフレ状況ではなくなっているが、賃金はどのように変化しているだろうか。前回デフレ状況ではなくなった2006年年央までの推移と比較しつつ、2013年の賃金動向を概観する。また、物価が上昇しても、名目賃金が増加しなければ、実質賃金は低下してしまう。そこで、物価と賃金の関係を分析する。さらに、企業業績と賃金の関係などから、賃金の今後の行方を探る。

1 賃金動向の概観

物価や雇用の情勢の変化は、賃金にどのように反映されているのだろうか。前回、デフレ状況ではなくなった2006年年央までの推移と比較しつつ、2013年に入ってからの賃金変化の特徴を見る。

(現金給与総額はこのところ横ばい圏内で推移)

まず、一人当たり賃金(現金給与総額)13別ウィンドウで開きますの推移を確認しよう。現金給与総額は、2011年以降、リーマンショック後の景気低迷を受けて減少傾向で推移した。2013年に入って、2006年前半と比べた改善ペースは緩やかであるものの、持ち直しの動きが見られたが、このところ横ばい圏内の動きとなっている(第2-2-1図別ウィンドウで開きます(1))。

現金給与総額が変化した要因を把握するため、前年比伸び率に対する所定内給与、所定外給与、特別給与の寄与を見てみよう。2006年前半、2013年ともに、特別給与、所定外給与がプラスに寄与している(第2-2-1図別ウィンドウで開きます(2))。特別給与の増加の背景には、いずれの期間も景気回復とともに企業業績が改善していたことがある。特に、2013年に入ってからは、2012年秋以降の為替減価などを受けて、大企業を中心に企業業績が急激に改善し、臨時ボーナスの支給などがあった。また、景気回復とともに生産が持ち直し、所定外労働時間が延びて、所定外給与が増加した(第2-2-1図別ウィンドウで開きます(3))。

他方、所定内給与は両期間とも押下げに寄与しており、マイナス寄与の幅は、2013年の方が大きい。これは、後述するように、パートタイム労働者(以下「パート労働者」という)14別ウィンドウで開きますや一般労働者の中で非正規雇用の割合が上昇していることによるものである。また、大震災からの復興のための財源を確保するために実施されている国家公務員の給与減額支給措置15別ウィンドウで開きますを踏まえ、2013年夏以降、各地方公共団体において国に準じて給与減額措置16別ウィンドウで開きますが実施されていることも影響していると考えられる。なお、先行きについては、2006年は冬のボーナスが低調となった後、賃金全体も失速したが、今回は底堅い動きとなることが期待される17別ウィンドウで開きます

(所定内給与は減少傾向にあるものの、パート比率の上昇などが寄与)

パート労働者が全労働者に占める割合(以下「パート比率」という。)の高まりはどの程度所定内給与に影響を与えているのだろうか。所定内給与に対する就業形態別(一般労働者又はパート労働者)の所定内給与及びパート比率の寄与を見ると、2006年前半、2013年ともに、パート比率は押下げに寄与している。2013年は2006年前半と比べて、比較的賃金水準の低いパートの比率が急速に上昇し、賃金を大きく押し下げた。しかし、パート比率の影響を除くと、2013年以降の一般労働者の所定内給与はわずかながら増加している(第2-2-2図別ウィンドウで開きます(1))18別ウィンドウで開きます

また、一般労働者の中には、正規雇用者(以下「正規」という。)と非正規雇用者(以下「非正規」という)が混在しており、相対的に賃金水準の低い非正規の比率が上昇することにより、一般労働者の所定内給与が押し下げられている可能性がある。そこで、一般労働者の所定内給与を正規及び非正規の所定内給与と一般労働者内の非正規比率に分解すると、非正規比率が大きくマイナスに寄与しており、その影響を除くと一般労働者の賃金は増加している(第2-2-2図別ウィンドウで開きます(2))。

パート労働者の所定内給与は、2013年に入ってから、減少傾向となっているが、労働時間の変化が影響を与えている可能性がある。このため、パート労働者の所定内給与に対する時給と所定内労働時間の寄与を見ると、2006年前半、2013年いずれの時期においても、所定内労働時間は押下げに寄与しており、その影響を除いた時給は増加している。2013年は2006年前半と比べて、所定内労働時間の押下げ寄与が大きいが、2013年は、パートの中でも比較的労働時間の短いパートの比率が高いと考えられる卸売業・小売業において、好調な内需を背景として、雇用者数が増加していることなどが影響していると考えられる(第2-2-2図別ウィンドウで開きます(3))。

このように、雇用形態別に見れば、2013年に入ってからの一般労働者の所定内給与とパート労働者の時給は上昇傾向にあることが分かる。

コラム2-4 企業規模別の労働分配率

2013年に入ってから一般労働者の所定内給与とパート労働者の時給は改善傾向にあり、また第1章で見た通り、雇用者所得は持ち直し傾向にあるが、労働分配率には変化が見られるだろうか。2000年以降について、労働分配率の推移を、その間の平均と比較すると、企業規模計では、おおむね平均と同程度の水準で推移してきたが、2013年に入ってからは平均を下回っている(コラム2-4図別ウィンドウで開きます)。さらに、企業規模別に見ると、資本金1億円未満では、2013年以降、おおむね過去の平均と同程度の水準で推移しているものの、資本金10億円以上、資本金1億~10億円未満では、企業規模計と同様、過去の平均と同程度の水準で推移した後、2013年に入ってから平均を下回る水準となっている。

労働分配率は、賃金が付加価値の増加に遅れて増加する傾向があることから景気拡大局面では低下し、景気後退局面では上昇する傾向がある。このため、リーマンショック後は、企業規模にかかわらず、企業業績が著しく悪化する中、労働分配率が急激に上昇した。一方、2013年に入ると、資本金1億円以上の企業などでは企業業績の改善を背景に低下している。資本金1億円未満の企業については、企業業績の改善に遅れが見られるため、労働分配率は横ばい圏内の動きとなっている。今後は、中小企業にも企業業績の改善が広がっていくとともに、労働分配率の低下を伴わず、労働者の所得増につながっていくことが期待される。

コラム2-5 所得拡大に向けた取組み

企業による賃金引上げの取組を強力に促進し、経済の好循環を実現するため、政府は所得拡大促進税制の拡充、復興特別法人税の1年前倒しでの廃止、経済の好循環実現に向けた政労使会議の開催などに取組んでいる。

所得拡大促進税制については、平成26年度税制改正大綱において、その拡充が盛り込まれている(コラム2-5表別ウィンドウで開きます)。平成25年度税制改正で創設された同制度は、2013年度から3年間に限り、基準年度から国内雇用者の給与等支払額を5%以上増やし、平均給与が前年を下回らない場合に、給与支給増加額の10%を税額控除できるとしたものであった。今回の大綱においては、①対象年度を現行の2016年3月31日から2018年3月31日までと2年延長すること、②基準年度からの増加率を、基準事業年度から1~2年目は2%以上、3年目は3%以上、4~5年目は5%以上と段階的に設定すること、③対象を国内雇用者の平均給与額が前年度以上としていたが、継続雇用者の平均給与が前年度を上回るものを対象とするよう改めたことなど、適用条件の緩和がなされている。改正後の本制度の予算規模は1,600億円であり、全て活用された場合、賃金引上げ総額は最大で1.6兆円(2012年度の雇用者報酬の0.7%程度)となる。

また、政府、経営者、労働者が、それぞれの役割を果たしつつ、一体となって、連携することにより、経済の好循環を起動させていくため、2013年9月20日に「経済の好循環実現に向けた政労使会議」が設置された。同会議では、好循環の実現に向けて、政労使の三者がそれぞれの立場でどう対応すべきなのかといった点について共通認識を醸成することを目的として、必要な取組みが検討されている。

さらに、経済の好循環を早期に実現する観点から、足下の企業収益を賃金の上昇につなげていくきっかけとするため、復興特別法人税の1年前倒しでの廃止を決定した。

こうした施策を通じて、企業業績の拡大が賃金の上昇や雇用の拡大につながり、消費の拡大に資するとともに、投資の増加にも寄与し、更なる企業業績の拡大に結び付くという好循環の実現につながることが期待される。

2 物価と賃金の関係

2013年以降、一般労働者の所定内給与とパート労働者の時給は改善傾向にあることを見たが、物価と賃金の動きは連動しているだろうか。物価が名目賃金に先行して上昇すると、実質賃金が減少することとなる。このため、ここでは所定内給与に焦点を当てて、まず物価と賃金の連動性について分析する。また、付加価値デフレが進行する中では、労働コストを削減するため、賃金にも下押し圧力が高まる可能性があることから、賃金と生産一単位当たりの名目付加価値であるGDPデフレーターの関係を見る。

(賃金と物価はおおむね連動して動く傾向)

物価及び賃金の連動性は、業種や就業形態によって異なると考えられる。このため、製造業と非製造業ごとに一般労働者の賃金と物価の連動性を見てみよう。なお、非製造業については、パート労働者の比率が高く19別ウィンドウで開きます、パート労働者の賃金変動が物価に与える影響が大きいと考えられることから、パート労働者の時給と物価の連動性も含めて考察する。

まず、全体的な特徴として、賃金と物価はおおむね連動して動く傾向にある(第2-2-3図別ウィンドウで開きます(1)、(2))。景気回復に伴って財・サービス市場、労働市場の需給が引き締まり、物価、賃金に上昇圧力がかかるため、両者ともに景気に遅行して推移することが背景にあると考えられる。

業種別に時差相関を見ると、製造業については、一般労働者の所定内給与(月給ベース)が物価にやや先行する傾向にある(付図2-3別ウィンドウで開きます)。これは、一般労働者の所定内労働時間が景気変動に応じて増減するためであると考えられる。

非製造業について見ると、一般労働者の所定内給与は、製造業と同様に物価に対して先行する傾向が見られる(付図2-3別ウィンドウで開きます)。時給ベースで見たパート労働者の所定内給与は、物価と一致して動く傾向にある。特に外食などの非製造業では、パート労働者の給与はコストの主要な部分を占め、賃金が消費者物価の一部であるサービス物価変動の一因となっている面があると考えられる。

(非製造業では付加価値デフレの進行が賃金を下押ししている可能性)

企業にとっては、物価が変動したときに付加価値を生み出せるかどうかが重要である。そこで、ここでは、生産一単位当たりの名目付加価値であるGDPデフレーターに着目する。付加価値は雇用者報酬と利潤などから構成されるため、GDPデフレーターは単位労働コストと単位利潤(固定資本減耗を含む)に分けることができる。デフレ状況下で厳しい競争環境に置かれた企業は、付加価値デフレ(GDPデフレーターの下落)に直面する中で、労働コストを削減したり、利潤を圧縮したりすることによって対応してきた20別ウィンドウで開きます。付加価値デフレが進行するような状況においては、労働コストを削減するため、賃金にも下落圧力がかかる可能性がある。

製造業と非製造業に分けて、GDPデフレーターと所定内給与との関係を確認しよう(第2-2-4図別ウィンドウで開きます)。製造業ではGDPデフレーターと所定内給与の間に明確な関係は見られない。他方、非製造業ではGDPデフレーターの下落とともに賃金が下がる関係が見られる。これは、付加価値デフレが進む中で、製造業では、労働生産性を向上させることによって、単位労働コストを引き下げ、賃金の下落圧力を緩和することができたためであると考えられる21別ウィンドウで開きます。他方、サービス業などの非製造業では、総コストに占める人件費の割合が高く、また製造業のように設備稼働率の上昇などを通じて労働生産性を向上させ、人件費を削減する余地が小さいため、パート比率の引上げなどを通じて賃金を抑制し、人件費の削減を行ったことによると考えられる。

3 賃金の今後の行方

賃金の変動を説明する重要な要因と考えられる企業業績は、賃金にどのように影響を及ぼしているだろうか。企業業績と賃金の関係から今後の賃金の行方を探る。まず、企業はどのような要素を重視して、賃金改定を行っているのかを確認するとともに、企業業績と所定内給与の関係を分析する。また、景気が回復すると、企業業績が改善するとともに、労働需要が高まると考えられることから、労働需給と賃金の関係を見る。さらに、労働費用の調整には時間を要するため、景気回復に伴って、賃金よりも先に付加価値が改善すると、当初は労働生産性が上昇し、その後徐々に生産性に見合った水準に実質賃金が調整されると考えられることから、生産性から見た実質賃金の現状について分析する。

(非製造業は製造業に比べて、業績の増加が長い期間を経て賃金に反映)

まず、企業は賃金改定に際してどういった要素を重視しているかを確認すると、最も重視している要素は、「企業の業績」である。過去と比較すると、物価上昇率が高かった1980年は「物価の動向」を重視している企業も一定数見られたが、企業業績を重視している傾向は変わらない(第2-2-5図別ウィンドウで開きます(1))。また、業種別の動向を見ても、製造業・非製造業ともに、多くの業種で企業の業績を重視して賃金改定を判断している(第2-2-5図別ウィンドウで開きます(2))。

企業が賃金の決定に際して企業業績を重視することを見たが、付加価値を多く生む企業では、業績も良く、賃金を引き上げる余地も大きいと考えられる。そこで、賃金と付加価値の関係を見てみよう。付加価値と所定内給与(一般労働者かつ正規労働者)の時差相関をとると、製造業では、2~3四半期前の付加価値との相関が最も大きく、過去1年の付加価値の改善が賃金に波及していることがうかがえる。他方、非製造業では4四半期前の付加価値と賃金の相関が高く、製造業に比べて、付加価値の改善が長い期間を経て賃金に反映されている(第2-2-5図別ウィンドウで開きます(3))。

また、デフレ状況下では、売上げに下押し圧力がかかる中、債務償還費などの費用は固定されており、付加価値を圧迫するため、付加価値の改善が賃金の上昇につながりにくい環境にあるといえる。最近では物価が底堅く推移し、デフレ状況ではなくなっており、今後は、付加価値の改善がこれまで以上に賃金の上昇につながっていくことが期待される。

(労働需給の改善も賃金の押上げ要因に)

景気回復とともに企業業績が改善すると、一方で、労働需要も高まり、賃金の押上げに寄与すると考えられる。そこで、労働需給と賃金の関係について業種別に確認しよう(第2-2-6図別ウィンドウで開きます22別ウィンドウで開きます

まず、製造業について見ると、1994年1-3月期から2001年10-12月期の期間23別ウィンドウで開きますでは、雇用過剰感が残る中で、雇用過剰感の改善は所定内給与上昇率の増加につながっておらず強い相関は見られない。一方、2002年1-3月期から2013年7-9月期の期間24別ウィンドウで開きますを見ると、雇用過剰感の改善は所定内給与を押し上げているが、過去の局面と比べて下方にシフトしており、賃金の上昇率が低くなっている。

非製造業については、1994年1-3月期から2001年10-12月期の期間では、雇用過剰感の解消に伴い賃金が上昇しており、製造業の場合よりも上昇幅は大きくなっている。2002年1-3月期から2013年7-9月期の期間を見ると、製造業と同様に、過去の局面と比べて下方にシフトしているが、非製造業の場合は、傾きも小さくなっている。

製造業・非製造業ともに、最近になるほど雇用過剰感の水準は同じでも賃金上昇率がより低くなっているのは、期待成長率や予想物価上昇率の低下に加え、比較的賃金水準の低い非正規雇用者の割合が高まる25別ウィンドウで開きますことで、平均賃金が上昇しにくくなっていることによると考えられる。

2013年に入ってから、有効求人倍率は上昇し、雇用判断DIも改善傾向にあることから、今後の賃金には、労働需給の面からも、緩やかに上昇圧力がかかってくることが予想される。他方、雇用過剰感と賃金の関係は、以前と比べて弱まっているため、予想物価上昇率の上昇に加え、正規雇用と非正規雇用の二極化解消や非製造業を中心とした労働生産性の向上などが期待される。

(実質賃金はおおむね労働生産性に見合った水準)

企業業績の改善に伴い、賃金が改善に向かうことが期待されることを見た。他方、労働生産性の上昇は更に実質賃金を改善させ、賃金上昇に寄与すると考えられる。ここでは、実質賃金が長期的に労働生産性に見合った水準に収束すると考え、労働生産性の伸びに見合った実質賃金と実際の実質賃金の乖離を見てみよう(第2-2-7図別ウィンドウで開きます(1)、(2))。

2000年代半ばから2012年までの業種別の特徴を見ると、製造業・非製造業ともに、バブル崩壊後の人件費抑制の動きが続いたため、2000年代半ばには実質賃金が労働生産性に見合った実質賃金を下回るようになった。その後、2012年中は労働生産性に見合った水準を上回って推移した。2013年に入ってからは、企業業績の改善によって労働生産性が改善する中で、実質賃金は労働生産性に見合った水準まで調整が進んでいる。

今後は、成長戦略が着実に実行され、生産性の上昇が図られる中で、賃金も緩やかに上昇していくことが期待される。

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