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第1節 底堅く推移する物価とデフレ予想の改善

我が国の物価は、為替レートの円安方向への動き、景気の回復に伴うマクロの需給バランスの改善、耐久消費財価格の下げ止まり傾向や消費者の低価格志向の緩和などを背景に、2013年夏頃から持続的に下落するような状況ではなくなってきた。過去を振り返ると、同じように物価の下落が止まり、デフレ状況でなくなった局面は2006年年央である1別ウィンドウで開きます。本節では、現在の物価動向の特徴を、当時の状況と比較しつつ、物価上昇の広がりや予想物価上昇率の変化に着目して考察する。

1 物価の動向

2013年12月の月例経済報告において、デフレ状況に関する記載がなくなった。これは我が国の物価が持続的に下落するデフレ状況ではなくなったことを反映したものである。こうした判断の背景にある最近の物価動向の特徴を、財・サービスの流通段階別に輸入物価から消費者物価にわたる指標で概観するとともに、いくつかのコア指標を利用して消費者物価の基調的な動きを評価する。

コラム2-1 デフレ判断について

月例経済報告において、我が国が「持続的な物価下落という意味でのデフレ」にあると記載されたのは2001年4月のことであり2別ウィンドウで開きます、こうした記述は2006年年央まで続いた。しかし、その後は特殊要因を除くと消費者物価上昇率がゼロ近傍での推移となったことなどから、デフレとの判断は記載せず、物価動向の説明にとどめていた。(ただし、この時期においても「デフレ脱却」はしていなかった。)その後、2009年11月になり、再び物価の下落が続いていたことから、デフレ状況にあるとの判断を行った。

2013年に入ると、耐久消費財の下げ止まり傾向や、為替の円安方向への動きを反映した食料品の値上げ、さらには需給ギャップの縮小などもあり、コアコアで見た消費者物価の下落テンポが緩やかとなった。その後、消費者物価の基調が横ばいとなったため、8月以降は「デフレ状況ではなくなりつつある」としていた。そして、12月の月例経済報告では、コアコア(連鎖基準)の前年比がプラスとなるなど、物価の底堅さが確認されたことから、デフレとの判断は記載されなくなった。我が国経済はデフレ状況ではなくなっており、デフレ脱却に向けて着実に前進している。ただし、物価の底堅さが持続するか注視していく必要がある。

コラム2-1図別ウィンドウで開きます

コラム2-1-1表別ウィンドウで開きます

コラム2-1-2表別ウィンドウで開きます

(輸入・企業段階では企業向けサービス価格の上昇が特徴的)

最近の輸入・企業段階の物価動向をデフレ状況ではなくなった2006年年央と比較すると、次のような特徴が指摘できる。まず、輸入物価(円ベース)の前年比を見ると、両時期とも10%台半ばと高い伸びを示しており、「石油・石炭」と「化学・金属」の寄与が大きい点が共通している(第2-1-1図別ウィンドウで開きます(1))。この背景として、両時期ともに円安局面であったことに加え、2006年年央には資源価格の上昇も見られたことが挙げられる(付図2-1別ウィンドウで開きます)。今回は、前回と比べて「電子機器・他の機械」のプラス寄与が大きくなっている点が特徴的である。これは、為替減価の影響に加えて、世界的に供給過剰にあったパソコン向け電子部品で生産調整が進んだことなどが影響していると見られる。

次に、国内企業物価の前年比を確認すると、物価上昇幅と主要品目の寄与度について、両時期に目立った違いは見られない(第2-1-1図別ウィンドウで開きます(2))。輸入物価の上昇に最も寄与していた「石油・石炭」は、企業物価の段階でも大きな押上げ寄与となっているが、輸入段階と比べると、その影響度は低減している。「電子機器・他の機械」は、輸入段階では為替の影響もあってプラスに寄与していたが、国内企業物価段階ではマイナス寄与が続いており、技術進歩が速いという財の特性による価格低下などが為替の影響よりも強いと考えられる3別ウィンドウで開きます。ただし、最近ではそのマイナス幅に縮小が見られる。また、今回は、「他の素材業種」において、復興需要や住宅建設向けの木材など部材の上昇が押上げに寄与している。

最後に、企業向けサービス価格の前年比は、2006年年央はマイナスであったが、今回はプラスに転じている(第2-1-1図別ウィンドウで開きます(3))。最近の輸入・企業段階の物価動向を2006年年央と比較した場合、この企業向けサービス価格が上昇していることが特徴といえる。前回との主な相違点として、「金融・保険・リース」がプラス寄与に転換したことが挙げられる。これは、為替の影響などを背景とした情報通信機器価格の引上げもあってリース料が上昇していることなどによる。また、「諸サービス」についてもプラス寄与の拡大が見られる。これは、労働者派遣サービスが上昇したことや、好調な建築需要を背景とした土木建築サービスで上昇傾向が続いたことなどが背景にある。さらに、「不動産」のマイナス寄与は縮小が続いており、後述するように、先行指標であるオフィス賃料指数の前年比がプラスに転じていることから、今後、プラスに転じていくことが期待される。

(持続的な下落が止まった消費者物価)

消費者物価について、連鎖基準方式の「生鮮食品を除く総合(いわゆるコア、以下「コア」という。)」の前年比を見ると、2013年6月に14か月ぶりのプラスへ転じ、その後もプラス幅が緩やかに拡大している(第2-1-2図別ウィンドウで開きます(1))。これは、円安方向への動きを背景に、エネルギー価格が物価上昇に寄与する中で、食料や耐久消費財の下落寄与が縮小したことが主因である。物価の基調的な動きをとらえるため、変動の大きなエネルギーなどを除いた、連鎖基準方式の「生鮮食品、石油製品及びその他特殊要因を除く総合(いわゆるコアコア、以下「コアコア」という。)」の前年比を確認すると、2013年5月頃からマイナス幅が縮小し始め、2013年10月に前年比0.3%とプラスに転じた。コアコアの前年比がプラスになるのは、リーマンショック後の2009年3月以来4年7か月ぶりのことである。さらに、変動の大きな品目を除いて平均を求めた刈込平均の前年比は、2013年7月からプラスに転じている(付図2-2別ウィンドウで開きます(1))。すなわち、変動の大きな一部の品目によって、物価の下落が止まっているのではない。このように消費者物価の基調的な動きをとらえるための主なコア指標は、いずれも前年比で見てプラスに転じている。

コアとコアコアの季節調整値の推移について確認すると、2013年春頃から、これまでの物価下落基調に変化の兆しが出ており、最近はコアが緩やかに上昇するとともに、コアコアについても上向きの動きが見られる(第2-1-2図別ウィンドウで開きます(2))。他方、2006年年央においては、コアがおおむね横ばいで推移し、コアコアにはやや下落傾向が残っていた。今回の消費者物価のコア指標の動きは、前回よりも底堅いと評価することができる。

コアコアの前年比を寄与度分解することによって、デフレ改善期の変動要因を比較しよう(第2-1-2図別ウィンドウで開きます(3)、(4))4別ウィンドウで開きます。まず、全体の動きを確認すると、コアコアの前年比は2006年年央にはマイナス圏で推移していたが5別ウィンドウで開きます、最近ではプラスに転じている。また、為替減価の効果などもあって、マイナス幅の縮小ペースは今回の方が速い。次に、2013年3月からマイナス幅が縮小に向かった要因として、「耐久消費財」と「食料」のマイナス寄与が縮小したことと、種々の日用品を含む「他の工業製品」がプラスに転じたことが挙げられる。これらの動きについては、2012年秋以降の円安方向への動きによる輸入コストの上昇と、大きく価格が下落していたテレビの在庫調整の進展、さらには、需給ギャップの縮小、単位労働費用の下げ止まりの動き、後述する予想物価の上昇などを反映していると考えられる(付図2-2別ウィンドウで開きます(2))。他方、今回は「家賃」のマイナス寄与が継続しており、後述するように、統計作成方法の影響などが指摘できる。

こうした物価の動向を総合的に判断すると、我が国の物価は持続的に下落する状況ではなくなっており、それはデフレ状況ではなくなった2006年年央と比べても明らかである。

(消費者物価の家賃は上昇しにくい傾向)

最後に、前述のようにマイナス寄与が縮小していない家賃の動向について検討しよう。中古マンション賃料指数(以下「賃料指数」という。)と消費者物価の借家家賃(以下「CPI借家家賃」という。)の前年比を比較すると、次のような点が指摘できる6別ウィンドウで開きます

まず、関東圏と近畿圏のいずれも、CPI借家家賃の変動は賃料指数に比べて小さい(第2-1-3図別ウィンドウで開きます(1))。この背景として、賃料指数が新規成約物件を調査することによって、その時々の限界的な需給を反映した家賃の変動をとらえているのに対して、CPI借家家賃は調査対象物件を固定して家賃を調査していることが挙げられる7別ウィンドウで開きます。次に、CPI借家家賃は、マイナス圏で推移することが多く、上昇に転じた場合でも、プラス幅はわずかなものにとどまっている。CPI借家家賃が上昇しにくい要因の一つとして、経年劣化に伴う品質調整を行っていないため、品質の変化分を加味した場合と比べ低く出やすいという問題などが指摘されている。

CPI借家家賃の動きは、持ち家の帰属家賃の算出に用いられ、借家家賃と帰属家賃のウエイトが合わせて18.7%を占めることから、消費者物価全体への影響も小さくない。消費者物価の先行きを見極めるためには、こうしたCPI家賃の特性について留意が必要である。

なお、比較のために、事務所賃料について、新規成約分を指数化したオフィス賃料指数と、物件を固定して継続調査した企業向けサービス価格指数の事務所賃貸(以下「CSPI賃料」という。)の関係を見ておこう(第2-1-3図別ウィンドウで開きます(2))。CPI借家家賃の場合と違って、CSPI賃料では、オフィス賃料指数から1年ほど遅れて明確に連動する傾向が確認できる8別ウィンドウで開きます。このことは、新規成約賃料の変動が既契約賃料の改定時に遅れて波及するという関係からも理解できる。こうしたことからも、CPI借家家賃の新規成約家賃に対する連動性の低さは、やや特異なものと考えられる。

2 物価上昇の広がり

物価の転換点においては、そのトレンドの変化が確かなものであるか判断し難い場合が多く、物価の基調を見誤らないために物価変動の面的な広がりについても点検する必要がある。それによって、物価変動に見られる変化がウエイトの大きな特定の品目だけに起こっているのではなく、幅広い品目に波及しているのかを確認することができる。そこで、物価指数の構成品目に見られる物価上昇の広がり、為替レートや輸入物価から消費者物価への波及ラグについて概観する。また、こうした物価上昇の広がりが、生産要素の需給バランスの改善を伴っているかについても分析する。

(消費者物価上昇の広がりは2006年のデフレ改善期より速いペース)

物価指数の採用品目について、上昇している品目の割合から下落している品目の割合を引いて求めた「物価DI」によって、物価上昇の広がりについて確認しよう。まず、国内企業物価DIを見ると、2006年のデフレ改善期はDIが高めのプラスで推移していたが、今回はDIが大幅なマイナスから速いペースで上昇して、2013年8月にプラスに転じている(第2-1-4図別ウィンドウで開きます(1))。前者については、原油から穀物まで広範な品目で国際相場が高騰していた影響が大きい。後者については、円安方向への動きなどによって、「石油・化学・非鉄金属」や「他の素材業種」がマイナス寄与からプラス寄与に転じた影響が大きい。

企業向けサービス価格DIは、両時期ともマイナス30%ポイントを下回る状況から急速にマイナス幅を縮小させている(第2-1-4図別ウィンドウで開きます(2))。ただし、プラス寄与が大きい品目を見ると、2006年年央が「運輸」であったのに対し、今回は「諸サービス」と異なる。前者については、原油価格の高騰による燃料費上昇の影響が指摘できる。後者については、先に述べた土木建築サービスの上昇などが背景にある。

消費者物価DIは、2006年のデフレ改善期より物価上昇が幅広い品目に波及しており、物価上昇の広がるペースが速い(第2-1-4図別ウィンドウで開きます(3))。2013年10月には、上昇品目の数が下落品目の数を上回った。これは、大きなマイナス寄与となっていた「食料」と「その他の財」が、2013年5月頃からマイナス幅を縮小させたことによる。特に、品目数の多い「食料」は、厳しい価格競争による値下げが続いてきたが、円安方向への動きによる輸入コストの上昇と需給バランスの改善を背景に、徐々に値上げの動きが出ている。

以上より、我が国では、企業物価と消費者物価のいずれも、物価上昇が広がりを見せながら進行していることが分かる。こうした面的な広がりを踏まえると、我が国の物価は着実に底堅さを増していると評価できる。

(輸入物価は9か月程度かけて少しずつ消費者物価まで波及)

今回のデフレ改善期では、これまでの円安方向への動きが物価に大きく影響している。そこで、そうした要因が輸入物価(円ベース)を経由して、国内企業物価と消費者物価まで波及するのにどの程度の時間がかかるかについて検証する9別ウィンドウで開きます。具体的には、輸入物価(円ベース)の影響を受けやすい品目について、それらの物価指数と輸入物価の時差相関を計算し、それが最も大きくなる時差(時間的ラグ)とそのときの相関係数を確認した(第2-1-5図別ウィンドウで開きます)。

第一に、エネルギーについて見ると、「ガソリン」や「軽油」などの燃料価格は、国内企業物価と消費者物価のいずれにおいても輸入物価と同方向に変化する傾向が強く、時間的ラグもほとんどない。すなわち、輸入物価が変動すれば、それらは短期間のうちに川下の消費者物価まで伝播する。他方、「電気代」と「ガス代」などの公共料金は時間的ラグが長い。これは、コスト変化分を料金に転嫁させるための「原燃料費調整制度」という仕組みによって、自動的に半年程度のラグが生じるためである。

第二に、素材関連については、「石油化学系基礎製品」や「非鉄金属」は、時間的ラグがない一方で、それらより川下に位置する加工品の「プラスチックフィルム・シート」や「ラップ」は4か月程度の時間的なラグが見られる。加工品においては、原材料費の値上げ分を直ちに反映できない傾向にある。

第三に、食料や日用品は、エネルギーや素材関連と比べて相関係数が低く、同方向に変化する傾向がやや弱い。消費者物価では、それらの時間的ラグが半年から9か月程度となっており、輸入物価の変動は、かなり遅れて波及していることが分かる。また、「食パン」や「スパゲッティ」は、輸入麦の政府売渡価格が半年ごとに改定されることもあって、時間的ラグは5~7か月程度になっている。

このように、輸入物価の変動は品目ごとに異なるペースで消費者物価まで波及し、主要品目については9か月程度で影響が収束に向かうと考えられる。一般物価の上昇の先行きや広がりを検討するときには、こうした時差構造を考慮することが重要である。

(物価上昇の背後で着実に進む需給改善の広がり)

これまで見てきたように、我が国の物価上昇に広がりが出ているが、その持続性を考える上で、需給バランスを確認することが重要である。それは、需給の改善や後述する予想物価上昇率の上昇を伴わない物価上昇は長続きしないと考えられるためである。我が国のGDPギャップが改善傾向にあることは前述のとおりであるが、ここでは日銀短観を用いて、企業側から見た生産要素(資本・労働)の需給バランスの動向について分析する。特に、業種別の回答企業数をウエイトにして寄与度分解を行うことによって、需給バランスに見られる業種の広がりについても検討する。

資本と労働の過剰感を合成した資本労働加重平均DI(以下「資本労働DI」という。)を算出して、企業の生産要素(資本・労働)の需給バランスについて検討しよう。この資本労働DIと販売価格判断DIの間には、GDPギャップと消費者物価上昇率の関係と同じように正の相関があることから、物価動向を見る上で有益だと考えられるためである(第2-1-6図別ウィンドウで開きます(1)、(2))。そこで、資本労働DIを寄与度分解することによって、どの業種における需給バランスが影響しているのかを明らかにする(第2-1-6図別ウィンドウで開きます(3)、(4))。

第一に、大企業と中小企業のいずれも資本労働DIが上昇傾向にあり、後者についてはデフレ状況ではなくなった2006年年央を上回る水準に達している。これは、復興需要や堅調な住宅市場などによって需給が引き締まっている「建設・不動産」が大きく押上げに寄与していることなどが影響している。特に、中小企業の「建設・不動産」では、資本・労働の不足感が強まっていると見られ、それによる供給制約の問題が懸念される。

第二に、「電気機械」と「他の加工業種」の資本労働DIは改善傾向にあるものの、依然としてマイナス寄与が続いている。2012年秋以降の円安方向への動きを背景に、これら業種の収益環境は大幅に改善しているものの、生産や稼働率がリーマンショック以前の水準に戻っておらず、資本・労働にも過剰感が残っていると考えられる。

第三に、資本労働DIの先行きが改善を示しているため、需給バランスの改善が見られる分野が広がる中で、我が国の物価は底堅さを増していくことが期待される。

3 デフレ予想の変化

我が国のデフレ状況が長期化した背景の一つとして、デフレ予想の定着が指摘できる。そのため、我が国が再びデフレ状況に陥ることなく、物価が安定的に推移するか判断する上で、予想物価上昇率の変化を見極めることが重要である。ここでは、複数の関連指標を用いて予想物価上昇率の動向をとらえることにより、我が国のデフレ予想の変化を点検する。

(物価上昇を見込む家計の比率が上昇)

家計の実感する予想物価上昇率を、内閣府の「消費動向調査」と日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査」によって確認すると、次のような特徴が指摘できる10別ウィンドウで開きます。まず、家計の予想物価上昇率は、2011年年央から2012年末にかけて緩やかに低下していたが、2013年に入ってからは上昇傾向にある(第2-1-7図別ウィンドウで開きます(1))。大胆な金融政策への期待などを背景に、我が国がデフレ脱却に向かうとの見方が広がったことなどを反映していると考えられる。次に、経済動向を考慮して家計の直面する消費者物価(コア)の予測値を作成しているエコノミストの予想物価上昇率を確認しよう。エコノミストは家計より物価の先行きに対して慎重であることが多いが、その予想物価上昇率の変化を見ると、家計と同様に上昇傾向にある(第2-1-7図別ウィンドウで開きます(2))。

コラム2-2 物価連動国債の再発行と予想物価上昇率

市場の予想物価上昇率として利用されるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)の算出に用いられる物価連動国債の発行が2013年10月から再開された。我が国では、2004年3月の第1回債から2008年8月の第16回債まで物価連動国債が発行されていたが、リーマンショックの影響で需要が急速に減少したことなどから発行が停止され、発行残高の減少が続いている(コラム2-2図別ウィンドウで開きます(1))。しかし、我が国がデフレ脱却に向かう中で、インフレに強い金融商品である物価連動国債への需要の高まりなどを受けて今回の発行再開に至った。

今回の新発債は、既存の物価連動国債とは元本保証の有無や残存期間が異なることなどから、BEIが非連続的な動きを示している。(コラム2-2図別ウィンドウで開きます(2))。このことに加え、我が国の物価連動国債の発行残高が他の先進国と比べて小さく、市場流動性が低いこともあり、市場の予想物価上昇率の評価が難しくなっている。(コラム2-2図別ウィンドウで開きます(3))。今後は、物価連動国債の継続的な発行を通じて市場の厚みが増大する中で、BEIに対する信頼性も次第に高まっていくと期待される。

最後に、家計の予想の変化をより詳しく見るために、「消費動向調査」の回答割合を確認すると、2012年末から「0%程度」と回答する世帯が減少し、物価が上昇するという回答比率が高まっている(第2-1-7図別ウィンドウで開きます(3)、(4))。物価上昇を見込む比率は、デフレ状況ではなくなった2006年年央と比較しても明らかに高い。

こうした動向を総合的に評価すると、我が国において、家計のデフレ予想は着実に解消しつつあると判断できる。

(企業のデフレ予想の改善にも広がり)

日銀短観によって、企業側の予想物価についても確認しよう。まず、企業の物価予想を示す販売価格判断DI(先行き)は、価格転嫁力や業種構成の違いなどを反映して、大企業よりも中小企業の方が低い傾向にある(第2-1-8図別ウィンドウで開きます)。そのため、企業全体のデフレ予想の解消には、中小企業が将来の販売価格の見通しを引き上げられるような状況になる必要がある。そうした環境は、中小企業の需給バランスの改善が持続的に続くことによって実現できると考えられ、前述した資本労働DIの動向が重要である。

また、円安方向への動きによる仕入価格の上昇や大胆な金融政策などを背景に、販売価格DI(先行き)は2013年に入ってから大幅に改善している11別ウィンドウで開きます。業種別に見ると、中国や韓国を始めとするアジア諸国との価格競争などを背景に「電気機械」はマイナス寄与の縮小が小幅なものにとどまっているが、それ以外の業種は、大企業と中小企業のいずれも幅広く改善している。規模別には、中小企業の改善ペースが大企業よりも速く、前述したように資本と労働の需給が引き締まっている建設業などが中小企業の改善に大きく寄与している。

(企業の予想形成に実際の物価動向が影響する傾向)

最後に、企業の予想物価と実際の物価の関係について、内閣府が2013年に実施した「企業経営に関する意識調査」の結果を利用して検討しよう。具体的には、予想物価に対応する「自社商品の向こう1年間の市場価格見通し」と、実際の物価に対応する「自社商品の昨年1年間の市場価格」の関係を確認する。

製造業と非製造業のいずれも、「自社商品の昨年1年間の市場価格」が上昇(下落)したと回答した企業は、「自社商品の向こう1年間の市場価格見通し」も上昇(下落)すると回答する割合が非常に高い(第2-1-9図別ウィンドウで開きます(1)、(2))。すなわち、企業の予想物価は、実際の物価動向と同じ方向になるという傾向がある。これは、消費者物価との関係が強いと考えられる「最終消費財」と「一般消費者向けサービス」においても同様である(第2-1-9図別ウィンドウで開きます(3)、(4))。

一般的には、企業の将来の物価見通しである予想物価は、実際の物価に先行するといわれている。しかし、以上の結果は、実際の物価動向が企業の予想物価に影響を及ぼすという側面があることを示しており、現実には両者は相互依存的な関係にあると考えられる。

コラム2-3 予想物価DIと収入の増え方

我が国がデフレから脱却するためには、予想物価上昇率が安定的にプラスで推移することが重要である。ここでは、予想物価上昇率の先行きを考えるために、物価の上昇を見込む世帯の割合から下落を見込む世帯の割合を引いた「予想物価DI」と、消費者態度指数の構成要素である「収入の増え方」の関係について検討しよう。

まず、月例経済報告においてデフレ判断がなされる前(1984年~2000年)は「予想物価DI」と「収入の増え方」に明確な正の相関が見られる(コラム2-3図別ウィンドウで開きます(1))。実際の物価と賃金が相互に影響を及ぼすように、家計の物価と収入の予想にも同じような関係が確認できる12別ウィンドウで開きます。なお、こうした関係はデフレ判断がなされた2001年以降に大きく弱まっている。次に、1984年~2000年について、「予想物価DI」と「収入の増え方」の時差相関係数を確認すると、後者が2~4四半期ほど先行している(コラム2-3図別ウィンドウで開きます(2))。家計は、将来の収入に対する見方が改善(悪化)した後に予想物価を引き上げる(引き下げる)傾向にあり、予想物価上昇率の先行きを判断するために、「収入の増え方」の動向を点検することが有効な手段であった。

以上のことより、我が国の予想物価上昇率が安定的にプラスで推移するか見極める上で、企業業績の改善が家計の収入予想を引き上げ、それが物価予想の上昇を伴うような好循環が生まれているか確認することが重要だと考えられる。

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