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第3節 緩和的な金融環境と貯蓄投資行動の変化

デフレ脱却に向けた金融政策の効果を評価する際には、中央銀行の政策変更が緩和的な金融環境を生み出し、それが銀行貸出の増加などを通じて、実体経済の改善につながるという波及メカニズムを点検することが重要である。本節では、そうした波及経路を考慮し、2001年の「量的緩和政策」前後の時期や2006年のデフレ改善期と比較しつつ、日本銀行の金融政策のレジーム転換が我が国の金融市場に及ぼした影響について検討する。さらに、政府と中央銀行の負債・資産構造や経済主体の貯蓄投資行動に見られる変化についても論ずる。

1 金融政策のレジーム転換と金融市場

ここでは、我が国の金融市場の動向について国際比較を交えながら概観するとともに、長期金利が低位で安定している背景について分析する。また、「量的・質的金融緩和」の導入後に見られるマネタリーベースの変化についても検討する。

(景気が回復に向かう中で我が国の長期金利は低位安定)

株式市場の動向を見ると、我が国の株価指数は2012年秋から2013年5月にかけて大幅に上昇し、その上昇ペースは他の先進国に比べて際立っている(第2-3-1図別ウィンドウで開きます(1))。この背景として、経済対策による景気回復期待の高まりや、為替レートの円安方向への動きによる企業収益環境の改善などが挙げられる。実質実効為替レートの動きを比較すると、同時期は、米ドルやユーロが上昇傾向にあったのに対し、円は大きく下落している(第2-3-1図別ウィンドウで開きます(2))。また、我が国のREIT指数も、2012年秋から2013年3月末にかけて、他の国・地域を大幅に上回るペースで上昇した(第2-3-1図別ウィンドウで開きます(3))。これは、大胆な金融政策などを背景に、地価の下落傾向に歯止めがかかるとの期待感や賃料が上昇に向かうとの見方が強まったことなどによる。

2013年5月下旬になると、アメリカの量的金融緩和政策(QE3)が縮小に向かうとの懸念、日米長期金利の上昇、円の下落一服などを受けて、株価指数やREIT指数の調整局面が見られた。しかし、我が国では、「量的・質的金融緩和」によって非常に緩和的な金融環境が継続され、実体経済の改善が続いたことも支えとなり、株価指数とREIT指数のいずれも2012年秋の水準を大きく上回って推移している。

他方、我が国の景気が回復に向かう中でも、長期金利は低位で安定している(第2-3-1図別ウィンドウで開きます(4))。通常の景気回復局面においては、株価と金利がそろって上昇する傾向にあるが、今回は様相が異なっている。また、前述したアメリカの金融政策の先行きに対する懸念や世界経済の回復期待などを背景に、他の先進国の長期金利は2013年5月から9月まで上昇傾向にあったのに対し、我が国では5月に金利が上昇してから1か月程度で再び低下基調に転じた。こうした国際的な金利動向を踏まえると、日本銀行の金融緩和スタンスは他の中央銀行より強い状況にあり、それが長期金利の低位安定につながっていると評価できる。

コラム2-6 分次データで見る株価と為替の時差相関

我が国の金融市場では、2000年代半ばから「円安(円高)」と「株高(株安)」の組合せになる傾向が強く、さらに為替レートの方が株価に先行して動くと考えられることが多い。この背景として、(1)為替の円安方向への動きが輸出企業を中心に企業の予想収益を引き上げ、(2)その収益改善期待の高まりが株価上昇をもたらす、という関係を市場参加者が想定していることなどが挙げられる。しかし、大胆な金融政策などを背景に、2013年春以降、為替レートと株価の先行関係が逆転しているという論調が増えた。この背景として、日本株買いと円売りを同時に仕掛けていた機関投資家が、日本株の下落を見て円売りポジションを解消させる取引をこの時期に行っていたことなどが指摘されている。

そこで、1分単位の分次データによる株価と為替の時差相関を用いて、両者の統計的な先行関係を検討しよう。まず、2013年5月以降の株式市場の前場と後場について時差相関を計算し、その最大値の推移をプロットすると、総じて正の値となっており、全体の7割強が相関係数0.6以上と相関関係が認められる(コラム2-6図別ウィンドウで開きます(1))。すなわち、この間、「円安(円高)」と「株高(株安)」の組合せが成立していたことが分かる。次に、その相関係数が最大となる時差の分布を確認すると、時差ゼロの割合が最も大きい(コラム2-6図別ウィンドウで開きます(2))。これは、1分単位で見ると、株価と為替が同時に動いていることを示している26別ウィンドウで開きます。現実には、1分という短い間に、投資家が株式と為替を同時に取引し続けることは困難であることを踏まえると、機関投資家による高速なアルゴリズム取引(コンピュータによる自動売買)などが両者の連動性を高めている可能性がある。

(リスクプレミアムのマイナス寄与が金利上昇を抑制)

我が国の名目長期金利低下の背景を探るため、フィッシャー方程式を基に要因分解を行う27別ウィンドウで開きます。まず、2012年以降の名目長期金利の低下局面を確認すると、予想物価上昇率と潜在成長率がプラスに寄与する一方で、リスクプレミアムのマイナス寄与が拡大して名目長期金利を押し下げている(第2-3-2図別ウィンドウで開きます(1))。2012年前半は、欧州政府債務問題を受けて相対的に安全資産と見なされた日本国債が選好されたこと、2012年後半以降は、金融緩和政策などがリスクプレミアムの低下に作用したと考えられる。なお、2006年のデフレ改善期には、金融緩和政策によるリスクプレミアムの押し下げ効果がなかったことなどから、長期金利は1%台後半で推移していた。

次に、2013年5月の名目長期金利の上昇局面において、プラス寄与が大きかった項目もリスクプレミアムである。この背景として、アメリカの量的金融緩和政策の縮小懸念、日本の国債市場における流動性リスクの高まりなどが指摘できる。また、2003年の金利急騰局面(VaRショック)前後の寄与度を確認すると、当時もリスクプレミアムの変化が名目長期金利の低下とその後の金利急騰の主因であった。現在、我が国では、非常に緩和的な金融環境の下で名目長期金利が低位で安定しているが、VaRショックの経験からは、リスクプレミアムが外的ショックに対して振れやすい点に留意が必要である。

最後に、我が国の名目長期金利は、アメリカの長期金利や日本の株価の水準に対して低く抑えられている。通常は、日米経済の連動性や株と国債の資産代替などを背景に、それらは同方向に変化することが多い(第2-3-2図別ウィンドウで開きます(2)、(3))。しかし、2012年12月以降、その関係が弱まっており、それ以前の傾向よりも長期金利の上昇が抑えられている。こうした変化が生じているのは、我が国の大胆な金融政策などによって長期国債市場が通常より緩和的な状況となっているためである。

(日米金融政策に起因するショックは6月半ば以降に沈静化)

金融市場の安定性を評価するために、市場のボラティリティ指標の推移を確認しよう。第一に、日本銀行が「量的・質的金融緩和」を導入した4月4日以降に10年国債のボラティリティが急速に上昇した(第2-3-3図別ウィンドウで開きます(1))。これは、日本銀行の新たな金融緩和策が市場の予想を上回るものとなり、投資家がそれを織り込むのに時間がかかったことによる。そして、その短期的な変動は2003年年央のVaRショックに迫る大きさであった(第2-3-3図別ウィンドウで開きます(2))。第二に、アメリカの量的金融緩和政策の縮小懸念などを背景に世界の株式市場が不安定な状況になる中で、日経平均株価指数のボラティリティが5月下旬に大きく上昇した。当初、そのボラティリティの上昇幅(2013年5月22日~23日)はリーマンショック発生直後(2008年9月12日~16日)と同程度であったが、それ以降、大きく上昇することはなかった(第2-3-3図別ウィンドウで開きます(3))。第三に、為替市場の変動は2012年秋から2013年5月にかけて上昇傾向にあったが、国債市場や株式市場に比べて変動幅は限定的であった。

こうした金融市場におけるボラティリティの高まりは2013年6月半ばから鎮静化に向かい、8月以降、我が国の金融市場は安定した状態が維持されている。その背景として、6月のアメリカの連邦公開市場委員会(FOMC)後に同国の金融政策に対する懸念が幾分緩和したこと、日本銀行が国債買入オペ(公開市場操作)を多様化して国債需給の円滑化に努めたことなどが挙げられる28別ウィンドウで開きます

(マネタリーベースが大幅に増加)

これまで、大胆な金融政策を背景に我が国の金融市場が非常に緩和的な環境にあることを見てきた。ここでは、その金融緩和策の進捗状況をマネタリーベースの推移によって確認しよう。日本銀行は、2014年末のマネタリーベース残高を270兆円まで増加させるという目標に向けて、大規模な国債買入れなどを進めている。2013年4月に「量的・質的金融緩和」が導入されて以降、マネタリーベース残高は前年比20%~50%増と大幅な増加傾向にあり、2013年11月時点で189.7兆円に達している(第2-3-4図別ウィンドウで開きます(1))。これまでのマネタリーベースの増加ペースは、おおむね日本銀行の目標に沿ったものとなっている。

他の先進国と比較しても、我が国の2013年4-6期以降のマネタリーベース対GDP比は大きく上昇している(第2-3-4図別ウィンドウで開きます(2))。さらに、名目GDP成長率とマネタリーベースの関係を示したマッカラム・ルールによって、マネタリーベースの増加ペースを評価すると、2013年4-6期以降の伸び率は理論値を超えており、過去に金融緩和政策がとられたときを上回っている29別ウィンドウで開きます第2-3-4図別ウィンドウで開きます(3))。これは、2006年3月の「量的緩和政策」の解除などを背景に、2006年のデフレ改善期にマネタリーベースが理論値を大きく下回っていたのとは対照的である。

こうしたことから、日本銀行は、「量的・質的金融緩和」においてマネタリーベース目標を導入した後、「物価安定の目標」の実現に向けて、かなり潤沢な資金供給を行っていると評価できる。

それでは、日本銀行の「物価安定の目標」の達成については、どのように考えればよいのだろうか。民間調査機関の見通しでは、マネタリーベースの増加がマネーストックと貸出の増加などを経由して、経済成長率や物価上昇率に働きかける効果を限定的に見ていることなどから、目標の達成は難しいという見方が少なくない。この経路が弱まっている背景には、我が国においてデフレ予想が定着する中で、金利が低下しても貸出が増えないこと(流動性の罠)などがある。しかし、第1節で見たように、我が国のデフレ予想は改善しており、マネーストック(M2)、銀行貸出残高も増加し始めている(第2-3-5図別ウィンドウで開きます)。今後、デフレ脱却に向けた取組を着実に進めることによって、流動性の罠から抜け出し、マネタリーベースから実体経済や物価への経路が再び機能し始めると期待される30別ウィンドウで開きます

(大胆な金融政策などを背景とする金融市場の緩和と資産価格の上昇)

以上をまとめると、2006年のデフレ改善期との相違点として、今回は大胆な金融政策などを背景に緩和的な金融環境が生み出されたこと、そうした中で景気回復期待の高まりや企業収益環境の改善などが生じ株価指数とREIT指数が上昇したことが挙げられる。金融市場の緩和や金融資産価格の上昇は、資産効果を通じた個人消費や住宅投資の押上げ、家計や企業のデフレ予想の緩和、金利低下や成長期待の高まりによる企業設備投資の持ち直しなどに寄与した。さらに、海外経済に底堅さも見られる中で、日本銀行と他の中央銀行との金融緩和スタンスの違いなどもあって、為替レートは円安方向への動きが進み、我が国の輸出環境も改善している31別ウィンドウで開きます。また、こうした大胆な金融政策を起点とする金融市場の緩和や資産価格の上昇などは、需給バランスの改善や予想物価上昇率の上昇を通じて、最近の物価上昇につながっている。

2 貯蓄投資行動に見られる変化

これまで見てきた日本銀行の大胆な金融政策の影響を踏まえた上で、我が国の貯蓄投資行動に見られる変化を概観する。具体的には、政府の債務残高と日本銀行の国債買入れの動向、金融政策変更に伴う対外証券投資と金融資産選択の特徴などについて検討する。

(中央銀行の国債保有比率が増加)

近年の日米の債務構造に共通する特徴として、リーマンショック後に政府の債務残高対GDP比が大幅に上昇したことが挙げられる(第2-3-6図別ウィンドウで開きます(1)、(2))。これは、世界的な金融危機とその後の景気後退に対処するために、両国で大規模な経済対策が実施され、政府部門の赤字が拡大したことによる。リーマンショック後の景気持ち直し局面になると、アメリカの政府債務残高対GDP比の上昇ペースは緩やかになっている。しかし、我が国では、大震災からの復旧・復興に向けた取組や日本経済再生のための機動的な財政出動などを背景に、そのような動きが見られない。

政府の経済対策と歩調を合わせるように、日米の中央銀行は積極的な金融緩和策を相次いで打ち出し、その一環として国債の大量購入を進めた。日本銀行とアメリカのFED(連邦準備制度)が保有する国債の国債残高に占めるシェアを見ると、リーマンショック後に大きく増加しており、直近は過去最高水準にある(第2-3-6図別ウィンドウで開きます(3)、(4))。2012年後半以降は、大胆な金融政策などを背景に、FEDより日本銀行の国債保有比率の上昇ペースが速い。

(日本銀行は買入れ国債の平均残存年限を大幅に長期化)

日米の中央銀行は、国債を大量に買い入れると同時に、保有国債の残存年限の構成も見直している(第2-3-7図別ウィンドウで開きます(1)、(2))。FEDは、リーマンショック後に「1年以下」の国債の保有比率を急速に引き下げて、1年を超える国債の保有比率を高めている。特に、2011年9月の「国債の満期延長プログラム(いわゆるツイストオペ)」の導入後は、5年超の国債を大幅に増やした。このプログラムは、残存年限の長い国債の購入を通じて、直接的に長めの金利低下を促すことなどを意図したものである。

日本銀行は、リーマンショック後に、「10年超」の国債の保有比率を引き下げて「1年超5年以下」を高める傾向にあったが、それは全体の保有構成に大きな影響を与えるほどのものではなかった。2013年4月以降は、「1年以下」の国債の保有比率が低下し、5年超の国債が上昇する動きが見られる。この背景には、「量的・質的金融緩和」において、買入れ国債の平均残存年限を3年弱から7年程度に延長することが決定されたことがあり、それは2013年6月頃に達成されたと見られる(第2-3-7図別ウィンドウで開きます(3))32別ウィンドウで開きます。そして、こうした日本銀行の国債買入れの方針の変更も、前述した長期金利の低位安定に作用していると考えられる。

(銀行がリスク資産の保有比率を高める動きはまだ見られず)

日本銀行による「量的・質的金融緩和」に期待される効果の一つとして、ポートフォリオ・リバランス効果が挙げられる。これは、日本銀行の潤沢な資金供給によって、金融機関などの経済主体のバランスシートの資産側にリターンの低い金融資産の割合が上昇すると、よりリスクはあるがリターンも期待できる運用先を求めてポートフォリオ(資産構成)を見直すことを期待するものである。銀行が日銀当座預金を減らして貸出増加に取り組めば、設備投資や住宅投資の増加を促進する。さらに、金融機関が外国債券や外国株式などの対外金融資産の購入を増加させることによって、円安方向への動きが進めば、輸出企業の収益拡大や輸出増加などが期待される33別ウィンドウで開きます

銀行の金融資産構成比については、2012年12月から2013年6月にかけて、貸出などのリスク資産の保有比率にほとんど変化は見られない(第2-3-8図別ウィンドウで開きます(1))。企業向け貸出は36%から35%にわずかに1%ポイント低下したものの、個人向け貸出、株式、対外証券投資はいずれも横ばいである34別ウィンドウで開きます。安全資産である国債の保有比率は低下したものの、それはリスク資産に向かうことはなく、日銀当座預金などを含む「その他」の資産に移った。2001年の「量的緩和政策」前後の時期においても、銀行がリスク資産のウエイトを高めた動きは見られない(第2-3-8図別ウィンドウで開きます(2))。ただし、金利が非常に低位で安定する中で、景気回復の動きがより確かなものとなれば、銀行は収益拡大のためにリターンの期待できる金融資産を徐々に増やすと考えられる。

また、我が国の対外証券投資(フロー)の動向を確認すると、いずれの投資主体においても、2013年に入ってから対外証券投資を拡大する動きは見られず、特に4-6月期はアメリカの金融政策への懸念などを背景に、本邦全体としては売越し傾向にある(第2-3-9図別ウィンドウで開きます(1))。「量的・質的金融緩和」が導入された直後は、生命保険会社など機関投資家が外債運用を増やし、それが円安方向の動きを支えるとの見方が広がったが、これまでのところ国内債券を中心とする運用を維持している。

この背景として、5月下旬以降に円安の動きが一服したこと、2012年3月期の生命保険会社の規制強化などが挙げられる35別ウィンドウで開きます。なお、「量的緩和政策」の後は、本邦からの対外証券投資は買越し傾向にあったが、買越しペースはそれ以前と同程度であった(第2-3-9図別ウィンドウで開きます(2))。

(金融緩和を一段の貸出増加につなげることが重要)

日本銀行の金融政策の変更によって、各経済主体は金融資産をどのように変化させたのだろうか。資金循環統計を用いて、2013年の一連の金融緩和政策と2001年の「量的緩和政策」前後の時期に見られた金融資産の流れについて確認しよう。

第一に、2013年4月に「量的・質的金融緩和」が導入されたことから日本銀行が国債買入れを大幅に増加させた一方で、銀行等は国債を大幅に売却している(第2-3-10図別ウィンドウで開きます(1))。これは、日本銀行が大胆な金融政策を推進する中で、銀行等が日本銀行の国債買入れオペに応札したこと、大手銀行を中心に益出しやリスク低減のための国債売却を進めたことなどによる。他方、「量的緩和政策」のときは、今回のように長期金利が1%を大きく下回るまで国債価格が急上昇することはなく、国債は安全資産としての需要も強かったことなどから、銀行等は国債を買い越していた(第2-3-10図別ウィンドウで開きます(2))。

第二に、家計は、2012年 秋以降の株価上昇局面においても、「量的緩和政策」のときと同様、株式の売却を進めている。「量的緩和政策」が導入された時期は、ITバブルの崩壊によって株価が下落トレンドにあったため、さらなる損失を回避するための資金流出などが続いた。しかし、今回は株価が大幅に上昇する中で、増加した株式ストックをリバランシングし、結果としてフローでは、家計の株式売却につながったと考えられる。また、家計は、2013年に入ってから「投資信託+株式・出資金」以上に預貯金を増やしており、安全資産を選好している。家計に対しては、大胆な金融政策などによって「貯蓄から投資へ」の動きが進み、新たな成長資金の供給を担う役割が期待されているが、今までのところ家計の資金はそれと逆方向に流れている36別ウィンドウで開きます。今後デフレ脱却に向かう中で、よりリスクの高い金融資産へ向かうことが期待される37別ウィンドウで開きます

コラム2-7 株価上昇の家計への影響

2012年秋以降の株価上昇は、株式や株式を運用資産に含む投資信託38別ウィンドウで開きますのキャピタルゲインを生んだ。家計が保有する株式のキャピタルゲインは2012年10-12月期から2013年4-6月期の累計で約40兆円に達したほか、家計が投資信託を通じて保有する株式のキャピタルゲインは同期間の累計で4兆円程度39別ウィンドウで開きますと推計される。これらの金融資産を多く保有する高齢者や高所得者層を中心に資産効果が生じ、個人消費は2013年春頃に増勢が強まった40別ウィンドウで開きます。ただし、株価上昇の家計への影響はこうした経路にとどまらない。

家計は保険や年金を通じて間接的に株式を保有している。保険が保有する株式のキャピタルゲインは、2012年10-12月期から2013年4-6月期の累計で約10兆円となった(コラム2-7図別ウィンドウで開きます(1))。この結果、主要生命保険9社全体では2013年度上期に逆ざやが解消し、一部では配当による契約者への利益還元が検討されている。公的年金と年金基金が保有する株式のキャピタルゲインは同期間の累計で約16兆円に達し、厚生年金基金の代行割れ基金数は2011年度の210基金から2012年度には101基金へと半分以下に減少した(コラム2-7図別ウィンドウで開きます(2))。このような年金財政の改善は年金給付の増加などを通じて41別ウィンドウで開きます長期的に家計に好影響を与える。

第三に、金融資産残高(ストック)の変化を見ると、家計の株式・出資金は株価上昇によって2012年末から大幅に増加しており、「量的緩和政策」のときとは対照的である(第2-3-10図別ウィンドウで開きます(3)、(4))。こうした株価上昇に伴う家計金融資産の増加は、「資産効果」を通じて、個人消費に対してプラスの効果をもたらしており、その効果は、株式保有割合の高い高齢者世帯において特に大きいと考えられる42別ウィンドウで開きます

第四に、今回は、銀行等が企業向け貸出を増加させていることも特徴的である。大胆な金融政策を背景とする貸出金利の低下や金融機関の貸出態度の改善などが、最近の貸出増加に一定程度作用していると考えられる43別ウィンドウで開きます。2006年のデフレ改善期においては、2006年3月に「量的緩和政策」が解除されたものの、企業向け貸出は増加傾向にあり、今回と同じように企業の資金需要に改善の動きが見られていた44別ウィンドウで開きます。今後の焦点は、大胆な金融政策を着実に進める下で、銀行等が日銀当座預金から貸出へ資金を振り替える動きを強めて、金融資産に占める貸出の構成比が上昇するかどうかである。なお、日本銀行は、「成長基盤強化を支援するための資金供給」と「貸出増加を支援するための資金供給」によっても、金融機関の貸出増加に向けた取組を支援している。

3 銀行貸出と企業の資金調達

前項で銀行の企業向け貸出が増加し始めていることを確認したが、ここでは企業規模別の貸出動向や銀行貸出と設備資金の関係の変化について概観する。さらに、銀行貸出と表裏の関係にある企業の資金調達の特徴について分析する。

(大企業向けを中心に貸出残高が増加)

銀行貸出残高(全規模)の前年比を確認すると、2011年年央から横ばいで推移していたが、2012年第10-12月期以降は緩やかにプラス幅を拡大している(第2-3-11図別ウィンドウで開きます(1))。規模別には、大企業向け貸出が底堅く推移しており、中小企業向けも2013年7-9月期にプラスに転じた。この背景として、我が国の景気の回復や大胆な金融政策などによって、銀行の貸出姿勢が積極化していることなどが挙げられる。日銀短観の「金融機関の貸出態度判断DI」が改善傾向にあるように、企業は以前よりも金融機関からの融資を受けやすいと考えている(第2-3-11図別ウィンドウで開きます(2))。

銀行貸出の先行きについては、銀行貸出残高(全規模)の伸び率がまだ低い水準にとどまっており、企業経営者は、借入増加を伴う投資の拡大に対して、依然慎重であると考えられる。また、銀行貸出と設備投資の関係が過去に比べて弱まっている一方で、銀行貸出の伸びが高くない状況下でも設備投資が大きく増加しているケースが見られる(第2-3-11図別ウィンドウで開きます(3)、(4))。

こうした貸出市場に見られる変化を考えると、金融緩和政策の実体経済への波及効果を見極めるためには、銀行貸出の動向と併せて、借入れ側の企業の資金調達構造についても検討する必要がある。

(企業は内部資金による調達を拡大する傾向)

企業の資金調達に関して負債構成比の推移を見ると、1990年代後半から2005年頃までは、借入金の割合が緩やかに低下する一方で、株式・出資金の比率が高まっている(第2-3-12図別ウィンドウで開きます(1))。すなわち、この間、我が国の企業金融において間接金融から直接金融へのシフトが進んだことが分かる45別ウィンドウで開きます。借入金の比率の低下は、90年代後半の金融危機や不良債権問題などを背景に金融機関が融資を消極化させたこと、企業が過剰な債務の圧縮を進めたことなどによる。また、企業が株式・出資金による資金調達を徐々に増やしたのは、97年に始まった金融システム改革(いわゆる「日本版ビッグバン」)や大企業を中心に資金調達力が向上したことなどが影響していると考えられる。2005年度以降は、企業の負債圧縮の動きが一巡し、株式・出資金の拡大ベースが鈍化したため、資金調達構成に大きな変化は見られない。

また、企業の負債比率は、90年代後半から低下を続けている(第2-3-12図別ウィンドウで開きます(2))。これは、企業がバランスシート調整を進める中で、有利子負債の削減を加速させたことが主因である。他方、内部資金の利用割合は、大企業と中小企業のいずれも2005年度から緩やかな上昇傾向にある(第2-3-12図別ウィンドウで開きます(3)、(4))46別ウィンドウで開きます。前述したように、企業の設備投資と銀行の新規貸出(設備資金)の関係が2000年代に入って弱まっているが、これは、企業が設備投資を行う際に内部資金の利用割合を増やしていることや設備投資が企業のキャッシュフローの範囲内に収まっていることなどが要因として挙げられる(付図2-4別ウィンドウで開きます)。

さらに、企業の負債比率について、上場企業の2002年度以降のパネルデータを用いて企業の負債比率の決定要因を推計すると、以下の点が指摘できる。まず、総資産利益率(ROA、営業利益ベース)の上昇は負債比率を低下させる。企業は、利益の増加によってキャッシュフローが増えると、剰余金の積み増しや負債の返済に充てていると見られる(付図2-5別ウィンドウで開きます(1))47別ウィンドウで開きます。また、負債比率に対するROAの影響度(回帰係数)を期間別に比較すると、リーマンショック後に製造業のROAの係数(絶対値)が大きくなっている(付図2-5別ウィンドウで開きます(2))。この結果については、リーマンショック後の景気後退や為替レートの急速な上昇などを背景に、製造業の経営環境が厳しさを増す中で、利益を上げた企業ほど負債圧縮をそれまで以上に進めたことなどが影響していると考えられる。

(借入増加によって利益拡大を期待できる環境)

長期にわたって負債の圧縮を進めてきた企業の資金需要を増加させるためには、企業が事業拡大に向けた投資を積極化しやすい環境を整備する必要がある。そこで、企業の収益性を示すROA(税引前利益ベース)と借入金利子率を比較することによって、企業の借入増加が利益拡大につながりやすい状況にあるかを点検する48別ウィンドウで開きます

まず、2010年度以降、製造業と非製造業のいずれもROAが借入金利子率を上回って推移している(第2-3-13図別ウィンドウで開きます(1)、(2))。特に、非製造業のROAと借入金利子率の差は1990年度以降で最も大きい。この状況は、借入コストに比べて企業の収益性が相対的に高いことを示しており、企業は借入れを増やして収益性がより高い投資を行えば、企業業績の拡大が期待できる状況にあることを示唆している。

次に、このROAと借入金利子率の差を企業規模別に確認すると、収益力や資金調達力の差などを反映して、大企業より中小企業の方が低くなる傾向にある(第2-3-13図別ウィンドウで開きます(3)、(4))。ただし、製造業はいずれの規模においても2010年度からプラスが継続しており、全体的に投資環境は良好であると考えられる。非製造業は、中小企業が2012年度においてもマイナスであるが、そのマイナス幅は2010年度から急速に縮小しており、投資環境は改善に向かっている。

こうした収益性と借入コストの関係から見ると、我が国では事業拡大のための投資を積極化しやすい環境が整いつつあるといえる。今後は、大胆な金融政策などを背景に企業の資金調達環境の改善が続く中で、民間投資を喚起する成長戦略を進めることによって、企業の新たなビジネス機会を創出し、銀行貸出の増加を促すことが重要である。

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