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第3節 産業構造や雇用・賃金構造に与える影響

これまで、海外生産移転の状況やそれが生じる要因について検討してきた。ここでは、企業の海外生産移転の拡大にともなって生じ得る産業や雇用、賃金の調整が実際にどのような形で行われているのかについて分析する。まず、ケーススタディとして、近年の電気機械の大企業における国内工場再編や人員整理の実態、繊維における産業調整の動向について概観する。次に、マクロ的な観点から、製造業から非製造業への産業構造のシフトやそれに伴う雇用・賃金の調整の実態について分析する。最後に、賃金の地域格差の要因分析を通じて、海外生産移転による地域の雇用・賃金構造への影響を分析する。

1 産業や企業レベルの調整:大手弱電と繊維業界のケース

2011~12年にかけて、円高の進行もあって、企業収益が悪化する中、複数の大企業によるリストラ計画が大々的に報道された。特に、大手弱電のリストラ報道は、電気機械が我が国のリーディング産業と目されていたことや、これらの企業が当該業種のリーディングカンパニーであることから、「電気機械の空洞化」として衝撃を与えた。

ここでは、ケーススタディとして、まず大手弱電3社(シャープ、ソニー、パナソニック)に焦点を当て、国内工場再編や人員整理など企業レベルの調整の実態を明らかにする。また、代表的な労働集約型産業であり古くから海外生産移転が行われてきた繊維でどのような調整がなされてきたのかを検討する。

(1)大手弱電における雇用調整

(エレクトロニクス部門の低迷により、大手弱電はリストラを公表)

電気機械の大手企業のうち、白物家電(冷蔵庫や洗濯機等)やテレビ、パソコンを中心としたエレクトロニクス部門に強い弱電3社は、2012年3月期決算で、エレクトロニクス部門の低迷を主因に、赤字決算を発表した(第3-3-1図別ウィンドウで開きます(1))。2013年3月期の業績予想においても、弱電3社の業績は低迷が続く見込みである42別ウィンドウで開きます。こうした中、弱電3社は、業績の悪化を受けて、国内工場再編と人員整理を中心とするリストラを実施している43別ウィンドウで開きます

他方、社会インフラ事業(火力・水力発電システム等)や情報通信システム事業(ITシステム構築等)、産業メカトロニクス事業(産業用ロボット等)に強い、重電3社(東芝、日立製作所、三菱電機)は、2012年3月期決算で、エレクトロニクス部門は不調であったものの、他の主力部門が下支えしたことにより最終黒字を確保した。これは、重電3社では、先進国の更新需要及び新興国の新規需要による発電、鉄道、工場、通信網等の重電・インフラ分野の拡大を見越して、技術・ノウハウの蓄積で比較優位にある同分野に選択と集中をしてきたことなどによると指摘されている44別ウィンドウで開きます

弱電3社の業績悪化は、エレクトロニクス部門の不調によるものである。弱電3社の売上高と営業利益は、2000年初頭のITバブル崩壊後に多少の落ち込みはあるものの、2008年頃まで、エレクトロニクス部門に支えられ、堅調に推移してきた。2009年には、リーマンショックによる輸出を中心とした大幅な需要減少に直面した液晶テレビ・液晶パネル事業の不振等により大幅減収減益となったものの、その後は、家電エコポイント(2009年5月~2011年3月)による政策効果や、2011年8月の地デジ化によるテレビの買い替え需要もあって、売上高・営業利益ともに多少の持ち直しを見せた(第3-3-1図別ウィンドウで開きます(2))。

しかし、2012年3月期には、収益の柱であるエレクトロニクス部門の不調により、弱電3社は大幅な赤字となった。これは、付加価値の高い液晶テレビ、液晶パネル等の世界的な需要獲得を企図して、2000年代半ばに大規模な設備投資45別ウィンドウで開きますを進めたが、①海外においてリーマンショック後の円高により韓国企業(サムスン、LG等)との価格競争で不利になったことや、②国内において地デジ化後に予測よりも大幅に需要が減退したことなどから、液晶テレビ、液晶パネル等の販売が振るわなかったことによるものである46別ウィンドウで開きます 47別ウィンドウで開きます

また、より構造的な問題は、世界のエレクトロニクス市場において、需要を取り込むことができなかったことである。世界のエレクトロニクス市場を見ると、需要が中国を中心に93年の7,500億ドルから2010年の1兆6,500億円まで拡大する48別ウィンドウで開きます一方、供給側では日本の生産額が横ばいで推移し、そのシェアは93年の27%から2010年の11%に大きく低下している49別ウィンドウで開きます第3-3-1図別ウィンドウで開きます(3))。

このように、大手弱電は、①設備投資等による液晶テレビ、液晶パネル事業等の拡大や、②労働集約的な白物家電の海外生産移転などにより、世界の需要の獲得を目指したものの、結果的に世界の需要を取り込めなかったと考えられる。なお、大手弱電の売上高に占める国内売上高のシェアは引き続き高く50別ウィンドウで開きます、縮小傾向にある国内市場の動向に左右されやすい体質となっている。

(弱電2社における雇用調整と下請企業等への影響)

有価証券報告書から情報の取れる弱電2社(シャープとパナソニック)を中心に雇用調整の実態を見てみよう。リーマンショック以降、弱電2社は、業績低迷などを背景に、工場の縮小・売却をすすめ、国内工場の再編を加速しており、それに伴い雇用調整を行っている51別ウィンドウで開きます

弱電2社の従業員数をタイプ別に見ると、工場従業員が減少する一方、本社従業員が増加し、本社機能の強化が一時的になされていることがわかる(第3-3-2図別ウィンドウで開きます)。具体的には、①本社法人営業部隊の新設・増強、②LED等の好調な部門や電子黒板(今後、商業・教育・医療分野での需要拡大が見込まれている)等の新規事業の販売促進部隊の新設などにより、工場従業員の配置転換がなされた52別ウィンドウで開きます。なお、海外関連子会社への出向者を大幅に増加させることにより対処しているケースもある。

もっとも、配置転換は、一時的な雇用確保を前提としており、退職を間近にした高年齢層を中心に、早期退職制度を活用した希望退職者の募集等により段階的に人員整理をしていく方針である。例えば、希望退職者に対して資本関係のない取引先企業等への再就職支援や転職支援会社を使用した再就職支援等を行っている。

弱電2社の国内工場再編と人員整理は、工場を縮小・撤退した地域の産業にも影響を与えている。下請企業では、弱電2社のような経営体力がないことから、直接的な人員整理をする先もあった。親企業と下請企業の縮小・撤退から、例えば、工場への出張者を対象としていた宿泊・飲食サービス業が廃業に追い込まれるなど、当該地域のサービス業の業績も影響を受けている。

このように、企業レベルの調整においては、大企業の人員整理では、工場勤務から本社勤務や海外関連子会社への配置転換が中心であることや、希望退職者の募集が退職間近の高年齢層を中心としていることから、マクロ的な雇用への影響は大きくないものと考えられる。しかし、工場を縮小・撤退した地域の下請企業やサービス業では、業績の悪化と雇用の減少等が発生しており、その地域における生産誘発効果、雇用誘発効果の大きさによっては、地域レベルで影響が生じると考えられる53別ウィンドウで開きます

(2)繊維の産業調整

(労働集約的な繊維産業は縮小)

次に、代表的な労働集約型産業であり、古くから海外生産移転が行われてきた繊維産業でどのような産業調整が行われたのかを見てみよう。

我が国の繊維産業は、明治初期の官営工場の設立(1872年富岡製糸工場)以降、産業発展、近代化の先導役としてその基盤を確立してきた。外貨獲得産業に育成することを企図した第二次世界大戦後の政府支援もあり、繊維製品等の輸出額は、65年に輸出全体の18.7%を占めた。しかし、72年の日米繊維協定による輸出制限や85年のプラザ合意に基づく円高誘導を受けて、安価な海外製品との競争激化や労働コストの削減を企図した海外生産移転等から、繊維の出荷額はピーク時の3分の1程度まで減少し、繊維製品等の輸入額は輸出額を上回るようになった。その後も、円高や新興国の繊維産業の急速な発展等から生産の縮小が続いた(第3-3-3図別ウィンドウで開きます(1))。

繊維の産業構造は、化学繊維や紡績等の川上産業、編物や染色等の川中産業、縫製やアパレル等の川下産業からなり、多段階分業型の産業構造となっている。労働集約的な部門である川中・川下産業では、海外生産移転や企業の淘汰が進み、出荷額は大きく減少している。こうしたことから、従業員数も川中・川下産業を中心に大きく減少している。

他方、資本集約的な部門である川上産業では、必要な技術水準が高く、我が国の国際競争力も高いことから、出荷額と従業員数は緩やかに減少する一方、労働生産性が上昇している。なお、化学繊維でも、川上産業の中で労働生産性が最も高いにもかかわらず、国内生産が減少している。これは、化学繊維の大手企業が海外で工場の移転や増設を行い、グローバル・多国籍展開を進めてきたためであると考えられる(第3-3-3図別ウィンドウで開きます(2))。

このように、我が国の繊維産業が縮小する過程では、国際競争力の低下した労働集約的な部門において、多くの企業が海外生産移転を迫られたほか、海外に出ることのできない企業が淘汰されたことなどから、雇用者数が大きく減少している。

(高機能繊維の開発により繊維の一部に復活の兆し)

このように繊維産業では、川中、川下産業を中心に国内生産の減少が続く中、近年では、炭素繊維とアラミド繊維という高機能繊維の開発により、繊維の一部に復活の兆しが見られている。

炭素繊維は、アクリル繊維等を原料に、高温で炭化した糸状の軽量かつ高強度な素材であり、衣服等ではなく航空機や風力発電のブレード等に利用されている。炭素繊維の生産量は大きく増加している。特に、航空機需要により市場が急拡大しており、自動車や鉄道、風車向けの研究開発にも着手している(第3-3-4図別ウィンドウで開きます)。今後は本格的な成長期に入って、年率15%の成長が見込まれる、との指摘もある。また、東レ、帝人、三菱レイヨンの国内3社で世界シェアの約70%を占めており、我が国に比較優位のある資本集約的な産業54別ウィンドウで開きますとして期待されている55別ウィンドウで開きます

アラミド繊維には、メタ系アラミド繊維とパラ系アラミド繊維の二種類があるが、前者はすぐれた耐熱性を有し、航空機部材やコンクリートの補強等に用いられている。また、後者は強度・弾性に優れ、防炎・防護服や電線被覆等に用いられる。省エネ・省資源、安全、環境などの世界的な意識の高まりから、アラミド繊維の需要は、リーマンショックによる需要の一時的な落ち込みはあったものの拡大基調にあり、年率7~9%の成長が見込まれる、との指摘もある。

こうした高機能繊維の成功は、化学繊維の大手企業が、比較優位のある事業に投資してきたことによるものである56別ウィンドウで開きます。政府としても、高機能繊維の研究開発57別ウィンドウで開きますの促進を行う「革新的新構造材料等技術開発」などの政策を2005年以降、積極的に推進してきた。

復活の兆しが見られている繊維は、高付加価値部門への選択と集中の成功例であり、他産業にとっても、モデルケースになると考えられる。

コラム3-2 大阪湾パネルベイにおける産業集積

大阪湾岸臨海地域においては、90年代に大企業による海外生産移転が加速し、大阪府門真市や東大阪市、守口市等の産業集積地で、下請企業を中心に淘汰が進み、事業所数が減少したことから、製造業の「空洞化」が懸念された。さらに、大阪湾岸臨海地域においては、産業・人口の過度の集中を防ぐことを目的とした工場等制限法(「近畿圏の規制都市区域における工場等の制限に関する法律」64年制定)、工場再配置促進法(72年制定)、工場立地法(73年制定)の「工場三法」により、工場の新設・増設が制限されていたため、規模の経済性を追求できないことも、製造業の「空洞化」懸念を高めた。

そのため、2002年には工場等制限法が、2006年には工場再配置促進法が撤廃され、大阪湾臨海地域への工場立地が促進された。2002年以降、近畿地方の工場立地件数は、①円安による設備投資の国内回帰の動きや、②地方公共団体による積極的な誘致政策58別ウィンドウで開きますもあり、全国を上回って増加した(コラム3-2図別ウィンドウで開きます)。

こうした中、パナソニックがプラズマディスプレイパネル工場を尼崎市(2005年)に、シャープが液晶パネル工場を堺市(2009年)に、IPSアルファテクノロジ(現パナソニック液晶ディスプレイ)が液晶パネル工場を姫路市(2010年)にそれぞれ建設したほか、太陽光発電パネル工場やリチウムイオン電池工場等の最先端技術分野の工場が多く建設された。これらパネル工場等と下請け企業群が大阪湾沿岸に集積したことから、「大阪湾パネルベイ」と称され、我が国におけるクラスター戦略のモデルケースとして期待されていた。

しかし、液晶パネルや太陽光発電パネル等では、①設備投資計画時に想定されていた為替レートから円高方向に振れたことによる、国際的な価格競争力の低下や、②新興国の生産増加による価格下落などから、実際の売上高は見通しを大きく下回った。そのため、生産設備の操業停止、売却等がみられる59別ウィンドウで開きます

2 マクロレベルの調整

企業の海外生産移転が拡大する中、製造業では、生産と生産性の低下は見られないものの、国内雇用は減少している。その結果、我が国の産業構造や雇用・賃金構造にはどのような影響が出ているのだろうか。

ここでは、90年以降の産業構造の変化とそれに伴う、雇用・賃金の調整の実態について分析する。

(1)産業構造、雇用構造の変化

(産業構造は製造業から非製造業へ緩やかにシフト)

我が国の産業構造は製造業から非製造業へ緩やかにシフトしている。製造業のシェアは、90年26.5%から2010年19.4%に低下している一方、非製造業のシェア60別ウィンドウで開きますは、90年64.8%から2010年67.3%へとやや上昇している(第3-3-5図別ウィンドウで開きます)。

こうした変化の背景には、①所得水準の上昇を受けた、必需財から選択的消費への需要のシフト61別ウィンドウで開きますや、②産業の高度化(サービス化)の進展等から、サービス業を中心に非製造業のプレゼンスが高まってきたことがある。後者については、例えば、対事業所サービス業の発展が著しく、企業が、これまで企業内部で行っていたサービス機能の一部をアウトソーシングしたり、新たなサービス機能を他の企業から購入したりするようになっている。また、技術進歩による通信コストの低下やインターネットの普及から、携帯電話やスマートフォン等の使用が一般的になっており、情報通信業の発展も著しい。ただし、公共投資の減少等から、建設業のシェアは低下している。

他方、製造業では、引き続き資本集約的な部門を中心に高い国際競争力を有しているものの、①中国や韓国を始めとする東アジアの供給能力拡大に伴う競争圧力の高まりや、②円高による価格競争力の低下等を受けた海外生産移転の増加などから、労働集約的な部門を中心にそのプレゼンスは低下している。例えば、国際競争力の高い輸送用機械等のシェアはやや高まっているものの、労働集約的な繊維やその他の製造業62別ウィンドウで開きますなどでは、シェアが低下している。

(雇用構造も製造業から非製造業へシフト)

産業構造が製造業から非製造業へシフトする中、雇用構造にも同様のシフトがみられる。

製造業の就業者数は、90年代前半をピークに減少し63別ウィンドウで開きます、就業者全体に占める割合も90年24.1%から2011年16.7%に低下している64別ウィンドウで開きます第3-3-6図別ウィンドウで開きます(1))。他方、製造業の労働生産性は上昇している(第3-3-6図別ウィンドウで開きます(2))。

労働集約的な部門を中心に国内での企業の淘汰やアジア等への海外生産移転が進む一方、資本集約的な部門では国内拠点を維持するなど、選択と集中が進んだ上、技術革新等により生産に必要な労働投入が減少したことなどから、全体としての労働生産性が向上している。例えば、業種別にみると、製造業の中でも、労働生産性が低い(資本装備率が低く労働集約的な)繊維やその他の製造業では就業者数が大きく減少している。また、労働生産性の変化との関係では、業種により差はあるものの、90年以降、ほとんどの業種で就業者数が減少する一方、労働生産性が向上している(第3-3-6図別ウィンドウで開きます(3))。

他方、非製造業の就業者数は、サービス業を中心に大きく増加し、就業者全体に占める割合も上昇している。また、非製造業の労働生産性は、小幅な上昇にとどまっている(前掲第3-3-6図別ウィンドウで開きます(2))。この背景としては、就業者数65別ウィンドウで開きますが、医療・福祉など労働集約的な部門を中心に増加したことが挙げられる。

雇用構造の変化を企業規模別に見ると、製造業では、労働集約的な部門の多い中小零細企業を中心に雇用者数が減少している。他方、非製造業では、企業規模にかかわらず、雇用者数は増加している(第3-3-6図別ウィンドウで開きます(4))。

(2)製造業と非製造業の賃金格差の実態

(非製造業の平均賃金が低いのはパート労働者比率が高いため)

産業構造、雇用構造が製造業から非製造業にシフトすると、「賃金が低下する」との見方があるが本当だろうか。仮に、製造業と非製造業の賃金に格差が生じている場合には、製造業から非製造業にさらにシフトしていくと、雇用者の賃金が低下していくことが危惧される。

製造業、非製造業の賃金(年収換算)を比較すると、全体(一般労働者・パート労働者合計)では、96年以降、製造業の賃金は非製造業の賃金を上回っている。また、製造業の賃金が上昇傾向にあるのに対して、非製造業の賃金は低下しており、両者の差は拡大している。しかし、一般労働者(正社員、非正社員)に限って見ると、製造業、非製造業の賃金格差は小さい66別ウィンドウで開きます第3-3-7図別ウィンドウで開きます(1))。また、所定内給与(月額)の分布を見ても、製造業と非製造業でその分布に大差はない(第3-3-7図別ウィンドウで開きます(2))。

一方、パート労動者の賃金は、一般の労働者に比べて大幅に低く、製造業の方が非製造業を上回っている。全体の賃金で見た時に製造業の賃金が非製造業の賃金を上回っているのは、非製造業においては、賃金の低いパート労働者の比率が、製造業よりも大幅に上昇してきたためである67別ウィンドウで開きます第3-3-7図別ウィンドウで開きます(3))。

(製造業と非製造業の正社員等の賃金に格差は生じず)

正社員、非正社員(フルタイムの派遣労働者等)、パート労働者に分けて、2005年から2011年の年齢別の賃金(年収換算)と雇用者数の変化を詳しく見てみよう68別ウィンドウで開きます

まず、正社員を見ると、2005年と2011年のいずれにおいても、賃金の水準、その間の変化のそれぞれについて、製造業と非製造業の間に明確な差はない。加えて、雇用者数についても、団塊の世代の退職もあって、ともに50歳代後半の雇用者数が2005年から2011年にかけて減少している(第3-3-8図別ウィンドウで開きます(1))。

次に、非正社員を見ると、2011年においては、製造業と非製造業の平均賃金は概ね同程度である。2005年と2011年を比較すると、製造業で、相対的に賃金が上昇している。これは、製造業の年齢構成が中高年齢層に偏りがある中で、再雇用制度の普及・定着等69別ウィンドウで開きますにより比較的賃金の高い60歳代の割合が高まっていることによる面が大きいとみられる。他方、非製造業でも、再雇用により60歳代の雇用者数は増加しているが、製造業に比べ増加幅が小さく、また若年齢層の割合が高いことから全体の賃金に与える影響は限定的である(第3-3-8図別ウィンドウで開きます(2))。

最後に、パート労働者を見ると、製造業の方が非製造業よりも平均賃金(年収換算)が高い。製造業では、平均時給(1時間当たり所定内給与額)こそ低いものの、1日当たり労働時間・実労働日数ともに非製造業を上回り、年齢構成においても中高年齢層に偏りがあるためである。これは、両者の働き方に違いがあることを示しているほか、非製造業には、とりわけ若年齢層において学生等によるファーストフードやコンビニエンスストア等比較的時給単価の低いアルバイトが含まれていることも寄与していると考えられる(第3-3-8図別ウィンドウで開きます(3))。さらに、2005年と2011年を比較すると、製造業の賃金が上昇している。これは、①製造業、非製造業のいずれにおいても時給が上昇する中、リーマンショック以前の景気拡大局面では輸出が増加し、輸出企業を中心に業績が良かったため、製造業の時給の伸び率が非製造業を上回っていること70別ウィンドウで開きますや、②非正社員同様に60歳代の雇用者数の増加が平均賃金の上昇に寄与していることによるものとみられる。

このように、正社員の製造業と非製造業における賃金の格差は限定的であることから、産業構造、雇用構造が製造業から非製造業にシフトしただけで、正社員から非正社員やパート労働者へのシフトなどが生じなければ、マクロで見た賃金への影響は限定的になると考えられる。

(3)転職による賃金変化

(製造業からの転職は若年齢層と女性が中心)

しかし、仮に、急激な海外生産移転が生じ、大幅な産業構造、雇用構造の変化が生じると、産業間で転職者が増えることが予想される。こうした場合、大企業製造業を中心に終身雇用制度と年功賃金制度の特徴が残る我が国の雇用システムの下では、転職者の賃金は低下することが予想される。こうした観点から、製造業からの転職の動向や転職による賃金の変化を分析する。

まず、製造業における転職率が高まっているかを確認しよう71別ウィンドウで開きます第3-3-9図別ウィンドウで開きます(1))。男性の転職率を見ると、全体ではわずかながら低下している。年齢別では、35歳未満の若年齢層の転職率が、リーマンショック以前に相対的に高水準で推移したものの、その後は低下している。これは、若年齢層では転職による賃金への影響が小さいため、景気拡張局面にあったリーマンショック以前においては、転職に積極的であったことによるものと考えられる72別ウィンドウで開きます。他方、35歳以降の中高年齢層については、引き続き終身雇用制度と年功賃金制度が残る中で、転職のインセンティブが低いことから、転職率は低く、横ばいで推移している。

製造業の女性の転職率もわずかながら低下している。年齢別に見て、全体的に男性の転職率よりも高いことが特徴である。特に、リーマンショック以前には、女性は①パート労働者の割合が高く、②サービス業、小売業等の比較的雇用の流動性が高い業種に従事する者の割合が高い中で、景気拡大局面にあったことから、若年齢層を中心として転職率は高かった。

次に、製造業の転職者がどの産業に転職しているかを見てみよう(第3-3-9図別ウィンドウで開きます(2))。一般的に、製造業では転職前のスキルを生かして、同一産業・職業に留まる傾向が強いとされているが、産業構造・雇用構造が製造業から非製造業にシフトする中で、製造業から製造業への転職割合は少しずつ低下してきており、近年では50%程度となっている。他方、職業別に見ると、製造業の中で割合の高い生産工程・労務作業者73別ウィンドウで開きますの転職については、スキルを生かして前職と同じ生産工程・労務作業者に転職する者の割合が依然として高い(第3-3-9図別ウィンドウで開きます(3))。

このように、製造業の転職動向としては、若年齢層と女性の転職が増加している上、生産工程・労務作業者以外の事務や販売、サービス等の相対的に非製造業の事務に近い職業で、製造業から非製造業へのシフトが生じていると考えられる。

(製造業からの転職は中高年齢層には不利)

転職による賃金の変化はどうであろうか。一般的な議論として、転職による賃金の変化を年齢別に見ると、35歳未満の若年齢層では、賃金が上昇するケースも見られるが、35歳以上の中高年齢層では、高年齢になるにしたがって、転職により賃金が下落する者の割合が大きくなる(付図3-2別ウィンドウで開きます図)。これは、終身雇用制度と年功賃金制度が残る中で、勤続年数が長くなるにつれて賃金は上昇する傾向があるが、転職によって年功に対する評価が低下するためである。賃金平均と中途採用時賃金74別ウィンドウで開きますの格差を見ても、35歳以上で拡大する傾向にある75別ウィンドウで開きます第3-3-10図別ウィンドウで開きます(1))。

それでは、製造業から転職する場合にはどうであろうか。製造業の賃金平均と産業別の中途採用時賃金を比較すると、若年齢層での転職であれば、賃金減少幅は小さいと考えられる。しかし、中高年齢層での転職は大きく賃金を減少させる可能性が高い。

最後に、製造業の転職における生涯所得76別ウィンドウで開きますの変化をみてみよう。例えば、製造業の国内工場再編により転職を迫られる可能性のある生産労働者77別ウィンドウで開きますは、転職に伴う賃金と退職金給付額の低下幅が転職年齢によって異なること78別ウィンドウで開きますから、40歳くらいになるまで転職コストが大きくなる。転職コストについて2001年と2011年を比較すると、生産労働者では、変化はないが、非製造の事務・管理者の転職コストは低下している(第3-3-10図別ウィンドウで開きます(2))。これは、後者の賃金体系においては、年齢給や年功的な職能給の影響が薄まってきていることによると考えられる。

このように、製造業の一部で変化はみられているものの、我が国では大企業製造業を中心に終身雇用制度と年功賃金制度が残っていることから、転職によるコストは引き続き大きい。仮に大幅な海外生産移転が生じ、人員整理が急激に行なわれれば、所得の減少を通じて経済に多大な影響が生じる可能性があると考えられる。

(欧州主要国の製造業の賃金カーブは日本よりもフラット)

企業が海外に生産拠点を移転し、国内の産業構造が製造業から非製造業へシフトすると、多くの雇用者が企業間あるいは産業間で転職を余儀なくされる可能性がある。その場合、大企業を中心に終身雇用と年功序列という特徴が、変化しつつも伝統として残る我が国の雇用システムの下では、転職者の賃金が低下し、国内経済に影響を及ぼす可能性が高い。そこで、労働移動コストを考えるために、我が国の賃金カーブを欧州主要国の賃金カーブと比較しつつ、この問題について考察する。

我が国では、年齢が高く、勤続年数の長い労働者の賃金が高くなる傾向があるため、他の国よりも賃金カーブの傾きが大きい。製造業の年齢別の賃金カーブを確認すると、ドイツ以外の国は日本よりも傾きがフラットであり、特に、北欧諸国の傾きはかなり小さい(第3-3-11図別ウィンドウで開きます(1))。ドイツについても見習い期間である20歳以下の賃金が著しく低いだけで、30歳台から40歳台にかけての賃金カーブはフラットである。また、勤続年数別の賃金カーブを見ても、日本は欧州主要国よりも傾きが急である(第3-3-11図別ウィンドウで開きます(2))。

我が国では、賃金カーブの傾きが急であるため、転職によって勤続年数がリセットされる中高年齢層ほど賃金が大きく低下する。このことは、雇用者にとっては、転職コストが大きいことを意味する。他方、欧州主要国では、製造業の海外生産移転に伴う労働移動が生じたとしても、賃金カーブが我が国よりもフラットである分だけ転職コストが低く、我が国と比べて相対的には産業構造の変化に伴う痛みが小さいと考えられる。

コラム3-3 自営業主と家族従業者の減少

労働集約的な部門には、自営業主と家族従業者による零細企業が多いことが知られている。ここでは、労働集約的な産業が淘汰される中で、自営業主と家族従業者数がどのように変化してきたかを見てみよう。

就業者数を形態別に見ると、自営業主と家族従業者が一貫して減少している。これは、①経営者の高齢化による廃業が進んだことや、②製造業で労働集約的な中小零細企業の淘汰が進んだこと、③各種チェーン店や大型小売店等の進出により飲食業や小売業を中心に個人企業79別ウィンドウで開きますが減少していることによる(コラム3-3図別ウィンドウで開きます(1))。実際に、自営業主・家族従業者を産業別に見ると、製造業や小売業、飲食店の減少幅が大きい(コラム3-3図別ウィンドウで開きます(2))。

さらに、製造業について見ると、労働集約的で、もともと自営業主と家族従業者の割合が高い繊維・衣服、木材・家具等の産業80別ウィンドウで開きますにおいて、大きく減少している(コラム3-3図別ウィンドウで開きます(3))。

3 海外生産移転と賃金の地域格差

先に見た通り、マクロ的に見れば、産業・雇用構造の製造業から非製造業へのシフトが生じているが、雇用調整が円滑に進めば雇用や賃金に与える影響はある程度限定される。しかし、地域レベルで見た場合には、大企業製造業が撤退すると、当該地域において、少なくとも短期的には、住民の雇用や生活に大きな影響が生じ得る。また、やや長期的にみても、「大企業製造業の撤退により賃金の地域格差が生じる」との指摘が聞かれる。

ここでは、後者の問題を取り上げ、賃金の地域格差が生じている要因について分析する。

(賃金水準の上位5県と下位5県では製造業比率は同程度)

一般労働者の賃金(年収換算)を都道府県別に見た上位5県(東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、京都府)と下位5県(沖縄県、青森県、秋田県、山形県、岩手県)について、産業別の雇用構造に違いがあるかを見てみよう(第3-3-12図別ウィンドウで開きます(1))。まず、上位5県と下位5県の製造業比率は同じである。次に、上位5県では、賃金水準の高い情報通信業、金融・保険業(全産業全国平均471万円、情報通信業同610万円、金融・保険業同647万円)の比率が高く、賃金水準の低い医療・福祉(同425万円)の比率が低い。他方、下位5県では、情報通信業の比率が低く、医療・福祉と建設業(同475万円)の比率が高い。すなわち、両者の賃金格差の要因のうち、産業構成の違いによる部分は、製造業の比率の違いによるものではなく、非製造業中の産業構成の違いよるものである。

続いて、大企業と中小企業の間に賃金格差があるため、企業規模別の雇用構造(企業規模構成)をみてみよう(第3-3-12図別ウィンドウで開きます(2))。上位5県では、賃金の高い大規模企業(従業員1,000人以上)の比率が高く、賃金の低い小規模企業(従業員10~99人)の比率が低い一方、下位5県では、大規模企業の比率が低く、小規模企業の比率が高い。すなわち、大企業が多い県では賃金が高く、中小企業が多い県では賃金が低いと考えられる。

最後に、都道府県毎の産業構成の違いや企業規模構成の違いが、賃金の地域格差のどの程度の部分を説明できるかを検証してみよう。①仮に各県の産業構成を全国平均に調整した場合の賃金調整額(調整前後の変化)と、②仮に各県の企業規模構成を全国平均に調整した場合の賃金調整額を見ると、前者よりも後者の賃金調整額の方が大きい(第3-3-12図別ウィンドウで開きます(3))。例えば、賃金が下から2番目の青森県では、産業構成による賃金調整額が9万円である一方、企業規模構成による賃金調整額は31万円である。

このように、雇用構造の点では、産業構成よりも、企業規模構成の方が賃金の地域格差の要因としてより重要であると考えられる。

(賃金の地域格差は企業規模や産業集積によるところが大きい)

賃金の地域格差の要因としては、産業構成や企業規模構成のほかにも、産業集積や高度人材集積等も考えられる。ここでは、都道府県別の賃金と各指標との関係を見てみよう。

まず、前述の分析を踏まえて、産業構成の代理変数として製造業比率と、企業規模構成の代理変数として小規模企業比率81別ウィンドウで開きますを見る。賃金と製造業比率の間には、緩やかな相関がある一方、賃金と小規模企業比率の間には、高い相関があり、小規模企業比率の方が説明力は高い(第3-3-13図別ウィンドウで開きます(1)(2))。

次に、産業集積の度合が高い場合には、①地理的に企業が集中していることによる、輸送費・原材料購入費の節約、人材の容易な調達や、②協働する空間が形成されることによる情報交換の円滑化、知識のスピルオーバーなどの外部経済効果が期待され、生産性が高く、賃金も高くなると考えられる。賃金と産業集積の度合の代理変数である事業所密度の関係を見ると、期待通り高い相関がみられる(第3-3-13図別ウィンドウで開きます(3))。

最後に、高度人材集積の度合が高い場合には、①学歴によって賃金格差があるため、賃金が高くなると考えられる上、②人材の容易な調達や知識のスピルオーバー等の外部経済効果が期待され、生産性が高く、賃金も高くなると考えられる。賃金と高度人材集積の度合の代理変数である高度人材比率(大卒、高専卒等)の関係を見ると、やはり、高い相関がみられる(第3-3-13図別ウィンドウで開きます(4))。

このように、定量的にも、賃金の地域格差の要因としては、産業構成よりも、企業規模構成や産業集積の度合、高度人材集積の度合によって説明される部分が大きいと考えられる82別ウィンドウで開きます

(産業集積により海外生産移転に対応)

賃金の地域格差に影響を与える要因の間の相関関係を見ると、企業規模と産業集積、高度人材集積の間には、相互に高い相関が見られる(第3-3-14図別ウィンドウで開きます)。これは、因果関係は不明であるが、①大企業が多い地域では、下請企業や対事業所サービスを提供する企業等が立地し、産業集積や高度人材集積が形成されることや、②産業集積や高度人材集積が形成されている地域では、企業が成長し易かったり、大企業が進出したりして、大企業が多くなることなどを、示していると考えられる。

また、製造業比率と各指標との関係を見ると、産業集積や高度人材集積との間に有意な相関は見られない。これは、製造業を核とした産業集積や高度人材集積が県レベルでは見られないことを示している83別ウィンドウで開きます。しかし、製造業比率と企業規模の間に緩い相関が見られること84別ウィンドウで開きますを考慮すると、産業集積がない地域でも、製造業の大企業が立地し、その県の賃金を押し上げている可能性がある。

こうしたことから、海外生産移転によって大企業製造業がある地域から撤退する場合を考えると、仮に産業集積がある地域(大企業の割合が高く、高度人材集積の度合が高い地域)の場合には、他の大企業へのシフトにより、賃金の低下は限定的であると考えられる85別ウィンドウで開きます

しかしながら、仮に産業集積がない地域(大企業の割合が低く、高度人材集積の度合が低い地域)の場合には、大企業と同等の賃金で雇用する企業は少ないことから、賃金の低下が生じると考えられる。当該地域では、産業集積と高度人材集積を進め、大企業やそれに匹敵する生産性の高い企業の誘致や育成を図っていくことが求められる。

コラム3-4 製造業「空洞化」の兆候が見られる県での産業構造の変化

製造業「空洞化」(製造業における就業者数減少、実質GDP減少、実質労働生産性低下)の兆候が見られ、製造業の生産シェアが全国平均対比で大きく低下している、神奈川県、富山県、奈良県について、産業構造の変化を見てみよう。

各県の実質GDPの変化について見ると、神奈川県は、日産自動車の座間工場の縮小や日石三菱石油(現JX日鉱日石エネルギー)の川崎製油所の閉鎖に見られるように、県外への生産移転等から輸送用機械や石油・化学などの製造業が減少している。他方、工場跡地に大型マンションが建設される等、東京の通勤圏として住宅地化が進んだことや、商業施設が多く立地したこと等から、サービス業や不動産業等が増加している(コラム3-4図別ウィンドウで開きます)。

奈良県は、中小企業を中心とした一般機械、金属製品等の製造業が減少した一方、大阪の通勤圏として住宅地化が進んだこと等から、サービス業等が増加している。

富山県は、住宅市場の低迷を受けてアルミ(三協立山等)を中心に金属製品等の製造業が減少した。他方、観光振興や中心市街地活性化を企図した再開発(公共交通<ライトレール>によるコンパクトシティの実現を目指している)等が見られ、サービス業や不動産業が増加している。しかし、他の二県程の非製造業の増加は見られず、製造業から非製造業のシフトが相対的に進んでいない。

人口や産業の集積度の高い神奈川県や奈良県では、集積度の低い富山県に比べて、産業・雇用構造のシフトが容易であることがうかがわれる。

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