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むすび

最後に、各章の分析結果を要約し、日本経済の当面の先行きについて考えてみたい。

(弱い動きとなった日本経済)

2012年の日本経済は、復興需要やエコカー補助金の効果の発現により、夏場にかけて回復に向けた動きが見られたが、その後、世界景気の減速等を背景として、弱い動きとなっていった。

復興需要による下支えがあったにもかかわらず、2010年末にかけての足踏み局面と比べて景気がはっきりと下向きに転じたのは、エコカー補助金の効果が一巡するタイミングで輸出の減少が生じたためである。こうしたことから生産が減少し、企業部門では、特に製造業において収益が弱含んでおり、景気の先行き不透明感の強まりなどから設備投資が弱い動きとなっている。家計部門でも、乗用車販売に下げ止まりの兆しが見られ、個人消費は横ばいとなっているものの、雇用・所得環境の改善が止まってしまっている。

復興需要を背景として、公共投資が景気を下支えしており、住宅建設も高めの水準で底堅く推移しているといった面もあるが、最近では景気の弱さが鮮明になっている。景気がすでに後退局面に入っている可能性も否定できない。

(先行きのメインシナリオとリスク)

しばらくは、輸出の低迷が続き、景気は、当面、弱さが残ると見られる。もっとも、乗用車販売の反動減の影響が一段と薄れ、海外経済の状況が改善に向かうに連れて、輸出の持ち直しを背景として、景気は弱い動きを脱し、緩やかながらも回復に向かうと期待される。また、復興需要の景気押上げ効果が徐々に減衰するなかで、11月30日に策定された「日本再生加速プログラム」も景気を下支えすると期待される。

こうしたメインシナリオの下方リスクは大きく不透明感は強い。最大のリスクは海外景気の下振れである。中国経済は、公共投資をはじめとする景気対策の効果が顕在化するにつれて緩やかな拡大傾向となることが期待されるが、不確実性は高く、輸出や不動産価格の動向に留意する必要がある。尖閣問題を巡る状況が日本経済に及ぼす影響にも注意が必要である。米国経済は、家計のバランスシート調整の進展等を背景に緩やかながらも回復していくと期待されるが、いわゆる「財政の崖」を含む財政緊縮の影響や雇用環境の改善の遅れ等が懸念される。欧州の景気は弱い動きとなることが見込まれるなかで、一部の国の財政の先行きに対する根強い不安を背景に、金融資本市場に変動が生じるリスクは引き続き大きい。また、財政緊縮の影響や高失業率の継続等にも留意する必要がある。

国内経済についても、今後の在庫調整圧力の高まりには注意が必要である。在庫は、過去の局面を上回るスピードで増加してきている。当初は「意図的な在庫積み増し」が行われていたが、結果として「意図せざる在庫」となってしまった側面もある。また、収益や所得が弱まる中で、設備投資や消費などの調整圧力が高まるリスクにも警戒が必要である。海外景気の改善が遅れれば、こうした景気の累積的な下方圧力が高まり、調整局面が長引くことになる。

円高が持続するなかで、特に製造業は、厳しい競争圧力にさらされており、生産体制や雇用配置の見直しを迫られている。こうした構造的な要因も、日本経済の足かせとなりかねない。後述するように、円高で価格競争力が低下した企業は、利潤を削って価格を引き下げざるを得ず、デフレが持続する要因となっている。また、急激な海外生産移転が生じれば、雇用や所得が減少する恐れがある。

(被災地の現状と復興の課題)

被災地に目を転じると、企業や家計の経済活動のうち、投資関連には引き続き牽引力がある。しかし、最近では、全国と同様に生産は減少している。また、復旧・復興需要の牽引力にも陰りが見られ、消費は頭打ちとなり、全国に先がけて雇用情勢の改善にも一服感が見られている。

被災地の復旧・復興には依然として課題が残っている。例えば、沿岸部に存在する海岸、港湾、漁港や公立学校など、ストック面の復旧・復興は道半ばである。また、がれき処理や住宅復興など、復旧・復興の進捗には被災地内でも差があり、県単位や被災地域合計の統計だけでは把握しきれない実情にも目を向ける必要がある。さらに、雇用環境の男女差や一部職種に雇用のミスマッチが見られることにも留意が必要である。

(進む「付加価値デフレ」)

最近の物価動向を振り返ってみると、2012年年央を過ぎた頃から、物価の下落テンポ緩和の動きに足踏みがみられている。マクロ的なデフレ現象は続いており、個別品目の下落幅は小さいものの、広範な財・サービスの価格に弱さが残っている。その背景には、需給ギャップの改善が足踏みしていることがある。また、企業の価格設定においても、特に非製造業を中心として根強いデフレ期待が観察されている。需給ギャップの動向やデフレ期待の定着などを踏まえると、物価は、当面、弱い動きとなることが示唆される。

こうしたデフレ状況下においてGDPデフレーターも低下してきており、名目付加価値が圧迫される「付加価値デフレ」が生じている。これは単位労働コスト(ULC:Unit Labor Cost)の引下げによって企業がデフレに対峙してきた結果である。しかしながら、リーマンショック後の円高期においては状況が変化しており、製造業を中心に企業がULCの切下げよりも利潤を圧縮することでGDPデフレーターが低下している。こうした変化の背景には、輸出価格の低下による交易条件の悪化がある。円高の下で厳しい価格競争に直面した企業は、輸出価格を引き下げざるをえず、結果として交易条件が悪化している。特に電気・電子機器等の交易条件へのマイナス寄与が大きい。円高期において輸出価格の低下や交易条件の悪化を防ぐためには、企業の販売価格を邦貨建てで維持することが必要となるが、海外事業展開を進めることは交易条件の安定化/改善に資するものである。

GDPデフレーターの下落要因であるULCの低下をさらに詳しく見ると、その三分の二程度は労働生産性の上昇による費用節約であるが、残りの三分の一は名目賃金の切下げによるものである。こうした名目賃金の切下げを実現する方策の一つが、パート等の非正規雇用者比率を高めることである。2000年代前半には卸売業や小売業においてパート労働者比率が急速に高まり、全体のパート労働者比率も上昇したが、最近は、医療・福祉や教育、学習支援といった他業種においても上昇基調が目立っている。その結果、雇用の調整速度も高まっている。他方、高齢化を背景として、パートのみならず契約社員や嘱託という形態で働く者も増えており、平均賃金が下押しされている。当面は、パート化の動きや、より一般的には高齢化に伴う非正規雇用の増加傾向が続くことから、労働需給は締まった動きになりつつも、平均賃金は伸び悩むという状況が見込まれる。

「付加価値デフレ」の解消は、企業経営、ひいては所得形成を中心とした日本経済の好循環を実現するために重要である。そのためには、需要の創出や金融面の対応だけでなく、交易条件を改善するための競争力の強化が求められる。

(生産の海外シフトと雇用)

海外への生産拠点の移転を進めるなかで、国内の製造業は雇用を削減しつつも、生産性を高めることによって生産水準を維持してきた。しかし、最近では、「空洞化」の懸念が再び高まっている。最近の海外生産移転の特徴を見ると、生産コストの削減・逆輸入を企図した国内生産代替型から、現地需要の取り込み・シェア拡大を企図した現地市場獲得型にシフトしている。そうした中で、現地進出企業は、部品等の現地調達と製品の現地販売を拡大している。また、現地市場獲得を専らの目標として海外生産移転した企業は、国内生産代替型の企業よりも、相対的に企業規模が大きいにも関わらず、海外生産移転後に国内での売上高や経常利益、生産性の伸びが大きいという特徴がある。こうした点は「攻めの海外生産移転」が我が国の国内における企業活動の活発化に繋がることを示唆している。一方で、非製造業の海外進出にも期待が高まっている。

海外生産移転が進む背景となっている内外環境の変化を見ると、日本企業は、リスクは大きいが高い成長を見込める海外市場に活路を見出そうとしている。こうした流れの中で、急激な円高とその後の歴史的な円高水準の長期化は、輸出関連企業の収益を悪化させ、その海外生産移転を後押ししている。競合関係の強い韓国などの新興国通貨が割安になっていることも円高の影響を強めている。また、新興国の技術水準が向上していることは、円高と相まって、我が国製造業の海外移転を一層促す要因となっている。

海外生産移転が国内の雇用や生産の調整に与える影響を見ると、大手弱電を対象としたケースステディによれば、雇用の調整は配置転換や希望退職によって行われているため、直接的な雇用への影響は大きくないと考えられるが、下請け企業や工場が撤退した地域の産業への影響まで含めると楽観はできない。製造業の縮小は我が国のみならず先進国に共通する傾向であるが、一般的には、海外生産移転によって製造業が縮小しても、雇用調整が円滑に進めば雇用や賃金に与える影響はある程度限定されると考えられる。しかし、大企業製造業を中心として終身雇用制度と年功賃金制度の特徴が残っているため、転職コストは引き続き大きく、雇用調整が急激に行われれば、所得の減少を通じて経済に大きな影響を与える可能性がある。また、産業集積がない地域から大企業製造業が撤退する場合にも、当該地域で所得の減少が生じる可能性がある。

世界的に比較優位や需要の構造が大きく変化する中で、特に製造業は厳しい調整を強いられている。内に閉じこもっていては活路を開くことはできない。海外生産の拡大を通じて、海外のリソースを活用しつつグローバルな需要を取り込み、我が国の成長に繋げていくことが重要である。その際、地域の雇用の受け皿となる生産性の高い産業が育つ環境を整え、そうした分野に円滑に労働が移動するようにしていく必要がある。

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