第1節 実体面からみた企業部門の動向
一般に、景気循環を演出するのは主として企業活動である。2002年からの景気拡張局面では、輸出主導のために特にこの点が目立っていた。この過程で、大企業では収益が歴史的な高水準となったが、その後の後退局面では、逆に企業部門は家計に先んじて急速に悪化しつつある。本節では、こうした企業部門の動向について、生産、収益や設備投資といった実体面の活動に焦点を当てて分析する。
1 鉱工業生産
第1章では鉱工業生産の減少基調が鮮明となったことを述べたが、ここでは在庫調整圧力の状況に注意を払いながら、業種別の生産動向をやや詳しくみていく。
(2008年の生産減少には一般機械等が大きく寄与)
まず、2002年からの鉱工業生産の前年比増減率について、その業種別寄与度を調べよう。この期間を通じて生産の押上げに比較的大きく寄与したのは、電子部品・デバイス、輸送機械、一般機械である(第2-1-1図)。ただし、一般機械は主にこの期間の中盤で寄与が高まり、輸送機械は後半で目立った寄与を示している。なお、これらの業種は、第1章第4節でみた輸出の増加を牽引した品目に対応した業種でもある。2008年に入ってからは、一般機械のマイナス寄与が続いているが、これは設備投資や輸出の弱さから半導体製造装置が減少していることを反映したものとみられる。また、国内外での自動車販売が低迷していることを受けて、10月には輸送機械が大きくマイナスに寄与しており、引き続き大幅な減産が見込まれている。
次に、同じ期間について在庫率の前年比増減率をみると、期間前半の在庫率低下局面では、一般機械、電子部品・デバイスに加え、化学や鉄鋼が寄与している。これに対し、2008年の在庫率上昇局面では、化学、電子部品・デバイス、情報通信機械などが押し上げに寄与し、在庫率が急上昇した10月には一般機械も押し上げに寄与している1。このように、在庫率の動きには素材業種も重要な役割を果たしている。
(電子部品・デバイス等の在庫調整が急速に進展)
次に、今回の景気後退局面における業種別の生産、在庫率の動きについて、前回の後退局面であるITバブル崩壊後と比べながらそのテンポを調べてみよう。
生産については、前回は、電子部品・デバイスの落ち込みが際立っており、ついで一般機械、情報通信機械の減少テンポが急であった(第2-1-2図)。今回は、2008年7-9月期までは総じて減少テンポが遅かったが、10月になってからは急速な落ち込みがみられる2。業種別では前回と同様に電子部品・デバイス、一般機械、情報通信機械が減少しているほか、10月には輸送機械や化学も減少幅が大きくなっている。
在庫率をみると、前回は、やはり電子部品・デバイスで急上昇している。そのほかの業種では、あまり目立った動きはない。今回も電子部品・デバイスの在庫率は上昇しているが、これに加え、情報通信機械の上昇が目立っている。そのほかの業種においても、10月には在庫率がはっきりと上昇している。
前回、電子部品・デバイスが深刻な在庫調整局面に陥った背景としては、ITバブル期に需要の拡大を見込んで増産した製品が、ITバブルの崩壊によって出荷が減少し、意図せざる在庫として積み上がったためと考えられる。一方で、電子部品・デバイスの川下製品である情報通信機械の生産調整は比較的軽微であった。これは、情報通信機械が電子部品・デバイスに比べて急速な生産能力の拡大を行っていなかったこと、出荷の鈍化に応じて機動的な生産調整を行ったことによるものと考えられる。
今回、電子部品・デバイスの在庫率は7-9月期までは当時ほど上昇していなかった。これには、その川下に位置する電気機械の減産が当時と比べて大きくないことが関係していたとみられる。また、電子部品・デバイスは当時と比べ用途が広がっており、出荷が特定の製品の需要の変動に左右されにくくなっていたと考えられる。さらに、企業の在庫管理技術が高度化し、在庫調整がスムーズになされるようになったとの見方もある。もっとも、10月には、減産が幅広い業種に広がっていること、情報通信機械の在庫調整圧力が一層高まっていることなどを背景に、電子部品・デバイスの在庫率は一段と上昇している。
(中小企業で製品在庫回転期間が上昇)
次に、製造業の在庫の状況を規模別にみるため、「法人企業統計季報」に基づく製商品在庫回転期間に着目しよう。在庫回転期間は、売上高に対する在庫の比率で、名目ベースではあるが「鉱工業指数」の在庫率と同様、出荷と在庫のバランスを示す指標である。まず、長期時系列ですう勢的な動きを把握すると、大企業製造業については1970年代後半以降在庫回転期間が低下しているが、中小企業製造業ではそのような傾向はみられない(第2-1-3図)。さらに、在庫回転期間の変動の程度をみると、大企業製造業では第一次、第二次石油危機のときに振幅が大きかったが、その後は比較的小さなものにとどまっている。一方、中小企業製造業では振幅の大きさはほとんど変わっていない。その要因としては、大企業では在庫管理技術が大きく進歩したこと、あるいは在庫をあまり必要としない業種のウェイトが高まったことなどが考えられる3。
それでは、最近の動きはどうだろうか。2001年のITバブル崩壊に伴う景気後退局面では、大企業製造業の在庫回転期間は上昇したが、中小企業製造業のそれは逆にわずかながら低下した。これに対し、2007年末頃以降の状況をみると、大企業製造業の在庫回転期間は横ばい圏内で推移する一方、中小企業製造業のそれは急速に上昇している。こうしたことから、製造業における影響がIT関連に集中した前回と比べ、今回の後退局面における製造業の状況は中小企業にとって特に厳しいものとなっている。なお、中小企業の中でも食料品製造業、衣服・その他繊維製品製造業、木材・木製品製造業における在庫回転期間の上昇が目立っている。
ここで、卸・小売業における流通在庫についてもみておこう。まず長期時系列を眺めると、中小企業卸・小売業の在庫回転期間の水準には大きな変化がみられないのに対し、大企業卸・小売業では90年代以降、それまでより高い水準で推移するようになっている。この一因として、流通業の構図自体が「大量生産・大量販売」から消費者重視型に切り替わってくるなかで、消費者に豊富な品揃えを提供するため、卸売業を中心に在庫リスクをとらざるをえなくなったことが考えられる。なお、大企業卸・小売業の在庫回転期間は2007年からやや高めとなっている。今後景気後退による個人消費が弱まる場合には、流通在庫が収益の重石となってくる可能性もあり、注視が必要である。
2 企業収益
第1章では依然として高い水準ながらも減少を続ける企業収益の状況を概観した。ここでは、特に交易条件の変化の影響、企業規模別の収益力の違いについてやや詳しく整理する。また、収益がどう分配されたのかも確認しておこう。
(素材業種、加工業種とも原油・原材料高による収益へのネットの影響はマイナス)
2008年夏までの原油・原材料価格の高騰は、産業の川上と川下とにおいて、どのように転嫁がなされたのであろうか。手始めに、企業物価を需要段階別にみると、素原材料が急激に上昇したのに対し、中間財は比較的緩やかな上昇にとどまった。一方、最終財はほとんど上昇しなかった(第2-1-4図)。これは、第一次、第二次石油危機後のときとは対照的である。これらの時期にも、最終財に近いほど上昇率は緩やかではあるが、素原材料、中間財、最終財がほぼ同時に顕著な上昇を示していた。
価格転嫁がこのように緩やかであったことが、産業の川上(素材業種)と川下(加工業種)の企業収益に及ぼした影響の違いを調べよう。具体的には、2000年代以降について経常利益の変動を、投入価格、産出価格、売上数量などの要因に分解する。その結果をみると、2003年以降、素材業種では産出価格要因がほぼ一貫して経常利益に対してプラス寄与となっている(第2-1-5図)。もっとも、投入価格要因のマイナス寄与がこれを上回るため、ネットでは価格転嫁が不十分で収益が圧迫されている。これに対し、加工業種は産出価格要因の寄与はほとんどみられない一方で、2004年以降は投入価格要因のマイナス寄与が続いている。その結果、やはり価格転嫁ができずに収益が圧迫されている。2008年に入ってもこの構図に変化はなく、原材料高がピークを迎えたとみられる2008年7-9月期においても産出価格要因はわずかなプラスにとどまっている。
価格転嫁がこのように進まなかったことに伴う収益への影響は、限界利益率の推移をみることでも端的に把握できる。限界利益率は、限界利益(売上高-変動費)の売上高に対する比率であり、産出価格に対して投入価格が上昇すると限界利益率は低下する。1970年から製造業(素材、加工別)、非製造業別にこれをみると、川上の素材業種で二度の石油危機、今回の原油・原材料高局面で大きく低下している(第2-1-6図)。川下の加工業種、非製造業でも、これらの局面では比較的緩やかなから限界利益率の低下がみられる。
以上をまとめると、産業の川上、川下のいずれにおいても、原油・原材料価格の高騰に伴う価格転嫁が十分にできず、収益が圧迫された様子が分かる。
(労働生産性が上昇している業種は交易条件悪化の中で増益を維持)
原油・原材料高による交易条件の悪化、それに伴う限界利益率の低下が進むなかで、どのような業種が収益を増加させているのだろうか。長期的な観点から、企業がこうした状況に対応していくためには、生産性を向上させる必要がある。ここでは、労働生産性に着目し、生産性の上昇が交易条件悪化の中での収益維持に有効であったかを調べてみたい。
具体的には、2005~2007年度について労働生産性の上昇率が高い業種と低い業種を分類し、労働生産性の上昇率、交易条件と経常利益の関係をみる。それによれば、生産性上昇率の比較的高い業種は、交易条件が悪化する中で増益を維持していることが分かる(第2-1-7図)。例えば、生産性上昇率の高いグループに属する一般機械、繊維、輸送機械、精密機械、鉄鋼などでは、交易条件が悪化したにもかかわらず経常利益が前年比プラスを維持している。一方、生産性上昇率の低いグループの中でこれと同程度の交易条件悪化がみられた食料品、パルプ・紙・木製品については経常利益が前年比でマイナスとなっている。これは、企業の生産性を高めることが、原油・原材料価格が高騰する局面においても増益を維持する方策となった可能性を示唆している。
(大企業と中小企業の収益力の格差が拡大)
2002年以降の景気拡張局面では、大企業と中小企業の収益力の格差が拡大したといわれるが、これについて確認してみよう。
まず、売上高経常利益率についてみると、大企業では2007年にかけて急テンポで上昇し、歴史的な高水準に達したのに対し、中小企業では2005年に過去と比べてもそれほど高くないピークを迎え、その後は低下傾向を示している(第2-1-8図(1))。もっとも、第1章でみたように、今回の拡張局面の中頃から原油・原材料価格の上昇が企業収益を圧迫しており、中小企業の利益率が早期に低下に転じたのもこれが原因とみられる。しかし、同じように原油価格が上昇した第一次、第二次石油危機のときは、大企業と中小企業でほとんど利益率の動きに違いがみられない。このような差はどうして生じたのだろうか。
その背景を探るため、1970年~80年と2000年~2007年の2つの期間について、経常利益、売上高及び各種費用の変化を比べよう(第2-1-8図(2))。それによれば、1970年~80年では、大企業、中小企業ともに、経常利益と各種費用が同程度の上昇率となっており、結果として、大企業と中小企業との間で利益率の差は小さかった。これに対し、2000年~2007年では、売上高以上に変動費が増加している点は大企業、中小企業ともに同じであるが、人件費について大企業では減少、中小企業では増加となっている。実際、大企業では2002年からの景気拡張局面を通じて人件費抑制に取り組んでいたが、中小企業では、この間売上高の増加にとともに人件費が増加している。
上述した収益力格差は、損益分岐点比率(当期の売上高に対する損益の分かれ目となる売上高の比率)の違いとしても表れるはずである。事実、損益分岐点比率の大企業と中小企業の格差は、製造業、非製造業を問わず、2000年代に拡大している(第2-1-9図(1))。大企業の製造業について、この時期の損益分岐点比率の低下要因をみると、やはり売上高が伸びる中で人件費を抑制していることがうかがわれる。もっとも、2007年以降では、大企業・製造業においても損益分岐点比率が上昇しているが、これは限界利益率の低下や固定費の増加が影響したためとみられる(第2-1-9図(2))。
(収益の減少に比べて配当の減少は緩やか)
2002年度からの景気拡張局面において我が国企業の収益は増加し、これに伴って2006年度までは株主への配当も増加してきた(第2-1-10図)。企業の収益は2007年度から前年比で低下に転じ、2008年度上半期まで低下を続け、今後も大きな減益が見込まれているが、配当については、2007年度以降どのような動きをしているのだろうか。データの制約上、ここでは上場企業の業績予想のデータを用いて、今年度の純利益、配当金の動向を把握することとする。
まず、「法人企業統計年報」を用いて、2002~2007年度の期間における法人企業全体の当期純利益及び配当金の動きをみると、当期純利益、配当金ともに2006年度まで増加した後、2007年度に減少している。この間、配当性向はほぼ横ばいで推移していることから、利益の増減が配当の増減につながっていたと考えられる。中間配当額については2007年度まで増加を続けているが、これは企業収益が2007年度前半まで増加していたことを反映した動きとみられる。
次に、上場企業の業績予想データから2008年度の当期純利益、配当金をみると、当期純利益、配当金ともに2007年度に比べて減少しているものの、配当金の減少は当期純利益の減少に比べて緩やかなものにとどまっている。このため、上場企業の配当性向は、純利益が減少する中で配当が増加した2007年度に引き続き上昇傾向をみせている。これまでの景気拡張局面を通じて、上場企業は増加する収益の一定割合を配当とすることで株主還元を増やし、その残りを役員賞与や内部留保に回してきた。ところが、企業収益が減少に転じるなかで、企業は一定の株主還元を維持するため、純利益のうちより多くの割合を配当の支払いに充てていることがうかがえる。このような動きは過去の景気後退局面でも法人企業全体でみられ、例えば1998年度や2001年度には当期純利益がマイナスとなるなかで、配当についてはほぼ前年並みを維持している。
(収益の分配のうち役員報酬が減少)
収益の分配面に着目すると、2002年以降の景気拡張局面において、大企業を中心に企業収益の増加が続いたが、こうした増益の分配について企業の従業員と役員の間で差がみられた。すなわち従業員の給与は伸び悩みが続いたにもかかわらず大企業の役員報酬が増加した。
役員報酬の最近の動きをみると、2008年7-9月期の役員給与は前年と比べおおむね横ばい、役員賞与は大幅な減少となった。ただし、役員給与については、中小企業のサンプル要因が寄与しており、サンプル要因を取り除くと、役員給与は減少したと考えられる4。
規模別に役員給与の動きを2008年7-9月期時点でみると、大企業の役員給与は前年と比べ増加となった。業種別の内訳をみると、製造業では輸送機械、電気機械、鉄鋼などでの増加が大きく、非製造業では卸売・小売業、情報通信業で増加に寄与している5(第2-1-11図(1))。2008年7-9月時点では、原材料高騰により利益は圧迫されていたものの、年度後半の先行き不透明感から、役員給与の見直しを見送っていたものと考えられる。しかし、最近は新興国も含めた外需の低迷が鮮明になってきているほか、内需についても消費や設備投資に弱さがみられることから、今後も役員給与の増加が続くとは考えにくい。実際、上場企業では業績見通しの悪化を踏まえ、役員報酬削減を表明する企業が増加している。
中小企業(資本金1千万円~1億円未満)の役員給与は2007年7-9月時点と比べ減少となった。さらに、前述のとおり、小売業、情報通信業でサンプル要因と考えられる大幅な増加がみられており、この影響を取り除くと、中小企業の役員給与は大幅に減少したと考えられる。
業種別にみると、製造業では食料品や金属製品、非製造業では運輸業や広告・その他事業サービス業などで役員給与が減少している(第2-1-11図(2))。下請けが多い中小企業では、原材料価格の高騰や内需の減少による打撃を大きく受けていることが役員給与にも影響していると考えられる。
3 設備投資
2008年に入り、設備投資は減少傾向が明らかになってきた。こうしたなか、先行き不透明感の高まり、期待成長率の低下などが、今後、設備投資に対するさらなる下押し圧力となる可能性がある。一方で、設備投資を下支えする要因も依然存在している。ここでは、キャッシュフロー制約、IT・省エネなど景気に左右されにくい投資、高まりがみられるが低水準にある企業の設備過剰感などの状況を点検することで、設備投資の先行きを展望する。
(設備投資は総じて減少傾向へ)
設備投資の動きを規模別・業種別にみると(第2-1-12図)、まず大・中堅企業製造業では、2007年以降、おおむね横ばい圏内で推移してきたが、2008年7-9月期は減少した。中小製造業については、各期で大きな振れがみられるものの、やはり2007年には頭打ちとなり、その後は弱い動きが続いている。大・中堅及び中小企業の非製造業では、すでに2006年には頭打ちとなり、その後は減少傾向にある。ただし、非製造業に関しては、[1]中小企業では、統計の標本替えに伴うバイアスという技術的な要因で2006年度中の投資額が押し上げられている可能性があること、[2]中小企業だけでなく大企業についても、会計基準の変更に伴うリース業の設備投資の減少がマイナスに寄与したことなどから、2006年頃からの動き及び2008年4-6月期の大幅減少は特殊要因を含んでいる可能性が高い6ことに留意する必要がある(第2-1-13図)。これらを踏まえると、非製造業の設備投資の特殊要因を除いた基調は、2007年頃までは増加を続けた後に頭打ちとなり、2008年に入って減少傾向となったと判断される。
(資金制約が設備投資に与える影響は小さくなっている)
設備投資とキャッシュフローの比率をみると、石油危機後においては、大企業を中心に設備投資がキャッシュフローを超えており、外部からの資金調達なしに設備投資を行うことは困難な状況であった(第2-1-14図、付図2-1)。これに対し、2000年以降は、大企業もキャッシュフローの範囲内で設備投資を行っており、資金調達の制約が設備投資に与える影響は小さくなっていると考えられる。
このほか有利子負債の総資産に対する比率をみても大企業では製造業を中心に低下傾向にあり、中小企業でも2000年以降は低下傾向となっており、資金調達の制約が小さくなっていると考えられる。また債務償還年数をみても、大企業を中心に1990年代後半以降、低下傾向となっている。
一方、設備投資の総資産に対する比率は、石油危機後と比較すると、製造業を中心に低下傾向にあるが、2002年以降の景気拡張局面においては、潤沢なキャッシュフローを背景に上昇傾向となっていた。しかしながら、2008年には景気後退を受けて伸びが鈍化している。
(IT関連投資は一貫して全体平均を上回って推移)
設備投資の動向はマイクロエレクトロニクス化、IT化といった産業構造の変化による影響を受ける。ここではJIPデータベースを利用して長期時系列でみると、1980年代以降、設備投資全体の金額が増加する中で、IT関連投資も増加してきている(第2-1-15図)。また、過去の景気後退局面をみると、91年以降のバブル崩壊後、97年以降の金融危機後、2001年以降のITバブル崩壊後のいずれの局面においても、設備投資全体が減少する中でIT関連投資はほぼ横ばいの動きを維持している。更に、IT関連投資の前年比伸び率をみると、石油危機後から2005年までの間は、おおむね一貫して設備投資全体を上回って推移しており、設備投資の牽引役となってきた。
JIPデータベースのIT関連投資については、2005年までのデータしか利用可能でないため、単純な比較はできないものの、鉱工業指数の資本財出荷及びソフトウエア投資の動きから最近の状況を確認しよう。まず資本財出荷のうち情報化関連資本財の動きをみるとこれまでほぼ横ばいで推移してきた(第2-1-16図(1))。ハードウエア投資は、以前ほどの勢いは失われている可能性がある。
一方、IT関連投資の2割程度を占めるソフトウエア投資についてみると、2006年以降、緩やかながら増加傾向にあり(第2-1-16図(2))、この面からはIT関連投資についてプラスの材料もみられる。
これらを総合すると、ハード、ソフト計のIT関連投資は、2006年以降も底堅く推移してきたものと考えられる。また、日本政策投資銀行による大企業の設備投資計画(2008年8月調査)でも、2008年度の設備投資が全体で4.1%の増加にとどまったのに対し、情報化投資は11.3%と大幅に増加している。こうしたことから、IT関連投資が引き続き設備投資の下支え要因となる可能性も考えられる。もっとも、これまでソフトウエア関連投資の増加要因の一つが金融機関向けであったことから、欧米金融危機と景気後退が進む中での金融機関の設備投資動向なども注視していく必要がある。
(大企業製造業では合理化・省力化、研究開発投資の割合が上昇)
次に、上記で引用した日本政策投資銀行による大企業の調査から、設備投資の動機がどのように変化しつつあるかをみよう(第2-1-17図)。まず過去の動きから一般的に指摘できる点は、製造業、非製造業ともに、景気後退局面では能力増強投資の割合が低下し、その分、維持・補修の割合が高まることである。また、製造業においては、2003年度からの設備投資の増加局面で、能力増強の割合がかつてない高水準に達したことも指摘できる。
そこで、2008年度の計画をみると、製造業、非製造業ともに能力増強投資の割合が低下、維持・補修の割合が上昇しており、典型的な景気後退局面の姿となっている。こうしたなかで、製造業において合理化・省力化、研究開発の割合が高まっていることが注目される。こうした動きの背景として、環境問題への関心の高まりに加え、少なくとも調査の時点(8月)においては、原油・原材料高への対応や長期的な競争力強化が重視されていたことが考えられる7。こうした合理化・省力化投資、研究開発投資は景気後退局面においても継続的に行われるものと考えられ、これが今回の景気後退局面において設備過剰感が急速に高まらなかった要因である可能性がある。
(製造業では設備のビンテージが低下)
企業設備のビンテージ(平均的な経過年数)は、バブル崩壊後、長期にわたって高まり続け、設備の老朽化による生産性の低下が指摘されてきた。これを製造業、非製造業に分けてみると、製造業では2005年以降、緩やかながら低下(設備の若返り)に転じている。一方、非製造業で上昇が続いている(第2-1-18図)。
近年、製造業と非製造業でこのような違いがみられるのは、製造業では2003年頃に大幅な除却を進めた後、新設設備投資を堅調に増加させてきたのに対し、非製造業では相対的に投資が盛り上らなかったことによる。非製造業の内訳をみると、電気・ガス・水道(多くが電力業とみられる)で上昇が目立っている。最近、電力業における設備投資が盛り上がりをみせているが、その背景の一つとしてビンテージの高まりによる更新投資の存在も考えられる。
(稼働率の低下から製造業の設備過剰感が更に高まる可能性)
上記のように企業のキャッシュフローは減少傾向にあるものの、ただちに設備投資を圧迫する水準にはなく、IT化投資や合理化・省力化投資、研究開発投資が継続的に行われているが、一方で景気が後退している。こうした中で、今後、設備投資が大幅に落ち込む可能性があるだろうか。
設備投資の先行きを考える場合、設備過剰感の先行性に着目することが多い。このところ設備過剰感にはやや高まりがみられることから、設備投資に対する下押し圧力の存在を指摘することができる。この点を検証してみよう。
まず、設備過剰感の先行性はどうか。製造業、非製造業に分けて、設備過剰感と設備投資の動きをプロットしてみた(第2-1-19図)。その結果をみると、製造業では過剰感が高まるにつれ、やや遅れて設備投資が減少するという先行性がはっきりとしている。非製造業でも、それほど明確ではないが先行性がみられる局面が多い。
それでは、設備過剰感はどのような要因で形成されるのだろうか。製造業に関する限り、設備過剰感は製造工業の稼働率とほぼ連動している(第2-1-20図)。一般に、稼働率は鉱工業生産の減少テンポに合わせて低下する傾向にある。したがって、2008年に入って生産の減少が続き、在庫調整圧力が高まっているなかでは、稼働率のさらなる低下が予想される。こうしたことから、現在、設備過剰感が水準でみて弱いことをもって先行きを楽観視すべきでない。
一方、設備の過剰・不足は企業の期待成長率(内閣府「企業行動アンケート調査」によれば、2008年1月時点では1.9%程度8)との対比で考えることもできる。製造業について資本ストック循環図を描くと、2005年~2006年前半は、2%程度の期待成長率に対応する形で、更にそれ以降は3%前後の成長率に対応する形で資本ストックが積み増されてきている。しかしながら、その後、我が国の景気後退に加えて海外景気の一段の下振れも懸念される中で、企業の期待成長率は低下していると考えられ、これに応じて最適なストック水準も低下しているとみられる。したがって、今後、新たな最適ストック水準に向けて設備投資の抑制によるストック調整が進むと予想される。すなわち、「中期循環」の観点からも、下向きの力が働き始めた可能性があるといえよう(第2-1-21図)。
以上をまとめると、環境関連・省エネ投資など一部に底堅さが残る面もあるが、すでに非製造業の設備投資は2007年から減少に転じており、金融機関においても自己資本比率が低下する中でシステム増強などのIT関連投資をめぐる環境は厳しくなるものと見込まれる。また、これまで増加が続いていた製造業についても減少傾向が明らかになってきており、今後の稼働率の低下も見込むと、設備投資の先行きは一層弱いものとなることが懸念される。
(まとめ)
企業部門の現状を実体面についてみると、これまでのところ、生産、企業収益、設備投資のいずれについても過去の後退局面と比べて緩やかであった。この背景には、景気拡張局面において大企業を中心に出荷・在庫バランスを適切に管理してきたこと、収益力が向上し、企業収益の水準が過去と比べて依然高いこと、設備過剰感も低い水準にあることなどが指摘できる。しかし、企業規模別にみると、2007年末頃から、中小企業で在庫調整圧力が急速に高まり、また大企業との収益力格差が一層拡大してきたことに注意する必要がある。
先行きについては、これまで、原油・原材料高の「川下」への転嫁が難しく、素材業種、加工業種を問わず、収益が大幅に圧迫されてきたが、この点については原油・原材料価格の下落により改善が期待される。しかし、海外経済の減速や円高から輸出企業を中心に生産、収益が大幅に減少しており、この先一層落ち込むことが懸念される。その場合、稼動率の低下から設備過剰感が高まり、設備投資の減少テンポが速まることが見込まれる。事態は急速に変化しつつあり、十分な警戒が必要である。
コラム2-1 製造業における産業構造の変化
最近の産業動向の変化を見るため、2000年と2005年で、製造業内の産業別実質産出シェアを比較すると、輸送用機械とともに電気機械が拡大しており、電気機械の内訳としては電子部品や電子計算機・同付属品のシェアが拡大している(コラム図2-1)。
より長期でみると、この電気機械産業のシェア拡大は1970年代から始まっており、かつ急速なものであることが分かる。第一次石油危機後の1970年代半ばには製造業の中で占める割合が4%程度に過ぎなかった電気機械産業は、2005年時点では5倍の20%超と、製造業で最大のシェアに達している。その中でも、半導体素子・集積回路、電子計算機・同付属品といったマイクロエレクトロニクス関連産業9のシェア拡大が著しい。日本では石油危機後に基礎素材産業や労働集約型産業を中心に調整が続き、高度技術型産業への転換が進んだ。大規模集積回路の製造技術などが向上し、これがマイクロエレクトロニクス機器の広範な導入へと展開して産業構造変化をもたらした。現在においては、こうした極微細技術の発展はより高度化な情報・通信技術とも結びつき、IT化10などの形で産業構造の変化を牽引しているものと考えられる。